Links   作:枝折

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第八章 まっすぐな言葉

 開いた扉の向こうに立っていたのは藤咲だった。藤咲は制服ではなく体操着のジャージを着ていた。体育の授業から抜け出してきたのだろう。

 

「沙夜ちゃん、これはどういうこと?」

 

 部屋に入って来るなり藤咲は堅い声で言った。

 

「見てのとおりよ。私たちがここにいるってよくわかったわね」

「授業に平坂さんがいなくて、その上に沙夜ちゃんも梢ちゃんも遥ちゃんも揃っていなければいくらわたしでもわかるよっ!」

「あら、そう。それで貴女も授業を抜けてきたの? 美織は悪い子ね」

「ふざけないで、沙夜ちゃん」

 

 普段の藤咲からすると珍しく怒気を含んだ声に緊張が高まる。けれど沙夜だけは少しも動じることなく悠然と構えている。

 

「わたし言ったよね。平坂さん、麻雀打てないって」

「打てるわよ。ちょっとトラウマがあるだけで」

「それが問題なんだよ」 

 

 藤咲が心配そうに私を見る。

 

「平坂さん……大丈夫? 顔色すごく悪いけど」

「私は……」

「保健室に行こう」

「でも……」

「いいから」

 

 藤咲は有無を言わさぬ調子で私の腕をグイッと掴んで立ち上がらせた。そうして沙夜に向かって言い放った。

 

「沙夜ちゃん、わたし怒ってるからね」

「見ればわかるわ。頬を膨らませてフグみたい」

 

 からかうように言う沙夜を藤咲は無視した。私の腕を掴んだまま、ドアの方へと歩いて行く。私はまだ頭が痛みでぼんやりしていて藤咲に引っ張られるままになっていた。

 

「平坂さん」

 

 部屋から出て行こうとする私の背中に沙夜の声が飛んで来る。

 

「あなたが怖がっているのは何かしら? 宮永照? リーチ? それとも――」

「沙夜ちゃん、いいかげんにして」

 

 沙夜の言葉を遮るように藤咲は叫び、ぴしゃりと生徒会室のドアを閉めた。

 

                      ***

 

 藤咲に生徒会室から連れ出されて私は裏庭に来ていた。藤咲は私を保健室に引っ張っていこうとしたけど、私はあまりおおげさにしたくなかったので断った。すると藤咲は代わりに休める場所としてベンチのある裏庭に私を連れてきた。よく考えると今は授業中なので、先生たちに見つからない場所と言う意味で、普段からあまり人の寄り付かない裏庭は都合がよかった。藤咲は私をベンチに座らせると「なんか飲み物買ってきてあげる」と、近くの自販機の方へ行ってしまった。

 裏庭に一人残された私はベンチの背もたれに体を預けた。視界いっぱいに広がった空は私と違って絶好調の青色で、真っ白な雲とはっきりとしたコントラストを作っていた。

 私がしばらくそうしてぼんやりとしていると「何見てるの?」とふわりとした声が耳に入って来た。視線を空から戻すと藤咲の柔らかい笑顔が目に入った。

 

「別になにも。しいて言うならあそこの雲は猫みたいな形をしてるなあと思いながら見てた」

「ふーん、わたしにはキツネさんに見えるなあ。ネコにしては面長じゃない?」

 

 きわめてどうでもいい会話をしながら藤咲は私の左に腰を下ろした。

 

「もう具合はよさそうだね」

「おかげさまで」

「そう、よかった。じゃあ元気になったところで聞くけど、どうして平坂さんは麻雀を打ってたの?」

 

 藤咲の問いに私は答えなかった。答えたくなかった。沙夜の安い挑発にまんまと乗って勝負した挙句返り討ちに合い、その上に体調まで崩したなんて馬鹿すぎる。私が黙っていると、藤咲がまた口を開いた。

 

「どうせ沙夜ちゃんに何か意地悪されたんでしょ? それでまんまと麻雀を打たされて具合が悪くなったと」

 

 図星だった。面白くない。いたく機嫌を損ねた私はふてくされてそっぽを向いた。我ながら駄々をこねる子どものようだと思った。藤咲はそんな私を見て少し笑いながら、買って来た飲み物を差し出した。

 

「ほら、これ飲んで機嫌直して」

 

 いちご牛乳。前にここでパンを食べた時に好きだと言ったのを覚えていたらしい。私はお礼を言ってそれを受け取った。紙パックにストローを差して吸うと、ふわりと苺の甘い香りが広がった。思わずほおが緩む。やっぱりいちご牛乳は甘くておいしい。そうしていちご牛乳を飲んでいると隣から視線を感じた。藤咲が面白そうに私を見ていた。

 

「何?」

「いや、いちご牛乳飲んで機嫌直すなんて小さい子みたいだなって」

 

 アイス食べて元気になるなんて小さい子みたい――不意に頭の奥から懐かしい声が聞こえてきた。私ははっとして固まった。

 

「……怒っちゃった?」

 

 そんな私をどう思ったのか、藤咲が少し不安そうな眼を私に向けた。私は慌てて首を横に振った。

 

「そんなことない。ちょっとミケ先輩のこと思い出しただけ」

「どうして思い出したの?」

「それは……たぶん藤咲さんとミケ先輩が似ているから」

「そうなんだ」

 

 ふわりと藤咲が微笑む。藤咲の笑顔をみて私はやっぱりミケ先輩に似ていると思った。勘弁してほしかった。そんな優しい顔を向けられると口が緩みそうになる。心の内を吐き出したくなる。

 

「さっき砥上さんに先輩のことバカにされた。砥上さんは軽い挑発のつもりだったのかもしれないけど、私はがまんできなくて」

 

 その結果は散々だ。一人で勝手に熱くなって、勝手に自滅して、藤咲に迷惑かけて、私は本当にどうしようもないバカだ。

 

「ごめんなさい」

「どうして平坂さんが謝るの?」

「今日もこの間も藤咲さんに迷惑かけてばかりで、なのに麻雀はろくに打てないし、全国大会なんてとても……。私には藤咲さんに求められるだけの価値がないから。だから、ごめんなさい」

 

 静かになる。少しして藤咲がぽつりと呟いた。

 

「価値がない……か」

 

 平坂さん、と藤咲はこちらに顔を向ける。

 

「お見舞いに行った時にも平坂さんは自分には価値がないって言ってたよね。わたしは自分を物みたいに言うのは好きじゃないな」

 

 藤咲にしては強めの口調に私はちょっと戸惑いながら答えた。

 

「でも、私に価値がないのは本当のことだから」

「またそんなこと言う。どうして価値がないなんて言うの? 決勝戦で負けたから? 平坂さんは懸命にがんばったんでしょう? 先輩と一緒に全国大会に行きたくて、誰よりも強い高校生と戦ったんでしょう? なら――」

「違う。そんな純粋な気持ちじゃないよ。決勝戦で暴走して大量失点したあと私は気づいたの。私がチームの作戦を無視して自分勝手な打ち方をしたのは、私にとって大事なことが他の誰でもない私自身の手で先輩たちを全国に連れて行くことだったからだって。私はそうして先輩たちに自分の価値を大きく見せたかったんだよ」

 

 お父さんとお母さんが仲たがいして以来、私はずっと一人ぼっちだった。お父さんとお母さんはお互いをいないものとして扱い、そのうちに私までいないものにされてしまった。私は両親に捨てられたような気がして寂しかった。人が何かを捨てるのはそれを自分のところに留めておくだけの価値がないからだ。なら両親にとって私はよほど取るに足らない存在だったのだろう。

 高校生になって、麻雀部に入って、私は自分を包んでくれる温かさを見つけた。一人ぼっちの寂しさに震える私に、ミケ先輩と理瀬先輩は寄り添ってくれた。先輩たちといる時間は泣き出したくなるくらい心地がよくて、けれど先輩たちとの楽しい時間を重ねれば重ねるほど、もしこの時間を失ったらという喪失への恐怖は私の中で大きくなっていった。私は先輩たちにとってどれほどの価値を持った存在なのだろう? 二人にもっと私の価値を示さないといけない。そうしないと両親がそうだったように、先輩たちは私をいないものにしてしまうかもしれない。私はいつの間にかそんな考えにとらわれるようになってしまった。その結果があの決勝戦での暴走と惨敗だ。

 結局のところ私は先輩たちのことを心の底から信じることができずにいたんだ。あれだけ良くしてもらっていたくせに心の中では先輩たちとの繋がりをずっと疑っていたなんて私は本当に最低だ。そんな人間がどうして誰かの近くにいて、誰かといっしょに笑うことが許されるだろう? あの決勝戦がきっかけで私は先輩たちから離れたけれど、そもそも最初から私には先輩たちといっしょにいる資格なんてなかった。

 

「私は自分勝手なことをして先輩たちの夢をむちゃくちゃにした。なのに私のせいでインターハイに負けた後、ミケ先輩も理瀬先輩も私のことを責めもしなかった。全然変わらず優しく接してくれた。自分のことしか考えてなかった最低な人間がそんな風に優しくされていいはずないのにね」

 

 わたしがそう言うと藤咲はゆっくりと首を横に振った。

   

「そんなことないよ」

「何が?」

「平坂さんが自分のことしか考えてなかったなんてわたしは思わない」

「本人がそう言ってるのに?」

「じゃあどうして平坂さんは沙夜ちゃんの言葉に怒って麻雀したの?」

「それは――」

「先輩たちのこと馬鹿にされたからだって平坂さんが自分で言ったよ。自分のことしか考えてないなら怒ったりしないはずだよ」

 

 私は言葉に詰まった。藤咲が続ける。

 

「あのね、誰かに何かをしようと思う気持ちの中にはその誰かによく思われたいからって想いが少なからず含まれているんじゃないかな。そんな自分の気持ちに気がついたとき相手になにか見返りを求めているような気がして、自分のことが恥ずかしくなったり、ひどく醜く思えたり、後ろめたく感じたり……そんなの誰にだってあるよ」

「誰にだってある……?」

「うん。だからわたしには平坂さんが自分を無理に責めているように見える」

「――っ、それは違うよ!」

「何が違うの? もう充分だよ。先輩が平坂さんを責めなかったのはその必要がなかったからだよ。平坂さんはもう自分を許していい――」

「やめて!!」

 

 私は聞いていられなくなって声を荒げた。自分を許す? そんな虫のいい話が合っていいはずがない。

 

「お節介だよ! 藤咲さんは麻雀の腕を期待して私に声をかけたんでしょう? 私はもう麻雀なんて打てない。藤咲さんが私にかまう理由なんてどこにもないよ。だからもう……ほうっておいてよ……」

 

 私はうつむいた。どうして藤咲さんも先輩も私なんかに優しくするんだよ。もっとむちゃくちゃに責めてくれればいいのに。ぼろぼろになるまで痛めつけてくれればいいのに。それなのに――

 

「どうして?」

 

 左手に温かさを感じて私は呟いた。藤咲が私の左手の上に自分の手を置いていた。私の手を優しく包み込む彼女の手は私をほうっておかないと言っていた。藤咲が口を開く。

 

「わたしはね、今の奈々ちゃんを見てるとすごく胸が痛いの。それはわたしがもう奈々ちゃんのことを大事だと思っているからだよ。わたしは奈々ちゃんと話して、触れて、笑い合って、もっといっしょにいたいって思った。つらい思いをしているのなら力になりたいって思った。ただのクラスメートじゃなくて友達でいたいって思ったの。だからわたしは奈々ちゃんのことほうっておかない」

「そんな、友達だなんて……」

「わたしじゃダメなのかな。奈々ちゃんの友達にはなれない?」

「なれるからダメなんだよ。またなくしちゃったらって思うと、私……」

 

 友達になりたい。今日、梢にも同じようなことを言われた。あの時、私ははっきりと彼女に頷くことはしなかった。私も友達になりたい。そう自分の気持ちを表すことはせずに適当に冗談を言って誤魔化した。せっかく仲良くなっても何かのきっかけで関係が損なわれてつらい思いをすることになるかもしれない。また同じ想いを繰り返すかもしれない。私はそれが怖くて怖くてしかたがない。だから梢の方へ一歩踏み出すことを躊躇した。

 思えば穂波川に転校してからずっとそうだった。ノリが違うとか馴染めないとかなんだかんだ理由をつけて私は誰かに深く関わることを避けていた。誰も近づくことができないように自分の周りに柵を作って、その内に閉じこもっていた。

 けれど藤咲は私の作った柵をまるで何もなかったかのようにあっさりと越えてきた。ずるくて臆病な私にそうするのが当たり前のように手を差し出した。言葉をかけた。そんな彼女の春の木漏れ日のような優しさはきっとミケ先輩や理瀬先輩たちが私に向けてくれていたのと同じものだ。だからこそ私はいっそう怖くなる。惹かれずにはいられない温かさにまた触れて、またなくすことを恐れずにはいられない。

 

「そっか……。奈々ちゃんは怖いんだね」

 

 核心をつく藤咲の言葉に私は肩を震わせた。彼女はもうわたしの心の内をすっかり見透かしているようだった。ねえ、と藤咲が問いかける。

 

「奈々ちゃんは先輩たちといっしょに過ごした時間を後悔してる? なかったことにしたいと思ってる?」

「そんなこと……」

「思ってないよね。だって奈々ちゃん、いつも桜のヘアピンを付けてるもん。先輩にもらったものだって言ってたよね。それを大事につけてるってことは奈々ちゃんにとって先輩たちとの時間がそれだけ大切なものだったからだよ」

 

 握った手にほんの少し力を込めて藤咲は続ける。

 

「確かにどんなに仲が良かったっていつかは離れてしまう時が来るのかもしれない。それは怖いことかもしれない。でも後で振り返った時、それでも一緒にいてよかったと思えるだけの何かが心の中にあったとしたら、それでいいとわたしは思うな」

 

 藤咲の言葉に私は息を呑んだ。きっと家族の絆はもう戻らないだろう。先輩たちとの関係だって、藤咲は壊れてないように言うけれど私には自信がない。けれど、たとえ繋がりが切れてしまったとしても、それまでに共に過ごした時間が、交わした言葉が、触れ合った感情が嘘になるわけじゃない。お父さんやお母さんと一緒に遊んだこと。ミケ先輩や理瀬先輩と笑い合ったこと。私の中に残るいくつもの大切な記憶が藤崎の言葉を肯定する。

 

「もう一度言うね。奈々ちゃん、友達になろう。それで楽しいこといっぱいしよう。もしいつか絆が切れたとしても――それでも友達になったことを後悔しなくて済むくらいに楽しいこと、いっぱいしよう」

 

 藤咲のきらきら輝く瞳が私を見つめる。彼女のまっすぐな言葉が胸を打つ。私はもう一度誰かと繋がることができるだろうか? いつか失ったとしても、それでも結んだことを後悔しない。そんな繋がりを持つことができるだろうか? 気がつくとほろりとこぼれた涙が私の頬を伝っていた。

 

「でも、でも……、私にはそんなふうにする価値も資格も――いたっ!?」

 

 しゃくりあげながら言う私の額をこつんと藤咲が小突く。

 

「もうそういうことは言わないの。わたしが奈々ちゃんのこと大事に思ってるんだからそれでいいじゃん。わたしだけじゃないよ。繁さんも早苗さんもそう。それにきっと先輩たちだって今も奈々ちゃんのこと大事に思ってるよ」

「そうかな」

「そうだよ。先輩たちにいつか会いに行こうよ。わたしがいっしょに行ってあげる。奈々ちゃんの気持ちを伝えて、ごめんなさいして、また始めればいい。それでもし、万が一、駄目だったとしてもその時はわたしが慰めてあげる。こうやってぎゅってしてあげる」

 

 そう言って藤咲は私を抱き寄せた。いつかミケ先輩が私にそうしてくれたように、藤咲は優しく私の背中を叩いた。

 

「お節介すぎだよ……」

「わたしは生徒会長だから。悩める生徒に手を差し伸べるのは当然のことなのだ」

「なにそれ」

 

 私は笑った。そしてしばらく藤咲に抱かれながら小さな子どものように泣いた。

 

                      ***

 

「私、生徒会室に戻るよ」

 

 しばらく泣いた後、私は涙を拭いて立ち上がった。胸の内には一つの決意があった。藤崎は心配げな声を出した。

 

「大丈夫なの?」

「わかんない。でもいいかげん吹っ切らないといけないことだから」

 

 すべてのきっかけとなった決勝戦の日から、私の心の一部はずっと止まったままだ。あの夏の記憶を乗り越えない限り、私はいつまでたっても気持ちに整理をつけられないし、きっと前に進むこともできない。

 

「そっか……そうだよね」

 

 私の言葉にうなずいた藤崎の表情は陰っていた。

 

「どうしたの?」

「うん……わたしは奈々ちゃんが麻雀打ってる時、何もしてあげられないから。さっき友だちとか生徒会長とか偉そうなこと言ってたのに」

 

 藤咲がしょんぼりしたようにうつむいたので私は困ってしまった。藤咲はそんなこと気にする必要なんて全然ない。私はあの夏の日から今日まで自分を責めてばかりで、本当の意味で自分のしでかした罪や心の内にある問題と向き合おうとしていなかった。藤咲はそんな私に手を差し伸べて、それが間違いだと気がつかせてくれた。それだけでもう十分すぎることを私は藤咲にしてもらっている。でも――

 

「じゃあ……わがまま言っていい?」

「わがまま?」

 

 彼女がきょとんとした目をこちらに向ける。

 

「本当はね、私、怖くて仕方がないんだ。またあの夏の記憶に飲み込まれるかもって思うとなんかもう逃げ出したくなる」

 

 向き合うって決めたはずなのに。私が心に掲げた決意の旗はやわらかい砂の上に立てたみたいに不安定で、そよ風でも吹けば倒れてしまいそうなくらい頼りない。ちょっと気を抜くとまた涙が零れ落ちそうなくらい怖くて、立ち上がったばかりなのに足はもう震え出しそうだった。

 

「私は臆病で、情けがなくて。だから藤咲さんが迷惑じゃなかったらもう少しだけ弱い私を支えて欲しい」

 

 これは私のわがままだ。藤咲にはもう十分すぎることをしてもらっていて、なのにさらに何かしてもらおうだなんて。けれど藤咲はそんな私のわがままを聞いて、明るく笑った。

 

「迷惑なんて思ってない。わたしは奈々ちゃんがわたしを頼ってくれたことがすごくうれしい。だからわたしにできることがあるなら言ってほしいな」

「手を……つないでほしいの」

 

 私は藤咲の方に手を差し出しておずおずとそう言った。

 

「私が逃げずに生徒会室に戻れるように前みたいに手を引いて連れてってほしい。それで私が麻雀打つところを見ててほしい」

「そんなことでいいの?」

「うん。藤咲さんがそうしてくれたらがんばれそうな気がするから」

「わかった。連れてってあげる。それで奈々ちゃんのことちゃんと見てる。約束する」

「ありがとう、藤咲さん」

 

 藤咲が私の手を取った。柔らかで温かい彼女の手に触れていると、不思議と心が落ち着いていく。胸に渦巻いていた不安が薄れていく。藤咲が私の手を引いて歩きだす。大丈夫。きっと、絶対、大丈夫。私は短く息を吐きだすと、自分と向き合うための一歩を踏み出した。

 

 

 

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