第五十二話 クロノ・ハラオウン
ブレンの手から放たれた一本のナイフ、呼吸をするような自然さで投擲されたそれをクロノは必要最低限の動きだけで回避し、雑木林の中に逃げ込もうとしたブレンの前に速度重視の魔法弾『スティンガーレイ』を放ちその足を止まった瞬間、続け様にブレイズキャノンを放出する。
クロノの魔導士としての特徴の一つは、魔法と魔法の間のインターバルが無い事、そうする事で状況変化に素早く対処する事が可能な上、今回のような足止めからの追撃に繋げる事が出来る。 彼は特別なレアスキルや人間離れした処理能力を持っている訳ではないが、一つの魔法を何千回何万回と行使しつつ、その中から不要な部分を削り、細かい部分を簡略化し、自分の肌に合う形に仕上げて行く、とどのつまり彼は努力家なのだ。
立て続けの二発の魔法、迫るブレイズキャノン。 ブレンは回避しても狙い撃たれると判断し、ソウルから混沌の刃を取り出し、ブレイズキャノンを両断する。
クロノは自分の魔法が両断された事も去る事ながら、ブレンの取り出した『混沌の刃』に一瞬眉を顰めたものの、自分は太陽の信徒では無い上此処は管理外世界、彼から任意で話を聞く事ならともかく、問答無用で押収する事は職権乱用になり、管理外世界への不要な干渉となり別の法に引っかかる為不可能だ。 それに今はそんな事に気を取られている場合では無いと考え、ブレンの懐まで一気に接近して杖を横薙ぎに殴り付ける。
勿論、不意も打たない正面からの攻撃がブレンに通じる訳もなくあっさりとその杖を左手で受け止められ、クロノの首筋に峰打の一閃が振るわれる、しかしクロノもそれは分かっていた為、直ぐさまデバイスをリリースし空を掴む形となったブレンの左手を掴んで背負い投げる。
クロノが近接戦闘に踏み切った理由は、先ほどのナイフ投げと斬り払いを見たからだ。 空を飛び空中から一方的に魔法を放ったとしても恐らく無為に終わり、疲労した所を彼からのナイフで止めを刺されてしまうだろう、ならば牽制やフェイントとして使われるであろうナイフを封じる為、敢えて懐に飛び込み彼の刀だけに脅威を絞り込む、もしも他の武器を取り出そうとしても、その一瞬があれば組み伏せる事も可能だ。
一方、投げ飛ばされた側のブレンは空中で袖のナイフを抜き、彼の両手両足を射抜くつもりだったのだが、それを見越したようにクロノに接近される。 こうなっては無理にナイフを使えば逆に隙が生まれると考え、そのまま首を振って伸ばしていた銀髪を鞭に見立てながら彼の目に打ち付ける。
あまりに意外な攻撃だった為クロノはそれをまともに受けてしまい、思わず目を瞑ってしまったが、此処で退くなり立ち止まればそれこそ相手の思う壺、念のために前面に障壁を展開しながらそのまま肩からブレンにタックルし、ブレンを押し倒す。
押し倒されたブレンは中々の度胸に内心感服し、さり気なく両手を押さえ付けて自分の動きを制限した手際を評価しながらクロノの肝臓部分に鋭い膝蹴りを打ち付け、押し倒された状態からクロノを蹴り飛ばして脱出する。
バリアジャケット越しにも関わらず、的確に肝臓を狙い撃ちにされたクロノは思わず胃の中の物を戻してしまいそうになったが、バレないように脇腹を抑えるフリをしながら、震える手でバリアジャケットの上着のボタンを外し、袖から片手を抜いて行く、丁度ブレンにはクロノの背中が邪魔をしてその動きは見えず、ブレンも油断無く構えながら、脇腹を抑えて咳き込みながら倒れているクロノに強烈な突きを放つ。
その瞬間にクロノは起き上がり、外していた上着を横薙ぎに振るってブレンの視界を遮りつつ上着を混沌の刃に貫かせて絡め取り、ブレンの手から弾き上げると同時にそのまま彼の顎を掌底で突き上げる。
流石にこの行動は予想外だったのか、ブレンは咄嗟に顎を引き打点をズラす程度しか対処出来ずその一撃を貰ってしまう。 それによって出来た決定的な隙、しかし先の肝臓への一撃が効いているクロノにはブレンを一撃で沈める力は無いため、代わりに腰の鞘を蹴り飛ばす。
顎を跳ね上げられたブレンは鞘を蹴り飛ばされた瞬間にその足を掴み、そのままクロノの足を払って転倒させ、左手の拳をクロノの腹に叩き込む。
硬い拳が腹に突き刺さり、肺の中の空気を全て吐き出したクロノは同時に突き付けられたナイフに目を落として、自分の敗北を悟る。
「…………参った、僕の負けだ」
「蟠りは取れたかい? ハラオウン執務官」
「クロノで構わない、僕もまだまだだな……」
「じゃあ俺もブレンで良いよ、立てるか?」
「なんとかね、それと僕の我儘に付き合ってくれてありがとう」
彼らは互いに握手をしてから別れ、クロノは医務室で手当を受けながらブリッジに向かう。
其処にはアースラの通信士である『エイミィ・リミエッタ』が先ほどの戦闘映像を艦長であるリンディ・ハラオウンと共に鑑賞していた。
「やーやークロノ君‼︎ 今日は男の子してたね、ジャック君の敵討ちに燃える君は最高にカッコ良かったよ?」
「茶化すなエイミィ、僕だって男なんだこんな時だってある。 それと艦長、僕の我儘を許して頂きありがとうございます」
「良いのよクロノ、あの子は良い子だったもの……気持ちは分かるわ」
「…………感謝します」
クロノが母であり自分の上司であるリンディに頭を下げると、話はブレンの持っていた混沌の刃に移っていった。
「それにしてもこのブレン君、魔法を斬り裂くってどんな強さしてんだろうねー、私も贋作で此処までやれる人は初めて見たよ」
「そうねぇ、私も立場上色々な贋作を見たけれど、コレは一線を画してるわね」
「……………いや、アレは多分本物だ、贋作なんかじゃ断じてない」
「へっ? クロノ君、それはどう言う事?」
クロノの一声に、エイミィとリンディの注目を彼は受け、そう思った根拠を話し始めた。
「僕も執務官だ、いくつかの贋作を押収してきたし、文献にも目を通している。 その上で思う、あれほど妖艶で魂まで魅入られそうな魔性の美しさを持った刀は見た事が無い、贋作とはまるで格が違う。 最後のカウンターを狙った際に刀身を見つめていると、思わずあの刀を手に入れて人を斬りたいと思ってしまった程だ。 あの後、彼の姿ごと刀を見ないように布を振るわなかったらどうなっていた事か…………」
「う、うわぁ……、それってとんでも無く危ないじゃん‼︎」
「本当に怖いのは、そんな刀の誘惑を受けながらも平然とそれを使っているブレンの方さ。 きっと、彼はあの武器に認められているからこそ平気何だろうな」
「クロノ、いざとなった時アレの回収は出来そうですか?」
「分からない、けど艦長。 出来れば僕はそんな事したく無いし、そもそもする事も無いと思うよ」
「あら? それはどうしてかしら?」
「管理局が取り締まっているのはあくまで『太陽の聖遺物の名を著しく穢す贋作』であって『本物の太陽の聖遺物』を取り締まる法なんてのは無い、つまり彼が『混沌の刃』や『月明かりの大剣』を所有していたとしても、それが本物なら問題は無いって事です。 屁理屈ですが同時に盲点でもあり、もし彼の持つ本物を奪おうとすれば、それは『太陽の聖遺物の認めた者』から強奪する事になります。 そんな事したら暴動どころか太陽の信徒によって管理局が割れますよ」
そう説明し終えたクロノは一息吐いて、執務官としての意見を艦長に向けて提案する。
「彼の持っている混沌の刃が本物な可能性がある以上、此処は下手に手出しをせず、誠意を持って接し、ある程度恩を売っておく方が良いかと思います。 その結果彼が入局してくれるなら、言い方は悪いですが神輿扱いするなりプロパガンダに使うなり出来ます。 あの刀が欲しいのなら、権力を盾にせず、地に頭を付けながら誠心誠意を尽くして地道に交渉するしかありません」
リンディはその意見を聞き、クロノの方針で進める事に決める。
そして、この選択が結果的に正しかったと彼らが知るのはまだ先の話である。
屁理屈も理屈の内って言うでしょ(白目)