あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第十七話

 こんにちは。槇島沙織です。

 あぁ、皆様には“沙織・バジーナ”と名乗ったほうが通りがよろしいかもしれませんわね。

 ぐるぐる眼鏡に、チェックのシャツをジーンズにタックイン。背中には大きなリュックを背負い、丸めたポスターを装備する。あの如何にもな『典型的オタクファッション』に身を包んだ沙織・バジーナですわ。

 え? 喋り方がいつもと違う?

 ふふふ。私は本来こういう喋り方を致しますのよ。

 あの拙者口調は一種の演技といいますか、私には口調や呼称をまったく別なものとして“使い分ける”習慣がありますの。

 本来ならバジーナと名乗るからにはサングラスを装備するのが良いのでしょうが、とある理由からこのキャラだけは変える訳にはいかないのです。

 大尉と名乗っていても、チェックのシャツを赤色にする訳にもいかないのです。

 京介氏に“修正”されても嫌ですしね。

 ということで、本日は私が語り部を勤めさせていただきますわ。

 ……とと、ちょっとお待ちください。

 あなた、今そっとブラウザをバックなさろうとしましたわね?

 そんなに私の語りが嫌ですか? 面白くなさそうですか? 

 今戻ると後悔……いえ、大きな声で泣き喚く事になりますわよ。

 

 ――主に、私が。

 

 えーん、えーん、ですわ。

 あら? 大きな身体して泣き真似しても可愛くないですって?

 言ってくださいますわね。

 確かに今のは冗談ですけれど、こう見えて私、凄い泣き虫でしたのよ。

 今でこそSNS内のコミュニティで主催者なんてしてますけれど、昔は対人恐怖症に近いレベルでの人見知りでしたの。

 けれど、人見知りと人が嫌いなのは似ているようで違うのです。

 

 ――世の中に人の来るこそうるさけれ、とはいふもののお前ではなし。

 

 『今の私』には大切なお友達ができました。

 きりりん氏に黒猫氏、そして京介氏。大切な大切な私のお友達です。けれど、だからこそ、素の自分を彼等の前に曝け出していないことが少々……いいえ、違いますわね。とても心苦しいのですわ。

 騙している訳ではありません。

 ただ、私は怖いのです。

 素顔の自分を曝け出すことによって、楽しい今の関係を維持できなくなったりしたら……と。

 そう考えると折角絞り出したの勇気も萎んでしまいます。

 京介氏など事あるごとに私を頼ってくださいますが、基本的に私は臆病で弱虫なのです。友達を失うことが怖い。“また”自分の居場所を無くしてしまうことが怖いのですわ。

 けれど、それももう潮時でしょう。

 近く私は素の自分をみんなに知って貰おうと思っています。

 

 ――と。そう勢い込んでみたものの、果たしてそういう機会は訪れるのでしょうか。何と言いますか、私、みんなに少々ハブられているような気がするのです。

 家が遠いということも関係していると思うのですが、それにしても冷たいと思うのですわ。

 

 例えば、友人関係の中で重大な出来事が起こったのに“まったく”相談してくれないとか。

 例えば、その人にとっての理想郷、最終理想像の中に“私だけ”いないとか。

 例えば、アメリカ留学や引っ越したりする重大事を“内緒”にされるとか。

 ……ああ、いけません。いけません。ただの想像なのに腹が立ってきました。

 というか、いたるところで“皆さん”私をハブりすぎですわっ!

 

 きりりん氏、黒猫氏、そして私。

 三人で一組のはずなのに(三国志でいえば関羽、張飛、趙雲のようなものですわ)とっても蔑ろにされている気がしますの!

 これって私の勘違いでしょうか?

  被害妄想でしょうか?

 いいえ。絶対に違うと断言いたしますっ!

 証拠といいますか、一例としての参考資料を提出したいと思います。

 下の図はそれぞれの名前をGoogle検索かけた結果ですわ。

 

 高坂桐乃   約 3,810,000 件

 黒猫(俺の妹)約 3,990,000 件

 槇島沙織   約 38,100 件

 

 えっと、自分で提出しておいてなんですが思い切り凹んでしまいました……。流石にあのお二人に敵うとは思っていませんでしたが、まさかこれほどの大差がつくなんて……。

 というかっ! 幾ら何でもこの差はないんじゃありませんっ!?

 皆さん、どれだけ私のことが嫌いなんですのっっ!!

 この分だと、どーせ『カメレオンドーター』も読み飛ばされたのでしょう? 

 ヒドイですわっ!! 横暴ですわ! 私を主役にしやがれですわっ!

 ああ、もう、ドス黒い怒りが込み上げてきましたわ。

 負の想念といいますか、この分だと私が殺意の波動に目覚めるのも、そう遠くない未来なのかもしれません。

 フフフフフフフフフ。

 殺意の波動に目覚めた沙織VS俺妹ヒロインズ。

 私を怒らせると、しょーりゅーけーんにかめはめ波ー! インド人を右に、ですわよ!

 全員もう即座にタヒりやがれですわああああああああああっっ!!

 ああ……いけない、いけない。

 私としたことが少々取り乱してしまったようですわね。コホン。閑話休題。

 この辺りで話を元に戻すといたしましょう。

 えっと、どんな話をしていましたっけ? 瞬獄殺コマンドの確認でしたかしら?

 そんなことを考えていたら、槇島家のメイドがそっと声をかけてきました。

 

「お嬢様、朝食のご用意が整いました」

「あら、ご苦労さま。それで、本日のメニューはなにかしら?」

「はい。デニッシュクロワッサンとスマートチーズのサラダ、それにアッサムのミルクティです。簡単なもので良いとのことでしたので。デザートはご用意致しますか?」

「いいえ。それだけで結構ですわ」

 

 ふふ、びっくりなされました?

 形の上で私は一人暮らししていますが、色々と当家のメイドが世話を焼いてくれるのです。ですから、私のような半端な者でも一人暮らしが出来るのですわね。

 家事、炊事、掃除、洗濯。

 もっと精進せねばっ! ですわ。

 そう思った時、私のスマホから着信を知らせる“颯爽たるシャア”のメロディが流れてきました。

 早速手に取って発信者を確認。

 ディスプレイには京介氏──高坂京介との名前がありました。

 

 

「これはこれは京介氏。こんな時間にどうされましたかな?」

『よお、沙織。こんな朝早くに悪いんだが、今、ちょっと時間あるか?』

「ほほう。その口振りですと何やら拙者に頼みがあるご様子。そうではござらんかな?」

『あ、いや。頼みってほどじゃねーんだが、今週の日曜なんだけどさ、お前予定とかある?』

「予定……でござるか?」

『ああ。もし空いてんなら付きあって欲しいところがあるんだけど』

 

 ええ?

 これってもしかしてデートのお誘い……なのでしょうか。

 私と一緒に出掛けたいということですわよね??

 

「とりあえず予定などはござらんが、もしかして京介氏。日頃の感謝を込めて拙者を映画にでも誘ってくださるとか?」

 

 願望めいた言葉を口に出してしまいました。

 けれど叶うことはないでしょう。これは冗談であり、一種の言葉遊びみたいなものですわ。

 予想と致しましては、大方、アキバ関係のショップにでも付きあって欲しいといったところでしょうか。

 なのに――

 

『おぉ! 良く分かったな! スゲエな沙織。もしかして超能力でも使ったか? えっと、こういうのなんつーんだっけ……サトリ?』

「え?」

『いやまあ、冗談なんだけどよ』

 

 高鳴った鼓動が一瞬にしてチクリとしたものに変わります。

 それは、どちらが“冗談”なのですか?

 気になります。とても気になります。思わず手にしているスマホをぎゅうっと握り締めてしまうほどに。

 

「じ、冗談とは人が悪いですなぁ京介氏。そんなことの為に朝から電話を掛けてきたのでござるか?」

『いやいや、冗談っつーのはそっちじゃなくてだな、俺はお前を映画に誘おうと思って電話したんだ』

「ほ、本当でござる……か?」

『嘘吐いてどうすんだよ。日頃の感謝を込めてって訳じゃねえけど、世話になってるのは事実だしな』 

「……それって、もしかしてデー」

『実はな、急遽桐乃と黒猫を映画に連れてかなきゃならなくなってよ。どうせなら沙織も誘おうって話になってさ。それで電話したんだけど……って、どうした沙織?』

「…………」 

『今、何かすげえプレッシャーみたいなもん感じたんだけど……』

 

 それはきっと私の負の想念ですわ。

 この距離でそれを感じ取れる京介氏はNTかもしれませんわね。

 

「別に大したことではござらん。それよりもいまいち話が見えてこないのでござるが……実際どういうことなのです、京介氏?」

『あ、いや、詳しく説明すると長くなるんで割愛するけど、ある事情から桐乃と黒猫をもてなさなきゃならなくなったんだ』

「もてなしですか。はっはーん。さては京介氏、何か失敗をやらかしましたかな? ハッハッハ。浮気現場でも目撃されてしまいましたか?」

『んなワケねーだろーが! つーか、浮気も何も俺には彼女自体いねーよ』

 

 ……うーん。

 本当、こういう方面には鈍いんですのね、この人は。

 これはもうエロゲの主人公クラスの鈍感さですわ。

 

「いやいや。案外、京介氏が望めばすぐに彼女ができるかもしれませんぞ?」

『からかうなって沙織。自分がモテねーのは自覚してるよ。ま、とりあえず日曜は暇なんだな?』

「そうですな。予定といえばその日はガンプラを組もうかと思っていたくらいで」

『ガンプラ……だと?』

「……失礼。MG 1/100 RGZ-95リゼルを組もうと思ってござった」

『別にガンプラの種類に興味なんかねーよ!!』

 

 フフフ。

 相変わらずのナイスな突っ込みですわ。こればかりは他の人間には中々真似できませんわね。

 

「という訳で、さしあたっての急用はござらん。しかし京介氏。そのイベントは中々難関だと思うでござる」

『あ? どういうことだ?』

「気付きませんかな? 考えてみてくだされ。拙者ときりりん氏、それに黒猫氏の三人を連れて映画に行くのでござろう?」

『ああ』

「なら、絶対に何の映画を見るのかが問題になってきますぞ」

『え? お前等で勝手に決めりゃいいじゃねーか。俺は別に何でも構わねーし』

「いえいえ。確実に京介氏が選ぶ事になります。知っての通り我々はオタクでござるが、その好みは千差万別。三者三様でござる。下手な映画を選べば京介氏の命に関わるかと」

『マジか……!?』

「幸いといいますか、今期のアニメ映画は豊作でござるからなぁ、選択肢が全部ハズレということはないでござろう」

『……仮にだが、アニメ以外の映画を選んだらどうなるんだ?』

「無論、京介氏が死ぬだけでござる」

 

 もちろん冗談ですけれど。

 しかし、京介氏なら絶対にアニメ映画を選ぶと思います。先程何でも良いと仰っていましたけれど、それは主体性がないからではなく単に相手の好みを慮ってのこと。

 基本的にお人好しなんですわよね、京介氏は。

 

「ただ、この面子での鉄板ともいえるメルルとマスケラは今期の映画には含まれてござらんから……」

『メルルはともかく、マスケラの映画化はねーんじゃねーの? だってマスケラは打ち切りで終了したじゃねーか』

「京介氏。間違ってもそのことを黒猫氏の前では言わないように」

『……だったな。あいつマスケラの熱狂的なファンだし、あの黒猫がマジでブチ切れてるところなんて初めて見たよ』

 

 誰しも心に秘めた大切なものがあるものです。

 それを馬鹿にされたら怒るのは当然ですけれど、少し大人気ないといいますか、黒猫氏のマスケラに対する思いはいきすぎな気がしますわね。

 何事にも節度を持って望みませんと。

 

『けど、アニメ映画なぁ……悪いけどすぐには思いつかねーよ』 

「では僭越ながら、拙者のオススメを三作品ほど述べさせてもらってよろしいか?」

『おお! そりゃ助かる。さすが沙織だな。頼りになるぜ』

「ニンニン。それほどでもござらん。それに最終的に選ぶのは京介氏ですからなあ。拙者は選択肢を与えるだけでござるよ」

 

 言いながら、近くにあったノートパソコンをネットに繋ぐ。

 頭の中にも情報はありますが、間違っていたら大変ですものね。

 

「まずは“劇場版魔法少女リリカルなのは The MOVIE”などが候補に入るかと」

『魔法少女ものか? タイトルからすると桐乃が好きそうな感じだが』

「メルルの元になったと言っても過言ではない作品ですぞ。この映画はテレビ版の一期を映画に合わせて作り直したというものでござって、魔法少女ものでありながらバトルシーンが秀逸で圧巻の作りでござる。京介氏の言う通りきりりん氏なら大満足していただけるかと」

『……ふむ』

「しかも主人公の中の人がメルルと同じなのもポイントでござる」

『そりゃ確かに桐乃が喜びそうだ』

 

 心なしか、声が喜んでいますわね。

 本人は否定してますけれど、京介氏は妹のきりりん氏が大好き、超の付くシスコンですから。この映画が選ばれる確率は高そうです。

 そう思いながら、次の候補をディスプレイに映し出す。

 

「次は“劇場版Fate/staynight Heaven's Feel”など如何でござろう?」

『お、なんだか響きが格好良いな!』

「こちらもテレビアニメからの発生でござって、簡単に言いますとテレビ版とは違うルートを映画化したという」

『ルート? なんかエロゲーみたいだが……』

「詳細は割愛させてもらうでござるが、分かりやすく言えば設定を重視した伝奇活劇、京介氏の言う通り厨二心をくすぐるバトルアニメでござる」

『なるほど。黒猫の好物っぽいな。バトルなら俺も好きだし』

「まあ、興味があるのでしたら黒猫氏に直接聞いてくだされ。さぞやたっぷりと設定を聞かせてくださるでござろう」

『……そうだな。気が向いたら……な』

 

 本当はゲームからの発生なのですけれど、そこまで言及するのは野暮というものですわね。

 さてさて。

 それでは私の本命を勧めさせていただきましょう。できれば京介氏にはこの映画を選んで欲しいのですけれど。

 ここは私の口車……ではありませんわね。話術の冴えに期待していただいて。

 

「最後にオススメするのは“劇場版機動戦士ガ○ダムUC”でござる」

『沙織……なぜ、これだけ伏字にした?』

「なんとなく……いえ、念の為でござる」

 

 大人の事情ですわ。

 

「これは一年戦争から脈々と受け継がれてきた宇宙世紀を元とした作品でござって、昨今のテレビ版ガ○ダムとは一線を画したまさにモビルスーツ愛にあふれる映像がところせましと流れる様はまさに圧巻の一言。それでいてストーリーは往年のガ○ダムを彷彿とさせ、作り込みは……」

『あ、いや。沙織。さすがにガ○ダムは知ってるぞ。あの“ロボットアニメ”な。つーか、いっぱいありすぎて区別つかねえんだけど、どれも“一緒みたい”なもんじゃねーの?』

 

 ――プチン!

 

「京介氏。今、なんと仰いました?」 

『……は?』

「ロボットアニメ? 一緒みたいなもの? どの口がそんなことを言いやがりましたか?」

『いや……沙織? お前怒ってんのか? めっちゃ声音が低いんだが……』

「怒ってる? いえいえ。私は別に怒ってなどいませんわ。ちょっとばかり激怒しているだけです」

『…………』 

「ふう。仕方ありませんわね。京介氏にも分かるように説明させていただきます。ちょっとその場に正座なさってください」

『あ、いや……その……』

「正座するッ!!」

『はいぃぃっっ!!』

 

 え? 先程黒猫氏のマスケラの想いに対して何か言ってなかったかって?

 そんなものはちゃぶ台返ししてどっかにうっちゃってやりましたわ。人には触れてはならない逆鱗というものがあるのです!

 

「とりあえず、一年戦争がどうして起こったのかから始めましょう。良いですわね、京介氏?」

 

 学校? ああ、そんなものもありましたわね。

 大事の前の小事です。うっちゃりましょう。

 とにかく、これで語りを続けることは不可能になってしまいましたので、四人でのデートのお話はまた後日。

 それでは皆様、ごきげんよう。

 

 

   


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