第五十七話 海上の決戦
ブレンの誘拐から一週間、フェイトが指定した海上では白と黒の魔導士が静かに対峙していた。
そして白い魔導士、高町なのはは目を瞑りながらこの一週間の喪失感に思いを巡らせる。
自分がブレン・シュトッフと出会ったのは四年前、家族からの疎外感に耐え切れなくなって、どうしようもない孤独感を誤魔化そうとして人が居る印象を受ける公園に出かけた時だった。 その時の出会いは正に運命、この日から彼は自分にとって誰よりも大切な存在となり、掛け替えの無い人物となり、居なくてはならない少年となった。
彼が攫われた瞬間に身を裂かれるような思いを抱き、自分は人目を憚らず取り乱しながら泣いてしまった、其れ程まで自分の中を彼が占めていた事に改めて気付かされた。
彼は自分に恋をしたと言った。 その言葉に嘘偽りは無く、彼は自分に愛を囁き、誕生日やクリスマスには丹精込めて咲かせた花と細部まで拘った手作りのアクセサリーを必ず用意し、時折自分が告げるワガママにも嫌な顔一つしなかった。
彼は自分の騎士となりたいと言った。 必ず自分の側にいて、転けそうな時は支え、疲れた時は背負い、挫けそうな時は叱咤激励をしつつ、戦いの中では盾になるように立ち回ってくれている。
彼は寝坊助の自分を起こしてくれる、トマトとか赤い食べ物が苦手、アクア・ビットマンと言う不思議な番組が好き、良くお兄ちゃんと囲碁や将棋を打ったり盆栽を眺めてる、お姉ちゃんに何時もおもちゃにされている、お父さんやお母さんに撫で回されている、最近は羞恥心も出てきたのか二人っきりの時しか愛の言葉を囁いてくれない、だけど彼との日常は幸せな毎日。
自分には彼が必要だ。 彼の居ない一週間は世界に色が無かった、食事も味気無かった、ユーノくんやクロノくんとの会話にも上の空、何をしても心が満たされなかった。 友人達の発破によって立ち直ったものの、心の底から彼を愛していると言う事を痛感し、今この瞬間だけは彼を取り戻す為に戦おうと決意していた。
そんな彼女に対峙する黒い魔導士、フェイト・テスタロッサもまた同じく目を瞑り、漸く決するであろうなのはとの闘争への昂りを抑えるために精神を統一していた。
この戦い、彼女が掛けるものはブレンでありジュエルシードでは無い。 敗北したとしても失う物は無く、また勝利したとしても彼女はブレンを解放する気でいた。
彼はこの一週間常になのはの事を気に掛けていた。自分から彼に話しかけたり、模擬戦をしたり、母の手伝いをしている時は普通なのだが、食事を取る時や湯船に浸かっている時などのふとした瞬間に黄昏ている、彼の中で余程なのはが大きな存在なのだと言う事を察するのは容易い事だった。
彼との一週間は楽しいものだった。 本物の竜狩りの槍を見せて貰って、それを使って模擬戦をして貰って、…………本物の竜狩りの槍が矢の代わりや足場扱いされているのに絶句して、はりきって彼にケーキを振る舞おうとしてクリーム塗れになったり、今度こそと背中を流そうとしたお風呂場で石鹸の泡に滑って彼を押し倒したり、しょぼくれながら寝た次の日に彼に腕枕されていたり、この一週間失敗ばかりだったにも関わらず、彼は優しかった。
淡い恋心。 フェイト本人はそれに気が付いては居ないが、自分の周りには同年代の異性は居らず、初めて会った時に好印象であった事、そして自身の姉を救う希望で且つ二つ返事で協力してくれた事、感謝や友愛と言った感情が強かったが確かに彼女は彼に淡い憧れのような恋心を抱くようになっていた。
無自覚とは言え確かに抱いたその感情は、なのはへ対する闘志を何時にも増して燃やす燃料となった。 彼を振り向かせたい、なのはの代わりに自分が彼の中を埋め尽くしたい、彼と食事をしたい、彼と手を繋ぎたい、彼の側で身の回りの世話を焼きたい、彼を笑わせたい。 それは正に嫉妬、『何故側にいる自分には見向きもせずに、この場に居ないなのはにばかり気にしているのだろう』と言う黒い感情、しかし純情な彼女には何故今日に限って、なのはに対する闘志がこれほどにまで燃え上がっているのか分からない。 ただ一つ彼女が言える事は、この身を焦がすような抑えきれない闘志は不快な物では無いのだ、なら抑える事はせずにそれに身を任せる。
初めに口を開いたのは高町なのは。
「フェイトちゃん、今日は絶対にブレンくんを返して貰うよ」
ゆっくりと目を開き、静かだが強い口調で彼女は目の前の少女に宣言する。 大切な人を取り返す為に、愛しい自分の騎士を取り戻す為に。
フェイト・テスタロッサは彼女の言葉に返答する、此方も静かだが強い口調で。
「不思議だね、何時も『負けられない』って思っていたのに、今日は『負けたくない』って、心からそう思う。 だからね? 今日は私が勝つよ、なのは」
実の所、フェイトの目的は勝利によるジュエルシードの回収では無い。 当初のプランではジュエルシードの次元震を利用して、『アルハザード』と呼ばれる地を探し出しアリシアの蘇生法を見つけると言った物だったが、彼女の母の力を持ってしても『アルハザード』に到達出来る確率は五分、更に其処からアリシアの蘇生法を探さなければならないのだ。 成功する見込みは少なく、下手をすれば自分だけならず、家族も犠牲となる公算が高い。 だが、現在はブレンのおかげで彼女はソウルの業を習得し、ブレンの手助けもあってかアリシア蘇生の目処が立ち、後はそれを形にするだけとなっている。
そう、フェイトの目的は時間稼ぎであり、なのはとの決着を付けるつもりではいるが母が姉の蘇生に取り掛かる前の準備に費やす時間を稼ぐ事が第一だ。 一騎討ちの決闘を申し込んだのも、管理局が時の庭園の場所を割り出そうとしているのが分かっていたからだった。
尤も、フェイト自身が時間稼ぎと分かっていても燃え上がる闘志を抑え切れていないのだが。
そうして、各々の思いが交差するように彼女らは衝突した。
不死の英雄伝 〜 舞台裏 〜
NGシーン 昼ドラ?
なのは「この泥棒猫‼︎ 私の彼に手を出さないで‼︎」
フェイト「ふっ、君の彼は私に優しくしてくれたよ? 一緒にお風呂にも入ったし、一緒のベッドで寄り添いながら眠ったよ? 君より私の方が彼に相応しい‼︎」
なのは「それだけかな? 私は彼の好きな物、嫌いな物、身長、体重、血液型、頭の上から爪の先まで何から何まで知ってるんだよ? 貴方とは違うんだよ‼︎」
フェイト「くっ、だったら…………え〜っと、えっと、そ、そう‼︎ ブレンが望むなら何でもしてあげるよ‼︎」
なのは「そんなこと私も同じだよ‼︎ 貴方の愛は所詮その程度なんだね‼︎」
ブレン「と言う夢を見たんだ……」
フェイト「わ、私そんな事言わないよ⁉︎」