明嵐は今も疾風の如く、飛んでいた。周りには、木々がたくさんあるが次々と過ぎていく。しっかり掴まってないと、振り落とされそうだ。
真は流華の腰にしがみつきながら、率直に思ったことを問う。
「これって、警察に見つかったらどうなんの!?」
「大丈夫!一応、隠形してるから!」
「え?…何?」
「もういい!」
流華はできるだけ大きな声を出すが、あいにくジェットコースターが下りるとき並のスピードが出ているため、真にうまく伝わらない。
そうこうしているうちに、前方に青白い光を放ちながら走る馬が見えてくる。その上には、二人ほど乗っているように見えた。
「夏目ちゃんが見えたよ!もっと飛ばすね!」
「え、まじで!?」
流華は手綱を引っぱると明嵐がそれに答えるように、スピードを開けた。かなり開いていた、夏目との差も数秒で縮まる。
馬の隣にたどり着くと、明嵐は馬にスピードを合わせるために減速し始めた。
真は安堵した後、馬に乗っている人物に視線を向ける。
「な……!?春虎!?」
「え?真!?なんでお前がここに!?」
「それはこっちのセリフだ!てか、なんでそんなに装備もってんの!?」
それは、ついさっき別れた悪友、土御門春虎だった。背中に背負っているのは、修験者などが使う竹で編んだ、笈だ。それ以外にも、腰には一振りの剣を佩き、腕の付け根には弓をかけている。どれも、歴戦をくぐり抜けてきた貫録が感じられた。
対する真は二メートルほどの槍一本だけ。あるだけましだが、それはいかに天道家は近接戦闘が苦手だということを物語っているものでもあった。
一応真も呪符ケースを持ってきてはいるが、呪術を練習していたのは五、六年前の話であり、印象のあるものしか記憶に残ってはいない。
真は土御門との物量の差を嘆いていると、流華が緊張の面持ちで口を開く。
「夏目ちゃん、結界は!?」
「あと一個です!急がないと……!」
どうやら夏目と流華は、祭壇への道のりの途中に何個か結界を張っていたらしい。だが、それも残すところあと一個だ。相当な実力がある夏目と、力が封印されているとはいえ『十二神将』である流華の結界をやすやすと破っていくなんて、やはり万全な力を持つ『十二神将』は、格が違う。
「春虎、冬児には……!?」
「連絡した!お前は?」
「ばっちりしたぜ!」
天道家の屋敷を出るとき、マナーモードにしていたケータイを開くと、冬児から鬼のような着信履歴が残っていた。しかし、なかなかでないことで、真の状況を理解したのか、途中でメールに変えたらしく一通来ていた。
警察に連絡したこと。呪捜官は呪力を奪われ、当分使い物にならないこと。台風が通過したことで、東京から増援が来ていること。
どれも、詳しく説明されていた。呪捜官が何故呪力を奪われているのかわからなかったが、疑問に思っても仕方がない。
真は『説明ありがとう。鈴鹿を止めてくる』とだけ打ち返信すると、ケータイの電源を切ったのであった。
「――――!春虎君っ」
夏目の声に、春虎と真が視線を前方に向ける。そこには、コンテナが無残に壊れている一台のトラックが乗り捨ててあった。そして、そこから県道脇の丘を頂上に向かって、木々がなぎ倒された跡があった。
「春虎、あれは……!?」
「装甲騎兵。『土蜘蛛』が移動した後だ!……夏目、蜘蛛は見えるか?」
「いえ。すでに祭壇に向かったようです」
「追おう!」
「はいっ。流華さん、ついて来てください!」
「わかった!」
やあっ、と勇ましい掛け声を放ち、夏目が馬の手綱を振るう。主の意を受けた馬は、矢のように『御山』に駆けていく。明嵐もそれに続いた。
『装甲騎兵、土蜘蛛』それは夜光が生み出した式神であり、教科書に載るほど有名なものだ。鋼鉄をまとい、さらにその内部に呪文を刻み込むことによって、物理的、呪術的攻撃に対し、強い耐性を持つことに成功した<軍用>の式神なのである。
すると、夏目からパキッと硬い音が聞こえてきた。流華が悔しげにつぶやく。
「最後の結界が、破られたみたい」
「そうか。だけど、見えたぜ。……あれが祭壇だろ?」
真が指差すそこには、高い木に囲まれた、草の広場になっていた。その広場の中央に、四方を鳥居に囲まれた石の舞台が作られている。
それが、『御山』の祭壇だ。舞台の四隅には篝火が燃えていた。
祭壇で用意を進める二つの影と、指示している一つの影。その近くに、祭りの時に現れた汎用式の『阿修羅』が主人の命令を待っていた。
「いたぞ!」
春虎が叫ぶ。その声が聞こえたのかわからないが、指示している一人の影、鈴鹿が春虎たちのほうへ顔を向けた。
祭りの時以来の彼女からは霊気が溢れ出し、彼女の周りに漂っていた。
苛烈で煌びやかな―――しかし、どこかバランスの欠いた、独特の霊気。それは、改めて真を「凄い」と思わせるものであった。それが、『十二神将』の一人、『神童』の放つ霊気なのだ。
そして、鈴鹿の霊気は春虎たちを目にした瞬間、激しく揺らぎ、乱れた。
「なんで……来るのよっ!?」
鈴鹿は歯ぎしりをし、大きく右手を振りぬいた。
次の瞬間、間一髪気が付いたのは、春虎でも夏目でも真でも流華でもなく、二つの式神だった。
土御門の馬と明嵐は広場に入る前に、大きく身を翻し広場から離れた。それは、急なものであり、流華も真も振り落とされそうになる。そして、先ほどまで土御門の馬と明嵐がいた空間に大きな杭が地中から飛び出してきた。
鋼鉄の土蜘蛛、『装甲騎兵』。それは、森の樹木が途切れたところで身を潜めていたのである。
「雪風!距離をとって!」
雪風と呼ばれた土御門の馬は、夏目が手綱を引いた瞬間にまるで、指示が遅いと言わんばかりに、宙を蹴った。明嵐は、流華の指示を待つ間もなく、翼をはばたかせて距離をとる。なんと、この式神は主の命令以外にも最優先の行動ができるらしい。
不意打ちをかわされた土蜘蛛は、わさわさと広場に全容をさらけ出す。
篝火を受けた土蜘蛛の鋼鉄なボディはぬるぬる光っている。しかし、土蜘蛛は巨大だが、構造上、上方への攻撃には適していない。鎧武者が吐く糸さえ気を付ければ、攻撃は簡単に避けられるはずだ。
しかし問題もある。それは、
「夏目っ。これだと祭壇に近づけないぞ!」
「………」
夏目は厳しい表情で広場をにらむ。
土蜘蛛は、雪風と明嵐が森の上に逃げれば、追撃はしてこなかった。しかし、広場に近づこうとすると機敏に反応し、襲ってくる。おそらく、広場を守れと言われているのだろう。
石舞台に立つ鈴鹿は、春虎たちを忌々しげに見上げてくる。彼女の背後では、二体の式神が、手を休めることなく、働いていた。
真は目を細める。祭壇には台座が組まれ、幾つもの供物が祀られている。朱塗りの大器に盛られた銀銭に、白絹の巻物。鞍馬。紙の人形。脇には太鼓、法螺貝なども見える。
そして、祭壇の中央に横たえられている、長細い大きな包み。
包みは、びっしりと式符に覆いつくされていた。それは、ちょうど子供一人の大きさのもの。
―――まさか、あれは……!?
おそらくそれは、鈴鹿が言っていた<兄>の亡骸だ。本気で鈴鹿は儀式をやろうとしている。真がそれを確認していると、雪風に乗った春虎が叫んだ。
「大連寺鈴鹿!」
夏目が驚いて背後を振り返る。
「言ったはずだぞ!こんなことしても、お前の兄貴は幸せになんかなれない。いい加減に目を覚ませ!」
「うるさい!あたしこそ言ったはずだよね?次は殺すって!」
小さな体を精一杯伸ばし、鈴鹿は大声で怒鳴り返した。
「だいたいウザいんだよ、お前!あたしの命の使い方は、親にも、大人にもあんたにだって口出しなんかさせないっ。あたしが自分で決めるんだ。誰が何と言おうと、あたしはお兄ちゃんを生き返らせてみせる!」
怒気がそのまま霊気となり、炎の如く燃え立つようだった。
しかし、
「そんなことは不可能です。いえ。試すべきではないんです!」
ピンと張りのある声で、夏目が横から割り込んだ。すぐさま鈴鹿は烈火の如き視線を夏目に向ける。
「―――現在の陰陽術は、魂の呪術をすべて禁じている。それは、夜光の件はもちろん、それ以上に、関わるべきではないからです。人は、人の魂に干渉してはならない。なぜなら、それは人が手を出すべき領域ではないからです!」
「……あんたも、土御門の人間?誰だか知らないけど、あんたも何が言いたいワケ?」
「かつて人々の心には、神仏に対する畏敬がありました。自然に対する感謝と畏怖。人知を超えた存在への、理屈ではない信念がありました。真摯『祈り』が。だから効果があった。いえ、効果があったとされているんです。それは、その時代に生きる者が、その時代に行って初めて成立する呪法です。今に生きる人間が、形だけで真似てもいいものではありません!
夏目は鈴鹿にきっぱりと言い放つ。しかし、鈴鹿はさらに激情し叫び返す。
「『泰山府君祭』を祀ってきたのも、復活させたのも、全部土御門なのよ?自分たちはよくてあたしたちは駄目ってワケ?ふざけんな!」
そして、それまで黙々と作業を続けていた二体の式神が、同時にぴたりと停止した。どうやら、すべての準備が整ったらしい。
真が鈴鹿に向かって叫ぶ。
「やめろ、鈴鹿!今ならまだ間に合う!」
「あんたらもなんなんだよ!天道家の人間がしゃしゃり出てくんな!」
鈴鹿は呪文を唱え始める。祭祓の祭文ではない。陰陽術だ。
すると、吹き出す呪力の圧力に耐え切れず、二体の式神が、形をゆがませ、そのまま近くにいた『阿修羅』吸収されていく。そして、『阿修羅』の背中には、コウモリのような羽が出現する。
「ヤバいっ。夏目!」
「春虎!夏目!」
飛来する『阿修羅』を雪風がギリギリのところで回避する。だが、『阿修羅』はそのまま雪風より高く舞い上がり、今度は高度を維持したまま、頭上攻撃を仕掛けた。焦った夏目は、思わず雪風を下降させる。
「よせ、夏目っ。上と下から挟み撃ちにする気だ!」
「くそっ!流華、阿修羅の元に。速く!」
「わかった!」
流華は明嵐の手綱を握ると、阿修羅の元へ向かうように指示をする。主人の言うことを聞いて、明嵐は大きく翼を広げ、阿修羅の元に向かう。
真は、二メートルほどの槍《氷翔》を持ち、明嵐の背中を立ち上がる。かなりの速さが出ているため、バランスが崩れそうになるが何とか踏ん張ると、流華に口を開く。
「ギリギリまで、阿修羅に!」
「うん!」
明嵐は飛翔し、阿修羅に近づくと阿修羅はこちらに気付いたようで、方向を変えた。
――――今だ!
真は向かってくる阿修羅に《氷翔》を投げつけた。中学の頃はバスケをやっていたため、腕力には自信がある。
氷翔は投擲された瞬間、真の霊気がごっそり持っていかれ、先端に青白いオーラを出しながら、阿修羅に向かっていく。
阿修羅は急停止し上昇しようとするがすでに遅く、腹部に投擲された氷翔が直撃した。それと同時に阿修羅は、ラグを発生させながら吹き飛んだ。
阿修羅に当たりはねた氷翔を、落ちる直前に掴む。
「な、な、何やってるの!?さっきも言ったけど、それは『家宝』なんだよ!?」
「いやっ、あんなの相手に近接戦闘仕掛けたら死ぬのは間違いなく俺だよ!?」
「いや、それでも『家宝』―――」
「いや、だから、死ぬって!」
くだらない言い争いをしている最中、春虎は刀を抜き取り、土蜘蛛に攻撃をしていた。しかし、手綱を操っている夏目の手つきは妙に危なっかしく、春虎は何度も転倒しそうになっていた。
「流華、加勢しに行くぞ!」
「わかってる!」
仲間の危機を感じたのか、明嵐は流華が指示する前に雪風の元へ飛んでいく。そして、ぎゃおっと鳴き声を上げた。
「あっ……」
「え?『あっ』って何?……まさか」
「うん。雪風は一応女の子だから、スイッチが入ったみたい……」
「うっそーん!!………あああああああ!!!!!」
明嵐は今まで見た中で一番スピードを出していた。そして、今にも雪風に攻撃しようとしている土蜘蛛と雪風の間に全速力で通過する。
その節に、真の槍が土蜘蛛の胴体に当たり、土蜘蛛が少し後ろへ吹っ飛ぶ。ありえない速さで槍が物体に当たっため、真の手はものすごく痺れていた。腕が折れて、いや、腕が吹き飛んでもおかしくはなかったはずだ。思わず、氷翔を地面に落としてしまった。
「こいつ……!わざとやりやがった。腕が吹っ飛んでもおかしくはなかったぞ!?」
「だ、大丈夫?明嵐はスイッチが入ると、それ以外は無視しちゃうから……」
「……こうなったら、力ずくで制御してやる……!」
「え?……きゃっ!」
「流華、式符で攻撃してくれ!」
「わ、わかった。でも…」
「いいから!」
真は流華の後ろから明嵐の手綱を握ると、今もなお自分の意志……雪風のために土蜘蛛の周りを飛び回っている明嵐を力づくで、制御する。
すると、真の中から呪力が明嵐に流れ込んでいく。それと同時に、明嵐は大人しくなった。……相変わらずのスピードだが。
明嵐を土蜘蛛の近くまで行くように指示すると、土蜘蛛の周りをぐるぐる回り始めた。そんななか、真の前にいる流華が何かを呟き始める。
「―――光なる矢よ、今ここに集いて、爆砕せよ!
持っていた三枚の式符を土蜘蛛目掛けて投げる。式符が流華の手から離れた瞬間、三つの光の矢となって土蜘蛛に向かっていく。それが、土蜘蛛に当たったと同時に大きく爆発を起こした。
「……やったか?」
「いや、こんなのは足止め程度にしかならないよ」
「なんで!もっとこう、強力な―――」
「簡単に言わないでよ、もう。私の呪術は主に固定式、つまり式符を空中に設置して術を唱えるの!しかも、もっと強力と言ったって、力を封印されてる私が土蜘蛛を倒す方法なんてほぼないの!」
「……まじかよ」
真は思わずつぶやいた。
流華の言うことが本当なら、夏目と流華の二人だけで鈴鹿を止めるなんてほぼ不可能だ。ついて来てよかったと思うが、真と春虎が来たって状況はあまり変わらない。だから、今頼れるのは、氷翔と春虎が持っている装備、つまり春虎と雪風、明嵐だけということになる。
何かないかと考えていると、雪風に乗る夏目の隣から、目映い光が発生した。その光はするりと伸びて宙を泳ぐように翻った。
竜だ。
体長はざっと十メートルほど。鹿に似ている二本の角と、長くたなびくたてがみがある。その前身は黄金色の鱗に包まれており、四肢は短いが鷹のような鉤爪を備えていた。竜は神話の中だけのものだと思っていたが、まさか現実に存在したなんて驚きだった。
現れた竜はいつの間にか落馬して、空中を落下していた春虎の下にもぐりこむ。真は明嵐の手綱を引き、夏目の元に向かう。
雪風の隣に着くと、真が口を開いた。
「夏目。あれは……?」
「あの子は私の切り札です。代々当主に仕えてきた、由緒正しい使役式。数少ない本物の竜の<北斗>です」
「まじかよ………北斗…?」
真は何かに引っかかる。そう、あの小学生みたいなオトコ女も名前が<北斗>だ。しかし、夏目に、土御門に仕えてきた竜だ。関連性は低い。
すると、春虎が北斗にしがみつきながら叫ぶ。
「どうして最初からこいつを出さなかった!?」
「まだ御しきれていないんです!式神にはなってくれましたが、ちゃんということを聞いてくれなかったからっ」
夏目はそう言って、北斗を少し睨む。しかし竜は、主の小言などどこ吹く風と、眼下の祭壇、そして『装甲騎兵』を見下ろしていた。
闘志に燃えているというよりは、興味と好奇心でワクワクしているように見える。何とも、子供っぽい竜だ。
春虎は苦い顔をしながら口を開く。
「……確かに。迫力のわりに緊張感はないやつだな」
「北斗!命令です。敵の式神を倒しなさい。あなたならできるでしょう?」
真面目な顔で夏目が命じた。北斗は、ん?――――と首を捻って夏目を眺める。敵ってどいつ?――――と尋ねているような仕草だ。
だが、夏目が教えるまでもなく、いつの間にか復活していた『阿修羅』が襲い掛かってきた。
雪風も明嵐も主の指示を待たずに、阿修羅を回避する。
一方北斗は『阿修羅』の襲撃に驚いたようだった。胴体を捻り、慌てて体を入れ替えた。しがみついている春虎のことを気にも留めずに。
「どわああっ!」
「コ、コラ!北斗!」
夏目が竜をしかる。が、まったく聞く耳を持たなかった。縦横無尽に夜空を泳ぎ、『阿修羅』を相手に空中戦を始めた。
「た、た、たいそうな式神にしちゃあ、大人げなくねえか、お前!?」
「危ない!春虎君、こっちに飛び移ってください!」
「よーし、春虎。もう一遍死んで来い!」
「どういう意味だよ!?てか、夏目も無茶言うな!」
春虎がそう怒鳴った途端に、北斗が勢いをつけて急旋回。春虎は遠心力で、あっさりと胴体から投げ出された。
すぐに春虎のところに向かおうとするが、明嵐よりも早く雪風が動いた。
「うっひゃぁあっ!」
「は、春虎君!」
飛び込んだ春虎を、両腕広げて夏目が抱きしめる。春虎が無事救出されて、真と流華は安堵する。しかし、雪風はバランスを崩した春虎と夏目を沈み込みながら必死に修正する。
そこへ、土蜘蛛の脚が向かっていく。
「流華っ、どうにかできないか!?」
「駄目っ、遠すぎる!」
土蜘蛛の脚が春虎を襲う瞬間、春虎は腰の式符ケースから呪符を取り出し、叩きつけた。
「
春虎の呪力が護符に流れ込み、輝いて光の障壁を作る。
『装甲騎兵』の脚は障壁を貫いたが、雪風に時間を作った。雪風は背中をゆすって、二人を背負い直し、障壁を貫いた足をギリギリでかいくぐった。
そのまま地面すれすれまで下降するが、さらに土蜘蛛の攻撃が襲い掛かった。
「流華っ!」
「――――堰き止めよ!
先ほどから詠唱していた呪文を終えると、式符を土蜘蛛の脚に投げ込む。それが土蜘蛛の脚に張り付いた瞬間、光の鎖が現れて土蜘蛛全体に巻き付いた。
天道家に代々伝わる不動金縛り。それは、普通の不動金縛りとは違い、呪文は長いが簡単には解除できない強力なものだ。
土蜘蛛が不動金縛りによって停止すると、雪風は土蜘蛛と距離を取り、こちらに向かってきた。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとうな、流華」
「うん。無事でよかった」
四人は頭上を見上げる。上空では、高度を上げた北斗と『阿修羅』との一騎打ちが続いていた。優勢なのは圧倒的に北斗だ。
これなら、四人は土蜘蛛だけに集中できる。
「とはいえ、落っことした剣を探してる余裕ねえな!夏目?なにか、あの蜘蛛を突破する手はないか?」
「は、はいっ。あります。春虎君、弓を!流華さん、不動金縛りをお願いします!」
「うん、わかった!」
夏目の指示を受け流華が式符に、呪力を流し込む。春虎は、腕にひっかけていた弓を渡した。
「矢は?」
「矢は要りませんっ。これは、魔を避ける桃の霊木を素材に、呪力をねじ込んだ『桃弓』です。敵に向かって鳴らすだけでいい。ただし、牽制にしか使えないと思います。『装甲騎兵』の装甲は、それ自体が強い対呪性を持たせてありますから」
「つまり、流華の金縛りが切れた後に使って、強行突破するってことか」
「そういうことです」
軍用式神の『装甲騎兵』を相手に、確実に効果が出る呪具は存在しない。本気で倒すつもりなら、『十二神将』並の技術を持つ陰陽師数人か、軍隊レベルの装備が必要だ。
「よし。そうと決まれば、行くしかないな!流華は蜘蛛を止めてくれ。夏目は金縛りが解けたら牽制しろ。雪風、そっちの鷹は隙を突いて祭壇までとばしてくれ。とにかく儀式を止めるんだ!」
「オッケーだ」
「わかった」
「りょ、了解です。でも、春虎君。春虎君は私の式神なんだから、指示は私が―――」
「わかってる!夏目、みんな、行くぞ!」
ごにょごにょ言う夏目を余所に、春虎はかけ声をかけて手綱をふるった。それと同時に雪風がダッシュ。明嵐は全速力で雪風についていく。
「流華!」
「うん!
土蜘蛛と雪風、明嵐が接触する瞬間に、流華が呪力を流し込んでおいた式符を土蜘蛛に投げつける。張り付いた式符は、先ほどと同様に光の鎖が出現し、土蜘蛛に巻き付く。だが、二度目は学習しており、式符が張り付いた脚を自分で切り落とすと、三本の脚で横ばいに追った。
「夏目!」
「わかってます!」
春虎が叫ぶと夏目は、土蜘蛛に向けて、弦を弾いた。
『桃弓』が吠える。
ビィィィンッ、と空気が震え、夏目の呪力が土蜘蛛に放たれた。呪力の籠った音波が、不可視の矢と化して土蜘蛛に浴びせられる。
見鬼の才が強くなった真には、夏目の呪力が土蜘蛛の装甲にはじかれるのが見えた。その瞬間、土蜘蛛がわずかに怯む。
その空いた時間で、祭壇まで一気に突破する。
四隅に焚かれた篝火が、漆黒の夜空に火の粉を飛ばしている。四方に立つ鳥居は、北が黒く、東が青く、南が朱色で、西が白い。
そして、中央で兄の遺体に向かってひざまずく鈴鹿。
行ける。春虎が思わず身を乗り出した。
「―――――舐めすぎ」
兄の遺体に項垂れたままの鈴鹿が氷のような声でつぶやく。
直後、遺体を覆っていた呪符が、一斉に剥がれ、吹き飛んだ。
まるで、遺体が爆発したようだ。呪符は紙吹雪のように舞い、魚群のように春虎たちに襲い掛かった。
夏目が慌てて『桃弓』を撃つが、一部しか叩き落とすことができず、大量の呪符が四人と二体をのみ込んだ。
「うわっ!」
「っぷ!」
ポンプの放水の直撃を受けたように、四人は二体の式神から強制的に落とされる。その式符たちは、四人の体にまとわりつき、身動きを封じ込めた。
「くそっ!夏目!?真!?流華!?」
「だ、駄目ですっ。抜け出せない!」
「私も、無理!」
「俺もだ…くそったれ!」
鈴鹿の兄の死を封じ込めていた呪符たちが、今度は復活を阻止せんとする真たちを封じ込める。しかも、真の視界に入ったのは、呪符の呪文が、すべて血で認められていることに気付いた。
――――まじかよ!?こんなに……!
呪符はどう見ても千枚以上ある。それらすべてを、鈴鹿は自らの血で書き上げたのだ。兄を生き返らせるためなら何でもするということは、やはり本当のことのようだ。
鈴鹿の目の前には、鈴鹿と変わらないくらいの少年が横たわっていた。おそらく、ずいぶん前に亡くなっているのであろう。
鈴鹿はおもむろに立ち上がった。
「陰陽師、大連寺鈴鹿。謹んで泰山府君、冥道の諸神に申し上げ奉る―――」
真は感じていた。
祭壇に降臨する、強大な何かを。
人知を超えた存在を。
「こ、これは……!?」
「……わかりませんっ!でも、神様なんかじゃ―――」
慄然とする真の問いに、夏目は弱々しく首を振る。いまや祭壇は、天から降り注ぐ霊気に満ちている。四人の視線は祭壇に釘付けになっていた。
鈴鹿が掲げる都状が、そよ風に踊る綿毛のように、少女の手をふわりと離れた。
折りたたまれていた和紙が広がり、突然発生した青い炎に焼き尽くされる。
「……ああっ。お兄ちゃん……」
鈴鹿が歓喜の声をこぼす。
石舞台に横たわっていた少年が、身じろぎしていた。
「お兄ちゃん!」
妹の呼びかけに、少年の視線がゆっくりと移動する。
「……鈴鹿」
少年はよろよろと上半身を起こすと、鈴鹿がそれに抱き付く。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……!」
鈴鹿は子供のように泣きじゃくっていた。対して四人は顔を真っ青にしていた。
死に別れた兄と、妹との再会。
それは、一見感動的なものにも見える。
しかし、真はこれまでにない怖気を感じていた。
人が踏み込んではならない領域に足を踏み入れた、冒瀆感。
そしてこれが―――
失われた、魂の呪術。
天才、土御門夜光の――――咒。
だがしかし、真は違和感を感じ取った。その直後、妹の抱擁を受けていた兄が、突然そのか細い腕を強引に引き離した。
涙でぬれた鈴鹿の顔に戸惑いの色が浮かぶ。
「お、お兄ちゃん?」
「鈴鹿……」
「な、なに?」
「足リナイ……」
少年は瞬きをせず、水気の感じられない眼球で鈴鹿を見据えた。そして、すぐさま鈴鹿を掴む。
「お兄ちゃん?」
鈴鹿が反射的に身を引こうとするが、少年の指が少女の肩に食い込み、逃げることを許さなかった。
「足リナイ……足リナイヨ、鈴鹿……」
少年の腕が鈴鹿の首を絞め、指が首筋に食い込んでいく。
「ま、魔って、お兄ちゃん!あ、あげるから……あたしの命をあげるから、もう少しだけ……!」
鈴鹿の抵抗は弱かった。兄の腕に手を添えながら、それをはねのけられない。
「待って……お願い……」
息苦しい吐息と共に、目尻から一滴、涙が落ちる。歓喜のそれではない。驚きと、苦痛と悲しみの混じるものだ。
禁呪を犯し、国家の犯罪者となった彼女。非情で、冷酷な彼女。でも、兄を思う気持ちは本物だった。どんな苦しい状況になっても、たとえ自分が犠牲になっても、兄を救おうとする信念。今、それが成し遂げられようとしている。長年の信念。それなのに、そんな中流れた一滴の涙。それは、まぎれもない少女の涙だった。
それを見た瞬間、真は決意する。このクソッタレのガキを助けてやりたいと。
「……う、うおおおおおお!!!!」
真はありったけの力で立ち上がろうとする。すると、術者が弱っているせいか、動きを封じていた式符がメリメリと音を立てて、剥がれはじめた。
「この、クソッタレー!」
真は叫んだ。それと同時に、夏目が口を開く。
「息を止めて」
真は即座に息を止める。
「邪符を薙ぎ払えっ。
夏目が叫ぶと同時に、放たれた火行符が猛火の渦を巻き、真と春虎を呪符ごと包んだ。
その炎は、人間を傷つけることなく、鈴鹿の呪符だけを焼き尽くした。
呪符による拘束が解けた瞬間、真と春虎は同時に立ち上がり、駆け出す。どうやら、考えは同じだったようだ。
「くそガキ!」
「この野郎!」
真と春虎は少年に体当たりしようとした。だが、直前で急停止する。いや、何かに急停止されたと言ったほうが正しいかもしれない。
真は冷静さを取り戻すと、視界に何かが映る。それは、少年に宿る霊気だった。頭上から注がれているそれは、尋常ならぬ霊気の脈だ。これが、少年を動かしている。
――――これを断つにはどうすれば。
だが、頭で考えるよりも早く体が動いていた。
式符ケースに手を伸ばし、大量の式符をかすめ取ると、その霊脈に叩きつけた。
「―――爆散せよ!
それと同時に、春虎が笈を投げつけていた。それらが、霊脈に触れた瞬間に爆発を起こす。
真と春虎は、爆発の衝撃後ろに吹き飛んだ。
真が目を覚ますと、目の前に流華の体がかぶさっていた。何が起こったかわからない。とりあえず、真に覆いかぶさる流華に声をかける。
「流――――」
「上を見ないで!目を閉じてて!」
あまりにも必死な声で返されたため、反射的に目を閉じる。
何かを感じるが、それが何かは想像できなかった。しかし、本能的に恐怖を感じていた。だがそれも、流華から香る甘いにおいによってかき消される。お互いに、<それ>が終わるまでぬくもりを感じ合っていた。
再び目を開けるころには、さっきまで感じていた強大な霊力を感じ取ることができなかった。上に覆いかぶさる流華の背中を手でぽんぽんと叩くと。流華は、上半身をあげた。少々頬が染まっている気がするが、気のせいだろう。
真も体を起こすと、すでに体を起こしていた春虎と目が合う。春虎にも何が何だかわからない様子だった。
「……終わったのか?」
「…さあ。でも、きっと終わったんだろう」
真は立ち上がると、祭壇のほうへ視線を向ける。そこでは、鈴鹿がぐったりと横たわっていた。
「―――雪風!?」
「―――明嵐!?」
雪風の口には春虎が持っていた刀、明嵐の嘴には氷翔が咥えられていた。真はそれを受け取ると、鈴鹿のほうへ歩いていく。春虎は刀を鈴鹿に向けて、降伏を呼びかけようとした。
「……どうして」
鈴鹿がぽつりとつぶやく。その空疎な声を聞いて、春虎も、真も武器を下ろした。鈴鹿がすすり泣き始める。動かなくなった兄の身体を抱きしめ、胸に額を埋めて透明な嗚咽を漏らした。
春虎と真は苦い顔で振り向くが、夏目と流華はそっと、顔を逸らした。
空には大きな月が、五人と二体を照らしていた。
♦♦♦♦♦♦♦♦
「……遅い。いつまで待たせんだよ、夏目と流華のやつ……」
「まったくだ」
大都市東京の雑踏の前に、大きなスポーツバックを隣に置き、大型のリュックを背負っている春虎と真は、憮然と立ち尽くしていた。
陰陽塾があるのは、東京三大都心のひとつ、渋谷だ。そのJR渋谷駅ハチ公改札を抜けたところで、真と春虎は流華と夏目を待っていた。
あの事件から数日が経過している。鈴鹿を確保した陰陽庁は、翌日に事件が解決したと発表される。しかし、鈴鹿の名前を出すことはなかった。
真の両親は事件の翌朝に戻ってきて、何故か一晩中呪捜官拘束された真を見るや否や、母親が思い切り真の頬をひっぱたいた。そして、力いっぱい抱きしめられた。父親は何も言わず、ずっと笑顔だった。
そんな二人に、高校を辞め、陰陽塾に行くと伝えると、簡単に了承してくれた。おそらく、二人はずっとその時を待っていたのだろう、真は何か申し訳ない気持ちで満たされていた。
それから数日が経ち、今現在に至る。
「……結局こうなっちまったな」
「……ああ。それが<土御門春虎>と<天道真>の運命だってことだ。冬児もいるけどな」
「そうとらえておくか……しかし、いくらなんでも遅すぎね?一人でいたら、めっちゃ心細いぜ」
春虎が冗談を口にする。ちょうどそのとき、誰かが俺達、いや、正確には春虎を呼んだ。
「バカ虎!」
春虎と真の視線は、声のしたほうこうへ向けられる。そこには、二人に歩み寄ってくる人たちがいた。雑踏の中でも目立っている。それは、二人が着ている服に原因があるのだろう。
一人は、烏羽色の制服を着た、髪の長い男性らしき人物。そしてその隣には、白い制服を着た、また最近になって、見慣れた女性が歩いていた。
「ひ、久しぶりだね。と言っても、二週間ぐらいだけど……ま、待たせたかな?ぼくもちょっと……すぐには踏ん切りが付かなくて。で、でも、もう大丈夫だ。もう、覚悟は決まったから」
呆然と立ち尽くす春虎に話しかけているのは、男性の生徒ではなく、男性の制服を着た<夏目>だった。口調は男子そのもの。長い髪は肩から胸元の回して、毛先一つに束ねてあった。
「……何やってんの、夏目?」
「な、何とはなんだよ?春虎と真を迎えに来てやったんだろ!」
「………なんでそんな喋り方なの?」
「なんでって、そんなの決まって……え?――――ちょ、ちょっと待って?まさかご両親から聞いてないの!?」
夏目が慌てた様子で口を開いた。そんな、夏目と春虎を置いといて、真は流華から聞くことにした。
「な、なあ。なんで、夏目は男装してんの?」
「えっとね、土御門家は代々跡取りは他家に対して、あっ、もちろん天道家は別だよ。それで、他家に対して男子として振る舞わないといけないらしくて、男装してるんだぁ」
「……ほかの生徒は知ってんの?」
「ううん。知ってるのは、私だけだよ」
真は改めて夏目を見る。どう見ても、無理がある。だが、それは<女性>としての夏目を知っているからだろう。普通の人が見れば、男に見えなくもない。……特に体型が。
そんなことを思った瞬間、春虎が持っていた小さなスポーツバックが真の顔面に直撃した。もちろん、春虎ではない。
「真っ!今、失礼なこと考えてただろ!」
「……なんでわかるんだよ」
そんなやり取りをしていると、遅れてやってきた冬児と合流する。どうやら、挨拶は済ませたようだ。
「よう、冬児。あ、こいつがいつも言ってた本家の天才、土御門夏目。こんな格好してるけど女だぜ。んで、真の隣にいるのは『十二神将』の天道流華だ。まあ、力は封印されてるらしいけどな」
春虎は簡潔に夏目と流華を冬児に紹介した。流華は「よろしく」と言って冬児と握手している。ふと、春虎のほうへ視線を戻すと、何故か夏目に胸倉をつかまれ何かを言われていた。
そして、冬児が何かを言うと、夏目の口がわなわなと震え、胸倉をつかんでいた両手が力なく落ちる。
「………」
「えーと、いまいち状況が読めないんだけど」
「それは俺も聞きたい」
春虎の発言に、夏目は半べそをかき、冬児はやれやれと首を振った。
「春虎」
「ん?」
「バカ虎ってのは、的確なニックネームだ」
すると、何かに耐えかねたらしい。夏目は顔を真っ赤にして、「キーッ」とヒステリックな声をあげた。
「もういい!さっさと来い、バカ虎とその他二人。言っとくけど、陰陽塾じゃ三人とも後輩だからなっ。覚悟しとけよ!」
そう吐き捨てると、ずんずん雑踏の中に歩き始める。
「……どうしたんだ、あいつ。悪いな、冬児。いつもはあんな奴じゃないんだけど」
「いや。あんなもんだったぜ」
冬児は笑い、さっと夏目を追いかけていく。春虎は首を傾げると「真、流華、置いていかれるぞ」と言って、歩いていく。
真は流華と共に、三人の後をゆっくり追う。
「……これからよろしくね、真君」
「ああ。こちらこそよろしくお願いします、<ご主人様>?」
流華は苦笑いするが、急に何かを思い出したかのように、顔を真っ赤にし何故か走って行ってしまった。
取り残された、真は何が何だかわからず、つぶやいた。
「夏目といい、流華といい………俺、なんかしたっけ?」
真は自分だけ置いてけぼりにされないように、走って行った。
『天道』と『土御門』の歴史が、再び動き出そうとしていた。
いや~、今回は長かったです。
次回からは陰陽塾編です。何故か、春虎が主人公っぽくなっていましたが、これからは真の時代です!(笑)
これからもこの作品をよろしくお願いします!!