東京レイブンズ第十三巻を読んでいまして……。
では、本編へどうぞ!
陰陽塾塾舎ビルには、体育館に匹敵するほどの広大なフロアがある。実技の講義に使われている呪練場だ。
アリーナの面積はバスケットコート三、四面分。高さは地上部分の三階分ほどあり、アリーナを囲む高さ二メートルの壁の上には、観覧席がズラリと並んでいる。全体的には屋内スタジアムそのものだが、大きな違いは奥にある祭壇スペース、それに壁面に刻まれた呪文や文様だろう。また、アリーナに降りるすべてのゲートは、両脇に青々とした榊の枝が飾られ、呪力を練りこんだ注連縄が渡されている。いずれもアリーナで行われる呪術の影響を、外部にもらさないための処置だ。
そしていま、大友のクラスの塾生たちは、観覧席に散らばりアリーナを見下ろしていた。
「なるほど、実技ってのはここでやるのか」
「ほかにも実技用の教室はあるけどね。一番大きなのはここだよ」
地価の呪練場を見回しながら、冬児が観覧席のシートに腰掛ける。答えたのは、隣にいる天馬である。
「甲種呪術の呪練場としては、国内最大クラスなんだ。ここの防壁は国家一級陰陽師が施したもので、相当威力が大きい呪術やフェーズ3以上の霊災でもやぶられない仕様なんだって。時々、陰陽庁の人も利用しに来ているよ」
「そんなご大層なとこで喧嘩か。贅沢な話だ」
唇を皮肉っぽく歪め、冬児が鼻を鳴らす。トラブル好きの彼でも、さすがにこの展開には呆れ気味なのだ。
冬児はそれとなく首を巡らせて、観覧する塾生の中に、夏目と流華の位置を確認した。最前列ではないが、その一つ後ろの席に座っている。
この気に及んでも夏目と流華は、春虎と真を助けるつもりがないようだ。ただ、二人とも平静を装っているらしいが、ハラハラと落ち着きのないのが手に取るようにわかる。葛藤と後悔の滲む視線がアリーナに向けられている。
ちなみに、現在アリーナに立っているのは、やる気満々で準備体操をするコンと、それを隣で見ている狩衣を身にまとった凛爽。そして、一度『夜叉』たちの実体化を解いた京子だけである。春虎も真もそこにはいなかった。
「このクラスってのは、いつもこんなノリなのか?」
「そんなことはないんだけどね」
「我らが担任も適当すぎねえか?」
「そんなことは……なくはないかも……」
直截すぎる冬児の質問に、天馬は困った表情で苦笑した。
「もともと教師やってた人じゃないからね。今期から陰陽塾の講師始めたってだけで……正直、教えるのもあんまり上手くないし」
「前は何やってたんだ?」
「足を怪我して引退するまでは、呪捜官だったそうだよ。バリバリに優秀だった―――って本人は言ってた」
「……呪捜官か」
呪捜官といえば、対人呪術のスペシャリストだ。陰陽師の中でも腕利きが選ばれる職種なのだが、あいにく冬児には、大連寺鈴鹿にまとめて手玉に取られていた印象しかない。
「それはそうと、天馬。さっきの一幕なんだが―――倉橋京子といい、周りの連中といい、春虎と真が式神出したくらいで、やけに過敏に反応してなかったか?」
「ああ、あれね。ただの式神なら、あんなに驚かなかったと思うよ。でも、春虎君と真君の式神、護法式だったからさ」
冬児の疑問、天馬は素直に答える。まだ出会って昨日の今日なのだが、すでにだいぶ打ち解けているらしい。
「そういや昨日も言ってたな。護法式を持っているのは、同期じゃ夏目と流華と倉橋京子だけ、とか。あのちびとのっぽ、そんなにご立派な式神なのか?」
「立派というか……護法式とか使役式ってのは、基本的に『二十四時間召喚してなきゃいけない』式神なんだ。それって、使役する方には、すごい負担になるんだよ。実体化させてないときは負担も軽くなるけど、常に使役者と霊的に繋がっていることは変わらないしね。だから護法式や使役式は、霊力が強い人間でないと扱うことができないんだ」
「ああ。らしいな。要は、霊的に『タフ』でなきゃ難しいとか」
「そう。だから陰陽師にとって、護法式や使役式を使役することは、一種のステータスなんだよ」
「なるほど。つまり、ド素人の春虎と真が護法式を持ってたってことが意外だったわけか」
冬児は納得して頷いた。すると今度は天馬が、冬児の方に顔を寄せてきた。
「……ねえ、冬児君。ほんとのところは、春虎君と真君ってどうなの?僕もてっきり素人だと思い込んでいたけど……」
辺りをはばかりつつ尋ねる天馬は、眼鏡の奥の瞳に隠し切れぬ好奇心が浮かんでいる。冬児は鼻を鳴らして肩を竦めた。
「あいつらは普段のアレが素だよ。真はどうだか知らないけど、あのちびの護法式は春虎の親父さんが餞別として渡したもんらしいぜ。扱いに困ってたしな」
「ま、まあ、制御はできてないみたいだね」
「……ただ」
ふっ、と冬児の双眸に、鋭く冷たい光がよぎった。唇が冷笑を刻み、不敵な気配が周りににじみ出る。
「だからってあいつらを侮ると、痛い目を見るかもしれないぜ?この夏にも一人前例がいるし、真もああ言ってたからな」
それまでと違う口ぶりに、天馬が「え?」と冬児を見やる。しかし、冬児は天馬の視線を黙殺して、じっとアリーナをにらんでいた。
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「なんでやねん」
「それ、俺が一番言いたいわ」
「おれ、昨日入ったばっかの新入生だぜ?しかも超がつくほど初心者だぜ?いい加減すぎねえか陰陽塾?何考えてんだよ大友陣?陰陽師ってのはこんなんでいいのかよ!?」
「ったく。何考えてんのかわかんないぜ。あの先生」
「二人とも~?声、もれとるで~」
呪練場への移動中真と春虎は延々と愚痴り続けた。
大友へ抗議している間に、ほかの塾生は、すでに呪練場に向かってしまっている。真と春虎はややこしくなるので護法式を無理やり行かせてから、大友に説得を続け―――結局挫折し、重たい足を引きずっているところだ。
「先生、これ、ほんとにマジでやるんですか?このあと、さっきみたいにわかるようなわからないような説教して、なんとなく誤魔化してくれる予定はないんですか?」
「ないな」
「それって教育者として無責任すぎるでしょ!?」
「というか、ほんとになんで『俺も』なんですか?納得できません!」
後半は倉橋京子をまねた口調で真は口を開いた。だが、大友は「お、なかなか似てるな」と言ってその話は、それっきりになってしまった。
「まあまあ、ええやんか。どうせ君たち、早くもクラスから孤立しかかっとったところやろ?バカにされて、ハブられとったんやろ?」
「うわ。転入生のナイーブな心を、デリカシーもなくばっさりと……」
「そこかよ!?……それって担任講師が言うセリフじゃないと思いますが……」
「せっかく護法式もってるんやし、ここはひとつ格好いいとこ見せて、挽回すりゃええやん。ほら?生涯ニクい采配やと思わんか?」
「「思いませんよ!!」」
真と春虎の声が重なった。
「ていうか、これって十中八九負けるじゃないですか!」
「そうですよ!さっきも言ったけど俺達ド素人なんですよ!?」
そんな二人とは打って変わって、大友は肩越しに振り返り、ニマッと人を食った笑みを浮かべた。
「真クン。春虎クン。君たちは確かに素人かもしれんが、あんまり自分を卑下したらあかん。君たちはすでに、プロの目を見てさえ大それたことを、してのけてるんやで?」
「お、おれは何もしてませんよ」
「俺もです」
「それはどうかな?呪術ってのは、見た目が派手なもんがすべてやない。むしろ、ほんまに強い影響力を持ってるんは、いわゆる乙種呪術の方や。それは、呪術には縁がない素人さんやって、意識せずに使ってるもんなんやで」
真は正直、甲種と乙種の違いははっきりとわからなかったため、あまり実感がわかなかった。
しかし、大友は構わず、「それにな?」と一方的に話しかける。
「塾長も言うてなかったか?陰陽塾は、どんな事情があろうと、素質のない者はとらん。さらに言わせてもらえば、素質あるなし言うんは、君如きが自分で判断できるような浅薄なもんやない。それはもっと複雑で込み入ってて、深遠なものなんや」
「「………」」
「自分が陰陽師になることを第一に優先するんやろ?」
「「………」」
「正直な。僕、あれ聞いて安心したねん。面倒な事情はあれこれあっても、こいつらはちゃんと陰陽師になるつもりなんやってわかったからな。せやから、君たちももうちょっと安心しい。君たちは
コツン、コツンと大友の足跡が廊下に響く。真と春虎はしばし立ち止まった後、前を行く大友の後を追いかけた。
陰陽塾というところは、本当にわけが分からない。建物といい、講義といい。塾生といい、講師といい。それとも、本当にわけがわからないのは、実は「陰陽師」という存在そのものだったりするのかもしれない。
だが、その陰陽師を、自分は目指している。流華との約束を守るために。
そんなもとを思っていると、春虎が口を開いた。
「……大友先生」
大友が「うん?」と再び後ろを振り向く。
「このあとの式神勝負で頼みたいことがあるんですが……」
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アリーナに入ると観覧席にいた塾生全員の視線を一斉に浴びた。しかし、その多くの生徒はぽかんと口を開けている。
真も思わず隣にいる春虎に顔を向けた。当の本人は気恥ずかしそうにしている。
なぜそうなっているかというと、春虎が剣道の防具をつけているからだ。その防具の上には祓魔官が着ている
「あのさ、なんでこんな装備なの?」
「俺が知るか。お前が頼んだことじゃん」
「わかっとらんな、春虎クン。君の申し出を認めるからには、これくらいの予防は当然や。君が大怪我でもしたら、こっちの責任になるんやで」
大友が迷惑そうに言って、春虎に木刀を差し出す。実際、春虎が頼んだのはこの木刀―――正確には、何でもいいからとにかく「得者」をひとつ持たせて欲しいということだったのである。
ちなみに真は烏羽色の制服の上から防瘴戎衣を着ていた。さすがに、真は春虎のように木刀を持つことはやめて、全力で凛爽に任せることにした。
「これやって、僕がちょいと術を施しといた。もちろん、防具の方にもや。でないと、まともに受けただけで、木刀もろとも真っ二つになりかねんからな。ちなみに真クンの防瘴戎衣には、結構強めの術が施されてるから安心しい」
「はいはい。ありがとうございます、先生」
「そりゃあ、どうも。先生」
真と春虎は並んで京子を見据える。
すると、
「バカじゃないの?」
と、軽蔑しきった声で、苛立ちも露わに京子が声をかけた。
「式神同士の試合ってのは、実技でも普通にやっていることよ。戦うのはあくまで互いの式神。術者には手出ししないわ。……まあ、それでも怖くて仕方がないって言うなら、好きにすればいいけどさ」
「……なあ、倉橋。お前今『好きにしろ』って言ったよな?だったら、俺が武器を使っても文句はないんだな?」
「……呆れた。単純に距離を開けて式神を使えばいいだけの話でしょ?そんなにあたしの式神が怖いわけ?」
「そりゃまあな。刀と薙刀みたいなの持ってたし。素手で喧嘩するのは、さすがにおっかねえよ」
春虎が素っ気なく返すと、京子は怪訝そうに眉を持ち上げた。それから、ようやく相手の言わんとすることを理解したのか、両目を見開いた。
そう。春虎は自分も式神と戦うつもりなのだ。
すると慌てた様子でコンが口を開く。
「いいい、いけません、春虎様!」
「いけなかねえよ。だいたい向こうは二体いるんだぞ?ウェイトも体格も段違いなうえに、二体一じゃ勝負にならねえじゃん」
「な、何よ、その言い方は!言っとくけど、式神も数を増やせば、それだけ操作は難しくなるのよ?数だって術者の実力のうちなんだから、式神が多いからって不公平だなんて言われたくないわ!」
「言ってねえだろ、そんなこと。第一、おれを入れれば、二対二だ」
京子は「ふざけないで!?」と声を裏返した。
「術者が直接式神と戦おうなんて馬鹿げてる!これは式神勝負よ!?式神で戦いなさいよ!」
「だから、おれだって式神じゃん」
春虎は面をつけたまま平然と答える。京子は信じられないという顔で首を振った後、真に視線を向けた。それは「まさか、あなたもなの?」という意味が込められているように感じられる。
「いやいや。馬鹿は春虎だけだ。俺はちゃんとするよ?」
真が京子の様子をうかがうように答える。
「そろそろ、始めようぜ。もともとお前が言いだしたことだろ」
「……わかったわ。じゃあ、あなたたち二人とも同時にかかってきていいわ。こうすれば二対三で不公平に見えるけど、戦力としては五分五分に近くなる」
「それでいいんなら、乗るぜ。こっちとしては結構うれしいからな。春虎はどうする」
「構わない。あっちからふっかけてきた喧嘩だ。こっちが有利になるなら大歓迎だ」
真も春虎も京子の提案に了承した。
そんな三人を見守る塾生たちが、
「……ねえ、ちょっと、本気なの?」
「おいおい、マジかよ。あいつら……」
つぶやきが徐々に大きくなる。呆れ、馬鹿にするようだった声に、純粋な驚きと興奮の色が帯び始める。まあ、そのほとんどが春虎に対してのことだと思うが。
「……三人とも、ええようやな」
見守っていた大友のささやきが、呪練場に響き渡った。周囲のざわめきが一気に静かになる。
「んじゃ、頼むぜ、凛爽」
「……ん?何を言ってるんだ、真。私は戦わないぞ?」
「……は?」
「申したではないか。私は護法式と言っても、実戦的な呪術は結界しか作れないと。私はてっきり、真が戦うと思ってでてきたのだぞ?」
「……うそん……」
「では―――始め!」
そのかけ声を合図に、式神勝負が開始された。
読者様の皆さんに臨時のお知らせがあります。まあ、そんなに重要なことではありませんが。
これからはこのように、今までのような長い一話を二つに分けて投稿していきたいと思います。
こうすれば、いち早く皆様の目にお届けすることができ、更新もほぼ一日でできるようになります。
皆様は、気軽に読みたいですよね?
これからはこういう方針で行きたいと思います。
これからもこの作品をよろしくお願いいたします!
感想や、意見などがあったらどんどんください! では。