終了を告げるチャイムが鳴る。同時に、教室にした塾生たちのため息が溢れ、この場の空気がだらしなく弛緩した。
終了から三分もたたずに、私語と笑い声が飛び交う。試験官の講師が黙々と試験用紙を回収する中、真はその場で大きく伸びをした。
体の奥底から解放感が感じられると、隣から明らかに心配の色を帯びた声が聞こえてくる。
「真君。大丈夫だった?」
その声を聴いてから一呼吸置き、真は深いため息をついた。それを見た流華の顔から血の気が引くのを感じると、笑いながら親指を立てる。
「大丈夫だって。今回は試験範囲をしっかり把握してたし、流華が徹夜で手伝ってくれたからな。そこまで絶望することないって!」
「そ、そう。それならよかったけど……本当に大丈夫なの?」
「心配しすぎだろ!? どんだけ信用されてないの、俺!?」
流華が心配しすぎるのも無理はない。今回のテストはただのテストではなく、二年生への進級試験だったのだ。
半年間のブランクがあった真であったが、流華による地獄のテスト勉強のおかげで七割から八割ほどは確実に取れただろう。
「本当ありがとうな、流華」
「ううん。天道家の人間が留年だなんて恥ずかしいしそれに…………真君とは一緒にいたいし……」
「ちぇ。結局、天道家として恥ずかしいのかよ……ったく」
「……はぁ」
何故か深いため息をついた流華に怪訝な目を向ける真だったが、それもすぐに止め、流華とともに立ち上がると、机に突っ伏している春虎たちのもとへ歩き出す。
遠目からでもわかるほど、春虎は燃え尽きている。おそらく撃沈したのだろう。
「まあ座学は仕方ないとして、あとは明日の実技だな。何とかなるって」
「……真はどうだったんだよ」
「俺か? まあまあかな。試験範囲さえ間違わなければ割といけるからな」
「何だよそれ~。俺だけかよ~」
思わず頭を抱えだした春虎を見てその場にいたものは苦笑した。
明治通り。JR渋谷駅にほど近い場所に、一台のリムジンが停車した。
後部座席のドアが開き、男が一人降車する。ぼさぼさの長髪は、ゴムで一つにまとめられ、口元とあごにはひげが伸びている。どう見ても高級車には似つかわしくない風貌の男なのだが、体つきは良く、顔だちも凛々しい。身なりを整えれば、それなりの紳士に見えるだろう。
男は、ドアが開いたままの後部座席を振り返る。
「……世話になりました」
「構わん構わん。半年前の詫びじゃ」
そう返したのは、後部座席の奥に座っている黒い和装の老人だ。