IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第151話 ヒーローになれなかった凡人

「――ん………ここ…は……?」

 

「颯太!!」

 

「目が覚めた……!!」

 

 ゆっくりと瞼を開けた颯太に、周りに控えていたシャルロットと簪が興奮した様子で叫ぶ。

 

「あぁ……おいっす、二人とも」

 

「おいっす、じゃないよ!」

 

「私たちがどれだけ……!」

 

 ニッと笑いながら口元の呼吸器をずらしながら言った颯太の言葉に二人がため息をつく。

 颯太は苦笑いを浮かべながら周りを見渡す。

 医療室の一室、集中治療室なため窓もなく部屋の真ん中のベッドに颯太が横たわり、周りには心電図などの映されたモニターや仰々しいいくつかの医療機器が並んでいる。

 ベッドの脇にはパイプ椅子にシャルロットと簪が座っている。

 

「今何時だ?俺、どのくらい寝て――っ!!」

 

「もう!まだ安静にしてないと!」

 

「怪我だけじゃなくて、そのせいで熱まで出てるんだから……!」

 

 体を起こそうとした颯太は左脇腹に走った痛みで顔をしかめ、慌てた二人に無理矢理ベッドに押し戻される。

 

「今は18時すぎ。試合が終わったのは14時半頃だったから」

 

「三時間近く寝てたんじゃないかな」

 

「そうか……」

 

 颯太は二人の言葉に頷きながら肩から力を抜く。

 

「まったく、無茶するよね」

 

「聞いたよ……相川さんに刺されたって……」

 

「ってことは…キヨちゃん自首したんだな」

 

「「き、キヨちゃん!?」」

 

 颯太の言葉に二人が驚愕の声を上げる。

 

「ああ。相川清香、俺の小学校の時の同級生だよ」

 

「え?」

 

「ど、同級生……?」

 

「そそっ。まあと言っても、五年も前の話だけどな」

 

「「そ、そうなんだ……」」

 

 颯太の言葉に納得したように椅子に座り直す。

 

「相川さんの話だと脇腹を刺したけど」

 

「颯太はポケットに太い文庫本を入れてたから、平気だったって……」

 

「でも――」

 

 言いながらシャルロットは脇袋から一冊の文庫本を取り出す。

 文庫本の真ん中には大きな切込のような穴が開いていて、その穴を覗き込むようにシャルロットは文庫本を掲げる。

 

「この通り、完全に突き抜けてる」

 

 穴からはシャルロットの目が覗いている。

 

「なのに…さも刺されてないフリして、相川さんを脅すなんて……」

 

「脅してない。事実を淡々と言っただけだ」

 

「「はいはい」」

 

 颯太の言葉に二人はやれやれと肩をすくめる。

 

「文庫本を間に挟んだおかげでそんなに深く刺されなかったから、運のいいことに内臓も重要な神経とか血管にも傷はつかなかった」

 

「でも、刺されたのは事実……下手すれば出血多量で死んでたよ……?」

 

「しかもお腹にあいた穴をホッチキスでとめて、その上からガーゼ当ててガムテープで固定するなんて」

 

「ホントに…無茶する……」

 

「アハハハ……昔読んだ漫画で、吸血鬼のヒロインが主人公に切り刻まれた体をガムテープぐるぐる巻きで固定してたから、それ真似しようと思って……」

 

「やっぱり漫画……」

 

「だと思った……」

 

 笑う颯太の言葉に二人は呆れ顔で頷く。

 

「………一夏はどうしてる?」

 

 呆れる二人に苦笑いを浮かべた颯太は少し間を空けて口を開く。

 

「……責任感じてるよ。自分が試合中、知らなかったとは言え颯太の左脇腹を二回も攻撃したから、颯太の怪我が悪化したんじゃないかって」

 

「だろうな。あの真面目で馬鹿正直な一夏ならそうだろうと思ったよ」

 

 やれやれと言った表情でため息をつく颯太。

 

「貴生川さんもピットの中でやけに時間を気にしてたけど、あれは颯太に使った鎮痛剤の効果が切れる時間を気にしてたんだね」

 

「颯太の様子が変わった頃、ちょうどあの頃に薬の効果が切れたんだよね……?」

 

「……ああ。そろそろ痛みが戻ってきたってときに、あいつ的確に腹を攻撃するんだもん。わざとかと思ったよ」

 

 颯太はため息をつきながら言う。

 

「あの時は傷は痛むわ、まるで全身の血が沸騰するかと思うほど熱いしで、頭おかしくなりそうだったよ」

 

「だから颯太らしくないセリフ口走ってたんだ。『血が滾る』とか『灼熱と化した血肉』がどうのとか」

 

「たぶん鎮痛剤のおかげで痛みは抑えられてたけど、怪我による発熱のせい…だね……」

 

 颯太の言葉に納得したように二人が頷く。

 

「しかしそうか……負けたか……」

 

 言いながら颯太は天井に視線を向ける。

 

「またヒーローになり損ねたんだな。俺がヒーローになれないのは五年前にわかってたことだったのに、つい今の俺ならなんて期待しちまった」

 

「また……?」

 

「五年前……?」

 

 顔を覆う様に右手を顔にのせる颯太の言葉に二人は訊く。

 

「……熱のせいで余計な事口走ったな。悪い、忘れてくれ」

 

「忘れられるわけないじゃない!」

 

「ちゃんと言ってよ……!言ってくれなきゃ、わからないよ……!」

 

 顔をそむける颯太に振辺りが声を荒げる。

 

「……聞いてて楽しい話でもないぞ」

 

「構わないよ」

 

「話して……」

 

「…………はぁ……」

 

 二人の様子にこれ以上言っても無駄だと感じた颯太はため息をつきながら口を開く。

 

「俺が小学生の頃……まだ京都市内の小学校に通ってた頃の話だ……その頃俺はヒーローに憧れてた。困ってる人を助けて悪を倒す、みんなの人気者……テレビの中で見る正義の味方みたいな――」

 

 

 

 〇

 

 

 その頃の俺は友達と毎日遊んで普通に小学校に通っていた。

 毎日勉強して休み時間や放課後には友達と遊ぶ、平凡だけど楽しい毎日だった。

 特に仲良かったのは幼なじみの『赤木杏』って女の子だった。家も近くだったし保育所も一緒だったから結構長い付き合いだった。

 でも、保育所の頃は普通だったのに、小学校に通う頃には少しずつ俺の周りの環境は変わって行った。

 

 …………そう、簪の言う通り、ISが開発されたからだ。

 

 俺が小学校に入学してすぐはそれほど大きな変化はなかった。

 でも、変化は確実に起きていた。

 

 まず少しずつクラスの中で女子の方が強く主張するようになっていった。

 掃除やなんかで男子に面倒事を押し付ける女子が増えた。

 給食やなんかで女子の方が優遇されだした。優遇されないと怒る女子が増えた。

 小学三年生になるころには女子の方が力を持つようになっていた。

 

 女子の間でも妙な勢力争いだの権力争いの果てに一人の女子が俺の所属するクラスのボスみたいな位置に収まってクラスを牛耳っていた。

 その子、『芹沢加奈』って子が気に食わないと思えば次の日からはその相手はクラス中からいじめられる、なんてのはしょっちゅうだった。

 だからみんな芹沢の顔色うかがって過ごしてた。

 

 そんな中で一人の子が集中していじめられるようになった。

 理由は些細なことだ。

 その子が持ってるものが芹沢のと被ったとかその程度だ。

 

 その子をいじめるやつ、いじめはしないけどかと言ってそれを止めるわけでもなく傍観するもの。当時の俺は後者だった。

 でも、俺の幼なじみの杏は後者でも、ましてや前者でも無い、第三の選択をした。

 いじめられてる子を助けたんだよ、杏は。

 結果、杏の働きかけでいじめられていた子はいじめられなくなった。

 

 ………え?よかった?いいや、確かにいじめられていた子はいじめられなくなった。でも、それは他にいじめの標的ができたからだ。

――そう、杏が次の標的になったんだ。

 

 小学三年生の終わりに始まった杏へのいじめは小学四年生に進級したころにはかなりひどいものになっていた。

 靴を隠したり教科書に悪戯書きなんてしょっちゅうだった。

 先生だって気付いてたかもしれないけど、表立って注意しなかった。注意できなかったのかもな。芹沢の親は大きな会社の社長をしてたからだろう。

 

 俺だって別に傍観しっぱなしだったわけじゃない。隙を見てはいじめっ子たちの気を逸らしたり、隠されてたものをそれとなく見つけたりな。

 でも、そんな行為、焼け石に水だ。ほとんど意味を持たない。

 

 そしてある時、とうとう事件が起きた。

 

 小学四年生の冬、三学期頭のある土曜日に俺は母さんからお使いを頼まれて近くのスーパーに行くことになったんだ。

 うちからスーパーに行く途中に同級生たちでよく集まる公園があったんだ。

 その道を通る方が近道だったし、俺は公園の前を通ったんだ。

 冬の寒い日だったし誰もいないと思ってた。でも、予想に反して公園からは人の話し声が聞こえた。

 誰かいるのかと思って、知ってる顔ぶれならお使いの後に俺も加わろうと思って様子を見たんだ。

 

 知った顔ぶれはいるにはいた。

 でも、仲良く遊んでたんじゃない。

 複数人で一人の人間をいじめて愉しんでたんだ。

 そう、いじめられてたのは杏だった。

 いじめっ子の中には件の芹沢の姿もあった。

 

 咄嗟に物影に隠れて様子を見ることにした。

 観察するといじめられてる杏の近くに買い物袋が落ちていた。

 多分俺と同じでお使いを頼まれて外に出た時に運悪く芹沢たちのグループに出会ってしまったんだろう。

 

 俺はどうすべきかと様子を見ながら考えた。

 そんな時だ、ふと顔を上げた杏と目が合ったんだ。

 ――笑ったんだ。

 あいつ俺の顔を見て笑って首を振ったんだ。まるで「来ちゃだめだ」とでもいう様に。

 

 俺は逃げた。

 杏が来るなって言ったんだからいいじゃないか、って自分に言い聞かせて。

 少しでも早くその場から離れたかった。

 

 でも、買い物しながら俺はずっと考えた。

 こんな時俺の憧れるヒーローならどうするのか、ヒーローならきっと颯爽と助けるんだろうって。

 だから俺は戻ることにした。

 買い物を済ませ、店を出て、公園に戻ったときまだみんながいたら、まだ杏がいじめられていたら、その時は止めに入ろうって。

 

 公園に戻ったとき、公園の中からはまだ人の声が聞こえた。

 俺は気合いを入れて公園に飛び込もうとした。

 

 でも、俺が公園に入るよりも先に、飛び出してきた子がいた。

 

杏だった。

 

 たぶんいじめてた子の隙をついて逃げ出したんだろう。俺は追いかけようと杏が走って行った方を見た時、大きな音が響いた。

 

 公園の前を通ったトラックが起こした音だったんだ。

 まるで大きな動物の鳴き声か何かのようだった。

 

 それがトラックのブレーキ音だって気付いた時、同時に何かが落ちるドサリって音が聞こえた。

 音のした方に視線を向けると、そこには杏が倒れていたんだ。

 慌てて駆け寄った俺は違和感を覚えたんだ。

 違和感の正体はすぐに気づいた。手や足の関節があらぬ方向を向いていたんだ。

 

 杏を中心に赤い水溜がアスファルトに平がって行くのを見ながら俺は呆然と膝をついた。

 

 どのくらいそうしていたのかわからないけど、気付いた時には人垣ができ、誰かが呼んだらしい救急車が来ていた。

 俺は無傷だったけど、救急車にのせられてそのまま杏と一緒に病院に連れていかれた。

 

 一時間もしない間に病院に来た俺の両親と杏の両親にいろいろ訊かれたけど、俺は何も答えられなかった。

 

 ――その日の夜、杏の死亡が確認されたんだ。

 

 

 〇

 

 

 

「それからのことはよく覚えていない。三学期の半ばごろには父さんと母さんが、父さんの実家の近くの職場に移動になったってことで、春からは俺たち家族四人は京都北部の父方の実家に引っ越したんだ。今年の夏にみんなが来たあの家だよ。

小学四年生の夏にばあちゃんが体調崩して、心配だな、なんて話してたんだが、じいちゃんとばあちゃんだけじゃ何かあったとき大変だろうってことで引っ越すことにしたんだ、なんて父さんも母さんも言ってたけど、本当のところはどうかわからない。

もしかしたら俺のことも引っ越す理由の一端だったのかもしれない」

 

「「……………」」

 

 颯太の長い話に二人は押し黙る。なんと声を掛ければいいのかわからないようで口籠っている。

 

「結局俺は自分の夢見たヒーローとは程遠い平凡な臆病者だってことがその日わかった。正直この五年間で当時の自分の夢なんて忘れてた。ぶっちゃけ夢のことはこの間夏に実家で1/2成人式の文集を読まなきゃ思い出さなかっただろう。――でも、あの日の事、杏のあの姿が瞼の裏に焼き付いて頭から離れないんだ。自分がどんな夢を持っていたのかは忘れても、あの日あの瞬間、自分は幼なじみの女の子一人助けられない、特別でもなんでもない平凡な凡人だって思い知らされたことだけは忘れられない」

 

「だから……自分を平凡だって……」

 

「お姉ちゃんの言ってた〝呪い〟って……これのこと……」

 

 颯太の言葉に二人は納得したように呟く。

 

「今にして思うと、『火焔』の装甲、あれは俺のそんな思いから来てるのかもな。『火焔』の赤と黒い装甲、あれは、あの日のアスファルトの黒とそこに広がる杏の血の色だったんだな」

 

「「っ!」」

 

 颯太の言葉に二人は息を呑む。

 

「……これがどうしようもない、不相応にもヒーローに憧れたどうしようもない凡人のお話だ。――話したらなんか少し楽になった気がするよ。こんなこと、父さんたちにも言ったことなかったからな」

 

 そう言って颯太は自嘲気味に笑う。

 

「でも…颯太は自分が不相応に憧れたって言うけど……颯太は私のことを救ってくれた!お姉ちゃんとの仲を取り持ってくれて、クラス代表選の時も、タッグマッチの時の襲撃も!」

 

「僕も!僕も颯太に居場所をもらった!デュノア社とのつながりを断ち切ってくれた!」

 

「私たちにとって、颯太は紛れもなくヒーローだった――」

 

「悪い、二人とも。ちょっと喋りつかれた」

 

 言いながら颯太は寝返りをうって二人に背を向けて布団を被る。

 

「颯太……」

 

「……わかったよ。今日はここまでにするね」

 

 悲しげにつぶやく簪の横で、シャルロットは頷いて立ち上がる。

 シャルロットに促され簪も立ち上がると、二人で揃ってドアのほうに歩いて行く。

 

「――二人とも」

 

 ドアに二人が手を掛けったところで颯太が呼び止める。

 二人が振り返ると、颯太は背を向けたままだった。

 

「……ありがとう」

 

「……うん」

 

「……また来るから」

 

 颯太の言葉に二人は笑顔で頷く。

 

「ああ……さよなら」

 

「うん、またね」

 

「ゆっくり、休んで……」

 

 颯太の言葉に、背向ける颯太には見えないと知りながらも、二人は手を振り、ドアを開けて医療室を後にした。

 

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