箱庭学園の入学式があった夜、お風呂でさっぱりした後、私は自分の部屋であることに悩んでいた。
「誰を生徒会長にしようと思ってたんだっけ……?」
確かに入学式の後、十三組の教室で誰かに目をつけたはずなのだがそれが思い出せない。
誰かを生徒会長に据えようと思ったはずなのに、それが思い出せない。
流石に、私の記憶障害と言うことではないだろう。その人物の名前どころか顔すら思い出せないけど。
場面だけ覚えていて、目をつけた人間のことだけが記憶から都合よく消えるはずがない。
こんなことができるのは、十三組生ぐらいだろう。特定の個人のことを記憶から消すスキルといったところだろうか。誰かは覚えていないけど、椋枝先生のことは良く覚えているし。
やはり、誰かは覚えていないけれど、その誰かの持つ
「まあ、それは明日になれば分かることか」
私は呟きながら思考する。
こうすっぱり決められることは私の数少ない美点だと思う。
とにかく、その人が矢面に立つのは確実だから、当選させることだけを考えれば構わないだろう。
問題は、どうやって当選させるかだ。
アピールポイントは少ない。そもそも公約を見て投票する人なんているか?
言葉は悪いが高校生の生徒会選挙なんて、人気投票みたいなものだろう。
認知度が低いと言うのは圧倒的に致命的である。
だとすれば、長所を生かすのではなく。
対立候補の短所を吹聴して回ったほうが早いか。
よし、その方向性で行こう。例えば――。
私がそう考え始めてからしばらくして、携帯が鳴り始める。
「はい、もしもし」
『もしもし、咲ちゃんですか?私です、焼石櫛です!』
「あ、あぁ、櫛ちゃんか。ど、どうしたの?」
電話をかけてきたのは十年ちょっとの付き合いの幼馴染である、焼石櫛だった。
年は私より二つ下で現在中学二年生。私の妹分のような存在である。
『いや、特にこれといった用事ではないんですけど、今日から咲ちゃんも高校生じゃないですか。しかも、箱庭学園の十三組は人外魔境と聞きます。ですから、咲ちゃんがちゃんと友達が出来ているのか私、心配で!』
この幼馴染、案外言葉にとげがある気がするのは私だけか?
というか、二つも下の子に友達が出来るかどうか心配されるって、そんなに友達作りが苦手そうに見えるのだろうか。
確かに、中学時代も一人でいることはあったけれど……。
でも、それだって少しだけ、本当に少しだけだったし。
「そ、そうなんだ。うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
十三組の生徒がほとんど引きこもり予備軍みたいなものだが、それを教えると櫛ちゃんが二年後、箱庭学園に入学してきそうだから伝えないでおく。
尤も、彼女自身の意思でここに来ることを望んだ場合、私にそれを止める権利等ないことは承知しているのだけれど。
『はい、咲ちゃんは友達作りが苦手そうなので心配していたのですが、それが杞憂だったようで私安心です!』
「……そっかーー。櫛ちゃん、私のことそんな風に思ってたんだー」
私は返答に不満をにじませる。幼馴染思いの妹分を持てて私は幸せ者だなあ(棒)。
十年ちょっとの付き合いではあるがこの幼馴染が、私のことを対人関係の築くことができない人間だと思われているとは知らなかった。全く、全く持って、心外である。
私だって、本気出せば友達を作ることなど造作もない。友達百人など余裕である。
『さ、咲ちゃん?何か怒ってますか?』
「いや?全然ちっともまったくいっさいこれっぽっちも一ミリたりとも怒っていないよ、私は。櫛ちゃんが私のことを友達が作れないぼっち予備軍と思っていたことに対してなんて怒ってないよ?」
『やっぱり、怒ってますよね!?ごめんなさい、許してください、咲ちゃん!!』
と、私は声を低くして、出来るだけ怖い雰囲気を作り出す。
わりと能天気なところがある櫛ちゃんではあるが、流石に私の変化を感じ取ったのか謝ってくる。
謝ってきたから許してあげよう。思いの外、熱心に謝ってきたので少し驚いたものの。
「はは、冗談だよ」
『……そ、そうですよね。咲ちゃんが私のことを嫌うなんてそんな訳ありませんよね!?』
「ええ、うん」
彼女の必死な訴えかけに、勢いに押され思わず頷いてしまう。
なんだか、少し背中がぞわっと来たのだけれど……。
ま、まあ本当に少しだけだから、風邪ではないだろう。
『あ、お風呂が沸いたそうなので、私は行ってきますね。お休みなさい』
「あ、お休みー櫛ちゃん」
私は彼女との電話を切って、布団に横になった。
――――
「やあ、おはよう。君が須木奈佐木さんだね?」
「はい、そうですけど……」
十三組の教室の扉を開けようとしたとき、彼は話しかけてきた。
紫色の髪を持ち、顔の造りは悪くない。男子にしては髪が長いものの、十分イケメンに入る風貌だろう。
爽やかな印象を受けるが、どこか胡散臭くもある。
「そうか、君が……」
彼はそう呟いて、私をしげしげと見つめる。
足の先から、頭のてっぺんまで。それはもうしげしげと。
値踏みされているようで、居心地が悪い。じろじろと下心ありきで眺められたら、侮蔑の視線も送れるのだけれど、彼の視線はまるでモルモットを見るそれであるため、困惑してしまう。
私は居心地の悪さ故に、身じろぎをする。
人にじーっと見られて動揺しない人は、露出狂ぐらいであろう。
値踏みが済んだのか、彼は笑顔を浮かべて近づいてくる。
「いや、じろじろ見て悪かったね。僕の名前は
「あ、うん。よろしく」
彼の差し出してきた手を握る。
十三組生らしからぬ社会性ないし人間性である。
もっと、他者を見下す傾向にあると思っていたけど。
学校に来ている時点で、そこらへんの十三組生とは違うか。
「じゃあ、
まるで、自分の部屋に招くような気軽さで彼は教室の扉を開き、私を中へ誘う。
執事のようなその動きは洗礼されており、初めてでないことは想像に難くない。
教室に入ると、黒神くんが扉を閉めたのち、教室の中央へと視線を向ける。
……?彼の行動の意図が分からず首を傾げるも次の瞬間に、その意味を理解する。
「ひ、日之影くん……!」
「ああ、黒神と須木奈佐木か」
「昨日ぶりだね、日之影くん」
彼に気が付いた私は先ほどまで彼の存在を忘れていたことを恥じるように、また疑問を感じながらも、消え入るような声で呟く。マスクをしているため、声など届いていないかもしれない。
黒神くんは旧友、あるいは級友に会ったかのように手を振る。
昨日ぶり、ということは私が昨日、帰った後に黒神くんが教室に来たということだろうか。
「昨日の朝は、今日は家に居ようかなと思っていたんだけど、君の話を聞いてさ」
「は、はあ……」
黒神くんは腕を広げ、私に向って話し始める。私はそれに曖昧に頷き返すだけである。
その動作が仰々しいと思うのは私だけだろうか、芝居がかっていると言ってもいいかもしれないが――。
しかし、彼が何を考えているのかは分からない。はたして、何を思っているのかも。
「うん、須木奈佐木さん、君も入るのだったら楽しそうだ」
「……一体何の話を……?」
彼は楽しげな笑顔と共に言葉を紡ぐ。
私は彼の言いたいことが分からず呟く。
「須木奈佐木さん、君にお願いがあるんだ――」
「おい、黒神、お前まさか!?」
彼の話の意図を悟ったであろう日之影くんはそれまで座っていた椅子から盛大に立ち上がる。
勢いよく立ちあがったせいで、椅子が音を立てて倒れる。
静かな教室に椅子の倒れる音が響く。
両手を広げたままの黒神くんは、目を細め笑顔を浮かべたまま言った。
「須木奈佐木さん、僕に生徒会の副会長を譲ってもらえないかな?」
と、そんな風に黒神真黒は何らかの思惑を携えて。
焼石さんは、番外編で出たとき須木奈佐木さんのことを先輩と呼んでいたけど、中学二年生はまだちゃんづけで呼ぶ気がします。
真黒くんも生徒会参戦(仮)。
フラスコ計画が遠のいていきますね(震え声)