最近友達の一色いろはがあざとくない件について   作:ぶーちゃん☆

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【ifバレンタイン編】私の友達は憤慨し、そして決意する④

 

 

 

「あたし比企谷にあげたことあったっけ?」

 

 

折本先輩により突如落とされたその爆弾で、場が静まりかえる。

一人五月蝿いのはふーふーと息で前髪を吹き上げる海浜会長玉縄さん。

いやだわちょっと普通に気持ち悪いわっ?

 

しかしそのキモ会長以外は静まり返り、比企谷先輩に惹かれているであろう女の子達が、ゴクリと固唾を飲む音がそこかしこから聞こえてきそうだ……

 

アレ?実際にゴクリと聞こえたよ?

あ!私のでした☆

 

 

「いや、……ねぇだろ」

 

な、無いのかよっ……!ま、まぁ何かあったにしても、バレンタインの時期にちょうど何かあったってわけでもないしね……てか何かって一体なんなの!?

 

「そっか、今年はあげるよ」

 

ブフォっ!こ、この人って空気とか読めないのん!?

よくこの空気の中で平気で言えんな……手強いぞ折本っ……

 

「え、いや、あ、そう……」

 

ちょっとぉ?比企谷先輩っ!?な、なに動揺しちゃってるんですかねっ……

 

エアクラッシャー折本がその場を去るとようやく空気が弛緩した。

しかしその空気の弛みを許さない人物が、さらなる爆弾を設置したのだっ!

 

 

「そういえば、隼人は昔、雪乃ちゃんから貰ったよね?」

 

は、はるさん先輩!あんたなんて事をっ!あの顔は明らかにわざとだ……

 

やはり恐ろしい人だ……折本先輩が天然エアクラッシャーなら、この人は嬉々として自ら空気を破壊する人なんだ……ううっ、恐いよぉ!あの人もだけど、雪ノ下先輩と三浦先輩が超ピリついてるぅ!

 

いろはもはわわと唸ってるけど、葉山先輩がチョコを貰ったって事よりも、三浦先輩のピリついた空気と雪ノ下先輩の雰囲気、そしてなによりもそんな雪ノ下先輩を複雑な表情で見ている比企谷先輩と、その二人を気遣わしげに見つめている由比ヶ浜先輩に向けられてるみたい……

 

 

「ああ、あったね、小学校上がる前くらいに。陽乃さんと一緒に貰ったことが」

 

私は初めて葉山先輩が好きになりました。

場を整える薄ら寒い余裕の笑顔も、時と場合によっては必要なのねっ!

 

今度こそ落ち着いたと思われた空気を、この人はつまらなそうな顔から一転、魔王の如き笑顔を浮かべて闇に叩き落とす……!

ハラワタまで食い尽くしてやるわ!って声が今にも聞こえてきそう……

 

 

「で、雪乃ちゃんは誰にあげるつもりなの?」

 

なんなのこの人恐すぎィィィィ!

憎々しげに「姉さんには関係ない」と言う雪ノ下先輩だけど、明らかに動揺してる。

そんな雪ノ下先輩に、凍り付く微笑を浮かべながらこの人はさらに言葉を紡ぐ……

 

「昔から嘘はつかない子だった…………でも本当のことを言わないことはある…………誰にもあげないとは言わなかった…………やっぱり誰かにはあげるんだ」

 

大魔王はニヤァっと笑う。これはもう裏ボスクラスです。

 

「馬鹿馬鹿しい。勝手に言ってなさい」

 

動揺しきりながらも、もうこれ以上は付き合わないと言わんばかりに、カシャカシャと荒々しい音を立てて片付け作業に戻った雪ノ下先輩を満足気に一瞥すると、ようやく裏ボスは雪ノ下先輩を解放した。

 

 

やっとの事で調理室内は平静を取り戻したわけだが、やっぱりまだ動揺が隠しきれないのだろう。からんと派手な音を立てて雪ノ下先輩がボウルを落とした。

 

完璧超人らしからぬ凡ミスに、いかに心が乱れているのかが見て取れるのだが、運命の悪戯か転がったボウルは比企谷先輩の元へ……

 

「ご、ごめんなさい……」と朱く染まった顔を俯かせボウルを拾おうとしゃがみこんだ雪ノ下先輩と、足元に転がってきたボウルを拾おうとしゃがみこむ比企谷先輩が、僅か数センチの距離で見つめ合って固まってしまった。

お互いに拾いかけ触れそうになった指先を慌てて引き、恥ずかしげに目を逸らす二人の姿は、どこか初々しくもあり、でもなぜか痛々しくも見える。

 

私はその二人をあわあわジェラジェラざわざわと、なんとも形容し難い複雑な想いで見てたんだけど、あ……あいつもヤバくない?……と、ふと気になって視線を向けると、そんな二人の様子を、なぜかいろははゾクリとする程とてもとても冷たい目で見ていた。

 

 

 

我に返りボウルに手を伸ばした雪ノ下先輩だが、その震える指先では上手くボウルを掴めずに再び転がる。

くわんくわんと音を立て転がるボウルの音で、さらに気まずくなりかけたこの場を救ったのは由比ヶ浜先輩だった。

 

「ふふん、ゆきのんもまだまだだね」

 

由比ヶ浜先輩はどこかの庭球の王子さまみたいに言うと、ひょいっと拾ったボウルを優しげな笑顔で雪ノ下先輩に手渡す。

 

 

今度こそようやく場が弛緩した。

比企谷先輩達は今の出来事でちょっとした嫌味とかを交えて笑い合っている。

やっぱりこの三人って仲良いんだなぁ……と思って見てたんだけど、由比ヶ浜先輩が空いた手をギュッと握り、ほんの一瞬だけ、とても寂しそうな表情になったのがとても気になった。

 

 

そしてそんな三人の様子をジッと見つめてくすりと笑う人物が居た。

その笑う姿は、どこか自虐的でどこか儚げで……そしてどこか怒りを噛み殺しているような……そんな姿。

 

 

くすりと笑った人物…………それは、一色いろはだった……

 

 

× × ×

 

 

お料理教室も終盤へと差し掛かる。

女子力の高い手慣れた子達はすでに完成してるし、若干女子力の劣る子達(私含む)の焼き菓子達も、もう完成間近。

 

調理室内に甘い香りが立ち込める中、ふともよおしてきてしまった私は、いそいそとトイレに向かう。

てか最近乙女ポイントが急上昇中と定評のある私だけど、もよおしてトイレ……とか言っちゃうあたり、やっぱりまだまだ乙女初心者みたいっ!

うふっ!お花詰みお花詰み♪いやん香織ちゃんキンモー☆

 

 

しかし、トイ……お花詰み場に到着した私がトイレのドアに(ややこしいっ)手を掛けたちょうどその時、中からガンっ!という物音と共に、とても抑えた声で……でもとても怒気にまみれた叫び声が低く低く響いた……

 

 

「あぁぁぁぁっ!……なんか違うっ!……こんっなんじゃないっ……!」

 

 

余りにも聞き覚えのある声から発っせられた、そのイメージとは掛け離れたその叫びに私は驚いて急いでドアを開けた……

 

中には、怒りに満ちた表情で手洗い場の鏡の前で打ち震える少女が一人……

 

「いろ…は?……どしたの……?なんか……あった?」

 

私の存在に気付いたいろはハッとし、慌てて右手に持っていた何かをエプロンのポケットにしまうと、いつもの笑顔に戻る。

 

「う、うわっ!ビックリしたぁ。か、香織かぁ……ん?なんでもないよー。急に声掛けられたからビックリしちゃったよ!……香織もトイレでしょ?じゃあ私は戻ってるからねー」

 

「え?ちょ……なんでもないって……」

 

しかしいろはは、あははと笑いながらトイレを後にした。

 

訳が分からず視線を泳がせた私の視界に入ってきたのは、ゴミ箱に力一杯投げ捨てられたようにグチャグチャになった、ラッピングの封が開いた豪華な焼き菓子セットだった……メッセージカードらしき紙も一緒に入ってたんだけど、とてもじゃないけど私にそれを見る事なんて出来はしない……

 

 

× × ×

 

 

……どうしたの?いろは……さっきの調理室での表情といい今の叫びといい、なんにもない訳ないじゃん……

私は調理室に戻りながら思考を巡らす。

 

でもいくら思考を巡らせてはみても、答えなんか出てこない。頭に浮かぶのは、さっきからのいろはの不可解な表情ばかり。

そういえば、夫婦漫才してた時も、比企谷先輩の出した答えに一瞬複雑な顔してたっけ……

あの子、また色々と悩んでんのかな……

 

 

頭ん中がグルグルしながらも調理室に戻ると、どうやら乙女成分が足りない子達の焼き菓子も完成したみたいで、三浦先輩が嬉しそうに葉山先輩に試食をしてもらっていた。

 

いろはの姿を探すと、その三浦先輩達の様子を比企谷先輩と見ながら何か会話している。

 

まだ距離あるし、正直今はちょっと近寄りがたいから会話の内容までは分からないけど、少しだけ聞き取れたいろはの台詞は……

 

「……あれくらいの……楽しい……中には張り合ってもしょうがない人たち……」

 

なんだろう……なんか胸がザワつく……

そして言い終わるとやれやれとため息を付き、「あ、そうだ」とエプロンのポケットから何かを取り出していた。

 

それは、小袋に簡易包装された、たったひとつのクッキー……さっきの封が開けられた焼き菓子セットが頭を中をどうしようもなくちらついた……

 

クッキーを比企谷先輩に投げ渡すと、内緒ですよ?とばかりに人差し指を唇にあて、小悪魔めいた微笑みでパチリとウインクを決めてみせていた。

 

その表情に比企谷先輩があからさまに照れた様子を見て満足したのか、先輩にクルリと背を向け葉山先輩の元へと駆け出した。

でも……背を向けたほんの一瞬見せた表情は、私の胸を締め付けるには十分すぎる表情だった……

 

 

× × ×

 

 

どうしよう……私はあれからいろはに声を掛けられずにいた。

会はほぼ終了。みんな思い思いに焼き菓子を食べたり雑談したりしてとても楽しそうな中、私だけはなんとも言えない……まるで空中を彷徨ってるかのような浮遊感……

 

 

しかしここへ来てまたもあの人が、幸せそうな特別な空間を作っているあの人達を挑発する。

はぁぁ……もう勘弁してよ……私の頭の中はもうパンク寸前だよぉ……

 

「それが比企谷くんのいう本物?」

 

そうは思ってたんだけど、はるさん先輩のその一言に私は反応する……本物、と。

 

「こういう時間が君のいう、本物?」

 

「……どうでしょうね」

 

比企谷先輩はなんだか苦しそうだ。苦し紛れに一言だけそう返すと俯く。

雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩も加勢に入るが、そんな事には一切意に介さず、その目は比企谷先輩を捕えて放さない。

 

「コレがそうなの?…………君はそんなつまらない子?」

 

つまらない……?この人から見た今の比企谷先輩は、つまらない存在なんだろうか……?

 

「今の比企谷くんたちは、なんかつまんない。私は……、前の雪乃ちゃんの方が好きだな」

 

奉仕部のお三方は、言い返す言葉も気力もすでに失っている。

そんな力なくうなだれる三人に興味を失ったかのように、その人は深くため息をつくとカツカツとヒールを鳴らして去って行ってしまった。

 

 

言葉なく俯く三人を、そして興を削がれて立ち去る美女の様子を、いろはは最初から最後まで、真剣な眼差しでただジッと見つめていた。

 

 

× × ×

 

 

「あとは、生徒会でやりますから大丈夫ですよ?」

 

 

いろはの閉会の挨拶で本日の参加者達が一人、また一人とコミセンをあとにする中、調理室に残っているのは私達生徒会メンバー(いやだから私は生徒会じゃ無いっての!)と奉仕部の三人だけ。

 

いろはが比企谷先輩達にお礼を言い帰宅を促そうとしたのだが、どうやらこの三人も最後まで片付けを手伝ってくれるようだ。

 

てか今回のイベントの依頼者の三浦さん!?

あなたなに葉山先輩とイチャイチャ帰っちゃってんの!?片付け手伝いなさい!?

なーんてねっ!

しょ、しょんな恐ろしいこと思うわけ無いじゃないでしゅかぁっ……

 

 

 

そして片付けが終わる頃にはすっかりと遅くなってしまった……ああ……今日はマジで疲れた……早く帰って今夜の録画予約して寝たい……

 

最後まで残っていたメンバーはすっかりお疲れのご様子で、さすがに打ち上げだのなんだのをやる気力も残ってないみたいね……

 

「じゃ、先輩、お疲れさまでした」

 

コミセン前でいろはを筆頭に生徒会メンバー(なぜか私と襟沢を含む……)が奉仕部メンバーに一礼し、私達はそのまま静かに解散した。

 

 

さようなら比企谷先輩……今日、比企谷先輩にあの日のチョコを美味しかったと褒めてもらえたのが、地獄絵図のような本日の私の唯一の癒しでしたよ……

 

にへら〜っとキモい笑顔を浮かべ比企谷先輩の後ろ姿を見送りながら、あの一瞬の幸せを噛み締めて、うしっ!ちょっと料理も勉強しちゃおーっ!と一人脳内で円陣を組んでいると、不意にポンっと肩を叩かれた。

振り返ったその視線の先には………天使の如きキラキラ素敵スマイルの悪魔の使い、もとい小悪魔が立っていました……

 

 

× × ×

 

 

ひぃぃぃ〜……そういえばあのトイレの一件から、ほとんどいろはと話してなかったっけ……!

 

いやぁぁぁっ!なにその笑顔!やべぇ超恐ぇぇ……!

 

「……い、いろはお疲れ〜……」

 

「うんお疲れー!今日はお手伝い、ホントにありがとねっ!すっごい助かっちゃったよー。……でさ」

 

 

……でさ?な、なにが続くんでせう……?

 

「今日はすっかり遅くなっちゃったじゃん?香織わたしんちに泊まっていきなよー」

 

すっごい笑顔で地獄への片道キップのご招待でした☆

 

……えっと……な、なんだろ?さっきのトイレでの話かなぁ……?

口封じ……?まさかあっちの件じゃないよねっ?

 

「ほらー、香織もわたしに話したい事とか、あるじゃん?」

 

……ある……じゃん?

 

え?じゃん?

なんか私が何かを話す事が決定事項なのん?

 

いや、確かに今日のいろはの様子とかすっごい気になるし、聞きたい事はたくさんありますですわよ!?

で、でもそれはいろはさんが話したくなってからでもいいと言いますかなんといいますか……

べべべ別にまだ話したく無い事をむむむ無理強いは出来ないといいますかなんといいますかっ……

 

 

「……あ、ほらっ!今日はもう遅いしさっ!明日も学校あるしさっ!着替えもないしさっ!ねっ!?」

 

「えー?大丈夫だよー。どうせ制服のままだし、寝間着なら貸してあげるし、下着だって靴下だって洗濯機に突っ込んどけば明日の朝には乾いてるしー」

 

あっれ〜?逃がしてくれないのかなっ?

 

「……あ、や、それに……べ、別にいろはに話したい事とか特に無いしー……」

 

「またまたぁ!うふふ〜っ♪何の為に先輩が一緒に居る今日に手伝いにきて貰ったと思ってるのっ?」

 

ばちこーん!っと超可愛いウインクをするいろはす。

 

 

あ、これ死にますわ。

 

私、どうやら今日一日観察されてたみたいですぅ☆

 

 

「え!?なになにぃ?今日いろはちゃんちでお泊り会やるのぉ!?私も行きたぁい!」

 

「……あ、恵理ちゃんは帰っていーよっ?…………………………今夜の香織とのガールズトークによっては……恵理ちゃんともあとでゆっくりお話したいしー……」

 

「…………………………はい」

 

 

やはり原因は貴様か襟沢ぁぁぁぁぁっ!

 

 

泣きながら逃げ去っていく襟沢を見送りつつ、私はこの会話の始まりからずぅ〜っと同じ笑顔のまま固まっている悪魔に手を引かれ、地獄の三丁目へと旅立つのでした……

 

 

 

拝啓お母様……先立つ不幸をお許しください……もし出来ればなんですけど、今夜のアニメ、撮っといてくださいねっ(白目)

 

 

 

 

続く

 





という訳で、前話で茶番は終了しました。ようやく原作分が消化した上に、一気に物語が動きだしました。

無駄に長くなってしまったね……orz


まぁさすがに茶番は言い過ぎですけど(笑)、③までは舞台を整える為のチュートリアルみたいな物で、今回があざとくない件バレンタイン編の序章、次回からがようやくあざとくない件バレンタイン編の本編みたいなものですっ(^_-)

とはいえあと二話(たぶん)ですけどもっ。



ではではその⑤でまたお会いしましょうっ!
ありがとうございました!


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