第三十七話 嵐の前の静けさ
「ふふん、さあブレン、今日から私の事をちゃんと『姉さん』と呼ぼうね〜」
「なら、私も『母さん』って呼んで下さいね」
美由希さんの膝の上で抱かれ、桃子さんに頭を撫でられながらかれこれ10分はこの話が続いている、この状態から逃げる為には二人の要望を聞いて満足して貰えば良いだけなのだが、問題は湯船に浸かるため二人はタオルを外していると言う事だ。 つまり何が言いたいかと言うと、背中に当たる感覚と、視界に入る桃子さんの所為で思考が纏まらず口を開こうにも言葉が出ない。
それに、途中からなのはも恥ずかしそうに俺の右腕に抱き付いている、彼女の感覚が俺の腕から脳髄に電流の如くに走り、完全に俺は固まってしまった。
『あ、あー、僕身体があったまったし先に上がるね‼︎ ブレンはゆっくりして行くと良いよ‼︎』
俺が完全に動けないのを見るや否や彼は早口でそう言いながら脱兎の如く女湯から退散して行った、覚えていろよ。
「ほ〜ら、『姉さん』だよ、『美由希お姉ちゃん』もしくは『お姉ちゃん』でも良いよ?」
美由希さんは俺の頬に頬ずりしながら、更に呼び名を変えるように俺に要求し始めた、と言うか、さっきから、なんだか、あたまが、くらくらしてきた、から、はやく、よんで、かい、ほ、う。
気が付いたら俺は浴衣を着せられ、扇風機の前でなのは達に団扇で扇がれていた。 話によるとのぼせてしまい気を失っていたと言う、普段は早風呂だからなぁ。
まだ少し重い頭を抑えながら立ち上がり、なのは達と卓球でもしようかと言う話をしていると、使い魔らしき気配を放った赤い髪の女性が俺たちの前に現れ、絡んで来た。
「はぁ〜い、其処のおチビさん、あんたがウチの子をアレしてあーしてくれちゃった子かい?」
「なのは、お知り合い?」
「う、ううん」
「この子、貴女の事を知らないって言ってます、人違いなんじゃないですか?」
「うーん、そう言われれば人違いみたいだねーごめんごめん」
そう言ってユーノの頭を撫でた彼女は、去り際に俺たちに念話を飛ばす。
『今の所は挨拶だけね。忠告しとくよ、子供は良い子にしてお家で遊んでなさいね、おいたが過ぎるとガブッと行くよ』
その言葉に、俺はこいつがなのはをあんな目に合わせた『襲撃者』の仲間だと察し、思わず殺気が漏れ出してしまった。
『ッ‼︎あ、あんた』
『畜生風情が図に乗るなよ?貴様の仲間か主人かは知らないが俺の女に手を出したんだ、二度目が無いのは貴様らだ。 次に俺の前に出てきてみろ、殺すぞ?』
いくら怒りで殺気が漏れたと言えど周りに気付かれるヘマはしない、指向性を持って目の前の女にだけぶつけておいて、なのは達には聞こえないように念話を返しておく。
使い魔とは言え元は動物だ、隠しもしない俺の殺気に当てられ、本能的な恐怖を叩き込まれたのか顔を蒼白にしながら覚束ない足でその場を去って行った。
旅館のトイレにて、先ほどブレンに殺気を叩き付けられた女性が胃の中の物を全て戻していた。
「うっ、ゔぇぇぇぇ……」
その理由は単純明快、動物としての本能があの少年を身体の芯から恐怖させたからだ。
抗おうにも抑える事の出来ない身体の震え、涙が止めどなく溢れ、全身が恐怖に包まれる。 あの少年の放つ殺気は圧倒的強者による威圧に他ならなかった。
(あ、あのガキ、脅しや虚栄であんな言葉吐いたんじゃない、確実に本気で私達を殺すつもりだ。 あの目は命を、命の生き死にを、路肩の石程度の価値にしか見ていない目だった。クソッなんであんな目をする奴がこんな世界に居るんだよ)
正直、彼女はこのジュエルシード探しをお使い程度の難易度としか見ていなかった。 魔法文化の無い管理外世界には今のフェイトより強い者がいる訳が無く、思念体との戦いに関しても実戦練習の延長戦の意味合いが強いと思っていた。
それは楽観的なもので無く、彼女の主人の母が過剰な迄の親バカな為、この世界に関しても彼女による念入りな調査によって『危険は無い』と判断されてから始めてこの世界に送られたのだ。
(フェイトの話では戦ったのは少女とフェレットだった、あのガキとは一度も会っていないだろう。 と、なると下手をしたらフェイトが殺される、最悪はあたしが命を掛けて逃すしかないけれど、あのガキ相手にどれだけ持つか分からないねぇ)
『アルフ、ジュエルシードの反応を見つけたよ、今晩にも行けそうだ…………って、アルフ? どうしたの?』
『…………フェイト、どうやらあたし達は藪を突いて鬼を呼んじまったみたいだよ』
『どう言う事?』
『偵察結果をひとっ風呂浴びながら報告しようかと思ってたんだけどね、コレは直接話した方が良いしプレシアにも話すべきだ、兎に角一旦そっちに合流するよ』
『え?母さんにも話すべき事? ………………‼︎ま、まさかアスピナマン⁉︎』
『フェイトぉ、あんな物見るから毒されちまって…………、んんっ、とにかく真面目にヤバイ奴が居たから一旦作戦会議と報告しなきゃね』
そう言って、彼女は震える身体に鞭を打って自らの主人の元へと向かう。
恐らく激戦必死となる夜に向けて、主人に己の命を掛ける覚悟を伝える為に…………。
アルフ「戻ったよフェイト、って何を読んでるのさ?」
フェイト「この旅館のパンフレットだけどね、この逆流風呂って言うのにアスピナマンのイラストが書かれてるんだ」キラキラ
アルフ「ぎゃ、逆流風呂って……いやこれどう見ても電気椅子」
フェイト「しかも、今なら利用者全員にアスピナマン変身ベルトが付いてくるんだって、夜まで時間あるし行こうよアルフ‼︎」純粋な目
アルフ「いや、フェイト?今はそれより大事な事が……」
フェイト「アルフ、この世の理は即ち『速さ』なんだよ?即決即断即納即効即急即時即座即答、それが残りの時間を有意義に使える秘訣なんだよ?だから早くお風呂へ行こうよ」
アルフ「…………フェイト、すっかりスピード狂に」(涙目)