食王ミドラ   作:黒ゴマ稲荷

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 山が動いている。

 いや、正確には、山ほどある大きさの動物が動いているのだ。

 リーガル島と名付けられた、面積が50万平方キロメートルもある孤島。

 そこに住まう、主。古代の食宝『リーガルマンモス』。

 リーガル島という名も、その主の名にちなんでつけられたものである。

 その巨大なマンモスの体内にのみ存在する、特殊な部位の肉。

 ヒレやサーロイン、ハツやホルモンなど、あらゆる部位の肉の旨みを凝縮したような最高の肉、『宝石の肉(ジュエルミート)』。

 それを狙って、今回貴虎はリーガル島に来ていたのである。

 目の前には親子連れのマンモス。

 子マンモスの大きさは、それほど大きくはないように感じられる。

 せいぜい、100メートルくらいである。

 しかし、その傍らに侍る親マンモスのその圧倒的な大きさ。

 子マンモスと比較して、何倍、いや何十倍もの大きさがある。

 まさに、動く山。

 リーガル高原を移動するこのリーガルマンモスによって、リーガル高原の地面はマンモスが食べた後の骨が無残にも散らばり、白いカーペットを形成している。

 まつろわぬウカノミタマからの贈り物として受け取った、この広大な()()

 その全体像は、所有者たる貴虎にも把握できてはいない。

 いや、それどころか、探索すればするほど、未知があふれているのである。

 そして、見たこともないような()()も。

 そして、()()()()()()()このリーガル島を発見した貴虎が、()()()巨大な親マンモスの口の中に吸い込まれ、体内に入っていったことが、この『宝石の肉』の発見につながったのである。

 それからも()()に一度の間隔で、マンモスの体内に入り、『宝石の肉』をいただいているのである。

 今回もこのリーガルマンモスから、『宝石の肉』をゲットするために、やってきたのだ。

 親マンモスが、エサを食うためにその巨大な双頭の鼻で辺りのものを吸い込んでいる。

 驚異的な吸引力で、リーガル高原に住まう別の猛獣たちが、巨大な鼻の穴に吸いこまれていき、片方の穴の中で咀嚼された猛獣たちだったもののなれの果てが、もう一つの鼻から吐き出されていく。

 躯と化した動物たちの死骸で地面が形成されていく。

 

「バオオオオォォォォ!!」

 

 その巨体に似合う、大音量の鳴き声だった。

 その瞬間を見計らって、貴虎が口内よりリーガルマンモスの体内に侵入する。

 喉と思われる部位から落下しながら、かつてより何度も味わった、『宝石の肉』の味を反芻する。

 口内にはすでに大量の唾液が分泌されている。

 それを飲み込んで、貴虎は目的の物を探していく。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 小雪の平日は、もっぱら学校で過ごしている。

 父の貴虎が仕事で帰ってくるのが、7時ごろ。

 冬馬や準の学習塾も、始まるのがそれぐらいの時間帯からなので、授業が終わったら図書室かS組にて自習をしている。

 S組では、テストや模試の成績がよくないと、在籍することができない決まりとなっている。

 テストのたびに成績の下の方から違うクラスに回され、新しく他の組より成績優秀者が入ってきているというようなことも多々ある。

 S組に残るためには、並みならぬ勉強への努力が必要なのだ。

 小雪も、S組に在籍しているということで、成績上位者の一員なのである。

 彼女は塾や予備校などには行ってはいないが、こうした放課後や休み時間をうまく使い、テストや模試などのための勉強はしているのである。

 さらには冬馬や準が、わからないところを教えたり、塾で教わったことを小雪に話したりして、小雪の成績は上位で保たれたりもしているのだ。

 極めつけは、その集中力。

 放課後から下校するまでの間、その間に小雪は驚くべき勉強効率を発揮する。

 人の3倍は、速く、能率的にできていることだろう。

 さらには、集中している最中は、それ以外のことをシャットアウト。

 以前、あの武神がからんできたこともあったが、まったくと言っていいほど取り合わなかった。

 そのあまりの集中力故、武神の方が折れたのである。

 そして、下校の時間が来ると、電池がきれたかのように垂れるのである。

 これも、愛のなせる業か。

 そもそも、こうした効率化の原因は、家で勉強をしすぎると、『お父さんに遊んでもらえないから』という、何とも言えない理由からなのである。

 冬馬も準も、これには苦笑しているが、そんなこんなで小雪の成績は保たれているのだ。

 ちなみに、その時の武神が小雪に絡んできた内容が、父貴虎に関してのものだったので、終わってからも取り合わなかったのは余談だ。

 貴虎に絡んでいく女子は、好きではない。

 独占欲、嫉妬、年頃の若い子なので、仕方ないのかもしれないが…。

 

 冬馬や準が塾のため別れると、一人、帰宅する。

 小雪の住んでいる場所は、川神でも有数の治安が悪い場所である。

 一人で年頃の女の子が帰宅するのは危険だと思うかもしれないが、何年も住んでいるうちにその疑問も解決している。

 貴虎の娘に加え、その地域最強の一家である板垣家と親交が深い小雪を、誰も襲おうとは考えなくなっていた。

 むしろ、その可憐な容姿から、数少ない癒しとして、アイドルのような存在となっているのである。

 そんなこんなで、スキップ交じりで帰宅する小雪。

 余談だが、いつの日か板垣姉妹の稽古に混じるようになった小雪の脚癖は、ものすごく悪くなっていた。

 生半可の実力の持ち主では、一瞬で意識を刈り取られるハイキック。

 外と内に蛇のように、さらに速さをもって狙うロー。

 貴虎も、どんどん強くなっていく娘の姿に、苦笑していた。

 釈迦堂曰く、もともと才能はあったようである。

 それが、早いうちから開花していたとのことだ。

 彼自身も、できのいい弟子を持って良い気分そうだ。

 本人にそういうと、秒間に何十発の拳に加え、リングと呼ばれる高圧縮エネルギー弾を撃ち込まれるのだが。

 

「ただいまー!!」

 

 そう言って勢い良く扉を開ける。

 

「おかえりー…」

「おう、ユキ帰ってきたか。ゲームやろうぜ、ゲーム!!」

「辰っちゃん、天ちゃん、来てたんだー。ゲーム?やるやる!!」

 

 小雪の家の小さな部屋の中に、近所づきあいの長い板垣家の次女、板垣辰子と末っ子の板垣天使がいた。

 年が近いせいか、ノリが近いのか、天使と小雪は仲が良い。

 こうやって、よく遊びに来て、据え置きのゲームを一緒にやったりするのである。

 そしてそのまま夕飯を食べ、泊まっていくというパターンが、常習化していたりする。

 辰子も美味しいご飯を求めて、三島家に居座ったりするのだ。

 最初に交流を持ったのは何を隠そうこの板垣辰子である。

 腹いっぱい、貧乏だった時代に本当に腹いっぱいになるまで貴虎に食べさせてもらった辰子は、そのまま寝ていってしまったのであった。

 その時は、貴虎が家までおぶっていき、以後、よほどその眠りが気持ち良かったのか、腹いっぱいに食わせろと貴虎のもとにやってくるのである。

 食べてすぐ寝たら太るというので、何度も姉の亜巳が注意したりもしたが、一向に改善したりもせず、むしろ貴虎が食わせる回数が増えたりしている。

 幸せそうな眠りについた彼女は、何をしても起きなかった。

 以前、なんとかして起こそうとした三男の竜兵が、龍の逆鱗に触れ、地獄をみたことで、もう放っておくことが、暗黙の了解となっている。

 本人も本当に幸せそうに食って寝るので、まあいいかとなるのだ。

 そんなこんなで、三島家と板垣家は深く交わっていった。

 金が無いから飯をくわせろー、と突撃して来る竜兵。

 長女の亜巳も、いつしか貴虎たちとともに飯を食うようになった。

 たまにやってくる彼女たちの師匠である釈迦堂にも、小雪に稽古をつける条件で、一緒に食べていたりする。

 

「おーう、ここにいたのか」

「お、リュウじゃん」

「おかえりー」

「ユキも帰っていたのか。貴虎さんは?」

「まだー」

「そうか」

「…おかえりー。…竜ちゃん」

「辰ねえ…。また寝てるし…」

「また起こさないのか?」

「馬鹿言え。もうあんなこと二度とできるわけないだろ」

「いやー、マジ切れした辰ねえ怖かったもんなぁ。…あたしも少しちびっちゃうかと思ったよ」

「俺はあの時ほど明確に死を感じたことはない…」

「寝てる間は無害だし…。寝かせておいたら。それよりも、竜もやるだろ?」

「3コン、3コン」

「…まあ姉ちゃん帰ってくるまでにも時間あるし、貴虎さんもまだ来てないし、…しょうがねえ、いっちょもんでやるか」

「大きく出るねえ。…それじゃあ、負けた時用の罰ゲームでも決めるか?」

「いいだろう。俺が負けるはずがないがな」

「わーい。罰ゲーム、罰ゲーム」

「そんじゃあまた内容は考えておくよ。はい、竜のコントローラー」

「おう」

「僕も行っちゃうよー」

「…ZZZ…」

 

 今日も三島家と板垣家は平和だった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 もう5月も終わるころ。

 今日の日より少し前、イタリアのローマでは大規模テロが発生したとして、大騒ぎとなっていた。

 真相は、とある神殺しの権能によるものなのだが、表向きには爆破テロとして、ローマ付近の各機関が情報統制を行ったため、そのようになっている。

 伝統建築物として世界中で名高いコロッセオの闘技場が、跡形もなく崩れ去っていたのだ。

 これについてはもちろん世界中で大騒ぎ、便乗して爆破テロ予告までする連中も出る始末。

 裏では、眉唾だった7()()()の魔王の存在が公に確認されたため、こちらも大混乱している始末。

 事件現場であるイタリアの各機関も、これ以上自分のところでの権能の行使をやめていただかないと、といった騒ぎとなっていた。

 神殺しの権能による大規模破壊の後。

 100を超える人々が、コロッセオの修復活動にいそしんでいる中で、一柱の神の姿が存在していた。

 不完全ではありながらも、まつろわぬ神にふさわしい神威を発しながらも、誰にも確認されずに、神はその場を後にした。

 もとむるものは、神の分身たる《蛇》の因子を封印した、『ゴルゴネイオン』と呼ばれる古代の魔導書。

 紙も、文字すらもない古き時代、その概念のみが絵画として保存された石版を、このまつろわぬ神は求めているのである。

 ――――自身の半身を探しているのである。

 ――――完全なるまつろわぬ神として降臨するために。

 《蛇》の概念を封じ込めた石版と、かの神とは強い絆で結ばれている。

 そのため、神が求めれば、石版も応えてくれる。

 行先ははるか東方。

 この場にあったゴルゴネイオンを持ち去ったのは、先日邂逅し、しかしその場はすれ違った一人の神殺し。

 おそらく、ヘルメスの弟子たち、魔術師たちが、かの王に預けたのだろう。

 まったく、自分たちの手には負えないからと、余計なことをしてくれる。

 かの神は自分の半身を求め、異国へと旅立つ。

 それが、先日の話。

 もうすでに、神は異国の地―――日本へと足を踏み入れていた。

 距離が近づくにつれて、ますますはっきりと感じられる、《蛇》の鼓動。

 ゴルゴネイオンは、やはりこの地に存在する。

 そして、

 ――――ほう。

 異国より来訪した神、まつろわぬアテナは口元に笑みを浮かべた。

 ローマより東方に向けて飛んでいるときは気づかなかったが、この地には神殺しの波動が()()、確認することができる。

 一つは、先日ローマで邂逅を果たした、あの少年のものであろう。

 ゴルゴネイオンもそちらから存在を確認することができる。

 もう一つの波動も、比較的近くからしている。

 ――――面白い!!

 まつろわぬ神の仇敵である神殺しと、最後に死合ったのはいつ以来だろうか。

 ちょうどいい、わが半身である《蛇》の因子を取り戻した暁には、両方とも葬り去ってやろう。

 我は戦いと死を司る女神、アテナ。

 みごと東方の神殺しを葬り去り、その名を異国にも轟かせよう!!

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「いやー、悪いね。俺の趣味に付き合ってもらっちゃって」

「とんでもないです。いつも小雪がお世話になっていますから」

 

 日も落ちて辺りが暗くなり、街が街灯の明かりによって照らされるころ、釈迦堂刑部と三島貴虎は肩を並べて帰路についていた。

 とある仕事を一緒に請け負ってから、釈迦堂はこの隣人のことを気に入っていた。

 弟子である板垣姉妹とも仲が良い。

 娘の小雪も、なかなか筋がいい、光る才能の持ち主で、教えているのも楽しいものである。

 今日は釈迦堂も貴虎も仕事が休みで、前から計画していた遠出をしていたのである。

 最近の釈迦堂の趣味は釣りだ。

 少し遠出して、一日を竿をたらしてぼーっとしながら、たまに竿が引いているとリールを巻くというような、そんな一日を過ごしている。

 一か月に何回もないものであるが、元川神院の師範代である釈迦堂に向けての護衛の依頼など、ストレスのたまるものも多いのだ。

 それをリフレッシュする目的もかねて、釣りをしたりもする。

 その釣りを勧めたのが、貴虎だったのだ。

 初期に暇なときに板垣一家と一緒に連れ出され、釣った魚をその場で焼いて食うようなキャンプもどきをしていた。

 それから釈迦堂も竿を借りたりして、こうしたのんびりした時間を楽しむようになったのだ。

 うまい飯、うまい酒を飲んで、のんびりとした時間を過ごす。

 その変わり、それ以外の日や弟子とともにする稽古などは、以前よりも身が入った。

 用は、オンとオフの区別がしっかりとついたからかもしれない。

 それに、こうしてぼーっとしていると、なにやら新しい技がひらめいてくるのである。

 よく、お風呂やトイレでいいアイデアが浮かんだりするということを聞いたことがあるが、釈迦堂の場合はこの釣りの場が、そのようなものだった。

 それは自身の技だったり、弟子の技だったり、さまざまである。

 釈迦堂自身も、川神院で育ったため、大部分は川神流である。

 根幹にある川神流を、釈迦堂なりにアレンジ、改変して使用するのだ。

 これがまた、おもしろい。

 いくら壁越えの実力者であっても、過ぎ去っていく年月によって、わずかずつ衰えていく筋力などの要素。

 その中で、技、技術のみは、いつまでたっても衰えないような気がするのだ。

 むしろ、こうして新しい技を思いつくたびに、いままでの自分よりも強くなっている気がする。

 そして、こうして考えた技を、行使することのできる相手がいる。

 となりあって歩いている三島貴虎という男である。

 武術の方は、からっきしではあるが、自分よりも数段上の実力の持ち主である。

 ―――いや、どこまで上なのかも想像すらつかない。

 底なしの実力を備えている。

 川神院にいたころは、自分より上は川神院の主、川神鉄心のみ。

 伍するのは同じく師範代であるルー・イーのみであった。

 そうしていつしか、この力の発散どころがなくなり、結果川神院を脱退した。

 世界は広い。

 まさか流れ着いた地に、このような強者がいたとは。

 一度だけ、この男に勝負を挑んだことがある。

 全力で。

 本気で。

 殺す気で。

 しかし、勝負にもならなかった。

 すべて、()()()()()

 自分の、川神院で培ったすべてを。

 しかし、立っていた。

 最後には拳を軽く打ち込まれ、気づいたら弟子たちが自分のことを覗いている姿だった。

 それからだ。

 ()()についての価値観が変わったのは。

 どこまでいっても、どんなに稽古しても、この男には勝てないだろう。

 そう、確信させられた。

 しかし、稽古はやめなかった。

 むしろ、今の方が面白い。

 力だけを求め、相手を倒すことを日々求めていた川神師範代時代よりもだ。

 単純な強さだけならば、この男が頂点だろう。

 鉄心も、ルーも、百代でも勝てまい。

 頂を目指すのは、やめた。

 負けてからの人生すべてを費やしたとしても、届かないだろう。

 それほどまでに、強い。

 しかし、武を手放す理由にはならない。

 負けてからしばらく放心状態の続いたある日、やはりこの男が釣りに誘ってくれた。

 一人で岩の上に座りながら、糸を垂らしてぼーっとしていた覚えがある。

 勝てるか、勝てないのかの自問自答。

 何日も続いた。

 弟子たちには、迷惑をかけた。

 そんなある日、不意に思いついたのだ。

 新しい技、攻め方、戦い方を。

 さっそく、貴虎に勝負を挑んだ。

 負けた。

 また釣りをしに行った。

 そしてまた、勝負。

 その繰り返し。

 子どものころに戻ったみたいだった。

 あのころの純粋さ、ひたすら技と力を磨いていた、あの頃。

 鉄心にぼこぼこにされ、強くなると誓ったあの頃を。

 やがて調子も戻ってきて、休止していたボディーガードなどの依頼も受け始めた。

 そこでまた驚いた。

 強くなっているのだ。

 以前よりも確実に。

 それを実感することができた。

 この年になって、もう落ちていくのみかと思われていたが、まだ伸びる余地があったとは…。

 結果が伴い始めたことで、釈迦堂はさらなる技の開発にいそしむことになった。

 相手はあのじじいよりもはるかに強い男。

 いくらでも相手になってくれる。

 老いは、武道家にとって一番恐れるものである。

 老いはすべてを奪っていく。

 体力、筋力、技の冴え。

 培ったそれらの技術が、老いによってなくなっていくのが一番怖い。

 釈迦堂も、このまま腐っていくのかと思っていた。

 それが、違った。

 むしろ、以前よりもみずみずしい、純粋な心を持つことができた。

 それが、弟子たちの稽古でも発揮されるようになる。

 板垣姉妹も、小雪も才のある人間である。

 そいつらが、弟子として強くなっているのを見るのは、気分がいい。

 これは、師範代――先生としての釈迦堂があってのことかもしれない。

 自分も伸びて、自分が考えた技で、弟子も伸びる。

 釈迦堂刑部という人間は、もしかすると今が一番楽しいのかもしれない。

 となりを歩いている人物の方をちらりと見る。

 三島貴虎。

 彼がいなければ、自分はどうなっていたか。

 そのまま腐っていただろうか。 

 ゴロツキになっていただろうか。

 なんにせよ、今の自分があるのは、あの衝撃的な敗北があってのことである。

 口には出さないが、釈迦堂は感謝していた。

 

「…ん?」

 

 帰路の途中で、疑問の声を上げる。

 いつの間にか、周りから光が消え去っていたのだ。

 ここはまだ、街である。

 店の明かりや、民家の光など、夜を照らすものはたくさんあるはずだ。

 自動車も、通っているはずなのだが、そういった人口の光が、一切消えているのである。

 

「…どうなってんだ…こりゃ?」

 

 辺りが闇に包まれて、人々が混乱していた。

 停電―――だけではない。

 自動車のライトまで消えたとなると、異常事態である。

 唯一、月の明かりだけが、この街並みを照らしている。

 その時、となりから変化が起こった。

 一気に、存在が肥大化したのである。

 ゆっくりと、そちらに顔を向ける。

 そこには、まったく別人と化していた、隣人の姿があった。

 人ではない―――まったく別の存在だ。

 釈迦堂をして、そう思わせるものだった。

 それほどの存在感。

 

「―――――釈迦堂さん」

 

 化物が、自分の名前を呼ぶ。

 

「先に帰ってもらえますか?」

「…お前さんは、どうするんだ?」

「ちょっと行ってきます」

 

 行先も告げずに、貴虎は闇の中に消える。

 

「…こりゃあ」

 

 集中した結果、大きな気配が()()

 一つは貴虎で、もう一つの気配の場所に向かっている。

 でかい気だ。

 川神鉄心とも、百代とも、自分とも比べ物にならない。

 ―――見に行ってみるか。

 普段胸の内にしまってあったはずの好奇心。

 それがむくむくと芽生えてくる。

 やる気だ。

 あのまったく底の見えなかったあの男が、やる気なのである。

 気にならないはずがない。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 川神鉄心にも、悩みがある。

 可愛い可愛い、孫の川神百代のことだ。

 鉄心より武神の字を受け取った自分の孫は、武術の才にあふれた子だった。

 齢若くして、壁越えを果たす。

 今では匹敵する相手もいなくなり、もうすぐ自分を追い抜く存在となるかもしれない。

 いつか追い抜かれたとき、川神院の総大将の地位を譲り、隠居生活にいそしもうと計画していたのである。

 しかし、その強すぎるのも問題だった。

 あまりにも若くして壁を超えるという才は、また彼女を孤独にした。

 相手がいないのである。

 実力で伍する、同年代の相手が。

 武道四天王として、百代と似通った年齢で壁越えの実力を持つ九鬼揚羽、鉄乙女は、それぞれの進路の都合武道四天王を引退。

 最後に春に使合った百代と揚羽の決闘に、自分が立ち会ったのも記憶に新しい。

 そして四天王の橘天衣は、百代に敗れ、剣聖黛十段の娘である黛由紀江に敗れた。

 この黛由紀江も、いずれは剣聖を超える才の持ち主ということで、武道四天王入りは確実のことだろう。

 しかし、足りない。

 同年代で、実力が伍する相手が、どこかにいないものか。

 そうして、お互いに高め合ってほしい。

 できるなら、敗北を与えてくれる相手がいい。

 自分ではダメだ。

 同年代、年が近い者がいい。

 そんな都合の良い相手は、どこかにいないものか。

 毎日現れる、挑戦者たち。

 それをことごとく屠りさる、わが孫。

 持て余している。

 強さをである。

 全力でぶつかりあうことのできる相手を、求めている。

 才がありすぎたため、こんな若い時から相手がいなくなる―――それはとても不便でならん。

 全力を出したい。

 自分の培ったもののすべてを。

 その相手が、いないのである。

 稽古も毎日やってはいるが、今いち、伸び悩んでいる。

 そんな中である。

 ゴールデンウイーク、自分たちがモンスターペアレントの対応で追われている中、孫たちは箱根温泉へと旅行へ行っていた。

 それから帰ってきてからである。

 百代が変わったのは。

 

「百や、いい加減、稽古を終わらんか!!」

「モモヨー、いい加減、体を休めるヨー。体を休めることも、立派な修行だヨ」

「…まだ…だ。まだあの人には、届かない…ッ」

 

 一心不乱に、拳をサンドバッグに叩きつける。

 拳の皮が剥け、血がしたたり落ち、テーピングで補強した部分が赤く染まっている。

 サンドバッグの中には砂が入れられ、固い。

 それを何度も何度も打ち付けてあるのである。

 拳を鍛えるのは、武道家にとっては普通のことである。

 もろい、骨片で構成された拳は、そのまま人体に打ち付けたら、拳の方が怪我をする。

 なんどもなんども突くうちに、皮がはがれ、また再生し、その繰り返しの中で拳が固くなっていくのである。

 皮は分厚く、骨は太く、関節は強靭に変化していくのだ。

 叩く、叩く。

 力を込めて、自らのすべてをぶつけるように。

 

「―――いいかげんにせんか!!」

 

 顕現の参・毘沙門天。

 闘気によって具現化した毘沙門天の像が、百代を踏みつぶす。

 

「―――がッ!?」

 

 いつもならば、喰らっても起き上がるだろう。

 しかし、疲労に疲労を重ねた体では、それもかなわない。

 技を受けた百代が、意識を無くす。

 そのまま、規則的な寝息を立て始めた。

 

「―――ふぅ、一子や、入ってきなさい」

「…はい」

 

 道場の扉が開かれる。

 入ってきたのは養子として迎えた、川神一子に加え、風間ファミリーの面々だ。

 どの顔も、百代のことを心配しているのを見て取れた。

 

「…姉さん、大丈夫ですか?」

「疲れて眠っただけヨー。でも疲労がとれるまでは、絶対安静ネ」

「姉さま、けがをしてるわ!」

「治療しましょう!!」

「…大丈夫かよ、モモ先輩」

「…強い人だ。大丈夫だとは思いたいが…」

 

 あの日、旅行から帰ってきてから、百代は変わった。

 強さを欲するようになった。

 もっと、もっとと強欲に。

 まるで何かに追い縋ろうと、必死に追いかけているように。

 夜空に浮かぶ星をつかもうと、必死に手を伸ばすように。

 その熱の入れようは、鬼気迫るものだった。

 というか、はっきり言ってやりすぎである。

 毎日、学校以外では汗を流す。

 遅くまで、自分に負荷をかけながら。

 その負荷も、やりすぎのところがある。

 きちんと休息をとらないと、強くなるものも、強くならない。

 どうして、ここまで心境に変化があったのか。

 百代は話さないので、一子に理由は聞いている。

 三島貴虎。

 二年S組に在籍する、三島小雪の父親である。

 箱根の地で、彼に完膚なきまで敗北したのだという。

 鉄心も、その負け方を聞いて、顔をしかめた。

 手心を加えられたのだ。

 優しく、壊れてしまわないように、丁寧に、丁寧に扱われたのである。

 武道家として、武術家として屈辱だった。

 一撃で鼻っ柱を折られるのなら、まだいい。

 それよりも、割れやすいガラスのように扱われる方が、苦痛だった。

 百代は、それを肌で体験したのである。

 相手は、はるか格上の相手だった。

 天井知らずの実力が備わっており、おそらく一発でKOすることができただろう。

 しかし、相手は旅行ということもあってか、傷つけないであろう手段を選択した。

 それが、百代のプライドを大きく傷つけた。

 相手は、武道家ではない。

 武術の素人であることは、動きからおおよそ判断できる。

 ただ、強い。 

 自分よりもはるかに強いのだ。

 だから、か弱い彼女のことを傷つけないように、優しく、優しく扱ったのである。

 ――――彼が、悪いのか?

 違う、己が弱いのが悪いのだ。

 強くなりたい。

 その日から、新しい百代が始まった。

 しかし、相手の実力は天井知らず。

 どこまで強くなればよいのか、まったく判断がつかない。

 言い切れぬ不安が、百代を襲う。

 それを少しでも紛らわすために、サンドバッグを叩く。

 走る。

 蹴る。

 体をいじめているときだけが、そういった不安から逃れられるのである。

 動くのをやめたとき、考えてしまう。

 ――――勝てるのか?

 これだけやれば、あの人に勝てるのか?

 答えがでない。

 それでも、やるしかない。

 そうして一心不乱に稽古に臨んだ結果、今寝かされているのだ。

 もうすぐ、西の天神館との東西交流戦がある。

 今ここで体を壊して、出場できなくなってしまえば、元も子もない。

 ――――会わねばなるまい。

 孫を、自分をはるかにしのぐ実力を持つという、その男に。

 孫のためにも、その男のことを見極めなければならないだろう。

 しかし、そうした鉄心の思惑は、思ったよりも早く達成されることとなった。

 ふっと、突然部屋の明かりが消える。

 

「―――ムっ?」

「なんじゃ?」

 

 停電かと思った矢先、どたどたと廊下を走って、こちらにやってくる者がいた。

 

「―――失礼します!!」

「なんじゃい、騒々しい」

「何か、あったのカネ?」

「火急の用ゆえ、ご容赦ください。街から光が消えるという事態が、発生しました!!」

「―――なんじゃと!?」

「民家の明かりも、街灯も、車のライトでさえ消えています。今では街中大混乱です!!」

 

 鉄心はルーと顔を見合わせた。

 一体、何が起こっているのか…。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 カンピオーネ草薙護堂がアテナによって一時撤退を強いられることとなった。

 ローマよりゴルゴネイオンを追ってはるばる東方までやってきた女神を迎え撃った護堂であったが、アテナが不意をついて口から死の言霊を注ぎ込まれたことで、一時死亡。

 彼の権能は10の姿に変える『東方の軍神(The Persian Warlord)』。

 その化身の一つである雄羊の力によって、現在蘇生中。

 行く手を阻む者もいなくなったアテナの能力によって、街は夜の闇と化した。

 街灯の明かりは消え去り。

 民家から光がなくなり。

 原始より人々を照らす火でさえも、失われる。

 世界に夜のとばりが下りて行った。

 そして、自身の力の一端であるふくろうを飛ばしながら、《蛇》の気配を追跡する。

 ――――見つけた。

 異教の神に仕える巫女だ。

 この闇の中、一人ゴルゴネイオンをもってさまよっていた。

 

「妾はアテナ。異教の巫女よ。そなたからその懐に隠した《蛇》を強奪するもの。まずは、その非礼を詫びておこうか」

 

 アテナが手を差し出した。

 それだけで、巫女―――万理谷祐理が持っていた包から、黒曜石のメダルが飛び立った。

 かの神の半身であるゴルゴネイオンが、今アテナの手に渡る。

 

「ついに取り戻したぞ。わが半身の《蛇》を。…巫女よ、後代まで語り継ぐがいい。まつろわぬアテナの再臨を!!」

 

 歌うように言霊が、ゴルゴネイオンを吸収したアテナからつむぎだされる。

 詠唱が進むにつれて、アテナの姿にも変化が起こった。

 現代風にアレンジされていた私服から、古風な白い長衣へ。

 姿も、子どもから17、18歳くらいの華麗な乙女へと。

 何より、その力が、先ほどとは比べ物にならないものになっている。

 再臨した際に体から無意識に放たれる死の波動が、辺りに満ちていく。

 

「お戯れはおやめ下さい!アテナよ!!御身が戦うべき相手は、まだ残っています!!」

 

 目の前に先ほどまでゴルゴネイオンを持っていた巫女が、こちらに向けて口を開く。

 三位一体の姿を取り戻し、完全復活を遂げたまつろわぬアテナに向けて、果敢にも挑んでいるのだ。

 

「ほう、巫女よ。興味深いことを申すではない――――」

 

 アテナが表情を変えた。

 おかしい。

 冥府の女王であるアテナの死の風をこんな間近に受けて、()()()()()()()()()()()!?

 次の瞬間、自分のはるか頭上にて膨れ上がる気配。

 

「…そうか。この地にはもう一人、神殺しがおったことを失念していたよ」

 

 え?と祐理が疑問を顔に浮かべるが、アテナは構わず、上方に視線を向けた。

 いた。

 一人の男が、自分のはるか頭上から、宙に浮きながらこちらをみている。

 ()()()()

 その風貌から、体からあふれる神威から、何よりもアテナの中で、かの男と戦えと叫んでいる。

 間違いない。

 もう一人のカンピオーネだ。

 祐理もその姿を確認したのか、目を見開き、驚愕の表情を浮かべている。

 アテナは口元に笑みを浮かべ、背にフクロウの翼を生やし、飛んだ。

 空中にて、まつろわぬ神と神殺しとが向き合う。

 

「―――名を、聞いておこう、異国の神殺しよ」

「三島貴虎」

「そうか、我はアテナ!!もっとも古い女神にして、知恵と闘争を司る女神なり!!―――タカトラといったな…、古より続く戦にならって、いざ尋常に死合おうではないか!!」

 

 そうして、二人が激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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