あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない 作:powder snow
「はぁ!? 地味子んトコ行くって、なんで!?」
桐乃の奏でる黄色い声が耳元で炸裂する。
三人が戻ってきてこれから食事にでも行こうか。そんな提案にやんわりと断りを入れたらこれである。
「元々こっちで落ち合う予定だったんだよ。つーか麻奈実をその名前で呼ぶなって言ってるだろ」
「…………てかさ、こっちで誰に会うとか聞いてないんですケド」
納得がいかないのか、桐乃は不満顔を隠そうともせず俺をねめつけてくる。
そうは言っても本来の予定は麻奈実と一緒に秋葉原を散策するってもので、桐乃達とは偶々目的地が同じだったので一緒に出てきたってだけの話だ。
確かに誰に会うかまでは伏せていたけど、予定があることは伝えていたんだぜ。
「京介氏。今の話を総合すると、その麻奈実さんという女の子……で良いのでござるかな?」
「ああ」
「その女人とこれから会ってデートをしにいく、ということで拙者の見解は間違っていませんか?」
「は?」
「ですから、麻奈実氏とデートをしに行くのでござろう?」
「ち、ちげーよ。ちょっと飯食いに行って、それから秋葉原を見て回ろうかなってだけで……」
「ほうほう。京介氏はデートではないと仰る。しかしそういう行為を世間一般ではデートと評するのではござらんかな? 古風な言い方をすれば逢引とも言いますが」
「逢引って……」
冗談なのか本気なのか、沙織は悠然と腕を組みながら口元を意味ありげに綻ばせている。
けどな沙織、麻奈実は俺の幼馴染なんだから、こんなのは日常茶飯事なんだよ。もしこれがデートに入るつうんなら、麻奈実とは昔から何度もデートしてきたってことになっちまう。
「一緒に遊ぶってだけで、深い意味はねえって」
もう一度念押しした段階で、今まで押し黙っていた黒猫が口を挟んできた。
「ねえ先輩。ベルフェ……じゃなくて、田村先輩とは二人きりで会うの?」
「なんで?」
「良いから、答えて頂戴」
「別に二人きりってわけじゃねえよ。赤城の奴も一緒だ。おまえも会ったことあるだろ? ほら、瀬菜の兄貴の」
「あぁ、先輩のクラスメイトの……」
以前俺が風邪で寝込んだ折りに、赤城兄妹が揃って見舞いに来てくれたことがあった。その時に家にいた桐乃と、一緒に来てくれた黒猫は赤城(兄)と面識を持ったはずだ。
「成程。三人で集まるから“一緒に遊ぶ”ってわけね」
「まあ遊び回るってより、麻奈実に秋葉を案内するってのが近いけどな。なんかあいつこっちを色々と見て回りたいんだってよ」
「そう。色々と、ね」
「……そっか。地味子だけじゃないんだ」
黒猫の呟いた言葉を拾って、桐乃が溜息を吐いている。というか、さっきまでの勢いは何処へやら、いきなり毒気が抜けたように声のトーンまで下がっていた。
「ま、俺がいない方が気兼ねしねーでいいだろ。つうわけで行ってくるわ」
待ち合わせ時間が迫っていたので、半ば強引に話を切り上げて歩き出すことにする。このまま話し込んで遅刻しちゃ本末転倒だからな。けど、歩きかけた俺の背中から沙織の声が届いて――
「京介氏ー! 勘違いめさるな。あなたがいることで拙者達が気兼ねすることなどないでござるよ。我等は同じ趣味を持った友達ではござらんか」
振り返った俺の目に飛び込んできたのは、腕を組みながら、やや不満気に眦を下げた桐乃と、仕方ないわねとばかりに、嘆息しながらも笑顔で見送る黒猫と、ぶんぶん腕を振りながら、いってらっしゃいと挨拶をする沙織の三人姿だった。
三者三様の見送り方だが、共通していたのは沙織の言葉を肯定しつつも若干照れている、そんな柔らかな雰囲気だった。
「日替わり定食が三つですね。少々お待ちください」
てな訳で、俺と麻奈実、そして赤城の三人が集まり、まず腹ごしらえをしようということで手近な店に入ることになった。
そこはいわゆるチェーン店ではなく、一見さん状態で選んだ定職屋さんだったのだが、内装が木目を基調としたカフェのような佇まいなので、常連だけの選ばれた空間のような閉塞感は感じなかった。
それどころか、開かれた雰囲気が心地よく、慣れ親しんだ場所にいるような居心地の良ささえ感じられた程だ。
俺達は店内の比較的隅っこに置かれた丸テーブルに陣取ると、水を運んできた店員さんにメニューで一番目だっていた品を注文したところである。
ちなみに各自の位置関係は、ちょうど丸テーブル上に三角形を描くようにして座っていた。
「でさ麻奈実。なんで秋葉原なわけ?」
軽くお冷で舌を湿らせながら、ずっと疑問に思っていたことを率直に尋ねてみた。
それに対して麻奈実は、楽しそうに目を細めながら
「えっとねぇ。なんでだと思う、きょうちゃん?」
と逆に質問を返してきた。
「なんでって、それが分かんねえから聞いてんだけど」
「もう。少しくらい考えてから答えて欲しかったな」
「っつってもなぁ……」
「もしかしてだが、田村さんさ、高坂の影響を受けて悪の道に嵌っちまったのか?」
「あのな赤城。俺を諸悪の根源みたく言うな」
「そうは言ってもよ、田村さんってこっち方面の知識とかあんまねえだろ? それが急に秋葉原を回りたいとか、どう考えてもお前の悪影響を受けたとしか考えられん」
赤城もアニオタってわけじゃないが、妹である瀬名の影響(かなりヤバイ方向だが)を受けてそれなりの知識は備えていた。
けど麻奈実は違う。
テレビから流れてくる程度の浅い知識はあっても、自ら好んでこっちの世界に関わるような奴ではない。だから赤城の台詞自体に反論の余地はあったが、言わんとしていることが俺と重なっていた為に文句を挟まなかったのだ。
「その辺どうなの、田村さん?」
「そうだねぇ。きょうちゃんの影響っていうか、確かにきょうちゃんは無関係じゃないかも」
「え? マジで?」
「うん。だってさ、きょうちゃんここ一年くらいでよく秋葉原で遊ぶようになったじゃない? だから興味があったんだ。ここがどういう場所なのか。実際にきょうちゃんが遊び回った箇所を自分でも歩いてみて、そして肌で感じてみたいって思ったの」
「……でもよアニメやゲームに興味がない奴が回っても、そう楽しいもんじゃねえと思うぞ」
偉そうなことを言える立場じゃないのは分かっている。
俺だって桐乃や黒猫、そして沙織に連れ回られたくらいの知識しか持ってないのだ。ここを深く知る人物なら麻奈実でも楽しめるスポットを紹介できるのだろう。
でも俺の知る範囲で麻奈実を楽しませるのは難しいと思っている。どうせ遊ぶなら他の場所のがいいはずだ。
そう思ったのに麻奈実はゆっくりと首を振った。
「きょうちゃんが何を見て、何を感じて、何処を歩いていたのかが知りたいんだよ。昔はよく一緒に遊んでたから、そんなのは知ってて当たり前だったけど、最近はそうでもないでしょ?」
「……まあな」
近頃はどうしても桐乃を中心とした人間関係の中で動くことが多くなっていたのは認める。桐乃がアメリカに行っている間は、黒猫の問題を解決したりと、これまた麻奈実との接点は薄くなっていた。
学校に行けば毎日顔を合わせていたが、幼馴染として過ごした日々から考えれば密度は薄い。
「それがね、ちょっと寂しいなって」
「馬鹿なこと言うなよ。お前が一緒に遊びたいってんなら俺はいつだってつきあってやる」
「本当? でも黒猫さんや桐乃ちゃん、あやせちゃん達の“お願い”とかち合っちゃったら?」
「それは……」
麻奈実の問い掛けに即答できないことに少なからずの驚きを覚えた。
昔の俺なら――桐乃の人生相談を受ける前の俺なら迷わず答えただろうに。
――あんたに、人生相談があんの。
夜中に頬を張り倒され、無理やり眠りから起こされた俺が見たものは、馬乗りになって佇む妹の姿だった。
――お兄さんに、お願いがあるんです。
何度、公園に呼び出されてその台詞を聞いたことだろう。
――勝手にしたら? もう、諦めたわ。
おまえのことが心配だからお節介を焼くよ。そう言った俺にあいつが返してきた言葉。
幸い、麻奈実の言ったような状況に陥ったことはない。けど実際そうなった時、俺はどう行動するべきなのだろうか。
そんな事を考えていたら、赤城の奴が凄まじい妄言を伴って乱入してきた。
「なあ高坂よ。もしかしてだけど、お前って二股かけてんのか?」
「………………いきなり何を言い出してんだ赤城? 拾い食いでもして頭でも壊したか?」
「仮に拾い食いしたとしても壊すのは腹だろ。いや、実際してねーけどな!」
「ならキャトルミューティレーションでもされたのか。可哀想に。地球は青かったか?」
「お前は親友をなんだと……まあいいや。今の田村さんとのやり取りを聞いててそう思っただけだ。他意はない」
俺と麻奈実との話を聞いてそう思ったのなら、病院に行くことを勧めるぞ赤城。
「二股どころか、俺に彼女がいねえのはお前が一番良く知ってるだろ」
「おう。確かに直接お前からそういう話を聞いたことはねえ。けどよ、学校で噂になってんぞ。ほら、あの目立つ年下の女の子……五更さんとか言ったっけ?」
「……」
以前麻奈実にちらっと聞かされた俺と黒猫が噂になってるってアレのことだろうか。
確かに状況証拠的にそう見える節があるのは認めよう。けど黒猫とはあいつが入学してくるより前からの知り合いだったからで――と、その辺りを説明しても色々と突っ込まれると話が長くなる。
そう思った俺は少し矛先を変えることにした。
「というか、そもそもお前は今日ここに何をしに来たんだ? お前だって秋葉原散策が好きってわけでもねえだろ」
本来は俺と麻奈実の二人で出掛ける予定だったのだが、偶々近くにいたこいつが俺も一緒に行くぜと名乗りを上げたのだ。
特に断る理由もないので受け入れたわけだが、赤城が何を求めてこっちに足を伸ばしたのかまでは知らなかった。
「ああ、それな。瀬菜ちゃんに買ってきて欲しいもんがあるって頼まれたからだ。えーと夏コミだっけ? それに備えてゲーム作ってんだよ瀬菜ちゃん。どうだ凄いだろ!」
「ああ、凄い凄い」
「だからこっちに来る時間も惜しいってさ。そういう理由なら兄貴である俺が一肌脱ぐしかねえだろうが」
まあそんなこったろうと思ったよ。
赤城は俺と違って超の付くシスコンだから、妹の頼みならパシリくらい平気でやってしまう。去年のクリスマスには深夜販売のホモゲーを買う為に数多の女子に混ざって列に並ぶ程の猛者なのだ。
本当、俺には絶対真似できない芸当だね。
「そっか。あの腐れ外道の頼みなら仕方ないな」
「おぉぉい高坂ッ! 誰の妹が腐れ外道だってッッッッ!!!」
「――ぐっ!」
しまった。率直な感想がするりと口から漏れてしまった。
赤城は俺の台詞を聞いた途端、烈火の如く目の色を変えると、テーブルに載り出す格好で立ち上がり両腕で俺の襟首を締め上げた。
その力は正に万力。
怒りに我を忘れるシスコン兄貴は、俺を締め落とさんと腕に力を込めている。
地雷を踏みぬいた結果でだが……確かに今のは俺の失言だった。けどよ少しばかり導火線に火を付けるのが早すぎるだろ。
男として、もう少し落ち着いて話を聞いてだな――
「高坂、お前の妹のマル顔モデルだってそう大差ねえだろうがッ!」
「表出ろや赤城ィィィィィッッ!! 誰の妹がマル顔モデルだとぉぉぉっっ!!!! 面白れえっ! 勝負つけてやらああああっっ!!」
すぐさま赤城の腕を取り動きを拘束すると、そのまま額で相手の顔面を狙って頭突きをかましてやった。しかし赤城も同じく額で受けてきた為に結果は痛み分けとなる。
『グワッ!!』
短い悲鳴が重なり、二人の距離が離れた。
そこでタイミングを見計らったかのように、麻奈実が仲裁に入ってくる。
「やめなさい二人とも。他のお客さんの迷惑になるから」
図らずも店中の注目を集めていたわけで、もし麻奈実の仲裁が無かったら問答無用で追い出されていたことだろう。
仕方ないのでどちらからともなく謝ることでこの場は丸く収まった。
危うく第三次大戦が勃発するところだったが、麻奈実を本気で怒らせるともっと大変なことになるから仕方ない。
ちなみに瀬菜と桐乃は裏の趣味を分かち合う友達同士であり、たぶん瀬菜から兄貴である赤城に妹の情報が色々と渡っているのだろう。
「お待たせしました。こちらが当店自慢の日替わり定食になります。ごゆっくりどうぞ」
俺と赤城が再び席についた時、ちょうど注文していた品が運ばれてきた。
あの程度のいざこざは日常茶飯事とばかりに、華麗にスルーした店員さんの鮮やかな笑顔がとても眩しかった。
「お、うめえじゃん、コレ」
どんぶりに盛られた白飯にお味噌汁。主役は大皿に盛られたレタスの上に鎮座する厚切りのとんかつ。副菜に野菜の煮物とボリュームは抜群だった。
他にも小鉢に鶏肉とほうれん草の和え物あり、小さくカットされたお豆腐ありと箸休めも完璧。
当然の如く漬物もついている。しかも値段の方もかなりリーズナブルで、味次第では大満足の一品間違いなしであろう。
「この煮物も美味しいねぇ。やっぱり使ってるみりんが違うのかな?」
その問題の味も赤城や麻奈実の台詞が示す通り、十分及第点のようだ。
俺もさっきからぐうぐう鳴ってる腹の虫を大人しくさせるべく箸を手に取った。
まず攻めるべきはやはり主役のとんかつだろう。
切り分けられた黄金色の一片を箸で取り、おもむろに口に運ぶ。するとカリっという香ばしい音と共に豚肉特有の旨みが口の中いっぱいに広がっていった。
「おぉマジでうめえ。揚げ加減が抜群で食感も最高だ」
空腹を抱えた高校生の前にごちそうを用意すればどうなるか。
もはや説明は不要だろう。
俺達は会話もそこそこに箸を進めていき、程なく完食。そして食後のお茶を一服しつつ腹が満たされた幸せに浸っていた時、麻奈実が素朴な疑問なんだけど、と質問を投げかけてきた。
「あのね、きょうちゃんも赤城くんも妹さんがいるじゃない?」
「ああ」
「それがどうした?」
「もしもだけど、桐乃ちゃんや瀬菜さんが彼氏を紹介しますって男の子を家に連れてきたらどうする?」
『――なんだその鬱設定は!? そんな愉快な奴が現れたら問答無用でぶっとばすに決まってんだろ!』
赤城は重度のシスコン野郎で俺とは全く性癖が違うわけだが、奇しくも台詞が一言一句かぶってしまった。
全く、世の中には恐ろしい偶然があったもんである。
「けどその仮定は全くの無意味だな、麻奈実」
「どうして?」
「花より団子。桐乃にはまだはええよ」
正確には彼氏よりもエロゲーってところだが、そういう兆候は見られない。これでも一緒に住んでんだから、何かしら変化があれば気付くはずだ。
「赤城くんはどう?」
「瀬菜ちゃんに彼氏はいない! 今はその事実のみが大切で仮定の話に興味はねえな」
「おう、赤城。気が合うじゃねえか」
「高坂もそう思うか!」
ハッハッハと高笑いを木霊させつつ、ガッチリ空中で握手を交わす。
さっきは全面戦争に陥りそうになったが、やはりこいつは俺の親友だぜ
「相変わらずだねえ、二人とも」
そんな俺達を麻奈実が微妙な表情を浮かべながら見つめている。だがその後に“でも妹って、いつかは兄の下を離れていくものなんだよ”と冗談まがいに付け足した言葉が、妙に胸の奥に引っかかってきた。
その後を少し語るならば、食事を終えた俺達は三人で秋葉原を色々回ることになった。
ライトな空間からちょっとダークなところまで。
まるで一年ちょっと前の俺がそうだったように、麻奈実は目を白黒させていたけれど、思惑に反して楽しんでくれていたと思う。
今日は楽しい休日だった。
そう断言できるくらい三人で過ごした時間は有意義なものだったと付け加えておこう。