最近友達の一色いろはがあざとくない件について 作:ぶーちゃん☆
「うぅ〜……。さっむぅ〜…」
2月の朝はとにかく寒い。特に我が総武高校は海沿いに位置している事もあり、海からの吹きさらしの風が、より一層体感温度を下げる。
その上本日は朝からあいにくの曇天模様。
いつ雨とも雪とも知れない物が降り出してもおかしくは無い曇り空が、より一層心も身体も冷え冷えさせる。
私、家堀香織はその寒さに少しでも抵抗するように、マフラーに顔を埋め、通学途中に買ったミルクティーを頬にあてながら、昇降口に向かって足早に歩を進めていた。
昇降口に近づくと、駐輪場の方から見覚えのある男子生徒が、寒さと眠気で気怠そうに歩いて来るのが見えた。
なかなかの整った顔立ちを台無しにするかのような淀んだ眼差しと猫背で歩く姿は、知り合いでもなければ見向きもしないような人物なのだが、あいにく何度か顔を合わせた事のある知り合いだった為、こちらから声を掛けてみる。
「比企谷先輩、おはようございます!」
比企谷八幡先輩。私の友達で、一年生にして生徒会長でもある一色いろはが慕っている二年生。
「お、……うっす。家堀か」
なぜおはようと言い掛けてうっすに切り替えたのか…。恥ずかしいの?
「先日は色々とありがとうございました!オススメされたラノ……小説も、すっごく楽しかったですよっ」
「お、おう、そうか。それは良かった」
素っ気ないお返事だけど、ちょっと嬉しそう!
比企谷先輩って友達居ないみたいだから、自分の好きな本を勧めたり、それを肯定されるような事があんま無いんだろうな。
そのまま雑談を交わしながら、並んで昇降口に向かう。
「ほんっとに面白かったですよ〜。あれって何巻まで出てるんですか?揃えちゃおっかな〜」
「そうか。もう10巻まで出てるから、揃えるとなると結構金掛かるぞ?もしあれだったら貸してやるけど。」
おっと、まさかの提案!若干緊張してらっしゃるから、知人との物の貸し借りにあんまり慣れてなかったりするのかな?
でもせっかくだからお言葉に甘えちゃいましょうかね!ラノベって一から揃えるには、高校生にとっては結構お高いのよね!
「え!?マジですか?それじゃあぜひぜひお願いしますっ」
「了解。じゃあとりあえず二冊ずつくらい、一色に渡しとくわ」
「ありがとうございますー!このお礼はまた後ほどっ」
「……いや、お前の礼はろくな事にならんからいいや」
ああ…そういえばつい先日助けてもらったお礼がしたいからと無理に引き止めた末に、大変な目に遇わせちゃったっけ…。
「あ、あははは〜……。そ、そういえばあのあとは大丈夫だったんですか…?」
「………。まぁ色々とな…」
あ、大丈夫じゃ無かったみたい。
そんな雑談をしながら歩いているとあっという間に昇降口に着き、学年が違い下駄箱の位置が違うため、そこで別れる。
「比企谷先輩、それでは!」
ペコリと挨拶すると「おう」と一言だけ返事をして二年の下駄箱へと向かう。
ホント照れ屋というかコミュニケーションが苦手な人だなぁ。
まぁそれなりにあの人を『知った』上でなら、全然悪い気はしないんだけどね。
『ちゃんと先輩を『知ってる』人なら』
いつかのいろはの言葉がふと頭に浮かんだ。
なるほどなるほどっ。
確かに人ってちゃんと知らないと、つまらない事で不快になったり嫌な感情を持っちゃったりするもんなんだな。
まだまだ知らない事だらけではあるけれど、一応それなりに比企谷先輩の事を知った今は、少なくとも一方的に女子に酷い暴言を吐いて傷付けるような『校内一の嫌われ者の最悪な二年生』なんかじゃ無いことくらい分かるもんね。
「八幡〜〜〜っ!おはよ〜っ」
いろはの言葉に改めて納得して思いに更けっていると、ふいに背後で元気いっぱいに挨拶をして駈けていく生徒がいた。
「八幡?」
聞き覚えのある珍しい名前に、ふとそちらへ視線をやると、比企谷先輩へと小走りに駈け寄る笑顔の天使が居た…。え、なにあの天使。なんか可愛すぎるんですけど。あれ?目の錯覚かな?なんかキラキラしてません?
「お、おう。おはよう戸塚。朝練終わりか?」
私には躊躇したくせに天使にはおはようかよっ!
「うんっ!さっき終わったとこなんだ〜!エヘヘ…ちょうど朝練終わりに八幡と会えるなんて、朝からすっごくツイてるねっ!嬉しいな…」
かぁっと頬を赤らめながら上目遣いで比企谷先輩を見つめる天使。
なんて素敵な笑顔であんなにこっ恥ずかしい事が言えるんでしょっ!天使の特権なの?
「お、俺も朝から会えるなんてすげー嬉しいよ……彩加。明日から毎朝一緒に起きよう」
………………は?
「え!?……もう八幡っ!前にも言ったでしょ…?きゅ、急に呼び捨てなんて反則だよっ…!」
………え?何この関係?ただれてるの?
「それに毎朝一緒に起きるってどういう事?ほんとにもう…朝から変な八幡っ!」
アハッと頬を染めて穢れのない笑顔で笑う天使……。
え?なんなの一体……。い、いろはさんっ!?
朝からさんざんイチャイチャを見せ付けながら、比企谷先輩と天使は仲良く教室へと向かっていった。
え、え〜っと……。なんか見ちゃいけないモノを見ちゃいましたかね〜……?
いろはすはあの天使を知ってるの?
雪ノ下先輩よりも由比ヶ浜先輩よりも、あっちの天使の方が遥かにヤバいじゃんっ!
だってあの天使、「行こっ?」って嬉しそうに比企谷先輩の袖をちょいちょい引っ張って教室向かいましたよ?あの比企谷先輩が、とんでもなくデレてましたけど!
ど、どうしよう…。いろはになんて言えばいいんだろ…。
てかさーっ、比企谷先輩ってぼっちぼっち言うわりには、全然ぼっちじゃ無くね!?
と、あまりにも動揺しすぎて全国の皆さんが思ってる事を思わず代弁してみました☆
× × ×
結局なにも言う事が出来ずにお昼休みになっちゃった……。外はついに空が我慢出来なくなっちゃったみたいで、先ほどからシトシトと雨が降り出していた。
私達はいつもと同じようにお弁当を広げてランチタイム。
最近いつもと違うようになったのは、一緒にお弁当を広げる相手が3人から4人になった事かな?
「えー?そろそろ智子ちゃんのラブラブな彼氏紹介してよぉ」
「マッジでぇ!?紗弥加ちゃんのお兄さんってキモくて無理ぃ〜☆」
誰とは言わないけどすっかり馴染んでますね、アナタ。
どんだけ私らのグループに入りたかったんだよ……。
でもウザくて誰も聞いちゃいなかったノロケを聞いてくれるから、なんか智子も嬉しそうなんですよねー。
そんなキャッキャウフフな様子をぽけ〜っと眺めてると、ふと視線を感じた。
そちらに目を向けると、いろはが私の事を半目で、ジーーーッと見ていますよ?
「な、なにかな?いろはす」
「香織さー、なーんか朝から変じゃない?なんかわたしを避けてるって言うか目を合わせないって言うか。なんかわたしに隠してない?」
なにそれ女の勘?女の勘って当事者になるとこんなに怖いの?
男性陣は浮気に気を付けてっ!浮気ダメ絶対!
「いやいや別になんもないよー…」
私は誤魔化すように唐揚げを口に運びモグモグする。
2個目の唐揚げに箸を伸ばそうとすると、唐揚げにずばんっとフォークが突き刺さった!
「香織ちゃーん…。なーに隠してるのー……?」
こわいよ!こわいろはすだよ!
これは逃げられん…と、一応軽くジャブを入れてみることにした…。
「あ、あのさ、比企谷先輩って…」
とそこまで言っただけでいろはの表情がガラリと変わる。
まぁ私が急に比企谷先輩の話題を振ってくるとは思わなかったんだろう。
「……へ?か、香織から…先輩の質問…?」
い、いや!勘違いしないでね!?別に「比企谷先輩ってぇ…、か、彼女とかって…居るのかなぁ…」チラッ、なんて恥ずかしがる乙女のような、恋敵に牽制入れるような質問するワケじゃないからねっ!?
「いやいやいや!違うからねっ!?そ、そういうんじゃ無くってさ!比企谷先輩って雪ノ下先輩とか由比ヶ浜先輩と、すっごく仲良いじゃない?」
この台詞自体、あんまいろはに言いたくないんですけどね。
シュンっとしないでね?
ちなみに雪ノ下先輩の名前が出た途端に襟沢が身構えたのは、また別のお話。
「でさ!でなんだけどぉ…、その2人以外にも、なんかもの凄く仲の良い可愛い女の子って…居る?」
「年上の美人さん?」
……………………は?
えっと…、ノータイムで年上の美人?
なに?まだそんな隠し玉持ってんの!?あの先輩!
「い、いや、違くてさぁ、同級生の子とかでさ…」
ズンっと空気が重くなりました…。
「…………ううん?……そんな人知らないけどー……、どういう事?」
ハァァ〜っ…こっ、こわい!笑顔なのに声が低いのがこわいよー!
「へ?いやいや何でも無いよっ!?ちょっと聞いてみただけかなー!みたいな☆」
痛い痛い痛い!爪っ!爪が私の腕に食い込んでるよっ!
「……別に興味ないんだけどさー、ただの好奇心?ってヤツぅ?どういう事かシリタイナー…」
いろはすったらなんでそんなに笑顔なの!?
これはもう無理ー!
「あ、あのね!?あ、朝比企谷先輩とちょっと会ってねっ!?下駄箱で別れたら、ちょうど可愛い女の子が八幡〜!って駈けてきてさ、お互い呼び捨てなんかにしちゃって凄く仲良さげなトコ目撃しちゃってねっ!?」
…………………………。あ、これはヤバい間ですわ。
「………へぇ。……で?どんな女だったの……?」
低いっ!声低いっ!襟沢が涙目になってるからやめたげてっ!?
「あ………。いや、なんていうか…、その…天使みたいな?学校指定のジャージ着て、朝練終わりって言ってた、ショートカットの可愛い子……なんです…けど……」
つい敬語になる私…。いや落ち着けよ私。特徴教えんのに天使みたいってなんだよ。
「……………あっ、なーんだ!戸塚先輩じゃんっ」
その瞬間、場の空気がふんわり軽くなりました。
え?空気ってこんなに軽かったっけ?
「へ?あ、し、知ってる人なの?確かに戸塚とかって言ってたけど…」
「なーんだ!ついに先輩に彼女でも出来たのかぁ?って、なんか面白そうだったのに、なーんだ!つまんなーい」
そういういろはは満面の笑顔。どこら辺がつまんなーいって顔なのよ?
なんかいろはって雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩に対しては、ちょっと敵わないとか諦めにも似た……?、うーん。あの2人じゃ仕方ないかぁ…みたいな所があるっぽいんだけど(それでも必死に食らい付いてやるっ!って頑張ってるんだけどねっ)、それ以外の女の存在は許さないってスタンスなのかな?
でも、それならあんな天使とあんなに仲良しなの知ってて、なんでこんなにホッとしてるんだろ?
「な、なんで?あれだけ仲良かったら、付き合ってるって思うもんなんじゃないの?実際に私、この二人出来てるでしょっ!て思ったし…」
「えー?それはないよ。だって、戸塚先輩って男だもん」
「………はい?」
え?嘘嘘うそうそ!?いやいや何言ってるのいろはすさんったら!
あの天使が男なわけないじゃんっ!
「2年F組のテニスの王子様って知らない?あの人がそうなんだー」
「えー、その人私知ってるー!」「なんかすっごい可愛い男子なんでしょー?」「比企谷先輩とテニスの王子様って仲良しなんだー」
と紗弥加達お三方が騒いでらっしゃるけど、あんたらアレ見てないでしょ!?
「マジで……?あれが王子様?どっちかっていうとプリンセスじゃね…?」
「マジマジ!いやー、あれで男の子だなんて、女として自信なくしちゃうよねー!」
自信無くす割には、本当に楽しそう。
ホントあんたどんだけ比企谷先輩大好きなのよ(笑)
「でもさ、ホントにあれが男だとしても、ちょっと仲良すぎない!?」
「まあねー!先輩戸塚先輩大好きだからなー。ホント気持ち悪いよねー!」
ケラケラと笑いまくるいろは。
いや、新たなライバルじゃなくて安心なのかも知れないけど、それはそれで大問題だろうよ、いろはす…。
まぁ確かにあれなら道を踏み間違えてしまったとしても、誰にも比企谷先輩を責める事など出来んかも知れないが……、いやいいわけあるかっ!
× × ×
若干愛想笑いになりつつアハハと話を合わせていると、視界の端の扉んトコで、余りにも見知った男子生徒が、クラスの女子に話し掛けてるのが見えた…。
その姿にクラスが若干ザワつく。
話し掛けられた子が、ポ〜ッとパタパタこちらに駈けてきて、いろはに声を掛けた。
「あの…、いろはちゃん…。せ、先輩が呼んでるよ?」
それを聞いた瞬間にいろはは
目をキラッと!
首をグルンと!
そして……!
嬉しそうな満面の笑みでも絶望のガッカリ顔でも無く、頭の上にいくつもの疑問符を浮かべキョトンとした顔になった。
そう。ほんのつい3ヶ月程前なら、こうやって呼び出されることを一番に望んで夢見ていた人物…。
雪ノ下先輩と並ぶ超有名人、葉山隼人その人が、爽やかな笑顔で我がクラスの前に立っていたのだ。
この度もご閲覧ありがとうございます!
とうとう戸塚と葉山も出してしまいました。
まさかこんなに続ける事になるとも、こんなにキャラクターを出すことになるとも、考えてもいませんでした。
今回のエピソード(前編後編)をもって、少なくとも11巻発売くらいまでは更新を終了しようかと思ってたのですが、大魔王を登場させていない事を思い出してしまいました…!
大魔王ネタが思いついたら、もしかしたらオマケとして近い内に1話くらいは更新するかも知れません。
とりあえずは2〜3日以内に後編をアップしますので、よろしくお願いしますっ!