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丁度良い事になったと、俺は思った。
《Mスト》にリランとともに出演したその時、迎えて来てくれたのは全ての《ビーストテイマー》達とその《使い魔》達を侮辱し、尚且つリランに入らぬ不安を植え付けた張本人であり、ほら吹き男として有名になりつつも優秀な《ビーストテイマー》として活躍しているゼクシードだった。
ゼクシードと並びながら、俺は《ビーストテイマー》達に伝えたかった事を《MMOストリーム》が全国放送である事を利用して全て伝えきった。どれほどの反響を呼んだのかはわからないけれど、司会の様子を見る限りでは、俺の話はしっかりと全国の《ビーストテイマー》達に伝わったようだったが、そこで突っかかって来たのが隣のゼクシードで、そのうえそいつは俺とデュエルして自分に勝てなかったら嘘を謝罪せよと要求してきた。
リランが不安に呑み込まれて長期間調子を出せなかったのは、自身が進化で来ていなかった、自身の強さが他の《使い魔》やモンスター達を下回るようになっていたからというのが大きな理由だったのだが、その不安を更に煽ったのがゼクシード。
大体こいつのせいでリランが不安になっていたわけだし、そもそもゼクシードのやり方もあまりにもひどいもので、全国の《ビーストテイマー》と《ドラゴンテイマー》達が偽情報に踊らされ、侮辱され、強い怒りを募らせていた。
そんなゼクシードとのデュエルは、《ドラゴンテイマー》の風上にも置けないようなゼクシードをとっちめる最大のチャンスと言えるものだ――俺はそのデュエルを承諾しないわけがなく、《Mスト》の現場を借りて承諾。
ゼクシードの指定した時間と場所を把握してから、記念すべき《Mスト》の出演を終え、リランと一緒になって元居た場所である空都ラインに移動。宿屋へ向かい、皆の集まっているであろう一室に入り込んだその時に、大喜びと興奮に包み込まれた様子で、皆が俺とリランの元へ駆け寄ってきた。
「お疲れ様、キリト君にリラン!」
「キリトさん、すっごくかっこよかったです!!」
そう言って大興奮しているのがアスナとシリカ。その他の皆もかなり興奮しているのが見え、俺とリランが生放送に出演している様をしっかり見られていたという事がわかった途端に、恥ずかしさと嬉しさ、誇らしさが混ざり合ったような温かい感情が生まれてきて、胸の中が暖かくもくすぐったくなった。しかしその直後に、そんな興奮している皆の中をかき分けるようにして、俺の目の前に一人の少女が姿を現した。
露出度のある戦闘服を身に纏い、山猫のそれを思わせる耳と尻尾を生やした、白水色の髪の毛の少女。《MMOストリーム》に向かっていく俺を皆の中で唯一心配してくれていた、俺の愛する人であるシノンだった。
「お帰りなさい、キリト」
「あぁ、ただいまシノン。やっと戻って来れたよ」
「あなた……大丈夫だった?」
元からあまり得意ではなかったけれど、シノン/詩乃の記憶を頭の中に入れて詩乃の事を理解し、苦手な事などを同じよう苦手に思うようになってからというもの、俺は大勢の人の前に立って何かを喋ったりするのが大の苦手になった。
そんな俺が《MMOストリーム》という全国放送の番組にゲスト出演するという事になったものだから、俺に自身の悪しき特徴まで
けれど、俺はどうしても俺と同じ《ビーストテイマー》達に伝えたい事があったために、シノンの気持ちを嬉しく思いながら《MMOストリーム》に行く事を決定し、実際に出演したのだ。
そうして迎えた《MMOストリーム》の生放送でカメラに映っている時、確かに気持ち悪さのようなものもあったし、言葉を上手く出せなくなりそうにもなったけれど、シノンが俺に与えてくれたお守りを見る事で抑える事も出来たし、俺と同じ《ビーストテイマー》達に伝えたかった事も全部伝える事が出来た。
そして今のこの様子から察するに、シノンは俺が帰ってくる今この時まで、ずっと俺の事を心配し続けてくれていたのだろう。
「大丈夫だったよ。言いたい事は全部言えたんだ」
「本当に?」
「あぁ。シノンが俺にくれたお守りのおかげだよ」
「そう? なら、よかったわ」
そこでようやくシノンは安堵の表情を浮かべた。シノンをこれだけ心配させてしまったのだから、やはりこのような事は今後出来る限りやるべきではないだろう――そう思ったそこで、最近俺達の仲間となった赤髪の少女、レインが話しかけてきた。
どのような顔をしているのだろうかと思ってみてみれば、さぞかし嬉しそうな表情がそこに浮かんでいるのがわかった。
「キリト君!」
「あぁレイン。ここにいるって事は、君も《Mスト》見てたのか」
「勿論だよ! いやぁ、流石キリト君ですなぁ、言う事伝える事がゼクシードなんかと全然違うよ。わたしも感動しちゃった」
「ありがとう。けど若干大変な事になっちまった」
「そうだね。まさかキリト君とゼクシードが戦う事になるなんてね」
そういえば、俺は《MMOストリーム》に出演している時のしかゼクシードの事は知らない。《MMOストリーム》、《今週の勝ち組さん》というVRMMOの優秀成績プレイヤーを選び抜くコーナーで選ばれているし、本人曰くどんな《使い魔》を使う《ビーストテイマー》にも負けていないというくらいだから、かなりの強さを持っている者であるというのはわかるのだが、それがどれほどのものなのかはわかってないのだ。
「なぁレイン、ゼクシードってどれくらいの奴なんだ。《Mスト》に出てるくらいだから、まぁまぁ強いのだけはわかるんだけど」
「それはわたしにもわからない。けど、ゼクシードはすごく強いプレイヤーだって聞いた事もあるから、気を付けてねキリト君」
レインの言葉に「あぁ」と答えると、今度はシノンの隣で話を聞いていた黒髪と大きな胸が特徴的な女性、シノンの専属医師で俺の恩師でもあるイリスが声をかけてきた。
「キリト君、お疲れ様。良い演説だったじゃないか」
「ありがとうございます。俺、上手く伝えられたでしょうか」
「あぁ、君の言葉は間違いなく他の《ビーストテイマー》達の胸に届いたはずだ。けど……君の言葉ややり方を素直に認める事の出来ない人に、突っかかられてしまったみたいだね」
「はい。これからそれと戦う事になります。ここで戦わないを選択してしまったら、どうなるかわかったものじゃないですからね」
イリスの言葉と皆の様子から、俺は確かに《MMOストリーム》で全てを伝えられ、《ビーストテイマー》達の心を動かす事に成功しているのだろう。だが、俺の事を認められなかったプレイヤーと俺はこれからデュエルする事になり、その様子もまた全国放送されていた。皆もその様子もばっちり見ていたため、これから俺がゼクシードとのデュエルに向かおうとしている事を知っているだろう。
俺と一緒に出演したリランと、ゼクシードとデビルリドラのコンビ。果たして強いのはどちらなのだろうか。その事をリランに尋ねようとした俺よりも先に、イリスの横で話を聞いていたであろう銀髪の少年――シュピーゲルが突然声をかけてきた。その様子は酷く慌てているような感じだ。
「キリト、ゼクシードは!?」
「あぁ、これからデュエルするんだ」
「なんだって!?」
「あぁ、とんでもない事になった。けれど――」
「そんな事を言っている暇があったらさっさと行ってあいつをブチのめして来てよッ!!!」
話しかけて来た時よりも唐突に大声で怒鳴ったシュピーゲルに、皆で一斉に驚く。あまりに突然の事だったから俺も言葉を失ってしまい、答える事が出来たのはその十数秒後になってしまった。
「わ、わかった。だけど……」
「なんだよ!? さっさと行ってよ!!」
「どうしてそんなに怒ってるんだ。あいつと何かあったのかよ、お前」
そこでシュピーゲルは何かに気付いたような表情を浮かべて怒りを鎮め、落ち着きを取り戻した。急激な変化を繰り返す銀髪の少年を不思議がる皆の視線を浴びながら、それはぎこちなく答えた。
「い、いや。そういうわけじゃないんだけれど、何故かあのゼクシードを見ていると無性に腹が立って来るんだ。何か嫌な事をされたわけでもないのに、すごくムカついて来るんだよ。というかキリトだってそうでしょ?」
確かにゼクシードのやり方には怒りを覚えたし、それをわかった上で悪行を繰り返し、全国の《ビーストテイマー》達を侮辱するゼクシードには心底ムカついた。けれども、シュピーゲルのように激怒したいくらいのものなのかと言われたら、そうでもない。
それにシュピーゲルは《ビーストテイマー》ではないから、ゼクシードの嘘情報に騙されたりもしないだろうし、何よりイリスの傍に居て色々教わっているだろうから、尚更嘘の情報に惑わされたりしないはず。
そのせいもあってか、シュピーゲルが怒っている理由は全くわからなかった。
「ま、まぁな。あいつのせいでリランが落ち込んでたわけだし、《ビーストテイマー》の皆もムカついてたみたいだからな。お前もそんなにムカついてるなら、お前の分もとっちめて来てやるよ」
「頼んだよキリト! とにかくあいつをブチのめして来てくれ!」
何故かシュピーゲルの頼みごとに頷く事になった直後に時間を確認したところ、時刻が既に午後十時二十分を回っている事に俺は気付く。ゼクシードの指定した時間は午後十時三十分だったから、もうゼクシードとのデュエルの場である草原浮島ヴォーグリンデに向かわなければ、あいつに何を言われるかわかったものではない。
あの胸の底から怒りが込み上げてくるような声で笑われないように行かなければ――そう思いながら、俺はゼクシードの予想をはるかに上回る進化を遂げた相棒に歩み寄る。
「そろそろ時間だ。リラン、もう少しだけ付き合ってくれ」
「もう少しも何も、我はずっとお前に付き合うつもりだぞ。なんたって、我はお前の《使い魔》なのだからな」
「あぁ。お前は俺の誇らしい《使い魔》だ。その事をあのほら吹き男に知らしめてやろう」
「了解した」
これまではゼクシードや他の《ビーストテイマー》達に嗤われるような強さしか無かったリランは、今やどの《使い魔》も超越する力を持つ存在となっている。ゼクシードの《使い魔》がどれほどの強さを持っているのかは言ってみなければわからないが、負ける気がしない事だけは確かだ。
相手がどれくらいの強さを持っていたところで、きっと勝つのはリランに決まっている。湧き上がる自信を感じながら、俺は愛する家族の一人でもある《使い魔》と共に宿屋を出て、街の広場にある転移門から転移。
身体を包み込む球状の青い光が晴れた先に広がっていたのは、砂粒のように無数の星が散らばっている漆黒の空の中に大きな満月が浮かび、心地よい夜風が草木を揺らしながら吹き抜けていく、昼間とは全く違う雰囲気となっている草原浮島ヴォーグリンデ。
そこで時刻が十時二十五分になっている事を把握した俺は、リランを狼竜形態へ変化させてその項へ飛び乗り、《ビーストテイマー》を乗せて飛ぶ事を前提としている部分に跨ってキャノピーの中に入る。直後に指示を下すと、リランは両肩の後部から生える巨腕、その前腕部と融合する武器の後部に存在する噴出口から白熱化エネルギーを勢いよく噴射し、そこら辺の《使い魔》やモンスターでは出せないような速度で空を切り裂き飛んだ。
俺達妖精がどんなに早く飛んでも出せない速さで俺の《使い魔》は空を駆けて行く中、外からでは白金色の金属質の突起にしか見えないけれど内側からならば外全体を見る事が出来るキャノピーの外に目を向けようとしたが、その時リランは急降下を開始。
まさかこのまま地面にぶつかるつもりなのではと思ったその刹那に、リランは一気にその速度を緩めつつ巨腕の武器の角度を変えていき、地面にぶつかる寸前でホバリング、五秒ほど空中に留まった後に地面へ着地する。
リランの動きが完全に止まったところでハンドルを離してキャノピーから出てみると、俺は思わずそこで軽く驚く事になった。目の前の下側にはいつの間にか、俺と戦う約束をした青銀髪とサングラスが特徴的な男が背後に悪魔の竜を連れた状態で現れており、俺と俺の身体の下にいる《使い魔》の事を見ている。
そして周りを見渡してみれば、見物客のような大勢のプレイヤー達の姿が確認出来た。
「やぁやぁ。随分と派手な登場をしてくれたもんだねぇ」
「お前こそ、こんなに沢山の見物客を集めたのかよ」
「やっぱりデュエルは人が見ている時にやらないと。そうでなきゃ面白くないだろ? それに周りのプレイヤー達は《Mスト》を見て集まってくれた人達なんだよ」
「皆揃って俺達の言い分を聞いてくれてたって事か」
最早地上デジタル放送のどの番組よりも高い視聴率を叩き出し続けていると言われているから、かなりの人々が俺達の討論を見てくれていたのだろうとは思っていたけれど、実際に俺とゼクシードの戦いを見に来る人がここまでの数になるとは予想していなかった。
(……!)
いや違う。周りにいる観客達の中には、《MMOストリーム》でデュエルが行われる事を聞いてやってきた人達も勿論いるのだろうけれども、何かと人の目が多く集まるところに出てくる傾向のあるゼクシードの事だ。
自分の討論を打ち破った人間が土下座する様を、そしてどれだけ自分の持論が正しかったのかを多くの人に見てもらいたいがために、集めたのだろう。どんな思惑を胸の中に抱いているのかよくわからないサングラスの男は大手を広げ、周りの観客達に声高に宣言する。
「さぁさぁ皆さん、これより始めたいと思います。ボクとキリトさんのどちらが強いのか、よーく見ててくださいねー!」
適度に冷たくて心地よい夜風に乗って、ゼクシードの宣言は周りのプレイヤー達の耳の中に吸い込まれていったのだろうが、そのプレイヤー達はゼクシードよりも俺の方へ目を向けて、声援にも等しい大きな声を出してきた。
やはりゼクシードが多くの《ビーストテイマー》達、《ビーストテイマー》以外のプレイヤー達の反感を買っていたという話は本当だったらしい。多くの《ビーストテイマー》と、その《使い魔》の命を侮辱し続けたゼクシードに、尚更負けるわけにはいかない――そう思いながら俺は、身体の下の《使い魔》に《声》をかける。
「リラン、あいつをとっちめるチャンスが来たぞ。あいつの《使い魔》の強さはどれくらいか、わかるか」
《……嘘吐き男と言われていたあいつの事だから、《使い魔》の強さも嘘なのではないかと思っていたが、その部分だけは現実であるようだ。あの《使い魔》は他のプレイヤー達の《使い魔》と比べて、相当な強さを持っているのがわかるぞ。我よりかは劣っているが、侮れぬ》
「《使い魔》の強さだけは本当だったというわけか」
リランによる解説を聞いている中で、ゼクシードは《使い魔》である水色の毛に身を包む悪魔の竜の項に飛び乗って武器を抜いたが、そこで俺はその手元に注目してしまう。ゼクシードの引き抜いた武器は俺と同じ二本の剣だったのだが、ゼクシードはすぐさま二本の剣の柄尻を接続させ、一本の剣にしたのだ。
結合されて一つの武器――両剣やツインブレードと呼ばれる――となった剣をバトンのように振り回すパフォーマンスをしてから、ゼクシードは薙刀を持つようにして構え直す。
(あの武器は……!)
ゼクシードの持つ両剣に注目していると、頭の中にある時の話がフラッシュバックしてきた。このALOでは頻繁にアップデートが繰り返されているのだが、その中で二本の剣の柄尻を合体させて一本の武器にする、《合体機構》なるシステムが実装されたという話を、前にエギルから聞いた。
俺はどうするかずっと考えているだけで、それを実装する事はなかったけれど、どうやらゼクシードはこの合体機構システムを喜んで使い、現在進行形で使っているようだ。
(けれど……)
柄尻同士が繋がり合い、一本の薙刀のような姿となっている二本の剣。その刀身が若干後ろに曲がっている特徴がある事が影響しているのだろうけれど、俺はゼクシードの持っている合体剣、両剣をどこかで見た事があるような気がしてならない。そしてそれは、剣以外のそれであり毎日のように見ていたような気さえする。
《キリト!》
それは一体何なのだろう――考えに耽ろうとしたその時、頭の中に響いてきた《使い魔》からの《声》で俺はハッと我に返った。そうだ、今はゼクシードとのデュエルの寸前であり、多くのプレイヤー達に俺達が戦う様を見られている最中だ。考え事に意識を取られている場合ではない事を再認識して、俺は《使い魔》の《声》を聞く姿勢となる。
「リラン、なんだ」
《今の我ならば、我一人だけの力であいつを倒す事が出来るだろう。だが、それでは意味がない。あいつを倒すには、真にあいつを倒すには、
リランは限界まで後ろを見ようと首を動かし、目元を覆うバイザーを上げた。項にいるせいで上手く見る事が出来ないけれど、リランの真紅の瞳が月の光を浴びて輝いているというのだけはわかった。
《主人よ、指示をくれ。お前と我の力を合わせて……あいつを倒すぞ》
その言葉で俺はもう一度ハッとする。確かに《戦神龍ガグンラーズ》となったリランならば、ゼクシードもその《使い魔》も容易に倒す事が出来るだろう。だが、それでは俺が乗っている意味がないし、単純に俺の《使い魔》が強いだけになってしまう。
信頼する《ビーストテイマー》の指示を受けて、それを実行して戦う《使い魔》こそ強いという事を、知らしめることは出来ないだろう。
「あぁ、あぁそうだな。誰もお前一人に戦ってもらおうだなんて思ってないよ。この戦いは、俺とお前と力を合わせて乗り越えるんだ。そのための指示なんて、いくらでも出してやる」
《……信じてるよ、キリト》
初老女性の声色ではなく、人狼形態の時と同じ少女の声色による《使い魔》の《声》が頭の中に響いた直後に、俺と青銀髪男のデュエル開始の宣言を告げる効果音が鳴り響いた。
続きは本日の夜に更新します。
この作品にはいない存在「ゼクシード! 偽りの勝利者よ! 今こそ真なる力による裁きを受けるがいい!!」