東京レイヴンズ~神の契約者~   作:エンジ

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第六章 陰陽塾

 

「え、このビルなの?ほんとに?」

 

「ああ」

 

「でっかいな」

 

目の前に聳えるビルを見上げ、土御門春虎と天道真は口をあんぐり開けていた。その隣では二人の悪友である阿刀冬児も、幅広いヘアバンドの下から珍しそうにビルを見上げている。

 

それはいかにも洗練された雰囲気の建物だった。

 

まだ新しい外壁は、磨き上げられた御影石のパネル。適度に設置された窓枠の鮮やかな朱色が、重厚さの中に華やかさを添えつつ、全体の印象を引き立てている。お嬢様学校のように見えてくるのは、真だけではないはずだ。

 

ここが、国内有数の陰陽師育成機関、陰陽塾。

 

目の前にあるのは、その塾舎だ。

 

「……おれ、『塾』なんていうから、もっと古臭いと思ってたよ。歴史のある学校だって聞いたし……」

 

「確かに。これじゃあ、新品同様だな」

 

「陰陽塾自体は、半世紀近くの歴史がある。こいつは去年完成したばかりの新塾舎だ」

 

「中の設備も最新ってこと?陰陽塾って、実は儲かるのか?」

 

「さあな」

 

いささか気圧され気味の真と春虎に、冬児はいつもらしい、気のない様子で返事した。塾舎の前に立ち尽くす三人は、制服だ。

しかし、普通の学制服とはかなり趣が異なっている。わずかに青みがかった黒――烏羽色のそれは、平安時代の狩衣を模した変わったデザインをしていた。

 

「……実感、湧かねー」

 

「いや、さすがにもう湧いたろ。行くならどーんと行こうぜ?」

 

「真の言う通りだ。春虎、いい加減腹くくれ」

 

「いや、陰陽師を目指すって覚悟はできてるんだぜ?……と思うんだけどね?」

 

「どっちだよ!?」

 

真があいまいな発言をする春虎にツッコミを入れる。しかし、真もああは言ったが、戸惑いがないわけではない。

ここは、全国で選りすぐった、才能のある人たちが集う学校だ。そんな所に、いくら呪力が強くなったって、陰陽の道がド素人で、半年のブランクがある真がついていけるか不安だ。いや、普通に考えてついていけないだろう。だから、普通な努力ではダメということだ。

 

「いや、だって、見鬼にもなったわけだしよ。夏目の式神にもなったんだから、そりゃあ覚悟も決まってるって言うか、決めざる負えないって言うか……」

 

春虎の左目の下には、タトゥーのような五芒星があった。春虎が夏目の式神になると誓ったときの証らしい。

 

「要は怖気づいたわけか」

 

「ここまで来てか?」

 

「もう少し言い方には気を遣えよ」

 

真と冬児があきれると、春虎は二人を凝視し始めた。しかし、冬児はそれを無視するようにつぶやく。

 

「まあ、俺達はスタートラインに立ったところだ。怖気づくには早すぎる。……つーか、お前らは自分の置かれてる状況に気付いてるか?生半可な気持ちだと『喰われる』ぜ?」

 

「「『喰われる』?」」

 

「いいか?分家だろうが何だろうが、お前らは『土御門』と『天道』なんだぜ?そしてここは、全国から陰陽師を目指している連中が集まる、陰陽塾だ。前の学校とは違う。お前らの名前を聞いてピンとこない奴なんて一人もいない。お前たちが来ることはもう知られているだろうから、入塾前から注目度抜群のはずだ」

 

「で、でも、ここには夏目がいるんだぜ?本家の跡取りがすでにいるのに、今更分家の俺が来たところで……」

 

「そ、そうだぜ。ここには流華がいるんだから俺なんて眼中にないに決まって……」

 

「お前ら……。考えてもみろよ。その本家の跡取りの二人が、陰陽塾でどんなポジションにいると思う?本物の『天才』なんだろ?塾生の中で、カリスマ的な立ち位置にいるとは思わないか?

 

「う。そ、それは……」

 

「た、確かに……」

 

「そこに今度は、本家のみならず分家のお前らが―――しかもこんな不自然な時期に、突然転入してくるんだ。なんだかんだ言っても、土御門と天道のネームバリューはトップクラスだ」

 

「いや、でも……」

 

「単純な興味から、嫉妬や妬み。あるいは土御門と天道を倒して目立ちたいなんて勘違い野郎だの、名門にゴマすって取り入ろうって馬鹿だの……本家の天才児ではなく分家の新人相手なら―――って考える奴は、一人や二人じゃないはずだ。違うか?」

 

「「………」」

 

二人は押し黙る。

確かに違う、とは言い切れない。むしろ、ものすごく<ありえそうな>話だ。

霊災が多発する現在、陰陽師という職業は、広く一般的に認知された職業ではある。

 

しかし、それでもやはり、特殊な業種であることの違いないのだ。また、素質の持たない者はなりようがないため、陰陽師の職業は閉鎖的な面が強い。そして、それはプロのみならず、見習いや訓練生の世界でも変わらないのである。真が挑むのはそんな、世界なのだ。

才能が弱い、いや、ほぼない真はこんな世界事情を知るとますます怖気付きそうになる。

 

「でもおれら、ほとんど素人だぜ!?」

 

「関係ないだろ、それは」

 

「ああ、まったくもって関係ない。連中が気にするのは、名だけだ」

 

青ざめる春虎に、自分の状況を理解した真と、冬児は冷淡に答えた。

 

「まあ、ビビることはないさ。お前らなら大丈夫だ」

 

「……今年のお前の発言の中で、一番説得力ねえよ」

 

「……俺もそう思う」

 

春虎が恨めしげな顔になり、横眼を冬児に向ける。真はもうあきらめたようで、陰陽塾を眺めていた。

 

「……よしっ。いつまでも突っ立ててもしょうがない。行くか!」

 

「ああ、やるっきゃないな!」

 

―――才能ない者は才能がないなりに、がんばればいい。

そんなことを思って、陰陽塾に歩を進める。

 

陰陽塾の正面入り口は、間に短いスペースを置いた二重の自動ドア。学校というよりは、洒落たオフィスビルのような造りだ。

 

「さすがにセキルティーは『それっぽい』な」

 

自動ドアの前で冬児がもらし、春虎も真も、確かに、と同意した。

冬児が言ったセキルティーというのは、一般のものではなく呪術上の保安処理のことだ。呪術の基本は、万物に宿る霊気の操作にある。そして、陰陽塾の塾舎内は、野外に比べて霊気が安定していたのである。

以前は見鬼の才が弱かった真も、強い呪力を持っている流華から呪術を施されたため、今までに視えなかったものを感じ取ることができるようになっていた。

 

最初のドアをくぐり抜けた三人は、二枚目のドアで冬児が「おっ」と言って、立ち止まったので、足を止める。

 

「見ろよ」

 

「狛犬?」

 

「二匹いるぜ」

 

奥の自動ドアとの間には、左右に、犬や獅子に似た石像が設置されていた。神社に置かれているのと同じ、狛犬である。ビルが現代的な違和感があるかと思えば、意外とモニュメントのように溶け込んでいる。

 

「へー。陰陽塾っぽいじゃん」

 

「かわいいな」

 

「うかつに触るなよ?噛みつかれるかもしれないぜ?」

 

「確かに。なんせ陰陽塾だからな。動いたり喋ったりしてもおかしくないかもな」

 

「うむ。動くし、喋るぞ」

 

「へー。……へっ!?」

 

真が冗談を口にすると、途端に狛犬の一匹が動いて喋った。

真は思わず尻餅をつき、春虎はのけ反る。冗談で話し始めた冬児も、ぎょっとした様子で目を丸くした。

 

「う、動いた!喋ったぞこいつ!」

 

「お、怨敵退散!さよならバイバイ!しゃしょしゃぶい~!―――」

 

「落ち着け真。それに、後半は何言ってるかわかんないぞ」

 

「何を驚く。汝、動こうが喋ろうが、おかしくないと、自ら口にしたばかりではないか」

 

匍匐前進で引き返す真の両足を冬児が掴み、引っぱる。

取り乱している真と春虎とは対照的に、狛犬は悠然と答えた。しかも、なかなか渋く、かっこいい声だ。もう一方の狛犬も、鷹揚な仕草で頷いている。

 

「……式神、か?」

 

「左様。とはいえそこいらの市販品と同様に見てもらっても困る」

 

「然り。我ら、塾長自らの呪力を吹き込まれし高等人造式、アルファとオメガである。主の命により、陰陽塾開塾以来、その番を司っておる」

 

「……なんだよ。ただの式神かよ」

 

真は平常心を取り戻し、立ち上がる。片方の狛犬が「高等人造式であると言っておろうが!」と叫んでいるが、真は気にしていない。

 

「ど、どっちがアルファで、どっちがオメガなんだ?」

 

「我がアルファなり」

 

「そして、我がオメガなり」

 

春虎の質問に、左右の狛犬が順に答える。向かって右側の狛犬がアルファ、左側がオメガらしい。よく見ると、オメガの方は短いつのが一本、頭に生えている。

 

「すげえなあ。こんなの、夏目んちでも見たことねえや」

 

「確かに変わった式神だ。塾長の式神と言っても、ここに常駐してるんだろ?ひょっとして機甲式みたいな仕組みなのか?」

 

「ほう。汝は詳しいようだな。もっとも、ここの塾生なら当然だが」

 

狛犬は春虎たちの会話を気さくな態度で答える。言葉遣いは厳めしく偉そうだが、意外と気の良い性格なのかもしれない。

 

「――――さて、汝らのことはすでに聞き及んでいるが、我らは我らの任を全うせねばならぬ。まずは己が名を、名乗るがよい」

 

「仕事熱心なんだな。俺は、天道真だ」

 

「おれ、土御門春虎」

 

「俺は、阿刀冬児だ」

 

三人が名乗ると、ふっ、と狛犬たちが、ただの石像に戻ったかのように動きを止めた。しかし、それは一瞬の出来事で、瞬きするような間をおいて、狛犬たちは再び口を開ける。

 

「よろしい。天道真。土御門春虎並びに阿刀冬児。声紋と霊気を確認し、登録した」

 

「我らは、汝らを歓迎する。学友と切磋琢磨し、良き陰陽師となるべく精進するがよい」

 

アルファとオメガは厳かに告げた。おそらくこれで、三人は、塾舎の呪力セキルティーに対するパスを得たのだろう。

ただし、

 

「汝と汝の式神も共に登録した。次からは、そちらから申告せよ」

 

アルファは最後にそう付け加えた。

真と春虎はきょとんとし、聞き間違えかと確認するように冬児を振り返る。しかし冬児も、さあ、という顔で肩をすくめた。

真と春虎はアルファに向き直り、

 

「汝と汝って、俺と春虎のこと?」

 

「左様」

 

「ということは、俺の式神を登録したのか?俺は、式神なんて持ってないぜ?」

 

「俺もだ」

 

真に続き、春虎も同意する。

 

「真、春虎。お前らが式神だって意味じゃねえの?」

 

「そうなの?にしちゃあ、言い方が変だろ。どういうことだよ、アルファ」

 

春虎は納得ができないまま問いかける視線をアルファに向ける。

アルファは春虎の質問に答えようと、大きな口を開きかけたが、「待て」とオメガが割り込んできた。

 

見ればオメガは、魂がどこか遠くに抜け出してるように動きを止めている。それから、さっきと同じように、少しの間を置いて再び動き出した。

 

「我らの主が、汝らをお呼びだ。汝らは直ちに塾長室に向かうがよい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

「……あれか?」

 

「みたいですね」

 

一階に通じる廊下に、彼は立っていた。正面からは見えづらい位置だ。壁に肩を付けた姿勢で、エレベーターに乗り込む三人の塾生を興味深そうに見送った。

 

「気に入らぬな」

 

「まあそう言わずに。まずは様子を見ましょう」

 

 

 

 

 

 

 

塾長室があるのは、塾舎ビルの最上階だった。

ほとんど作動音が聞こえないエレベーターを降りて、三人は廊下の奥に進む。

入口を抜けたフロアもそうだったが、塾舎内の内装はシンプルで、どちらかと言えば無機的だった。しかし、所々に呪物や呪具らしき品々がインテリアのように展示されていて、見方を変えれば博物館のようなところだ。

ガラスケースには指紋などは見られず、床は塵一つ落ちていない。あちこち置かれた観葉植物も、手入れが完璧に行き届いている。

 

「……これ、掃除とか式神がやってんのかな?」

 

「そうじゃないとすると、よっぽど綺麗好きな人が掃除してるってことになるな。常人じゃさすがにここまでは……」

 

「まあ、式神がやってるって考えるのが妥当だな」

 

塾舎内に感心していると、塾長室のドアが見えてきた。

素っ気ないドアに、簡素な『塾長室』のプレート。

再び緊張する真と春虎を余所に、冬児は平然とドアをノックする。

返事はなかった。

仕方なくもう一度ノックしようとしたとき

 

「どうぞ」

 

その返事は足下からした。

春虎が子供みたいな声をあげ、真がまた尻餅を着くと、声のしたところを見る。

そこにいたのは一匹の猫だった。

賢そうな目で春虎たちを見ながら、長い尾の先でとんとんとドアに触れた。

 

「開いていますよ。お入りなさいな」

 

喋る狛犬の次は、しゃべる猫らしい。

 

「……これって、ここの塾長の趣味?」

 

「知るか」

 

うんざりする春虎に、冬児は素っ気なく返す。三毛猫は少しまどろこしそうに身をくねらせ、今度は猫らしく「にゃあ」と鳴いた。早く開けろと言いたげな様子だ。

真はドアノブを掴む。

 

「―――失礼します」

 

中に入ると、部屋の雰囲気が廊下と全然違うことに気付く。

大正時代のカフェのような、落ち着いたレトロな部屋だった。

壁は色あせたクリーム色で、床には臙脂色の絨毯が敷かれている。ブリキのコート掛けにステンドグラスの間仕切り。その奥には猫脚の椅子と天板が飴色になったテーブルの応接セットがある。

 

しかし一番目立つのは、両側の壁を埋め尽くしている書架だろう。おびただしい数の蔵書が、整理されているのかいないのかすぐには判別できない様子で、隙間なく並べられている。

そして、部屋の奥。

 

曇りガラスの窓を背に、巨大なマカボニーのデスクが置かれている。そしてその向こう側に、ちょこんと椅子に腰を掛けた小柄な人影があった。

三人が顔を見合わせる。てっきり、男の塾長かと思っていたが、そこに座っていたのは老女だった。

三毛猫はまっすぐにデスクに近づくと、体重を感じさせぬ身軽さで、ひょいっと老女の膝の上飛び乗った。老女は読んでいた本をゆっくりと閉じ、三毛猫の毛並みをなでている。

 

「ようこそ。お待ちしていましたよ」

 

それは、三毛猫と同じ声だった。

肩口を揃えた髪は、半ば以上に白く変わっている。それなりの高齢なのだろうか、しかしまったくそれを感じさせないのは素晴らしい姿勢の良さだからなのかもしれない。

着ているのは小豆色の着物で、ほとんど体の一部であるかのように、しっくりと着こなしていた。

 

「天道真さん。土御門春虎さん。阿刀冬児さんですね。初めまして。塾長の倉橋美代です」

 

「ど、どうも。初めまして」

 

「こ、こちらこそ、初めまして」

 

「………」

 

真と春虎があいさつをして、冬児が無言のまま会釈する。そして、老女――――倉橋塾長に呼ばれるままに、彼女のデスクの前に移動した。

 

 

「なるほど」

 

「え?」

 

「?」

 

春虎がきょとんとして聞き返し、真は首を傾げる。冬児は様子をうかがうように、静かに観察していた。

 

「あなたたちが夏目さんの飛車丸に角行鬼で、あなたが流華さんの守り神というわけね」

 

「「「………」」」

 

三人は無言になる。塾長は柔らかく笑い、すぐに次の話題を持ち出した。

 

「そう言えばお三方は、日常的に陰陽術と親しんでいたわけではないんでしたね」

 

膝の三毛猫をなでながら、親しい口ぶりで言った。

 

「一階のアルファとオメガは、もう会ってるはずね。あの子たちだけじゃなくて、この猫も私の式神なの。驚かせてしまったかしら」

 

「ま、まあ、少し……」

 

「俺も、少しだけ……」

 

春虎と冬児が心の中で「嘘つけ!」とツッコンでいた。

 

「ごめんなさいね。でも、早く慣れてちょうだい。あなたたちも、これからは『こちら』の世界で生きていくことになるんですからね」

 

塾長はそう言ってまっすぐな視線で三人を見据える。

 

「阿刀冬児さん。あなたの境遇は、春虎さんのお父さんから聞いています。あなたの決意は立派だわ。後遺症に負けないで、頑張ってくださいね。

 

冬児の次に、春虎に顔を向ける。

 

「土御門春虎さん。あなたのことも、あなたのご両親から聞いています。それに夏目さんからもね」

 

「夏目から?あいつ、俺のこと何か言ってたんですか?」

 

「ええ。あの子は律儀ですからね。あなたの入塾が決まった時に、あなたが土御門家の『しきたり』で式神になっていることを、報告してくれましたよ。それに、実は言うと私は、この夏の事件のことも聞いています。大連寺鈴鹿さんのことを。こちらは、陰陽庁に知り合いがいるからですけど」

 

そして最後に真へ顔を向ける。

 

「天道真さん。あなたのことは、ご両親と鈴之助さんから聞いています。そして、流華さんからも」

 

「え?……流華ならありえそうなんですけど、鈴之助おじさんからもですか?

 

天道鈴之助。それは、天道家現当主であり相当な呪力を持っている、最強に近い陰陽師だ。夏目の父とは幼少からの付き合いで、厳格さとは程遠い、脳天気な性格をしている。だが、スイッチが入ると、十二神将一人や二人ではかなわないらしい。

真とは四年前からあっておらず、まさかそんな人が自分のことを言ってたなんて予想してなかった。

 

「ええ。あなたのことを心配なさってましたよ。あなたは、元々呪力が弱く見鬼の才が乏しかったのですよね?」

 

「はい、そうでした。だから、陰陽の道を歩むことを止めました。ほかにも理由がありますけど、それが一番の理由だと思います」

 

「そうですか。でも、よく決断してくれました。流華さんはすごく喜んでいるように見えましたよ」

 

「……流華がですか?」

 

「ええ。あなたは流華さんの式神になったそうですね。流華さんは夏目さんと共にいろいろ大変ですから、しっかり守ってあげてくださいね?」

 

「え?……は、はい」

 

それから、少し話をした後、背後のドアがノックされた。「すんません……」と声がかけられ、部屋に一人の男が顔をのぞかせる。

 

「塾長?いい加減時間押してますけど、まだかかりそうですか?」

 

「あら。お待たせしてごめんなさい、先生。今終わりましたよ」

 

「ああ、そらちょうどよかった」

 

入ってきたのは、ひょろりとした背の高い男だった。

まだ若いのかもしれないが、妙に枯れた雰囲気がある。髪はぼさぼさで野暮ったい眼鏡を掛け、着古したワイシャツとネクタイに、安物っぽいジャケットとよれよれのスラックス姿だ。線の細い顔には優しげな笑顔が浮かんでいるのだが、それも「優しい」と言うよりは「頼りない」印象に見えてしまうのは真だけではないかもしれない。

 

ただひとつ目を引くのは、右手に持った短めの杖だ。部屋に入る動きもその杖を突き、足を引きずるように歩いている―――と思って視線を落とすと、スラックスの右足からは、何と木製の棒が伸びていた。

 

義足だ。それも、中世の海賊がつけていたような、いまどき珍しい、古い義足である。

真たちの視線に気づいたのか、男は親しげに笑って、右足の義足を掲げて見せた。

 

「ん、これか?かっちょええやろ?塾講師とはいえ、ボクも陰陽師の端くれやさかいな。これぐらいははったり利かせんといかん思て」

 

男は自慢げに口を開く。どこをどう見ても、はったりではなく本物の義足だ。そして、妙に馴れ馴れしい気配だけはしっかりと伝わってくる。そして、一見胡散臭い男に見えるが、何かただ者ではない雰囲気がした。だが、たぶんそれは気のせいだろう。

 

「こちらは、あなたたちのクラスを担当して下さっている、大友陣先生。こう見えて、とても優秀な方なのよ」

 

「こう見えてはないでしょう、塾長?まあ、ええわ。とにかく、そういうわけやから、三人ともよろしゅう。仲良くやっていこうやないか」

 

そう言って、大友はニカッと笑う。さえない優男と言った感じだが、いかにも人懐っこい笑顔だ。

 

「とにかく、行こか。教室でみんな待っとるし。―――塾長。失礼します」

 

大友はペコペコ頭を下げると、真たちを連れて塾長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっかなかったやろ~?」

 

廊下に出て歩き始めるなり、大友は内緒話を打ち明けるように真たちにささやいた。

 

「え?おっかないって―――何がですか?」

 

「そんなん塾長に決まってるやん……って、なんや、知らんのか?あのバア様、どこぞの大店の大奥様みたいな形してるけど、あれで、この業界の裏元締めやねんぞ?」

 

「え?あの優しそうな塾長がですか?」

 

「せやでー……て言うか、君たち、土御門と天道やろ?なんで知らんねん」

 

大友がおかしそうな顔をする。真と春虎は意味が解らず困惑するが冬児が反応した。

 

「そうか、倉橋……」

 

大友が「そうそう」と相槌をうった。

わけわからない二人を置いといて、大友が口を開く。

 

「気ぃつけや?塾長の式神は塾舎中におるし、サボったりしたら一発やで?まあでも、どうしても言うときは、僕を頼ればいいわ。さっきも言うたけど、これでもプロやからな。塾長の目をかいくぐって、講義をサボるコツを伝授したる」

 

「講師が生徒にサボる手段を与えてどうするんですか……」

 

「ええやないか。それが青春っちゅうもんや」

 

わけがわからない担任講師の話を聞いていると、大友が一つドアの前で立ち止まった。

 

「ここや」

 

ドアの向こうからは、騒々しい気配が伝わってくる。同年代の生徒が集まっているのがすぐにわかる。まあ、隣にいる冬児は真や春虎の一個上だが。

ドアに手をかけた大友が、「覚悟はええな~」と肩越しに笑った。

 

そして大友がドアに手を開けた瞬間、教室のざわめきが溢れ出て―――それからピタリと静まった。

 

「いや~、お待たせお待たせ。皆さんお待ちかね、転入生を連れてきたで~」

 

大友が軽い調子で教室内に入る。真は大友の後を続いていく。

教室は広かった。

面積も広いが、天井が高い。室内の作りは、普通の公立高校や私立高校とはかなり異なっていた。ちょっとした音楽ホールみたいだ。

その、雛壇のような机と椅子に、陰陽塾の制服に身を包んだ同世代の男女が、幾人も座ってこちらを見下ろしていた。

 

教室中から突き刺さる、視線、視線、視線。

こんなにも、大勢の人たちに見られたのはいつ振りであろうか。

 

「はい、注目~。今日からこのクラスに加わる、天道真クンと土御門春虎クンと阿刀冬児クンや。はい、三人とも、挨拶」

 

「えーと、天道真です。よろしくお願いします」

 

「……つ、土御門春虎です」

 

「阿刀冬児です」

 

「ん―――って、おいおい、それだけかいな?ファースト・インプレッションて大事なんやで?もっと自分をアピールしいな」

 

大友がつまらなそうに言った。そんなことを言われても、何を言えばいいかわからない。

自分の性格?自分の好きな食べ物?そんなものはここでは何の役にも立たない。

仕方なく、視線を巡らせていると生徒の中で特に強い視線が感じられた。そこへ。顔を向けると、目がバチリと合う。

 

―――流華

 

そこに座っていたのは、真の幼馴染であり、『十二神将』である天道流華だった。

ピント背筋を伸ばし、栗色のロングヘアが似合う美少女。その瞳には、不安の色が広がっているように感じられた。

 

そうだ。決めたのだ。

彼女の式神となり、彼女を守る。

 

陰陽塾なんてその舞台のようなものだ。流華の近くにいるための舞台。

しかし、その舞台ではしっかりとしなければならない。自分にはまだ、彼女を守る力なんて微塵もない。だからこそ、この舞台で学ぶ。

それが、真がこれからすべきことなのだ。

 

流華に向けて少し微笑む。それを見た流華は少し目を見開いて、驚いた様子だったが、いつもの様子の真だとわかったのか、真にも笑顔を向けてきた。

 

「とにかう、三人はみんなより半年遅れなわけやからな。最初は講義にもついてこれんところがあるかもしれんし、色々教えてやってや。仲良うするんやでー」

 

大友がニコニコしながら、脳天気に言った。どうやら、紹介は終わりらしい。

しかし、大友が話を終えた直後だ。

スッ、とまっすぐに挙手された白い腕があった。

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

手が挙がったのは教室のなかほど。

三人の視線がそこに集中する。

静かに挙手していたのは、白い制服に身を包んだ女子生徒だった。

 

緩やかにウェーブする栗色の髪を、一見ラフな感じにアップしてから、毛先の片側にそわせるように流している。ぱっちりとした力強い瞳に、綺麗にカールした長い睫毛。

 

顔なども流華や夏目に負けず劣らず小振りで、その分スタイルもよく見える。どこかのアイドルグループのメンバー――――それもリーダー格―――と言われても納得してしまいそうな少女である。

まあ、流華も夏目も美人だが、あれほどは大きくなく、むしろ小さいほうに分類されるのでは?と思ってしまう。

その直後、何やら強い殺気の混じった視線が二つ、真に突き刺さった。

真は機械のように、首を殺気の混じる視線のほうへ回す。

 

―――――ひっ!?

 

そこにいたのは案の定、流華とその隣に座る夏目だった。視線が合ったとたん、二人は口元に誰にも見えないような笑みを浮かべた。そう、それは真にしか感じることができない、恐ろしい笑み。

 

――――塾生活一日目にして、死ぬのか。俺……。

 

真はこれから起こることに絶望し始めた。

すると、いきなり夏目が立ち上がった。真は瞬時に夏目に顔を向ける。

真が絶望している間に、話はどんどん進んでいたようだ。

 

「―――言いがかりも甚だしい」

 

凛とした声がいつの間にかざわついていた教室の空気を一変させた。

 

「倉橋京子。君は何の根拠があって、土御門の名を出している?同じ土御門の人間として言わせてもらうが、土御門家は陰陽塾に対し、特別な便座を図るよう依頼したことなど一度もない。ただの思い付きで言っているのなら、それはぼくや春虎に対する、立派な侮辱だ。すぐに取り消して、彼に謝れ」

 

その声は、決して荒々しくないのだが、鋭利な刃物で斬りつけるような響きを有していた。斬りつけられた当人である、京子は表情をなくしていたが、おとなしく引っ込みはしなかった。

 

「だ、だったら、その事情とやらを説明してちょうだいっ」

 

京子は夏目を睨み返し言い放つ。

 

「何の説明もなく、納得なんてできないでしょ!説明ができないというなら、裏に土御門の意志が介在していると考える普通じゃない?そもそも――――」

 

京子はいきなり立ち上がり、夏目を見据えたまま、春虎を指さした。

 

「彼は、夏目君、あなたの式神だそうじゃないの?あなたが、自分の式神を側に置くために、彼をわざわざ陰陽塾に入塾させた。そう考えるのが自然じゃない?」

 

京子の発言に、再び教室がざわめき立った。真も少しばかり驚く。春虎が夏目の式神だと知っている人間が、あの夏の事件に関与していた人間以外にいるなんて知らなかったからだ。

 

「人間を式神として扱うだなんて、時代錯誤な話よね。いかにも土御門らしいけど」

 

京子が鼻で笑う。彼女もなかなかのタマなのかもしれない。

 

「君こそ何を言っているんだ。春虎がぼくの式神であるからと言って、彼が不正に陰陽塾に入った証拠にはならない。当然だろう。たかが一塾生の事情に、どうして陰陽塾が便宜をい図る謂れがある。確かに、彼はぼくの式神だというのは、彼がここに来た理由の一つだ。しかし、彼がこの時期に入塾できたこととは、何の関係もない。単なる自分の妄想を、あたかも事実のように口外するのは止めろ」

 

夏目の台詞は落ち着いているようで、なかなか容赦ない。

 

「たかが一塾生?あなたは土御門家次代当主に―――」

 

「では、訂正しようか?『たかが土御門次代当主』のために、国内最高峰の陰陽師養成所である陰陽塾が、想定を曲げてまで融通を利かせると思うのか?君も知っている通り、今日の土御門家など没落した旧家に過ぎない。そんな疑惑をかけるというなら、第一の候補は君の一族だろ?」

 

冷ややかに、夏目が言う。京子の顔が青ざめるのがわかった。

 

「だ、だったら、彼の不自然な入塾は、どういう裏があるっていうの!?」

 

「先生の話を聞いていないのか?事情があると言っただろう」

 

「だからっ!そんなことじゃ納得できないって言ってるのよ!」

 

「それは君の事情だ。言わせてもらうが、君が納得するしないなど、それこそぼくたちにとっても陰陽塾にとっても、どうだっていい話だ。そもそもこの件に、君は一切関係ない。君が知る権利など、どこにもない」

 

「なっ……!?」

 

「不快な憶測でこれ以上講義を妨げるなら、君の方こそすぐに教室を出ていくがいい。陰陽塾(ここ)は陰陽術を学ぶ場であって、君個人の感情を満足させる場ではない」

 

もはや、夏目の言葉は正論の塊だった。

本人は平静を装っているつもりだと思うが、真から見ればかなり興奮しているようにも見える。隣に座っている流華もいつ止めるか、タイミングをうかがっているほどだ。

きっと、春虎のためなのだろうが、はたから見れば入塾早々、春虎の敵を大量生産しているに等しい。

 

「……止めないんですか?」

 

「ん?……おお!うっかりしとった」

 

頼りにならない先生に声をかけた真だが、今この場の主役であり悪役にも見えるある春虎に顔を向ける。

すると、ちょうど視線が合った。

真は憐みの混ざった笑みを春虎に向けると、春虎はがっくり肩を落とした。

 

まあ、一件落着だろ、と安堵している真に視線が突き刺さった。視線を向けると、いつの間にか座っていた夏目と慌てていた流華に鋭く睨まれていた。

 

結局真がある意味死ぬことには、変わりないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




入塾編でした。

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