あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第二十二話

「あなたは一体何を考えているの。これから私達が作るものはカレーなのよ?」

「知ってるよ? だから一緒に食材選んであげてんじゃん」

「選んでって……その手に持っているのものはなに? 何処からどう見ても椎茸じゃないの」

「シイタケってきのこっしょ? うちのカレー、時々マッシュルームとか入ってるよ?」

 

 俺達は今大型スーパーの食料品売り場にいる。

 今の会話は前を行く桐乃と黒猫の話が耳に飛び込んできたものだ。

 

「あのね、きのこというカテゴリーは一緒であっても、マッシュルームと椎茸はまったく別の物よ。……先輩、あなたからも何か言って頂戴」

 

 あなたの妹でしょう? そういうニュアンスを含めた問いと共に、黒猫が振り返ってきた。

 だが、この問いに対する返答は簡単だ。 

 

「別にいいんじゃねえか? カレーって何入れても美味いし、なんつっても最強だしな」

「最強……ですって?」 

 

 開いた口が塞がらないとばかりに、目を見開いて硬直する黒猫。その直後に小さく息を吐くと、ぷるぷると小刻みに震えだした。

 

「……っふ、ふふ。素晴らしいチャレンジ精神だわ。けれど素人が料理で冒険するのは、とても愚かしい行為だと言わざるを得ないわねえ」

「おまえ素人じゃねえじゃん。この前家でもよく料理してるって言ってたじゃねーか」

「それはそうだけれど……椎茸を入れて作ったことなんかないし……」

「大丈夫、大丈夫。あたしも手伝ってあげるからさ。なんだったらこっちのキウイも入れてみない? 南国風カレーとか如何にもって感じで美味しそうじゃん!」

「椎茸だけで結構よっ」

 

 全くこの兄妹ときたら……と口にしながらも、黒猫は俺が持っている買い物かご(カートに乗せている)に椎茸のパックを投入した。

 なんのかんの言いながら桐乃の希望を取り入れるあたり、実にコイツらしいと思う。

 まあ桐乃の手伝い自体は阻止するとして、黒猫に任せておけば大惨事は起こるまい。そう確信しながら、俺はかごの中の食材を並べ直した。

 

「やっぱカレーっていったら付け合わせにサラダも必要だよね! 出来合いの物を買ってもつまんないしィ、ここはあたしが一肌脱いで――」

「おい待て、桐乃」

 

 サラダと口にしながら、何故か鮮魚コーナーへ赴こうとする妹を制止する。その声を受け立ち止まった桐乃は、やや不満気に眦を下げながら俺をねめつけてきた。

 ちなみに妹の桐乃は、普通のクッキーを石炭に変貌させる程度の料理技量を備えているので、俺の行為は賞賛に値するものと思ってもらいたい。

 食卓に暗黒物質(ダークマター)が上るのはご免被るぜ。

 

「……なに? アンタ何か文句でもあんの?」

「文句なんてねーよ。ただサラダにまで手を回す余裕はねえと思うんだ。俺は料理の役には立たねーし、黒猫を手伝えるのはお前だけなんだぜ?」

 

 言いながら、完成品のサラダをかごの中に放り込む。

 先に既成事実を作っちまえばこっちのもんだ。

 

「カレーつっても材料切ったり下ごしらえは必要だろ? 沙織は沙織でやることがあるみたいだしよ、黒猫のサポートはお前にしか頼めないんだ」

「え?」

「これでも頼りにしてんだぜ、桐乃」 

「そうなんだ……。あ、あんたがそこまで言うなら……黒いののサポートしてあげてもいいんだけどぉ」

 

 若干照れくさそうにもじもじと親指を合わせながら、桐乃がすっと目線を逸らした。

 っへ。我が妹ながらチョロイ奴だぜ。

 

「お前と黒猫が作ったカレー、きっとうめえんだろうなぁ! 想像するだけで涎が出てくるってもんだ!」

「っち。しょうがないなぁ~~~~。ホントはあたしも積極的に料理製作したいんだけどぉ、そこまで頼られたら嫌とは言えないしぃ、今回だけはサポートに徹してあげる!」

 

 勘違いしないでよねってなもんだが、これで桐乃の誘導はうまくいった。料理の味に関する部分に携わらせなければ(材料切るくれーなら)深刻な問題は起こさねえだろ。

 

「……先輩がそこまで期待してくれているのなら、少しだけ張り切ってあげてもいいのよ?」

 

 なんて、黒猫まで照れていたのは全くの想定外だったが。

 

 

 

 ――と、どうして俺達がこんなことをしているのかと言うとだ、説明する為には少しだけ時間を遡ることになる。

 その日、俺達は朝から集まりアニメ映画を観に行っていた。

 参加者は俺と桐乃と黒猫と沙織。

 とある理由から俺が二人を映画に連れていくことになり、それならばと沙織も誘って四人で出発することにしたんだ。

 知っての通り三人ともオタクだが、それぞれ趣向が違うので、観る映画にはかなり気を使ったのは言うまでもない。

 

「うっひゃぁ~~~~! 映画超面白かった! もうね、大! 満! 足!」

 

 映画館を出るなり、桐乃が嬌声にも似た奇声をあげ周囲の目を引いている。

 正直、近くにいる俺達からしたら迷惑この上ない行為なんだが、こうなった桐乃が簡単に止まらないことは、俺も含め黒猫も沙織も知っていることだ。

 

「ねえねえ、最後の展開とか超ありえなくない? 引き裂かれた二人が再び巡り合うなんて、もっっっっう最高だよねっ! 萌えるっていうか――燃えた!」

「最高ですって? ご都合主義も甚だしい無理やりなハッピーエンドじゃないの。こんなアニメを観て喜ぶのは訓練された萌え豚だけよ。マスケラの重厚さを見習って欲しいものだわ」

「そんなこと言ってぇ~、あんた最後のほう涙ぐんでたじゃん?」

「あれは、その、目に……ゴミが入っただけよ。きっと空調設備が壊れていたのね」

「ぬっふっふ。相変わらず黒猫氏は素直じゃありませんなぁ。顔に“とても満足したわ”と書いてありますぞ?」

「な、何を言い出しているの、このぐるぐる眼鏡は……。妄言もほどほどにしなさい。闇の眷属たる私が……あんな子供向けアニメを見て満足するわけ……」

 

 かぁっと頬を紅潮させながら言い訳を並べ立てる黒猫。

 黒猫言語マスターの俺からしたら、『とても面白かったわ』と言っているようにしか聞こえない。

 

「面白かったら面白かったって素直に言えばいいのに、ばかじゃん?」 

「実際良く出来たアニメでしたなあ。燃えあり、且つ萌えもあり。ストーリーに一本筋も通っていて、声優さんもキャラにバッチリ合っていたでござる」

「ねー! ヒロインを演じていた声優さんメルルの一期に出てたよね? 実は前から目を付けてたんだ!」

「……確かマスケラにも出ていたわね。一話限りのモブ役ではあったけれど」 

「ん~~~! アンタにしては良い映画選んだんじゃん。仕方ない。しゃくだけど今日だけは特別に褒めてあげる」

「何で兄貴が妹に“特別”に褒められなきゃなんねーんだよ……」 

 

 両手を腰に当て、尊大な態度で俺を見据える桐乃。顔はにこやかだが、とても他人を褒める態度とは思えないあたり、どうやら絶好調の様子だ。 

 まあ、三人とも楽しそうなんで、この映画を選んで良かったとは思うがな。

 やっぱりこいつらは揃って集まってる時が一番輝いて見える。

 桐乃も黒猫も沙織も、誰はばかることなく自分の趣味を全開にして、思い切り語り合える相手なのだ。

 楽しくないわけがない。

 

「そういえば先輩。これからどうする予定になっているのかしら? まだ時間は余っているけれど」

「いや、特に決めてねえけど……」 

「じゃあさゲーマーズとか色々冷やかしに行ってみる? あたし欲しいゲームがあるんだよねぇ」

「どうせ妹もののエロゲーでしょう? それならヨドバシかソフマップでPC用品でも見ていた方が有意義だわ」

「そういやあんた新型のペンタブが欲しいとか言ってたっけ?」

「ええ。もうすぐ夏コミだし、価格相応の品があれば買い替えもやぶさかではないわ」 

「別に一箇所に絞る必要とかねえし、全部回ったらいいんじゃねえか?」

 

 遠出して来ているとはいえ、早朝から出発したのでまだまだ日は高い。映画を観た後のプランは考えていなかったが、解散するという選択肢はなさそうだ。

 

「けど俺腹減ったよ。先に何か食おうぜ」 

 

 メシでも食いながらゆっくり相談しよう。

 その案に対して、意外にも反対意見を述べたのは沙織だった。

 

「待ってくだされ! 実は拙者、折り入って皆にお願いしたいことがあるのでござる」

「お願いって、どっか行きたいところでもあんの?」

 

 あまりこういう事に対して自己主張しない沙織の言葉に、俺達は暫し耳を傾ける。だが言葉を濁しもにょもにょと喋る沙織の態度に誰もが眉根を寄せた。

 俺達の知っている沙織・バジーナは、こんな風に言葉を濁したりせず、それどころか強引に話を進めるタイプだ。

 自分のことじゃなく他人のことについてとの注釈は付くが――万事全て拙者にお任せくだされ! ってなもんで、ついつい俺達も沙織に頼る癖がついてしまっていたほどなんだが……。

 勿論、このままじゃ駄目なんだと戒めてはいるんだぜ。

 

「そのですね……せ、拙者……拙者の……」 

  

 だから沙織の頼み事なら大抵の事は引き受けるつもりでいる。

 それは桐乃も黒猫も同じはずだ。

 

「なに? めっちゃ言い難いことなわけ?」

「そうでもないのでござるが……恥ずかしいというか……」 

「――っふ。何を遠慮しているの? それだけの図体をして縮こまっていても見苦しいだけだわ。それとも自分の身体を使ってサイコガン○ムの変形機構でも再現しているつもりなのかしら」

「さ、サイコ――!?」

「あ、それあたし達が始めて会った時にも言ってたよね? サイコガン○ムとかビグなんとかって。普通のガン○ムとは違うの?」

 

 初対面の沙織に対して、黒猫は“サイコガン○ム”か“ビクザム”とでも名乗りなさい、と言い放ったのだ。

 当時の俺も桐乃もいわゆるガン○ムには詳しくなかったので、いまいち想像出来なかったんだが、今なら黒猫の言わんとしたことが理解できる。

 分かり易く言うとでっかいガン○ムだ。

 桐乃は今でもあんま詳しくねえけど、今の俺は一年戦争から脈々と続く系譜を、他ならぬ沙織から“無理やり”レクチャーされたおかげでそれなりに詳しくなっていた。

 

「ふーん。それってデストロイガン○ムとは違うわけ? 聞いてたら頭ん中からそれが出てきたんだけど」

「違うわ。まったくの別物よ。はっきり言うとパクリね」

「そこはオマージュと言ってくだされ、黒猫氏……」

 

 得意分野の話が出てきたからか、沙織に若干の気力快復の兆しが見えた。

 そこで再び注目が彼女に集まり――沙織は大きく咳払いしてから

 

「じ、実は――拙者の家に皆を招きたいのでござる!」

 

 と、予想外の発言を放ったのだった。

 

 その後はもう仰天の連続だった。

 まず沙織の家が超ヤバイ。何がヤバイって

 

「え? ここって全部お前ん家なの? マジで?」

「拙者の家と申しますか、このマンション自体が両親の持ち物でして、それを拙者が間借りしているのでござる」

「それって、このマンション全部が“私の部屋”ということになるのではないの?」

「ええ、まあ」

「うわ、リアルお嬢様じゃん!? なんかチョット悔しいぃ!」

「……とんだブルジョワだわ」

 

 高級住宅街の中心地。そこに立つ瀟洒で綺麗な高級マンション。

 なんか学校に通うという名目で親元を離れる際、用意されたのがこの“部屋”だったらしいのだ。ちょこちょこそんな片鱗は見えちゃいたが、まさかここまでの金持ちだとは思わなかった。

 金ってのはあるとこにはあるもんだぜ。

 で、当然の如く部屋自体はあまりまくってるのだが、そこはオタク! 

 金持ちでもやることは変わんねえつーか、金持ちだからこそ度が過ぎてるっつうか、もうありとあらゆる部屋がオタ部屋と化していたのだ!

 まず最初に桐乃が壊れた。

 

「……え? なに? 信じらんない!? ここって超天国|(パラダイス)なわけ!?」

 

 部屋中に散りばめられたガラスケース。そこに収められていたのは無数の美少女フィギアだった。

 大きな物から小さな物まで。その種類は千差万別。

 中には桐乃の奴が大好きなメルル関連も集められていて、あいつは時間にして十分以上もそのガラスケースにカエルのようにへばりついていた。

 

「うへへぇ。じゅる。うぅ~~メルちゃん可愛いよぉー。なにこれ、なにこれ!? あたしを殺す気!? 殺す気なの!?」

 

 だらしなく目尻を下げ、うへうへ笑う姿は我が妹ながら実に気持ち悪い。

 こいつ仮にも自分がモデルだってこと忘れてねーか? 

 って、あ~あ、よだれ垂らしやがって。ファンがそんな姿見たら幻滅すっぞ。

 

「ヤバイヤバイヤバイヤバイ! ここ超ヤバイって! もう本当ヤバすぎぃぃ!」

 

 どう考えてもヤバイのはお前である。

 

「決めた! あたし今日からここに住む!」

「ふざけんじゃねえ!」

 

 次に壊れたのは黒猫だった。

 

「…………ここはどういうコンセプトの部屋なのかしら?」

「率直に言うとゲームセンターでござる。アーケードゲームからコンシューマまで色々と揃えて……おや黒猫氏? ゲーマーとしての血が疼きますかな?」

 

 比較的古いゲームが集められているのか、そこはまるで子供の頃にタイムスリップしたような感覚が味わえる部屋だった。

 電源は入っていないが、ゲーセンにあるような筐体が壁際に並べてあり、一角にはブラウン管テレビ(わざとそうしているらしい)が集められ、往年のゲーム機がキッチリと繋げられていた。

 スーパーファミコンにゲームボーイ。後はちょっとわからねえが、黒いのやら灰色のやら白いのやら、とにかく一杯盛り沢山だ。

 

「この、黒いゲーム機はなに?」

「それはメガドライブでござる。何かとネタにされるSEGAでござるが、海外ではSNES(スーファミの海外名らしい)ともタメを張れるほと売れたハードですぞ」

「これが伝説の……。確か合体した際には三つのACアダプターが必要だと聞いたけれど……初めて見たわ」

 

 合体? ゲームハードが合体すんの? んな馬鹿な。

 

「良くご存知で。メガドライブ、メガCD、そしてスーパー32X。一つのゲームをする為にコンセントを三つも使用するとは、いやはやSEGAはユニークでござるなぁ」

「是非、プレイしてみたいわ」 

 

 桐乃と同じように目を輝かせながら、いそいそとゲーム機を組み立てて行く黒猫。その後も目に入ったゲーム機の説明を沙織に求めては狂喜乱舞していた。

 こいつもやっぱ根っこからゲームが大好きなんだな。

 ソフトを選ぶ目がキラッキラしてるもんよ。

 

 

 とまあこんな感じで部屋を見て回る度に誰かしらはっちゃけるもんで、気付いたらかなりの時間が経過していた。

 そうなると当然腹も減ってくる。

 ここで冒頭に話が繋がる訳だ。

 朝から遊び倒した俺達の集大成として、夕飯も自分達で作ろうということになり、三人で近所のスーパーまで買い物に来たというわけ。

 ちなみに沙織は、部屋の片付けやらなんやら用事があるというので、マンションに居残っている。

 

「ん、あんたこれ持って」

 

 買い物を済ませスーパーを出た直後、桐乃が俺の目の前にビニール袋を突き出してきた。

 食材以外にもお菓子だとかジュースだとか、かなり好き勝手買い物しまくったので、結構な荷物量になり、それぞれ一つずつ大きな袋を提げていたのだ。

 

「なんで俺が――」

「あんた男でしょ? こういう時くらいしか役に立たないんだからさぁ、文句言わないで持ちなさいよ」

「……へいへい。謹んで持たせて頂きますよ、お嬢様」

「うっわ。お嬢様とか、キモいっつうの!」 

 

 俺は今たぶんこいつを殴っていい。許されるはずだ。

 

「ふふ。そうやって日々妹に調教されているのね先輩は。私も真似てみようかしら」

「お前も桐乃に影響受けてんじゃねーよ……つーか、頼むから止めてください」

 

 家で桐乃にいびられるだけでも限界っだてのに、その上学校で黒猫にまで苛められたら、俺の心が休まる暇がねえ。

 一気に弓兵レベルまで磨耗しちまうよ。

 そう思いながら、俺は受け取った袋を左手に纏め、空いた右手を黒猫の前に差し出した。

 

「え?」

「そいつもよこせ。ついでだし持ってやるよ」

「い、いいわよ、私は。第一先輩に持ってもらう理由がないし……」

「ついでだって言ったろ。二つも三つも変わりゃしねーって」

 

 半ば無理やり黒猫から袋を奪い取り、そそくさと歩き出す。

 後であーだこーだと言われると面倒だしな。

 だから俺は、後ろで黒猫が“ありがとう”と呟いた言葉を、耳で拾うことが出来なかったのだ。

 

 

 


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