最近友達の一色いろはがあざとくない件について 作:ぶーちゃん☆
はいはい、中編中編。
おかしい…今のところいい感じに脳内プロット通り話が進んでいるというのに、なぜ文字数ばかりが増えてゆくのか…
というわけで紗弥加スピンオフ中編となります!
蛇足だろ、と、前回前編でリタイアした読者さんが多数いらっしゃるとは思いますが、作者が書きたいこと書いてんだから別にいいんですっ!
数少ない残った読者さん、今回は楽しく書けたと思ってるのでどうぞお楽しみくださいませ!
『ねぇ今日放課後どするー? あたし新しいサンダルとか見に行こうかと思ってんだけど』
『ごめ〜ん、私今日友くんとデートなんだよね〜』
『お前らいつもデートしてんね。香織は?』
『うぅ……、行きたいのは山々なんだけどさ、今夜のは個人的にリアタイ視聴マストなんだよぉ……。それまでに現国、今日のノルマ分までは達成しとかないと心置きなく観れないじゃん……? 今日はちょっとむりぽ〜……』
『そ、そか。なんか色々と大変そうよね、オタクって』
『オタクじゃねーし!』
『はいはい。いろはは?』
『ごめん、わたしも無理ー。今日サイゼで勉強の予定あるから、それまでに速攻で生徒会の仕事片付けなきゃ』
『りょ。じゃ、今日は仕方ないか。たまには一人でウインドウショッピングと洒落込みますかね』
『待って!? ねぇ、私は!? 私には聞かないの!? 紗弥加ちゃん私今日放課後超空いてるよ!?』
『あーごめん。さすがにあたし一人だと襟沢の相手はまだ荷が重いわ。遊ぶのはツッコミ要員間に合ってる日にしよっか』
『ひどい!? まだ、って、私たち友達になってからもう一年半くらい経つよね!?』
本日の学業を終えたあとの教室の放課後で。
そんなやり取りを交わしたあたし達グループは、予定が合わずバラバラに過ごすことが決定した。
智子はここのところ、かなりの頻度で友樹と会っているようだ。受験戦争突入を間近に控えた今、少しでも最後の晩餐を楽しもうと、心ゆくまで足掻いているのだろう。
対して、香織といろははすでに戦争状態である。いろはに関しては、なんならあのやらかしプロム以前には……いや、それどころか二年に進級した頃から徐々に突入してたっけ。
そんなこともあり、ここ最近は全員が集まって遊ぶ機会もめっきり減ってきてしまった。
三年だし仕方ないかと思う一方、三年だからこそ最後の一年を目一杯楽しみたいのになぁ、と、一抹の寂しさを覚えたりもしてしまう。
ま、襟沢に関しては、ちょっと可哀想だったから今度は誘ってやるか、とか思ってる。
キャラ的なものとテンション的なものもあって、あたし一人だとどうしてもツッコみきれないんだよね、あいつ。
でも襟沢なりに最後の年を目一杯楽しみたいんだろうし、次の機会には多少の妥協はしてやろう。
そんな決意を秘めながら、あたしは放課後のこの時間、一人で街に繰り出していた。
みんなに宣言した通り、夏に向けて新作のサンダルを見たり新作の服を合わせたり新作の小物を眺めたりと、千葉駅周辺のお店をぐるぐると冷やかして回っていた。
あたしは、休み時間に連れ立ってトイレに行ったりするわけでもなく、ハブられるのが怖くていつ
だからこういうたまのソロ活動は、我ながら気も楽だしそれなりにわくわくしたりもするようだ。
そうしてそれなりの満喫感のなか街を練り歩き、気が付けば空の色が藍から橙へと、その様相を変化させはじめていたことに気付く。
電車混むのも面倒だし、そろそろ帰路につくことにしようかと、駅前のロータリーへ足を踏み出した時だった。そこで、ちょっと意外な人物との思いがけない遭遇を果たしたのは。
あたしは、その遭遇にふと口元を弛めてしまう。この感情って、なんていうのだろうか。悪戯心? 嗜虐心?
そんな、名前の分からない感情を抱えたままのその足で、あたしはその珍客に向かってすたすた歩いてゆく。そしてにやりと口角を上げながら、こう声をかけるのだ。
「ちーす、卒業式ぶり〜。なにげ
「……うわぁ」
そう。あたしからの、爽やかにして庇護欲を否応なしに
三ヶ月弱前に我が校を巣立っていった噂の先輩、比企谷八幡である。
× × ×
比企谷先輩とは、二年に上がって暫くしてから、いろはとか香織繋がりで、たまに顔を合わせるようになった。
他人との距離を取りたがる先輩、基本的に冷めた性格のあたし。もちろん馬が合うはずもなく、初顔合わせの時に挨拶を交わしたあとは、いろはなり香織なりが話している横で、智子と話してたり一人でポチポチとスマホを弄ったりしている程度だった。
しかしそれが何度か続いていれば、さすがに多少の会話程度には繋がってゆくわけで。そしてある程度のやり取りを繰り返していれば、おのずと情も沸いてゆくわけで。
で、今ではあたしは意外なことに、この先輩がなかなか好きだったりする。当然恋愛的なLOVEな感情は皆無。人としてのLIKEである。
もちろん最初は『なんでこの程度の男にあのいろはが夢中になってるんだか』とか『こんなのと一緒に居たらいろはの価値落ちちゃうんじゃないの?』なんて、月並みなこと考えてた時期もあった。
でも会話を重ねてやり取りも増えていけば、その人の人となりが判ってくるというもの。他人には興味ないけど、身内には過保護なくらい甘かったり、他の男では女に対して絶対に吐かないような失礼極まりない発言を平気で吐いたりと、同じ年上の男でも、あたしがよく知っている、とても軽薄で、他人に自分を良く見せようと、ルックスとか車とかいい部屋で自分をゴテゴテと飾り立てる、とある大学生とはまるで違う、自分を一切飾らない妙な面白さがある人なんだと気付いたりしている内に、いつの間にかかなり好感を抱いていた。
結果、なぜいろはや香織がこの人に懐いているのかも理解しているし、あたしもこの人と話すことを楽しむようになっていて、今では敬意を込めてパイセンと呼ぶほどの仲になっている。うん、完全に馬鹿にしてんな。まぁ、それだけ親近感を抱いてるってことで。
「引きこもるのが何より好きなパイセンにしては、外で発見できるなんて珍しいですね〜」
駅前で偶然遭遇し、あたしを発見するなり失礼にもウザそうな顔を向けてきた比企谷先輩へと、お返しとばかりにニヤニヤとウザ絡みするあたし。こういうとこがウザがられてるんですね。知っててやってんすけど。
「……新種発見かよ。……あー、面倒くさいのに遭遇しちゃったなぁ」
「いやいや、それ本人前にしてはっきり言う? ほんとパイセンは人間が出来てないよね」
「出会い頭に引きこもり扱いしてきた失礼な女子高生に言われたくないセリフ第一位だわ」
「……ブッ! 確かに! あははは!」
人目も憚らず、思わず腹を抱えて爆笑してしまうあたし。なんなら先輩の肩をバシバシ叩きながら。
男相手だとどうしても斜に構えてしまいがちな自分も、男相手にこんな風に素で笑えるんだなと、自分で感心してしまうほど。基本冷めた性格だ、とか、よく言えたものである。
「で、パイセンが外に居るとか、どういう心境の変化? ……あ」
目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、そこでとあることを閃いて、にんまりと口元を歪めてしまった。
「そっか、雪ノ下先輩とデートとか? いや、もしくは暫く見ないあいだに大学デビューしちゃったとか?」
もちろん後者のはただの悪戯心からくるからかいである。この人に限ってデビューしちゃうとは思えないし。
なにせ、相変わらずの適当な髪型と没個性な服装という今の格好がそれを物語っているから。
この明らかにデビューしてない格好で、あの雪ノ下先輩と街をデートできちゃうとか、ホント凄い精神力の持ち主だなぁ、なんて内心感心していると──
「どっちでもないから」
と、意外な返答である。きょどきょどと照れた顔して、仕方なく雪ノ下先輩とのデートを白状するのかと思っていたから、ちょっと肩透かし状態のあたし。
「あ、そなんだ。明らかに待ち合わせしてますって感じで構えてたからてっきり」
「……お前んとこのボスに呼び出されてんだよ。勉強教えろってな。誰のせいで受験勉強の時間が取れないと思ってんですかと脅されると、なんも言えなくなる」
「あー」
なるほど、そういうことね。
そういえばいろは、さっき『サイゼで勉強の予定がある』とか確かに言ってた。
自分次第でどうとでもなる勉強に、予定もなにもないだろ、とか思ってたけど、勉強は勉強でも、先輩との勉強会ってことだったのか。
それならそれで、今さら照れとかしてないで、はっきりそう言えば良かったのに、とか思いかけてはみたものの、それはっきり言っちゃったら余計なノゾキ魔も付いてきちゃうからしょうがないね、と自己完結。
リアタイ視聴マスト? だっけ。とにかく、うちの兄貴みたいなよくわかんないことを兄貴みたいな早口で言ってたけど、ノゾキに命賭けてるあいつからしたら、血の涙流してでもノゾキに来そうだし。
「……にしても、パイセンもお人好しっていうか物好きっていうか生粋の
親友として、あのノゾキ魔の将来はちょっと心配だけども、今はそのノゾキ魔に代わって、この遭遇を楽しませてもらうとしよう。
手始めに、あたしは前々からずっと感じていたことを、本人にぶつけてみる事にした。
「おい、最後のは違うだろ。なんなの? ディスりたいだけなの?」
「そんなことなくない? 可愛い可愛い後輩に優しいのはご立派だけど、でも振った女に優しくしたまま側に置いとくとか、キープ目的かよ、とか、期待だけ持たせられて可哀想、とか、振った方から距離取るのが優しさでしょ、とか思われてもおかしくないしょ? 周りにそう思われてもいいの?」
とは言ってみたものの、その実あたしはそうは思ってはいない。
もちろん他の男に取られるのが勿体ないって理由でキープしとく、とか、単純に身体目的でキープしとく、とか、下衆い考えで『振った女に優しくしとく』ってクズ男の考えだったら最低だとは思う。
でもこの人の場合は絶対違うって理解してるから、じゃあどうして未だにこんなにいろはの面倒見てるんだろ、って単純に疑問だったのだ。
するとこの人は言う。悪役よろしくキモいドヤ顔で、なんの悪怯れもなく、なんの躊躇いもなく。
「そんなどこの誰が作ったのかわからんクソみたいな一般論知らん。そんなの、それこそ人によるもんだろ。俺から距離を取るのが優しさとか、それどんな上から目線の傲慢だよっていう話過ぎてすげぇ気持ち悪い。そもそも側に置いてるんじゃなくて絡まれてるだけだし。一色がそうして欲しいなら解るが、葉山の時のこと考えると、一色ってそういうタイプじゃないだろ。少なくとも一色がそれを望んでない以上、俺の方から気を遣わなきゃ! とか自意識過剰なことはしたくない。一色が愛想尽かしてちゃんとした相手見つけるまでは、あいつの好きなようにさせとくことくらいしか出来ないわ。俺みたいなのを好っ──き、気に入ってるのなんて、一色みたいなしっかり者の
と。
本当に……本当にバカだ。
バカ過ぎて惚れ惚れするほどにバカ。
要は、それこそ身内に対する過保護さってことだ。自分に対する対面なんて気にもせず、身内を信用して、ただただ身内の好きなようにさせてあげたい。ただそれだけのことだったのだ。身内が望むのなら、自分はどう思われても構わないという、この人の身内に対する甘さの表れ。
裏を返せば、それは自分に対する甘さでもある。大切な身内を可愛がりたいという、自分の欲求を満たすための、自分に対する甘さ。
つまりは、そう欲求してしまうくらいには、この人にとっては、いろははもう身内と認識されているのだ。
「あはははは! 受動態すぎ! マジでパイセンってパイセンだよね〜! そんなドヤ顔で偉そうなこと言ってるわりに、いざいろはに彼氏とか出来たら超凹みそう。なのに顔に出ないように頑張って口元とかぷるぷるさせて、夜になったら悔し涙で枕濡らしそう!」
「そ、そんなわけねぇだりょ」
「ぶふゥッ! そういうとこっすよ」
「……チッ、どういうとこだ」
そりゃ、ね。いろはみたいな現実主義者の皮を被った
「あと、好きっていうのも恥ずかしくて言えなくて、キョドりながら、き、気に入ってる、とか言い直しちゃう辺りも超キモくて超パイセンって感じ。いい意味で」
「質問無視した上に、さらにディスり被してくるのやめてくれない?」
「あはははは! ヤっバ! ほんとパイセンって面白いね!」
憮然とする先輩放置で、あたしはひとり爆笑の渦の中へと引きずり込まれてゆく。
これはもう面白くて堪らない。違う形とはいえ、大好きな人にここまで愛されているいろはに、ちょっと妬けちゃうくらい笑えるよね。
惜しいなぁ。この愛が、違う形じゃなくて、ちゃんと恋愛方面の形だったらもっと面白いのに。
でもま、ここまで愛されてるのなら、もしかしたらボタンの掛け違いひとつ──いろはの頑張り次第で、今後そういう愛の形に変化しちゃうことだってあるのかもね。
だから彼にひとつだけに間違いを指摘してあげるとしたら、ああいうタイプこそ、そう易々とは飽きないよ? ってとこかな。面白いから言わんけど。
「でもさ、いくら仲がいいっていっても、彼女さん嫌がんないの? パイセンの甲斐甲斐しい後輩想いっぷり」
ひとしきり笑い倒してからかい倒してからも、あたしは追撃の手を緩めない。それはそれ、これはこれなのだ。
可愛い可愛い身内を猫っ可愛がりするのはご立派だが、さすがに彼女が居る身で……しかも告られている女の子にこんなに親身になるのはいただけない。
そこんとこ説明よろ〜、とばかりにニヤニヤ訊ねてみたところ、先輩はしょっぱい顔して、ちょっと想っていたのとは違う答えを返してきた。
「生憎だが、その彼じ……パートナーがすげぇ乗り気でな……。一色が雪ノ下を挑発すんだよ。あれー? わたしは先輩のせいで勉強時間が取れなくなっちゃったから責任とってもらってるだけなんですけど。雪乃先輩はこんなことくらいで彼氏とられちゃうとか不安になっちゃうくらいの自信しかないんですかー? ……ってな。で、そういうのに乗っちゃうんだよ……、あの人」
「……あ、あー。な、なんかうちの友達がご迷惑おかけしてます」
すいと目を逸らして、つい平謝りしてしまった。
いろはのモノマネ交えながら説明する比企谷先輩が非常に気持ち悪かったことは置いといて、いろは、あの子ホント性格ヤバいなー。あの雪ノ下先輩に対して狩る気満々じゃないですか。ハート強すぎる。
それと雪ノ下先輩は煽り耐性なさすぎ。あの人、完璧美人に見えて、たまに香織並みに残念だったりするのよね。
そんな、なんだか二人してあはは……としょっぱい顔になってた時だった。とある
× × ×
その闖入者は不意に現れた。とても目立つ容姿だから、近づいてくる姿は視界に入ってはいたのだけれど。
その闖入者、先輩とあたしの姿を捉えた途端、とてとてと真っ直ぐに駆け寄ってきた。彼女が走るたびにぴょこぴょこ弾む見慣れないポニーテールがあまりにも楽しそうで、普段毎日のように顔合わせてるからあまり気にならなかったけど、そういえばいろは、あの頃より幾分髪を伸ばしてたんだなぁ、なんて、今更ながらに思ってしまった。
てかポニーて。あんたのポニー姿、はじめて見たんですけど。さっきまでいつも通りのヘアースタイルだったじゃん。
……あざとい予感しかしない。
そんな亜麻色のテールを
「先輩お待たせしました。生徒会の仕事が思ったより手間取っちゃいまして」
「……いってぇ。セリフと行動合ってなくない? 待たせた謝罪しながらなんでいきなり暴行なんだよ」
「そんなことよりわたしの居ないところでなに人の友達ナンパしてんですかねこの人」
「してねぇよ……。むしろ俺が笠屋にウザ絡みされてたんだが」
「へー。そのわりに随分と盛り上がってるように見えたんですけど。あ、紗弥加さっきぶりー」
「さっきぶり〜。や〜、いろは助かったわ。しつこいナンパイセンに絡まれててさ〜」
「だよねー。なんか遠目から紗弥加困ってそうに見えたんだー」
「……会って早々、結託して人を陥れるのやめてね?」
げんなりする先輩をよそに、にんまりとハイタッチで健闘を讃え合ういろはとあたし。この三人が絡むと、大体いつもこんな感じ。この弛い空気感、割と気に入っている。
「あ、そだ。ちょっと女の子同士のお話があるんで、先輩はあっちの方に行っててもらえます?」
と、急にいろはが動き出す。えぇ……と
「ど、どしたの?」
「やー、先輩が邪魔だったから、ちょっとあっちに掃いといただけ」
「掃いといたて。で、どした?」
「……んと、さっき先輩と盛り上がってたじゃない? なに話してたのかなー、なんて」
……ん? これ、もしかしてヤキモチ的な警戒的なアレ? とか一瞬思ったんだけど、どうやら違うようだ。
いろはさん、頬をほんのり染めて、困ったかのように眉をハの字に潜めながら、こしょこしょとこう耳打ちしてきた。
「……先輩に変なこと訊かれたりして、紗弥加、余計なこと言ってない?」
「余計なこと?」
「そ。ほら、わたしの勉強のこととか……。もし変なこと言ってたら、このあとのペース握りに影響しちゃうし、一応その確認的な……」
「あ〜、そゆこと?」
なるほど。どうやらそういうことらしい。
──そういうこと。それは、いろはの受験勉強への熱の入りようのこと。
一色いろは。どうやらこの子は、比企谷先輩に隠し事をしているらしい。
それは、普段の学校生活で、受験勉強を超頑張っていること。
この子の羞恥の沸点がどこにあるのかよく分からないが、どうやら先輩を追うために、私生活を全て犠牲にしてまで勉強に熱を入れているのを知られてしまうことが、結構恥ずかしいらしい。頑張って追いかけてきましたアピールをぐいぐいするタイプかと思いきや、そんなこともなく。
いや、頑張ってますアピールはちゃんとしているのだ。要は、その度合いの問題である。
その度合いを越してまでの頑張りを知られてしまい、ストレートに感心されたり褒められたりすると、どうやらマジ照れしちゃって恥ずかしいんだとか。
昔、先輩と小町が二人して褒め殺しにしてきて、真っ赤になって辱められた過去があり、それ以来、実は『好きな人達からストレートに褒められるとヤバいわたし』が居ることを知ってしまったらしい。
考えてみれば、いつの頃からか生徒会の仕事も、先輩に頼らず、自分たちでなんとかするようになっていたし、仕事の裏側の努力も極力見せないように努力していた。見せていたのは、あくまでも表向き程度の頑張ってますアピールのみ。
休み時間、机に文化祭の資料を拡げて唸っていたことや、夜中にエナジードリンク片手に体育祭の準備に奔走していたことなどは、先輩に見せないようにしていた。
自分の頑張りを必要以上に知られたくないというのは、どうやら彼女にとっての譲れないポイントらしい。
そういう事情があるため、先ほど先輩とあたしが何を話していたのかが気になったのだろう。
なにせいろはと先輩の待ち合わせ理由が『受験勉強』なのだ。その現場に居合わせた以上、必然的にあたしと先輩の会話内容は絞られる。その際もしも先輩があたしに『そういやあいつ、普段勉強頑張ってんのか?』などと聞いたとしよう。そこであたしが『死ぬほど頑張ってますよ〜』などと包み隠さず答えていようものならば、いろは的には恥ずかしくてもじもじしちゃって、余裕を装った本日のペースを崩してしまうだろう。だからいろははどうしてもあたしに確認を取っておきたかったのだ。お前、余計なこと言ってないだろうな? と。
だって一色いろはは、いつだって比企谷八幡に対して余裕の立場でいたいのだ。
「だいじょぶだいじょぶ。そういう話はしてないから」
「……そ? ならいいんだけど。……じゃあ、あんなに楽しそうになに話してたわけ?」
「んー? どしよっかな。それはあたしとパイセンのプライベートの問題だからな〜」
「……んー?」
「いやマジやめて? その目は人を殺せちゃうタイプの目だから」
ホント、急に瞳から光消すのやめてほしい。なんでキラキラな笑顔でその目ができんの。
プライベートな問題とか言って、どうせわたし関係の話に決まってんだろ? と、その瞳が凄い圧かけてきてる。
「はいはい、言いますよ〜。つっても、パイセン待たせてるから要点だけ」
「おっけ」
よし。凄い目をプレゼントしてくれたお礼に、あたしからもお返しに素敵なプレゼントをしてあげよう。悶えと辱めという、とっておきの贈り物を。
「ま、要約すると、いかにパイセンがいろはを大事に想ってるかってお話、かな〜。なんかいろは、あたしが思ってたよりずっとパイセンに愛されてるっぽいね?」
「は? …………え?」
ほら、最初きょとんとしてたいろはの顔が、ぶわぁっと赤くなりはじめた。
「……えと、マジで?」
「マジマジ」
「……そ、それは確かな情報筋からの信憑性の高い情報なわけ?」
なに言ってんだこいつ。
「いやあたしが直接パイセンから聞いたんだから」
「……そ、そかそか。……い、いやまぁ、今さら? っていうか? そんなのとっくに知ってましたけども? ま、どうせ身内とか妹みたいとか、そういうアレに対してのアレなんでしょ?」
とか言いながら、口元が弛んでしまわぬように表情筋をぷるぷると引き締め、熱を帯びた顔を手でぱたぱた扇いでますけども。
ホントこの子、ストレートな好意に弱いのね。
「……ま、そゆことなら、今日はちょっとくらい手加減してあげよっかな」
火照った顔にむふんと満足気な笑みを浮かべると、いろはは、んんっ、と咳払い。ここで一旦自分を落ち着けてから、先ほど隅の方へと追いやった先輩をちょいちょいと呼び付けた。
そんな横暴極まりない飼い主に、なんだよ……みたいな顔しながらも大人しく命令に従っていろはの元に寄ってくる先輩は、まるでよく躾けられた忠犬のようだ。
「……なに? 女の子同士の話とやらは終わったのか?」
「はい。ばっちり終わりました。いかに先輩がここ最近調子に乗っちゃってるのかがよく分かりましたので」
「は? 笠屋となに話したの? 別に調子になんて乗ってないが」
「いやいや、紗弥加ナンパしたりとかわたしに欲情したりとか、最近先輩マジでちょっと調子に乗ってるじゃないですかー?」
あれ? 今日は手加減しとくんじゃなかったっけ?
ぷくりと頬を膨らませ、いろはの
でもそれもこの関係性の醍醐味のひとつである。一人でによによしちゃうかも知れないけれど、いつも通り生暖かい目で見守らせてもらうとしようかな。
「いやちょっと待て。ナンパの件はもうどうでもいいとして、欲情とかいう謂れのない悪評を
「え? こないだ勉強してるとき思いっきり欲情してたじゃないですか。髪が垂れてくるの邪魔だったからちょっと
「…………み、見てないですけど」
うん。どうやら超見てたらしい。いろはなんか、へっ、とか鼻で笑ってるし。
てかこれか。いろはがポニーになってる原因は。
単純に意識されたのが嬉しかったからなのか、新鮮な髪型の反応が満更でも無かったから気を良くしたのか、こうやってじゃれ合いを楽しみたいが為の布石なのか。
どれにせよ、やっぱりあざとい予感的中してた。
「男子って、なんで目線がバレてないとか思ってるんですかねー。言っときますけど、結衣先輩と一緒に居るとき胸の方に目が行っちゃってるのとかもバレてますからね? 本人に」
「……え、マジ……?」
「ですです。たまにあの人もじっとするじゃないですか。あれですあれ。もう結衣先輩があれした時は、わたし達全員先輩に引いてますからね? わりと強めに」
「……ぐぅ」
あ、先輩がぐぅの音出して、今にも駅ビルの屋上に向かいそうな顔して悶えてる。ぐぅの音ってリアルに出るものなんだ。
わぁ、そんな先輩見て、いろは凄い悪い顔して楽しんでんなぁ。
「まったく。雪乃先輩といちゃこらしてる横にわたしとか結衣先輩とか振った女はべらせて欲情しといて、これで調子に乗ってませんとか、常識的に考えて社会通念上通用しなくないですかー?」
「横から失礼しちゃうけど、パイセン、それはちょっと調子に乗りすぎ〜」
「ねー」
「ね〜」
傍観者も思わず口を挟んでしまうくらいの調子乗りすぎ問題。
まぁ、年頃の男子が本能に抗えないのは仕方ないから、あたしもいろはも別に責めてるわけじゃないんすよ。攻めてるだけなんす。
「やっぱあれですか。好意伝えちゃってからですか、調子に乗っちゃってんの。ま、しょーがないですよねー、こんなに好意向けられてれば、男の子なら多少は調子乗っちゃいますよねー。でも惚れた弱みって言うんですか? そういう情けないとこも好きって思えちゃって、ダメ男を甘えさせちゃうわたしも悪いってゆーか?」
と、ここで突然いろはの口撃姿勢に変化が表れ始めた。なんだろうか。いろはが妙に素直なんだけど。
「……なっ、お、お前こんなとこでなに言って……」
「なに今さら照れてるんですか。ちょっと気持ち悪くて無理なんですけど。てか最近いつも好きって言ってますよね?」
「……い、いや、だから」
いろはの物言いに戸惑いを見せた先輩は、恥ずかしそうにあたしをチラ見する。分かります。気まずいんですよね。
うん、正直なところ、今あたしもめっちゃ恥ずかしいんだけど。なにこれ、お馴染みの光景かと思って油断してたら、思ってたのとちょっと違うみたいだ。
あたし今なに見せられてんの?
「とにかくです。先輩のこと好きすぎて調子に乗らせちゃってるわたしも悪いんですけど、そんな可愛い後輩を弄んでいい気になりすぎてる先輩が一番悪いのは言うまでもないので──」
二人の世界に入ってから、ずっとぷくりと頬を膨らませていた彼女。平気そうな顔して好き好きアピールしてるわりには、その膨らんだ頬とか、ポニーテールのせいでいつもよりも丸見えになってる耳がほんのりと赤く染まってて、実は結構恥ずかしそうなのバレバレだったけど。
そんな彼女が、不意に洩らした艶めいた笑み。その笑顔は
とても小悪魔めいていて。それでいて、恋する乙女そのもののような、天使めいた輝きも兼ね備えていた。
「というわけで、お詫びとして本日の勉強会は終電まで延長決定でいいてすよねー? で、お家帰るの遅くなっちゃうんで、当然家までの警護はマストで」
「う、うす」
「あれ? やけに素直じゃないですか。どうせまた屁理屈捏ねてやり過ごそうとしてくると思ってたのに。……はっ!? もしかしてこの状況を利用してわたしの両親に挨拶済ませちゃおうとか思ってましたかそれは確かに今後にとって必要な工程ですけどさすがにそれは段階飛ばし過ぎで下手したら悪手になりかねないので親に会う前にまず雪乃先輩と別れてくださいごめんなさい」
「えぇ……」
「はぁはぁ……じゃ、サイゼ行きますよサイゼ。善は急げとか言うじゃないですかー?」
「……どこにも善の要素ないんだよなぁ……」
──昔と変わらぬ見慣れた光景。
でも、昔とはちょっと違う見慣れない光景。
プロム以来初めて目にした二人の夫婦漫才は、あの頃と同じようで、ちょっとだけ違ってた。
好意を伝える以前、隠し誤魔化しとぼけていた先輩への
好意を伝えられる以前、隠し誤魔化しとぼけていたいろはからの口撃。こちらは好意を伝えられてからも相変わらずの情けなさだけれど、でも身内に対する甘さには磨きがかかってた。
二人の性格を考えれば、『あれからの世界』では、こうなる予感は確かにあった。
けれど、いざこうして目の当たりにすると、それは堪らなく微笑ましくて、そして堪らなく眩しい。
あまりの微笑ましく眩しすぎる光景に、思わず目を逸らしてしまいそうなほどに。
「じゃね紗弥加、また明日ねー」
「ん。また明日〜。パイセンもまた今度遊ぼうね〜」
「おう。遊ばないけど」
「遊ばないんだ、あはは」
ゆっくりと離れていく二つの背中。
肩をぶつけたり背中をぺしぺし叩いたり、昔はあまり見られなかったスキンシップを多分に取りながら、いろはは勉強会という名の楽しみの中へと消えてゆく。
先輩の隣を歩くいろはの見慣れぬテールが愉しげにぴょこぴょこ弾むたび、あたしはその眩しさから目を逸らし、なんとなく空しさを覚えてしまう。
あのいろはがねぇ……
今さらながらそう考えるたび、なんだか一人だけ取り残された気分に襲われてしまい、また二人から目を逸らしてしまう。
「や〜、久しぶりにパイセンで遊ぶの楽しかったー」
だから、いま口を衝いて出てきた強がり丸出しな独り言も、ただただ空しく響くだけ。
「……あ〜、なんか帰んの面倒になっちゃったな〜」
ウインドウショッピングにもあらかた満足し、帰りの電車が込むのを嫌い改札へと向けていた足取りが止まってしまった。
どしよ。もうちょっとそこらへんぷらぷらしてこうかな。
「……ん?」
そんなとき、不意にスクールバッグから、ぽこん、と間抜けな音がした。
普段なら気にも止めないそんな音。なにかしら、誰かしらからの連絡が入っても、そんなのはすぐにチェックしなくたって、適当なときに、適当に目を通せばよいのだから。
「……」
でも、今だけは気になってしまう。誰からだろう、なにか用事でもあるのだろうか、と。それは、今は誰かと繋がりたいと思ってしまったからだろう。
別に香織でもいいし智子でもいいし。なんなら襟沢でもいいし。
とにかく、誰かと今繋がれるのなら、それで気晴らしにでも暇潰しにでもなる。会ってバカ話に花を咲かすんでもいいし、どっか美味しいもの食べに行くんでもいい。帰るのも面倒になってしまった今の気持ちを、誰かに満たして欲しい。
……そんな思いで開いたスマホ。そこに届いていたこんな通知。
『【和也】よ。久しぶりにメシでも食い行かない?』
『こないだすげぇ美味い店見つけてさぁ』
『ちょっと高い店なんだけどドレスコードとか要らない店だから今からどう?』
「……」
深く……深く溜まった息を吐き出した。繋がりは繋がりでも、体の繫がりか、と。
急速に心が冷えていくのを感じる。そしてそれに反比例するように、温かい体温を求めてしまっている自分が居ることにも気付いてしまった。
冷えた心を物理的に温めることなど、決して出来やしないというのに……
──久しぶりに無性に人肌恋しくなっちゃったとこだし、ま、いっか。
しかし心の中でそう言い訳して、あたしは止まっていた足を再び動かし始めた。
家とは真逆の、あのマンションへと。
続く
というわけでありがとうございました!
まだまだ未熟な女子高生が目の前でこんなイチャコラ見せられたら、そりゃ人肌も恋しくなっちゃいますよねー。
そんなわけで次回こそ香織回!
香織ちゃんが擦れてしまった紗弥加をふくよかな癒やしでリフレッシュさせちゃうぞ☆
そしてスピンオフ後編にして、ついに登場人物がオリキャラのみになるというカオスです。あれ?コレいろはすSSじゃなかったっけ?