あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない 作:powder snow
「――これは、どういうことですか、お兄さんっ?」
「……いや、違うんだあやせ。これはな……違うんだよ?」
「まったく同じ台詞を先日聞いたような気がしますけど、一応理由を伺いましょう」
光彩の消えたあやせの瞳が真っ直ぐに俺を貫いている。
そのあまりの威力に気圧されて、俺は一歩だけ後ろへと下がってしまった。
ここはあやせとの密会――もとい、彼女から相談事を受ける際によく利用する公園だ。
俺ン家の近くにあるので便利なんだが、すぐ裏側には交番が立っているのが玉にキズ。
一度ならずもあやせに通報された結果(冗談抜きで本当に防犯ブザーを鳴らしやがった)あやうく俺は、妹の友達の手によって社会的に抹殺される寸前まで追い詰められた。
マジで信じらんねえ。
本当、怖え女だよ。俺は何もしちゃいないってのによ。
そんなあやせと俺が、何故にこの公園で向かい合っているかと言うとだな『お兄さん、ご相談があるんです。放課後いつもの公園に来てくれますか?』なんて、甘~い声で熱烈なラブコールを受け取っちゃったらさ、もう行くっきゃないだろ?
――例え罠だと分かっていても、男には進まなきゃいけない時がある。
既にチョット後悔してるのは内緒だ。
「……何を訊きたいっていうんだ、あやせ?」
「分かりきった事を聞かないでください。どうして“この場”にこの人が居るんですか? ――当然ッ納得の行く説明をしてくれるんでしょうね、お・兄・さ・ん?」
氷水を浴びせられたって今より凍えることはない。そう断言できるくらい、あやせの声は冷たいものだった。
まるでツララを投げつけられたように、サクっと俺の心に突き刺さるあやせの言葉。
だが今の俺以上に、あやせの攻撃対象に晒されている可哀想な人物がいた。
憎悪の篭ったあやせの視線。その視線を真っ向から受け止めている人物が、俺の隣に立っているのだ。
「――ふっふっふ。何なのかしら、その殺意の篭った眼差しは? まるで“この女なんか、この世からいなくなってしまえば良いのに”とでも言いたげね。嗚呼、おぞましい。とてもおぞましいわ、貴女」
あやせの視線を受け止めてるだけでも凄いのに、きっちり言い返した人物とは――
そう。
何を隠そう、あやせと視線に火花散らしているのは――――制服姿の黒猫だったのだ。
どうしてこのような異常な状況に陥ったのか、説明せねばなるまい。
事の発端は放課後。
俺が教室で赤城とくっちゃべっていた時に届いた、一通のメールが全ての始まりだったのである。
「そういや高坂、おまえエロゲーに精通してたよな?」
「その言い方に異論はあるが、ここは敢えてスルーしよう。で、何だ? 欲しいエロゲーでもあんのか?」
「――いや」
一旦言葉を切った赤城は、言い出しにくそうに口をもごもごとさせている。
これは非情に珍しい光景だった。こいつは思った事を口にするのを躊躇うような男じゃない。だが、エロゲーに興味を持つような男でもないはずだ。
俺は暫し、親友の心の平定を待ち、次に来るだろう言葉に備えていた。
だが――――
「……なあ、高坂。お前さ、ホモゲーに興味はないか?」
「悪いな赤城。チョット急用を思い出した。もうお前と会うことは二度とないだろう」
「いや、待てってっ! お前は壮絶な勘違いをしているっ!」
ガシッ! っとその場を逃げ出そうとした俺の肩を、ホモ……じゃなかった、赤城が掴み止めた。
「離せええええっっ! 俺は正真正銘ノンケだよっ! まったく、これっぽっちもその世界に興味はねえっ!」
「いいから聞けって。俺もホモに興味はねえよ! これは瀬菜ちゃんに絡んだ話なんだっ!」
「……あの腐れ外道の?」
――プチン。
瞬間、赤城の形相が鬼へと変化した。
奴は間髪入れず俺に詰め寄るや、襟元に両手を伸ばし首を絞めに掛かる。
「ぐ……」
「――おい、高坂。今、なんつった? 誰の妹が腐れ外道だと?」
瞳から光彩を消し、静かに怒りの炎を燃やす赤城。
やば。思わずこいつの地雷を踏み抜いちまったぜ。
「……あ、赤城」
――赤城浩平。
俺の級友であり、悪友であり、親友でもある。
同年代の中ではずば抜けた運動神経を持っている奴で、所属してるサッカー部ではエースの称号を欲しいままにしている。しかも整った顔立ちを誇っていて、世間一般では勝ち組に属するといっても過言ではない。
だが、この男のある性癖が、そのプラスの部分全てを相殺……いや、台無しにしていた。
「瀬菜ちゃんはなぁ……瀬菜ちゃんは、決して人の道を外れちゃいねえ! ちょっと他人には言いにくい趣味を持ってるだけだっ!」
「それを世間では腐女子っつーんだよ! つーか、その辺のことはお前が説明してくれたんじゃねーか!」
即ち――赤城浩平は重度のシスコンである。
赤城は俺の襟元から手を離すや、ぐっと拳を握り込み何やら熱く語り始めた。
「俺だってなぁ、俺だって瀬菜ちゃんの趣味が少し特殊な部類に入るのは分かってるよ。それで肩身の狭い思いをしてるのもな。だからこそ俺なりに手助けしてやったりしてんじゃねーか。その辺の苦労とかさ“お前なら”分かってくれるだろ?」
赤城のシスコンぷりは常軌を逸していて、妹の為に秋葉原までホモゲーを買いに行くくらい朝飯前で、妹が欲しがってるという理由だけでSMグッズまで仕入れるという邪悪っぷりだ。
その関係かそっち系統の知識は相当なもんで、こいつ自身はホモじゃない……と信じているが、最近はその確信が揺らぎつつあるのも事実である。
「高坂、お前なら――」
「生憎と分からねーよ。俺はお前ンとこと違って兄妹仲が良くねえからな。妹の為に苦労なんざしたくもねえ」
「………………」
「なんでそこでジト目になるんだよッ!?」
「いや、お前さ……妹の為に色々やってるらしいじゃんか。いつだったか、秋葉の深夜販売で――」
「うあああああああああああぁぁぁぁぁ――――ッッ!!!」
くっそ。思い出したくない記憶を掘り起こしてくれる奴である。
いつかの日、こいつとバッティングした――
何が悲しくて、寒空の中、自転車で三十二キロも走破しなきゃならなかったんだ俺は?
全部、桐乃の我侭の所為じゃねーか。
汗だくになって、必死こいてペダル漕いでよぅ……。
「……その話は忘れようぜ」
赤城は妹に振り回されるのを楽しんでいるようだが、俺はまったく楽しくなんかねえ。
そこがこいつと俺と“決定的”に違う点だった。
「まあいいや。それでよ、高坂。あるホモゲーについてなんだが――」
赤城が話しを蒸し返そうとした時、俺の携帯からメールの着信が入ったことを知らせるアラームが鳴った。
ポケットから携帯を取り出し、内容を確認してみれば──なんと! 送信者は新垣あやせ。
その名を見た瞬間に、赤城の話しとか他のこととかが地球の彼方まで吹っ飛んでいった。
ふっ。当然だろう?
なにせ、あやせたん>>>>>>>>>>>>>>>~超えられない天使の壁~>>>>>>>>>>>>>>>ホモゲーだ。
他に構っている時間はない。
あやせたんマジ天使!
「悪い赤城。本当に急用が出来た。話しはまた今度にしてくれ」
「おい、高坂――ッ!」
足早に廊下に出て、早速メールを確認する。
そこには簡単な挨拶と一緒に、もう少し後で電話する旨が書かれていた。何やらあやせからお願いがあるようだが、詳しい話はその時にとういうことだろうか。
なんだ、あやせの奴。照れやがってよ。俺の“準備”ならいつでも万端なのに。
だから当然、俺はあやせからの電話を待つまでもなく、こっちから掛けてあげることにした。
短縮を呼び出し、コールする。
プルルルルッ! プルルルルッ!
――ピっ。
ツーコールで天使が出てくれた。
「おう、あやせ。俺だ、京介。メール見たぜ。んでよ、話しって何だ?」
『ちょ……早すぎますよ、お兄さん。こちらから電話するって書いてませんでしたか?』
「書いてたよ?」
『どうしてそこで不思議そうな声出すんですかっ! ……まったく、私にも色々と準備が……』
ぶつぶつと言葉を濁すあやせ。
背後から聞こえる音から推測すると、こいつもまだ学校にいるようだった。
『まあいいです。お兄さんの性格を考慮に入れてなかった私のミスですし。それに、ギリギリですが何とかごまかし……じゃなかった。間に合いましたし』
「あん?」
『……こちらのことなので、気にしないでください。じゃあ、お兄さん。これからいつもの場所に来てくださいますか? とてもとても大切なお話があるんです』
「大切な――お話だと?」
まさか、遂にキタのか?
あやせからの告白イベントがっ!?
『その間……何かよからぬことを考えましたね? メールにも書きましたけど、お願いというか、ご相談があるんです』
「……んだよ、また人生相談か?」
『今、すっごく落ち込んだような声出しましたけど……。お兄さん、私に何を期待してたんですか?』
「いや、俺はてっきり告白とか、デートのお誘いかなぁってwktkしてたんだけどさ……ただのお願いとか、ねーわ」
『わ、私がお兄さんを、で、でで……デートに誘うわけないじゃないですか! 告白とか――もっとありえません! もう、すぐそっちの方向へ話しを持っていこうとするんですから……』
「普通、期待するだろ?」
『普通はしませんっ! 本当、ド変態なんですから……。あまりしつこいと――ブチ殺しますよ?』
「お前こそ、すぐに俺を殺そうとすんじゃねーよっ! ……チ。まあいいや。で、俺に何をやらせるつもりなわけ?」
『詳しい話しはお会いしてからということで。では、お待ちしていますね、お兄さん』
――ピッ。通話終了だ。
取り合えず会ってみなければ話が始まらないのは分かった。
嫌な予感はするが……あやせをほっぽって帰るという選択肢はないので、今から公園に行くしか道はない。
「しゃあねえな。チマチマとあやせフラグを構築して好感度を上げて行けば、そのうちイベントに突入すっだろ」
そう思って携帯をポケットに捻じ込んだ時、廊下の先で俺のことを見つめていたであろう人物と、バッチリ目線が合ってしまった。
「……え? く……黒猫?」
きょとんと目を丸くする黒猫。
その姿が、何処となく寂しげに見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。