【習作】一般人×転生×転生=魔王   作:清流

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前回は私がひよったせいで、ご迷惑おかけしました。もうこの際、開き直って行くとこまで行くことにします。その結果がこれなわけですが、うちの主人公がどんどんヤバ気になっている気が……。
あれれー、こいつ暴君系じゃね?


#08.魔王であること

【21世紀初頭、二人のカンピオーネ存在が明らかになった日本の時の総理大臣の手記から抜粋】

 

 使用済み核燃料の再処理で出る放射性廃棄物の最終処分にかかる費用は日本円にして優に兆を超える。ならば、それにかかる費用をほほぼゼロにできるとしたら、それはどれだけの利益を生み出すかは言うまでもないだろう。 まあ、そんなことができたら原子力発電所及び核兵器の保有国は放射性廃棄物の処理に悩まされていないだろう。どう考えても、通常ならば不可能である。

 だが、驚くなかれ。この世界にはその不可能を可能にしてしまう理不尽な存在が実在するのだ。なんのことはない。通常の手段で無理ならば、尋常でない手段を用いればよいというわけだ。

 

 私は、最初その報告を一笑にふした。当然だろう、国ですらどうあがいても不可能なことを個人でやってのけたというのだから。だが、報告が進むにつれ、確かな証拠が明示され、私はそれが事実であることを認めざるをえなかった。同時に、私は恐怖した。それは一個人で、都市を滅ぼせるような化け物が確かに実在するということの証左にほかならなかったからだ。しかも、彼らの圧倒的な力の前には、私が頼みとする国家の権威も権力も無意味であり、自衛隊や警察などという国家組織ですら対抗することができないことを嫌でも理解することになったのだから。

 

 その時の私は、まるで異世界にいるかのようであった。私の知る常識は全く通用せず、ありえない現象が幅を利かせ、理解し難い力を操る者達が跳梁跋扈する魑魅魍魎の世界のように感じられた。少なからぬ嫌悪と忌避感を抱いていた権力と金の汚濁に塗れた政治の世界に戻りたいと願ったのは、あの時が初めてだった。それほどまでに、その世界には危険と理不尽が満ち溢れていたのだ。

 願わくば、もう二度とあの世界に足を踏み入れることのなきように……。

 

 

 

 

 映像の中で放射性廃棄物の最終処分場が炎に包まれている。本来、あってはならない光景のはずだった。特に希少な被爆国である日本では核に対する忌避感は強いのだ。それは内閣総辞職どころか、与野党がいれかわりかねないレベルの最悪の不祥事である。

 だというのに、現総理である彼はその映像を落ち着いて見ることができた。なぜなら、それがすでに終わったことであり、一種のデモンストレーションでしかないことを知っていたからだ。本来、莫大な被害をもたらすはずのそれは、逆に利益を与えるというのだから、最早苦笑するしかない。

 

 それを示すかのように映像の中では紅蓮の炎に包まれていたはずの最終処分場には焦げ後一つない。というか、映像内のどこを見ても、何かが焼けたような痕跡はない。まるで夢幻の如く炎は消え去っていた。

 

 「いかがですか、総理?」

 

 繊細かつ中世的な容姿を持った女性が問い掛ける。いや、それは問いかけといよりは確認というべきか。その女性、男装の麗人ともういうべき沙耶宮馨は、その秀麗な美貌に確信めいたものを浮かべていたのだから。

 

 「沙耶宮君、君の話は理解した。この映像がただの一人の男のてによるものなど到底信じ難いが、先の4時間余の謎の停電に浜離宮恩賜庭園や高層ビルの屋上部分と首都高の高架線の消失、私の知る常識では理解できないことがこの世にはあるのだと理解したつもりだ。

 もっとも、どんなことをすれば放射性廃棄物だけを燃やし尽くすなどという真似ができるのか、私には想像もつかないがね」

 

 というか、そも想像したくもないし、それができるような存在を人間とは認めたくないというのが、総理大臣を務める男の偽らざる本音であった。

 

 「それが魔王カンピオーネの力なのです」

 

 「魔王、魔王か。なるほど、相応しい称号だ。それでその魔王様の要求はなんだね?魔王などと呼ばれる存在が、慈善活動するなど信じられないのでね」

 

 「はい、王の要求はただ一つです。浮いた分の予算を先の件の復興予算に充てて欲しいとのことです」

 

 「何?それがかの魔王に何の得があるというのだね?」

 

 「はっ、王の言われるところによりますれば、子供の責任を取るのは大人の仕事であるとのことです」

 

 「そうか……。確か、我が国には魔王様が二人いたのだったね?」

 

 「はい、その通りです。詳細をご希望ですか?」

 

 「いや、結構だ。そちら側のことは、今までどおり君達に任せる。

 なんにせよ、本来30年以上かかる高レベル放射性廃棄物の最終処分をやってもらえるのはありがたい。それも被爆等の周囲の被害の恐れもなく、跡形もなく消すために冷却期間すら必要ないというのだからね。それによって、どれだけの予算が浮くか、概算だけでもちょっとしたものだよ」

 

 「では?」

 

 「要求を呑もう。どの道、あのままにしてはおけなかったのだ。復興の為に特別予算を組むことになっていただろう。それを賄うに充分な額の予算を浮かしてくれたのだ。充分以上に国益に適う。私としても、否はないよ。省庁にも文句は言わせない―――――それで、いいのだろう?」

 

 人件費は削れないが、用地の確保費用や冷却費用等は削減どころか必要なくなるのだ。つまり、兆を超える最終処分費用の過半をなくすのことができるのだから、復興費用の数百億など安いものである。どの道、本来なら補正予算でも組んで別に予算を用立てなければならなかったのだから、断る理由は皆無である。形式上、日本の最高権力者である男は、そう自身を納得させた。

 己が魔王の所業に恐怖を感じて、逃げるどころかそもそも関わりたくないのだということを、認めるわけにはいかないのだから……。

 

 「ありがとうございます、総理。王も喜ばれることでしょう」

 

 慇懃に馨が頭を下げる。総理大臣を前にして、それ以上の存在であるかのように王と呼ぶ。それは絶対的な力の差を示しているようで、あまり気持ちのいいものではなかった。

 

 「年度毎にやってもらえるならば、浮いた予算の半額、いや3分の2は君達に渡そう。その中から、件の魔王にいくらかけようと私は関知しない。好きにやりたまえ。そうそう、今までどおり対応は君達に一任する。国益に反しない限り、報告は事後で構わないし、詳細も必要ない」

 

 それは馨達、正史編纂委員会に都合の良すぎる言葉であった。大抵のことには動じない馨も、この時ばかりは動揺も露わに確認するように問い掛ける。聞きまちがいではないかと。

 

 「……本当によろしいので?」

 

 「ああ、いいとも。但し、一つだけ条件がある」

 

 「条件ですか?それはどのような?」

 

 浮いた予算の過半を財源として与えられ、かつ基本的に口出しされず自分達の裁量で動くことができる。それも報告も最低限でいいと来た。仮にも一国のトップに上り詰めた海千山千の政治家にしては譲歩が過ぎる。馨の胸の内に何か裏があるのではと疑念がよぎったのも無理のないことだろう。

 だからこそ、出される条件には最大限の警戒をしたのだが……。

 

 「私を君達の世界に巻き込まないでくれたまえ。私は私のよく知る世界で生きていたいのだ」

 

 「はいっ?!」

 

 それは馨が予想だにしないものであり、今度こそ本気で馨は困惑した。なにせ、その条件はまるで首相側に利得がないからだ。というか、そんなことは言うまでもない当然のことだ。いかにこの国の行政機関の長にして、最高権力者といえど、首相は呪術を学んだわけでもなく、霊的才能も皆無である。そんな彼をまつろわぬ神や魔術師・呪術師の問題に関わらせること自体、無意味でありナンセンスなのであるから。

 

 「何を驚く?私の要求は当然のものだろう?」

 

 「いえ、それはおっしゃる通りなのですが……」

 

 沙耶宮の跡取りとして幼い頃から呪術に触れ、その世界にどっぷり浸かった馨には首相の気持ちは理解できない。政治的には傑物であっても霊的才能の全くない総理との間には厳然とした感覚の隔たりが存在するからだ。

 磐石とまでは言わないが、それなりに強固だと思っていた自国の平和と安全が、実は一個人の気まぐれで崩れ去ってしまう砂上の楼閣であると知ることの恐怖と驚愕を。しかも、それが今の時代に限っては気まぐれで国を滅ぼせる輩が八人もおり、かつ内二人が自国民で自国在住だというのだから、たまらないだろう。なにせ、国家のコントロ-ル下にない強大な戦力があるということなのだから。

 

 人は理解できないものを恐怖し、なにもできないことに絶望する。理解とは未知の恐怖を払拭しようと既知にしようとする行為であり、行動することは希望を見出し何かを変えようとするものにほかならないのだから

 故に、日本国総理大臣である男が下した判断は、ある意味当然のものだった。

 

 すなわち、理解もできず何もできないのなら遠ざけようということだ。

 それは、神も魔術も無縁な人間とって当然の防衛反応であった。だが、それ故にその恐怖と驚愕をすでに既知としてその世界に実を浸しているいる馨には理解することができない。彼らの意図が噛み合わないのも無理もない話であった。

 

 首相は馨の困惑をなんとなく察した。流石は海千山千の政治家ともいうべきか、それとも彼のほうが長く生きているが故の豊富な人生経験の賜物かもしれない。

 

 「沙耶宮君、君には理解できないかもしれないが、私のような呪術だったか?そういった霊的才能が皆無の人間からすれば、君達の言葉は基本的に荒唐無稽極まりない。だが、私も長く生きてきた。世には常識では説明できないものも多く存在するのだということも理解しているから、君達正史編纂委員会にも少なからぬ予算を割いて、その行動を黙認しているわけだ。ここまではいいかね?」

 

 「はい」

 

 「だがね、君達の世界の出来事が私達の日常に侵食してくることは許容しかねる。私は政治家として、この国の為に命をかける覚悟はある。しかしだ、君達の理解できない事情によって死ぬことはできない。知ったところで、どうせなにもできないならば、知らぬままに死んでおきたいと私は思うのだよ」

 

 「つまり、この過分とも言える譲歩は……」

 

 馨はけして察しの悪い人間ではない。むしろ、敏感な方だ。故に、正確に首相の真意を理解することができた。あえて言葉には出さなかったが、要は手切れ金みたいなものなのだと。

 

 「私は君達に一切関与しない。そのかわり、そちらの世界での出来事はできうる限り君達だけで対処してくれることを望む。無論、国益の為なら避難勧告等の要請には応じよう」

 

 淡々と言葉を発する首相の顔には何の感慨も浮かんでいない。ただ、分かるのは彼が一刻も早くこの話し合いを終わらせようとしている意思だけであった。

 

 「……承知しました。全力を尽くします」

 

 馨はこれ以上話し合いを続けても、何の益もないことを察し、早々に立ち去ることにした。すでに目的は達したのだ。それどころか、望外の結果といっていい。個人的に思うところがないわけではないが、言うだけ無駄だろうと彼女は判断した。

 

 「くれぐれもよろしく頼むよ。報告、ご苦労だった」

 

 さっさと出て行けと言わんばかりに、首相は馨に背を向けた。馨はその背中に一礼して、おとなしく退室した。

 

 「魔王にまつろわぬ神だと?ふざけるな、この世界はゲームではないのだぞ!」

 

 首相官邸に一人の政治家の血を吐くような嘆きが響く。その痛切な響とは裏腹に、それは世界に何の影響も与えることはない。誰にも聞かれることのないままに、一人の男の悲嘆はしばしの間続いたのだった……。

 

 

 

 

【正史編纂委員会・東京分室室長沙耶宮馨、京都にて『王』との謁見を果たす】

 

 「というわけで、要請は全面的に受け入れられましたよ。

 でも、本当によろしいので?御身自らこのようなことをに力を使われずとも、全面的に支援させて頂きますよ」

 

 馨は首相官邸での出来事をかいつまんで説明しながら、改めて確認する。カンピオーネがその力を俗事に使うなど前代未聞である。彼らの義務はまつろわぬ神と戦うことで、それ以外は些事なのだから当然だ。

 

 「ああ、なにもしないで金をもらうというのは、やはり気分がよくないからな。この馬鹿げた力が少しでも故国の為に生かせるなら、構わないさ。恐らく、否が応でも迷惑をかけることになるだろうからね。もっとも、便利使いされる気はないし、私が生きている限りという条件付だがね」

 

 徹はなんでもないことのように答えた。その言葉に嘘はない。全て本音である。まつろわぬ神を封じる結界が壊れ早数年、最早その残滓すらも消え去っていよう。いつ、まつろわぬ神が顕現してもおかしくない。その上、二人の神殺しすら生まれてしまった。最早、徹一人国外にでたところで何の意味もないのだ。

 

 「それは重々承知しています。今回のことで、表の政治家でくちばしを突っ込もうとしている人間は完全に排除できましたし、呪術界においては我々正史編纂委員会が窓口になります。下らぬ些事で御身を煩わせる事はないと約束いたします」

 

 「ああ、是非ともそうしてもらいたいものだな……」

 

 そう言いながら、煩わしげに手元のファイルに目をやる。そこには『清秋院恵那』という少女の情報が写真付で詳述されている。

 

 「その反応、やはり清秋院の申し出は受けられないと?まあ、断れても全然構いませんよ。甘粕さんがいる以上、ぼくとしてはなんの問題もありませんし、委員会としても問題ありませんからね」

 

 事情が事情だけに、馨も冬馬も徹に女を勧めるのは厳禁だということは理解していた。委員会に所属する者達にもその旨は通達済である。が、黙っていなかったのは沙耶宮以外の四家である。すなわち、清秋院・九法塚・連城の三家である。

 現状、ここ百五十年ばかりは政争の勝者は沙耶宮であり、主導権を握っているとはいえ、三家との差がそこまであるわけではない。故に、その言葉は無視できない力を持っているのだ。

 

 始末が悪いのが、相手の言い分にも理があることだ。折角日本初の神殺しが生まれたのだ。これを取り込まぬ手はないというのは良く分かる話である。カンピオーネの能力は遺伝しないが、その血統は呪術界では王族のように扱われるのだから、充分な価値があるのだ。ちなみにこの典型がブランデッリ家だったりする。

 新しく発見された王『草薙護堂』には、すでにエリカ・ブランデッリが愛人として侍っている。これは委員会としての痛恨の極みだが、どうも万里谷祐理の相性が悪くないようで食い込めそうだというので、元一般人であるということも考慮に入れて一応の矛をおさめさせることができた。

 

 だが、六人目の王『神無徹』は事情が色々と異なる。元々、呪術師であったことに加え、その所属は委員会の敵対組織といっても過言ではないところである。亡くなったとはいえ、妻はその急先鋒の神楽家の息女。その上、現在唯一侍っているのが姻戚である義妹であり京の切り札である『秘巫女』となれば、三家やうるさがたのご老人達が黙っていないのはある意味当然なのだ。馨が逆の立場であるならば、同じようにしたであろうから、それについてどうこう言うつもりはない。実際、当の徹自身それを理解していて、王になった後に外部調査員という形で委員会に所属することで、敵対意思がないと身をもって示したくらいなのだから。

 故に三家やご老人方が警戒するのは無理もない。いかに馨や冬馬が根回ししたところで、彼らには神楽家への禍根や遺恨があるのだから。監視役兼側妾として恵那をと提案されたのは自然の流れであった。

 太刀の媛巫女である清秋院恵那は神降ろしというとてつもない切り札を持っている。神刀を授けられている彼女は、神獣程度ならば対抗できる戦力であり、現在の媛巫女最強と言っても過言ではない委員会の切り札の一つだ。

 とはいえ、上には上がいる。まつろわぬ神はもちろん、神殺しの魔王とは比べくもない。それに馨が見た限り、美雪も超一流以上の使い手だ。『秘巫女』であった以上、こちらの知らない手札を隠し持っているだろうし、何よりあの薙刀はヤバイ。恵那の神刀にも劣らない威を持っていたのだから。

 

 (恵那ならば取り込まれないだろうし、十分な武力もあるから対抗できると思ったんだろうけど、少し甘すぎるんじゃないかな?妻帯して子までなした男を、恋愛面では箱入りといっていい恵那が篭絡できるわけないじゃないか。大体、魔王様を舐めすぎでしょう。いかに恵那の神降ろしでも、太刀打ちできるとは到底思えない。下手をすれば、美雪さんの相手すら怪しいんだからね)

 

 冬馬の尽力によって十分な情報を得ている馨は、冷静にそう判断していた。

 

 「すまないな、必要なことだというのはわかるが、私は美雪以外の女性を傍に置くつもりはない。どうしてもというのなら考えなくはないが、そうでないならば遠慮させてもらいたい。私は別に他国の組織に所属するつもりはないし、これからは基本的に国内に留まるつもりだからな」

 

 「分かりました。では、この話はなかったということで。以後、徹さんが言い出さない限り一切この手の話は持ち込みませんし持ち込ませませんので、安心して下さい。これまで通り、窓口は甘粕さんということで」

 

 徹の明確な拒絶に、馨はあっさりと引き下がった。元々、この提案自体が本意でなかっただけに躊躇いはない。むしろ、徹が怒り狂わなかったことに胸をなでおろしていた。この王は道理をある程度弁えてくれる王だと……。

 だが、その認識は次の瞬間、吹き飛ぶことになる。

 

 「ただ、次はない」

 

 「!?」

 

 その声のあまりの冷たさと意味するところに、馨は総毛だった。

 

 「君や冬馬は()の事情を理解してくれているものだと思っていたが、それは()の勘違いだったかな?」

 

 「俺」という一人称が憤怒や激情の時に使われることを馨は聞いている。それを言う徹の表情は能面の如き無表情だったが、それは溢れる憤怒を抑えるためのものにしか見えなかった。

 

 「それは理解しているつもりでしたが……」

 

 まずい、まずいと本能が最大限の警鐘をならすが、馨には最早どうすることもできない。

 

 「なるほど、つもりか……確かにその程度だったようだ。でなければ、人の一番デリケートな部分にくちばしをつっこもうなどと夢にも思うまい」

 

 「……」

 

 馨はそれを全面的に認めるほかなかった。どこかで甘く見ていたのだと。目の前の人物は神をも殺す魔王であるというのにだ。思えば、冬馬にも止められていたのだ。だが、馨は今後の四家の関係を考える上で、無視することはできないと判断したのだ。なまじ、徹がこれまで馨と委員会の要請を現実に即してほぼ丸呑みしてきただけに思ってしまったのだ。徹ならば、道理を弁えて抑えてくれると。

 確かに、徹はこちらの期待に応えてくれた。

 しかし、それは怒りを抑えただけで、それがなくなるわけではないのだ。馨は徹を見誤っていた。そもそも、組織の統制に利用しようなどと考えるべきではなかったのだ。

 

 「申し訳ありません!どうやら、知らず知らずの内に甘えていたようです」

 

 常の優雅さや飄々とした態度を捨て去って、馨は畳に頭を押し付けるように土下座した。いや、それしかできなかったと言っていい。この場で下手な言い訳は無用。状況を悪くするだけだし、逃げるなど論外。彼女には非を認め誠意を持って謝る事以外の道を見出すことはできなかった。

 

 「やれやれ……。年下の女性を土下座させるというのはあまり気分のいいものではないな。結構、貴女の誠意は伝わった。頭を上げてくれ」

 

 「……」

 

 馨は僅かに顔を上げると、苦虫を噛み潰したかのような徹の表情が見える。

 

 「すまない、少し感情的になった。本当はわかってはいるのだ。四家と組織の統制を考えれば、こちらが受け入れるかどうかではなく、形式的にでもその話をしたという事実が必要なことは……。

 感情を抑えきれず思わず脅すようなことを言ってしまったが、それだけ女性関係が俺にとってデリケートな問題であることを理解して欲しい」

 

 どうやら、徹の表情は感情を抑え切れなかった自身に対するものであったらしい。言葉の節々に悔いが感じられる。

 

 「いえ、御身が謝られる事はございません。全ては私の不明のいたすところにございます。あさはかにも王の慈悲に縋ろうとした我が身を恥じるばかりでございます」

 

 馨は言葉遣いを正し、今一度深々と頭を下げる。そして、胸に刻む。目の前の人物が紛う事なき魔王であることを。どんなに道理を弁えようと、話が通じると思ったとしても、油断してはならないし甘えてはならない。この王の本質は、烈火の如き激情だ。ただ、表面に出さないというだけで、その実、いつ噴火するかも分からない身内に激情というマグマを滾らせた火山なのだと。

 

 「そうかい?まあ、私としては分かってもらえればいい。とにかく、こと女性関係については一切口を出さないで欲しい。私は、この問題になると感情を抑えられないようなのでな」

 

 「しかと承知致しました。委員会はもちろん、我が沙耶宮をはじめとした四家にも、今後一切口出しさせません。我が身命をかけて誓約致します」

 

 些か以上に大げさな口上だったが、馨は本気である。少なくとも、その言葉を嘘にするつもりは毛頭なかった。

 

 「うん、そうしてもらえるとありがたい。これから色々迷惑かけるだろうが、よろしく頼むよ」

 

 「……」

 

 そう言って笑顔すら見せる徹だったが、馨は欠片の安心もできず、ただ黙って平伏することしかできなかったのだった。

 

 結果的に、この謁見の際のやり取りが、馨に草薙護堂との関係修復を決意させることになるのだった。時は流れ現実は変化していく。濁流の如く、様々な人々の意志を呑み込んで……。




霊的才能皆無の一般人の神殺しの魔王に対する反応及び対処の話。そして、カンピオーネとしては割合話が通じるほうだけど、調子にのるとあっさり殺されるよというお話でした。
ご意見、ご感想、ご批判、遠慮なくお願いします。

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