最近友達の一色いろはがあざとくない件について   作:ぶーちゃん☆

51 / 54
大変お待たせいたしました!初投稿から5年弱、そして原作最終巻発売からちょうど1ヶ月、ついに物語の完結となります!
香織の最後の大冒険。どなた様も笑顔で読み終えていただけましたら幸いです☆



【最終回、後編】私の友達一色いろはは、やっぱり最高にあざとい件について

 

 

 

 ──たぶん、はじめからそういうことだったんだ。

 あいつは……いろはは、ずっとこの時を待ってたんだ。

 

 

『そうやって、わざわざめんどくさいことやって、長い時間かけて、考えて、思い詰めて、しんどくなって、じたばたして、嫌になって、嫌いになって……それでようやく諦めがつくっていうか。それで清々したーって、お別れしたいじゃないですか』

 

 

 もう嫌になって、嫌いになって、諦めがついて、精々しただなんてとんでもない。

 一年前実質的に振られちゃったのに、それなのにこの一年間、奉仕部の皆さんとずっと一緒に過ごし、彼ら彼女らと楽しく過ごしながらもしっかりと会長としての責務を全うし、二期目の会長戦に出馬し見事再選し、そしてこうして二度目の在校生代表を勤めているいろは。

 すべてはこの日の為……この瞬間の為だったんだ。

 

 一年前のプレプロム。あの日、ケータリング前でご歓談中の八色夫婦漫才をにやにや眺めながら、私思ったじゃん。もしかしたら、いろはは公開告白イベントで告白する気なんじゃないか、って。

 付き合うつもりのない相手からの告白なんていう、気まずくて居心地悪くて目を逸らしたくなるような辛いイベントから、あの臆病な比企谷先輩が逃げ出してしまわないように、衆人環視のもと逃げ場も逃げ道も奪った状態を作り上げてから、思いの丈を伝える気なんじゃないか、って。

 

 ──私、なんで忘れてたかな。そんな大切なこと。

 

 それはたぶん、比企谷先輩と雪ノ下先輩が付き合いはじめたって聞かされたあの時、私が逃げてしまったからなんだと思う。大切な友達の胸の傷みから。

 いろはがどれだけ比企谷先輩を想っていたかを痛いほど知っていたからこそ、逆に目を逸らしちゃったんだ。いろはの胸の傷みから。

 

「……ごめん、いろは」

 

 本当に自分の口を突いて出て来た声なのか、もしくは頭の中だけで響いた声なのか、自分自身でさえもわからないくらいの小さな呟きを、ぽろり溢した私。

 ……私は、友達だからこそ、目を逸らすべきじゃなかった。いろはからもうこのお話はお仕舞い、という無言の圧力があったからなんて都合のいい解釈をして、比企谷先輩への想いをこれ以上追求するのはよそう、なんて、逃げ出すべきじゃなかったんだ。

 

 

 ──だからさ、私、今度こそあんたの勇姿をしっかりとこの目に焼き付けるよ?

 この、絶対に報われることのない告白を持ってして、いろははようやく諦めがつくのだろう。ようやく清々しくお別れが出来るのだろう。

 

 大切な友達が、もの凄く大好きな人に痛々しく振られる姿を見るのは、正直めっちゃ辛い。

 でも、私、今度こそちゃんと見るから。たぶん私が見るのはこれで最後になるであろう、私の友達があざとくない件についてっぷりを。……友達の清々しいお別れの姿を、しっかりとこの両眼に焼き付けてやるから……!

 

 

 

 

 卒業生による卒業生の為の公開告白イベント。そんなイベントの舞台に、現生徒会長であり、今や学園のアイドルともいえる一色いろはが立ってしまった事に、会場中は正に騒乱の渦の中。

 でも、そんな中にあって、こうして堂々と微笑んでいられる、健気で……それでいて逞しいその姿が、彼女のその人への想いを、覚悟を、逆に引き立たせた。

 だから、誰も不平を漏らさない。誰も不満の言葉を投げ掛けない。彼女の想いを肌で感じているからこそ、皆、ただじっといろはの言葉を待つ。

 

 くるりと会場を見渡して、聴衆のそんな様子に満足げにうんうん頷いた彼女は、こほんと咳払いをひとつすると、ふふっと口許を弛めるのだった。

 

 

 ──そして、いろははゆっくりと口を開く。

 ずっと聞かせたかった、でも、ずっとずっと言えずにいた、源泉からこんこんと沸き出し続ける水のような、そんな溢れる想いを伝えるために……

 

 

× × ×

 

 

「……先輩? 聞いてます? 可愛い後輩が、今からあなたに告白しちゃいますよ?」

 

 マイク越しなのに、たくさんの聴衆が居るのに、いろははまるで、たった一人にだけ語り聞かせるように……ここがたった二人きりの空間であるかのように……甘く優しく、そう声をかけた。

 そして彼女は一拍置いてから、想い人がそれをちゃんと聞いたことを確信したのだろう、悪戯っぽくくすりと笑む。

 

「今、ほんとはわかってるくせに、ああ、一色にとっては先輩なんていくらでも居るし、これは俺のことじゃねーだろ、葉山辺りに決まってる、なんて、誤魔化そうとしたでしょ」

 

 悪戯を楽しむかのようにふっと目を細め、艶めいた微笑をとある一点に向けたいろはは、でもね、と言葉を紡ぐ。今日ばかりは逃がしてあげませんからね? と、甘くてスパイシーな罠を張るように。

 

「はい、でも残念でした。今回ばかりは誤魔化させてあげませんよ? わたしが言ってるのは葉山先輩じゃないですし、もちろん他の先輩でもありません。あなたですよ? せんぱい?」

 

「……ッ」

 

 薄暗い体育館の海の中、スポットライトにより孤島のように浮かび上がっているのは、いろはが立つステージの上だけ。

 だからキャットウォークから館内を見下ろしている私の目には、正直比企谷先輩の姿は見つからない。

 でも、確かに感じましたよ? 比企谷先輩、小悪魔に逃げ道を塞がれて、ごくりと息を飲んだあなたの喉の音を。

 

「ふふ、ざまぁないですね。どうですか先輩、このシチュエーションだと、お得意のくだらない屁理屈を捏ね上げるのも無理くないですかー? だって、告ってる最中、発言権があるのはわたしだけですもん。そんな事はないだの、それはお前の勘違いだだのと、このたくさんのオーディエンスの中、ヘタレな先輩に言えるわけないですよね? なので、今日はつまらない邪魔も、いつもの全然聞いてないやつもさせてあげないです。このあとダンス誘いに行くんで、文句があるならそのとき言ってくださいね」

 

 ……やっぱり、か。いろはが告白にこの舞台を選んだのは、他でもない、告白する相手に邪魔されない為なんだ。

 それにいつもの全然聞いてないやつって、それってお断り芸の事だよね?

 

 そっか……、これは口が滑ってるだけなの? なんて思ってたりもしたけれど、前々から結構アピールしてたんじゃん。

 先輩、わたしOKしてますよ……? ……ねぇ、早く気付いてよ、って、笑顔の下で切ない胸を痛めて慟哭して、それでもほんのちょっとの期待を込めて。

 でも全部スルーされてきて、実は内心もやもやしていたんだろう。だから彼女は言うのだ。今回こそは邪魔はさせない、と。今回こそは誤魔化させません、と。

 つまりこの最後の夫婦漫才は、いろはのオンステージ。比企谷先輩の発言を許さない、いろはだけのソロステージなんだ。

 

「……先輩」

 

 大好きな先輩の無駄な反論を封じ込め、満を持していざ想いを告げんとするいろは。

 私も多くの聴衆も、次に彼女の口から放たれるのは一体どんな言葉なのかと固唾を飲んで見守っていたのだけれど、いろはが口にした言葉は、皆の期待とは異なる、とても意外なものだった。

 

「……今日という麗らかな春の日、無事この学校を巣立ってゆく大切な先輩に、わたしからこの言葉を贈らせていただきます。……先輩、ご卒業おめでとうございます」

 

 ……いろはは、比企谷先輩の旅立ちをお祝いしたのだ。

 

「先輩と出会ってからのこの約一年半、本当にお世話になりました。先輩とのたくさんの思い出は、わたしにとって、とても大切な宝物です」

 

 他の参加者同様、この在校生代表も当然のように愛を語るのかと思っていた矢先、突然の祝辞を述べはじめたいろはに会場中が困惑しているのを余所に、彼女の独白は続いてゆく。

 普通、このシチュエーションで卒業祝いの言葉を並べるだろうか。……これじゃ告白じゃなくて、まるで送辞ではないか。

 

「先輩、わたしとの出会いの日を覚えていますか? あの日、先輩はどうだったかわかりませんけど、わたしにとっては結構衝撃的な出会いだったんですよ?」

 

 祝辞は次第に思い出話へと変化していき、彼女の顔にはうっすらと温かな微笑が浮かびはじめる。

 

「普通、初対面のわたしが可愛い仕草でお願いしたら、男子なんてみんないい顔で聞いてくれるものですよ? それなのに先輩は、いい顔どころかちょー嫌~な顔しましたよね。なんですかあれ、可愛い女子に対して失礼過ぎですよ」

 

 言って、彼女はそのセリフとは裏腹な穏やかな笑顔を見せた。当時の記憶を脳裏に呼び起こして、思わず頬と心が綻んでしまったのだろう。

 

「もうほんと、なんなのコイツ、超いけすかねー、って、初顔合わせから印象超最悪でしたよ。出来るだけこんなのとは二度と関わりたくねー、って、ね」

 

 言うほどに笑顔が華やいでいく。よっぽど可笑しくて仕方ないんだろうな。

 

「でも、結局それからも事あるごとに──クリスマスにマラソン大会、あ、フリペなんてのもありましたよね。それからバレンタイン、そしてプロム。……どれもこれも、先輩と関わる事になっちゃいました。まぁ、なっちゃったもなにも、わたしから頼ったんですけどね」

 

 …………。

 

「で、先輩のトコに向かう度に、あー、またアレと関わるのかー、あー、めんどくせー、って心の中ではぶつくさ文句言ってたんです。……けど、ほんと言うと、先輩のトコに行けば行くほど、回数重ねるごとに段々とスキップ気味になってっちゃってたんです。あー、めんどくせー♪って」

 

 

 

 ……胸が、痛くなる。

 

 大切な思い出を振り返り、大切な思い出を語る度、いろはの笑顔が少しずつ崩れていっているのがわかるから。今ではもう、その笑顔が涙で歪みかけているから。

 

 

 ──ああ、そうなんだなぁ。告白というよりはまるで送辞。……そう、これは送辞なんだ。生徒会長として卒業生を送り出したおざなりな送辞じゃない。一色いろはとして、大好きな先輩だけに向けた送辞。

 あんたは、こうして彼を温かく送り出すつもりなんでしょ?

 そして、思い出を語りながら涙で送り出すという事は、それはつまり……サヨナラの挨拶。

 この子は、まるで送辞みたいなこの告白で、清々しくお別れするつもりなんだ……

 

「めんどくさくて、目が腐ってて、ド腐れ外道で、でも実は意外と頼りになって、たま~にすっごい真剣な顔になって、なんだかんだ文句言っても結構わたしを大切にしてくれる先輩のこと、気が付いたら好きになっちゃってました」

 

 出会ってから一年以上という長い月日をかけて、ようやく口に出せた“好き”の二文字。

 でも、ずっとずっと口に出したかったはずの“好き”なのに、せっかくのその言葉を出すことが出来たいろはの顔には、もう笑顔は無かった。

 少女の顔に浮かんでいるのは、苦しく苦い悲痛な叫び。

 

「あーあ……、でも、気持ちに気付いた時には、ちゃんとすぐに伝えるべきなんですね、こういうのって。今伝えても受け入れてもらえないって解ってたから……、先輩達、ごちゃごちゃしてたから……。全部すっきりするまで待とうって思ってたら……、すっきりしてくれるんなら、それまでは先輩達の背中押そうって思ってたら……、いつの間にかいきなり付き合いだしちゃうんだもん。もう、告る隙さえ無くなっちゃってたんですもん。……ずっこいですよ。ほんと、ずるずるです……。ま、背中押してるトキからわかってましたけどね、そーなるの……」

 

 泣き笑いの悲しい吐露に、しんと静まり返る会場。皆の心を優しく包むメロウなナンバーだけが、今はただ虚しく響く。

 いろはが突然公開告白イベントの参加者として登場した時には、まさかこんな風になるなんて、誰も想像出来ていなかったから。どうせあのいつも元気で明るくて男にモテモテの、恋愛に悩みなんてないであろう生徒会長のことだ。他の参加者同様、愉快で騒がしくて、絶対に失敗しないと計算ずくの上での告白をするんだろう、って、誰もが思っていた一色いろはの告白劇。

 でも蓋を開けてみれば、重苦しい空気漂う切ない悲恋の物語。失敗しないどころか、はじめから叶うことはないとわかっている物語。

 ……誰もが口をつぐまないわけがない。誰もが胸を痛めないわけがない。この痛々しいまでのリアルな女の子の姿が、普段の一色いろは像とあまりにもかけ離れすぎていて、逆にいろはの苦悩を引き立たせるのだ。

 

「……でも、わたしこう見えて、実は先輩が幸せになってくれた事、結構嬉しかったんですよ? もちろんめっちゃムカついたしめっちゃショックだったですけど、それでも……あのどうしようもない先輩がやっと幸せになれたんですもん。可愛い後輩としては、嬉しくないはずがないんです」

 

 それでもいろはは下を向かず、しっかりと前を……比企谷先輩を見据えてこう宣うのだ。

 声を震わせ、涙を浮かべ、顔を歪ませても尚、頑張って笑顔を作って、大好きな先輩の幸せを祝福するのだ。

 

「だから仕方ないんで、わたしこれから応援してあげますね……! 先輩の幸せを……っ」

 

「……」

 

 なんて強いのだろうか。なんて素敵なのだろうか。私の友達は。

 誇りに思うよ。あんたの見事なまでの失恋を。

 支持するよ。あんたが選んだこの選択を。

 

「……というわけで、改めまして、ご卒業、おめでとうございます」

 

 言って、彼女は悲しみに暮れた笑顔にほんの少しの悪戯心を添えて、なにかを思い出したかのようにわざとらしく「あ」と呟いた。

 そして、ふふっと微笑を漏らしながらこの言葉を付け加えるのだった。

 

「あと、これはこの一年間、ちょっと悔しくて言えなかったんですけど……、ぼっち卒業、おめでとうございます☆」

 

 ぺろっと舌を出し、言ってやったとドヤ顔をしている彼女の姿はとても逞しく──

 

「一年前立派にぼっちを卒業し、本日立派にこの学校を卒業してゆく大切な先輩を、わたし一色いろはは、在校生代表として……、先輩の唯一の可愛い後輩として……っ、…………清々しく、送り出します」

 

 大好きな先輩の幸せを想い、涙で笑顔を滲ませながらも頑張って彼を送り出す彼女は、小柄な少女とは思えないくらい、とてもとても大きな姿だった。

 

 

 

 

 この一年半──体感的には四年くらいの濃密な時間かな? 本当に色々あったけど、それまでは見たことないようなあんたの楽しそうな姿も苦しそうな姿もたくさん見てきて、そんで今のいろはがあるわけじゃん?

 だから今私は心から思うよ。楽しい事だけじゃなくて辛い事もたくさんあったけど、あの日々があったからこそ今の一色いろはがある。だから残念ながら恋は実らなかったけど、あの日々は決してまちがいじゃなかったんだよね、って。

 だからさ、あんたが比企谷先輩を清々しく送り出したように、私も清々しい気持ちいっぱいで、あんたにお疲れさまって言ってあげるね……!

 

 

 

 ──こうして、一人の少女のひとつの恋は終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──と、こんな感じで綺麗な悲恋で終わると思うじゃん?

 でもね、こんな切ない恋のまま終わるほど、うちのいろはさんは出来た人物でもなければ大人でもなかったのです!

 

 

 

「……なーんて、言うとか思いましたかー?」

 

「「「!???」」」

 

 そんなセリフと共に、ガラリと変わるいろはの表情。突然の豹変ぶりに、ざわり騒つく会場中の観客達。かくいう私もめっちゃ動揺しております。

 嘘泣きだったんだか演出だったんだか、瞳に浮かぶ水滴をブレザーの袖でぐいっと拭ったいろはの表情には、すでに悪~い笑みが浮かんでいたのだ!

 

「わたし、そんな乙女ちっくで恋する少女みたいな無駄な時間を過ごすほど暇でも殊勝でもないんで、大人しく先輩なんて送り出してあげませんし、ましてや先輩の幸せなんて応援してあげませんよ?」

 

 あ、あっれー? さっきまでのしおらしいいろははどこ行っちゃったのー? あんた、この告白を持ってして清々しくお別れする気なんじゃなかったの!?

 

「ぷっ」

 

 ……でもね、そんな動揺と同時に、私の心の奥底からは、えも言われぬ笑いが込み上げてきちゃったのさ!

 だって、確かにこの結末がいろはが選んだ結末なら私もそれを支持するよ、なんて思っていたけれど、……でも、やっぱ、心のどこかで、こんなのいろはらしくないって思っちゃってたから……

 そう。そうなのよ。やっぱり一色いろははこうでなくっちゃ!

 

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、いろはは、つい今しがたまで見せていたはずの悲痛さなんてぽいっと投げ捨てて、にんまり小悪魔笑顔で不敵に笑うのだった。

 

「送り出す? 応援する? ばっかみたい。なんですかその生産性皆無の無駄な行動。そんな無駄な時間ないっつの。女の子の貴重な時間は、いつだって有限なんです」

 

 言って、ヤツはステージの上から、文字通り見下すように比企谷先輩に向けぴしっと人差し指を伸ばした。

 

「そう、わたし、送り出してなんてあげないです。応援なんかしてあげないです。わたしがしたいのは聞き分けよく送り出す事なんかじゃなくて、むしろ全速力で追っ掛けてって、先輩のみっともない猫背に飛び蹴りをぶちかましてやることなんですから! 応援するんじゃなくて、わたしが先輩を幸せにしてあげることなんですから!」

 

「あははっ! ……ひ、ひぃーっ、あいつってほんとバカ! お、おなか! おなか痛いよぅ!」

 

 生徒会長のあまりの変貌っぷりに、会場には、もう先ほどまでの重苦しい空気なんて微塵も無くなってしまった。

 変貌当初こそ意味がわからず目を白黒させていたオーディエンス達も、事のなり行きのあまりの面白さに次第に沸きだし始めたのだ。もちろん私もこの大爆笑っぷりである。

 

 すでにここには、あの一色いろはの悲痛な叫びに共感し、心から憂いていた卒業生達はもう居ない。そこかしこからぴーぴー口笛を鳴らす音、フゥー! ウェーイ! と笑顔で囃し立てる者、我らがアイドルが全力でデレている姿にちぃっ! と舌打ちを鳴らす者共と、もはや会場はお祭り騒ぎ!

 大きな瞳にたっぷり雫を溜めて、自身の悲恋を切々と訴えていた庇護欲たっぷりのいろはで民衆の心を打ち、一転、普段あまりお外では見せない本性全開小悪魔いろはで民衆の心をがっちり掴む。

 おいおい、俺たち私たちのいろはたんをここまで苦しませておいて、他の女とイチャコラしてるクソ野郎は一体どこのどいつやねん! と、今や名も知らぬいろはの想い人は完全に会場中の敵である。

 なにこのヒトラーも裸足で逃げ出す演説力! 友達ながらこえーよ! さすがにそれをカミングアウトしちゃうのはマズイと理解しているのであろう、彼と彼女の名前を明かさないのが、せめてもの武士の情けってね☆

 

 そして、そんな名(迷)演説により一体と化した会場を視線で一舐めして満足げに頷くと、相変わらずの並みの胸をばーんと張る並みはす。

 

「もともと先輩にやらされた生徒会長なのに、なんで二期目まで真面目に務めたと思ってるんですか。それはもちろんこの日の為です。だめだめな先輩に、胸張って堂々と宣言する為です」

 

 まったく! お胸はそこまで無いってのに、今のあんたは超おっきく見えるぜ!

 

 そしていろははその言葉通り、堂々と宣言するのだ。ベリーのように甘くすっぱく、そっと囁くように……

 

「……先輩? わたし、来年先輩の大学受けますね」

 

 ……え? マ?

 

「わたし、勉強そんなに得意くないですけど、今、結構必死こいて勉強頑張ってるんですよ? なぜかって、それはもちろん先輩の大学に行く為に決まってるじゃないですかー? ……だから送り出すどころか、今は追っかける為の布石をばら撒いてる真っ最中です。先輩を落とす為の下準備の真っ最中です」

 

 うっそ、困るー、私そんなの聞いてないよー! だから最近、あいつ成績上がってきてたのか!

 すると彼女は、小悪魔だった笑顔に性悪スパイスを追加で振り掛けて、とっても嫌~な悪魔笑顔でにっこりいろはすスマイル!

 

「ねぇ、先輩? 高校の時から付き合ってるカップルの、一体何割がそのままゴールインまで到達すると思ってます? はっきり言って、そんなもんほぼ皆無ですよほぼ」

 

 ……ひ、酷でぇ。い、いや、そりゃ確かにそうなんだけどさぁ……

 それにしたって、それなりにカップルが居るであろう高校生が揃ってる会場でそれ言っちゃうのん? せっかく盛り上がってた会場が若干引いてますよ!

 あ、インカムの向こうから書記ちゃんの呻き声が。

 つか大学追い掛ける宣言から、なぜに急に学生恋愛の悲哀事情に?

 

「まぁ? それでも確かに? ぶっちゃけ現時点でも想定外っちゃ想定外なんですけどねー。だって、まさか先輩と彼女がまだ続いてるなんて、一年前には思ってなかったですもん。 ほっとけばすぐ破局すると思ってたんで、正直ちょっと計算外です」

 

 そしてこれまた酷でぇ。

 っべー上から様子を眺めてるだけの私にも、下から雪ノ下先輩の圧倒的な冷気ががが……!

 

「でも、なにせ人として拗れに拗れたひねくれたお二人ですし? これからわたしが本気出せば、はっきり言って余裕でわたしが勝っちゃうと思うんですよねー」

 

 やめてぇ! 寒い、寒いよぅ!

 大丈夫? 薄手のドレスしか纏ってない会場中のお嬢様方に毛布配給しようか?

 

「先輩、彼女がいる人を好きになっちゃいけない法律なんてないし、諦めなくていいのが女の子の特権なんですよ? だからわたし諦めないです。だって、わたしこう見えて先輩のこと結構好きですもん。めんどくさくてクズくてどうしようもない先輩にドハマりしちゃってますもん」

 

 いろはは、挑発的だった口調から一転、ふんわりとした雰囲気を纏って、とても……とても熱烈な愛を囁いた。そしてここで初めて自信の本音を吐露したのだ。この恋は諦めない、と。

 なるほど、なぜに急に学生恋愛の離別率のお話になったのかと思ったら、大学追い掛けてって憎き恋敵からジャッカルしちゃうゾ☆宣言だったわけだ。いいぞもっとやれ!

 

「一年前、言いましたよね? わたしこう見えて都合のいい女ですけど、諦めも悪い女なんですって」

 

 うはっ、マジかよいろは! あんた、私が覗いてないとこでそんなこと言ってたのかぁ。

 私は、そんないろはの言い分を聞いて、思わずぷっと吹き出してしまった。

 だって、都合がいいのに諦めが悪いって、それ全然都合よくないじゃん! 男にとって扱いやすいから『都合がいい』なのに、その相反する諦めの悪さまでセットにして宣言しちゃうってのが、なんともいろはらしくって。

 

「てわけで、今は絶賛下準備中なんです。先輩が彼女と別れるのを待つんじゃなくて、先輩にわたしを選ばせる為の!」

 

 す、すごいよいろはさん! あんたの後ろに、どん! って効果音が具現化してるよ!

 

 

 と、そんなあまりの男前な一色いろはの勇姿に私を含め会場中が惚けていると、ここでいろはからとんでもない爆弾が投げつけられることになる。

 

「……なので雪乃先輩? 今だけは先輩を貸しといてあげます。精々今のうちに楽しんどいてくださいねっ」

 

「……は?」

 

 い、言ったぁぁ! 武士の情けで名前を明かさないでいると思ったのに、ここにきてまさかのカミングアウト!

 うぉぉ……! 会場中がどよめいてやがるッ! そりゃそうだ。一色いろはの恋敵が、まさかあの雪ノ下雪乃だったなんて。そもそも知ってる人しか知らない事だから、あの雪ノ下雪乃に彼氏が居たという事実自体が、超文春砲レベルの大ニュースなわけだし!

 

「それに結衣先輩もです。この一年それなりに背中も押しましたし様子も探ってましたけど、この公開告白でわたしみたいに動かなかった時点で、もう負ける気とか全然ないんで」

 

 こっちも言ったぁぁ! すっごい飛び火っぷりだよ由比ヶ浜先輩!

 そして、あのトップカースト由比ヶ浜結衣の名が上がったことにより、さらに激しくどよめく体育館。一歩VS千堂の後楽園ホールくらい揺れてるんじゃないかしら、この会場! まっくのっうち。

 

 さぁ、この突然のトンデモ事態に、喧嘩を売られた当人達の反応やいかに!?

 

「……ふふふ、さっきから黙って聞いていれば、本当にいい度胸ね。……一色さん? よく知っているとは思うけれど、私、こう見えてなかなかの負けず嫌いなの。たっぷりと泣かせてあげるから、覚悟しなさい」

 

 はい、秒で買いましたー。

 

「あたしだってこういう事したかったけど、いろはちゃんと違って大人だから、……てぃ、TPP? をわきまえただけだし! ……あたしだって、ゆきのんにも……いろはちゃんにも負けないから!」

 

 そして由比ヶ浜先輩は、なぜか環太平洋パートナーシップ協定をわきまえちゃったってよ。世界経済相手にわきまえちゃうとか、やっぱ由比ヶ浜先輩は色々と(意味深)スケールがデカイぜ!

 

 

 

 ──うっひゃ~! にしても、これってキラ☆やば~!

 あの雪ノ下先輩の彼氏で、さらにあの由比ヶ浜先輩といろはにも狙われてる男とか、それどこの色男だって話だよね! これもう正体バレたら袋叩き待った無しですわ。……うわぁ、いま比企谷先輩、死にたいんだろうなぁ……。ざまぁ♪

 そして騒然としてる会場内で、そんな比企谷先輩を見て一人だけおなか抱えて大爆笑してる人が居んなぁ、と思ったら、なんか葉山先輩だった。

 あの人、相変わらずほんと性格悪いなぁ(褒め言葉)

 

 

 こうして、あまりにも強大な敵に、見事真正面から喧嘩を売り切った我らがいろはさん。不敵に冷笑を浮かべる雪ノ下先輩(額には血管がぷっくり☆)と、ぷくっと膨れっ面の由比ヶ浜先輩を満足そうに上から眺めると、にっこり笑顔で今一度本命の彼と向き合うのだった。

 

「ふふん、こっちはこっちで話が済みましたんで、あとは先輩が覚悟しとく番ですからね? だから待っててください、わたしが先輩のトコに行くのを」

 

 そして彼女は言う。片手を頭に添えてくねっと身体をくねらせて、あのお得意のポーズでマッ缶のような甘ったるい極上の落とし文句を。

 

「わたしをこんな風にした責任、いつか絶対とってもらうんで、その時はよろしくでーす♡」

 

「……うわぁ、あざとい」

 

 その姿を見て、思わず口から本音が漏れ出てしまったけれども、たぶん会場中の気持ちがひとつになった瞬間だと思います。まる。

 

 

 でもま、うん、確かにあざとッ! とは思ったんだけど、なんかこう、それと同じくらい、胸がぽかぽかしてくるのも感じるんですよ。

 そしてそれはどうやら私だけではないようで、一旦は衝撃の事実(ゆきのんとガハマさんの件について!)に困惑と憤りに心が揺れた人達も、いろはのめっちゃ甘ったるいあざとさに全力で引いた人達も、いろはのあまりの格好よさに、今やこの会場には万雷の拍手と歓声が鳴り響いている。

 「いいぞ会長~!」「めっちゃ格好いい~!」「わたし超応援しちゃう~!」「リア充クソ野郎死ねばいいのに」なんて温かい声(一部全然温かくはない)が体育館いっぱいに反響し、そんな素敵な声援に包まれ、照れ臭そうに顔を綻ばせるいろはの姿を見る度に……、……私は──

 

 

「……う、う"ぇぇ」

 

 

 ……くっそ、なんだよ! 目頭がちょっぴり熱くなっちゃったじゃねーか! ええいこんちくしょうめ! 歳取ると涙脆くなっていけねぇや……!

 うう、もうほんと急にこういうのやめてよね! 最近じゃいちごちゃんとらきちゃんのユニットライブ観ただけで大号泣しちゃうんだから! ……べ、別に泣いてねーし。

 

 ……ふぇぇ、よかった、よかったよぅ……! 最近あいつ、柄にもなく恋愛トークとかにちょっと大人しめだったから、大好きな先輩方の旅立ちの日にこんなにも生き生きしてる姿が見られて、ほんとよかったよぅ!

 今は姿は見えないけれど、このいろはのアホな勇姿に、紗弥加も智子もエリエリも、あと有志として手伝いにきてくれた元一年C組の面々も、苦笑いを浮かべながらも目をじんわり滲ませてるんだろうなぁ……。ひひっ!

 

 

「と、ゆーわけで、プロム恒例公開告白イベントは、これにてお開きとなります」

 

 なんて感慨に耽っていたら、突如いろはの口からなんともドライなセリフが。

 マジすかいろはさん! 見て見て!? みんな感無量って感じで盛り上がってる真っ最中でしょ!? ほらほら、あんたの格好よさにせっかく感動してたのに、突然の幕引きにみなさん唖然としちゃってますよ!

 自分が言いたいこと言い切って満足したらハイそれまでですかそうですか。どんだけドライなんだよ。どんこ(乾燥しいたけ)だってもうちょっとしっとりしてんぞ!

 

「くくっ」

 

 でもま、そんなトコがいろはらしいっちゃらしいんだよなぁ。むしろあまりにもらしすぎて、まだ涙と鼻水でぐじゅぐじゅしてるってのに、つい笑いが漏れちゃうまである。泣いてなんかねーし。

 

 

 恋愛脳に見えて、実はクレバーでリアリストないろはさん。

 みんな忘れてると思うけど、本日の主役はあくまでも現在観客に成り下がってるみなさんであり、現在主役の一色いろはは、本来は主役を送り出す側であり脇役でいなければならない立場。

 いくら盛り上がっているとはいえ、自身の要件が済んだあとまで、あつかましくいつまでも主役の席を譲らないわけにはいかないのである。

 

 ……それに、こいつにはこの後、まだやりたいこと残ってるしね☆

 

「ではでは……、このイベントで恋が成就した人、想いが叶わなかった人、告白する人を見て勇気を貰えた人、プロムが終わったあと、自分も好きな人と過ごしてみようかなって思った人、色々な想いを胸に抱いた方がいらっしゃると思いますが、どなたさまにも素敵な未来が訪れますようお祈り申し上げつつ、」

 

 ……って、あれ? いろはの乾きっぷりに苦笑いしてすっかり忘れてたけど、今のいろはのフレーズには、なんだか覚えがあるような……

 

「これにて余興の時間を終了とさせていただき、」

 

 ……え、あ、あれ? ……あ、っべー! これってもしや……!

 

「みなさんお待ちかねっ! ダンスタイム、第二部をはじめまーす!」

 

「「「ウェェェェーイッ!」」」

 

 ッギャー! やっぱそうだったぁ! 今のフレーズ、第二部再開の合図だったよ! ちょ、ちょっと待ってよいろはぁ! まだ心の準備ってやつがさぁ! っべー! べべべべー!

 

 

 ──段取りガン無視のいろはの大暴走により、すっかりとお仕事を忘れていた私。

 おいマジふざけんな。進行ぐっちゃぐちゃにしといて、なんの前触れもなくいきなり仕事振ってくんじゃないわよぉ!

 っべー! べべべべー! あっれー? 次照明どうすんだっけ?

 

 と、いろはのあまりのフリーダムっぷりにあわあわしていると、不意にインカムからザッとノイズが走った。

 

『──ぐすっ、……香織先輩、いろは、先輩がっ、めちゃくちゃやってくれた、せい、で、すっかり忘れて、ました、けど……、ズズッ、第二部の準備、だいじょぶ、でふか? だいじょぶなら、次のいろは先輩のセリフのあと、一気にいっちゃい、ますよ……? っ、う、うぅ』

 

 それは、突然仕事を振られて、私と同じように慌ててお仕事の確認をしてきた小町ちゃんの声だった。てか小町ちゃん、めっちゃ泣いてんじゃん。

 あはは、普段は姑息でクズいお義姉ちゃん候補のとっても立派な姿に、ついつい涙腺弛んじゃったんだねぇ。んもう、この子ってばほんと可愛い♡

 ふふっ、あんがとね小町ちゃん! お姉さんもちょっと慌てちゃってたけど、私よりぐっちゃぐちゃになってそうな小町ちゃんの可愛らしい声聞いたら、途端に頭がクリアになったよ♪

 だからそんな小町ちゃんを落ち着かせてあげる為にも、小町ちゃんと違ってちょっぴり目頭が熱くなってしまっただけの私は、あくまでも冷静に、あくまでも沈着に、クールでスマートな素敵なお姉さんっぷりを存分に発揮して、大丈夫だよって、優しくこう声をかけてあげるのでした。

 

「──ずびびっ、が、がじごま"ぁ」

 

 てへっ! これは酷い☆(白目)

 

 

× × ×

 

 

「──それじゃ小町ちゃん行くよー! 3~っ」

 

「──かしこまちです! 2~っ」

 

「『──1~っ、せーのっ!』」「それでは、ミュージック、スターティン!」

 

 

 いろはの余興終了の号令にぴたり合わせるように小町ちゃんと掛け声を合わせ、告白会場だったこの体育館は再びダンスホールへと変貌する。

 スポットライトから放たれるレーザービームのような光がミラーボールの反射でキラキラと降り注ぐと、光の元に集まるダンサー達の笑顔もキラキラ輝く。

 そしてそんな光の奔流と同時に流れ始めたこの曲。ここまで洋楽のスタンダードナンバーばかりを選曲していたプロムのダンスタイムには、正直不向きと思えるこの邦楽。

 きっと、ここに集まっているのが私達総武高校二年生以上の生徒でなければ、運営がなぜここでこの曲をセレクトしたのか、意図が理解出来なかったことだろう。

 

 しかし、曲のイントロが流れ始めた途端の卒業生達の弾けるような笑顔が、ここでこの曲を選んだのがまちがいではなかったんだと教えてくれている。

 ていうか、正直私も、本当の意味では今初めて理解出来たのかもしんない。運営が……、んーん? なぜ運営の責任者であり、この企画のプロデューサーさんであるいろはPが、なぜここでこの曲を──去年の文化祭、今や伝説として語り継がれている雪ノ下先輩達のバンドで、メインヒロイン二人が歌い上げたあの曲の原曲をセレクトしたのかを。

 

 

 そんな、若干踊り狂いづらいと思える曲をバックに、みなが思い思いに下手っぴで愉快なダンスを披露しはじめた頃、すでにMCとしての役目を終え、人知れず舞台袖へと下がる手順であるはずのいろはが、不意にステージの上からふわっと羽ばたくことになる。

 亜麻色の髪とチェックのミニスカートをふわり靡かせて、彼女はとても楽しそうに舞台からダンスホールへと舞い降りたのだ。

 

「やっぱり、ね」

 

 今や主役がいろはから卒業生に移った中、もう誰も注意を向けていないはずの彼女の次なる行動をしっかり目撃していた私。んふふ、あんたの行動なんて香織ちゃんにはお見通しだよ♪

 だから私は、彼女に向けてとびっきりのサービスをしてあげましょう。今の私だけに許された、極上のおもてなしを。

 

「ほれ、ぽちっとな☆」

 

 その瞬間、彼女の姿が闇夜にぽっかり浮かび上がる。

 なんのことはない。先ほど消したばかりの余興用のスポットライトを、いろはに向けてばびゅんと発射してやったのだ!

 

 思いがけない突然の照射に、一瞬びっくりした私の友達。

 でもすぐに私の意図したことに気付いたのだろう彼女は、咎めるような……、それでいて、ありがとね、と謝意を示すかのような眼差しを一瞬だけこちらに向けると、ヤツはすぐにまた正面へと視線を戻した。

 

 

 薄暗い会場を縦横無尽に駆け回る原色のスポットライト。その中にあり、ひとつだけ輝く一筋の白い光は、まるでファッションショーの会場でモデルだけを浮かび上がらせるかのような効力を存分に発揮し、今や主役の座を明け渡したはずの一色いろはは、またもや会場中の視線を一身に集める主役の座へと返り咲いた。否、責任者のくせに無茶苦茶やって私達を振り回してくれたお返しに、いろは被害者の会名誉役員たる私が無茶苦茶やって、あいつを主役に返り咲かせてやったのである。あんた、まだ主役を放り出すのは早いっしょ? ってね。ふひっ!

 

 私の悪巧みによりふたたび集まってしまった視線に一瞬苦笑を浮かべたいろはだけれど、そこはさすがのいろはさん。すぐさま自信たっぷりの微笑を浮かべ、真っ直ぐ前へと歩き出す。

 スポットライトに照らされる、生徒会長の風を切るようなウォーキングの邪魔にならないよう、愉しげに踊っていた群衆が我も我もと進路を空けてゆき、たった一人分だけひらけたその道はまるでランウェイのよう。見慣れた制服姿であるはずなのに、自信満々にその道を突き進んでいく彼女の姿は、まるで華やかなドレスに身を纏い、光輝くランウェイを闊歩するトップモデルのような装いで。

 

 

 やがて、その歩みは終演の刻を迎える事となる。彼女が目的の地へと辿り着いたのだから。

 ランウェイの終わりの地。そこにあるのは、いろはが求めてやまない安住の温もり。拗れて捻くれて腐っているけれど、それでも、恋する乙女にとっては何よりも大切な温もり。

 

 いろはは、その大切な温もりに向けてすっと手を伸ばす。まるでヒロインをダンスに誘う素敵な王子様のように。

 

『あとでダンス誘いにいくんで、文句があるならその時まで待っててください』

 

 

 なぜダンスタイムには不向きと思われるこの曲をいろはが選んだのか。

 

 ──いろはは、きっと初めからここで比企谷先輩をダンスに誘うつもりだったんだ。卒業生みんなの前でライバル達に挑戦状を叩きつけ、衆人環視のなか愛しの人が決して逃げられないよう外堀を埋めて、この曲が大音量で流れる中ヒロイン二人を押し退けて自分が比企谷先輩と踊るということは──

 

「あはは、これ完全に挑発じゃん」

 

 比企谷先輩に対しても、メインヒロイン二人に対しても、ね。

 ぷっ、やっぱいろはは凄いわ。この一年間、こっちは失意に暮れる友達を無駄に心配してたってのに、当のあんたはこの日この時この瞬間のために、わざわざめんどくさいことやって、長い時間かけて、考えて、思い詰めて、しんどくなって、じたばたして……、それでも嫌にもならず嫌いにもならず、諦めることもやめて、こうして清々しく果たし状をばしんと叩きつけちゃったんだもん。我が友達ながら、ほーんと無茶苦茶なヤツだよ。

 

 ……たぶん、涙ながらに先輩を送り出そうとしている姿も、勇ましく戦いを挑む姿も、どっちもいろはのホントなんだと思う。

 比企谷先輩と雪ノ下先輩が付き合い始めてからのこの一年、色々悩んだ末に出したのが、やっぱりまだ諦めない! って答えなんだね。

 いろは、今度こそほんとにお疲れ! その調子で、これからも一色いろはらしく、思うがまま自由に恋を楽しめよ~! あんたがそのつもりでいるんなら、私、どこまでも覗い……けぷけぷ、見守るから!

 

 

 

 ──あの曲が響き渡り、スポットライトに照らされたミラーボールの光が爛々と降り注ぐ中、本日を持ってご卒業した三年生方の羨望と嫉妬の視線を目一杯受けて、頭痛を抑えるかのようにこめかみに手を当てる雪ノ下先輩と、たはは~と苦笑いを浮かべる由比ヶ浜先輩の真ん前で、逃げ道を完全に塞がれがんじがらめに縛られて、男前な少女から伸ばされた手に、嫌々そうに……ほんっとに嫌々そうにそっと手を添えるツンデレヒロインさながらの比企谷先輩のしかめっ面をにんまり見つめるいろはの小悪魔めいた笑顔を見て、私家堀香織はこう思うのです。

 

 

 

 ──最近友達の一色いろはがあざとくない件についてだって? いやいやとんでもない!

 

 やはり、私の友達一色いろはは、最高にあざとい件についてっ!

 

 

 

 了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャスト

 

 主演 一色いろは

 

 ヒロイン 比企谷八幡

 

 女子生徒A 家堀香織

 

 作画 家堀香織

 

 企画 家堀香織

 

 制作 家堀香織

 

 監督 家堀香織

 

 

 

 

 

 

 なーんて素敵なエンドロールを脳内で流しつつ、現在私は軽くエピログりながら、夕陽が射し込む茜色の体育館でせかせか後片付けをしています。

 

 ひーこら言いながらあっちを駆け回りこっちを駆け回り、ここがつい先程までド派手なダンスホールだったのがまるで夢であったかのような、乱雑に散らかったケータリング類やら装飾やらをせかせか片付ける辛い日々。

 それもそのはず、プロムが終了したと同時に、我らが代表者いろはPが雪ノ下先輩方に連れ去られてしまったのだ! 大将首が落とされた今、残された残党達は統率もなくただ闇雲に戦後処理をするのみである。大将、早く帰ってこないかしらん……(涙目)

 それにしても、アレ今日中に解放されるのかしら……? なんか首根っこ掴まれて、凄い勢いで奉仕部に連れ込まれてったけど。おーこわ。

 

 そんなこんなで、今や体育館上部の窓から降り注ぐ光が紅から群青へと変わり始める中、それでもいつ終わるともわからない作業をぶつくさ文句を言いつつ真面目にこなしながらも、私はついさっきまでの喧騒を思い出しては、思わずにへっと口元を弛ませてしまう。

 馬車馬のようにこき使われながらニヤニヤしちゃうとか、これもう完全に社会という名の上級国民にしっかりと調教された立派な社畜さんですわ。

 

 

『……お前な、ほんと勘弁してくれ……、俺を殺す気なの? まだ墓の準備できてないんだけど……』

 

『先輩がいけないんじゃないですか。今まで何度もそういう空気出してたのに、気付かないフリして流し続けてきたからこういう目に合うんですよ? ……ハッ、今もしかして文句言うフリして口説いてましたか墓の用意が出来たら同じ墓に入ろうとか言ってましたか正直なかなか悪くない提案ですけど今はそんな未来の話より今をイチャイチャ過ごしたいんでそういったお話は数十年後に言って下さいごめんなさい』

 

『……えぇぇ』

 

 

 上からじゃ声なんて全然聞こえなかったけど、今ごろそんなくだらない漫才を繰り広げてるんだろうな、って容易に想像出来た、手と手を取り合った二人のシャルウィーダンス。あの嫌そうな顔と愉しそうな顔を眺めながらにまにましてた時の事を思い出す度、私はまるで口に練乳でも流し込まれたかのような甘ったるさに胸焼けをおこして、胸の中でこんな悪態を吐いちゃうのだ。

 

 

 ──まったくぅ、諦めて送り出すつもりなんだと思ってたら、なんなのよあれ。諦めるどころかヤル気満々じゃんよ! あーあ、なんか余計な心配して損しちゃったよ。とっとと爆発しちゃえば?

 

 ってね!

 

 あいつの行動力と実行力はマジパない。あの様子じゃ、あいつまちがいなく比企谷先輩の大学に受かっちゃうだろうし、あの宣言通りこれからガンガン攻めまくるのだろう。そしたらこれからも否応なしに、一色いろはがあざとくない件が続いていくじゃない☆そしたらさ? 私も覚悟決めなきゃなんないじゃん?

 

 そんな事を思う度、私の可憐でぷるつやな口元はどうしたって弛んじゃうのさ。困惑と苦笑が入り雑じる、とっても変な感情だけどさっ!

 

 

 そして私家堀香織は、周りに変な目で見られないよう真面目に労働してるフリをしながら、ほんのりと口角を吊り上がらせてこんな独り言をぽしょり呟くのだった。

 

 

「おいおいマジかよ~、比企谷先輩の大学とか超ハードル高いじゃんか~。……ふぇぇ、じゃあ私も明日から勉強めっちゃ頑張んなきゃ~……ッ」

 

 

 そう。私の友達一色いろはがそのつもりならば、私のお仕事だってまだまだ終わらないのです! ならば、私もついて行くしかあるまいよ♪

 お仕事という名の悪癖に命を掛けるわたくし家堀香織は、受験戦争突入を来月に控えた今日、こうして進学先を決めたのでした!

 私の覗き活動ノゾカツっ、大学生編始まります! フフッヒ(嘘)

 

 普通は全力で悩むこと必至の人生の分かれ道なはずなのに、こんなにスムーズに、こんなにばっちし進路を決められるなんて、キャハ☆私ってラッキー♪

 …………ラッキーなのか……?

 

 

 やはり、私の青春はちょっぴり残念である♡

 

 

 

 

 ~fin~

 

 

 著者 家堀香織

 







というわけで、初投稿から5年近くの歳月が過ぎ、こうしてついに完結する事が出来ました!(何回目の完結?)
手前味噌ながら、いろはすらしく香織らしい終わり方が出来たんじゃないかな?なんて思っております。
まだ読んでくれてる読者の皆様、このあざとくない件に最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!


思えば短編集でいろはす生誕祭を書き終え、もうこれで筆を置いちゃってもいいかなぁ~なんて考えている間に、気が付けば半年以上が経ち、やっぱこのまま筆置いちゃうのね、と思っていた矢先に発売された原作最終巻。

「こう見えて結構都合のいい女なんです」「諦め悪い女ですから」「諦めないでいいのは女の子の特権」

等々、いろはすならこう来るだろうなと期待していた通りの数々の名(迷)言を引っ提げて、どん!と登場したくれた我らがいろはすの最後の勇姿を目の当たりにしたら、ああ、これはあざとくない件もちゃんと完結させなきゃ原作様にもいろはすにも香織にも失恋だな、と思い立ち、こうしてようやく完結する事が出来ました!

筆を置くのもやぶさかではないと思いながらも、やはり心のどこかでしこりとして残っていた、処女作あざとくない件の未完っぷり。
今回きちんと完結出来て、これでようやく肩の荷が降りた気分です(^皿^)
…え?大学生編?いやいや、そんなのやるわけないじゃないですかー?と、完結詐欺常習犯がなんか言っておりますがなにか。


とにもかくにも、これにて本当に筆を置くかもしれませんし、その一方、こうして久しぶりに小説を書いてみて、「やっぱ小説書くのは楽しいぜ!」「やっぱ香織好きだわ。また香織書きたいなぁ☆」と感じてしまったのもまた事実。
なので、またいつもの完結詐欺のように、なにかしらのきっかけで桶川のひょっこりはん並に突然ひょっこり現れるかもしれませんので(ネタが旬を過ぎすぎている辺りが、執筆してなかった期間の長さを感じさせてしみじみしちゃう(´・ω・`)。しかも桶川の方かよ)、その時はどうぞ宜しくお願い申し上げます(^^)


ではでは、あざとくない件を最後まで読んでいただけた皆様、あざとくない件のいろはすを気に入っていただけた皆様、そして、我が愚娘家堀香織を愛して下さった皆々様、すべての方に感謝感謝のスペシャルサンクスでしたっ!ノシ





とか思っていたのですが、よくよく考えたら筆を置く前に少なくともあと一度くらいはなんか書いちゃうかもしれないので、一応ご報告という名の宣伝をひとつ!

一月ほど前に活動報告にてご報告したのでご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、

https://syosetu.org/novel/208387/

にて(総勢16名の俺ガイル二次作者が腕によりをかけて仕上げた一品達が掲載されている面白カッコいい素敵な短編集ですので、お暇なら見てよね☆)短編一本を寄稿させていただいておりますm(__)m

んで、その企画の主催者さんがアニメ三期辺りにもう一度この企画をやりたいとおっしゃっていたので、もしかしたら私もそこでもう一本短編を書くかもです。
なのでもしよろしければ是非是非チェックをば!



それでは読者の皆様といろはす、ついでに香織にも幸あれ!メリークリスマ~ス☆

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。