実に大変な状況に陥ってしまった。
この式神勝負、最も頼りにしていた護法式の凛爽が、結界しか使うことができないポンコツだったなんて誰が想像できただろうか。見た目が『The 陰陽師』であるため、ものすごい術式を一つや二つお見舞いしてくれると思っていたのだが、これでは完全に使えない。つまり、春虎のように真が戦わなければならないのである。
「真、今失礼なことを考えただろう?」
「いやだって、考えないほうが無理あるだろ!」
真と凛爽のやり取りを最初は呆れながら見ていた京子だったが、もうどうでもいいと思ったのか、黒楓と呼ばれるモデルG夜叉を操り、真と凛爽の元へ向かわせる。
「くっ、こうなったらやるしかねえ……!」
「何をするのだ?」
「男なら、拳と拳で語るもんだろ!」
「お前……本当にこの時代の者か?」
真はファイティングポーズを取り、ボクシングのように足踏みをし始める。その姿はなかなかのものであり、観覧席から気持ちの籠ってないエールが飛んでくる。しかし、それはあくまで『見た目』だ。
真はボクシングなんてやったことはなく、殴り合いの喧嘩もしたことがない。そんな真が達人クラスの格闘技を習得している夜叉に勝てる可能性は一%もあるわけなく、敗北は目に見えている。だが、黙ってやられるのも性に合わないのでこうして強気でいるのだ。
「うおおおおおお!!!!」
走ってきた黒楓を迎え撃つため、真も走り出した。そのまま突撃して馬乗りになる作戦だったのだが、ダイブした瞬間黒楓に避けられ、横から服を掴まれ宙に浮く形となってしまった。その姿は巨人が小人をつまんでいるような姿だった。
両手両足をばたばたさせている真のことを気にせず、黒楓は凛爽のいる元に放り投げた。派手に尻餅をつき、地面を転げまわる。
そんな姿の真が面白かったのか、観覧席にいる生徒たちが笑い始めた。
真は春虎の元に視線を一瞬移すと、どうやら向こう側も状況は同じらしく、まるでオモチャのように投げ飛ばされていた。
「な、なんとかしてくれ。凛爽」
「ふむ。残念ながら、私にできることはないな」
「ひでっ!?――――あ、ちょ!」
いまだ倒れている真の両足を黒楓が掴んだ。そのまま後ろへ引きずり込む。その様子はもはやホラー映画だ。
「ぎゃああああ!!!」
黒楓が次々と固め技を真に仕掛けていく。しかし、それに対抗できる力や技術があるわけもなく、真はされるがままだ。
観覧席からは野次や笑い声が絶えなく聞こえてくる。それとは逆に京子の顔には怒りが浮かんでいる。
「ふごぉ!」
再び投げ飛ばされた真には、戦う気力なんて微塵もなかった。そもそも真はとばっちりを受けただけで、この立ち合いには何の関係もない。このまま土下座をして、負けを認めるのも手なのだが、やはりそれは性に合わない。やると決めたからには最後までやり通したいものだ。
「……真」
「なんだ?」
「なぜ術を使わない」
「式符持ってきてないんだよ。……てっきりお前が戦ってくれるって思ってたからな!」
それは事実だ。真自身すべて凛爽に任せるつもりでこの式神勝負を半ば強引に受けたのであって、自分が戦うなんて微塵も思っていなかった。だから式符は持ってきていないのである。
しかし、式符があったからと言って、この戦況をひっくり返すことはほぼ不可能であろう。真はここに来る前まで、一般の高校生だったのである。陰陽師の勉強なんて皆無であり、術式なんて知っているわけがない。知っているのは、大連寺鈴鹿を救うためにやった、爆発する術式だけだ。
それは使えるには使えるのだが、講師の大友陣が使わせてくれるとは限らない。というか使わせてくれないだろう。使い方を間違えたら、人の命も奪いかねないものなのだから。
「……真。呪術の神髄が何だかわかるか?」
「呪術の神髄? そんなのがあるのか?」
「それを見つけることができれば、呪術はお前に応えてくれる」
「……どういうことなんだ?」
「お前は呪術を知っているはずだ。それを呼び起こせ」
この護法式は何を言っているのだろうか。
真が呪術を知っているはずがない。幼い時から見鬼の才が弱く、周りからも見放され、挙句の果てに陰陽の道を捨てたのだ。そんな真が勉強もせずに知っているはずがない。
だが、凛爽の言葉は不思議と説得力があった。まるで本当に自分がいろいろな術式を知っているような、そんな感覚に陥る。しかし、相変わらず何も頭に浮かばない。自分が知っているのなら、一つや二つ頭に浮かんでもおかしくないはずだ。
次でとどめを刺すつもりなのか、黒楓が真の元にじりじりと詰め寄ってくる。真は覚悟を決めて再び突進しようとしたとき、頭の中に文字が浮かび上がった。次の瞬間、同一人物とは思えないほどの声音で、口を小さく開く。
「縛れ」
真の口から発せられた言葉はまるで生きているかのように、発せられた瞬間黒楓が鎖に縛られる。会場中にどよめきの声が漏れる。大友陣でさえ、真の行為を予想していなかったのか、目を見開いた。
そんな様子にお構いなしに真は人差し指と中指をピンと立てる。突如、右手から光が生まれ、二枚の式符が現れた。それを見えない壁に貼り付けるように設置すると、二枚の式符の中央に手を持っていく。真は次の術式を唱える気なのだ。
「
「そこまでや」
会場のどよめきが一層と大きくなった瞬間、関西弁の声が響き渡った。もちろんその声の主は、大友陣だ。
真は大友陣の言葉で我に返ったのか、大きく目を見開き右手を見つめる。そして周りをきょろきょろと見始めた。真自身、何が起きたかわからない様子だ。
「俺…は……」
その言葉を発したと同時に二枚の式符が音もなく消え始め、真はそのまま意識を失った。
目を開けると見慣れない天井が広がっていた。いや、一度や二度は見たことがある。この天井は真の自室だ。
いつの間に男子寮に運び出されたのだろうか。ここまで来た道のりを思い出せない。しかし、鮮明に憶えているものはある。それは、京子との式神勝負だ。
頭に浮かんだ言葉を口に出した瞬間、次々と術式らしき言葉が浮かび上がり、まるで自分じゃないように、慣れた様子で次の言葉を発した。だが、それも今では何も頭に浮かんでこない。無数にあった術式が何一つ思い出せないのだ。
「大丈夫?」
隣から聞きなれた声が耳に入る。
そちらに顔を向けると、心配そうな表情を浮かべた流華が座っていた。その服装は陰陽塾の制服であり、真がここに運び出されてからずっといたことがすぐに理解できた。
しかし、真が無事なのを確認すると、先ほどの表情とは違い、明らかに怒りを浮かべながら口を開く。
「なんであんなことをしたの!」
「いや、だって……」
「相手は『夜叉』だよ? 死んでもおかしくなかったんだよ?」
「あれ以外に方法がなかったし……」
「なら降参すればいいことでしょ! なんで無茶をするの?!」
確かに真の行為は無茶以外の何者でもなかった。黒楓が丸腰であったからよかったものの、これが実戦となれば話は別だ。相手は容赦なく真を倒しにかかってくるし、丸腰だったら太刀打ちできなかったはずだ。
真は一言「反省してます」と口に出すと、流華は言い過ぎたと感じたのか急におどおどしながら何かを思い出すと、緊張な面持ちで口を開く。
「そういえば、真くん。あんな術式どこで覚えたの?」
「あ~、あれね。実は俺もよくわからないんだよ」
「わからない?」
「ああ。急に頭に浮かんだと思ったら、考えるよりも前に口に出してたんだよ」
流華が何かを考えるように黙り込む。
無理もないだろう。真はあんな術どころか、簡単な術さえ知らない。過去になんかの書物で読んだとは考えられない。謎しかないのである。
ただ、凛爽の言葉に反応したことは事実だ。それならば、凛そうに聞いてみるのが一番早い。
「流華、今日はありがとう。でももう遅いから、寮に戻ったほうがいいぞ」
「……そうだね。わかった。何かあったら、連絡して。……無理はしないでね?」
「おう。気を付けて帰れよ」
「うん」
流華は立ち上がり、踵を返すと真の部屋から出ていった。
真はそれを見届けると、どこかにいるであろう凛そうに聞くために口を開く。
「凛爽、いるか?」
「ここにいるぞ」
声のした方向に顔を向けると、椅子に座ったままの凛爽が真を見ていた。おそらくずっと座っていたのであろう。
「さっきの。お前は何か知ってるか?」
「知っているが、教えることはできない」
「なんでだよ」
「それはお前が自分自身で見つけなければ意味がないからだ。まあ、今回のことは気にしなくてもよいと思うぞ?お前にはまだ早いからな」
「早いって、何が……?」
それに答えるつまりはないのか、机の上に置いてあった雑誌を読み始める。
ベットに再び倒れ込み、天井を見つめる。
自分の身に何が起きているのだろうか。残念ながら真にはそれが分からない。わかるのは、これ以上考えても何も出てこないということだけだ。時期が立てば凛爽が教えてくれるだろう。
急に瞼が重くなる。
今日だけで、何日分もの疲れを感じている気がする。これからもこんな生活が続くということを考えるだけでため息が出そうだが、今、真ができることは明日に備えて寝ることだけだった。
短かくて本当にすいませんm(_ _)m
第一作目が原作に追いつきそうなので、これからはこちらをメインに書いていきたいと思っています。
これからもこの作品をよろしくお願いします!