食王ミドラ   作:黒ゴマ稲荷

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 5月2日土曜日。

 よく晴れた陽気の中、山荘へと続く道のりを一台のボックスカーが走っている。

 乗っているのは、三島貴虎、小雪両家族と、その友達の葵冬馬、井上準だ。

 

「すいませんね、貴虎さん。せっかくの休みだっていうのに、私たちの頼みを聞いてもらって」

「気にするな。私も小雪と旅行なぞ、行ったことがなかったからな。…いい機会だ」

「レンタカーまでしたみたいで、助かります」

「車、持ってないからな」

「お父さん、そういえば免許は持っているけど、自動車持ってないね。なんで?」

「走る方が速いしな」

「…冗談ですよね」

「いや、…川神ならありえるのか…?」

「まぁ、家の前に停めておくと一晩で盗まれるからな。借りた方が結果的に安くつく」

「なるほど」

 

 ゴールデンウイークに入り学校も休みに入ると、三島家以下の面々で箱根温泉へ旅行に行くのだった。

 ある日、貴虎が日雇いの仕事から帰ってくると、遊びに来ていた冬馬、準に加え、娘である小雪から旅行に行かないかと誘われたのである。

 思えば、小雪とはそう遠出をしたことがなかったと思い、了承。

 この日のために温泉付近の旅館を予約し、レンタカーも借りてきたのである。

 4人ということで、なぜ大きなボックスカーを借りてきたのか。

 その答えは冬馬たち3人が仲良く並んだ後部座席の後ろ、荷台の上にあった。

 

「…それにしても、貴虎さん、()()は持ってきすぎじゃないですか?」

「重すぎて思うようにスピードも出てねえし…」

「さっきから追い抜かれてばっかなのだー」

 

 冬馬たちが荷台に目を向けると、そこには2つに分けられた白い発泡スチロールの箱が。

 3段に積み上げられ、合計6個。

 中身は、もちろん食材である。

 貴虎が予約した旅館では有料ではあるが、バーベキューのセットを借りることができる。

 もちろん、食材は持参する。

 そのため、貴虎は朝早くから、食材を大量に詰め込んでいたのだ。

 

「まあお父さんは大食いだからねー。これ、何食分?」

「一食分」

「すごっ!!」

「…いやはや、貴虎さんの食欲がすごいのは知ってはいましたが、これほどとは…」

「お前らの分もちゃんとあるから、いっぱい食べろよ」

 

 こうして二泊三日の箱根温泉旅行がスタートしたのである。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 一行が箱根温泉付近の旅館に着いたのは夕方であった。

 辺りは夕焼けの色に染まっており、バーベキューをするのは明日以降になりそうである。

 出迎えてくれた女将さんに挨拶をしながら、割り振られた部屋へと向かう。

 

「うわー、ひろーい!」

「さすが九鬼系列の旅館だけありますね」

「10人は一緒に泊まれるな、こりゃ」

 

 きれいに整頓された、畳特有のにおいのする和室に、一向は泊まることになった。

 荷物を手分けしながらまとめると、自由行動の時間となる。

 夕食の時間までは、まだ幾分かあるのだ。

 

「それじゃあ、夕食まで少し時間もありますし、自由行動としますか」

「わーい。おい、ハゲー。ゲーセン行こう?」

「こらこら、ハゲって言うんじゃありません!おいこら、走っていくな!置いてかないでー」

「やれやれ、騒がしいことですね」

 

 冬馬、小雪と準の三人は、仲良く下の階に備え付けられたゲームセンターへと走っていった。

 それを見送りながら、貴虎は窓際の席に着く。

 手元に置いてあるテーブルには、いくつかの酒瓶が置いてあった。

 それをコップに注いで、飲む。

 今飲んだのは、ビールのようである。

 黄金色と、白い泡が貴虎の喉を通っていき、炭酸が口の中でシュワっとはじける。

 ゴクリ、ごくりと喉を通っていく冷たい液体。

 あっという間に、コップの中身がなくなってしまった。

 そこに新しく液体を注ぎ込む。

 並々に注がれた黄金色の液体に口付けながら、外の景色を眺める貴虎。

 窓から見える景色は、都会から離れた山林を思わせる。

 近くに川もあり、釣りをしたりもできそうだ。

 明日、天気が良いなら、あのあたりでバーベキューをするとしようか。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 夕食で出された懐石料理も食べ終え、一休みしたところで温泉に入ることにした。

 小雪とは男湯と女湯でわかれる。

 少々さびしそうにはしていたが、一緒に寝ることを約束すると機嫌を直してくれた。

 風呂は内風呂と露天風呂とあり、まずは内風呂のほうで体を洗ってから、湯船につかる。

 露店から見える空にはすでに無数の星がちりばめられており、屋根の外から見える空

をみつめながら、少し熱いくらいの湯につかっている。

 普段は家の小さな湯船とは違い、ここでは貴虎の大柄な体でも思いっきり足を延ばしたりすることができる。

 その解放感を思う存分感じながら、鼻歌でも歌いながら湯を楽しむ。

 

「ご機嫌ですね」

「ちわーす。そっちに行ってもいいですか?」

「おう、いいぞ」

 

 内風呂の方には電気風呂や水ぶろなど、多種多様な風呂が楽しめるようになっており、冬馬たちはそちらのほうを先に楽しんでから来たらしい。

 貴虎は最初から露天風呂に絞り込んでいたため、行動は早かったのだ。

 冬馬と準が、貴虎の近くに腰をおろし、湯船につかる。

 露天風呂には貴虎たちの他にも数人の客が利用しており、それぞれが世間話や一心不乱に風呂につかったりと、楽しんでいた。

 

「あー、生き返るわー」

「本当に、いい湯ですね」

 

 冬馬と準も気に入ったらしい。

 顔がほくほくとほころんでいる。

 

「本当にありがとうございました、貴虎さん。無理を言ったみたいで―――」

「その話は終わったことだろ?私も今日、ここにこれてよかった。礼を言うのはむしろ私の方だ」

「ふふ、そういってもらえるとうれしいです」

「ユキのやつも喜んでましたよ」

「…小雪とは、あまり旅行には行ったことがなかったからな。もしかしたら、不便にさせていたかもしれないな」

「そんなことないっすよ!」

「大丈夫ですよ。ユキも貴方に感謝しています。なんせ、死にかけのあの子を救ったのは、あなたなんですから」

「…そう言ってももらえると助かるよ」

「ふふふ、学校でも、あなたの話が出るたびに、ユキもうれしそうに話していますよ」

「私の話なんて、別に話すことなんてないだろ」

「それが結構話題に上がるんですよ。ユキの弁当を毎日作っているのは貴方ですからね」

「クラス内に不死川ってやつがいるんですが、一口食べただけであまりのおいしさに石化してましたからね」

「すごく美味しい弁当を毎日作る、さらに家の家事をほとんどこなすスーパーダディとして、クラス内では一躍有名ですからね」

「…まあ、小雪がクラス内でよくやっているなら、別にいいよ」

「ふふふ、ユキは美人ですからね。その上Sクラスに入るほど頭もいい。言い寄る人も多いんですよ」

「最近では年上とか、年下からも告白されたりしてるからなー。全部断ってるけど」

「そうか」

「貴虎さんは、ユキに好きな人がいることはご存知ですか?」

「ああ、なんか前に話してくれたな」

「親的に、『お前なんかに娘はやらん!』とか、『ほしいなら俺を倒してから行け』とかないんですか?」

「いや、好きにさせるさ。あいつの人生だ。別に私がどうこうしようってわけにもいかないだろ」

「とか言って、ある日ユキが彼氏を連れて来たらどうするんですか?」

「そん時はそん時だ」

「そんなもんすかね?」

「そんなもんだ。命短し、恋せよ乙女。学生の内が華だからな。彼氏でもなんでも、経験したらいい」

「いやあ、いさぎいいですね」

「わからんぞ、もしかしたら、彼氏なんて連れてきた日には、焼いて食っちまうかもしれないな」

「はは、やっぱり動揺してるんじゃないすか」

「…時に、貴虎さんはご結婚なさらないんですか?もう30は超えた年齢だと聞き及んでいますが」

「なんだ?小雪に聞き出してこいとか言われてるのか?」

「いえいえ、ただの好奇心ですよ」

「ユキも気になっていましたよ」

「あー、あいつ母親もほしいとか、そんな感じ?」

「そういうわけではありませんが…」

「あまりにも女っ気が少なすぎるので…」

「板垣姉妹がいるだろ、あとはバイトで会うおばちゃんとか」

「板垣姉妹に関しては、娘みたいな感じでしょう?おばちゃんは既婚者ですよね?」

「…もしかして、ホモですか?」

「は?」

「いえ、大丈夫ですよ。私も、女性も男性もいける口なので、人の趣味嗜好はそれぞれですから」

「若は見境ないからなー。学校でもいろんな人に言い寄ったり言い寄られたり」

「残念だが私の性的思考は正常だと思うぞ」

「でもユキから聞いた話では、部屋の中からエロ本を発見したこともないって…」

「ネットの履歴を探っても、一度もそのようなページを見たことがないとも聞きましたが…」

「…あいつは一回、説教しないとな」

「まじめな話、どこで処理をされているんですか?」

「思春期真っ盛りの男子高生としては、やっぱり気になるんですが」

「あー、まあそのくらいの年齢ならしょうがないのか…。いや、私の場合は少し特殊でなー。なんと説明したらいいのか…」

「…特殊な性癖とかですか?」

「ちなみに準はロリコンです」

「違います!俺は小さい子ががんばっている姿を遠くから眺めているだけで幸せなんです」

「ロリコンでもないな。…あえて言えば、色気より食い気って感じかな」

「おや、そういう話には興味ないと?」

「花より団子だな。風俗でも、遊郭でも、それよりも飯食ってた方がって思ってる」

「では、色恋には興味を持てないと?」

「もしかしてEDとかですか?」

「いや、そっちは順調だと思うぞ。…まあ、今はそんな余裕もないしって感じかな」

「そうっすか」

「私の心配よりも自分の心配してろ。お前、ロリコンなんだろ?捕まっても知らんぞ」

「大丈夫です。YESロリータNOタッチ。痴漢は犯罪です」

「…本当に大丈夫か、こいつ」

「準もその辺はわきまえていますよ」

「そうか。…さて、そろそろ出るか」

「おや、もう出て行かれるのですか?」

「お前らより先に入っていたからな。いいかげん、体がふやけてしまう」

 

 露天風呂から立ち上がる。

 そのまま出口の方へ向かう貴虎。

 その前に、

 

「小雪、いつまでもそんなとこにいると、風呂冷めするぞ」

 

 そう言い残して、風呂から出て行った。

 

「…若、見ました?」

「ええ、戦艦大和くらいですか?」

「体だけじゃなく、あそこもビッグだとは…」

「ふふふ、興奮してきてしまいましたよ」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「…びっくりしたー」

 

 少し時間のたった今でも、心臓がバクバクと鳴っている。

 みんなと別れた後で、一人で露天風呂に入っていると、男子風呂の方から話声が聞こえてきたのである。

 貴虎と冬馬、準の声だ。

 学校の話から、自分の話、果てには貴虎の恋愛の話について。

 冬馬がうまく誘導してくれたのだろう。

 貴虎の恋愛の話は、小雪が一番気になっていたことだ。

 中学に入って、そういう話も聞くようになってから、自分の父はどうだっただろうかと考え始めた。

 板垣亜巳、辰子、天使を交えた家宅捜索でも、そのような本やDVDを見つけることはかなわなかった。

 一体、いつ処理をしているのか。

 そういうことをしなければいけないということは、小雪にもわかってる。

 年長の亜巳が、赤面交じりで話してくれたことを、辰子、天使とともに聞いていたこともある。

 好きなのだ。

 父が。

 それが家族愛を通り越して、一人の男性として好きだということに気付いたのは、つい最近のことだ。

 いけないことなのかもしれない。

 けれども、血はつながっていない。

 一緒に布団を並べて眠るときも、心臓がバクバクしている。

 冬馬と準には、心情を打ち明けたりした。

 二人とも驚いてはいたが、否定はしなかった。

 難しいと思うが、頑張れよと背中を押してくれた。

 相談にも乗ってくれた。

 できれば、誰にも渡したくない。

 ずっと一緒にいてほしい。

 そんな思いで、壁一枚を挟んだ向こう側の声を聴いていた。

 真剣になればなるほど、壁に耳をつけて聞いてしまう。

 しかし、ばれていた。

 貴虎は、こちらが息をひそめて、話を聞いていたことを知っていたのだ。

 ぶくぶくと水中で息を吐きながら、貴虎のことを考える。

 ―――最初は、大きな手だった。

 こちらの小さな、小さな体を抱きよせてくれた手。

 次は、大きな背中。

 安心する、父のような背中だった。

 いつも、この背中を見て育ってきた気がする。

 不器用だけれど、私のやさしいお父さん。

 ―――いつか、いなくなっちゃうのかな。

 そう考えると、悲しくなってくる。

 できれば、そうはならないでほしい。

 そう思うのは、自分のわがままだ。

 でも、それでもと―――

 

「よし!」

 

 ざばっと湯から上がり、出口を目指す。

 湯冷めしかけていた体も、これであったまった。

 決意を新たにしながら、少女は出口を目指す。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 5月3日日曜日。

 この日も、快晴の空が広がっていた。

 朝食をとった一向は、近くの川でバーベキューを決行することにした。

 旅館のフロントで借りたセットをもって、川の近くに陣を取る。

 炭での火起こしや、セットの組み立てなど、その他調理などは貴虎の役目だ。

 冬馬、準、小雪の三人は、用意ができるまで辺りを散策することにした。

 三人ともが裸足になって、春の小川に足をつける。

 夏に向かっていく陽気な気候と、小川の水の冷たさで、三人は笑いあいながら川を満喫していた。

 

「みてみてー、とうまー、じゅんー、魚がいるよー」

「ユキー、その辺は深くなっているので、あまり行ってはいけませんよ」

「しっかし、まだまだ水がちべてーな」

「あははー、おさかなさーん」

 

 一行がバーベキューを行おうと陣を取ったその少し上流には、少し水位が深い、壺上に水がたまっている場所があった。

 そこには、遠目から見るだけでも、魚のような黒い影がたくさん存在していた。

 どうやら、ここに山頂からながれてきた川の栄養分が、一時集まるらしい。

 深く、大きいその水壺は、自然が作った魚や沢蟹などの繁殖場のようである。

 三人は遠目からそれを眺めながら、準備ができるのをいまかいまかと待ち望んでいる。

 

『おい、準備ができたぞ。戻ってこい』

 

 声が届いた。

 貴虎の声である。

 

「はーい」

 

 小雪が嬉しそうに駆け出していく。

 それを追いながらも、

 

「…若」

「貴虎さんの声でしたね。まったく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おそいぞー、お前ら」

 

 ジュウジュウと、肉の焼ける音がする。 

 

「あー!お父さんずるーい!先に食べ始めるなんて!」

「お前らが帰ってくるのが遅いのが悪い」

「待っててって言ったじゃん」

「それよりウェットティッシュで手を拭け。心配すんな、肉はたくさんある」

 

 そう言って足元の発泡スチロールの箱を足で指し示す。

 どうやら、あれに肉などの食材が入っているらしい。

 小雪たちがウエットティッシュで手を拭くと用意された紙皿を手に取る。

 そこに、貴虎が焼けた肉を順番においていく。

 それにタレをからめて、

 

「「「いただきまーす」」」

 

 焼けた肉にやけどしないように、歯をつけると、そこから飛び出る肉汁。

 噛んでいるうちに、口の中でとろけだす肉の身。

 

「おいしーい」

「うまいっ!!」

「これはこれは…」

「まだまだあるから、遠慮せずに食べろよ」

 

 三者三様の反応ではあるが、どれも好感触のようである。

 カルビ、ロース、ミノ、ハツ、ホルモン。

 牛肉の他にも、豚も鳥もあった。

 その他にも、ゴボウやキュウリのようなカリカリとした食感の、牛肉をまいて食べると油の旨みが増す『スナックサンチェ』。

 豚肉をベーコンのように薄くスライスし、それを『バナナきゅうり』にまいて軽く火を通したり、

 少し火を通した『マシュマロカボチャ』は、甘さが引き立てられ、そのまま食べるよりもおいしくなっていた。

 

「「「ごちそうさまでした」」」

「美味しかったよー」

「こんなに美味しい肉や野菜をありがとうございます」

「高かったんじゃありませんか?」

「金のことは心配しなくてもいいよ。美味かったならそれで」

「片づけは私も手伝うのだー」

「おいおい、今から俺が食うとこなんだぜ」

「では、私たちが焼きましょうか?」

「貴虎さんはベンチに腰かけて、焼けるのを待っててくださいよ」

「お父さんの肉を焼くのは僕だー」

「じゃあ、頼むわ」

 

 まだ、発泡スチロールの箱は2箱も残っている。

 貴虎はベンチに腰を下ろし、ひそかに持ってきていたアルコール類に手をつける。

 子どもたちは、まだ未成年なので売店で買ってきたジュースを、紙コップに注いでいる。

 楽しく談笑しながら、昼の食事会は過ぎていく。

 

 夕方。

 辺りが黄昏色に染まるころに、貴虎たちは片づけをしていた。

 使ったバーベキューセットから灰を落とし、軽く水洗いして汚れを落とす。

 すっかり空となった発泡スチロールの箱は、手分けしてボックスカーの中へと運んでいく。

 時刻は五時ごろ。

 旅館にもどってきた面々に、見たことある顔ぶれが冬馬たちの瞳に映った。

 

「おやおや、これはこれは、風間ファミリーの面々ではありませんか」

 

 旅館一回の売店付近、そこにいた直江大和、川神一子、クリスティアーネ・フリードリヒ、椎名京、黛由紀江などなど、通称『風間ファミリー』の面々だ。

 リーダーの風間翔一の姿が見えないが、きっと一緒に来てはいるのだろう。

 校内でも有数の、仲良しグループなのである。

 

「葵冬馬、お前も来ていたのか」

「はい、せっかくのゴールデンウィークですので、家族旅行にね。そちらも?」

「キャップが商店街の福引を引き当ててな。2泊3日の箱根旅行だ」

「それはすばらしい。私たちは明日で帰る予定ですが、ここの温泉は素晴らしいものですよ。ぜひ堪能していってください」

「言われなくても、もう入っちまったぜ」

 

 川神学園において、エリートクラスであるS組と、落ちこぼれというか、成績が悪い者たちの集まるF組は仲が悪い。

 体育祭の規模を拡大したかのような川神祭においても、毎年学年の覇権を争って、デッドヒートを繰り広げている。

 しかし、大和たちが所属する風間ファミリーと、冬馬たちはそれほど仲が悪くもない。

 F組だからと見下すことが多いので、F組からはS組は嫌われているのだが、冬馬たちはそのようなことはしなため、それほど火種にもならない。

 風間ファミリーの方も、SとかFとかの格にはそれほど興味がないため、積極的に争ったりもしないのだ。

 ただ、やはりトトカルチョなどで知恵を振り絞って争ったこともある面々だった。

 そのおかげもあって、前よりも話せるようになったのかもしれない。

 

「準ー、冬馬ー、部屋に行くよー」

「おやおや、時間が来てしまったようですね。縁があれば、また風呂ででも会えることでしょう」

「またなー、お前ら」

 

 そう言って風間ファミリーの前から去っていくS組の面々。

 

「…あいつらも来ていたのか」

「珍しいね。S組のやつらなら、この休みも勉強勉強って感じだと思ったんだけど…」

「家族旅行って言ってたね」

「まあ、せっかくの箱根旅行を邪魔されることもないだろう」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 しかし、再会は意外と早かった。

 夕食を食べ終え、露天風呂へとやってきた風間ファミリーたちはばったりとそこで冬馬と準、そして貴虎と顔を合わせたのである。

 

「げ、葵冬馬」

「おやおや、これはこれは大和君たちではありませんか。意外と早い再会でしたね」

「知り合い?」

「同じ学校の生徒ですよ。クラスは違いますけどね」

「…そちらの方は?」

「ああ、すまない。三島貴虎だ。三島小雪の父と言った方が早いかな」

「ああ、あのS組の」

「あの子のお父さん…」

「似てないな」

「こら、キャップ!」

「ははは、かまわないよ。むしろ私に似ずに美人になってくれた方がいい」

「小雪さんは美人ですよ」

「うちのクラスでも、ファンな人は大勢いますし」

「ほう、それはよかった」

「なあ、モロ。今小雪ちゃんのお父さんに、『娘さんを僕にください!』て言うチャンスじゃね?」

「やめときなよ。ガクト前に振られたばっかでしょ」

 

 そう口々に騒ぎ立てながらも、風間ファミリーの面々も湯船につかっていく。

 幸運にも、今男風呂にはこれらの面子しかいないのだった。

 少々騒いでも、大丈夫なのだ。

 

 その頃女湯では、

 

「覗きをします」

 

 そう提案したのは、椎名京だ。

 彼女は、同じメンバー内の直江大和に思いを寄せているので、たびたびこのような大胆な行動に出てしまうのである。

 

「なんで?好きな人でもいるの?」

 

 小雪も風間ファミリーのメンバーと打ち解け、一緒に女湯に入っている。

 時折百代が絡んでくるのをうっとうしく感じながらも、同年代の女の子同士で仲良くやっているようである。

 

「そう、私は大和LOVE。ああ、大和待っていて、すぐにあなたの妻がそちらに行きます」

「やめないか、京」

「そうよ、やめときなさいよ。大体、大和以外の人のが見えたらどうするのよ?」

「…その考えを失念していた」

「あ、あわわわわ。覗き、男の人を、覗きなんて…」

『やるねー、みやこっちゃん。肉食的すぎて骨まで一緒に食っちまうみたいだー』

「…しょうがない、こうなったら、秘儀聞き耳!」

「僕もしよーっと」

「やめておけと言っているだろう」

「止めても無駄よ、クリ。恋する乙女のパワーはもう止められないわ」

「そういうものなのか?」

「…それはそうと、モモ先輩、さっきから静かにしていますけど、どうなされたんですか?」

「…いや、そうだな…、これだけ美少女の姿を一気に目に焼き付けてしまい、しばらくの間ショートしていたようだ」

「そ、そうですか」

『美しいってのは罪だぜー』

 

 またまた男湯では、

 

「…それはそうと、やはり大和君はおいしそうな体つきをしていますね」

「…おい、やめろ!そんな目でこっちを見るんじゃない」

「あー、悪いな直江。若は雑食でなぁ」

「準はロリコンですけどね」

「違います!僕は小学生が登校してきたところに、飴をあげてお疲れ様って声をかけたいだけなんです!」

「それ、犯罪だよね?」

「俺はやっぱり巨乳のお姉さんがいいなぁ。よっし、これからもモテるために、筋肉を鍛えまくるぜ!見よ、この力瘤!」

「おー、さすが島津だ。片手でバイクを持ち上げたって逸話があるだけあって半端じゃねーな」

「筋肉と言えば、貴虎さんもかなりの筋肉質な体をしていますよね。何かなされているんですか?」

「いや、私は特別なトレーニングとかはやってないよ。ただ飯食って適度な運動してい、よく寝てただけさ」

「へー」

「体が作られるのは、やはり君らの年くらいだから、今のうちにいろいろやっとくといいかもね」

「わかりました」

「さて、それじゃあおいちゃんはこの辺で失礼するかな」

「え…、もう行ってしまうんですか?」

「なんか、遠慮してもらったみたいですいません」

「いーよ、いーよ。あとは若い子たちの時間ね。それに年取ってくると長風呂がきつくなってくるんだよ」

「そうですか」

「貴虎さん、部屋にいますか?」

「そうだな…、腹も減ったし、なんかつまんどくわ」

「わかりました」

「…さっき食べたばかりなのに、まだ腹が減っているのか」

「驚異的な胃袋だね」

 

 貴虎がいなくなった後で、男たちはこぞって猥談を始めた。

 下のナニの話は、大いに盛り上がり、それを聞いていた女どもは、

 

「…大和はマグナム。屈強な熊をもしとめられるその銃口で、私を狙い撃ちしてほしい」

「男集は本当にどうしようもないわね」

「まったくだ」

「―――ついていけません」

『まゆっち、がーんばれ!』

「なかなか面白い話をしているな」

 

 その中で、

 

「…波動砲」

 

 宇宙戦艦ヤマトは小雪も少しなら知っている。

 貴虎のナニのことを、男集はこぞってあの大口径エネルギー砲と揶揄した。

 もうそこまで行くと訳が分からなくなってくる。

 ぶくぶくと泡をたてながら、小雪の顔が湯の中に沈んでいく。

 顔が熱い。

 きっと、長風呂に入っている影響だけではないだろう。

 そんなこんなで、夜が更けていく。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 旅行三日目の五月四日月曜日。

 今日もよく晴れており、計画していた家族旅行も順風満帆――――とはいかなかった。

 午前。

 風間ファミリーの面々が、各々釣りや近くの散策などで楽しんでいる中、山での一子と京の稽古の最中に、それは起きた。

 マルギッテ・エ―ベルバッハと名乗る迷彩服を着た軍人が、稽古に乱入してきたのだ。

 それを一子と京が応戦。

 一度は技が決まり、退けたものの、マルギッテが自慢の武具であるトンファーを装備すると状況が一転。

 川神百代に加え、クリスの父であるという人物が、部下を十数名引き連れてやってきたのだ。

 その中に、山からの乱入者が現れる。

 木々をなぎ倒しながら、その巨体で砂を巻き上げてこちらに来る。

 

「え、え、イノシシ!?」

「でかいぞ!」

「…なんか興奮してない!?」

「こちらを目の敵にしているのか?」

「クリスが危ない!?全員、構え」

「…面白い、ちょうど退屈していたところだ」

 

 こちらのことを恨んでいるような、そんな風に鼻息を荒くしながら突撃して来る大イノシシに、各自が臨戦態勢をとる。

 クリス父以下のドイツ軍人たちも、手持ちの銃を構え、イノシシめがけて銃口を向ける。

 と、次の瞬間――――

 ふもとの方から、ものすごいプレッシャーが発せられた。

 一同が、みな、硬直する。

 冷や汗を流し、背中に冷たいものが走り抜け、がたがたと膝をゆする。

 プレッシャーの主が、一歩一歩こちらに近づいてくる。

 かろうじて動けるのは、壁越えの二人のみ。

 ともにプレッシャーが近づいてくる方に向け、構える。

 いつでも戦えるように。

 ズシリ、ズシリと地面を踏みしめて、やってきたのは貴虎だった。

 もう、昨日見たような優しい顔をしていなかった。

 たとえるなら、鬼の顔だ。

 それほどの怒気を備えている。

 一同が動けない中で、貴虎が大イノシシに近づいていく。

 イノシシは動くことができない。

 ここで、食われることさえ覚悟した。

 

「―――――帰りな」

 

 その言葉とともに、皆の体をむしばんでいたプレッシャーが霧散する。

 大イノシシも踵を返し、一目散に来た道を戻っていった。

 

「…三島…さん?」

「どうして…ここに」

 

 プレッシャーがかかっている最中では、満足に息すらできなかった。

 ぜいぜいと呼吸を整えながらも、質問する。

 しかし、子供たちの疑問に取り合わず、

 

「あのイノシシは、もともと山奥に住んでいたものです」

 

 クリス父の方に向き直る。

 

「それがここまで下りてきた理由は――――撃ちましたね?」

「―――」

「大方、子どもを殺され、その怒りでここまでやってきたのでしょう。追跡は簡単です。その火薬の匂いをぷんぷんさせたものを持っているのですから」

「…お父様?」

「…確かに、ここに来る途中、イノシシの子供を撃った。しかしそれはクリスの安全を確保するためだ。わが愛娘にかかる火の粉は、たとえなんであっても排除せねばならない」

「…この辺りは、民家が近くにあるため、銃での狩猟は禁じられていますが…」

「――――」

「それに、一番気に入らないのは、その粗末な黒いブツを、平気で子供に向けるあんただよ。当たったら、どうするんだ」

「貴様ッ、中将殿に向かってそのような口のきき方をッ」

「いい、マルギッテ」

「中将殿!?」

「確かに、私の方に非があったことを認めよう。謝罪をする。―――君たち、すまなかったね」

「…あ、いえ…」

「別にいいんですけど…」

「ありがとう。―――それより、貴方のことだ」

「私が、何か?」

「先ほどのプレッシャー、只者ではないとお見受けする。名を聞いても?」

「三島貴虎」

「…なるほど、クリスと同学年の生徒に、そのような名の生徒がいた覚えがある。親御さんですかな?」

「三島小雪の父だ」

「なるほど――――さっそくですが、あなたには死んでもらいたい」

 

 クリスの父、中将が手を上げると、傍らに侍っていたり、こちらを取り囲んでいた面々が、一斉に貴虎の方へと銃口を向けた。

 

「…どういうつもりだ?」

「…今しがた、私は死を覚悟したよ。あなたは危険すぎる。クリスのそばにおいては置けない」

「お父様!?」

「…そうか」

「おい、やべえぞ。本気だ!」

「こっちまで巻き添えを喰らうぞ」

「みんな伏せろ!」

 

 各々が動きを見せる中で、中将の腕が振り下ろされる。

 その瞬間、引き金を引く直前に、それは起こった。

 貴虎を狙っていた銃のすべてが、メキョっとおとをたててひしゃげたのである。

 そのまま、メリメリと音を鳴らしながら、真っ二つに引き裂かれていく。

 

「―――――なッ!?」

「何!?」

「何が起こっている!?」

 

 独りでに自壊していくような愛銃達に、兵士の面々は困惑の色を隠せない。

 それは巻き添えを恐れた風間ファミリーの面々も同様だった。

 一歩、一歩ゆっくりと中将の方へと近づいていく貴虎。

 

「――――ッ、待ちなさい!!中将には手を―――――」

 

 ―――――俺と噛みあうか、犬?

 

 一睨み、たったそれだけで、もうマルギッテは動けなくなってしまった。

 動けなくなったマルギッテに目をくれずに、中将へと並び立つ。

 

「まだ、やるかい?」

 

 あふれ出る怒気を隠さないで、中将へと問いかける。

 胸のホルスターに愛銃が備えてある中将だが、そんなものは意味をなさないだろう。

 

「――――いや、私の負けだ。すまなかった」

 

 頭を下げた。

 もう一歩踏み込んでいれば、おそらく死んでいただろう。

 三島貴虎、ここには武神もいるというのに、それよりも危険な男であると、今中将は認識したのだった。

 中将の返答が満足いったものであったため、貴虎は来た道を戻ろうとする。

 それをさえぎる影が一つ。

 

「姉さん」

「モモ先輩」

 

 川神百代。

 武神とうたわれる、川神院最強の武士娘。

 常に強者を求めている彼女が、突如現れた貴虎のことを放っておくわけがなかった。

 

「…何か?」

「この騒ぎは、私が鎮圧してやろうとおもっていたものなんですが…」

「そうか、すまないね」

「いいえ、いいんですよ。もっといい相手を見つけましたから――――」

 

 ぎらつく目で相手を見据える武神。

 

「…相手をしてくれませんか?」

「相手?」

「私の獲物をとったんだ、今度は貴方が私の相手をしてくれ」

「――――やめておくよ、ただではすまなそうだ」

「…それは貴方が勝つということですか?」

「せっかくの旅行なんだ。君も怪我をしたくないだろう?」

 

 その言葉が引き金だった。

 神速の踏込で、相手に向かって放たれる右こぶし。

 川神流、無双正拳突き。

 水月めがけて放たれたその拳は、狙い道理に相手の急所へと突き刺さった。

 しかし、倒れない。

 吹っ飛びもしない。

 わずか数ミリ、後ろへと下がっただけだ。

 幾多の相手を屠ってきた必殺の拳は、ただむなしく相手の筋肉の鎧に阻まれるのみだった。

 

「…姉さんの拳が」

「効いてない?」

「…お姉さま」

 

 百代がひとたび、距離を取った。

 今の一撃で、どれだけダメージを与えることができたのか。

 まったく想像もつかない。

 得体のしれない相手であった。

 それでも、川神百代は笑った。

 未知なる強者との戦い。

 いつの日かいなくなった、()()()()()

 ――――じじいよりも上だな。

 そう確信する相手だった。

 今までの膨大に蓄積した戦闘経験から、次の攻めを構築する。

 しかし、どうやっても勝てるビジョンが思い浮かばない。

 こんなことは初めてだった。

 川神百代は、やる気だ。

 貴虎が、拳の打ち込まれた部位へと手をかざす。

 

「…効いたよ」

「どこが」

 

 空気が変わった。

 相手が、こちらを見ている。

 ピリピリとした気配が、百代の肌に突き刺さる。

 ―――守るより、攻めろだ!!

 第二打を先行して叩き込むため、川神百代は地を蹴った。

 壁越え以外には目にもとまらぬ速さの神速にて、右のハイキックを頭部へと叩き込もうとする。

 豪速、唸りをあげて迫る右足よりはやく、貴虎の左手が百代に届いた。

 中指を溜め、その勢いで弾く、いわゆるでこピンである。

 それが、百代の額に当たった。

 勢いよく、百代の頭が後ろへと回転する。

 身体に伝播していった衝撃によって、まるで滑ったかのようにハイキックは宙を蹴った。

 そのまま地面に倒れこむ。

 

「姉さん!?」

「お姉さま!?」

「モモ先輩!?」

 

 地面に倒れた百代だったが、しかし動けずにいた。

 まるで体が自分のものではなくなったかのように、自由がきかないのだ。

 歯を食いしばり動かそうとするが、動かない。

 さらには丹田から発せられる気も、上手く練ることができない。

 普段体内をよどみなく循環しているはずなのだが、どうもうまく循環していかない。

 ―――瞬間回復が使えない?

 

「…な…にを、…し、た?」

 

 そのまま悠々と自分の横を通り過ぎようとする男に対して、問いかける。

 

「君ならすぐにでも動けるようになるだろう。そのまま、旅行を楽しんだらいい。私はもう行く」

 

 そう言うと、来た道をまっすぐと戻っていった。

 今度は、誰も止められなかった。

 その5分ほどした後で、川神百代は体の自由を取り戻した。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「お父さん、おそーい」

「悪いな、またせて」

「いえいえ、お土産も買えましたし、逆によかったですよ」

「そう言ってもらえると助かるよ」

「…時に貴虎さん、何の用事で――――」

「その話はあとね。今に怖いお姉さんがやってくるから。早くずらかろう」

「え」

「それって…」

「わーい、のりこめー」

「さあさあ、乗った乗った!」

「何かわかりませんけれど、急いだほうがよさそうですね」

「よし、乗り込みました」

「レッツゴー」

 

 一行を乗せた車は、行きとは比べ物にならないほどのスピードで、箱根の旅館を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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