二月十四日。
まぁ、物語のように、作者の好きなタイミングで終えられる訳がなく、『まんじゅうこわい』という落語を利用した、無駄に時間と手間の掛けた策略――というよりは茶番――が終わった後も、俺こと金堂寺大介は裏路地でぼぅっとしていた。後ろは行き止まりで、あるのは簡易な椅子ぐらいだ。
「――……椅子?」
普通に情景描写をしていたが、よく考えれば可怪しい。怪しい。こんな裏路地に簡易の椅子なんて存在する必要がない。それもこの椅子は、ボロボロならともかく、使い込まれてはいるがまだ現役バリバリだ。
「よっ、なんか面白いことしてんな」
椅子に気を取られていたせいか、その声の主の存在に俺は気付かなかった。振り向いた先に居たのは中学二年生ぐらいの白髪の少年。
「誰だお前?」
「俺? 俺は、まぁ、そこら辺の不老不死だ。そっちこそ誰だよ、俺のテリトリーを踏み荒らしやがって」
「俺は金堂寺大介。不老不死って……、老いず死なずの不老不死か?」
不老不死。そんな訳はないのだが、どこか雰囲気が違う。どこか、憂いのあるような、そういう暗い面が見える。何か大切な物を忘れているような、そんな感じだ。
「老えず死ねずの不老不死だ。まぁ、そうだな、信じられる訳がねぇか。信じてくれたなら、面白い話を提供してやろうと思ったんだけどな」
「面白い話?」
思わず、食いついてしまった。中学二年生の自称不老不死の存在より面白い話なんて存在しないはずだが、それでも食い付いてしまった。
「そう、面白い話。例えば、他人の印象をリセットする方法とかな」
食い付いてしまった俺に、自称不老不死は誰かに似た嫌な笑みでそんな話をした。
「つまり、人間関係はリセットせずに、好き嫌いとかの印象をリセットする方法、ってことか?」
「そう。関係図は繋いだまま、敵対や恋人、中立、なんてレッテルだけを剥がし取る方法。代償は大きいし、ある時、ふらっと、元に戻ったりするかもしれない。どうだ、聞きたいか?」
「…………」
考慮する。自称不老不死の話を鵜呑みにするのは、何となく悔しい。だが一方で、正直な所今の性格や周囲の状況、その他諸々には多少の嫌気が差している面もある。
数分の考慮の結果、俺は信じてみることにした。
「……なぁ、教えてくれないか? その、他人との印象をリセットする方法とやらを」
「――おぉ、じゃあ、信じてくれるってことか。OK、じゃあ、ちょっと目を閉じてくれ」
言われて、目を閉じる。ここまで来たら何でも信じてしまえ、という半ばヤケクソだった。
いや、まさか、普通に考えて、金属バッドで殴られるとは思いもしないだろ。
ゴスッという、鈍い音が耳からではなく骨伝導にて伝わる。意識を失う寸前、自称不老不死の嫌な笑みがチラッと見えてしまった。――あぁ、あの笑みは、俺に似ているのか。
そんなことを思いつつ、俺は意識を失った。
「まぁ、目覚めるのは三十日後ぐらいだな」
三月十四日。
私、阿波屋神奈は病院にいた。ホワイトデーに、基本白を基調にしている病院にいるというのは少し洒落ている気がする。洒落ていないか。
病弱設定も持病もない私が――そんな設定なら先月の復讐劇など考えない――何故ここにいるのか、というと。
「……ここか」
病院の三階。病室のネームプレートを見て、私は呟く。そこに表示されている名前は、金堂寺大介。私の宿敵であり、クラスの宿敵であり、女の宿敵――だったはずの少年。
二月十四日に入院し、今日の朝になって目覚めた大介は、どうやら何かがおかしいらしい。
放課後、幼馴染である私がお見舞いに行くのが当然だろうと言う、蹴飛ばしたくなる理由で様子見を教師から命じられた為、仕方がなくここにいる、というのが今に至るまでの経緯。
どうやら誰かに頭部を殴られたらしいのだが、医師曰く、的確な殴り方、らしい。何が的確なのかは、よく分からないが、とにかくそういうことらしい。どうせ、どこかの誰かが私達と同じように復讐したのだろう。それぐらいには大介は悪だ。
絶対安静という名目のもと、四肢を拘束されているらしく、とりあえず身の安全は保証されている。たかだか一介の高校生相手に身の安全というのはいささかオーバーな気もするが、しかし、金堂寺大介について知っている人間ならば、納得するだろう。
大介はとにかく危険なのだ。
捻くれ者で、ドSで、ゲスい。
警戒しながら、病室に入ると、大介は確かに拘束されていた。されて、いた。過去形だ。
それが視界に入った瞬間、私はすぐに後ろの安全を確認し、大介を視線に捉える。
「…………」
大介は、ぼぅっと、私の方を見つめていた。虚ろな目で、漠然と、愕然と。
何をしでかすのだろうか、そんなことを思考していると大介が少し困ったように声を出した。
「……何を、しているんですか?」
敬語。困ったような、というよりは怯えているような様子だった。
なるほど、確かにおかしい。
大介は、何かに怯えるような人間ではない。神の前でさえ、大介は恐らく精神を逆撫でするような笑みを見せているはずだ。意地の悪い、嫌な笑みを見せているはずだ。
「……えっと、その、すいません。僕、やっぱり何かしたんでしょうか? 皆さん、僕を見ると警戒されますし、それに手錠やら何やらで拘束されるんですよね……。実は『僕』は犯罪者だったりするんでしょうか。僕、何も覚えてなくて……」
何かの冗談だろう。最初はそんなことを思った。何せ大介なのだから。何か、悪戯を考えているのかもしれないと、警戒していた。
だが、そう考えるにはあまりにもおかしい。
いや、よく考えれば、最初からおかしい。
手錠やら何やらをあっさりと外した癖に、大介はぼぅっと病室にいた。私が来ても逃げることもせず、むしろ私を怯えた。そんなのは、全く持って大介らしくない。
それに大介の、「何も覚えていない」という言葉。そして、頭を殴られたという状況。
もしかして。
「……記憶、喪失?」
思い付き。大介らしくないのは、大介ではないからでは。――記憶を失い、自己を失っているからではないのか。
そんな突飛な思い付きだったが、どうやら正解だったらしい。
こくんっ、と大介は頷き、更に一言。
「あの、その、よければ、僕に、『僕』のことを教えて下さい。お願いします」
そう言って大介は、頭を下げた。
それが大介を信じる最大の理由だった。私の知る限り、金堂寺大介は誰かに頭を下げてまでお願いをする人間ではない。
それから一時間、私は金堂寺大介という存在を、金堂寺大介に教えた。
「……それが、『僕』なんですか?」
かなりオブラートに包み込んだが、元が酷ければオブラートもさして効果はない。
露骨に金堂寺大介という存在が酷くで、あまりにも最低なのかを、大介は受け入れられずに、露骨に落ち込んでいる。
「えっと……、その、すいません。何から何まで、すいません」
痛々しい。あの時の金堂寺大介と今の金堂寺大介には、明らかな差がある。言うならば、純粋悪と純粋。そのぐらいには明確な差が。
「えっと、大介。今のあなたは、前のあなたに戻りたい?」
だから、そんなことを聞いてみたくなる。ちょっとした悪戯心。
「……戻りたく、ありません。そんな自分なら、捨ててしまいたいです」
「……そう」
自分自身からも否定されてしまうなんて、自分ですら味方でないなんて、どれだけあの時の大介は最低なのだろうか。
今の大介は、恐らく、本質的な大介なのだろう。壁や距離のない、純粋な大介。そして、過去の大介は、今の大介に色々な物が混ざった状態。
ならば、過去の大介には一体何が混ざったのだろう。どんな物が混ざれば、過去の大介に戻るのだろうか。
そこまで考えて、自分が恐ろしいことを考えていることに気付く。過去の大介を取り戻そうとしていることに。
折角、大介が更生するチャンスが生まれたというのに、それを潰すなんて勿体無さ過ぎる。
「……とりあえず、今日は帰るね。大介は、これからのこと、考えておいてね」
「はい。ありがとうございます、阿波屋さん」
にっこりと、綺麗に笑った大介に、私は微笑み返して、家に帰った。
「さて、これからどうしようかな……」
家に帰った私は、それこそ一睡もせずに、大介について悩んだというのに、その意味は無くなってしまう。
翌朝。なんとも不幸なことに、大介の記憶は元に戻ってしまったのだ。純粋ではなく、純粋悪の大介に。
しかし、その代償なのか、昨日のことは全く覚えていないらしい。教師には、いつも通りだったと伝え、私はあの日あったことは心の内に秘めておくことにした。
私はあの日を白紙に戻した。まさしく、あの日は、私にとってのホワイトデーとなった。
「白」髪の少年、記憶がまっさらになる→空「白」になる、病院のイメージは「白」、純粋のイメージも「白」、なかったコトにする→「白」紙に戻す。
みたいな?