何故彼がブレンを殴り倒したのか、です。
第八話 死線の刃
倒れ伏している少年を見て、俺は思わず頭を抱えてしまう。
彼はなのはの友達で、今日から引き取ると言われたのだが、どうにも俺は彼が不気味に思えて仕方無かった。
全く感情が読み取れない瞳、隻眼隻腕を隠しもせず平然と晒している少年。
年の頃はなのはと同じくらいだろうが、その態度は意外なほどに礼儀正しかった。
いや、礼儀正しすぎた。
美由希との挨拶でも礼節をわきまえ、敬語を使い、受け答えもはっきりとしている。
見た目と中身がちぐはぐで、燃料と言う意味を持つ名前を名乗った彼がどうにも見た目通りの存在では無いと思ってしまった。
だからこそ、嫌味と殺気を当てて反応を確かめてみたのだが、彼は柳のようにそれらを受け流していた。
泣き出す、へたり込む、身体を震わせると言った反応を見せた場合、シスコンのふりをして素直に謝罪しておけば良いと思っていたが、これで益々彼が何者なのかと言う疑問が湧き始めた。
何より俺が殺気を向けた瞬間、彼の温和な空気の中に刀のように鋭い気配が混ざったのを見逃さなかった。
アレは死線を越えて来た者の気配、血で血を洗った者の空気。
決して年端もいかない子供が纏うものでは無かった。
なので、つい威圧的に彼へと尋問のように問いを投げ掛けたのだが、此処で思いもよらない言葉を投げ掛けられてしまった。
『何人か人を斬ってるでしょ?』
この言葉ではっきりしたが、彼は少なくとも表の人間では無い。
死と隣り合わせの世界の住人か、若しくはそれに近い世界の人間。
もしかしたら、俺や父さん達に恨みのある人間かもしれない。
そう思ったら殺気が押さえられなかった。
しかしそれすら彼は受け流し、剣を交えて判断して欲しいと提案して来たのだ。
彼は本当に何者なんだ……。
剣を交えようと提案してきた時の目は、俺を品定めするような、心を見透かしたような、そんな不思議な目だった。
道場に向かう際も、彼の軸にはブレがない。
それだけでもやり手だと分かったが、決定的なのが対峙してからだった。
温和な空気は完全に消え、触れれば斬れる名刀のように殺気と闘志が彼に纏われ、まるで別人だった。
それに当てられて思わず息がつまってしまったが、表情には出さずに彼を見据える。
冷や汗で木刀を握る手がじっとりと濡れる、あんな年端のいかない少年に気圧される日が来るとはな。
この時点で手加減する余裕が無いと判断したが、それを確信に変えたのは、その初動だった。
踏み込みと同時に振るわれた横薙ぎの一閃、間合いが数歩足りなかったようだが、その一閃に自分の死を感じた。
たった一瞬だったが、自分が斬り捨てられたような錯覚を確かに感じたのだ。
もし彼が俺と同じ歳だったら、もしこれが真剣だったら、俺の胴はきっと泣き別れになっていた。
だから、子供相手だと分かっていても加減が出来なかった。
一瞬でも手を抜けば首が飛ぶ、そんなイメージが脳裏に張り付いてしまい、俺にはこの手合わせが殺し合いにしか思えなかった。
彼は俺の斬撃に反応しきれていない。
だがそれは隻腕隻眼だからで、急所を狙った一撃は悉く反応されてしまっている事から、彼には俺の剣が見えているのだろう。
ジリ貧になり始めた時に、彼が強引に鍔迫り合いに持ち込み膠着状態になった。
手に握っているのが木刀だと知りつつも、俺は思わず全体重を押し込んで彼の心臓を狙ってしまった。
後数センチと行ったところまで刃が迫った時に彼は木刀から手を離し、俺の顎を蹴り上げた。
体重差のお陰か彼の一撃では意識を失う事は無かったが、その瞬間俺はほぼ無意識に彼の側頭部を木刀で殴りつけていた。
例えようの無い恐怖だった、今此処で殺されると錯覚してしまった。
我に返った時には遅く、彼は気を失っていた。
慌てて脈と呼吸を確かめ息がある事に安堵しながら、病院まで連れて行こうと背負った時に彼は目を覚ました。
「………ぁあ、申し訳無い」
「な、なんとか無事ですので、降ろして頂いても」
「いや、無意識とは言え全力で殴りつけたんだ、大事になる前に一度診てもらうべきだ」
彼が何か言おうとしていたが手ごたえで判断するに、かなりの力で殴りつけた筈。
俺は有無を言わせず、彼を病院まで連れて行った。
主人公がやる気出した結果、恭也にある種の恐怖を植え付け、このような事になりました。
うん、まあ、アレだ。
頑張る人間相手に嬉しくなって闘志丸出しにするから……。