あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない 作:powder snow
「ねえ、きょうちゃん。本当に良いの?」
「おう。何頼んでもいーぞ。普段世話になってる分も込めてっから、メニューの端から端まで制覇したっていい」
「もう……! 幾らわたしでもそんなに食べられませんっ。というか~、きょうちゃんから見てわたしってそんなに食いしん坊かな?」
「うむ。相当に食いしん坊だな」
「……そ、即答されちゃった!?」
ガーン! という擬音がつくような感じに顔色を変化させているのは、眼鏡がトレードマークの垢抜けない女の子――もとい、俺の大切な幼馴染である田村麻奈実だ。
いつもふにゃっとした笑顔を浮かべていて、殆ど怒ることがない。というより怒りという感情を何処かに置き忘れているんだろう。口調もおっとりとしていてゆる~い感じなので、一緒にいるだけで無条件に安心できちまう。
そんな存在だ。
こういうのをお婆ちゃん属性っつうのかね。
「半分は冗談だけどよ、さっきも言った通り日頃の感謝も込めてっから遠慮すんな」
「わたし、大したことしてないと思うんだけど?」
「おまえにとっちゃそーでも俺にとっちゃ違うんだよ。まあ、こっちで勝手にそう思ってるだけだから、今回は大人しく奢られとけって」
言いながらテーブルを挟んで目の前に座る麻奈実にメニューを突き出した。それを見た麻奈実は目をぱちくりとさせるも、直ぐにえへへ~っとを相好を崩し“きょうちゃんがそこまで言うなら”と、両手でメニューを受け取った。
と、ここで現状を簡単に説明しておこう。
俺達が顔を付き合わせているのは、学校の近くにあるお好み焼き屋の片隅である。
こないだ風邪を引いた時にノートを届けてもらったお礼(実際に持ってきてくれたのは黒猫だが)がてら、メシでも奢ろうと学校帰りに立ち寄ったという訳だ。
昼時はとうに過ぎ、夕飯までも間があるという時間帯。
もっと空いてるかと思いきや、意外にも店内は結構な込み具合いを見せていた。
ぐるりと周囲を見回せば、俺達と同じ制服姿の高校生やらちょっと年上っぽい大学生と思しき一団、はたまた遅めの昼食を取っている最中なのか、スーツを着込んだサラリーマンの姿も見えた。
更に店内には、お好み焼き屋特有の香ばしいソースの匂いが充満していて、否応無しに俺達の食欲をそそってくる始末。
よ~し、決めたぜ。
今日は夕飯を気にしない方向性でガッツリと食べていこう。
そう腹を据えた俺は、麻奈実に手渡したメニューの変わりに壁にズラリと並んだ“お品書き”を眺めつつ思案することにした。
「さぁて、なにを食べっかなー。豚玉にイカ玉に……えっと、お好み焼きだけでもかなり種類があるじゃねーか。ヤキソバっつう手もあるけど、やっぱ王道は外せねえか」
「なんか目移りしちゃうね~。もんじゃ焼きとか、もだん焼きとかもあるし~……あ! たこ焼き発見!」
相変わらず口調はゆるいが、メニューを見る目は活き活きとしている。
まだまだ花より団子……つーか、コイツに限っては一生花より団子なのかもしれねえな。
外見とかに気を使ってない訳じゃないんだろうが、桐乃みたくお洒落になった麻奈実とか全くもって想像できねえしよ。分相応つーか、ま、コイツには“こっち”が似合ってるってことだわな。
結局俺はオーソドックスなお好み焼きを頼み、麻奈実はミックスモダンを頼んで、粛々と注文した品物が到着するのを待つことにした。
「――お待ちどうさまッ! 鉄板熱くなってますから気を付けてくださいね!」
待つこと暫し、女性の店員さんが大きなコテらしきものにお好み焼きを乗せてやってきた。それからテーブルの中央にある鉄板の上に移し変えていく。
途端、じゅう~じゅう~という音と共に美味そうな匂いがここまで漂ってきた。
「注文は以上でよろしいですか? どうぞごゆっくり!」
威勢の良い掛け声を残し颯爽と去っていく店員さん。エプロン姿が実に様になっている。
「じゃあ食うか。麻奈実、箸取ってくれ」
「はい、きょうちゃん」
対面の麻奈実から箸を受け取った俺は、それを親指で挟み込み両手を合わせた。
いわゆる“いただきます”のポーズ。
という訳で、食事の前恒例の儀式を済ませた俺は、勢い良く箸を振りかざしつつ目の前のお好み焼きに挑んでいった。
「……はふ、はふ。う~ん、おいしいねぇきょうちゃん。これであのお値段って……えと、かなりりーずなぶるだよね!」
「だな。ボリュームもあるし、活気があって雰囲気も良い。こりゃ流行るはずだわ」
鉄板上で適当な大きさに獲物を切り分け、塊を一気に口まで運ぶ俺に対し、麻奈実は全体を綺麗にカットしてから、端から順々に自分の取り皿まで選り分け、それを摘んで食べていた。
実に対象的なスタイル。
お好み焼きが熱いからか、ちまちまと食を進めていく幼馴染。その姿がリスか何かの小動物を思わせるが、食欲は非常に旺盛だと注釈しておこう。
見ていて実に微笑ましい光景だが……って、おい麻奈実。急いで食うからほっぺたにソース付いてんぞ。
「きょうちゃん。ほっぺたにそーすが付いてるよ?」
「おおっと」
奇しくも同じ愚を犯していたとは……何たる失態。
すっと目の前に差し出された紙ナプキンを麻奈実から受け取り、ごしごしとソースを拭き取っていく。とそこでこいつも自分の頬にソースが付いてるのに気付いたらしい。
ちょっとばつが悪そうにはにかみながら、新しいナプキンに手を伸ばしていった。
二人して顔を突き合わせながら、こうゴシゴシとソースを拭き取ってる姿は何処となくシュールだが、もしこれが恋人同士なら“絵”になってるのかねぇ。
俺と麻奈実がってのはあんまり想像できねーが、仮にこれがあやせとだったとしたら――『お兄さん。ほっぺたにソースが付いてますよ。もう、だらしがないんですから……』なんて言いながらも、ぴたりと寄り添って拭き取ってくれたり……しねーわな。
きっと冷静に状況だけを指摘だけされるのがオチか。
むう。ならば逆のパターンを想像してみるとしよう。
俺があやせのほっぺに付いたソースを、華麗に拭き取ってやるよと手を伸ばしたと仮定する。
……。
…………うん。
問答無用で蹴り上げられるか、熱された鉄板に顔面を押し付けられる光景が目に浮かんだ。つかさ、お好み焼き屋って金属製のコテとか熱い鉄板とかあるしよ、実はかなりの危険スポットなんじゃねーか?
あらぬ言いがかり(セクハラをしたとの濡れ衣を無理やり着せられて)を理由にして“焼き土下座”を強要とか、あの女ならマジでやりかねん。
将来的にあやせと出掛けることになったとしても、こういう場は選択肢として除外しておくほうが無難か。なにせスプーンすら凶器に変貌させちまうような女だし。
そんなことをつらつらと考えていたら、対面の麻奈実が
「そうだ。きょうちゃん。もうすぐ修学旅行だけど、準備とか済ませてる?」
なんて想定外のセリフを切り出してきた。
「修学……旅行?」
「その様子だと、もしかして忘れてたりした?」
「な、なに言ってんだ。修学旅行だろ? うん。勿論覚えてるさ!」
というか、麻奈実に言われて思いだした。
俺の通ってる学校では受験生に配慮してか、修学旅行は夏休み前に行われるのが風習つーか慣例で、それは今年も例外じゃない。とはいえ日程が目前に迫ってる訳でもないし、遠く外国まで足を伸ばす訳でもない。
忘れてたっつっても、現段階で全く問題にならないレベルだ。
たぶん。
「あー、確か行き先は京都だっけか? 最近はなにかと忙しかったしよ、これといって特別な用意はしてねーな」
「駄目だよぉ。きょうちゃんはいつも直前になって焦って用意したりするじゃない? 大事な物とか忘れちゃうかもしれないよ?」
「大丈夫だって。それに何か忘れても向こうで買えば済む話だし、手に入らない物だったら最悪我慢すればいい」
「もう~。そんなこと言って泣き付いてきても、わたしは知らないんだから」
「いつ俺がおまえに泣きついたよ?」
「そんなこと言って良いの~? 小学校の運動会の時とか、ほら中学の時の修学旅行でも、きょうちゃんパンツを持ってくるの忘れてさ――」
「は?」
一旦食べる手を止めてから、両方の指を使ってパンツの形を空中に描いていく麻奈実さん。
「あの時きょうちゃん、旅館に着いてから“大変だ麻奈実! 俺のパンツがカバンに入ってないっ!”って大騒ぎしたのわたし覚えてるもん」
「あ、あれは……俺はちゃんと用意したんだ! ……それを桐乃の奴がだな……。つーか、ここでその話はやめてくれっ!」
その他諸々、大勢いっぱいの人が周りにいるんですよ!?
「いーえ、やめません。だってまた忘れちゃったら大変だよ? 今度はきょうちゃんが困っててもわたしは貸してあげないんだから」
「貸すって――お前な、そんな言いかたしちゃったら、一部の人にあらぬ誤解を招く原因になるじゃねーかっ!」
当時の俺の名誉の為に言っとくけど、借りたのはお金のことだから。
決して現物じゃないから。
ちなみに俺のパンツをカバンから抜き取った犯人は妹の桐乃だ。どうしてそんな悪戯をしたのか問い詰めても、絶対に口を割らなかったので今もって原因は不明である。
俺の中での七不思議に数え上げられている事件だ。
「あん時は……その、助かったよ。感謝してる。だからもうその話はやめよう。な?」
「そう思うなら、教訓としてしっかりと胸に刻み込んでおくように」
ぷうっと軽くほっぺを膨らませ、俺を威嚇してみせる幼馴染。麻奈実なりに怒ったぞというポーズなんだろうが、何処ぞの妹や圓明流の使い手と違ってまったく怖くない。
しかも色々小言を口にしながらも最後には助けてくれるのがこいつらしいつーか……ま、有難い話なんだけどよ。長い付き合いとはいえ女の子に頼りきりじゃ流石に格好悪いよな。
こいつは俺が困ってると不思議と察してくれて――黙って優しく手を差し伸べてくれる。
まるで亡くなった婆ちゃんのように親身になってくれる。いつまでも“このまま”じゃいけねーと分かってはいるが……この居心地の良い空間を無くしたくない。
そう思ってしまっている。
そんなことを考えていたら、麻奈実が表情を軟化させながらこんなことを言い出した。
「けど、確かにきょうちゃん最近は特に忙しそうだったね。一緒に帰れないことも多かったじゃない? もしかして桐乃ちゃんのこととか関係あったりする?」
「桐乃? 何でここであいつのことが出てくるんだ?」
「この前悩んでることがあるって言ってたでしょ? きっと桐乃ちゃんのことかなぁって。きょうちゃんは昔から“良いお兄ちゃん”だったしね~。だからいろいろあったのかなぁって」
「別に。そんなんじゃねーよ」
「ふふ。わたし――きょうちゃんと桐乃ちゃんは絶対仲良くなれるって思う。それこそ昔みたいに」
「――昔、か」
こいつの言う昔とはあの頃のことなんだろうな。俺と桐乃、そして麻奈実の三人が並んで遊んでいた――――最後に三人揃って遊んだのは何年前になるのか。
俺が中学に入った頃には、もう桐乃とは険悪になる予兆があったように思う。ちょい前までの冷戦状態ほどじゃねーけど、少しづつ距離が離れていった時期に当たる。
兄妹。三歳違いの、俺の妹。
「……まあ、桐乃のことっつうか、あいつを中心にした物事つーか、あと黒猫とかあやせとか、その辺り合わせて諸々大変だったってのはあるな」
脳裏に過ぎる様々な出来事。
夜中に桐乃に叩き起こされてからのまさかの人生相談。
それから今まで実に色々なことがあった。
妹の為に親父と大喧嘩を繰り広げたと思ったら、あいつの為にあやせに変態のレッテルまで張られたりした。
渦中で黒猫に出会い、沙織と出会って――中でもこないだの美咲さんとの一件は、下手したらあやせが外国に留学しかねないという危険な話でもあった。
何とか話を白紙に戻すことに成功し事なきを得たが、これから先に何かないとも限らない。あの姉ちゃん裏で何を考えてるかいまいち読めねー人だったし。
ちなみにこの件は桐乃には秘密にしてある。
俺とあやせがあいつの知らないところで会っていたとか知られた日にゃ大変なこと(被害を受けるのは俺だ)になるし、あやせも桐乃には心配をかけたくないからと口止めされている次第だ。
バレた時には問答無用で修羅場だろう。
「…………」
思わず阿修羅と化した妹の姿を思い浮かべてしまい、小さく身体を震わせた。いつぞやのカ●ビアンコム事件の再来は心底ご免蒙りたいし、エロ動画ハンターの称号はそろそろ返上してしまいたい。
そういや、加奈子のマネージャーになった件も桐乃には秘密だし、うっかり“ボロ”を出すと大変なことになるぞ。
こりゃ気を引き締めとかねえと。
「そっか。大変だったんだねぇ。お疲れ様――きょうちゃん」
多くを語らずとも察してくれる。
我が幼馴染はまるで菩薩のような微笑を浮かべながら、頭を撫で労るように、ゆっくりと頷いてくれたのだった。
「けど黒猫さんやあやせちゃんの面倒まで見てるなんて、きょうちゃんらしいというか、ちょっと節操がないんじゃない?」
「ちょ、おま!? 節操がねーって……折角俺が心の中で感謝してたっつうのに台無しじゃねーか!」
折角良い話にして纏めようと思ったのに!
「でも少しくらい釘を刺したくもなるよぉ。う~ん、どう言ったらいいのかな? 今まで近くにいたきょうちゃんが遠くへ行っちゃったような……何だかわたしだけ置いてけぼりにされたような、そんな風に少し寂しく感じることがあるんだ」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。俺がおまえを置いていく訳ねーだろうが。いいか麻奈実。俺とおまえの距離ってのはちょっとやそっとじゃ変わらねえ。違うか?」
「……うん。そうだねぇ。ずっと変わってないねぇ」
そうさ。俺と麻奈実の関係は簡単には変わらない。文字通り年季が違うんだ。
「でも黒猫さんやあやせちゃんとは変わったんだよね? それはちょっと――羨ましいかな」
「羨ましいって……おまえな、それなりに毎回酷い目に遭ってんだぜ? こちとら順風満帆な平穏な生活を望んでるってのによ。桐乃の人生相談からこっち休まる暇がねえ」
まあ、役得もあったがな。
黒猫達に出会わなきゃ、漫画だのゲームだのコミケだのという、いわゆるサブカルチャー的な楽しみを知ることも無かったろうし、共通の話題が出来たおかげか、桐乃との距離が縮まってきてるのも事実だ。
相変わらずあいつは俺に悪態を吐きやがる。俺も妹のことは大キレーだ。けどそこはやっぱり兄妹だからな。口も聞かなかった冷戦状態の頃に比べれば、良い関係になってきたと言えるだろう。
親父もお袋も安心したのか、心なしか嬉しそうにしてるし。
――と、少し話が反れるが、麻奈実が黒猫を“さん付け”で呼び、あやせを“ちゃん付け”で呼ぶのには理由がある。
麻奈実と黒猫は単に学校での先輩後輩という間柄でほとんど接点がないが、なんとあやせと麻奈実はリアル友達同士なのだ。
ちょっと不思議だろ?
読者モデルもこなす超絶美人、ラブリーマイエンジェルあやせたん。そしてこのおっとりを地で行く垢抜けない俺の幼馴染。一体この二人の間にどんな接点があって仲良くなったんだっつうのね。
絵面はまるきりお婆ちゃんとその孫なのに。
ちなみにこの件も、俺の中では七不思議に数えあげられている。
「そうだ。ねえきょうちゃん」
「ん?」
そんな埒も無い事に脳裏を占拠されていたら――心を読んだ訳でもあるまいに、麻奈実が攻勢に転じやがった。
「あのね、きょうちゃんと黒猫さんが学校で少し噂になってるて――知ってた?」
「なん……だと!?」
ちょうどお茶を飲もうと口元に湯飲みを運んだタイミングでの爆弾発言。それを受け俺は思わず盛大に噴き出してしまっていた。
ゴホゴホと咳き込みながら慌てて胸を叩く。話をしながら食を進めていたのが仇になった訳だが……つーか麻奈実さん、今なんと言いました?
俺と黒猫が噂になってるだって?
「噂って、どんな噂だよ?」
「えっとねぇ、高坂に年下の彼女が出来た、みたいな?」
「……それ、マジで言ってんのか?」
「うん。あくまで学校内での噂だけどねえ。ほら、こういう話ってみんな好きでしょ? 結構広まってるよ」
俺にハンカチを差し出しながら麻奈実がコクンと頷いている。
冗談の類じゃねえよなあ。こいつがこういう関係の話で嘘を吐くはずねえし。こうしてハッキリ言われてみれば、心当たりがないこともない。
例えば――足繁く黒猫を教室まで向かえに行ったり(ゲー研のこととか)
例えば――昼飯を一緒に食べたり(今は改善したが、昔はよく一人で飯食ってたりしたんだよあいつ)
或いは――下校する時に一緒に帰ってたりしたら(沙織と一緒に遊ぶ時とかな)
外部からはそう見えたのかもしれない。
「…………」
「きょうちゃん、こういう噂には疎いから知らないかなぁって思ってたけど、やっぱり気付いてなかったんだ」
「……ああ。全然。まったっく。これっぽっちもな」
「ほら、黒猫さんて目立つじゃない? きょうちゃん一緒の部活にも入ってるし、やっぱり周りからはそう見えるんじゃないかな?」
そう言いながら麻奈実が少し声のトーンを変え
「――“三年の高坂は二股を掛けている”――なんて話もあるくらいだよ?」
「ふ、二股どころか彼女すらいねーよっ!」
世間様は俺をなんだと思ってんの!?
モテない非リア充ですよ、チクショー!!
「黒猫さんのことをどう思ってるの? なんて訊かないけど。あやせちゃんのこととか、きっとこの先大変だと思う」
「何でここであやせが出てくんだよ? 黒猫のこと話してたんじゃねーのか?」
「さあ、なんでだろうねえ。だけど一つだけ確かなのは、きょうちゃんは稀にみる“お馬鹿さん”だってことかな」
「ひでーな! 確かにお前に勉強見てもらったりしてるけどよ、こう見えて俺だって頑張ってるんですよ!」
妹に無理やりエロゲーやらされたりしながらも、合間を見て勉強してるんだよ、本当に。
なのに麻奈実は
「だからきょうちゃんは“お馬鹿さん”だって言ってるんだよ」
なんて言いやがる。
「お前な……」
若干俺の幼馴染が刺々しくなってる気がするのは、はたして俺の気のせいだろうか? もしやあやせと付き合うようになって感化されちまったんじゃあるまいな?
あいつ俺のこと死ぬほど嫌ってるし。
それともこれが噂のベルフェゴールさんッ!?
「でもねきょうちゃん。わたしはいつでもきょうちゃんの味方なんだよ。だから何かあったら何時でも相談してね?」
子供を諭すような、赤ちゃんをあやすような優しい声音。
はっきり言って麻奈実が俺に何を伝えたいのか分からない。それでも茶化していないことだけは感じ取れる。
だから俺は、真剣に答えることにした。
「ああ。そん時は――困ったことがあったらそうさせてもらう。ありがとな、麻奈実」
「うん」
「けど今はこのお好み焼きを先に片付けようぜ。熱いうちに食わねーと味が落ちるぞ」
冷めちまったら折角の美味いもんが台無しだ。
そう思って食事を再開しようとした矢先、不意に俺の携帯電話が軽快な着信音を鳴り響かせる。
「……一体誰だ?」
ポケットから携帯を取り出し、ディスプレイに視線をやる。そして、その段階で一瞬固まってしまった。
何故かって? そりゃディスプレイに全く予想していなかった人物の名前が表示されていたからだよ。
画面に表示されていた名前は――伊織・
あのフェイトさんだったのである。