もしもモルさんが暗殺者だったら   作:コナー

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第五夜

 彼が待たされることとなった応接室は、とても豪奢な作りだった。

 四方に立つ柱は大理石の円柱を削り出して作ったのだろう4体の女神像がそれぞれ部屋の中心に向けて手を差し伸べており、それらを上下から挟む細かな凸凹が刻まれた円柱も名のある彫刻家に削り込ませたのだろう見事な出来栄えだ。その間に渡された四枚の壁もやはり大理石製であり、一つ一つ正確に切り出された正四面体のブロックが隙間無く詰められたそれらが厳正な雰囲気を醸し出している。

 視線を下方に移せば、そこにあるのは曇り一つ無い硝子製の机と、その下敷きになっている、上質な絹で織られたらしい手の込み入った幾何学的な模様のカーペット。更にそこから前を見れば、対面の自分が今座っているものと同じ、包み込むように柔らかな綿が詰め込まれた金装飾付の大きなソファーが横に広がっている。

 そんな今回の“旦那様”の屋敷の応接室と、ここ(チーシャン)から南東に馬で1,2週間程のところにある自分の採掘砦(アジト)の、文字通り掘り込んだ末に適当な調度品を拵えただけの歪な部屋とをつい比較してしまい、組んでいた足の上で頬杖を突いてファティマーは溜息を吐くのであった。

 

「流石は一つの都市を任せられた男、とでも言うべきなのかしらねぇ?」

 

 誰にというわけでなく呟いたその問い掛けに、はぁ、とだけ後ろで控えている手下二人の片方が気の無い返事をする。

 ――全く、日陰者には羨ましい限りだわ。

 そう心中で嫌味を呟いていたところで、ようやく“旦那様”がお見えになった。

 

「やぁゴメン。待たせたね」

 

 朗らかな笑みを浮かべながら応接室の入り口を潜ってきたのは、一人の青年であった。

 容姿自体は至って端麗で理知的。やや太めの眉と垂れ気味の細い目が育ちの良さを感じさせるが、かとなく“お坊ちゃん”っぽさも滲み出ている。

 背が高く、細い身体に纏う白のローブと黒紫の上着は絹のツヤが照り返す上物ではあったが、悪く言えばその“お坊ちゃん”っぽさにより拍車を掛けていた。

 といっても、実際のところは二十代始めの若造ながら、なかなかの敏腕らしいのだが。

 そんな風に、事前の客先調査の結果を思い浮かべながらその姿を目で追っていたファティマーの体面のソファーの真ん中に座るや、大きな欠伸を一つ掻いてから青年が自己紹介をした。

 

「さて、遠いところから態々ご苦労だったね。この“チーシャン”の領主を務めさせてもらっているジャミルだ。宜しく、ファティマー君」

 

「こちらこそ、旦那様」

 

 さも恭しく聞こえるように口調を整えた言葉と共に一礼をした後、社交辞令として握手をするために、机の上にファティマーは右手を差し出した。

 だが、その手をジャミルが握り返す気配は無く、まるで気づいてないかのように再び大口を開けて欠伸をしていた。

 本当に気づいていないのか。それとも、自分のような下賤な輩と握り合う手は持っていないという事か。

 何にせよ、握り返す相手のいない手をいつまでも突き出していても所在無いだけなので、その行動に感じた不満を押し殺してファティマーは手を引っ込めた。

 その間に、三度目の欠伸を終えたジャミルが目尻に滲んできた涙を手で拭っていた。

 

「随分と眠気が溜まっておられるようですわね。徹夜でお仕事でも為されたのかしら?」

 

 嫌味を多分に込めて投げたその問い掛けに、特に不愉快そうな素振りも無く、眉間を揉み解しながらジャミルが返答する。

 

「ん゛~? ああ、まぁね。仕事じゃあないけど」

 

「あら? でしたら、想い人との夜のお付き合いかしら?」

 

「生憎、そういう類の女はいなくてね。それに、仕事じゃないとはさっき言ったが、同じくらい重要な事なんだ。ここ最近は暇が出来たらそればっかりで、どの道そんな暇は無いのさ」

 

 ふっ、とジャミルが小馬鹿にしたような鼻笑いをする。

 ファティマーもまた、

 

「あらぁ、そうでしたの。お仕事並にお忙しいとは、余程ご重要な事を為さってられるのね。それこそ、私共のような下賤な身の上には理解できないような事を」

 

オホホ、と手を口に当て、さも関心したような笑い声を上げつつ、皮肉を返して見せた。

 やはり、言葉の裏の棘に気分を害すような素振りはジャミルには見られない。

 それどころか、彼の言葉と笑い声に気を良くしたように満面の笑みを浮かべながら、得意気に“何をしている”のかを語ってくれる始末だ。

 

「アッハッハ、その通りだよ君ィ。今僕がやっているのは、君達平民には到底及び付かない崇高な目的のための、その下拵えなのだよ」

 

「まぁ。それは凄いわぁ。して、その偉業とは一体どのような事なのかしら? 是非とも卑しい私めにもお教え頂きたいですわ」

 

 そんな軽い“旦那様”への口ばかりの称賛を送る傍ら、ファティマーの本心は冷めていく一方だった。

 崇高な目的とやらはともかく、その下拵えとやらが何なのかは大体想像が着く。

 手下どもに事前にやらせていた調査で分かったこの男の最近の身辺状況が無くとも、“態々彼を名指しで呼び出す”ような輩のやっていそうな事なんて簡単に察しが着く。――頭に浮かぶ過去の記憶が、腹の底にムカツキを感じさせる。

 最も、そんな内心は億尾に出す事も無い。

 彼とて、長い事“この道”を続けて来たプロなのだ。そんな事で“旦那様”の機嫌を損ねるようなヘマをしていた時代は、当の昔に終わらせている。

 

「そうかそうか、気になるか。――何の事はない、唯の“躾”さ」

 

「“躾”?」

 

 ああ、やっぱりね、と分かり切っていた下拵えの意味に心中で嘆息しつつも、さも分からなかったというように目を見開いて見せる。

 

「そう、“躾”。ここ最近、奴隷()を買い込んでてね。“あの方”がお見えになるまでに使い物になるように調教しているんだけど、これがなかなか難航してるのさ」

 

 金飾りの枠が付けられたソファーの背に回していた掌を翻して、ジャミルが肩を竦めて見せる。

 

「特に、え~と、ぶー、ぶー……ああ、ブータロウ!」

 

 よっぽどどうでもいい名前だったのだろうか。頭の片隅からどうにか引き摺り出して来たらしい様子だったが、あまりに間抜けすぎるその響きに、多分それは間違っているだろうとファティマーは悟った。

 されとて、それを指摘する気はない。ヘタに刺激して機嫌を損ねる可能性を考慮したのもあるが、それ以上にそうする義理が無かった。

 

「そのブータロウっていうね、顔が汚くて品が無いんだけど、それなりに美味い葡萄酒を売ってくれる奴がいたんだよ。彼、そのついでで何度か奴隷も持って来てくれた事があるんだが、全然“躾”が行き渡って無くてね。2,3日前に連れて来た(メス犬)なんかもまるで自分の身分を理解してなくてさ」

 

 そこまで聞き流していてファティマーだったが、それ以降は一端話が終了するまで浮かべていた作り笑いを止めることにした。

 まるで世間話でも聞かせるような口調で話しているジャミルが、その実、自分の世界に完全に入り浸っている状態である事に気付いたからだ。

 

「酷かったんだよコレが。この僕を引掻こうとしたり、人でなし呼ばわりしたりさ。正直処分してやろうかと思ったけど、高い金出して買ったモノ早々に捨てるのも癪だろ? だからさ、裸にして壁に大の字で括りつけてやってからさ、鞭で引っ叩いたり、窒息寸前まで他の奴に、糞尿に顔突っ込ませさせたりしてやったんだよ、一晩中。そしたら、ようやく自分が人間様以下の存在だと学んだんだ。たかが奴隷なんぞに貴重な時間を割いてやった甲斐があったっていう――って、聞いてる?」

 

「ええ、もちろんですとも。御苦労お察し致しますわ」

 

 途中から聞いていなかったのは言うまでも無い。

 だが、そんなことは関係無い。

 要は、咄嗟に愛想笑いを浮かべてそう返したことで、自分の“武勇伝”に感心させる事が出来たと誤解した“お坊ちゃん”が更に気を良くしたという、その結果が大事なのだ。

 そうしておけば、この手の人間にありがちな“気まぐれ”による被害は、とりあえずは避けられるからだ。

 

「だろぉ? ――だけど、そんな僕の努力を邪魔しようとする不埒者がいてね」

 

 不意に、ケラケラと無邪気な笑いを浮かべていたジャミルが不愉快そうにすっと通った鼻の上に皺を寄せる。

 

「まぁ、旦那様の崇高な行いにケチを付けようだなんて! 一体その不届きな輩は何者なんですの?」

 

 さも憤慨したように声を張り上げて問い質すファティマーだったが、その不埒者とやらについては心当たりがあった。

 故に、その不埒者について吐き捨てたジャミルにしてみせた頷きだけは、演技では無かった。

 

「――“アサシン”だよ」

 

 今この街(チーシャン)で噂される、暗殺者。

 “アクティア王国”南西の山間部に構えられた“マシャフ”砦の主、山の翁からの刺客。

 一週間ほど前に現れ、瞬く間に多くの被害者を出したという暗殺者の話は、特に調査を行わなくともファティマーの耳にも届いていた。

 同業者達の、ましてや業界の有名所達の悲報等、放っておいても彼の部下なり、得意先の競売屋なり、採掘砦(アジト)を共有する盗賊なりを通して伝わってくるからだ。

 

「これまでの被害を受けたのは、君と同じ奴隷商人。それもこの僕が直々に呼び出した、“評判の良い”連中達さ。それが、この街に到着して瞬く間に連れていた傭兵共々抹殺され、僕が買う筈だった奴隷は全員横取りしていきやがった。――いや、そいつらだけじゃない」

 

 そう、彼らだけじゃない。

 他にも、“チーシャン”を最期に行方が分からなくなった同業者達がいる。

 最も伝わっていたのはその内1,2人程度で、続いて伝えられた実際の数については素直に驚くことになってしまったが。

 

「呼んだきり来る気配も無くて気になっていたんだが、昨日ブータロウが拉致されたと聞かされてやっと分かったよ。――あと5人、いや6人分、僕が贔屓にしていた連中の死体が、僕の領地の何処かに“不法投棄”されている。おまけに僕の奴隷(モノ)まで奪われていた、と」

 

お蔭で、早々に業界内では『“チーシャン”は奴隷商人を食らう街。迷宮(ダンジョン)と活気を囮にした、“アサシン”の狩り場。死にたくなけりゃ近づくなかれ』等という噂がごく僅かながら囁かれ出す有り様だ。

 これで、更に有名所が一人でもこの街で死ぬ事になれば、いよいよ持って“チーシャン”に奴隷商人が訪れる事は無くなるかもしれない。少なくと、これから先1,2年は。

 いや、これ以上被害が続くようなら迷宮(ダンジョン)目当てに訪れる観光客や冒険者の足も遠退いていくかもしれない。そういう人間によって発展してきたこの街、ひいてはそこを治める領主にとっては、間違いなくそれは痛手だろう。

 最も、奴隷を虐める事が好きらしいこの“お坊ちゃん”にとっては、領土の衰退よりも奴隷商についての方が由々しき問題かもしれないが。

 

「度し難いものですわね」

 

「ああ、全くだ。奴隷以下の狂犬のくせして、本当に憎たらしいよ。おまけに、そいつに託けて人の奴隷を盗もうなんて不届きな輩まで出てくる始末だし……。もし捕まえられたなら、最低でも体中の皮を剥いで、剥き出しにした肉に塩と唐辛子の粉末を塗して、四肢を切り取ってやって、断面に汚物を塗りたくって、滅多刺しにして、(メス)なら野良犬共の慰み者にして……!」

 

 次第に口調に険呑さを纏わせていくジャミルの目には、先程までの“お坊ちゃん”ぶりとは打って変わった、鋭く冷酷で、それでいてねちっこい光が見えた。

 毒牙と長い身体で何処までも獲物を追い、猛毒と締め付けで徹底的に苦しめてから飲み下す毒蛇のそれと似たその眼光に。

 ほんの一瞬、本当に極々僅かではあったが、確かに背筋を走る寒気を感じ、ファティマーは眉を顰めた。

 

「ともかく、自分から死ぬ事を懇願するくらい痛めつけて、それから錆びだらけの鋸でゆっくり首を落としてやるくらいの罰は与えないと。それぐらいはしなきゃ、この僕をこうまでコケにした罪は到底罰し切れない!」

 

 サディストなのは事前調査は元より、先程の自分の世界に入り浸った世間話に出て来た奴隷の話でも分かっていた事だが、こんな目が出来る男とまで思っていなかった。

 そんな意外なジャミルの目が、それまで感じていたものとは違う不快感を自らの心の中に根付かせた事に、この時まだファティマーは気付いていなかった。

 気づいてはいなかったが、次第に皺を刻んでいく眉間という形で、その不快感は徐々に表に現れ出していた。

 そんなファティマーに気付かず、再び自分の世界にのめり込んだように憎悪の籠った口調で語っていたジャミルだったが、そこまで言い切った途端に、

 

「――と、本当ならそう考えていたさ」

 

掌を返したかのように楽観とした、元の“お坊ちゃん”の口調に戻っていた。

 その事が、はっと自らが浮かべていた険しい表情をファティマーに気づかせた。

 良くは分からないが、何か心変わりするような事があったらしい。

 それが何なのかを、取り合えず営業スマイルを作り直し、場の流れに従って問い質そうとしたファティマーの口はすぐに閉じられた。

 他ならぬジャミルが、それも御丁寧に述べてくれたからだ。

 

「例の“アサシン”について、分かっている事が三つある。神学者じみた白いローブを着ている事。何処からともなく現れては、どこから出したかも分からない刃物で事を済ませ、途轍もない速さでどこかへ去っていく事。そして、顔を隠すフードから漏れている髪が、“赤い”事」

 

 “赤い髪”。

 特に揚々とした調子でその特徴を彼が挙げた時、奴隷集めが御趣味な“お坊ちゃん”が何を言わんとしているかを瞬時に理解したファティマーは心中の苦笑とは裏腹に、さもはっとしたような素振りを見せつつ音頭を取ってやった。

 

「――“ファナリス”」

 

「そう。“アサシン”の正体は“ファナリス”。あの暗黒大陸を馳せた、伝説の狩猟民族。そう、僕は睨んでいるのだよ」

 

 予定通りの返答が返って来て満足げなジャミルを見るファティマーの目は、詰まらない道化を眺めるように冷たい。

 

「そこでファティマー君。本来僕は君から適当な奴隷を何人か買ってやるだけのつもりだったが、それは後回しにして、一つ仕事を頼まれて貰いたいんだ。勿論、無事成功させれば報酬も与えるつもりだ」

 

 徐にソファーから立ち上がり、これが本題だ、と言わんばかりに後ろ手に腕を組んだ背を向けるジャミル。

 一方で、完全に時間を無駄にさせられた事を悟り、鼻白んだ視線を隠す事無くその背に浴びせつつ、彼の告げる“仕事”をファティマーは半ば聞き流していた。

 

「“アサシン”を捕獲して来てくれたまえ。僕が“王様”となるために」

 

 

 

 場所は移り代わり、“チーシャン”東の貧民街(スラム)の、その西端。

 一般市民が居住する住宅街と隣接しているその地域へ、一目に付かぬよう物影に隠れながら彼は移動していた。

 一束前髪が跳ねた金髪。あまり高いといえない背が高くなる事を期待して買い、そうなるまで引き摺らないように裾を結んだ白い上着を纏い、その下の腹を覆う帯から購入時の値段相応の装飾が施された金色のナイフの柄を覘かせる10代後半の少年。

 アリババ・サルージャであった。

 

「……誰もいないな、と」

 

 背後とその周辺を見渡し、その場に自分以外の人間がいない事を確認したアリババは安堵の息を吐き、両手の中に抱えた物を見下ろした。

 瑞々しい赤色の皮に太陽の光を反射させる3個のリンゴがそこにあった。――それが、どうにか手に入れた今日の朝食であった。

 少し、いやかなり侘しい気分に駆られた。

 昨日の不幸な出来事のせいでなし崩し的に夕食を抜いた末のすきっ腹ともあれば、なおの事であった。

 それこれも、全て“奴”のせいだ。

 

「くっそ~ぉ、“アサシン”めぇ……!」

 

 昨日のブーデルからの因縁付けの際、何処からともなく現れた暗殺者。

 あれから行方の分からない大豪農を連れ去った張本人にして、アリババ達が因縁を付けられる原因となった奴隷の少年をも誘拐し、ついでに奴隷泥棒の冤罪を彼らに押し付けた憎きハシシ(麻薬)野郎。

 どうにかこの場にはいない連れ――アラジンが解き放った“ジン”――神話に出てくる、金属器に封じられているとされる精霊――によって町警史達の包囲網から逃げ遂せたのも束の間、瞬く間に街中で指名手配される事となっていた。

 お陰で“チーシャン”の住民街の一角にある彼の自宅は、現在町警史達の警戒下。帰る事が出来なくなっただけでなく、街中の壁という壁にアリババ達の手配書が貼られ、彼らの冤罪を広めるふれ役がそこら中で大衆に呼び掛けている。物一つ買う事すら困難な有様だ。

 そんな中で、“アサシン”だけでなく自分達まで飢えた狼のよう歯を剥き出しにして捜索する町警史達の目を掻い潜り、尚且つ手配書が周囲に無く、ふれ役も近くにいない店を見つけて迷宮(ダンジョン)攻略の装備を整える等まず不可能。手元にあるような少ない朝食を調達して来るのが、アリババの精一杯だった。

されとて、彼が背負った多額の借金も未だ健在だ。如何に請求者であったブーデルが消息不明であろうが、元々それは“チーシャン”の領主に届けられるべき葡萄酒の弁償代だったもの。故に、アリババの借金は帳消しになったわけでは無く、返済先が彼から、悪名高い領主に移っただけに過ぎない。

むしろ、より悪質な相手に首根っこを絞められるハメになった事も、それどころか装備を整えるどころの話ではない絶賛犯罪者扱いの現状も省みれば、悪化しているといえた。

そんな経緯があって、一夜も経たぬ内に追われる身となってしまったアリババ達が寝床として昨日の夜を過ごす事となったのが、人っ子一人居ないこの街の貧民街(スラム)であった。

 普段から近寄る事も無かったため、そこが所謂ゴーストタウンと化していた事は奇妙に思ったが、お陰で手配書もふれ役も町警史もいないだけでなく、ボロとはいえ夜の砂漠の寒気を凌げる住居を勝手に使う事も出来た貧民街(スラム)は身の隠し場所としては最適だった。

 そういう訳で、一夜を過ごすこととなった民家に待つ連れの下へと向かうため貧民街(スラム)の奥へ歩みつつも、アリババはぼやき続けていた。

 

「マジでどうしたモンかなぁ。――いっそ、今から迷宮(ダンジョン)行こうかなぁ?」

 

 と、冗談めいて言ってみたものの、それを実行する気は全く無い。

 迷宮(ダンジョン)攻略は生易しいものでは無い。完全武装した幾十、幾百もの重装兵団が入ったきり一人も帰って来ないなどいうことはザラという、過酷極まる世界なのだ。

 ましてや、最初から資金不足で、ようやくアラジンという一抹の希望を手に出来ただけのアリババである。これで碌に装備も整えずに迷宮(ダンジョン)に突入しようものなら、十中八九彼らも晒す事すらない骸の群れに加わることとなる。

 希望を手に入れたなら、それを無に帰さないためにも、なおの事打てる手は全て打っておくべきなのだ。

 それが分かり切っていて、しかしこのままでもどつぼに嵌っていくだけであり、そんな状況を好転させる手もまるで考え付かない。

 詰まる話八方塞であり、途方に暮れた心境そのままの乾いた笑いを無意識に漏らしつつも、寝床にしていたボロ家がようやくアリババの視界に入った。

 それと同じくして、

 

「あ! おかえりアリババくーん!!」

 

待ち切れなくてボロ家の外に出ていたのか、昨日の不機嫌さとは打って変わった無邪気な笑顔を浮かべ、彼目掛けて一目散に駆け寄ってくるアラジンの姿であった。

 

 

 

「おー、アラジン」

 

 ただいまー、と上げた右の掌と共にアリババが返事を返す。

 見れば、彼の左脇にはリンゴが3個だけ抱えられている。

 

「わ~ぁ! もしかして、それが朝ゴハンかい?」

 

「おお、そうそう。どうにかこれだけ手に入ってな。少ないけど、これで我慢してくれよ」

 

 若干申し訳なさそうにしながら、三つのある赤くて甘そうな果物の一個を手渡すアリババに、三つ編みにして縄のようになった後ろ髪をぶんぶんと振り回してアラジンは否定する。

 

「何で我慢なんてするんだい? このリンゴはアリババくんが頑張って買ってきたものじゃないか。それだけで僕は十分うれしいよ!」

 

 誰かが自分のためにした行為に素直に礼を返すことはあっても、得てきた物が多少少ないからと非難するような思考はアラジンの頭には存在しない。

 ましてや、

 

「それに僕達、“友達”じゃないか!」

 

それが“友達”とあっては。

 そういう訳で、満面の笑みを浮かべながら、人から見れば大仰なほどにその喜びを表現する仕草を交えながら、アラジンはリンゴを受け取った。

 それに対し、かとなく引き気味に応対したアリババだったが、不意に大きな溜め息がその口から吐き出された。

 

「? どうしたんだいアリババくん?」

 

 受け取ったリンゴの甘い果肉をま゛り゛ま゛り゛と齧りながら問い掛けるアラジンに、もう一度溜息を吐きつつ別の家の入り口の階段に腰掛けてから、心底参ったと言わんばかりにアリババが答える。

 

「なぁアラジン、これからどうすっか?」

 

「どうするかって、何を?」

 

「昨日も話したけど、俺達、奴隷泥棒ってことで今やお尋ね者だ。ちょっと街歩いただけで、町警史(ワリ)どもが血眼になって追っ駆けて来るような状態だ。そんな今の俺達じゃ、周りの目掻い潜ってこのリンゴ買ってくるのが関の山。迷宮(ダンジョン)攻略の準備なんて悠長にやってられる状況じゃねぇ」

 

 深刻気に現状を語るアリババに、アラジンもリンゴを齧るのを一端止め、重々しげに頷き返す。

 正直な事をいえば、アリババの言葉がどういう事なのか、彼は良く分かっていなかった。それを理解するための知識が、“大切に育てられてきた”彼には圧倒的に足りない。

 ただ、断片的に“自分達の立場がとても危うい事”と、“そのせいで迷宮(ダンジョン)攻略に大きな支障が出た事”は理解できた。そうなってしまった原因が過去の自分の行動にあった事も、また然りだ。

 といっても、その原因が“奴隷の少年の鎖を切った事”だとまでは未だに辿り着けていない。アラジン自身としては完全な善行であったため候補から除外されており、その事についてアリババからも言及されない――もとい、実際に連れ去った“アサシン”へ意識が向いているせいで頭の片隅に追い遣られて言及しようがなかったため、辿り着きようが無かった。

 

「かといって、このまま手ぇ拱いていてもどうしようもねぇ。借金は健在だから、このままじゃ遠くない内に社長やバイト先の皆が奴隷にされかねないし、ここがバレて御用ってならねぇ保証も無い」

 

「そっか……。あ、じゃあ今から迷宮(ダンジョン)に行くっていうのは?」

 

 続けられるアリババの説明に、う~ん、と唸りながら捻った頭に浮かんだ妙案を提案してみたが、すぐに左右に振られた彼の首にそれは撥ね退けられる。

 

「いや、ダメだ。迷宮(ダンジョン)攻略は準備が重要なんだ。碌な準備も出来ていない今の俺達が挑んだところで、きっと死ぬだけだ」

 

「でも僕達には“ウーゴ”くんがついているよ?」

 

 そう言って、首下の円と奇妙な文字群に囲われた八芒星が刻まれた金色の笛を突出し、そこから出て来るアラジンの最初の友達を指し示して見せる。

 一度現れば、その大きくて強い身体で彼の力になってくれる、心強い一番の“親友”を。

 にも、変わらずアリババの返答は左右に振られる首だった。

 

「確かに、お前のジン(ウーゴくん)はスゴいよ。俺らが町警史から逃げ切れたのも“ウーゴ”くんのおかげだしな。だけど、それだけで攻略出来る程迷宮(ダンジョン)は甘く無いんだ。出来るだけの準備はやっておかねぇと、本当に死にかねない。そういうモンだ。かの有名な“シンドバットの冒険書”にもそう書いてあるんだから、間違い無い」

 

 アリババもまた、ウーゴの事を何度も目にしている。その大きさも、その力も、何度も目の当たりしている筈だ。現に、彼の言葉はあくまでウーゴの事を認め、賞賛している。

 それでなおこう言われたとあっては、一昨日に初めて迷宮(ダンジョン)の存在について彼に教えられたばかりのアラジンにはもう返す言葉は無い。そういうものなのだと、渋々自分に言い聞かせて引き下がらざるを得なかった。

 そうして黙り込んだところで、不意にアリババがガリガリと金髪を掻き毟り出した。

 

「――あー、クソっ。それもこれも、全部あの“アサシン”のせいだ。攫ってくのがブーデルだけなら良かったのに、あのガキまで一緒に連れてったせいで関係無い俺達まで“誤解されて”この有様だ!」

 

 クソッタレ、と最後に吐き捨てた彼のその言葉が耳に伝わった時、魚の小骨が喉に引っ掛かったような感覚がアラジンの頭を過った。――“誤解されて”?

 

「ねぇアリババくん? 僕達“誤解されて”いるのかい?」

 

「え? ――いや、そりゃ、元はあのガキの鎖切ったのは俺ら、つーかお前だし、“アサシン”来なかったらブーデル殴ってもっとヤバイ事になってて……い、いや! それだけなら、まだ言い逃れのしようはあったんだ! “アサシン”が奴隷のガキもお持ち帰りしたから、“周りに誤解されるハメになった”んだ! うん、そうだ! そういうことなんだアラジン!」

 

 少し迷うような素振りが見えたような気もしたが、最終的にはキッパリと言い切って忙しなく頭を上下させるアリババに、確かな確信をアラジンは得ていた。

 更にその確信が、まだまだ常識というものが欠けている彼の頭の中で、瞬時に新たなる妙案へと昇華していく。

 至極簡単にして、至極最適な解決策へと変化していく。

 

「だったら簡単だよ! 僕達の“誤解を解いて貰えば良い”んだよ!」

 

 これ以上は無いその解決策を、すぐさま声を上げて堂々と彼は発表して見せた。

 その意味が分からなかったのか、は、という間の抜けた声を洩らすアリババを後目に、すぐさま頭に巻いたターバンに付いている赤い宝石に、アラジンは手を掛ける。

 

「――あ、あのアラジン? ご、“誤解を解いて貰う”って、誰に?」

 

 留め具となっているそれを引っ張り、そうすることによって解けたターバンにすかさず自身の“お腹の力”を与え、自分とアリババの足下に展開。

 そうして二人の少年が乗るのに十分に広がった“魔法のターバン”に足を掬われて尻餅を突いたアリババからの絞り出したような問い掛けに、彼がいない間に見た事をまだ伝えていなかったのをアラジンは思い出した。

 

「実はね、アリババくんが居ない間に“あのお姉さん”があっちの家の屋根を走って、街の方に行くのを見たんだ。だから、今から行けばきっとまた会えると思うんだ」

 

 そう、確かに見た。

 今自分が指差している方向――彼らがいる場所から北の、奥の方の家屋の屋根を物凄い速さで伝っていく“彼女”の姿を。

 あの優しそうな“彼女”なら、きっと自分とアリババに掛けられた誤解を解いてくれる。――そういう確信めいた考えが、アラジンの中にあった。

 

「あ、“あのお姉さん”? い、一体誰だそりゃ? そんな奴、俺知らな――」

 

「ううん、アリババくんも知ってる人だよ」

 

 それに、あの“がんじょうなへや”から出た後の旅の中で出会った誰かが言っていた。――“善は急げ”、と。

 今から自分達がやる事は、唯“誤解を解いて貰う”だけで、これは悪い事では無い筈。

 なら、その言葉に従って急ごうではないか。

 

「探しに行こうよ、アリババくん。――あの“アサシン”のお姉さんを!」

 

 そう告げるや、先程と同じ、しかしそこに込められた意味が先程とは大きく異なった、は、という間の抜けた声が再びアリババの口から洩れた。

 彼らの乗った“魔法のターバン”が、どこかにいるであろう“アサシン”目指して“チーシャン”の街の上空へ急速上昇を始めたのは、それから間もなくの事であった。

 

 

 

「あーあ、バカバカしい」

 

 ジャミルとの会談を終えて、大通りへ続く裏路地へ入ってから約15分、彼の屋敷が見えなくなるや、口紅の塗られた口をファティマーは歪めた。

 その後ろに追従する、彼が左肩から垂らしているのと同じ赤茶色の毛皮を首元や腰に巻いた部下二人が、思い出して吹き出しそうになるのを堪えながらファティマーに相槌を打つ。

 

「“アサシン”は“ファナリス”で、しかも髪が赤いから、ですしね」

 

 赤い髪だから何だというのだ。確かに“ファナリス”の特徴の一つであると共に滅多に見ない色合いではあるが、それだけで“ファナリス”と言い切るのはバカバカしいにも程がある。

 

「あと、“アサシン”は逃走の際に家屋の屋根や高台なんかに、いとも容易く登ってみせるから、とか何とかとも言っていましたよ」

 

 確かに、根拠はもう一つあったようだ。

 だが、それでも答えは“否”だ。

 “アサシン”というのは、そもそもそういう事が出来る連中だ。ちょっとした高所くらい、彼らにとっては隠れ場所、あるいは逃走経路でしか無い。

 あらゆる場所を進み、あらゆる場所に隠れ、あらゆる場所から標的を仕留める。そういうことが出来るように訓練された連中なのだ、“アサシン”とは。

 詰まる話、あの“お坊ちゃん”が“アサシン”の正体を“ファナリス”と言ってのけた、その論理はお話にならないものなのだ。

 

「領主サマともなれば自分の領(チーシャン)にほとんど居座りっきりだろうし、仕方ないのかもね」

 

 元々、この街では“アサシン”による被害はほとんど無かったそうだ。となれば、この男は例の奴以外の“アサシン”について耳にした事も無いかもしれない。

 それで、高所に容易に登って見せた“アサシン”の実績を、常人を超えた強靭な脚力を最大の武器とする“ファナリス”と結び付けるに至った、というのが、その誤認の大方の経緯なのだろう。

 と、推測しては見たが、それを理由に態々部下達へジャミルの弁護をしてやるつもりはファティマーには無かった。

 そう考えが至ったところで、

 

「どの道、あの“お坊ちゃん”は気に入らないけど」

 

内に生まれたあの高慢不遜極まりない若造への嫌悪感が拭い去れるワケでも無い。

 

「そうですよねぇ。握手一つ返さないどころか、ファティマーさんガン無視で話進めちゃったりとか。あそこまで酷い客は滅多に――」

 

「そうじゃあないわ」

 

 もちろん、部下が挙げたような無礼の数々や、こちらの嫌味一つにも勘付かない鈍さもファティマーの嫌悪の理由には違いなかった。

 だが、他の客とてそういった対応を彼達にするものは少なからずいる。奴隷商人自体お天道様の下を堂々と歩けない日陰者が営むような職であり、それが個人の客相手に仕事となれば、大概の相手が人を見下し切った成金だ。ジャミル程酷い客とは会ったことが無いとはいえ、今に始まった事では無いし、そんな事で一々気分を害していてはやってられない。

 にも関わらず、ファティマーの内では当面は消えないであろう、ジャミルへの強い嫌悪感が燻っている。

 その理由は何であろうか。自分より10近くは年下の若造だったからだろうか。

 いや、違う。

 彼には、“何か”があったのだ。自分には無い、“何か”が。

 それを具体的に言い表す言葉は思い付かない。だが、今にして思えば自分はその片鱗を見たのかもしれない。

 自分の言葉に完全に入り切っていた彼にほんの少しだけ見えた、あの毒蛇のような眼光の中に。

 そんなことを思い返している内に黙りこくっていたせいだろう。

 不意に別の話題を振ってきた部下の口調は、どこか気まずげだった。

 

「それはそうとなんですが、例の“アサシン”の捕獲の件、どうします?」

 

「ん? どうするって?」

 

 そういえばそんな話もあったな、と部下の方を振り返り、ファティマーは首を捻って見せる。

 

「いや、流石に“ファナリス”ってことはないと思いますけど、“アサシン”は“アサシン”で厄介な連中ですし。一端採掘砦(アジト)の盗賊共に連絡を取って、準備を整えた方が良いかと」

 

 そう心配げに告げる部下に呆れて溜息を吐き、次いで親指を立てた右手でファティマーは上空を指し示して見せる。

 言葉にして聞かれる事を一応防ぐためのボディランゲージで、何かを思い出したように先程の部下が納得したような頷きを返した。

 彼にそうさせたのは、二階建ての建物の屋根のシルエットに区切られて細長く窄められた青空で旋回し続けている、一対の翼と毒々しい輝きを放つ鉤爪を持った黒い影だ。

 事前にファティマーが飛ばしておいた、彼のペット兼捕獲道具の“砂漠カラス”だ。

 砂漠カラスの爪は大牛も即座に眠らせる強力な睡眠毒が染み出す。それに彼の砂漠カラスはファティマーが呼ぶか、また彼に危害を加えようとする者が現れれば、瞬時に彼の下に飛んで来るように調教済みだ。

 その自分のペットの俊敏さと毒の前には“アサシン”はおろか、“ファナリス”でさえ無力化できるという自負が、いや、“実際にした”事による自信が、ファティマーにはあった。

 といっても、“ファナリス”が出て来る事など十中八九有り得ないが。

 あの人間兵器といっても過言ではない強靭な一族は、その原産地である“暗黒大陸”から既に絶滅したと風の噂で聞いたことがある。現存する“ファナリス”は、そのほとんどが既に奴隷に堕ちた者ばかりだろう。

 ましてや、そんな身の上の者が“アサシン”になっているなど、眉唾もいいところだ。

 それに“お坊ちゃん”のご依頼は『“アサシン”を捕まえて来い』だ。“ファナリス”で無かろうが、ともかく“アサシン”をひっ捕らえて目前に晒してやれば、それであの嫌な旦那様との仕事は終わり。

 “お坊ちゃん”からすれば不本意極まりないだろうし、期待外れの“アサシン”が地獄を見せられる事になるだろうが、当のこっちは連れてきた奴隷の代金にちょっとしたボーナスまで付いてくるのだから、何も不都合は無い。

 

「どうせ向こうから来るんだから、ゆっくり待つとしましょう。“アサシン”を」

 

 彼らが“チーシャン”に到着したのは今日の明朝だったが、既に“アサシン”にその存在を知られている可能性は十分にある。いずれ襲ってくるだろう事を予測するのは容易い。

 されとて、生半可な奴に解除されてしまう程、こちらが仕掛けた罠も()()()()()()。獲物が罠に飛び込むその時を、気長に待てば良い。

 それまでは、精々談笑なり観光なりしながら、“アサシン”を誘き寄せる囮になってやろう。

 それで、何も問題は無い。

 

「――にしても、とんだ“崇高な目的”だったわねぇ」

 

 部下への無言の説明を終えて大通りの方へ向き直るや、急に頭に浮かんで来たジャミルとの商談の後半部分に、ファティマーは鼻を鳴らした。

 例の仕事の依頼が言い渡された後、彼らが引き連れて来た奴隷達の取引も終了して悦に浸っていた“お坊ちゃん”に、度々口に出していた“崇高な目的”とやらについて尋ねてみたのだ。

 理由は特に無い。ただの気まぐれであり、敢えてそれ以外の理由を挙げるなら、ほんの少しばかりの興味本位といったところか。

 だが、話すべきか否か躊躇するような素振りの後、

 

『いいだろう、“アサシン”捕獲の依頼を受けてくれた、その前金代わりだ』

 

と踏ん反り返られてから教えられたそれには、唯でさえ良くなかった彼の印象を更に下降修正せざるを得なかった。

 想像もつかない程の大枚を叩いて奴隷を集めたその理由が、紛いなりにも一つの街を任され、周囲の眼差しを羨望のみに染めるには十分な富と権力を持った男が抱くにはあまりにもチープで、あまりにも幼稚で、それでいてあまりにも困難な“野望”だったからだ。

 

「なーにが“迷宮(ダンジョン)攻略”よ、そこらの命知らずな冒険者(バカども)と変わんないくせに飾り立てちゃって。王様がどーとかなんて知らないけどさぁ、欲の皮張り過ぎだわ」

 

 ぺっ、と唾ごと石畳の地面にその台詞を吐き捨てる頃には、路地の出口から差し込む明るい陽光に照らし上げられるところまでファティマー達は辿り着いていた。

 思わず手を眼前に掲げる程に眩しい光が、目に差し込んでくる。

 同時に、鬱屈としていた気分を浄化させていく心地よさも持ち合わせたその光に、無意識に赤く塗られた唇をファティマーは微笑ませていた。

 その光から感じる暖かさが、ほんの僅かな時ではあったがジャミルへの嫌悪感も、請け負った“アサシン”の捕獲任務の事も、何もかも彼の頭から忘れさせた。

 当に通り過ぎて彼らの後ろ5m程の位置に後退していた石製のベンチの存在などに至っては、当然の如く最初から意識外だ。

 

 

 

 だから、彼が気づくことは無かった。

 今も上空を旋回していた筈のペットが、眩い白一色の太陽の中から、彼と部下の間の地面目掛けて変わり果てた姿で墜落してくるその時まで。

 角が削れて丸くなっている件のベンチから腰を上げ、日光の入り切らない裏路地の薄暗い影に白い輪郭と赤い髪を滲ませて彼達の背後に立った、“捕獲対象(アサシン)”の存在に。

 ファティマーは、全く気付けなかった。

 




という感じで第五夜終了。
とりあえず領主様は原作よりドSで外道に出来たらいいなと思ってます。
そして領主様の暗殺にいけるのはいつの事やら……。

それではこれにて。感想・ご指摘お待ちしております。
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