花火祭りを騒がせた事件は、その夜のうちにニュースになった。
近年、全国の呪術犯罪事件は増加傾向にある。おそらく、陰陽庁が首都にあり、主力部隊も首都にあるからであろう。だが、その多くは一般人に知られることなく「業界内」で処理されている。これは、陰陽庁の優秀さを示すとともに、陰陽師の活動が、霊災修祓に関わる活動を除けば、基本的に一般社会と無縁であることを主張するものなのだろう。
戦時中に開発された技術を礎とする現在の陰陽術は、使用目的が厳しく制限されてきた。卓越した利便性、汎用性とは裏腹に、ごく限られた用途でしか社会に還元されることがなかったのである。
しかし、霊災同様、現在の陰陽術もまた、夜光の遺産であることに変わりはない。いかに規制し、制御下に置こうとしても、時として陰陽術、いや、陰陽師は鋭い牙を向けてくる。今回の事件はまさにそのようなものだった。
花火祭りの翌日は快晴とは打って変わり、重たい雲が空を埋め尽くしていた。
天気予報によると、台風が近づいているらしい。最も接近するのが夕方から夜にかけて。
午前十一時。昼食前の空席が目立つファーストフード店。
二階にある窓際には、いつもの三人の姿があった。
こんな日にも夏季補習はあるのだが、今日は三人とも早々学校を抜け出していた。空模様に負けないくらいの重たい空気で、テーブルを囲んでいる。
「で―――――」
そんな中、太いヘアバンドの下から、冬児の視線が春虎に据えられた。
「お前の方も、あれから北斗とは連絡がついていないんだな?」
「……ああ。メールの返信は来ないし、携帯もつながらない」
「まいったなあ。まあ、無事は確かなんだろ?」
「……少なくとも、おれと別れたときはな」
春虎は視線を落としながら答えた。
冬児は何か言いたげだったが、
「なら、いい」
と言って、テーブルのアイスコーヒーに手を伸ばした。
「まったく、嵐のような一夜だったな。台風が来るのは、これからだってのに」
「………」
冬児の言葉に、春虎はうなだれたままだった。
真とも冬児も当時の状況は詳しく知らないが、それが起きる前に一度北斗にあっているのである。そこで、北斗を一人で行かさず、三人で行っていれば今とは何かしら別に、何かしらの変化があったかもしれない。
真はすっきり白ブドウを、飲むと小さくつぶやいた。
「……あの時、俺らも追いかけるべきだったのかもな」
「……俺達が行ったって、今とはあまり変わらないと思うぜ」
「……そうか」
春虎に続いて今度は真がうなだれる。
冬児は小さくため息をつくと口を開いた。
「……まあ、北斗のことはともかくだ。お前の幼馴染の方も、まだ連絡は取れていないのか?」
「一応メールは送ってる。こっちも、返信ないし、携帯にも出ないままだけど」
「そうか……そういえば、お前の幼馴染も帰省してるんだよな?そいつは十二神将だろ?あのくそ生意気なガキとは知り合いじゃないのか?」
「さあ、でもあいつは研究員なんだろ?現場に行ってた流華とは接点もなさそうだし、知ってるのは、名前だけじゃないか?」
「……そうか、だが、あいつがこのままで終わらせるわけはないと思うぜ」
「おれもそう思う」
「たぶんな……」
事件のことはおそらくほぼ確実に、流華の耳に入っているはずだ。だが、あいにく、あんな別れ方をしてしまったので今となっては声をかけづらい。
「まだこっちにはいるはずなんだ。とりあえず、この後本家の屋敷に行ってみるよ」
「その方がいい。あのガキ、手段を選ばないって感じだったからな」
「手段を選ばない、か……」
冬児の台詞を聞いた春虎が、ポツンとつぶやいた。すると、その言葉を聞いた二人は春虎に目を向けた。
「なんだ?どうかしたのか?」
「ん……その……」
春虎は何かを悩んでいる様子だった。そして、何かを決心したように、口を開く。
「あいつ――――大連寺鈴鹿さ?呪捜官と戦ってたとき、勝ってたのに急に逃げ出しただろ?あれ、逃げ遅れた兄妹を、巻き込まないためだったんだよ」
「あいつが……?」
「そう、あいつは、自分の兄貴を生き返らせるって言ってた。そんなことができるなんて、おれには信じられないけど、でも、あいつはそれを試す気なんだ。夏目を利用して」
「なるほどな」
「でも……さ?……それってそんなに悪いことか?」
確かに、今の話を聞いた限りではそんなに悪いことだとは思わない。鈴鹿がどんな罪を犯したのかは知らないが、兄貴を助けたいという思いは間違ってはいないと思う。
すると、冬児は椅子に背中を預けながら口を開いた。
「……実は、俺もあのあと、いろいろ調べてみた」
「「え?」」
「まず、あのガキが言ってた『帝国式陰陽術』―――まあ『汎式』と同じで、『帝式』って略される場合が多いみたいだがな。その『帝式』ってのは、いまじゃ公式には教授されてない、古いタイプの呪術体系らしい。ただ、あいつも言ってたが、古いと言っても元が軍用だけに、実戦的で強力なものが多いそうだ。かなりの呪術が禁呪指定されてるが、それでもまだ、一部の呪術は現役で使用されている。
「魂の呪術ってのもか?」
「いや。そいつは『別格』だ」
冬児は冷ややかな笑みを浮かべる。春虎と真は、首を傾げる。
「魂の呪術ってのは、そんなに凄いことなのか?幽霊とやり取りするなんて、いかにも陰陽師らしいんだが」
「それは、民話や昔話の話だ。少なくとも、現在の呪術に、魂に関わるものは存在しない。魂が存在するかどうかは『わからない』っていうのが、『汎式』のスタンスだ」
「そうなのか?でも霊気とか霊災とか、扱ってるじゃんか」
春虎がキョトンとする。
「ああ、そこがややこしいとこでな。『汎式』で言う『霊』というのは、幽霊の『霊』じゃなくて、万物を成す―――あるいは万物に宿るとされる『気』のこと。『霊災』というのは、『気』が乱れて起きる災害のことだ」
陰陽術の基本思想は『陰陽五行説』と呼ばれるものだ。この思想は、戦前と戦後――――つまり旧来の陰陽術と現在の陰陽術では解釈に大きな差があるが、依然として陰陽術の根幹を成している。
「世界は陰と陽の気からなり、陰の気と陽の気は、さらに木火土金水の五気に分類される――――ってな。ま、詳しいことは、それこそお前らの幼馴染にでも聞いてくれ」
そう言って、冬児は肩をすくめた。
「それで魂の話に戻るが、『気』が成す万物はの中には、当然人間も含まれる。だから『汎式』でも、霊体という人間が持つ霊的身体――――『気』としての体の存在は認めている。紛らわしいことに、人間によってはそれを魂魄なんて呼ぶこともあるらしい。他にも、残留霊体と言って、人の死後一定期間、霊体だけが残るケースも確認されている。それこそ、幽霊みたいにな」
冬児はアイスコーヒーを飲むながら説明を続ける。もともと、冬児は自身の事情から陰陽術や呪術業界のことは詳しいのだが、今回は相当調べている。それほど重大なのかもしれない。
「しかし、霊体や残留霊体は定義している『汎式』も、いわゆる『人の塊』となる話は別になる。そもそも『魂とは何か』って問題をクリアできていないんだから、その『何かもわからない魂』に作用するような呪術が存在するはずないのさ」
「でも、大連寺鈴鹿は魂の呪術を―――――」
「ああ。だから『汎式』にはないが『帝式』にはあったってことだな。ただ、そこら辺は特に突っ込んで調べたんだが、どうも業界の中でも、はっきりとはしないらしいぜ?」
「何がはっきりしないんだ?」
「『帝式』には魂の呪術が存在したと考えている研究者は多いが、それを証明する記録は何も残されていないんだと。それどころか、魂に関わる呪術研究は、現在は陰陽法で禁止されている」
「「禁止?」」
「そうだ。それも、倫理的な理由じゃなく、もっと切実な理由でな」
冬児はアイスコーヒーを一口飲むと、鋭い冷笑を浮かべた。その、楽しげな笑みはいつものことのように、『何かがある』という合図みたいなものだ。
少し間を置いた後春虎が口を開く。
「……切実ってどういう意味だよ?」
「春虎、真。土御門夜光が最後に行った儀式のことは知っているよな?」
「そりゃあ、教科書に載ってるくらいだからな。知らない奴なんて、あまりいないだろ?」
冬児は冷笑を浮かべて、頷いた。
「<あれが>、そうだったと考えられてるらしい」
春虎と真は唖然とする。
夜光の最後の儀式に関する資料は、何一つ残されていない。しかし、もしあれが魂に関する呪術なのだとすれば、研究が禁止されているのも納得がいくし、鈴鹿が呪捜官に追われている理由も理解できる。
「……しかもだ。現在では、夜光は成功したと考える陰陽師は、相当多いらしい」
「なんでだよ?あの儀式のせいで夜光は死んだんだろ?」
「ところが、夜光が成功したと考えている陰陽師たちはこう言ってるのさ。『天才陰陽師土御門夜光は、生涯最後の大呪術によって、自らの魂を転生させた』ってな」
「て――――!?」
「な――――!?」
春虎と真は同時に息をのむ。
冬児は不意に表情を消し去った。細めた双眸だけを鋭く光らせ、
「相変わらず察しが悪い奴だ。―――春虎。あのガキの言ってたことを、よく思い出せ」
「………あ」
「おい、鈴鹿は何を話してたんだ?……まさか」
「そう。そのまさかだ」
今の話から察するに、土御門夜光は現代の土御門家の人間に転生したと推測できる。そして、鈴鹿はそれを探していた。春虎を夏目と勘違いしていたとなると、<土御門夏目>が<夜光の転生者>ということになる。
春虎はしばらく何かを考えている様子だった。真はすっきり白ブドウを飲み干す。
すると、重苦しい空気の中、春虎の携帯の音が鳴った。
「北斗か?」
「……いや」
春虎は二人にそのメッセージを見せる。
『会って話したいことがあります。今日の夕方、春虎君と真君は、時間を作れますか?』
「……俺も?」
二階の窓に雨粒が、当たり始めた。
昼前から降り出した雨は、時間と共に雨脚を強くしていった。
夏目が指定したのは、老舗の喫茶店だった。春虎と真は傘をたたんで、店内に入ると、ドアのチャイムがカランと乾いた音を立てた。
時刻は午後五時。
店内はこの悪天候のため、客が少なった。春虎と真は店内を見渡すと、奥のほうに夏目がいるらしく、春虎が歩いて行った。真も後を追う。
しかし、真はそこにいた人物に驚愕した。
おそらく長い黒髪の女性が<土御門夏目>なのだろう。黒いブラウスにロングスカートの姿で、大人びたその様子は何とも美しかった。可愛いというより美しいのほうがあっていると思われる。だが、問題はそこではない。それは、その隣にいる長い茶髪の女性だった。
白いブラウスに、ボタンを全部開けたデニム。そして、白いロングスカート。
そこにいたのは、真の幼馴染である、天道流華だった。
とりあえず夏目に促されて、春虎と真は座り込む。
一昨日のやり取りで、気まずかった。だが、真は意を決して、口を開く。
「えっと、なんでお前がここに?」
「私が呼んだんです。流華さんは私のためにわざわざ帰省してくれたので」
「え?」
それは初耳だった。
流華からは夏季休暇で帰省したとしか言われていないので、思わず目を丸くする。
すると、そんな真に見かねたのか、流華が口を開いた。
「……私たち、天道家の人間でしょ?天道家の人間は代々土御門家を支えてきた。だから、私は夏目ちゃんを助けるために、帰ってきたの」
「ふーん。……え?ちょっと待って、『助ける』?」
「そう」
そういうと、流華は夏目に笑顔を向ける。対する夏目もそれを笑顔で返した。
二人はどうやら、知り合い、基、友達らしい。だが、助けるという言葉に少し引っかかる。わざわざ、帰省してまで助けるということは、相当大変なことがあると予想できる。
すると、妙にそわそわしている夏目が口を開いた。
「メール、読みました。ごめんなさい」
「え?な、何が?」
「だって、春虎君が狙われたのは、私と間違えられたからからなんでしょう?春虎君を危険な目に遭わせてしまいました」
夏目はおそらく花火大会のことを言っているのであろう、真もそれを理解した。
「いいよ、そんなの。謝らなくても。てか、メールじゃそこまで書かなかったけど、あれは俺達が悪かったんだ。向こうが勘違いしたのを、そのまま黙って、お前の振りをした訳だからな。第一、一番悪いのはあの女だろ?お前は悪くないよ」
「そうそう、あれはたまたま、俺達の運が悪かっただけだ。気にすんな」
春虎と真が慌てて説明すると、何故か今度は夏目が驚いた表情になった。
「私の振りを?どうしてそんな」
「いや、だって、あいつがお前を実験に付き合わせるとか言うからさ。どういうことなのかと思って……」
歯切れ悪く、春虎が答える。
たちまち夏目は、「そんな……」ととがめるような視線を春虎に向ける。
「相手はいわゆる『十二神将』――――国家一級陰陽師だとわかっていたんでしょ?騙すなんてどうかしてますっ」
「だから、気になったんだって。なんか、ヤバい雰囲気だったし……」
「危険だと感じたのなら、なおさらです!春虎君は素人なんですよ?真君も。陰陽師のいざこざに巻き込まれたらどうなると―――現に大変な目に合ってるじゃないですか。無事で済んだからよかったものの、あまりに軽率すぎます!」
夏目は柳眉を逆立てた。それは、悪ふざけをしているクラスメイトを咎める委員長のようだ。隣で、流華が「まあまあ、落ち着いて」と夏目をなだめていた。
「……悪かったよ」と春虎は渋い顔で謝った。真も短く「反省してます」と答える。
しかし、春虎の渋面を見た夏目は、ハッとして口を閉ざした。
「……ご、ごめんなさい。私のせいで巻き込んでしまったのに」
「だから、お前は悪くないってば」
春虎は再びフォローするが、夏目がそれを受け入れる様子はなかった。そろえた膝の上に握りこぶしを作り、顔を赤らめて唇をかんでいる。
「・・・・・それよりお前、自分の身の安全は大丈夫なのか?おれが言うのもなんだけど、あの大連寺鈴鹿って、半端なかったぞ」
鈴鹿の名前が出た瞬間に、夏目の眉がピクリと震えた。おそらく気のせいではないだろう。
「……ええ。知っています」
その声は今までの声のトーンとは違い、何か憤りに充ちている感じだった。
「知り合い――――じゃないよな?」
「当たり前じゃないですか!?」
「じゃ、じゃあなんで、そんな……」
「そ、それは、……ひょ、評判を聞いていますから。国家一級陰陽師としての実力は認めますが、人格的には――――嫌な人です」
夏目は忌々しげに目をそらす。
春虎は今度は流華に口を開く。
「流華…さんは、知り合いなの?」
「流華でいいよ。私は、話したことはないかな。彼女は研究してたから、現場に行ってた私とは接点がなかったし」
やはり流華は大連寺鈴鹿に会ってはいなかった。
それにしても、同じ数少ない国家一級陰陽師なのに、少しも接点がないなんて、狭そうで広い世界だな、と真は思っていた。
すると、夏目が唐突に口を開く。
「……ただ、彼女は最年少で『陰陽Ⅰ種』をクリアした『神童』と呼ばれる陰陽師。こちらには流華さんがいますが、力が封印されているそうなので、ここは早急に対処します」
「じゃ、じゃあ、具体的にはどうするんだ?親には話したのかよ?」
「いえ、まだ。……父はいま東京ですから」
「お前の親も?ツイてないな。実はうちもなんだよ」
「俺ん家もだ」
「……父は、小父様や小母様、天道家の重役と一緒に上京しているんですよ?」
「「え?」」
天道家の重役、つまり真の両親だ。
二人は、元独立祓魔官で、今では本家を守るためにこの田舎にいる。
春虎が何故か赤面していると
「だから私と流華さんが帰省したんです」
さっきの言葉から、大方流華が無理やり夏目についてきたような気がするが今は関係がないだろう。
「みんな東京にいるんだったら、この際、お前らもあっちに戻ったほうがいいかもな」
「それは……できません」
「なんで!?」
「彼女は『泰山府君祭』を行うと言ったんですよね?」
「ん、ああ。はっきり聞いたわけじゃないけど…って、知ってるのか!?」
「知ってるも何も、『泰山府君祭』というのは、元々『土御門家が』代々行ってきた、儀式です」
「……は?」
「……え?」
思わぬ言葉に、春虎も真もぽかんとした。
夏目はあきれたように言葉をつづける。
「土御門家の祖、安倍晴明が祀ったことから始まった祭儀です。その後も国家の秘祭として、長年土御門家が取り仕切ってきました。彼女が行おうとしているのは、大幅にアレンジされた『帝式』の『泰山府君祭』だと思いますが、根本的なところは変わりません」
「そ、そうだったの?」
「はい。そして、私の家の裏―――と言っても距離はかなり離れていますが、私たちが『御山』と呼んでいる裏山に、土御門家が守ってきた『泰山府君祭』の祭壇があるんです。彼女はおそらく、そこで祭儀を行うつもりでしょう。ならば、土御門家の人間として、祭壇を守らねばならない。だから、ここを離れるわけにはいかないんです」
「そんな……」
「『帝式』の『泰山府君祭』には、大きなリスクがあります。万が一にも手出しさせるわけにはいきません」
大きなリスク。それは土御門夜光が行った最後の儀式によって起きた、東京の霊災発生のようなものかもしれない。それなら、何としてでも止めなければならない。
すると、春虎が口を開いた。
「そんなこと言っても、お前ら二人で守るのは無理があるだろ?相手は、本領を発揮できる『十二神将』だぜ?」
「……できるかできないかではなく、責任の問題です。父たちが不在の今、祭壇を守る役を果たすのは私と流華さんしかいません」
「いや、だからそれ、解決になってねえだろ?どうせ守れないなら居ても居なくても一緒じゃん」
「確かに」
春虎の言葉に真が相槌を打つ。
確かにその通りだ。負ける戦に立ち向かうのは、勇気がある者ではなく単なるバカだ。それでも、夏目は引き下がろうとしなかった。きっと、それは『土御門家』としての責任を何としても果たすためだろう。そんな彼女は、どこか流華に似ている気がした。
一方春虎は何かを考えているようで、天井を見ていた。すると、突然何かを決心したように、口を開く。
「祭壇は俺が守るから、お前らは東京に戻れ」
「俺も手伝うぜ、春虎」
「「……え?」」
春虎の言葉に、夏目と流華は目を丸くする。
そんな顔をした流華を見たのは、四年ぶりくらいだろう。
「……、あ、何を言っているんですか?春虎君も真君も呪術なんか……」
「そ、そうだよ」
「できるできない関係なく『やろうとする』ことが大切なんだろ?どうせ、俺達でも、お前たちでもリスクは同じだからな」
「でも……」
「いいから、任せとけって!」
春虎が夏目に笑顔を向けると、夏目は少し迷っていたがそれを笑顔で返した。流華を見ると、少し不満げだったが、理解してくれたようだった。そして何故かテンパった春虎が口を開く。
「―――――あ、それにな?あの大連寺鈴鹿ってのも、評判ほど悪い奴じゃなさそうだったぜ?生意気だし、ぶっ飛んではいたけど、あれで実は結構、可愛いところもあってさ。いざあいつが祭壇に来ても、話せばわかるっていうか、命までは取らない気が――――」
―――――何を言っているんだ?この赤点キングは。
真がそう思うと同時にガチャンッ、と非音楽的な音がした。春虎がビクリと口を閉ざす。
見れば、膝の上に置かれていたはずの右手が、テーブルの、紅茶のカップの隣に振り下ろされている。握りこぶしのまま。
「……そうですか。彼女は、可愛かった、ですか」
その言葉を聞いた瞬間、夏目以外の三人に戦慄が走り始める。明らかに今の夏目の声は今までとは違った。何か天敵に囲まれたような感覚だった。
夏目はケータイを取り出すと、誰かと話し始める。
「……もしもし?さっきの者です。今から店を出ますので、もう一度タクシーを回していただけませんか?……はい。ではお願いします」
そう言って、電話を切った。
「え?店出るの?」
「はい。これ以上話しても『無益』ですから」
無益の部分に必要以上のアクセントを感じる。これが本当の夏目の姿!?と思わせるほどの豹変っぷりだった。
「あの……でも俺達、まだ正確な祭壇の場所を聞いていないと言いますか……」
「お二人はもう結構です。お引き取り下さい」
「ちょっ。ま、待てよ?祭壇は俺達が守ることになったろ?」
隣で真が思い切り顔を上下に振る。
「誰が、いつ、土御門の聖域を、ただの素人に委ねると言いました。あなたたちの提案を勝手に決定事項のように言わないでもらえますか」
――――――こ、怖ええええええええええええ!!!!!!
真は頭の中で叫びまくっていた。このレベルは流華でも見たことがないものだった。もしかしたら、夏目は流華よりも恐ろしいのかもしれない。
夏目は春虎の分まで代金を出してテーブルにたたきつけて、無言で立ち上がった。
「おいっ」
春虎は腰を浮かせるが、返ってきたのは、触れた瞬間火傷しそうな極寒のまなざしだ。この視線だけで『十二神将』を倒せるんじゃないか?と思わせる視線を春虎に投げかけながら、夏目は口を開く。
「……可愛かったら話せばわかる?そんな半端な気持ちで臨まれても迷惑なだけです。お二人は家に帰って、おとなしくしていてください」
夏目は身を翻すと、喫茶店のドアに向かって行った。流華は慌てて追いかける。
しかし、このままいかせないのが春虎だ。
「待った!ちょっと待ってくれ。冷静に話そう。『夏目』!」
春虎は慌てて立ち上がり、夏目の元に向かう。だが、すぐさま店の床に突っ伏した。店員が小さな悲鳴を漏らし、夏目も流華も思わず振り返る。
「おい、春虎!大丈夫か!?」
真が叫んでいると、夏目も春虎の前に駆け寄ってきた。
「……春虎君?」
その言葉には、先ほどまでの怒気は感じられなった。
そんなことを思った瞬間、春虎が何かを吐きだす。
「ガハ―――!?」
それは、黄色い紙だった。しかし、ただの紙ではない。
その紙は、生物のように動き、折れ曲がって、「形」を成した。
蜂。
それが、完成するや否や、一瞬で夏目の首に移動し、針を刺した。
夏目は反射的に手で払ったが、蜂は素早く移動すると、見えなくなってしまった。
「夏目!」
「夏目ちゃん!」
春虎と流華が必死に倒れこんだ夏目に声をかける。夏目は小さな声でつぶやいた。
「……霊力を……吸い取られました……」
「夏目っ。大丈夫か?霊力って―――どうすりゃいいんだ!?」
「それより……今の式神は……」
「逃げられたみたいだ。しかし、いつ……」
真が言うと、春虎がつぶやいた。
「―――――やられた」
春虎は意識の朦朧としている夏目をタクシーに乗せ、土御門本家に向かって行った。
真と流華は店の前に、立っている。
「なんか、ヤバくなってきたな……」
「そうだね……あっ」
流華がいきなり何かを思い出したように呟く。
「どうした?」
「……傘」
「ああ、そういえば一本しか……あっ」
真も何かに気が付いたのか、流華に視線を向ける。二人の視線がぶつかった。
その瞬間、同時に顔をそらす。
真は傘を広げると緊張した声で、流華に尋ねる。
「……入るか?」
「……う、うん。…ありがとう」
「いいって。……それより急ごうぜ」
「うん」
二人は大雨の中、早歩きで天道本家に向かっていった。
どうでしたか?
相変わらず長いですね(笑)
これからもこの調子で書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします!!