あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第三章
第二十五話


『――上手に焼けましたぁ~!』

 

 軽快なBGMと共にファンファーレが鳴り響き、こんがりとお肉が焼けたことをプレイヤーに知らせてくれる。

 それを現すように、画面内のキャラクターが、骨のついた大きな肉の塊を天空へと掲げていた。

 

「ククク。これくらいの業は千葉の堕天聖と呼ばれる私からすれば児戯に等しいわ。目を瞑ってたって“こんがり”と焼けてしまうもの」

 

 誇らしげな表情で肉を掲げているプレイヤーAさん――仮にここでは黒猫と呼ぶ――が、陶酔したように甘美な声を発しながら、隣にいるプレイヤーBさん――仮にここではあやせと呼ぶ――に蔑んだような視線を送っていた。

 

「ほらほら、どうしたの? この程度のゲームなんて簡単にこなしてみせるのでしょう?」

「……だから、今やってるじゃないですかっ。気が散るんであまり話し掛けないでください!」

 

 真剣な面持ちで画面を食い入るように見つめるあやせさん。

 彼女が手に持った携帯ゲーム機を操作するのに合わせて、先程と同じく軽快なBGMが流れ出す。

 

「えっと……音楽が終わってからだから――ええいっ!」

 

 タイミングを合わせ、ポチっとボタンを押すも……結果は生焼け。

 失敗を告げる演出と共に、画面内のキャラクターが落胆したように俯いていた。

 

「あうう……」 

 

 現状を説明すると、ここは俺の部屋の中である。で一体何をしているかといえば、携帯ゲーム機で協力プレイをしている最中なのだ。

 遊んでいるゲーム名は『モンスターハンター』

 かなり有名なゲームなんで聞いたことがある人も多いだろうが、簡単に説明すると、フィールド上に散らばったアイテムを採取しつつ、徘徊するモンスターを倒し素材をゲット。それらを合わせて新たな装備を入手し更なる強敵へと挑んでいく。

 とそんな感じのアクションゲームである。

 

「あらあら。どうやら生焼けになってしまったようねぇ。その前は真っ黒に焦がしていたし――こんがり肉すらまともに入手できないなんて、モンハンをプレイする資格以前の問題よ」

  

 勝ち誇ったように微笑みながら、黒猫(超玄人)があやせ(ド素人)を見下ろしている。

 その視線の圧力に耐えながら(身体がぷるぷる震えてた)も、何とかあやせは肉焼きを再開していく。

 

「……ぐぐっ。お、お兄さん! 音楽が終わった直後にボタンを押せば良いんですよね!? きちんと押してるのに……壊れてますよ、このゲーム!」

「あ、いや。若干のタイムラグがあるんだよ。ほらよっく画面みてみ? 肉の色が茶色に変わった瞬間を狙って押せば大丈夫だ」

「え? 音楽じゃなくって画面ですか? ……って、ど、どど、どうしたら――」

「ほら、余所見してっと機を逃すぞ――って、今だ!」

「ええいっ!」

 

 タイミング良くボタンをぽちっとな。 

  

『――上手に焼けましたぁ~!』

「きゃあ! 上手に焼けちゃいました!」

 

 画面上のキャラクターが誇らしげに肉を掲げている。

 ったくよぉ。

 肉が焼けたくれーで嬉しそうに目を輝かせやがって――めっちゃ可愛いじゃねえか。

 もう気付いてるかもしれないが、一応説明しておこう。

 この場にいる人物は全員で三名。

 まず家主である俺と『松戸ブラックキャット』の異名を取る凄腕ゲーマーの黒猫。そしてまったくのゲーム初心者でもあるあやせの三人だ。

 どうしてこんな珍事が発生しているかというと、発端はあやせの相談事。

 

『――お兄さん。ご相談があります』 

 

 例の如くいつものフレーズで始まった相談事というのは――桐乃と一緒にゲームをして遊びたい、というものだった。

 オタク趣味を蛇蝎の如く毛嫌いしているあやせだが、どうにかそっち方面でも桐乃に歩み寄ろうとは考えていたらしい。

 事実、あまり如何わしくないもの(メルルとか)については話したりしてるらしいのだ。

 しかし肝心の知識が皆無なあやせでは、一向に桐乃との溝を埋めることが出来ず途方に暮れていた。

 もっと仲良くなりたいけど、歩み寄り方が分からない。

 桐乃の裏の親友とも言うべき黒猫の存在が、あやせの焦りを生み出していた可能性も考えられる。

 今まで親友は自分一人だと思っていたのに、桐乃には全く違うベクトルの趣味を持つ友達がいたのだ。そっち方面で対抗したくなったとしても無理からぬことである。

 そこで“ライト”な部類から馴染んでいきたいというあやせの為に、今日という日を設けたのだ。

 いきなりエロゲーをやらせるという荒療治もあったが、これはいわば劇薬に相当する。用法用量を守らず、対処方を間違えるとえらいことになってしまうだろう。

 その点モンハンなら、いわゆるオタクやゲーマー以外にも浸透してるし、桐乃も楽しんでプレイしていていた。

 俺も無理やり付き合わされた経験からそれなりのレベルに達していたし、これならあやせを手助けすることも可能だ。

 そう判断し、休日の朝から部屋に集まってモンハンをプレイしているという訳である。

 幸いあやせが携帯ゲーム機を所持していた(仕事関係で貰ったらしい)おかげで、初期投資も小額で済んだ。

 ちなみに親父とお袋は揃って出掛けているし、桐乃は部活の練習で家にはいない。なので現在この家の中にいるのは俺と黒猫、そしてあやせの三人だけになる。

 もしこれがエロゲなら、何らかのイベントに突入してもおかしくないシチュエーションと言えるだろう。

 

「フン。やれば出来るじゃないの。じゃあ今度はこのツルハシをあげるから、そこいらで鉱石でも掘っていなさい。ハッキリ言って戦闘の邪魔だから」

「じ、邪魔!?」

「そうよ。あなたは画面端で卑しくツルハシを振るいながら、私と先輩が華麗に協力して敵を屠る様を目に焼き付けておくといいわ」

「わ、わたしだって戦えますよっ! 除け者にしないでください!」 

「その程度の魔力ではこの戦いには付いてこられないと言っているの。大人しく引っ込んでいなさいな、スイーツ二号」

「す、スイーツ……二号!?」

 

 ちなみに一号の称号を頂いたのは桐乃だ。

  

「けれどそれだけだと流石に可哀想だから、戦闘後に素材を剥ぎ取ることだけは許可してあげる。――ククク、この私の慈悲に感謝することね」 

「……もしかしてわたしは、明確に喧嘩を売られているんでしょうか?」 

  

 すっと瞳から光彩を消して、何故かゲーム機を逆手に持ち替えるあやせさん。

 

「いやいやいや! 黒猫が言いてーのは、装備の整っていないあやせだと敵に攻撃を当てられただけで死んじまうから、ここでしか手に入らないアイテムを今のうちに入手しとけってことで……だから、リアルファイト始めようとしてんじゃねーよっ!」

 

 本当、おっかねえ女だぜ。

 だがまあ黒猫の言動はあれだが、案外面倒身が良くて初心者のあやせを助けてくれている。

 アドバイスも的確だし、ことゲームに関しちゃこいつ以上に詳しい知り合いはいないので、この場に呼んで正解だったとは思う。

 最終的に桐乃を交えてプレイすることを加味すれば、多人数で遊ぶこと自体予行演習になって良いだろう。

 後は俺が二人が喧嘩しないように目を光らせていれば事無きを得るはずだ。

 

「――フフ。またつまらないものを切ってしまったわ」 

 

 不敵な笑みを浮かべる黒猫。

 そうこうしている内にボスモンスターを打倒し終え、このゲーム待望の剥ぎ取りタイムがやってきた。

 簡単に言うとだな、目標の敵を倒したのでご褒美にお宝をゲット出来るって寸法だ。もちろん健気にツルハシ振ってたあやせにもその権利はある。

 

「おーい、あやせ。もうこっちに来てもいいぞ。んでそこに倒れてる敵から素材をゲットするんだ」

「はい、お兄さん。えっとこうガリガリってナイフを垂直に突き立てるんですよね?」 

「……ああ。間違っちゃいねーが、なんでそんなに嬉しそうなんだ?」

「え? クリア出来たからに決まってるじゃないですか。……と、あら? なにやらアイテムを手に入れましたね。これって、逆鱗?」

 

 なんだと?

 

「げ、逆鱗ですって?」 

 

 黒猫も絶句している。

 

「どうしたんですか? 二人ともそんな唖然とした顔をして?」

「……いや、それレアなんだよ。めっちゃ出にくいアイテムなんだ」

「へえ、そうなんですか。じゃあラッキーっていうことになりますね!」

 

 特に感慨もなくあやせが頷いている。

 強敵との初戦で逆鱗ゲットするとは、あやせ恐ろしい娘。

 お祝いに今度コゲ肉をプレゼントしてやろう。

 

「……フ、フフフ。私がそのアイテムを手に入れるのに狩った竜の数を教えてあげましょうか? 96匹よ、96匹! ――いっそ呪い殺してやろうかしら」

 

 まあ、おまえの気持ちも分かるが、落ち着け黒猫。

 よく言うだろ? モンスタハンターには物欲センサーが内臓されてるって。

 無欲の勝利ってやつだ。

 ……ぐすん。

 

 ってな感じでそれから三時間ほど、俺達はモンハンをプレイし続けた。

 ちなみにあやせと黒猫の二人は床にクッションを引いて座ってプレイしている。黒猫がいつものようにベッドに腰掛けようとした瞬間、あやせがマッハで待ったをかけたのだ。

 その後何故か睨み合いになり(空中に火花散ってて怖かった)結局、二人して床に座ることに落ち着いたらしい。

 あのやり取りの中に何の意味があって、どうして二人並んで座ってんのかは意味不明だ。

 俺はというと、椅子に座った状態でプレイしているので、二人を見下ろすような格好になっていた。

 服装次第では胸の谷間が覗ける位置関係だが、黒猫はいつものゴスロリだし、あやせも肌がまあり露出しない服装なのでハプニングが起こり得るはずもない。

 一応言っとくが、覗きたいってことじゃねーからな。

 あくまで位置関係を説明しただけで他意はない。

 

「慣れてくると結構楽しいですね、このゲーム。爽快感というか、切った感触がたまりません」

「……思ったより上達が早いわね、この女。アクションゲーム初心者ということだけれど、戦闘行為そのものと相性が良いのかしら?」

 

 幾つかの武器を試した結果、あやせの琴線に触れたのは太刀や双剣といった刀剣類だった。

 片手剣は攻撃力が物足りない。大剣は動きがもっさりしているということでお気に召さなかったようだが、現在使用している双剣はえらく気に入ったようだ。

 嬉々とした様子で獲物を振り回し、モンスターを粉微塵に切り刻んでいる。

 この分だと太刀も気に入るだろう。

 黒猫はゲーマーらしくあらゆる武器を使いこなすので、俺達の武器や敵の特性に合わせてその都度獲物を変えていた。

 しかもだ。

 

「モンハンはスタミナ管理が重要よ。双剣を使うなら尚更ね」

 

 という風にあやせにアドバイスも忘れない。

 犬猿の仲だったはずだが、やはり間にゲームが介在すると心まで優しくなるのだろうか。

 とは言うものの、一言二言と余計な言葉を付け加えることもあって、その度にあやせがリアルモンハンを始めようとしやがるので、仲介役である俺のストレスが凄い勢いで加算されているのを付け加えておこうと思う。

 つーか、この二人に挟まれたままほっとかれたら俺は入院する自信があるね。

 それか悟りを開いて仏陀になる。

 聖なるお兄さんってやつだ。

   

「――あ、そうだ。お兄さん。ペイントボール余ってませんか? ちょいちょいっとボスにぶつけちゃってください」 

 

 おっと、あまり考え事ばかりもしてられねえ。

 今は狩りの真っ最中だった。

 そう思った時、目線はゲーム機に固定したまま黒猫が、あやせに対して質問を投げかけていた。 

 

「ねえ、あやせさん。一つ質問があるのだけれど、答えてくれるかしら?」

「なんですか黒猫さん? 今ちょっと忙しいんですけど」

「すぐに済む話よ。ねえ、あなたのそのマイキャラクター、どうして名前が“京介”なのかしら?」

 

 ピククッ! とあやせの肩が反応する。 

 

「どうしてこの男の名前を付けているの? 画面内のキャラクターは自分の分身とも言える存在よね」

「それがどうかしましたか?」 

「あなたは先輩のことが大嫌いなはずよね? なのに京介というキャラクターを使用している。疑問だわ。是非納得のゆく説明をして欲しいのだけれど」

「そ、それは……その、なんとなく……といいますか……」

「なんとなく? 無意識に名前を付けてしまうほど先輩のことを意識しているというの?」

「そんな馬鹿なことあるわけないじゃないですかっ!」

 

 馬鹿な事と、力一杯全力で否定してくれやがりました。

 

「じゃあどうして“京介”と名付けたの? あなた、あの女とゲームをするのが目的なら、レベルアップの為に家に帰った後でもモンハンをプレイするのでしょう?」

「……ちょうど携帯できるゲームですし、空いた時間にちょこちょこやろうとは思ってますけど」

「なら、想定内の出来事のはずよね?」

「だから、何のことですっ!?」

「想像して御覧なさい。部屋の中で一人画面の“京介”と向き合うあなた。頬をうっとり桜色に染め上げて、ニヤニヤニヤニヤ笑みを浮かべながら悶え転がる様をっ!」

「へ、変態ッ! そんなお兄さんみたいな真似……わたしがする訳ないじゃないですかっ!」  

 

 ひでえ侮辱だ! 俺だってそんなことしねーよっ!

 やってんのは主に桐乃だ。

 

「あ、あり得ません。わたしが……その、お兄さんと同名のキャラを見て、よ、喜ぶなんてこと……」

「参考の為に一つ教えておいてあげるわ。そういう行為を“萌える”というのよ!」

「も、燃え!?」 

「漢字が違うわね。草冠に明るいで“萌え”よ」

 

 考えるのではござらん。感じるのです。その先に“萌え”はあるのでござるよ。とは俺の友達の言だ。 

 

「ごく一部では草冠に湯で“蕩れ”というセンシティブな言葉を使う人もいるけれど、一般的にはこちらの“萌え”を使うわ。まあサブカルチャーの世界では常識ね」

「そんな常識求めてませんよッ!」

「勿体無いわね。あなたには素養があると思っていたのに」

「そ、素養って……冗談でもやめてください」 

 

 心底嫌そうに眉を潜めるあやせ。

 少しは歩み寄りを見せてるとはいえ、まだこっちの世界には抵抗があるのだろう。 

 

「わたしは……お兄さんが嫌いだからキャラクター名に“京介”って付けたんです!」

「嫌いだから? 色々と不可解な答えだわ」

「だって、わたしはゲーム初心者なんですよ? アクションゲームだと聞いていましたし、その、殴られたり吹っ飛ばされたりするのかなぁって。その点“京介”という名前ならどんな理不尽な行為が起きても一切心が痛みませんし」

 

 おいおい、なんだよあやせさん。その理屈はよ!? 

 幾ら何でも酷すぎじゃね?

 

「へえ、殴られても蹴られてもボコられても“京介”ならオールオッケーってこと?」

「ええ、そうとってもらっても構いません」

 

 ……なんつーか、こいつら妙なところで息合うよな。

 具体的に言うと、俺を苛める時とか。

 あんまり苛められると俺、泣いちゃうからね?

 

「納得していただけましたか?」 

「まさか。そんな逃げ口上で納得するものですか。喋る気がないのなら、喋りたくなるように仕向けるまでよ」

 

 フフと口端を上げ、邪悪な笑みを浮かべる黒猫。

 あやせに対して更なる猛攻でも仕掛けようというのか――って、そろそろ仲裁に入らねえと火の粉がこっちまで飛んできそうだな。

 俺は経験則からそう判断した。

 

「やめろって黒猫っ。今日は三人で仲良くモンハンで遊ぶ約束したじゃねーか。あんまりあやせを煽んじゃねーよ」

 

 黒猫は生粋のゲーマーだ。

 その特性を利用し、注意を画面側へと引き戻す作戦を実行する。

 

「ほらあやせ。シビレ罠を設置してやっから、ボスが罠にかかったらそこに大タル爆弾を設置するんだ。さっき黒猫に教えてもらったろ?」

「は、はい!」

「……」 

 

 俺の言葉に導かれ、二人が手元の画面に視線を落とす。

 なんとか誘導成功か、そう思った時、タイミング良く画面の中で敵が罠にかかった。

 一応説明しておくと、シビレ罠というのは網にかかった敵を行動不能状態にするアイテムであり、敵は完全に無防備になる。

 それを利用して捕獲したり、爆弾で大ダメージを与えたりするんだが――あやせが敵の側に大タル爆弾を設置した瞬間、それは起こった。

 

「……え?」

 

 画面内に轟き渡る爆発音。

 大タル爆弾は、罠にかかった敵と一緒に“京介”を華麗にフッ飛ばしていた。

 哀れ、火達磨になって地面を転がる京介。

 そしてクエスト終了を告げるファンファーレが鳴り響いた。

 

「…………」 

 

 見事敵を討伐したキャラクターがガッツポーズを決めている。

 しかし火達磨になった京介は、木製の荷台で運ばれスタート地点まで戻されていた。

 

「あら、ごめんなさい。つい手が滑ってしまったわ」

 

 寒々しく響くのは、黒猫の謝罪の言葉。

 こいつは今、京介を撒き込むのを承知で、飛び道具を使い大タル爆弾を起爆させやがったのだ。

 もはや鬼の所業である。

 

「く、黒猫……さん?」

 

 ちなみに、クエストクリアから一分間は素材を剥ぎ取るサービスタイムが与えられるのだが、スタート地点に戻されたキャラは時間内に敵を倒した地点まで急行し、素材を剥ぎ取らねばならない。

 マップを把握してない初心者では、とても不可能な芸当だろう。

 

「フフフ。残念ね、あやせさん。折角強敵を倒したというのに素材をゲットできないなんて。――アッハッハ! 勝利の咆哮を聞きながら悲嘆に泣きくれるといいわ」

「わ、わざとやったんですか……? わたしが退避してないのを知っていて……?」

「莫迦ね。手が滑ったと言っているじゃない」

「ぐ……ぐぐぐぐ……!」   

 

 いかん。あやせ様が他人にお見せ出来ない顔になっている。

 

「こン――――の、泥棒猫っ! 即刻この家から叩き出しますよっ!」

「誰が泥棒猫よっ! それに叩きだす権利なんてあなたにはないでしょう!」

 

 すっくと立ち上がり、激しく睨み合うあやせと黒猫。

 視線に火花散る佇まいは、どちらも臨戦態勢そのものである。

 

「って、喧嘩すんじゃねーよ二人とも! モンハンをやる時は常に冷静に……てーか、頼むから止めてくれえええぇぇ――ッ!」

 

 魂の叫びが功を奏したのか、若干の精神的ダメージを引き換えにしてリアルモンハンを阻止することには成功した。

 つーか、当初の目的は何処いったんだよ二人とも……。

 ゲームしてる時より活き活きしてんじゃねーか。

 

 

「さぁて、少し休憩でもすっか。どうする? 昼時だし外に飯でも食いにいく?」 

 

 さすがに朝からぶっ通しで遊んでいたせいか、かなり身体が疲労していた。

 予定では夕方までがっつりプレイするはずだったんだが、予想外の出来事でつまらん体力を使ったってのもある。

 想像以上に腹が減っていた。

 

「そうですね。慣れないことをしたせいか目が疲れてきました。休憩を貰えると有難いです」

「じゃあ近場で適当に見繕うか。それか疲れてんならお開きにしてもいいし。あやせ、もうある程度のコツは掴めたろ?」

 

 慣れない作業ってのは肉体的にも精神的にも疲れる。

 俺も初めて桐乃にエロゲーやらされた時は苦労したもんだ。 

 

「い、いえ。わたしの為に時間を割いてもらってるんですから、もう少し続けたいです。あ、黒猫さんは帰ってもらって結構ですけど」

 

 黒猫に向かって、つんけんした態度で視線を飛ばすあやせ。

 さっきのことをまだ怒ってんのか知らないが、黒猫に対する言葉が妙に棘々しい。つーか黒猫が居なくなったら俺と二人きりになるって分かって言ってんのかねぇ。

 それとも趣味の圓明流を試す機会とか、蹴り飛ばす隙でも窺ってんの?

 そんな他愛も無いことを考えていたら、黒猫が遠慮がちに声を掛けてきた。

 

「……ねえ、先輩」

「ん、なんだ黒猫?」

「あの、ね」

 

 うつむき加減に目を伏せ、もじもじする黒猫。

 心なしか頬が紅潮している気がする。

 

「お弁当を……作ってきたのだけれど、良かったら、食べる?」

 

 そう恥ずかしそうに言いながら、手縫いっぽい布に包まれた品を差し出したのだった。

 

 


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