あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第十九話

 ――伊織・フェイト・刹那。

 

 最初に一言断っておく。

 驚くべきことに、この厨二病全開の痛々しい名前は“彼女”の“本名”なのである。

 簡単にどんな人かと説明すると――年齢的には二十代半ばくらいか。ぱっとみ中性的な雰囲気を持っている理知的な美人で、パンツスーツの似合う大人の女性だ。

 女の人にしては背はかなり高く、スレンダーな体型をしている。俺の知り合いの中で例えるなら、この前出会った美咲社長に雰囲気が似ているかもしれない。

 しかし、彼女を説明する上でどうしても外せない言葉がある。

 それは――伊織・フェイト・刹那は人間の“クズ”だということだ。駄目人間と言い換えてもいい。

 なに? 人を評するには言葉使いが悪いだって?

 悪かったな。この人との間には“色々”とあったんだよ。

 桐乃が留学する遠因の一つにもなったし、俺がゲー研で『エロゲーを作ろうぜ!』なんて口走ったのは、他ならぬこの人にそそのかされたからだ。

 年の近い友人って訳でもないし、出来ればあまり関わりたくない知人の一人。

 それが俺にとってのフェイトさんだ。

 

「……もしもし」

 

 少しだけ迷ったものの、結局俺は彼女からの電話に出る事にした。無視するという選択肢もあったけど、フェイトさんがどんな用件で俺に電話を掛けてきたのかが気になった。

 若干悪い予感はしたが、もし桐乃に関わる話だったら後で困る。

 この場に麻奈実がいるから気は引けたが、話だけ聞いて手短に終わらせれば問題ないだろう。

 

『ふふ。お久しぶりね京介くん。元気にしてた?』

 

 耳に響くアルトな声音。間違いなく電話の相手は俺の知る伊織・フェイト・刹那だった。

 ミドルネーム――未だに耳慣れない名前だが、以前クォーターだと本人が言っていた記憶がある。きっと祖父母のどちらかが外国の人なんだろう。

 

「まあ元気っちゃあ元気ですけど……いきなり電話してきてどうしたんです? 何か俺に用でもあるんすか?」

『あら? 用が無ければ電話をしてはいけないの?』

「はあ?」

『――フフフ。ねえ、京介くん。今、私がドコにいるか当ててみて? 正解したらご褒美をあげるわよ?』

「…………えっと、意味分かんないんで、もう電話切ってもいいっすかね?」

『ちょっと、まだ何にも用件話してないじゃない!』

 

 受話器の向こう側で血相? を変えるフェイトさん。

 ならさっさと本題に入ってくださいよ。そう思ったのも束の間、彼女は若干声のトーンを落とすと

 

『じゃあこう言い換えましょう。――京介くん。見事ボクを見つけ出すことが出来れば、お姉さんがとってもイイことをしてあげよう。それもとびきりエッチなやつだ。なに礼はいらないよ。労働に対する当然の対価というやつだね」

「……非常に言いにくいんすけどフェイトさん。そこはかとなく“昔”に戻っちゃってます」

『あらら、私としたことが。どうしてか最近ぽろっと口調に出ちゃうことがあってねぇ。これもキミ達に影響を受けた所為かしら?』

 

 それ、間違いなく黒猫の影響です。

 

『ま、エッチなご褒美云々は冗談だけど――たしか京介くんは妹萌えだったかしら。なら“お兄ちゃん”って呼べばご褒美になるわよね?』

「どんな罰ゲームですか、それ!」

  

 あ……頭が痛くなってきやがった。

 遥か年上のお姉さんから“お兄ちゃん”なんて呼ばれてるのを誰かに見られた日には、俺の存在そのものが社会的に抹殺されてしまう。

 つーかさ、何でみんな俺をシスコンだの妹好きだのと勘違いしてんの? 

 要因があるなら納得もするが、そんな要素は皆無だろうが。

 ちっとばっかし妹もののエロゲーやってたり、知り合いに年下の女の子が多いってだけで、妹好き属性など微塵もないと断言できる。

 全く、理解に苦しむ現実だ。

 

『そういうの、現実逃避って言うのよ京介くん』 

 

 何処に突っ込んでんだよ、アンタッ!?

 それとも心の声が口に出てたのか!?

 

『はいはーい。タイムリミットが近づいてまーす。万一時間切れの場合は、京介くんの身に最大級の不幸が振りかかる結果になるかもしれません』

「じ、冗談でもやめてくださいよ、そういうの。それでなくても嫌なことがあって落ちこんでんスから」

 

 アダルトデパート訪問の件で、桐乃と黒猫に吊るし上げられたのは記憶に新しい。

 いや、本当マジで怖かったし。

 

『ふふん。残念だけど冗談じゃないわ。だって京介くんにはハッキリと女難の相が出ているんですもの。きっと近いうちに修羅場にでも巻き込まれるんじゃない?』

「……修羅場ってどういう意味の修羅場っスか?」

『知らないの? 修羅場って言うのはね、元は阿修羅と帝釈天とが戦う場所のことで、転じて凄惨なる戦いの場所をさす言葉よ。現在では男女間の痴情のもつれからくる争いのことを指すのが一般的ね。若いからって二股とかかけてると後が怖いわよぉ?』

「いやいや二股とかかけてねーし! つーか彼女いねーし! というかそんなこと聞いてんじゃないっすからねっ!」

『嘘おっしゃい。ほら、あなたの妹さんという設定の娘がいたじゃないの』

「設定って……」

『ほら、私達が初めって会った時の』 

「あれは、その……色々事情があったつうか……とにかく違いますから! 変に勘ぐらないでください!」

 

 もしかして俺フェイトさんに苛められてんの? 

 修羅場とか一番俺に縁のない代物ですよ。というか“女難の相”が出てるって、向こうから俺の顔でも見えてるのかっつうのね。

 

「ね、ねえきょうちゃん。あの人ってもしかして……」

「んあ?」

 

 そんな益体も無いことを考えていたら、対面に座っている麻奈実が恐る恐るといった風情で俺の背後を指差した。それに釣られて振り返ってみれば――

 

「げえっ!?」

「はぁーい。やっと気付いてくれたようね」

 

 スマホを片手に器用にウインク。

 俺達と同じように鉄板付きのテーブルに陣取っていたフェイトさんと、バッチリ目線が合ってしまった。

 

 

 

「……ビックリして心臓が止まるかと思ったッスよ。いきなり電話してきたと思ったら同じ店の中で飯食ってんすから」

「それには私も同意見ね。遅めの昼食を取っていたら入り口から見覚えのある顔が入ってくるんだもの。いつ気付いてくれるかなぁって思って見つめていたのに……京介くん、あまり周りに感心ないみたいだったから」

 

 そう言って対面に座ってみせるフェイトさん。軽くスマホを振って見せているのは気付かなかった俺に対する当て付けか。

 ちなみに今は俺と麻奈実とフェイトさんの三人で同じテーブルを囲んでいる。どうせなら一緒に食べようということになり、彼女がこっちに引っ越してきたのだ。

 その折に麻奈実とフェイトさんは、互いに簡単な自己紹介は済ませてあった。

 

「こんにちは。田村麻奈実です。えっと、きょうちゃんのお知り会いの方ですか?」

「ええ。伊織・フェイト・刹那よ。京介くんとは……そうね。因縁浅からぬ仲というやつになるのかしら」

「ふえ? い、因縁浅からぬ仲?」 

「真に受けるな麻奈実。フェイトさんはただの知人だ。こっちから電話かけたこともねえ間柄だよ」

「相変わらずキツイわね京介くん。お姉さん、ちょっと傷ついちゃったわ」

「この程度で傷つくような玉ですか。それと俺の幼馴染に余計なこと吹き込まないでください」  

 

 ったくよ、どんな自己紹介だっつうのね。

 けど初対面で喧嘩をおっぱじめた黒猫とあやせとは違い、思ったよりも二人は打ち解けて会話を交わし始めていた。麻奈実は誰とでも仲良くなれる奴だし、フェイトさんだってそれなりに大人だ。

 剣呑な雰囲気を醸し出すことはないだろう。

 

「ふぅん。でも京介くんの幼馴染さんねぇ……」

「あの、なにか顔に付いてますか――その、そーすとかっ?」

 

 幼馴染というフレーズが興味を引いたのか、フェイトさんがじーっと麻奈実の顔を見つめている。

 特別目を引くような容姿はしてないはずだが…………もしやフェイトさん、眼鏡萌えとかじゃなかろうな?

  

「あなた、麻奈実さんって呼んでもいいかしら?」

「はい。構いませんけど……」

「初対面でこう言うのもアレだけれど――麻奈実さんって何処かラスボス臭いわね」

「ら、らすぼす!?」

 

 ラストに君臨するボス。略してラスボス。RPG等で最後に待ち構えている敵のことである。

 麻奈実はどっちかっていうと敵っつうより宿屋のお婆ちゃんって感じだと思うんだが……。

 

「そう。ラスボス。麻奈実さん実は裏で糸を引いていて、最後に美味しいところだけを持っていこうとしてないかしら?」

「い、一体なんのこと~!? ふぇええ……きょうちゃ~ん」

 

 助けてくれとばかりに麻奈実がこっちを振り仰いでくる。 

 若干涙目になっている我が幼馴染。可哀想なので助け舟を出して話題を代えることにした。

 

「けど、少しだけ安心しましたよ。フェイトさん思ったより元気そうなんで」

「安心って、どうして?」 

「こうやって店で飯が食えるってことは、それなりに状況は改善したんですよね?」

 

 以前会った時、彼女は極貧に喘いでいた。

 というかぶっちゃけてしまえば、派遣切りに遭ったフェイトさんはろくに飯も食えない状況に陥っていたのである。“このままだと餓死しちゃうかも”なんて呟いちゃうくらいどん底まで堕ちていたのだ。

 その哀愁漂う背中があまりにも可哀想だったんで、飯を奢ったりしたんだが……。

 

「あん時は年収がフリーザ様第一形態の戦闘力と拮抗してたみたいッスけど、一回変身するぐらいのパワーアップは遂げたんですか?」

「フフン。あまり私を舐めないで欲しいわね、京介くん!」

 

 冗談で言った言葉に対し、パンッとテーブルを叩くことで返してくるフェイトさん。

 薄い胸を張っている姿は何処か誇らしげだ。

 

「一回変身したフリーザ様の戦闘力って、確か100万以上は確実よね?」

「え? まあ、そんなもんスね」 

「――聞いて驚かないで。年収100万どころか遂に借金が53万を超えちゃった。――てへっ」

 

 てへっじゃねええええええぇぇぇッッ!!

 可愛く舌を突き出しても駄目ッ! 駄目ッ! 

 アンタさ「やるだけやってみるつもり。私に出来る事を――精一杯」って格好付けてたよね? 

 それ見て社会人って大変だな。格好良いなって思っちゃったよ!

 

「ほら、私って一人暮らしで頼れる身内もいないじゃない? 派遣の仕事はクビになっちゃったし、中途採用試験を受けたら超圧迫面接で死ぬかと思ったし……当然試験も落ちちゃって、公園の野草なんかで飢えを凌いだ時期もあったくらいよ」

 

 それって某黄金伝説に出れるレベルじゃ?

 つーか益々ダメ人間っぷりに拍車がかかってるんじゃねーかこのお姉さん。

  

「そんな状況で暢気にお好み焼きなんて食ってていいんですか? 金とか大丈夫なんですか?」

「心配してくれてるのね、京介くん。ありがと。でも大丈夫。実はこの前――桐乃ちゃんからお金を借りたところだから」

「は?」 

 

 き、桐乃から金を借りた……だと? 

 この姉ちゃん、なに人様の妹から勝手に金借りてんの? もう大人としてのプライド捨てまくりですよね!? 

 不義理したら例え年上でもはっ倒しますから。

  

「だから今それなりにリッチなのよねぇ。こうして会ったのも何かの縁だろうし、ここの払いは私が持つわ!」

 

 そう宣言するや、颯爽と財布を取り出すフェイトさん。

 目が――瞳が輝いている。

 いや、それ元々桐乃の金ですよね。奢られてもいまひとつ有り難味がねえっつうか……。

  

「あ、あれ? おかしいわね。まだ諭吉さんが何人か……」

 

 なのに急にフェイトさんの面に影が差した。ガサゴソと財布を覗き込む彼女の顔色が、だんだんと青白いものに変化していく。

 一体何が彼女をそこまで苦しめているのか。

 その答えは――

 

「ごめんなさい、京介くん!」

 

 ぱんっと空中で両手を合わせ、頭を下げてくるフェイトさん。続き彼女は臆面も無くこう述べた。

 

「……食事代、貸してくれない?」

 

 ――駄目だコイツ。早くなんとかしないと。

 草原かどっかに埋めちゃうのもアリかもしれない。

 そう思ってしまった俺を誰も責めることは出来ないんじゃねーかなぁ。

 

「ち、違うのよ。使っちゃったとかそんなのじゃなくて……計画的に使おうと思ってあまり財布にお金を入れないようにしていたの! なのに諭吉さん勝手に歩いていなくなっちゃうから……って、な、なによその冷たい目は? 確かに借りて速攻FXで溶かしちゃったりしたけど、まだまだ挽回できるはずなの! だからここの代金はすぐに返せると思う!」

 

 熱弁を奮うフェイトさんが哀れで哀れで堪らない。

 

「いえ……もう諦めてますんで。というか元々こいつに奢るつもりで来てましたし、少しくらい出費が増えても変わりゃしねえっすよ」

「そ、そう? 悪いわね。ならもう一品くらい頼んじゃおうかしら」

「なん――だと!?」 

 

 怒りの為か、握った拳がぷるぷると震えている。本気で女を殴りたいと思ったのは桐乃に次いで二人目だよ!

 結局フェイトさんにもう一品追加してあげてから、俺達は店を出ることにした。

 

 

 

「ごちそうさま、きょうちゃん。とっても美味しかったねぇ」

「ああ。今度はロックの奴でも連れてくるか。三人でまた来ようぜ」

「それいいねぇ。あの子もきょうちゃんに会いたがってるし、休日にでも話してみるよ」

 

 嬉しそうに表情を緩める麻奈実を見て、少しは恩返しが出来たようだと満足する。

 

「じゃあお店の手伝いもあるし、わたし帰るねー」

「おう。気を付けて帰れよ。んでもって途中で買い食いとかすんじゃねーぞ、麻奈実」

「もう。いくらわたしでもそこまで食いしん坊じゃありませんよーだ」

 

 ぷうっとほっぺを膨らませ、怒ったように背中を向ける麻奈実。そしてそのまま数歩進み――途中でくるりと振り返ってきた。

 

「ばいばーい」

 

 ぶんぶんと手を振る姿は年齢より随分幼く見える。

 昔はよく見た光景だ。

 一緒に遊んだ別れ際にこうやって手を振りあったもんだっけ。懐かしさに背中を押されたのか、自然と俺の手も上がりかけて――無理やりそいつをポケットに捻じ込む。

 結局俺は、角を曲がって麻奈実の姿が見えなくなるまで、あいつの背中を視線で追っていた。

 

「さぁて、俺も帰るとするか」

 

 反動を付け、持っていた鞄を肩掛けにする。そのタイミングを見計らったかのように、後方から甲高い女の子の声が響いてきた。

 曰く――高坂くん、と。

 一瞬麻奈実が戻ってきたのかとも思ったが、呼ばれたのは苗字の方だ。

 どっか聞き覚えのある声に振り返る。

 

「おーい、高坂くーん!」

 

 てってってと駆け足で近寄ってくるお下げ髪の女の子。

 年齢的には小学校高学年くらいで、動作の端々から快活な印象を受ける。周りに人気はないので、俺のことを呼んだと思うんだが、確かこの子は……。

 

「やっぱり高坂くんだ。ひっさしぶりーってほどでもないか。元気だった?」

「お前、確か黒猫の――」

「妹の日向だよ。なんか地味で見覚えのある背中が見えたから走ってきたんだけど、やっぱ冴えないね。キングオブ普通、みたいな?」

「普通で悪かったな! つーか会っていきなりそれはねえだろ」

「ごめんねー。でも別に高坂くんが特別かっこ悪いとかそういう意味で言ったんじゃなくって、なんていうかさ、ハードルが高かったから。そのぶん評価も厳しくなっちゃたんだよ」

「ハードルが高いって、なんで?」

 

 妙なことを言いやがる。

 何で黒猫の妹が、それもほとんど面識のない俺へのハードルを上げてんだ?

 

「だってルリ姉が――たぶん高坂くんのことだと思うんだけど、ベタ褒めしてたからさ。どんな人なんだろうって想像くらいするじゃん?」

「く、黒猫が? 俺のことを褒めてた……? マジで?」

「うん。あたしはてっきりルリ姉の脳内彼氏のことだと思ってたんだけど、ほらこないだのお祭りで会ったじゃん。そん時の反応を見て“きゅぴーん”ときたんだ」

 

 女の勘っていうやつよね。と胸を張る日向ちゃん。つーか、脳内彼氏とか実の姉に対して容赦ねえなこの娘。

 おそらく彼氏云々ってのは、黒猫が小説の設定でも考えてた時のことなんだろうが…………褒められてたって聞かされると、なんつーか気恥ずかしいもんがあるな。

 

「あれぇ~? 高坂くんにやけてる~。ルリ姉に褒められて嬉しいんだ?」

「に、にやけてなんかいねえよ! 俺は……いつもこういう顔をしてる」

「もう、素直に喜べばいいのに。男のツンデレなんてみっともないだけだよ?」

「うっせえよ!」

「にひひ。というわけであたしは悪くない!」

「開き直んなや!」

 

 いい性格してるぜ全く。まあ嫌味が全然含まれてないし、俺も言葉ほど怒っているわけじゃない。というより会話のテンポが良く人懐っこいので、日向ちゃんの相手してると楽しくなってくる。

 まるで年の離れた妹が出来たみたいな感覚。見た目も黒猫に似てるしな。

 そう思っていたら

 

「――京介くんってシスコンじゃなくてロリコンだったの?」

「うわああああッ!!」

 

 突然背後から掛けられた声に心臓が跳ね上がった。

 

「フ、フェイトさん!? いつからそこに!?」

「いつからって、今出てきたところよ。けどねぇ京介くん。小学生は駄目だと思うのよ。だって犯罪になるのよ? キミも特殊な性癖を持って苦労しているかもしれないけれど――」

「待った! 待ってくださいフェイトさん! 一体なんの話をしてるんですか!?」

「だから京介くんがロリコンだって話。知らないかもしれないけど、小さい女の子とのわいせつな行為は淫行といって法律で罰せられる可能性が――」

「俺はこの子と話をしてただけですってば!」

「話をしてからどうするつもりだったの? 取りあえず落ち着きなさい京介くん」

 

 お前が落ち着けフェイトッ!

 その後フェイトさんに十五分かけて日向ちゃんの素性と事情を説明した。しかし道端で小学生女児と話していただけで犯罪者扱いされるとは思わなかったぜ。

 

「高坂くん。友達は選んだほうがいいと思うよ?」

 

 そしてどうして俺は小学生女児にぽんぽんと背中を叩かれているんだろう。

 そこはかとなく悲しくなってくるシチュエーションである。

 ――と、そこで日向ちゃんが左手にハンカチに包まれた四角い物体を持っているのに気付いた。

 この形状と大きさは……弁当箱か?

 

「あ、これ?」

 

 俺の視線から意図を読み取ったのか、日向ちゃんがその包みを掲げる。

 

「実は今からルリ姉んトコにこれを届けに行くところだったんだ。なんかバイトで今日は遅くなるらしくってさ」

「バイト? 黒猫の?」

「うん。興味ある? なんなら高坂くんも一緒に来ちゃう? そんなに遠くない場所だしさ」

 

 快活な笑顔を浮かべながら、日向ちゃんはそう言ったのだった。

 

 

  

 


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