あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第十三話

「……と、いう訳なんです」

 

 一頻り話し終えてから、あやせがほうっと小さく息を吐いた。

 それから口元に右手を添えて、ンンっと軽く喉を鳴らす。その仕草は実に可愛いが……話しの内容があまりにも予想外だったもんで、俺はすぐさま反応を返してあげることが出来なかった。

 ふと隣の様子を窺ってみれば、黒猫も絶句している。

 そんな俺達の様子を不審に思ったのだろう。あやせが小首を傾げながら俺のことを覗き込んできた。

 

「あの……お兄さん。わたしの話、聞いてました?」

「……あ、ああ。ちゃんと聞いてた。ただ、まったく想定してない内容だったからさ、少し固まっちまってた……」

 

 あやせの話しを要約すればこうだ。

 彼女は桐乃と同じく読者モデルをやっている。

 これだけ可愛いんだから、その人気は推して知るべしだが――ある日、彼女を専属モデルとして雇いたいと言う人物が現れたのだ。

 名前は――藤真美咲。

 元々はトップモデルとして活躍していたが、現在は某有名メーカーの取締役兼デザイナーを勤めるという、ある意味大人版桐乃みたいな人である。

 その話自体も決して怪しいものじゃなく、それどころか、オファーを受けたあやせが驚くほどの好条件を提示してきたらしい。けれどあやせは、ある“事情”が絡んでくるので、スカウトを光栄に思いつつも、首を縦に振ることは出来なかったのだ。

 その事情とは、活動の場が主に“海外”になってしまうということ。 

 

「藤真社長の話は魅力的です。女の子なら誰だって憧れるような素敵なお話でした。……だけど、オファーを受ければ、日本を離れることになっちゃうから……」

 

 寂しそうに、つと視線を地面に落とすあやせ。

 あやせの言いたいことが十二分に伝わってくる。

 即ち、日本を離れるということは=桐乃と離れるということ。二人がお互いをどれだけ大切に思っているかなんて、今さら俺が語るまでも無い。 

 

「桐乃がアメリカに行っている間、わたしすっごく寂しかった。もう、胸が張り裂けそうでした。桐乃――折角日本に戻って来てくれたのに……わたしの方から離れるなんて、そんな選択出来ません」

 

 きゅっと唇を噛み締め、あやせが辛い胸の内を明かす。

 その表情はとても憂いを帯びていて――なんだか、今にも泣き出しそうな、そんな感じがした。 

 

「だから、俺に彼氏のフリをして、話を無かったことにしてくれと?」

「――はい」

 

 頷き、顔を上げたあやせの表情には、少しだけ力が戻っていた。

 まるで俺には――お兄さんには弱いところは見せませんよ、という風に。

 

「藤真社長は業界でもかなり顔の利く人ですから、出来るだけ穏便に断りたかったんです。あまり事を大きくしたりして……間違っても桐乃に迷惑掛けたくなかったし……だから、だからッ、お兄さんにお願いしたんですよ!」

 

 桐乃と離れたくない気持ちを優先したのだろう。

 咄嗟にあやせは、話を断る口実として『どうしても離れたくない人――“彼氏”がいるので、お話をお受けすることはできません』そうのたまったそうだ。

 勿論、あやせに彼氏はいない(その事実が確認出来ただけでも来た甲斐があったってもんだ)ので、急遽代役としての彼氏が必要になってしまい、仕方なく俺に白羽の矢を立てたという訳である。

 

「来週末だっけ? その藤真社長ってのに会うから、一緒に行って説得してくれっつうんだな?」

「断りきれなかったというか、納得してくれなかったというか……一度、直に彼氏に会わせて欲しいという話になりまして……」 

 

 もう日時と場所は決定してるから、だから彼氏になってくれと言ったんだそうだ。

 しかし、役とはいえ彼氏になってくれと頼むからには、少しくらいは気があるんじゃねえの? と期待しちまう俺がいる。

 だってよ、まったくその気が無かったら、そんな発想自体浮かばねーよな。

 無邪気に俺がそんなことを考えている間に、フリーズしていた黒猫も復活したようだ。

 固まりながらも俺達の話は聞いていたようで、その間に抱いた疑問をあやせにぶつけている。

 

「面白い話ね。けれど一つだけ疑問があるのよ。ねえ、質問したら答えてくれるかしら?」 

「……なんですか、黒猫さん?」 

 

 無視する訳にもいかないと思ったのか、あやせが首だけ巡らして黒猫に応対する。 

 

「フッ――あなたの話は理解した。断り方が適切だったとは思わないけれど、ここは不問にしましょう。今は百歩譲り、藤真美咲という人物に話を通すのに“彼氏役”が必要だと仮定するわ」

「えっと……ちょっと仰ってる意味が分かりません。もしかしてまた邪気眼を発症ですか? それなら後にして欲し――」

「良いから聞きなさい」

 

 ピシャリと黒猫が言い放つ。

 その影響で一瞬場が静まったが、逆に好都合と黒猫が俺を指差した。

 

「疑問は一つよ。――どうして、この男なのかしら?」

「……ですから、何のことを言ってるんですっ!? わたしにも分かるように“ハッキリ”とした言葉で口にしてください。遠回しに言われても時間の無駄です」

「あら、惚けているのかしら? それとも答えられない?」

 

 フフと笑った黒猫は、 

 

「でも、そうねぇ。あなたが望むのなら人間にも分かりやすい言語に直してみましょうか」

 

 そう言葉を紡いでから、優雅に両腕を広げ――千葉のなんちゃらというポーズである――あやせを見据えた。

  

「あなたは“態々”先輩に彼氏役を頼んだ。それは何故なのかということよ。あなたは先輩が嫌いなのでしょう?」

「黒猫さん?」

「何度もそう口にしているわよね?」 

「……ええ、そうですね。黒猫さんの言う通り、お兄さんのことは大嫌いですよ」

 

 念を押されるまでもありませんとばかりに、キッパリと断言するあやせ。

 ある意味これは即答である。

 っていうか…………ちったあ口篭れよ。

  

「故に尚更疑問に思ってしまう。嫌いな人物に彼氏の役を頼むなんて考えられないじゃないの。それにあなたは交友関係が広いのでしょう? 彼氏役を頼めそうな男友達くらい他にいるのではなくて?」

「い、いませんよっそんな人ッ!」

 

 こっちの質問に対しては全力で否定するあやせ。

 けれど、あやせはそれで黒猫が何を問いたいのか理解したのだろう。

 ムスっとしながらも、黒猫が望む答えを口にする。

 

「わたしがお兄さんに彼氏のフリを頼んだのはですね――ありていに言って何かと便利だと思ったからです」

 

 悪びれもせず、そうのたまってくれやがった。

 もしかして、これって俺に対する精神攻撃の類なのだろうか。

 なんつーか、二人の話を聞いているだけでマジ凹んでくるんだけど……。

 

「ほら、他の人だと角が立つじゃないですか。後々、色々とフォローとか大変そうですし。その辺りお兄さんだと、一切後腐れないかなぁなんて」

 

 悪気はないんですよ、とばかりに“てへっ”と舌を突き出すあやせ。

 可愛い笑顔を添えているが、俺の気持ちなど寸毫も気にしないその心根はまさに悪魔。しかも黒猫がちったあフォローしてくれるかなと期待したのに、あいつはあいつで何やら頷いて得心してやがる。

 

「成程。先輩が優しいから利用するというわけね。確かにこれ程のお人よしは別次元を含めてもそうはいないでしょう。……妙に納得した気分だわ」

「利用するなんて人聞きが悪いです。わたしは純粋にお兄さんに“お願い”してるだけですよ」

 

 天使のような笑顔で断言するあやせ。

 ――はははっ! お願いね!

 俺が断らないと確信してるだけに性質が悪ぃよなぁ、この女はよぉっ!

 

「きっと半分は本音で本当なのでしょうね。そしてあなたの読み通り、先輩はこの話を断らないわ」

 

 そうでしょう? と黒猫が俺に視線を投げかけてくる。それを受けてあやせも俺を見た。

 ……チっ! ああ、そうだよ!

 完全に行動を読まれてるというか把握されてるというか……。こいつらの言う通り、俺はこの話を受けようと思ってる。

 便利だとか後腐れねえとか利用するなんて無茶苦茶言われてもな。

 何でかって?

 そりゃ……他ならぬあやせの頼みだし、何よりこいつがいなくなったら桐乃の奴が悲しむ。

 いつかの時――桐乃が居なくなった時のあやせや黒猫、沙織のようにな。

 

 ――ああ、勘違いすんじゃねえぞ。

 

 別に桐乃の為ってわけじゃなく、半分は俺の為なんだ。

 あやせが居なくなったら桐乃の機嫌が悪くなるだろ? んでよ、そのとばっちりを受けるのは一番身近にいる俺なんだ。

 そんなのは断然願い下げだね。

 それに彼氏のふりっつっても、ちったあ役得もあるだろうし(腕ぐらい組んでも罰は当たるまい)この先の予行演習にもなるだろう。

 だから俺は、あやせのこのお願いを快く引き受ける事にした。

 

「……わあったよ。お前の彼氏って肩書きでその藤間社長ってのに会えば良いんだよな?」

「引き受けてくれるんですか?」

「あんな話を聞かされたら断れやしねえよ。……その代わり、何かしらの礼は期待してっからな」

 

 労働に対する対価。当然の要求だろ?

 なのにあやせは真顔で 

 

「――そうですね。そうだお兄さん! チョコボールって好きですか?」

「俺はそこら歩いてるガキンチョかよっ!?」

 

 まあ、嫌いじゃねーけどよ。

 それにその後、最高の笑顔でありがとうございますって付け加えられちゃあ、俺にはもう何も言えなかったよ。 

 

【挿絵表示】

 

  

 

 とまあ、そんな感じで俺達は藤真社長(堅苦しいからこれから心の中では美咲さんと呼ぶ)と対面してるわけだ。

 何で黒猫が同席してるかって?

 実はあの後「先輩一人だとどんな大ポカをやらかすか分からないから、私も同席してあげるわ。――ああ、心配はいらない。相手に不審がられない程度の案は秘めてあるから」とフフフと笑ったのだ。

 何でか知らねーけど、あやせとの件に関して黒猫はやたらと首を突っ込みたがる。さすがに無茶だと断ろうと思ったが、最終兵器である携帯をチラつかせられたらどうしようもねえ。

 あやせ様にお伺いを立てたら、あやせと黒猫が直で話をすることになり(喋ってた内容は聴こえなかった)結局、あやせが折れる形でこういう無茶な展開になったというわけである。

 美咲さんはオーラみたいなもんでプレッシャーを放ってくるので、隣に黒猫が居てくれるのは心強いというか、安心感はあるんだが……。

 

「妹さん……? へぇ――あまり似てない兄妹ね」

 

 俺と黒猫を交互に見つめ、目を丸くする美咲さん。

 はっきり言って他人なんだから似てないのは当然だ。けど、それを暴露する訳にはいかない。幸いなことに美咲さんは、兄妹という設定ではなく、別の部分に興味を持ってくれたようだ。

 

「けれど黒猫なんて変わった名前ね。失礼だけど本名かしら?」

「いいえ。これはハンドルネーム――言わば通り名みたいなものです」

 

 ちなみに普段通り喋って毒を吐いてもいけないので、目上の人に応対するのも含め、黒猫には口調を擬態してもらっている。

 以前も経験したが、こいつは意外と器用な奴なのだ。

 

「本名は教えてもらえないの?」

「残念ですが、通常の人間には発音が不可能なのでお教えすることはできません。この場はどうぞ黒猫と――」

「あらあら、面白い娘ねぇ。ちょっと興味が出てきたわ」

 

 クスクスと笑いながら、美咲さんがカップのふちを指でなぞる。

 その指先は綺麗な朱色に彩られていた。

 

「いいわ。この場は黒猫ちゃんと呼びましょう。どういう思惑があってこの場に同席しているのか知らないけれど、本題とはあまり関係ないしね」

 

 フフっと、口元に軽やかな笑みを浮かべてから、美咲さんが黒猫から視線を切った。

 その次の標的は――目の前にいる俺。

 深遠を見据えるような眼差しが目の前から突き刺さってくる。

 さて、ここからが本番だ。

 これからの展開を想像して、俺は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。

 

「じゃあ本題に入らせて貰うわね。京介くん。あなた、あやせちゃんから詳しい事情は聞いてるのかしら?」

「……概ねは。あやせをスカウトして外国に連れていきたいとか?」

「そうよ。けどねぇ、あなたを理由にして断られてしまったの。その辺りも理解してる?」

「――はい」

 

 目力があるというのか、口調は軽いが、美咲さんの言葉には有無を言わせぬ迫力が込められている。

 その事実が、これが決して雑談の類でないことを俺に教えてくた。

 

「結構。じゃあ単刀直入に言うけれど――京介くん。あなた、あやせちゃんとは別れて欲しいの」

 

 予想外にも直球できやがった。それもど真ん中ストライク。

 もっと世間話を交えながら話を振ってくるかと思ってたんだが、どうやら見込みが違ったらしい。子供である俺を舐めているのかとも思ったが、たぶんこれがこの人のやり方なんだろう。

 誤魔化し効かない分手強いが、俺にはこういう展開の方がやりやすい。

 

「また、いきなりッスね。早急というか強引というか……そういう話しはもっと段階を踏んでやるべきじゃないですか?」

「強引にもなるわよぉ。だって横恋慕してるわけではなく――ビジネスの話をしてるんだし」

 

 惚れた腫れたの話をしてるわけじゃないのよと、美咲さんが釘を刺してくる。

 この場に措いては正論だが、その言い方が癇に障った。

 

「迷惑ですと言ったら、納得してくれますか?」 

「当然しないわね。現時点での障害はあなた一人なわけだし、京介くんさえ身を引いてくれれば全部丸く収まるの」

「それはあなたにとって丸く収まるだけですよね? 少なくとも俺にとっては収まる話しじゃない」

「あらら、若いわねぇ。不満が率直に顔に表れてるわよ?」 

「別に隠す必要のないことっすから。彼女と別れろって言われて不満に思っちゃ駄目ですかね?」 

「いいえ。想定内の反応だわ。だからこそ、今日この場を設けてもらったのだけれど……そうよね、あやせちゃん?」

 

 ここで初めて美咲さんがあやせに話しを振った。

 別に無視してた訳じゃないんだな。

 

「……は、はい。ですけどお兄――じゃなくて、京介さんは……」

「そんなに緊張しなくて良いのよ。ほら、もっとリラックスして」

 

 優しい声であやせに語りかける美咲さん。

 対するあやせの反応は、美咲さんの言うように随分緊張しているように見えた。どうも席に付いた時から大人しいと思ってたんだが、今のやり取りを見て確信した。

 それは――怒った親父を前にした時の、桐乃の反応に似てるってことだ。

 きっとあやせにとって藤真美咲という人物は畏怖の対象に当たるんだろう。

 仕事関係でもかなり上位に当たる人物なんだし、こうして席を同じにしてるだけで緊張しちまうのも無理からぬことだ。

 誰にだってそういう人物はいる。

 心細くて誰かを頼りたい。そういう思いがあったからこそ、俺をこの場に連れて来たんだろうな。

 間違ってるのかもしんねーけど、そういう風に考えたら妙にあやせが可愛く思えてきた。今まで見えてなかった、気付かなかった部分を垣間見たような気がしてよ。

 

「……取り合えず、はいそうですかと別れる気はありませんよ。もっと納得出来る材料を下さい」

 

 だから身体を張ってでも、この話を無かったことにしてやる。

 そう思っちまった。

 少なくとも、あやせが“それ”を望む限りはな。

 

「材料?」 

「例えば、外国へ連れて行くって簡単に言ってますけど、学校はどうするんすか? あやせはまだ学生ですよ?」

「当面は考慮するわよ。けど最終的には向こうで通ってもらうことになると思うわ」

「……当面っていつまでですか?」 

「そうねぇ。やっぱり卒業するまでかしら。こっちに居てもちょくちょく離れることになると思うから早い方が良いのだけど――勿論、それに関してはうちが全面的にバックアップするし、親御さんへの説得もするつもり。あやせちゃんが希望するなら私生活での支援もさせて頂くわ」

「……随分と用意がいいんすね」

「それだけの価値をあやせちゃんに見出しているということよ」

 

 さらりと言ってるけど、これってスゲーことだよな?

 しかし、卒業までか。時間的には一年もない。

 

「けど、やっぱ早急すぎますって。強引つーか、もっと時期を待っても良いんじゃないんですか?」

「確かに今日明日決めなければいけない案件ではないわ。けれど、安穏と構えてもいられないのも事実。私としては出来るだけ早く行動を起こしたいのよ」

「えっと、こんなことプロであるあなたに言うことじゃないと思うんですけど、モデルってあやせだけじゃないですよね? 例えば他の人とか……他のモデルさんじゃ駄目なんすか?」

 

 そう言ってから、あやせが気を悪くしちまったかもと思って隣を盗み見た。

 すると、じっと俺のことを見ていたであろうあやせと視線が合ってしまう。

 気を悪くした素振りは無く――それどころか、逆に信頼されているような、そんな真摯な表情を見せるあやせ。

 美咲さんではなく、俺を見ていた?

 この先の展開が不安なのか、俺が心配なのか、それとも――

 

「駄目じゃないわよ。正直言うとね、幾人かの候補はいるのよ。目を付けてる娘もいるし、たった一人で送るわけでもないわ。でもね、あやせちゃんの優先順位が高いのも事実なの」

 

 そう言ってから美咲さんがあやせの方へと視線を移す。

 試すような眼差しからは、大人の余裕が感じられた。

 

「気を悪くしたかしら?」

「……いいえ。わたしよりもずっと凄い人を知ってますし、過大評価だとさえ思ってまいます。ですから、別に気を悪くしたりは……」

「今の言葉、聞き捨てならないわね。あやせちゃんなら向こうでも十分やっていける。少なくとも私はそう確信してるのよ。これでも自信は沸かないかしら?」

「お気持ちは……嬉しいんですが、やっぱり、わたしは……日本を離れたくないんです」

「彼氏に止められたから?」

「それは――」 

 

 思った通りあやせと美咲さんの相性は悪い。というか、立場上ハッキリとした言葉で断りずらいんだろう。このまま言葉を交わしていた押し切られるか、なし崩し的に話が進んでしまうか。

 そんな危険性さえ感じられた。

 だからあやせは間に人を入れたかったのだろう。例え嫌ってる俺でもここに居ないよりはマシだと。

 その考えを肯定するように、あやせがチラっと俺に目線を寄越した。

 あれは助けて欲しい――桐乃流に言うなら何とかしろ! のサインに違いない。

 

「ま、待って下さいって! だからまず俺に話を通してですね――」

「はいはい。彼女のことが心配で溜まらないのね、京介くんは。分かったわ」

 

 仕方ないわねぇとばかりに嘆息して見せる美咲さん。

 それから彼女はテーブルのコーヒーに指を伸ばし、カップを軽く揺らしてから薄紅に塗られた唇をつけた。

 

「――ん。じゃあ攻め手を少し変えてみましょう。京介くん、あやせちゃん。今度は私の質問に答えてくれないかしら?」

 

 カップを元の位置に戻して、いざ仕切り直し。

 美咲さんは両肘をテーブルに付くと、優雅な仕草で指を組んで見せた。それから手の甲を台に見立て、そこに顎を乗せると

 

「ねえ、お互いのどんなところを好きになったのか――私に教えてくれない?」

「…………は?」 

「あやせちゃんと京介くんは恋人同士なのよね? 良い機会じゃない。相手に対する気持ちを言葉にしてみせて」

 

 これは美咲さんの作戦なのか、或いは宣戦布告なのか。

 第二ラウンドは、俺も予想しなかった方向へと突き進もうとしていた。

 

 

 


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