あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第二十六話

 場所を高坂家のダイニングに移し、そこで黒猫の作ってくれた弁当を広げることにした。

 ずっしりと中身が詰まっているような重厚感。その包みの結び目を解き、俺は目を見開いて驚く。

 中身はなんと三段重ねの重箱だったのだ。

 一段目には海苔が捲かれた俵型のおにぎりがひしめき合い、二段目にはレンコンの天ぷらや鳥肉と野菜の煮付け、そして卵焼きが綺麗に敷き詰められた状態で収められている。

 三段目にはプチトマトを添え物に、待望のから揚げやらエビフライ、それからタコさんウインナーが鎮座なされていた。

 見た目に手作り感は溢れてるが、超豪華と言っていいラインナップである。

 

「こりゃ、すげえな」

 

 感嘆の声を上げながら席に付く。

 ちなみに俺はいつもの定位置に座っていて、対面には黒猫が、そして黒猫の隣にはあやせが座っていた。いつもは家族で囲んでいるテーブルを黒猫やあやせと囲むっつーのは、なんていうか妙に気恥ずかしいもんがある。

 

「これって全部おまえが作ったの?」

「ええ。思ったより早く目が覚めてしまって。どうせ朝食は作らねばならないのだから、そのついでにと思って」

 

 ついでに――ね。

 普段料理しねえ俺が言うのも何だが、これってかなり手間がかかってんじゃなかろうか。少なくともチンして終わりってレベルにゃとても見えねーし。

 この前のカレーといい、黒猫のやつかなり料理スキルが高いのな。

 本人は謙遜してたが、もしかしたら麻奈実に匹敵するレベルかもしれん。

 そんな超豪華な黒猫弁当を見てたら、自然と口内に唾が滲んできやがった。やっぱ女の子の手料理を頂けるってのは、どんな場面でも嬉しいもんだぜ。

 

「……迷惑だったかしら?」

「なに言ってんだ。めっちゃ嬉しいよ。つーか、早く食いてえ」

 

 さっきから催促がてら、腹の虫がグーグー鳴ってるもんよ。

 その音が聞こえた訳じゃなかろうが、黒猫は“もう、子供みたいよ先輩”と言いながら、どうぞ召し上がれとご馳走を解禁してくれた。

 

「じゃ、いただきます」

 

 手を合わせてから、早速から揚げに箸を伸ばす。 

 

「おお、こりゃうめえわ」

 

 黒猫の料理は外見は良いが味は最悪という謎コンボもなく、見た目通りうまかった。まさに家庭の味って感じで、優しい味付けが舌に心地良い。

 こういうところ俺は正直なんで、例え女の子の手料理といえどマズかったらマズイとハッキリ言っちまう。料理関係じゃねえけど、小さい頃は麻奈実の奴にそれで泣かれたことがあったっけ。

 まあ、今は深く気にすまい。

 当の黒猫はというと、自分は料理には手を付けず、じっと俺の動向を観察している。

 作った手前、感想とか気になんのかね。

 

「煮物とかどうかしら? 型崩れには気を配ったのだけれど、硬くはない?」 

「全然。やっぱ俺の好みとしては肉だけどよ、これなら毎日でも食えるぜ」 

「本当? 先輩の好みに合う?」

「おう。味が染みてて超うめーよ。それにおにぎりの中にも色々と具が入ってんのな」

「……ええ。左から昆布、野沢菜、高菜ね。海苔が縦に撒いてあるものには何も入ってないわ」

 

 自分の料理が褒められて嬉しいのか、それとも恥ずかしいのか。頬を赤く染めた黒猫がおにぎりを順番に指差していく。

 その仕草が妙に女の子っぽいというか色っぽいので、ついつい視線が吸い寄せられた。

 色白で繊細な指先。

 桐乃みてーにネイルとかしてねーけど、綺麗な手してんだなぁこいつ。

 

『……』 

「おにぎり一つっても凝ってんだな。――っと、この卵焼きなんかモロ俺好みの味だぜ」

「良かった。卵焼きはよく家で作るから」

「じゃあこれって五更家の味ってわけだ。こないだも思ったけどおまえって意外と家庭的なのな」

「妹達の世話をしていたら自然と出来るようになったのよ。まだまだ田村先輩の域には程遠いわ」

 

 そういや夏祭りで遭遇した時、妹達にせがまれて連れて来たとか言ってたっけ。なんのかんの言いながら、こいつ家では良いお姉ちゃんやってんだろうな。

 

『…………』

「こんだけ出来りゃ十分だろ。少なくとも俺は満足してる」

「そ、そう。なら良かったわ。けれどそれだけ素直に賞賛されてしまうと……正直、照れてしまうわね。先輩のことだからお世辞という線も捨て切れないけれど」

「世辞じゃねえって。俺はそこんとこ正直だからマズけりゃマズイって言うしよ」

「そうなの? でも先輩なら色々と文句を述べながらでも最後まで食べてくれる気がするわ。――それは私の見立て違いかしら?」

 

 口元に手を添えながら、黒猫がころころと可愛く喉を鳴らす。

 愉しそうに目を細める様は本当に子猫みたいで――見ているこっちまで気分が高揚してくるほどだ。

 それに、こないだの夜のことがあってから、なんというか妙に黒猫のことを意識しちまってる自分に気付いていた。

 

「どうしたの先輩? 私の顔になにかついてる?」

「いや、別に……なんでもねえよ」 

 

 つと目線を逸らす。

 それに気付いたのか気付いていないのか、黒猫は良かったらこれも食べてみて、と俺にレンコンの天ぷらを勧めてきた。

 

『………………』 

 

 箸を伸ばし天ぷらを口へと運ぶ。 

 

「――んぐんぐ。うん。これもウマイ。けど俺としちゃそっちのウンイナーの方が気になるんだが」

「どうして? これは何の変哲もない普通のウインナーよ?」

「いやいや形が“タコさん”になってんじゃん。おまえがゴスロリ着たままウインナーに包丁入れてる絵面を想像すると、色々シュールだなって」

「ば、莫迦ね。幾ら私でもこれを着たまま料理するわけないでしょう。割烹着くらい用意するわ」

「へえ。ゴスロリの上から割烹着着るんだ」

「え?」

「その服だと料理しづらいだろ? 油とか飛んだら染みになるしよ」 

 

 俺の言っている意味が分からないとばかりに黒猫が目を丸くしている。けれど、俺の言葉の真意を理解した途端、ハっとしたように目を大きく見開いた。

 

「……せ、先輩?」

「ん? 家でもそれ着てんだろ?」 

 

 あれ、黒猫の奴拗ねちゃったのか?

 なんか微妙に口先が尖って見えるんだけど。

 

「……私とこの服装をどうしても結び付けたいようだけれど、もしかして先輩は私がゴスロリ以外の私服を持っていないとでも思っているの?」

「思ってる。つーか、似たような服いっぱい持ってんのかなって」

「なん……ですって?」 

「だっておまえの私服ってゴスロリ以外あんま見たことねーし」

 

 あ、黒猫が固まった。

 でもよ、実際こいつのゴスロリ以外の私服って殆ど見た記憶がねえんだよ。

 桐乃に言わせると同じゴスロリでも細部が違ってたり、中に着てるブラウスとか変わってたりしてるらしいから、同じような意匠の服が何着かあるんだろうけどな。

 

『………………………………』

 

 まあ黒猫はコスプレにも拘りがあるみたいだし、そこはポリシーっつうの? そういうのがあるんだろう。

 実際似合ってるし、俺もこの服装見慣れてるから、他の格好した黒猫とか見たら逆に違和感を感じるかもしれん。

 そんなことを考えていたら、当の黒猫が邪悪そうな笑みを浮かべるや、大仰な動作で腕をピーンと伸ばし始めた。

 

「――クックック。こうまで私の矜持を傷つけてくれた御莫迦さんは先輩が始めてよ」

「……その台詞回し、どっかで聞いたことあんぞ」 

「黙らっしゃい。……えーと、そう。――どうやらあなたには私の真の姿を見せなければいけないようねぇ」

 

 一度崩れた芝居を立て直し、黒猫が妖艶な笑みを浮かべる。

 つーか真の姿って、おまえ変身でもすんの?

  

「少なくとも三回は変身する予定よ」

「三回ってフリーザ様かよ!?」

「フフフ。遂に闇の衣を脱ぎ捨てて更なる境地へと至る時がきたようね。覚悟なさい先輩。そうなった私は以前のように甘くはないのだから」

「……い、意味が分からん。というか具体的にどう変わるんだよ?」

「堕天聖から聖天使へのクラスチェンジを果たすのよ。昇華という訳ね。ああ、その時の先輩の反応が今からとても愉しみだわ」 

 

 堕天聖から聖天使だと?

 こいつのイメージカラーはもう黒で統一されちまってるからなぁ。果たしてどう変わるつもりなのやら。傍目から見て痛々しい姿じゃなけりゃ良いけど。

 

「最後にはゴールデンになるわ」

「ゴールデンってスーパーサ○ヤ人かよっ!?」 

 

 金色猫は簡便してくれ。っていうか色々と調子が出てきたな黒猫の奴。

 ありていに言ってめっちゃ楽しそうである。

  

「な、何かしら、その一言ある瞳は? 私のクラスチェンジに……興味がないとでも言うの?」

「いや……まあ、見せてくれるもんなら見てえけど。こないだの浴衣とか沙織ん家で見た服とか超似合ってたし」

「……そ、そう」 

 

 素に戻ったように目をぱちくりとさせた黒猫が、俺から視線を切って俯いてしまう。

 その状態から小声で

 

「……なら考えておくわ。期待しないで待っていなさい」

 

 なんて、頬をピンクに染めながら呟いたのだった。

 

『………………………………………………………………………………………………』 

 

 あ、やべえ。

 何がヤバイってありていに言って黒猫が可愛すぎる!

 こいつ普段はつんと澄ましてっからあんまり意識しねえですんでるけど、基本めちゃ美人なんだよね。

 それがこんな可愛い仕草を見せ付けられた日にゃほっぺにキスされたこと思い出しちまって……って、上目遣いでこっちに目線をくれた黒猫と視線がバッチリあっちまった。

 そして互いに暫し沈黙。

 

「……」

「……」 

 

 結局なにを語るべきか思いつかなかった俺は、色々と誤魔化す為に急いで食事を再開した。

 

「い、いやあ、この弁当マジ最高ッ!」 

 

 おにぎりを頬張りつつ煮物をかっ込み咀嚼する。

 そこから更にから揚げに箸を伸ばした瞬間……。

 

「いっッッッッッッ!?」

 

 プスっという音と共に、右手の甲に鋭い痛みが走ったのだ。

 

「痛えええええええええぇぇぇ――ッッッ!!!」

 

 絶叫しつつも患部に目を移せば、そこには鋭く尖ったお箸の姿が。

 一体誰がこんなことを――って考えるまでもなく犯人は明確だ。

 何故なら俺に対してこんなことをする奴は、知り合い中探しても二人しかいねえからだ!

 

「いきなり何しやがる、あやせ!」

「あら? ごめんなさいお兄さん。から揚げを取ろうと思ったら“偶然”にも刺さっちゃったみたいです」

「ぐ、偶然だぁ!? 箸が垂直に突き立ってんじゃねーか! どう見ても故意だろっ!」

 

 つーか割り箸ってこんなに尖ってたっけ?

 

「うーん。これは不幸な事故ですね。ニアミスです。まあ、一部地域では天罰とも言いますが」

 

 天罰って、俺は何も悪い事してなくね!?

 

「わたしを放置したまま“いちゃいちゃいちゃいちゃ”してるからですよっ! もう最低。不潔ですっ」

「い、いちゃいちゃなんかしてねーよ! 俺は普通にメシ食ってただけで――」

「今、普通って言いました? そうですか。お兄さんの中では“アレ”が普通の光景なんですね。なら仕方ありません」

 

 そう言ったあやせは、何処からかメモ帳を取り出すと

 

「良い病院を紹介しますから、お兄さんはそこで精神を矯正されてきてください」 

「相変わらずナチュラルにひでえこと言うよな、おまえ!?」   

「お兄さんには言われたくありませんよーだ! 嘘つきは即刻地獄に堕ちて舌を抜かれちゃってください!」 

「嘘つきって……もしかして怒ってんのか?」 

 

 さっきまで仲良く三人で遊んでたのに、何でいきなりブチ切れてんの?

 

「怒ってません! 怒ってませんよっ! どうしてわたしが……お兄さんのことで腹を立てなくちゃいけないんですか!?」

「聞いてんのはこっちだって!?」

 

 ったく、桐乃の奴もいきなりキレたり仏頂面になったりするしよぉ。

 女心と秋の空とはよく言ったもんだぜ。

 

「取りあえず落ち着いてくれ、あやせ。つーか原因は分からん謝る。俺が悪かった! だから機嫌直せって」

「まったく誠意が篭ってませんね」 

 

 つんっとそっぽを向くあやせ(←仕草はめちゃ可愛い)

 もう俺にどうしろっての!? 

 

「ですがわたしも鬼って訳じゃありませんし、お兄さんの意思は汲み取りたい思います。ですから――罰を受けてください」

「は?」

「だから罰を受けてくれれば許してあげるって言ってるんですっ」 

「なん――だと?」 

 

 罰!? この女、一体俺に何をさせるつもりなんだ?

 まさか趣味の圓明流の実験台になってとか言い出すつもりじゃなかろうな? 

 もし虎砲とか放たれたら死んじゃうよ、俺。

 けど話の流れ的に断れる雰囲気じゃないし……まあ、あやせ本人も鬼じゃないって言ってたし、ここは覚悟を決める場面なのか。

  

「……分かった。取りあえず罰とやらの内容を言ってくれ。俺に出来ることなら前向きに検討させてもらう」

「本当ですか?」

「ああ。男に二言はない!」

 

 死んでくださいって言われたら困るから、検討するって言葉を使ったのは内緒だ。

 

「じゃあ……その……お、お兄さんには今度わたしの作ったお料理を食べてもらいますっ!」

「……はい?」 

「ですから、わたしが作ったお料理をですね……お兄さんに……」 

「えっと、料理っておまえが作んの? 俺の為に?」 

「は、はい」

 

 思い切り身構えていた分拍子抜けする。

 あやせのことだから正拳からハイキックへのコンボあたりは覚悟してたんだが……。

 黒猫も「……なんだか雲行きが妖しくなってきたわね」と眉根を寄せているし。

 

「実はわたしの家って結構厳しくて、しつけって言うんですか? そういうので家事全般をお母さんに習ってるんですけど……」

 

 あやせを見てると確かに家が厳しいんだろうなってのは想像がつく。

 年齢の割りにしっかりしてるからな。 

 

「お料理っていうのはやっぱり食べてくれる人がいて、初めて評価が出来るものじゃないですか。習った成果を試したいといいますか……」

「あー、要は俺に味見して欲しいってことか。それならお安い御用だぜ。つーか大歓迎だ!」

 

 まさかラブリーマイエンジェルあやせたんの手料理を頂ける機会が巡ってくるとはな。俺にとっては罰ゲームどころかご褒美に入る範疇の出来事になる。

 生きてて良かった。

 あやせも俺のOKが出てほっとしたような笑顔を浮かべている。――っと、俺の視線に気付いたのか、一度軟化させた表情を再び硬化させたあやせは

 

「けど勘違いしないでくださいね! これはあくまで罰で……わたしがお兄さんに手料理を食べてもらいたいとか、黒猫さんのお弁当に対抗してるとか、そんなんじゃないんですから!」

「分かってるって。日頃の成果を試したいってだけなんだろ? 別に勘違いなんかしてねーよ」

「…………」

 

 あれ? 俺何か間違ったこと言った?

 なんかあやせのほっぺがぷくっと膨らんでんだけど? 

 

「これは……敵ながら僅かばかり同情するわ。あやせさん」 

「同情って、なに言ってんだ黒猫? 俺の受け答えってそんなにマズかったか?」

「っふ。先輩の業の深さは筋金入りということよ。……まあ私も他人事じゃないのだけれど」 

「……さっぱり意味が分からん」

 

 これだからと言わんばかりに、黒猫とあやせが同時に盛大な溜息を吐いた。それから互いに目線で何やら語り合っている。

 こいつら基本的に仲が悪いのに、妙なとこで連帯感があるんだよな。

  

「お兄さんの……鈍感」

「え? いま何か言ったか?」

「死ねって言ったんですっ! この変態! 嘘つき! 浮気者っ! いーっだ!」

 

 唇を真一文字に結びながら、不機嫌な猫みたく俺を威嚇してくるあやせ。

 対する黒猫もまた“先が思いやられるわね”とばかりに軽く肩を竦めるのだった。

 

 

 

  


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