あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない 作:powder snow
第十五話
「――あら、38度。顔が赤いからおかしいと思ったけど、やっぱり熱があるみたいね、京介」
「……あ?」
俺から取り上げた体温計を眺めながら、お袋がふうっと小さく嘆息を吐いている。
リビングに降りてテーブルに付くなり体温計を渡されたから、何事かと思ったら……38度だぁ?
「これは風邪かしらねぇ」
もう一度体温計を確認してから、お袋が付けていたエプロンを外していく。その姿を目で追いながら何気なしにリビングを見渡してみれば、どうやらこの場に居るのは俺とお袋だけのようだった。
あと二名、本来この場に居るべき人間の数が足りない。
「お袋ぉ、桐乃は?」
「桐乃? あの娘なら学校に行ったわよ」
「……学校って、もう? ちょっと早くね?」
チラリと時計を確認する。
思った通り、まだ遅刻を心配するような時間帯じゃない。
「あの娘、部活の朝練があるからって早めに出たのよ。お父さんなんか仕事の関係で桐乃より早く出ちゃったし」
……ふむ、なるほど。
それで朝食がテーブルに二人分しか用意されてないわけだ。
我が高坂家では、親父の方針で基本的に家族全員で食事を取らなければならない決まりがある。けどまあ、何やかんやで朝食は全員揃わないこともあるし、さして珍しい光景じゃないんだが……。
なんか、今日はあんま食欲わかねえなぁ。
「……んー、悪ぃお袋。折角だけど今日は朝メシいらねえわ」
「――ちょっと、京介っ! 何処行くの!?」
「何処って……学、校だ……け……ど……」
――ガタンッ! と大きな音がリビングに響き渡る。
喋りがてら椅子から立ち上がろうとした時、不意にフラついてテーブルに身体をぶつけちまったのだ。
立ちくらみか……って、あ……れ? おかしいぞ?
何だか身体がやたらと重いし、思ったように動かせない。
つーか、全体的に熱っぽい気がするが……あー、そういやさっきお袋が熱があるとか何とか言ってたが、本格的に風邪でも引いちまったか?
「ほら、京介。大人しくそこに座ってなさい。母さん、すぐに用意するから」
「用意って……なんの?」
「なんのって、病院に行く用意に決まってるじゃないの。あんたはそのままの格好でいいから、しばらく座って待ってるのよ」
そう言って、制服姿の俺を見下ろすお袋。
いや、ちょっと熱っぽいってだけで、そんな大袈裟にするようなもんじゃねえだろ。
そう思った俺は、大丈夫だとアピールする為に、テーブルに手を付きながらも何とか立ち上がった。
「……心配ねえって。ちょっとした風邪だろ? こんなの学校で寝てたらすぐに良くなる……と思う。言うほど気分も悪くねえし……」
「単に起き抜けだからそう感じてるだけよ。無理したら悪化するに決まってる。ねえ、京介。病気の時くらい素直に母さんの言うこと聞いときなさい。その方が色々と得するから」
肩を押さえつけるようにして俺を無理やり座らせるお袋。
つーか、得するって何に対してだよ?
もしかして部屋に鍵付けてくれたり、小遣いでも増やしてくれんの?
なんて叶わないであろう願いを心の中で育みながら、お袋をジト目で眺めていたんだが――結果として、このお袋の判断は正しかったということになる。
何故かって?
時間と共に体調が悪化して、病院から戻ったらそのままぶっ倒れちまったからだよ。
だから、ベッドに潜り込みながら思ったもんさ。
普段はチャラけた部分もあるけど、顔色見ただけで息子の体調不良を見抜くくれーは、しっかり母親してるんだなってな。
「悪いけどどうしても抜けられない用事があるから、母さん戻るの夕方頃になるけど……大丈夫、京介?」
「……病院で薬も貰ったし、大人しく寝てるから大丈夫だよ。つーか、前々から楽しみにしてたイベントごとだろ? ご近所付き合いも大切なんだってこの前言ってたじゃねーか」
「それは、そうなんだけどねぇ」
「ただの風邪だって医者も言ってたし、心配ねえよ。……帰りに美味いもんの一つでも買ってきてくれりゃ十分だ」
「あら、生意気言っちゃって。随分と頼もしくなったものねぇ。小さい頃は母さん、母さんってそりゃ可愛いかったもんだけど――」
「……いつの頃の話だよ。つーか、記憶にねえ」
「フフ。それじゃあ出掛けてくるけど、何かあったら電話してくんのよ?」
なんてやり取りがあったのが十分前で、今俺は一人寂しくベッドに横になっている。
まあ、病気の時なんて寝るくらいしかやることがねえし、実際かなり体調も悪い。さっき飲んだ薬が効いてきてるのか、悪寒が無くなった代わりに猛烈な睡魔が襲ってきてる始末だ。
だから……俺は……一瞬後には、泥のように深い眠りに……ついていったのだった。
――そして、脳裏に映るセピア色の光景。
モノクロ映画のような視界の中に、いつかの俺の姿があった。
小さな手足に小さな身体。今とは随分違うちっこい姿に変な違和感を覚えたが、すぐにこれは夢なんだと気付く。
何処か懐かしさの漂う室内に目を見張る。
小奇麗に整頓されたその光景には、確かに見覚えがあった。
そう――ここは桐乃の部屋だ。
机の上にはパソコンもないし、雑多な品物も溢れていない。けど、よくよく思い出してみれば、ここが昔の桐乃の部屋なんだって気付くことが出来る。
今とは違って、昔の俺達はそれなりに仲の良い兄妹だったのだ。
お互いの部屋を行き交うくらいには。
しかし視界の中の俺は、別に桐乃の部屋に遊びに来た訳じゃなさそうだ。
目に映る“ちっこい俺は”態々ベッド脇に椅子を持ち出して、そこから眠っている小さな桐乃の姿を見下ろしていた。
「……けほ、けほ」
眠っていたと思った桐乃が、突然苦しそうに表情を歪めて乾いた咳を繰り返した。
風邪を引いた人間特有の赤い顔。額に汗しながら呻く妹の姿に“当時”の心境がまざまざと蘇ってくる。あの時の俺は柄にもなく妹を心配して――じゃない。辛そうな妹の姿に随分と心を痛めて……じゃねえ。
……あれ? オカシイな。
あの時俺は風邪を引いた桐乃の事を心配して傍に付いていたはずなのに、どうにも“現在”の桐乃が目の前をチラついて、当時の心境を全否定したくなってくる。
今と違って昔の桐乃にはまだ可愛げがあったんだ。兄を罵倒することもなければ、目を合わせる度にウザそうにガンを飛ばしてくることもない。ましてや足蹴にするなんて想像もできねえ。
見てくれも金髪じゃねーし、本当、どうして“ああ”なっちまったのか理解に苦しむぜ。
……と、話しが逸れた。
だから当時の俺は兄として妹の心配をするのは当然だったのだ。
「大丈夫か、桐乃?」
「……うん。ちょっとしんどいけど……だいじょぶ」
鼻をすすりながら桐乃が声を絞り出す。それに続けてこいつは
「……それよりごめんね、お兄ちゃん」
なんて、小さな声で呟きやがった。
「あたしが……熱だしちゃったから……兄ちゃ、遊びに、行けな……ケホッ! ケホッ!」
「無理して喋ろうとすんじゃねーよ。お前は風邪を治すことだけ考えとけ」
「でもぉ……」
「でもじゃねえ。じゃねーと、もう遊びに連れてってやらねーぞ」
「……うー」
桐乃はばつが悪そうに目線を逸らすと、そのまま両手で布団を持って顔をその中に隠しやがった。――と思いきや、すぐに鼻先まで顔を突き出すと
「……怒ってない?」
なんてか細い声で呟いたのだ。
その台詞を聞いて思いだす。確か当日は家族で遊びに行く予定があったんだが、急に桐乃が熱を出した所為でおじゃんになって急遽中止の運びになったのだ。
俺だってまだ子供だったし、すっげえ楽しみにしてた分ちょっとばかり不機嫌になったりもしたが……こんな妹の姿を見たら怒るに怒れねえだろ。
つーかさ、病気ばっかりはどうしようもねえ。
だから俺は、出来るだけ優しい声音であいつに答えてやったっけ。
「怒ってねえよ」
「……ほんと?」
「嘘吐いたって仕方ねえだろ」
「ほんとにほんと? 怒ってない?」
「怒ってねえったら怒ってねえよ。てか、いい加減しつこいぞ、桐乃!」
けど桐乃が何度も何度も同じことを聞きやがるので、ちょっと語尾を強めたら、あいつまた布団の中に引っ込みやがった。それでも次に布団から顔を出した時には、安心したような、ほっとしたような笑顔になってたっけ。
相変わらず苦しそうだったけど、その表情を見てたら怒らずに良かったって思ったよ。
そんなこんなで妹の看病をしてたわけなんだが、突然クイクイっと袖口を引っ張られて――
「……喉、かわいた」
「あ?」
「お水、飲みたいな」
「水?」
「うん」
「……わあったよ。ちょっと待ってろ」
唇を尖らせながらも二階の部屋から一階へ降り、そして台所まで行って冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
いや……なんつーか、こう甲斐甲斐しく働く昔の俺って結構健気だよな。
しかも妹の――桐乃の為に動いてるんだぜ?
正直、驚きの光景だぜ。
今だったらぜってえやらねえ……やらねえとは思うが、ちょっとばかし戯れに“場面”を想像してみるとしよう。
『――水』
『あ?』
『なにその返事? もしかして持ってくるのが嫌なの?』
『……嫌っつうか、お前が何のこと言ってるかわかんねえんだけど?』
『はァ? 水って言ったら喉が渇いてるに決まってるっしょ。つーかさ、あたし病人なんだけどォ? その辺りあんたが自然に気を回してくんないと困るわけよ』
『あ、あのなぁ……俺は相手の心が読めるエスパーじゃねえんだぞ? 喉が渇いたんなら最初からそう言えや』
『だから、最初に言ったじゃん? ほら、さっさと取って来なさいよ。まったくグズっていうかノロマっていうか、本当使えないんだから……!』
『ンだとッ!?』
『アンタさぁ、可愛い妹が風邪引いて寝込んでんだよ? 少しは労ろうとか優しくしようとか思わないワケ?』
『それが弱ってる病人の態度かよ!? てか、何で俺がお前の看病なんかしなきゃなんないわけ? あまりにもナチュラルすぎてスルーしてたけどよ、必要性がねーだろーが』
『ちょ……それ、マジで言ってんのアンタ? ――サイアク。いっぺん死んでくれば?』
……。
………。
…………いかん。想像してただけなのに無性に腹が立ってきやがった。ここは一旦深呼吸(夢の中でアレだが)して落ち着くとしよう。
――ふう。あやせたんマジ天使!
しかしだ、一連の会話劇は俺の想像の産物に過ぎないが、似た状況下なら全く同じような展開が起こると断言できる。つーか、できちまうのが悲しいところだ。
もしくは看病なんてされたくない! と顔も合わせてくれないかのどっちかだろうなぁ。
まあ風邪なんかじゃなく“本当に調子が悪い”時はしおらしくなることもあるにはあるが――それは激レアな状況なだけに、そうそうお目にかかることもないだろう。
「ぷはぁ!」
おっとと、下らないことを考えてたら、昔の桐乃が水を飲み終わったようだ。
両手でコップを持ってこくこく喉を鳴らして飲む様は、我が妹ながら可愛くて仕方ない(一応言っとくが俺はシスコンじゃない)んだが、何故か昔の俺は仏頂面でその様子を眺めている。
うーむ……こん時の俺って何考えてたっけな?
いまいち思い出せねえんだけど……
「もう一杯飲むか?」
「ううん。いい」
にひひと笑いながらコップを差し出す桐乃。それを受け取った俺に対してあいつは
「あのね、お兄ちゃん」
「ん?」
「あたしね……優しくって頼りになるお兄ちゃんのこと、大好――――」
太陽みたいな眩しい笑顔で、桐乃が伝えた言葉――それは……
その後の肝心の言葉が聞き取れない。
やがて夢の中の光景がフェードアウトしていき――なんの脈絡も無く、唐突に目が覚めてしまった。
そして覚醒する俺の意識。
見開いた目の前――文字通り目と鼻の先には、お互いの鼻がくっ付くくらい顔面どアップになった現実の桐乃の姿が……。
瞳と瞳、目線がばっちり至近距離で交差する。
「ち、ちがッッッ――!!!」
がばっと音がするくらいの超速度。
桐乃はメチャクチャ慌てふためきながらも、前屈みになっていた身体を跳ね起こし、そのままベッドから素早く距離を取っていく。しかし、室内で移動できる距離などたかがしれている。
あいつはすぐさま壁に行き当たり背中を遮られてしまった。
「あ……!」
退路がないことに気付き愕然とする我が妹。
そしてそのままの姿勢で、引きつったような表情を隠すように両腕で俺の視界を遮った。
「ち、違う! これは……その……!」
何をテンパってんのか視線が縦横無尽、右往左往していやがる。しかも混乱が拍車をかけているのか、明晰なはずの頭脳も打開策を見つけられないとばかりに、口元を引きつらせながら額に玉の汗をかいていた。
つーか、何で俺の部屋に桐乃がいるんだ?
てかさ、制服姿のまま何してんの?
「なあ、桐乃」
「な……ッ、なに?」
「お前さ、何でここに……って、まあいいや。取りあえず、今、何時よ?」
「へ……?」
お袋と病院に行って、泥のように爆睡して……それからどうしたんだっけ?
ゆっくりと身を起こしながら携帯で時間を確認しようと衣服をまさぐり……パジャマ姿なのを思いだす。携帯は机の上だし、ここからだと時計が見えない。
だから桐乃に時間を聞いたんだが……あれ? 何か変なこと言ったか俺?
当の桐乃は、まるで呆けたように棒立ちになったまま俺を見つめている。
起き抜けで思考がうまく回らねえが、まずは時間の確認だろ?
だが桐乃からの返答は無く、互いに無言のまましばらく時間だけが過ぎていった。
どれくらいそうしていたんだろう。
ふと桐乃が安堵とも落胆とも取れる大きな溜息を吐いた。
それから――
「……三時ちょっと過ぎ。つーかさ、あんた大丈夫なの? なんかボーっとしてるけどさ?」
あん? ぼーっとしてんのはお前じゃねえか――と反論したかったが、確かに起きたばかりで頭がうまく働いてねえ。
しかし、もう三時か。
病院から帰って即効寝たんで、かなりの時間寝てたことになる。その間に何処か懐かしい夢を視てた気もするが……残念ながら起きたと同時に内容を綺麗さっぱり忘れちまっていた。
「――ねえ」
「病気つーか風邪引いたんだよ。んで朝から寝てた」
「……それは知ってる。お母さんからメール貰ったから」
ほほう。お袋の奴、桐乃にまでメールするとは随分と心配性じゃねーか。
それでコイツがここに居るって訳か。大方学校から帰って俺がどれだけ弱ってるか確認しに来たんだろう。
やっと得心したぜ。
トラップでも仕掛けられてなきゃいいが、残念ながら俺の部屋は鍵がかからねえからなぁ……とそこまで考えて、やっぱりおかしいという事実に気付く。
何故なら、三時というこの時間帯に桐乃が家に居る訳がないのだ。
「――って、おまえ部活はどうしたよ? この時間だとまだ学校のはずだろ?」
「ぶ、部活っ!?」
「おう」
「あー、その……な、なんかさ、顧問の先生が出張とかでいなくて、今日はナシ。無くなったの」
「マジで?」
「嘘吐く理由無くない?」
「ま、そりゃそうだけどよ……」
なーんか桐乃の物言いが引っかかるぜ。喉元に魚の骨が刺さったみたいな違和感。けど思い出せねえってことは大したことじゃないんだろう。
コイツの言う通り、嘘を吐く理由なんてないだろうし。
「ねえ、アンタさぁ。本当に大丈夫? 熱とかあんの?」
部屋の隅っこに立ったままだった桐乃が、ゆっくりとでベッド脇まで近寄ってきた。
ちょっとまなじりを下げて心配してそうに見えるのは、きっと俺が風邪引いてるからそう見えるだけだろう。
「熱あんならさ、まだ寝てなきゃ駄目じゃん」
「……どうだろうな。病院行って薬も飲んだしよ……朝より随分マシになったような気がする。気分もそんなに悪くねーし」
「ふーん。あ、そう。ねえ――チョット動かないでよ」
桐乃がぐいっと身を乗り出しつつ俺を覗き込んでくる。
そしてそのままの姿勢で腕を伸ばし、そっと俺の額に添えやがった。
「なっ!?」
「動くなっつったでしょ」
妹の突然の行動に驚いたものの、ひんやりとした掌の感触が気持ち良い。
それにこうされていると、何だか安心するつーか、心が休まってくる気がする。きっとこれも風邪の所為。単なる気の迷いなんだろうけど……。
なんつーか、悪くねえな。
「……これさ、熱、下がってんじゃない?」
「ふぅん。分かんのか、おまえ?」
「えっと……たぶん」
たぶんって、分からねーのにやってたのかよ! つーか、熱を測るポーズをやりたかっただけですよね!
照れ笑いを浮かべつつ手を引っ込める桐乃にそう突っ込みたかったが、何故か言葉が口を吐かなかった。
突っ込みどころで口篭るなんて、やっぱ病気の時は調子でねーよ。
「なぁんだ。思ったより元気そうじゃん。心配してソンし――」
桐乃が溜息を吐きながら何事か呟いた――と思いきや、いきなり言葉を切りうんうんと頭を振り出した。
いきなり何してんだ、こいつ?
「どうした桐乃? 外で頭でも打って来たか?」
「ンなワケないじゃんっ! つーか、別にアンタのこと心配して帰ってきた訳じゃないんだからね!」
「怒鳴るなよ……。んなの分かってるって」
この言葉に対する反応は、何故かムスっとした表情だった。だが、桐乃は唇を尖らせながらも
「……ま、いいや。でさ、アンタ喉とか渇いてない? なんだったら飲み物でも持ってこようか?」
「あ? なんで?」
「いや、起き抜けだったら何か飲みたいんじゃないかなって……」
確かに喉は渇いてるが、何でコイツがそんなことを気にかけてんだ?
もしかして何かよからぬ事でも企んでんのか?
――ハッ!?
もしや、あやせとの密会がバレたんじゃあるまいな!?
それでこの機会に俺を亡き者にしようと計画し……。
優れた直感が脳内で危機を告げる。
俺は僅かでも桐乃から距離を取ろうとベッドの中で後ずさった。
「……まさか、おまえ、飲み物の中に何か入れる気じゃないだろうな?」
「は?」
「いや、俺が弱ってるのを利用して抹殺――殺すつもりだろ?」
何を言ってるのか分からないとばかりに、桐乃の目が点になる。続けて、わなわなと震えだす我が妹。
「あ、ああ、アンタねぇ……一体、あたしのことナンだと思ってるワケ?」
桐乃の全身を黒いオーラが包み込む。
これは色々違う意味で怒ってんな……。
「わ、悪ぃ。ちょっと勘違いしたみたいだ」
「ハァ? 勘違いってナニ? もしかしてアンタ、やましいことでも考えてたんじゃないでしょうね?」
「いや、だから悪かったって。機嫌直せって!」
平身低頭。取りあえず謝り倒して妹のご機嫌を取る。
しかし、病気の時すら容赦ねえなこの妹は。
「フンっ。どうやら調子が悪いみたいだしィ、今日はこれくらいで許してあげるけど――――ねえ、お茶でいいの?」
「は?」
「だから! 喉渇いてんでしょっ!? あたしが折角気をつかって下まで行って取ってきてあげるっつってんのに、ナニその返事? 嫌なの?」
「そんなんじゃねえけど……何でまた怒ってんの、おまえ?」
「怒ってないッ!」
いや、どう見ても怒ってんじゃん!
けれど、どうやら飲み物云々をどうにかしないと話が進まないのは理解出来た。
「……飲み物なら机の上にポカリがあるけどよ、それより腹が減ったな」
思えば朝から何も食べていなかった。
ぐっすり眠って体力が回復したのか、喉の渇き以上に空腹を覚えちまった。腹が何か寄越せと騒ぎやがる。
「昼ごはん食べてないんだ?」
「ずっと寝てたって言ったろ? お袋が簡単なもん用意してくれてるはずだけどよ……」
食べやすいものを作っておくと言っていたので、台所に何かあるはずなんだが。
それを聞いた桐乃は不承不承頷きながら
「わかった。取ってくる」
言うや、踵を返し廊下へ出るべく扉へと歩き出した。
丁度その時である。
我が家への来客を告げるインターホンが、部屋の中に鳴り響いたのは。