あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第三十話

 俺達は美咲さんに連れられて、別荘内の廊下を歩いているところである。

 今回の旅行は一泊二日の日程になっているので、今日の寝床――もとい、寝室まで案内してくれるらしいのだ。

 別荘は外から感じた通りの三階建てで、調度品も豪華なら内装も綺麗。リビングから上へと続いているお洒落な螺旋階段なんかも設えてあり、全体的にとても趣きのある作りになっていた。

 今歩いている廊下も横幅が広く、並んで歩いていても手狭に感じないくらいである。部屋の数も結構ありそうだし、こりゃ寝室の内装にも期待できそうだ。

 ちなみに急な“貧血”で倒れた加奈子は、一階リビングのソファで絶賛お休み中である。

 あやせ曰く――たぶんスグに目が覚めると思いますよ、お兄さん――とのことだ。

 本当、大事なくて良かったぜ。

 

「さあ、着いたわよ。遠慮なんていらないから、自分達の部屋だと思って存分にくつろいでちょうだい」

 

 そう言い放ちながら廊下の一番奥で美咲さんが立ち止まった。それから彼女は、目の前にある扉を片手で開け放つと、優雅な動作で脇のスペースへと身体を移す。

 俺達に中を見ろってことだろう。

 そう予想した俺は、首を伸ばすようにして室内の様子を探る。だが目に飛び込んできた光景は、俺の想像していたものとはちょっと違ったものだった。

 まあ、ぶっちゃけると何の変哲もない寝室ではあるんだが――飛び抜けて目立った調度品も置かれていないし、突飛な構造をしてるわけでもない。

 ただ部屋の主役である“ベッド”が凄まじい存在感を放っているだけなのだ。

 

「……えっと、なんスかこれ?」

「何ってあなた達の寝室だけど?」

 

 何を驚いているの? てな感じできょとんとする美咲さん。

 いやいや、寝室なのは一目瞭然なんスけど……どうしてベッドが“二つ”あるんですかねぇ?

 しかも一つはダブルベッドサイズで、ご丁寧に枕が二つ揃えて並べてあるとかっ!?

 

「みさ――じゃなくて藤真さんッ!? 今あなた達の寝室って言いましたよね!? じゃあここって黒猫とあやせの部屋ってことッスか?」

「違うわよぉ。ここは京介くんとあやせちゃん、そして黒猫ちゃんと合わせて三人の部屋に決まってるじゃない。あと堅苦しいから私を呼ぶ時は美咲で結構よ?」

 

 なんて茶目っ気たっぷりなウインクを添えて、俺に笑顔を振り巻いてくる美咲さん。

 なんつーか、地獄の鬼が泣きすがる亡者を、金棒で煮立った鍋に突き落とす時なんかに浮かべそうな笑みである。

 横目で確認したら、あやせも黒猫も引きつった表情を浮かべながら、部屋の中を凝視して固まってやがるし……って、さすがに見過ごせない状況だと悟ったのか、いち早く復活したあやせが美咲さんに食ってかかった。

 

「み、美咲さん。これって冗談ですよね? だってわたしとお兄さんが一緒の部屋で……ね、寝るだなんて、嫌……じゃなくて駄目です!」

「駄目って、どうして?」

「どうしてって……そんなの決まってるじゃないですか!?」 

 

 チラリとダブルベッドに視線を送るあやせ。

 枕はキッチリと隙間のない状態で真横に並べられている。

 

「別に変じゃないでしょう? だって京介くんとあやせちゃんは恋人同士じゃない。黒猫ちゃんは京介くんの実の妹だし。一緒の部屋でも問題ないはずよ」

「そ……れは……そうなんですけど……」

「うふふ。遠慮なんてしないで。ほら、三人で仲良く長い夜を楽しんでちょうだいな」

 

 口元に人差し指を添えた状態で妖艶に微笑む美咲さん。それからあやせの緊張を解すようにぽんっと軽く肩を叩いた。

 当のあやせも何とか反論しようとするのだが、建前で“そうなっている”事実を付きつけられてしまっては二の句を告げない。

 だがここで引き下がったら俺と一緒の部屋に押し込められると思ったのか、話を黒猫に持っていくことで事態の打開を図ろうとした。

 

「黒猫さんも黙ってないでなんとか言ってください! このままだとあなたもお兄さんと一緒の部屋で寝ることになっちゃうんですよ? そんなの嫌ですよね?」

「……そうね。確かにあやせさんと兄さんが一緒の部屋で寝るなんてことは看過できないわ。――妹として」

「え?」

 

 自分とは違う意味のニュアンスで否定され、あやせの眉根が怪訝そうに寄った。

 

「黒猫さん?」

「考えてご覧なさい。あなたと兄さんが一緒の部屋で寝る――しかもこの部屋の装いを見るに同じベットで寝ることを想定されているようね。そんな破廉恥な展開は断じて認めるわけにはいかないわ」

「い、今はそういうことを言っているんじゃなくってですね――」

「まあ聞きなさい。私はあやせさんと美咲さん、両者の意見を折衷した案を提出しようとしているのだから」

「……折衷って、要は代案ってことですか?」 

「そうよ。ここにはダブルベッドとシングルベッドの二つが存在しているわよね? まずその二つあるベッドの距離を出来るだけ離すのよ。――ああ、出来れば壁際にくっ付けるくらい離してしまうのが理想かしら」

 

 胸元に手を添えて、若干芝居がかったポーズを取りながら、黒猫があやせをねめつけている。

 前々から感じてたことだが、黒猫の奴あやせが絡むと妙に自己主張するというか、前向きになるというか、少し豹変しやがるな。

 普段は人見知りで極度の恥ずかしがり屋の癖に、一度スイッチが入ると周りが見えなくなるっつうか……。

 そういやゲー研連中でエロゲー作った時も、プレゼンでとんでもねえこと口走ってやがったしなぁ。

 基本的な部分ではノリの良い奴なのである。

 

「距離を離す……ですか?」 

「ええ。そうすればベッドとベッドの間に空間が出来る。その空間に適当な調度品でも並べてしまえば擬似的に部屋を分けることが出来るじゃないの」

「ベッドの間に壁を作るってことですか?」 

「そう。そして片側のベッドには兄さんが寝て、もう片方にはあやせさんが寝るの」

「……黒猫さんがなにを言いたいのかいまいち理解できませんけど、その案の場合あなたは何処で寝るんです?」

「決まってるじゃない。勿論兄さんと同じベッドで寝るのよ」

「なああっッ!?」

 

 どんな場面を想像したのやら。あやせの顔が急激に真っ赤になっていく。

 

「ダメ、駄目、駄目えぇッッ! そんなの絶対に駄目です! そんな……エッチなこと、わたし許しませんから!」

「エッチ? エロいということ? あらあら。これはまた語るに堕ちたわねぇ、新垣あやせさん」

「なにがですか!?」 

「私とそこにいる男は兄妹なのよ? その兄妹が一緒のベッドで寝るという行為の何処にエッチな要素が含まれているというのかしら? どう見ても健全な行為じゃないの」

「あ、ああ、あなたが……それを言うんですかあああ――!」

 

 黒猫が俺の妹であり、あやせが恋人であるというのは勿論ただの設定だ。

 設定のはずなんだが……黒猫の奴、本気で言ってんじゃねえよな?

 

「っふ。新垣あやせ――あなた先程その男と一緒に寝るのは嫌だと言ったじゃない。その意思を汲んだ私の案を認めないとでも言うつもり?」

「ぐっ」

 

 ズビシッ! と威勢よくあやせを指差す黒猫。

 対するあやせは、苦虫を噛み潰したような渋面を作りながらも、半歩前に出ながら反撃する。

 

「それは……わたしとお兄さんはプラトニックな付き合いですから! そういうのはまだ早いんです!」

「でもベッドは二つしかないわ」

「ならお兄さんには廊下で寝てもらうことにしましょう。風邪を引く季節でもありませんし、これなら何処からも文句が出ないはずです」

 

 出るよ! めっちゃ出るよ! 主に俺から!

 

「悪くはないけれど、それは少し可哀想な気がするわね。懲罰でというならまだしも今日はまだ何の変態行為もしていないのだし」

「……だからと言って黒猫さんとお兄さんが一緒に寝るなんて絶対認めませんから」

「ふう。頑固なのね。あれも嫌、これも嫌では纏まる話も纏まらないわ」

「あなたにだけは言われたくありませんよ――こンの、泥棒猫ッ!」

「ど、泥棒……猫、ですって? この女、一度ならず二度までも……!」

 

 煽られた黒猫があやせをキッと見据える。その視線をあやせは真っ向から受け止めた。

 瞬間、形成される特殊空間。

 あやせと黒猫を中心にして発生した謎の圧迫感が俺を包みこんだ。

 絵面的には美少女二人に挟まれている構図なんだが、その二人が仁王立ったまま視線に火花散らせてるとくれば心中穏やかではいられない。

 例えるなら暴風雨の真っ只中に放り込まれた小動物の心境といえようか。

 

「どうやら言葉を弄しても伝わらないようねぇ。ならば地獄の業火を召喚し、焼き尽くすまでよ」 

「いいですよ。受けて立ちます。ここじゃなんですから、表へ出ましょうか」 

「――待て待ていっ! っていうか黒猫もあやせも一旦落ち着けって! 到着早々喧嘩おっぱじめようとしてんじゃねーよ!」

 

 このまま二人のバトルを長引かせては大変なことが起きる。主に俺の身に。そう直感した俺は、身体を張って二人の間に割って入る事にした。

 

「つーかさ黒猫。おまえは俺と一緒に寝ることになっても平気なのか?」

「………………え?」

「だってよ、話の流れ的にそうなっちまうんじゃねえのか? ……その、一緒のベッドでよ」

 

 俺に指摘されてその“現場”を想像してしまったのか、黒猫は瞬間湯沸し機じみた速度で表情を真っ赤に染め上げていく。

 

「あ……ち、違うのよ。今のは先輩とこの女が一緒に寝るのを阻止しようとしただけで…………深い意味はないと言うか……、勿論平気じゃないし、かといって嫌という訳ではないのよ? ………………って私は何を口走って……!?」

 

 はわわと身振り手振りを交えながら、言い訳らしき台詞を並べ立てる黒猫。視線も右往左往しているし口元も引きつり気味になっていた。

 ありていに言って完璧にテンパってやがる。

 

「……うふふ。あはは。やっぱり面白いわねぇあなた達。見ていて飽きないわぁ」

 

 俺達のやり取りを眺めていた美咲さんが、クスクスと楽しそうな笑い声を上げている。しかも突如、口の端っこを意地悪そうに持ち上げるや、とんでもないことを言い出しやがったのだ。 

 

「ねえ、それならいっそ三人で一緒に寝ちゃえばいいんじゃないの?」

「――え?」

 

 突然感じる軽い浮遊感。

 黒猫の様子に目を奪われていたからか、俺は美咲さんが取った突飛な行動に対処することが出来なかった。

 それはあやせも黒猫も同じだったようで、唖然とした表情を貼り付けたまま“俺と一緒”に空中に身体を投げ出されている。

 

「どーん!」

 

 なんて擬音を後追いで口にする美咲さん。

 何をされたかっつうと、美咲さんに仲良く三人一緒に背中を突き飛ばされたのだ。

 

「いきなりな……って、うわぁ!?」

 

 まるで紐が絡まりあうように、ごちゃまぜ状態になってダブルベッドに倒れ込む俺とあやせと黒猫。

 奇しくも美咲さんの言った通り、三人仲良くベッドの上に寝転ぶことになってしまった。

 ちなみに、俺が一番下で二人の下敷きになっている体勢に近い。

 

「……お、重い……」

「重い!? 女の子に向かってなに言ってるんですかぁ! 全然重くなんてないです!」

「いや、マジで潰れ…………る」

「ちょ――お兄さん! 手! 当たってます! 当たってますから!」

「すまん……あやせ。何とか調整……すっから、ちょっち我慢してくれ……」

 

 超密着状態のまま何とか位置を調整しようともがき動く。

 だが、今度は黒猫側から駄目出しが入った。 

 

「う、動かないで頂戴、先輩! その状態から足を伸ばされるとスカートが……脱げ……ちゃ」

「でも動かねえと、右手があやせの――」

「おお、お兄さん!? どさくさに紛れてドコ触ってるんですか!? エッチ! ド変態! 通報しますよ!? 殺しますよ!?っていうか死ね!」

「そんなこと言われても……よ……」

「話を訊いているの先輩!? 足を伸ばしては駄目だと……ああぁ!」

 

 ――あちらを立てればこちらが立たず。

 もうね、ムニュって挟まれて揉みくちゃにされた状態でさ、温かいやら柔らかいやら良い匂いがするやらで脳が訳が分からん状態になっていた。

 あらゆる意味でフルバースト。

 ていうかさ、こんな極限状態を俺一人の力で改善するとか無理じゃね?

 そう結論付けた俺は、唯一自由に動ける美咲さん相手に目線で必死に助けを求めた。

 なのにこの姉ちゃんときたら――

 

「京介くん。さっきも言ったけれど、防音に関しては心配いらないからはっちゃけちゃってもOKよ」

 

 なんて親指立てながら扉を閉めようとしやがった。

 し、信じらんねえ!

 

「ちょっと待てえええええええッッ!!」

「フフフ。落ち着いたら下りてきてね。昼食にしたいから。――あ、そうそう。私ってプライベートでは結構融通の効くほうなのよ? 職業柄口は堅いしねぇ」

「この期に及んでなに言ってんスか!? つーか俺の話を聞いてえええええええええッッッ!!!」

 

 ――バタン。

 俺の台詞は完全に無視される形で、美咲さんは無情にも扉を閉じて去って行った。後に残ったのは、とっても幸せな状態――もとい、大変な状態になったまま取り残される俺とあやせと黒猫。

 扉が閉じられたことにより室内は薄暗くなっていて――

 その後どうなったかって?

 

 

 

「あのさぁ~、なんでほっぺにもみじ色した手型が二つも付いてンの?」

 

 場所を階下のリビングに移した俺達を加奈子が迎える。

 どうやら上へ行っている間に見事復活を果たしたようだ。

 ちなみに美咲さんは御鏡を連れて特注弁当――贅を凝らした特別仕様らしい――を車で受け取りに行っている最中である。

 近場なのでそれほど時間はかからないらしいが、これ幸いとこの間を利用して、俺達の事情を知らない加奈子に簡単な説明はし終えていた。

  

「……ちょっと階段で転んだんだよ」

「ドコの世界に階段で転んでビンタの痕付けるバカがいるんだヨ?」

「分かってんなら聞くんじゃねーよ!」

「どーせエロいことしようとして叩かれたんだべ? 京介って見るからにスケベそうだしィ~。あ、ロリコンだったっけ?」

「YESロリータNOタッチ! ってちげーよ! 俺はロリコンでもシスコンでもねえ!」

 

 全く失礼な奴だぜ。

 さっきのアレの原因を作ったのも美咲さんだし、一人の純然たる紳士として断固抗議する場面だ。まあ俺に責任が皆無だとは言わねーが、精々あって三割ってところだろ。

 そんな風に脳内分析していたら、加奈子があやせに向かってメンチを切りだした。

 

「ってゆうかさぁ、出会っていきなり友達に肘鉄喰らわすとかヒドクね? 跡が残ったらどーしてくれンだよぉ~」

「え? 肘鉄って何のこと?」 

「惚けんなよー。加奈子のこと思いきり打ったじゃんか。何か気失ってる間に川に流されそうになる変な夢見てさぁ、寝覚めとか超わりーしよぉ」

 

 むくれる加奈子に対して、あやせは“そんなことあったかな?”ってな感じで首を傾げている。

 しかし夢の中に出てくる川って……もしかして三途の川じゃねえだろうな?

 戻って来れて良かったな、加奈子。

 

「確か加奈子って貧血で倒れたんだよね? 何か勘違いしてない?」

「ハァ!? ンなワケねーじゃん! だいたいあやせはいつもいつも加奈子のことさァ――」

「ううん間違いない。わたし確認したもん。――ね、加奈子。貧・血・で! 倒れたんだよね?」

「ぁ――――ぅ!?」

 

 加奈子の台詞を遮る形であやせが上から言葉を被せる。その際、瞳から光彩を消し去り、ゆっくりとした動作で獲物に近づく様はまさに大型猫科の肉食獣。

 対する加奈子は、怯える草食動物よろしく小さく身体を縮めていた。

 しかし一寸の虫にも五分の魂。

 加奈子は無謀にもあやせに向かって反撃を試みた。

 

「に、にじり寄って来ても怖くなんかねーかんな! 加奈子様ナメんな!?」

「ねえ加奈子。あんまり強情張ると――――埋めちゃうよ?」 

「………………あれ? おっかしなー。ナンか貧血で倒れたような気がしてきたゾ? ……ウン。アタシカラダヨワインダッタ」

 

 五分の魂など一瞬で燃え尽きる。

 あの傍若無人台風みたいな加奈子を以ってしても、あやせにだけは逆らえない。

 つーか逆らってはいけないのだ。そのことを俺は身を以って知っている。

 あやせ様に面と向かって逆らう人間なんて、そうそうお目にかかれるもんじゃ……って、そういや黒猫がいたな。

 単純な戦闘力じゃ比べるべくもないが、あやせに一歩も引かず渡り合っていたりする。怖いもの知らずって面もあるんだろうが、なんかあやせも黒猫には一目置いてるっぽい感じがするし。

 そう思って黒猫に視線を移してみる。

 黒猫はあやせと加奈子のやりとりをじっと見つめているが、特に口を挟む素振りは見えない。

 ……っと、俺の視線に気付いたのか、黒猫がこっちに向かって顔を上げてきた。

 

「どうかしたの? 私に何か恨み言でもあるかのような瞳だけれど。それともまた頬を打って欲しいのかしら?」

「……悪かったって。けどありゃ不可抗力だった面もあるだろ? もう許してくれよ」

「ふふ。どうやら反省はしているようね。いいわ。あなたが破廉恥なのは前世から育まれた怨念みたいなものだもの。定められた運命だと思って諦めるわ」

「怨念レベルのスケベ野郎だってのか?」

「あら、自覚がないのかしら?」

 

 酷い言われようである。

 これって名誉毀損で訴えても良いレベルじゃね?

 

「部室で時々、瀬名の胸を盗み見ているの、知ってるのよ?」

「スンマセンしたああああぁぁ――――!!!」

 

 いや、違うんだよ。

 何かすげえ自己主張しやがるから、ついつい目が吸い寄せられるっつうか、盗み見るつもりはないけど気付いたら見てるっつうか……。

 おっぱいってすげえよな。

 

「なあなあ京介ー。その黒っぽいのってお前の妹なんだよなー?」

「え? ああ。そうだけど?」

 

 あやせに許されたのか、復活した加奈子が俺と黒猫の会話に入ってきた。

 簡単に事情は説明してあるが、黒猫とのことを突っ込まれると色々面倒なので割愛して話してあるのだ。だから加奈子は黒猫を俺の妹だと思っている。

 全部説明すると桐乃のことまで話が及ぶかもしんねーし。

 なのにこいつは……。

 

「マジで? なんか兄妹って感じじゃなくね?」

「ど、どの変がよ?」

「んー、うまく言えねーんだけどよぉ、なーんかぁ雰囲気とか違うんだよねぇ」

 

 なんて核心を吐く言葉を吐きやがる。

 事実として完全に他人なんだから見破られても不思議じゃねえが、バ加奈子に指摘されるとは思ってなかった。

 あやせもそう感じたのか

 

「……興味あるの、加奈子?」

「んー? 興味っつうか、妹じゃなかったら厄介かなーって」

 

 厄介って。意味が分からんぞ。

 だがその言葉に当の黒猫が反応した。

 

「っふ。そこのメルルもどき。今の言葉、どういう意味で言ったのか説明してもらえるかしら?」

「だッ、誰がメルルもどきだこらぁー!」

「というより――あなたこの男を“京介”って呼んでいるけれど、それはどうして?」

「あ、それわたしも気になってました。どういうこと加奈子?」

「だってぇマネージャーって呼んじゃ駄目なんでしょぉ~? じゃあ名前で呼ぶしかないじゃんかあ」

「……気色悪いからやめてくれるかしら」

「なんでお前に駄目出しされなきゃなんねえんだヨ! ねぇ京介~。別に名前で呼んでも良いんでしょう~?」

 

 急に猫なで声(色っぽくはない)を出しながら、ぴとってな感じで加奈子がくっ付いてきた。

 瞬間、それを見たあやせと黒猫の額に青筋が立つ。

 

「――先輩。そのメルルもどきをこちらに渡して貰えるかしら?」

「――お兄さん。どうして親しげな名前呼びを許しているんです?」

 

 ここで俺に飛び火してくんのかよ。

 道端に転がってる空き缶の如く存在感を消してやり過ごそうと思っていたのに……。

 

「それはだな……」 

「ヘへんッ! 呼びたきゃ自分達も名前で呼べば良いじゃんかよー。なあ京介ぇ」

「……頼む加奈子! 俺をこれ以上渦中に巻き込もうとしないでくれ……!」

「何を言っているの? 先輩は当時者でしょう?」

「お兄さん。わたし達と加奈子のどっちの味方をするんですか?」

 

 急に息がピッタリと合わせ、あやせと黒猫がコンビで俺に迫ってくる。

 二人とも微妙に笑顔なのが更に怖い。

 

「……落ち着けって。別にそんな怒るようなことじゃねえだろ? 加奈子の言う通りマネージャー呼びを止めさせたのは俺達なんだし」

「苗字で呼ばせればいいじゃないですか!」

「っつってもよぉ……」

 

 今の俺は“赤城京介”ってことになってるしなあ……。つーか、美咲さんとかフェイトさんとかも京介って呼ぶのに、何で加奈子にだけ反応すんだ?

 

「どうしてか胸がムカつくから嫌なのよ」

「あら、珍しく意見が合いましたね、黒猫さん」

「本当に。癪だけれど――これは共闘するフラグかしら?」

 

 互いに頷き合うや、にじり、にじりと近づいてくる黒あやコンビ。

 いつの間にか俺と加奈子は壁際にまで追い詰められていた。

 

「あーん、京介ぇ~。たすけてぇ~。鬼女どもが苛めるぅ~」

『――誰が鬼女よッッ!!』 

 

 あやせと黒猫の絶叫がまったく同じタイミングで重なった。その絶叫に対し驚いた俺は、素早く頭を抱えてうずくまることで対抗する。

 打撃技に対しては無敵を誇るカリスマガードのポーズである。

 情けねえが、ほっぺに刻まれた二つの赤色もみじが俺の精神を薄弱にしていたんだ。

 だが、俺が恐れるような事態はいつまでたっても訪れてこない。

 不審に思い、恐る恐る顔をあげれば……。

 

「……えっと、そこで何をしているの、京介くん?」

 

 玄関の扉を開いて顔を出していた美咲さんと、バッチリ目線が合ってしまった。

 きっと買出しから戻って来たんだろう。

 ――フッ。

 状況を説明しよう。

 あやせと黒猫と加奈子に囲まれながら(一色触発っぽい雰囲気)一人頭を抱えて床にうずくまる俺。

 傍から見る分には実に珍妙な光景に映ったことだろう。

 その状態を見た美咲さんは、軽く咳払いをしてから

 

「ねえ、京介くんって――Mなの?」

「違うううううッッッ――――!!!」

「あなたも特殊な性癖を持って苦労しているかもしれないけれど、やっぱり時と場所は選ばなきゃ駄目だと思うのよ」

「頼むから俺の話も聞いてぇぇ!!」 

 

 結局、美咲さんの誤解を解くのに昼食を食べ終わるまでの時間いっぱいかかったのは痛恨と言えよう。

 だって豪華な弁当を味わう暇が残らず消し飛んでしまったのだから。

 ……ぐすん。

 

  


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