「呪術の神髄が何だかご存じだろうか?」
「答えは『勇気』だ」 ――――天道義正
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今から何年か前の話―――
敷地の四分の二ほどの大きな館には、大勢の人たちが訪れていた。どの大人も身だしなみがよく、とても礼儀正しい。
どの大人にも、大きな貫録が感じられる。何か、特別な力を持っているような…。
そう、ここは古来から代々伝わる由緒正しい陰陽宗家《天道家》の本家の館である。これから、大きな会合でも開くのであろう、ぞろぞろと館に人が入っていく。
そんな中、本家にあるこれまた大きな庭が二人の少年少女の遊び場だった。
広大な庭の中、大きな松の木登りをしている少年。そして、それを下から見ている少女。
やがて、少年が大きな木の枝にたどり着くと、そこに付いていた大きな松ぼっくりをむしり取ると下にいる少女の手に落とす。
―――ほら、大きな松ぼっくりでしょ?
―――うん、本当に大きい!ありがとう!
少女は無邪気に笑う。それを見た少年は、思わず頬をかくと大きな松の木を降りはじめる。
―――気を付けて!
―――うん、大丈夫だよ……ほら!
少年は難なく大きな松の木を降りると、少女に駆け寄っていく。
しかし、少女は笑う少年とは対称的に池の方を見ながら少しおびえていた。
―――どうしたの?
―――あそこに何かいるの
少年は少女が指をさした方向に視線を向ける。そこには、微かに人間のような形のした黒いものが見えた。
―――また、来たな!あっち行け!
少年は近くにあった、木の棒を拾うと池の方に走っていき思い切り振り回し始めた。少女は、その光景を少し離れた位置から見守っている。
やがて、黒いものが消えると少年が少女のほうへ駆け寄ってきた。
―――これで大丈夫だよ、流華ちゃん。
―――ありがとう、真君。
二人は微笑み合う。それは、とても仲の良い友達の姿であった。
少年が少女の手を握る。
―――流華ちゃんは絶対ぼくが守るからね!
―――それは式神になるっていうこと?
少女の言葉に少年が首を傾げる。そのシキガミというものを少年は理解していないようだった。
―――シキガミって何?
―――式神はね、わたしのことを大切にしてくれて、守ってくれるんだって
少年は少し考え込むと、やがて何かを決心した様子で顔を上げる。少女の顔には不安の色が満ちていた。
―――わかった。ぼく、流華ちゃんの式神になるね。それで、絶対流華ちゃんを守ってみせるよ!
―――本当?ありがとう!
少女は少年が見た中で一番の笑顔を少年に向ける。少年は頬をかくと、握っていた手を引っぱり、また少女と遊び始める。
―――――そう、それ少年がまだ陰陽という道を理解していなかった頃の話。
輸送車が到着した時にはすでに、あたり一帯瘴気み満ち溢れていた。
一般人が避難した、東京のオフィス街。急停止した輸送車から、蒼い服を着た陰陽師たちが次々と下りていく。
霊災の発生源は、オフィス街の中央に生えている一本の老木だ。異様な霊圧を放っているその老木は、姿かたちは似ていても一般の老木とは全然違うものだった。
万物に満ちる気―――――霊気。
その霊気は、常時揺らぎ、全体としての安定を保っている。
しかし、時々霊気がの揺らぎが極端に偏ることがある。それが、瘴気に変わり、より一層甚だしくなるのだ。
自然界が持つ自浄作用の許容量を超えた、回復の見込みがない霊的・呪的偏向。それが、陰陽法に定められた霊的災害、<霊災>だ。そして、それを修祓することこそ、陰陽庁祓魔局に所属する陰陽師たち、すなわち祓魔官の任務だ。
彼らは老木を包囲すると、腰から小刀を抜いた。
呪文を詠唱しながら、一斉にアスファルトの地面に突き刺す。その刃は青白い光を発し、それが地面を伸びて老木を囲む大きな環を形成した。
これは、霊災を発生源を周囲から遮断するための呪術、結界だ。
だが、老木の勢いは止まらず、瘴気を吐き続けている。それは、今にも結界を破る勢いだ。
「ワリいっ。待たせた!」
結界を敷く陰陽師の背後に、一台の大型バイクが急停止する。
そのバイクから降りた男は、派手なアロハシャツに膝の抜けたジーンズという姿であった。
しかし、彼はこの部隊を率いる指揮官であり、国家に数十人しかいない国家一級陰陽師の一人なのだ。
「なんとか間に合ったな。一発で祓うから、お前ら、気張って結界維持しろよ!」
男は腰から日本刀を抜き取った。
刀を振り、複雑な印を描く。その刀身が火にくべられたように目映く輝いた。
「五行の理を以て、鋭なる金気、沌せし木気を滅さん!金剋木!魔瘴退散!」
大上段に構えた霊刀が老木目掛けて振り下ろされた。
「うわっ。すげー」
「かっこいいな、あれ」
割り箸を掴んだまま、土御門春虎と天道真はテレビの中継に釘づけになっていた。
老店の雰囲気が漂う、うどん屋の狭い座敷には、三人の青年の姿があった。この店にはエアコンがなく、年代物の扇風機が音を立てて動いている。
ライブ中継されているのは、陰陽師たちによる霊災修祓現場。霊災はほとんど東京で起こるため、三人がいるような田舎には滅多に起きない。
「見ろよ、冬児。めっちゃでかい木をあっさり斬り倒したんだぜ?漫画みてー」
「ほんとだな。俺もやってみたいなー。ああやってズババーンと」
黒い短髪の髪をした青年、天道真は割り箸を刀に見立てて、テレビに映った男のように振る。だが、それがどんぶりに当たり、倒れそうになった。
「うおっ、あぶねー」
「お前らなー……」
真と春虎の向かい側に座る、阿刀冬児があきれた様子でつぶやいた。
すでに食事を終えたようで、膝を崩して寛いでいる。だが、すぐさま額に巻いたヘアバンドの下から、目つきの悪い双眸が、興味の薄い視線を真と春虎に向ける。
「……ま、陰陽師のキャリアなんて漫画みたいなもんだからな」
「「キャリア?」」
「『陰陽Ⅰ種』の合格者のことだ。国家一級陰陽師ってやつさ。……このあいだ見せた雑誌に載ってただろうが?」
「そういや、載ってたな」
「じゃあ、さっきのは『十二神将』なの?すげー」
再び春虎はテレビに視線を向ける。だが、すでに現場のリポーターに変わっていた。しばらく見ていた後、思い出したように食事を再開する。
真は爪楊枝を口にくわえながら、古くなった天井を見つめる。
『十二神将』という名に、聞き覚えがないわけではない。なぜなら、親戚にその『十二神将』がいるからである。
十二神将とはマスコミが勝手につけた俗称に過ぎないが、『陰陽Ⅰ種』に合格している国家一級陰陽師は国内に十数人しかいない。
超一流のエリートだ。
「最近、この手の中継が増えてるな」
春虎はきつねうどんをすすりながら呟く。
「確かに。なんか、嫌な予感がするな」
「実際、霊災そのものが増加傾向にあるらしいぜ。……まあ東京だけだがな。それに比べればこっちは平和なもんさ」
うどんをすすっていた春虎と、天井を見つめていた真が冬児を見つめる。
「なんだよ。久しぶりに帰りたいのか?」
「別に。俺は平和が嫌いじゃないからな」
「昔のお前が今のお前を見たらなんと言うか…」
「うるさい。てか、春虎はさっさと食え」
春虎は笑いながら一味唐辛子の小瓶に手を伸ばした。
店を出ると、目映い日差しが三人を容赦なく照らした。
ぎらぎらとした八月の陽光と、強烈なアスファルトの照り返し。それに加え津波のように襲ってくるセミの鳴き声とのコンボは、改めて夏を感じさせてくれる。
「……あっちーなー」
「夏だからな」
「でも、東京のほうが暑いんだろ?大変だよなーバリバリのサラリーマンとかは」
まじかよ、とつぶやく春虎はそそくさに木陰に移動する。真と冬児も後に続いた。
この三人は、同じ高校に通うクラスメイトだ。
普通ならば夏休みの真っただ中だが、午前中いっぱい夏季補習を受けていた。その帰りの昼食を済ませて後だ。
なぜ、三人が補習を受けているというと、春虎は安定の赤点キング、冬児は安定のさぼり魔、真は対策はばっちりだったのに、真に配られたテスト範囲のプリントだけが、周りと違い、あえなく撃沈。対策している時点で違う範囲に気付くはずだが、相変わらずのバカっぷりである。
「まだ口の中がカレえ」
「唐辛子のかけすぎ」
「蓋が外れたんだよ」
「やっぱり、春虎は運がないな」
「お前にだけは言われたくないわ!」
真の言葉に、春虎が反応する。
だが、春虎はこれでもかっというほど運が悪い。例えば交通事故にあった回数は十二回であり、なかなかの不幸男である。
対する真は、身体的な不幸は起きていないが、何もないところでつまずき、バックにしまってあったケータイが、飛び出して車にひかれてつぶれることや、これまた何もないところで躓き、田んぼに思いきり突っ込むなど、つまずいてからの不幸が何回か発生している。
「これって絶対、先祖から続く祟りとか呪いだと思うんだよな」
「俺もそう思う……」
「ああ。お前らの血筋だと、いかにもありそうだな」
冬児は皮肉っぽく答える。
アスファルトに落ちる木漏れ日は、輝いている銀貨のようだった。
「さて……これからどうすっかな?」
春虎がそうつぶやくと同時に、ケータイが鳴りだした。春虎はケータイの画面を見た後無言で閉じた。そして、何事もなかったようにポケットにしまう。
「……北斗か?」
「……北斗だ」
「あいつは暇でいいな」
それっきり、この話はなかったことになった。まあ、いつものように真と冬児はそれ以上の説明を求めない。
なぜなら、普段からそうだからだ。
春虎は気を取り直したように二人を見る。
「さてっ。これからどうする?金ないけど、ゲーセンにでも行って涼むか?」
「……いや、あいにくだが無駄だった」
「どうやら、そうみたいだな」
「は?何が?」
「お前は運が悪いってことだよ、な?」
「ああ。冬児の言う通りだ」
春虎は何のことがわからない様子だった。だが、真と冬児はそれにかまわず、春虎から距離をとる。
「この、バカ虎ぁ!」
アスファルトを蹴る音と共に大きな声が三人を包む。だが、それと同時に春虎が駆けてきた人物に裸締めをされる。
「見てたぞ!なんで携帯でないんだよ!」
「や、止めろ、北斗!息が―――!死ぬ―――!?」
その人物はボブカットの髪型をした、男のような女だった。
――――てか、見てたなら電話すんなよ……。
冬児が真の肩に手を置く。まるで、あいつには常識は通用しない、と言っているようだった。
そうこうしているうちに、北斗と呼ばれる女性は春虎から離れた。
「この暑い中うどんなんて、相変わらずどうかしてるよ」
「余計なお世話だ!それにうどんをバカにするなっ。うどんは日本の偉大な――――」
「冬児は何食べた?」
「ざる」
「真は?」
「冷やしラーメン」
「無視かっ?放置か!?」
春虎が悲痛の叫びをあげる。まあ、いつものことだから気にしなくてもいいだろう。
北斗は、気持ちよく引き締まった素足を軽やかに交差しながら、憮然とする春虎と溜息をついている真と冬児を交互に見る。
「三人は今日も補習帰り?さすが赤点キングとさぼりマスターと、躓き大魔王」
「うるせえ。お前こそこんなとこで何してんだよ」
「ん?別に?散歩してただけ」
「この炎天下に散歩だと?どうかしてるのはお前の方だろ」
「補習組よりはずっと有意義だね。わかる、春虎?結局世の中、賢い人間が得するようにできてるんだよ?」
「うわ。この野郎、嫌な説得力を……」
「やろうじゃないもん。女の子だもん、バカ虎」
「黙れ、オトコ女」
「……てか、炎天下に散歩する奴って、賢くなくね?」
「まあ、気にすんな」
真が溜息をつくと、冬児が肩に手を置く。一方、春虎と北斗はなんやらまたいがみ合っているようで、北斗が春虎の服の襟をつかんで先にどんどん進んで行った。
「……どうしておれが北斗にかき氷を奢らなければならないんだ」
「ペナルティーだから、仕方がないだろ」
公園のベンチに座った四人は、プラ容器に盛られたかき氷を食べ始めた。
「―――ぱく」
「あっ、おい!黙って人のかき氷を食うな!しかも一番てっぺんを、ごっそり持っていくとは何事だ!」
春虎は叫びながらかき氷のカップを遠ざける。対する北斗は急に食べたせいで、顔をしかめ、こめかみを指で押さえていた。なかなか、勝手なものである。
一足早くかき氷を食べ終わった冬児が北斗に問いかける。
「……で?北斗。お前、また春虎に陰陽師を目指せって言いに来たのか?」
すると、北斗は、そうだったと言わんばかりに背筋を伸ばした。
「春虎」
北斗が春虎にずいっと顔を寄せる。その迫力に、思わず春虎は体を逸らした。
「な、なんだよ?」
「さっきのテレビ中継、春虎も見てたんだよね?
「ま、ま……」
「だったら春虎もああいう風になりたいと思わないの?思うよね?普通思うよね?思わないわけないよねっ?」
「……思わねぇよ」
「どーしてっ?だって春虎、安倍晴明の子孫なんでしょ?陰陽道宗家、土御門の人間なんでしょ!真もだよ!」
「………」
ここぞとばかりに北斗が詰め寄る。春虎は思わずげんなりと渋面なった。
北斗が口にしたことは事実だ。
平安時代に活躍した、伝説の陰陽師、安倍晴明と天道義正。安倍晴明の死後、安倍家の人間は「土御門」と名乗り、明治の世まで長い年月、陰陽道宗家として陰陽師たちの頂点に君臨していた。そして、春虎―――――土御門春虎は、何を隠そう、名門一族の末裔なのだ。
天道家もまた、安倍家から土御門家になってもなお、従い続けた名門一族。実力としては、明治以降衰退してきた土御門家とは違い、今も頂点に君臨している。
それでも、土御門家に従い続ける理由は、初代天道家当主、天道義正の言葉があるからだろう。
そして、真は分家だがその名家の末裔だ。
「あのなぁ、北斗。もう、いやってほど言ったはずだが、おれん家は、土御門って名乗っちゃいるけど、あくまで『分家』なの。偉い『本家』とは違うの」
「そんなの、春虎が土御門の人間であることに変わりないじゃない!一般高校に通って、赤点とってヒーヒー言ってるなんて、情けないと思わないの?」
「余計なお世話だ……」
北斗の真剣な態度に春虎はうんざりしているようだった。一方真は複雑な心境だった。
一瞬昔の記憶がよみがえる。
――――絶対守ってみせるよ!
だが、それを真は素早く打ち消す。
もちろん真に見鬼の才がないわけではない。しかも、少しばかり呪力がある。
しかし、それはあくまで<少し>だ。
陰陽の道を行くものは少なくとも、見鬼の才が強い。それに加え、生まれ持った才能が多少なりともある。
そんな、高レベルなところで半端な力しか持っていない真が行ったらどうなるか。十中八九、置いてけぼりにされるだけだ。
それならいっそ、多少望みがある一般人の道に進むことが得策だと考えて一般高校に進学している。
真がしばらく考えている間に、春虎と北斗はどんどん話を先に進めていった。
「……たれてるぞ」
「もっと早く言えよ!」
春虎のスラックスには大きなシミができていた。いつの間にか太陽が移動して、春虎の手元だけ木陰からはみ出していたらしい。相変わらずの運の悪さだ。
「……おもらしみたい」
「嬉しそうだな、北斗!?」
赤くなる春虎に北斗がハンカチを手渡す。
「……ま、今日の進路相談は、ここらで終わりにしようぜ。分家の嫡男どもはまだ高1だ。将来を決めるのに、焦る必要はないだろ」
「でも……」
「おまけにこの成績だ」
「あー」
「そこは反論なしかよ!?そして余計なお世話だ冬児!」
春虎の声はセミの鳴き声にかき消される。
まだまだ、夏は長い。
適当にゲーセンで時間をつぶした真たちは、日暮れとともに解散した。
真の家は三人とは違う方向なので、ゲーセンを出るなり三人と別れた。
いつもと変わらない、帰り道を歩く。
日暮れによって、大分日差しが弱まった太陽だが、まだ沈まんと言わんばかりに西の空にとどまっている。
夏休みに入ってもなお、変わらないいつもの日常。
これが当たり前だと思っていた。いつものように四人でつるんで、バカやって、青春を満喫する。
とても素晴らしいことだが、何か心に引っかかるものがあるのも事実だ。
「あいつはあいつなりに頑張ってるんだよな……」
残念ながら、真の言葉はオレンジ色の日差しにかき消されるだけだった。
しばらく歩いていると、家が見えてきた。相変わらず、大きな家だとつくづく思う。
松に囲まれた大きな館、その周りに家が何件も建っているが、真が返ってくる時刻には人けがまったくない。
普段通り、門から入って家に帰るのだが、今日は、今日だけはいつもと違った。
門の前に白いワンピースに大きな麦わら帽子、その横には大きなボストンバックが置いてある。
真の目の前にいる、長い茶髪が似合う美少女がこちらに視線を向ける。
「……久しぶり、だね。真君」
真の思考は完全に停止していた。
本家の少女と分家の少年――――。
天道流華と天道真の、三年ぶりの再会だった。
どうでしたか?
基本的に三人称視点で行きたいと思っています。
投稿速度は二日か三日に一話になると思いますのでご了承ください。
ほとんど原作通りですが、少しずつオリジナル要素を入れたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
これからもこの作品をよろしくお願いします!!