「おいおい。俺も本格的に心配してきたぞ?」
「今日は槍が降るかもな」
「ひでぇな!?」
翌朝。いつも通り――――といっても片手で数えるほどしか過ごしていないのだが――――の時間に起きると、朝食をとるために部屋を出た。そこでちょうど出くわしたのが、昨日のMVP、赤点キングの春虎様である。顔には外傷が見られないのだが、おそらく体の一部に治癒符を張り付けているのかもしれない。
朝食を終えた真と春虎は、珍しく二人で陰陽塾まで行った。いつもはここに冬児が加わるのだが、もう少し距離を取りたいらしく、その理由は定かではない。
くだらない雑談をしながら、教室のドアを開けると妙な違和感を感じ取る。それは春虎も同じようで、小首を傾げながら昨日と同じ席に座り込んだ。無論、真はその隣に座り込む。
流華と夏目も昨日と同じ位置に座っており、流華はこちらに心配そうな視線を送っているが、夏目に至っては、一瞬だけ春虎を見ただけですぐ窓の外に顔を向けてしまう。どうやら、春虎と夏目はまだ仲直りをしていないらしい。
春虎に顔を向けると、外見では平常心を装っているがなかなか重いオーラを出している。
(そこまでなら、しっかり謝ればいい話だろ……)
ため息をつくと、不意に誰かが近づいてくる音が聞こえてきた。顔を上げると、三人組の女子生徒が真を春虎の前にいた。
「――――お、おはよう、土御門君、天道君」
「え? ああ、おはよ……」
「おはようさん」
朝のあいさつをされたんだからしっかりと返せよ、と思うのだが、昨日の一件からそうするのは簡単ではないだろう。むしろ、軽い感じであいさつしている真の方が異常なのかもしれない。
「あのさ? いま、ちょっといい?」
「俺は構わないけど、春虎は……」
「いや、俺も大丈夫だ。何か用?」
「ううん。用ってわけじゃないんだけど……」
もじもじしながら女子生徒は何かを言おうとしている。話しかけてきた女子の後ろでは、ほかの二人が早く早くと肘でつついている。その瞬間、真は何を言おうとしているのか察しがついた。
(こ、このシチュエーションは……罰ゲームの告白だな……!)
しかし、罰ゲームとはいえ男子二人同時に告白するとは、何とも素晴らしい精神を持ったお方だ。
脳内で勝手に組み立てた予想は、次の一言によって大きく崩れ去る。
「き、昨日の試合すごかったね。怪我は、大丈夫?」
「………え?」
「昨日の試合だよっ。土御門君は木刀で式神とやり合っちゃうし、天道君は簡単に式神を拘束しちゃうし……もしかして、本当は二人とも天才?」
春虎に至ってはある意味天才なのだが、真はそんなつもりは一ミクロンもない。何せ、今まで陰陽の道から逃げてきたのだから。
なんとなく空笑いすると、今度は近くにいた二人の男子生徒が真と春虎が座る席によって来た。
「……よ。昨日は災難だったな、土御門、天道。よく逃げ出さなかったよな」
「ほんとだぜ。俺だったら絶対ばっくれてる。だって相手は、あの倉橋だぜ?」
「まあ正直言って、俺は完全にとばっちりだけどな。このある意味天才的な奴のせいで」
真の言葉に二人の男子生徒が小さく噴き出す。先ほどまでは、昨日から一言も声を掛けなかったという気まずさが残っているような気がしていたが、今では感じられない。だんだんと、真と春虎はこの教室に馴染んできている。そう感じた瞬間だった。
クラスメイトが昨日の試合の感想を述べ合っていると、「あれ、春虎君と真君?」という、数少ない顔見知りが声をかけてくる。
「おう、天馬。おはようさん」
「おはよう。二人とも体の方は大丈夫?」
春虎は両肩を竦ませながら、答える。
「ピンピンしてるよ。悪いな、心配かけて」
「とんでもない。でも、二人とも、護法式なんて持ってたんだね。しかもあれ、どう見ても市販じゃないよね?」
「あ、ああ、まあ……」
「たぶんな」
「そうそう! ねえ、土御門君、天道君、あの護法式、もう一回見せてくれない?」
「あ、わたしも! 私も見たーい!」
護法式という言葉に、女子が素早く食いついてくる。春虎の小っちゃい護法式ならばまだわかるのだが、真の護法式に何の魅力があるのだろうか。
どうしようか迷っていると、いきなり隣から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
『呼んだかな? 真』
「呼んでねぇよ!?」
「あら、やっぱりイケメンだ!」
神速と呼べる速さで、女子生徒の方へ顔を向けると目を輝かせている。全国のエリートが集まる学校と言えど、心は乙女らしい。凛爽はそんなクラスメイトらに、真とは全然違う応対をしていた。
「お前も大変だな」という声が隣から聞こえてくるので、「ああ、まったくだ」と肩を竦ませる。
春虎の近くでは、真同様コンがいじられていた。遠慮なく揉みくちゃにされているコンは、もはや人形状態だ。
そんな姿を見て笑っていると、後方から声が降りかかる。
「意味ねえよなあ」
舌打ち混じりの一言。挑発的な響きだった。振り返ると、名前は知らない男子生徒が、机の上に投げ出して、真たちを見下ろしている。
「……護法式がなんなのかも知らないようなのが、高等式なんか侍らせてるんだぜ? これだから名門様はよぉ」
嫌悪感むき出しにした口ぶりに、騒いでいたクラスメイト達が口を閉ざす。やはり、真や春虎のことを良くは思わない生徒もいるようだ。
「コンっ!」
女子たちの手を振りほどいて躍り上がったコンを、春虎が制止させる。今のはいい判断だろう。このままコンに手打ちさせれば、確実に春虎はこの場に居づらくなる。
「―――ったく、お前は反省ってもんを知らねえのか」
「しし、しかしぃ~……」
主思いのいい護法式だ。凛爽もコンほどに主である真を慕ってくれたら、どんだけいいか。
考えても仕方がないだろう。嫌味を口にした生徒は、慌てて机から足をひっこめたせいで、椅子からずり落ちそうになっている。まあ、確かにあんな程度の言葉で式神が飛んでくるとは、誰も思わないだろう。
泡をくらった男子生徒を見て、クス、と女子の一人が失笑。それが伝染したのか、真と春虎の周りだけではなく、教室中から忍び笑いが聞こえてくる。笑われた男子生徒は、怒りと羞恥に顔面を赤く染めた。
それを見た真が、謝罪しようと口を開いた瞬間、春虎が頭を下げる。
「済まん」
囲んでいたクラスメイトがポカンとし、謝られた生徒までぎょっとした顔になった。コンに至っては衝撃のあまり、目玉が飛び出している。
「騒いで悪かった。おれ、目障りだよな。一応自覚はしてるんだぜ? でも……」
と春虎は頭を上げ、たじろく男子と正面から目を合わせた。
「おれ、みんなとはなるべく仲良くしたいんだ。昨日、倉橋さんにも言ったけど、大目に見てくんねーかな? おれも、空気読めるとこは、なるべくそうすっから」
今度こそ教室中が静まり返る。
春虎の周りの生徒は唖然とした表情だ。もちろん真もその一人。真自身、そこまで言うつもりはなかったのだ。
いまだに奇妙な沈黙が漂っていると、最初に話しかけてきた女子生徒が口を開いた。
「……てゆっか、あんたこの前の実技んとき、先生の簡易式だって、ちゃんと操れなかったじゃん。護法式なんて、どうせ使えやしないでしょぉ?」
「う、うるせえなっ。あんときゃ、調子が出なかったんだよ。第一、自立系のなら、操作も全然違うだろうがっ」
「とか言って、講義終わったあとは、へろへろだったよな?」
「最初はあんなもんだろ! そう言うお前はしばらく立てなかったじゃねえかっ」
女子に続いて男子が茶化し、それに減らず口が返る。その結果、雰囲気がとても軽くなることができた。
「と、とにかく、土御門っ、天道っ。おれは昨日みてえな試合も、お前らのことも気に食わない。それははっきりと言っておくからな!」
その内容とは裏腹に、言葉には先ほどのような刺々しさは微塵も感じられなかった。彼は彼で真と春虎の存在を認めたのだろう。
「覚えとく。あと、おれのことは春虎でいいぜ」
「俺のことも名前で呼んでもらって構わない。まあ嫌でも振り向かせてやるさ」
「………」
男子生徒は返事をする代わりに、鼻を鳴らして顔をそむけた。
後ろにいた女子生徒からは「やだー、天道君はそっち系?」などと言う声が聞こえてくる。そんなつもりで言ったわけではないのだが、よくよく考えれば、そういう意味に聞こえなくもない。
なんとなく苦笑いをしていると、春虎は向き直り、フォローしてくれた女子に眼差しで感謝をささげた。
「そうだ。まだおれ、みんなの名前覚えてないから、この機会に教えてくれね? おれのことは春虎って呼び捨てでいいからさ」
「俺のことも真でいいぜ」
「おっけー、じゃ、ツッチーとマコッチね?」
「「話聞いてる!?」」
二人のツッコミに、再び笑いが場を包み込む。天馬が気を利かせてくれたおかげで、ほかの塾生とが次々と自己紹介をし始めた。さっきまで毒づいていた生徒も「けっ」と言ったが、口元には笑みが浮かんでいる。
この調子なら、思ったよりも早く教室に馴染めそうだ。真は笑いながら、クラスメイトと雑談をし始めた。
「……よかったね、夏目
「ふぇっ!?」
突然話しかけられた夏目は思わず地の声を出してしまう。
「……こいつは予想外の展開だったな」
「と、冬児……」
「狙ってやってるなら大したもんだが……あいつらは天然だからな。さらっとああいう真似が出来ちまうことが、できないやつからすると妬ましい―――」
と、冬児が夏目を横目で見やり、
「―――なぁんて、思ってたりするか?」
「な、何をっ……馬鹿なことを……」
尻すぼみに言い返して、夏目は冬児から目を逸らす。
しかい、逸らした視線は自然と春虎に吸い寄せられていることに流華は気づいた。そんな姿を見ていた流華は思わず微笑む。
「……あんま意地を張るなよ?」
「い、意地なんか張ってない! さっきから何を言ってるんだっ」
「そうか。悪いな。実はこの夏、俺の
「……!」
そのことについて流華はよく知らないのだが、おそらく夏目にとっては重要なことなのだ。狼狽えた様子で俯いた夏目の手にそっと、手を添える。
今の夏目はどう見ても女の子にしか見えない。
できるだけ夏目の手助けをする、そう決めた流華であった。
投稿が遅れて申し訳ありません。
この作品を書くに当たって、原作を何度か読み返しているんですが、少々疑問に思ったことがあります。
『陰陽塾って、エリート集団じゃないの!?』
作中にもあった通り、式神すら満足操れないという生徒が何人かいます。それについてちょっと疑問に思いました(笑)
不定期更新になりますが、できるだけ早く更新したいと思います。
これからもよろしくお願いします!