あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第三十一話

「ふう、いい湯だったぜ」

 

 自販機で購入した缶コーヒーを手にしながら、出てきたばかりの脱衣所を振り返る。すると今から温泉に入りに行くだろう家族連れの姿が目に飛び込んできた。

 父親と母親、そして兄妹らしき二人の子供達。

 子供の年齢は小学校高学年くらいだろうか。

 背格好からしてたぶん兄なんだろう男の子が、妹から柄物のタオルを奪っている光景に目が吸い寄せられる。

 その兄貴がタオルの柄を指差しながら、ニヤニヤと笑っているのを見るに、どうやら妹を面白半分にからかっている様子だ。対する妹の方は、若干目尻に涙を浮かべながらも、ぐっと手を伸ばし“お兄ちゃん返して”と必死に訴えている。

 だが兄は、タオルを掴んだ腕を更に上に伸ばし、身長差を利用して妹の手からタオルを死守していた。

 タオルに描かれているのは今流行りのアニメキャラか。

 結局は両親に窘められタオルは妹の手に戻るのだが、叱られて拗ねたように唇を尖らせる兄貴と、その兄貴に向かって真っ赤な舌を突き出す妹の姿に、ふと昔の俺と桐乃の姿が重なって見えた。

 

 ――お兄ちゃん、一緒にお風呂入ろ!

 

 なんて言って無理やり押しかけてきてたっけ。

 まあ語るのも恥ずかしい子供の頃の思い出ってやつなんだが、きっと桐乃の奴は覚えてねえんだろうなぁ。

 まだ兄妹仲が良かった時分の話だけど、あいつ小さい頃は一人で頭洗うのが下手でさ、毎回俺に手伝わせてたんだよ。

 そのくせ目に雫が入って痛いだの、もっと優しくしてだの言って喚くし。

 すぐのぼせるくせに中々湯船から上がろうとしなかったり、本当、毎回付き合わされるこっちの身にもなれってんだよな?

 けど今更こんなことを蒸し返したら、問答無用で蹴りの一つでも飛んでくるんだろう。

 ――キモイ、死ね! なんて罵倒付きでよ。

 

 と、少し話が逸れたか。

 そんな埒もないことを考えている間に、例の家族連れは脱衣所の中へと姿を消していた。

 混浴ってわけじゃなく、少し進んだ先で男女別に別れてるんだが――視界から興味の対象が消え失せたことで、手の中でぎゅっと握りこんでいた缶コーヒーの存在感が増した。

 水滴を帯び始めた表面から伝わるひんやりとした感触。

 俺はプルトップを押し開くや、そのまま一気に喉の奥へと中身を流し込んでいく。

 

「っぷは。やっぱ風呂上りはコーヒー牛乳に限るよな!」

 

 まろやかな牛乳の甘みとコーヒーの苦味のバランスが絶妙で、身体の内側を流れる冷たい感触は風呂上りの火照った身体に心地良い。

 さて、一息吐いたところで軽く現状を説明しておくとしよう。

 今俺が立っている所はいわゆるホテルのロビーに当たる場所だ。といっても正面玄関から離れた端っこの部分で、目の前には大浴場へと繋がる廊下が続いている。

 

「うちにも当然お風呂はあるけれど、どうせなら広々とした空間でゆったりと温泉に浸かりたいわよね?」

 

 という美咲さんの言葉が発端となり、ここ(宿泊客じゃなくても所定の金額を払えば温泉が利用出来る)にやってきたというわけだ。

 距離的にも別荘から車で十分くらいと近く、女性陣は一も二もなく大賛成。何故か御鏡の奴が少し渋ってやがったが、結局は全員一緒にここまで来たという寸法になる。

 施設も混浴じゃなかったのが唯一の不満(実際混浴だったら、今頃俺は血塗れ状態で湯船に浮かんでいた可能性がある――犯人は言わなくても分かるよな?)だったくらいで、様相を含め大満足の一風呂だったと言えよう。

 

「お待たせ、京介くん」

 

 そうこうしてる間に御鏡の奴が遅れて脱衣所から姿を現した。

 昼食後に付近を散策したり、川辺で水遊びをしたりと一緒に遊んだ経緯もあり、女性陣を含め御鏡ともそれなりに距離が近くなっていた。

 初対面で敵だと断じた俺だが、話してみると意外と良い奴だったのである。

 

「遅かったな。女じゃあるめーし、髪なんか適当に乾かしときゃいいじゃねーか」

「はは。京介くんらしいワイルドな考え方だね」

 

 美少女のように朗らかな笑顔を浮かべる御鏡。

 だが幾ら美形でも野郎に微笑みかけられて喜ぶような趣味は持ち合わせちゃいないので、俺はつっけんどんな態度でこう言い放った。

 

「うっせえ。お前が一々細けえんだよ」

 

 短い時間だが御鏡と接した俺の感想は、こいつはよく気がつく野郎だってことだ。

 目端が効くってのか、色々なところを良く見てる印象がある。かといって引込み思案って訳でもなく、自分の意見はキッチリ言うし行動にも移す。

 スマートで気配りが出来る爽やかなイケメン――やっぱ、女の子にはこういう奴のがモテるんだろう。

 線が細いってのも女にゃ受けるポイントだろうし。

 言うなれば、俺とは正反対に位置してる男ってことになるか。

 

「取りあえず座らない? 美咲さん達が出てくるまでもう少し時間がかかりそうだし」

 

 そう言って御鏡が自販機脇にある長椅子を指差した。

 確かに突っ立ったままってのもしまりが悪い。そう思った俺は御鏡の案に乗って椅子に腰を下ろすことにする。

 提案した御鏡も、俺に続いて腰を下ろしてきた。

 

「そういやさ、お前こっちに来るの少し渋ってたよな? 温泉とか嫌いなの?」

「ううん。好きだよ。大きいお風呂とか最高だと思う」

「だったら何で?」

「だって温泉だと――覗けないじゃない?」

「…………は?」

 

 えっと、今なんつったコイツ? 

 覗くって何を……って誰をですかね!?

 

「こういう旅行には付き物のイベントだと思うんだ、僕。ほら、物語の主人公とかがうっかり女風呂に特攻しちゃうようなシチュエーションってよくあるでしょ?」

「よ…………く?」

「だけどこういう施設だと見つかった時に洒落にならなくて、最悪の時は犯罪行為になっちゃうから」

 

 僕、まだ捕まりたくないよと嘯く御鏡。

 ……勘違いしてるみてーだが、見つからなくてもそれはれっきとした犯罪行為だよ!

 ちなみに俺の親父は警察官で刑事だからな!

 

「でも美咲さんの別荘内だと軽いお茶目程度で許して貰えるかもしれ――」

「何言ってんのお前!? 正気か!? っていうか馬鹿なの? 死ぬの!?」

「なんだい死ぬだなんて。大袈裟だなぁ京介くんは」

「いやいやマジで言ってんだって!」

 

 こいつはあやせ様の恐ろしさを知らないからこんなことが言えるんだ。

 覗き――なんて行為をした日には、俺達は一瞬でひき肉ミンチの肉塊に変えられてしまうだろう。

 そして山中に埋められるんだ。

 

「えー? 京介くんは見たくないの、女の子の裸。それもとびきりの美女と美少女が揃ってるんだよ。こんな機会はそうそうお目にかかれないと思――」

「ちょ、おま、声が大きいって!」

 

 いきなりとんでもないことを口走り出した変態……もとい御鏡の顔面を、両の掌で押さえ封殺する。

 こんな話が外部に漏れたら大変なことになってしまうからだ。

 

 正直言えば俺だって思春期真っ盛りの健全な男子高校生だ。

 女の裸には興味がある。つーかありまくる。

 エロ本だって持ってるし、エロDVDだって所持している。インターネットで動画の一つや二つ検索したりもしたさ。

 ここに来ている女の子達――あやせや黒猫、そして加奈子が美少女だってのにも頷こう。美咲さんだって元モデルの超絶美人だし、スタイルも抜群だ。

 だから見たいかと問われれば、即座にYESと答える自信がある。

 けどさ、そう思うのと実際に行動に移すのは違うだろ。

 仮に絶対にバレないにしても、覗きなんて行為は彼女達に対する裏切り行為に相当する。

 少なくとも俺はそう思っていた。

 

「んー! んー!」

「おっと」

 

 少し力みすぎたのか、御鏡が顔を赤くしながら俺の腕をタップするように叩いていた。流石に可哀想になった俺は、様子を見ながら腕の力を緩め御鏡を解放することにした。 

 

「……ふう。何をそんなに憤っているんだい? 取りあえず落ち着いてよ京介くん。口元押さえられると苦しいし」

「お前が落ち着け、御鏡ィィー!」

「僕は至って冷静だよ。それにほら、某有名ゲームの主人公もさ、意思とは無関係に身体が勝手にシャワー室へ向かったりするじゃないか」

「ああ、あのツンツン頭でモギリが趣味の――って、ゲームと現実を一緒にすんじゃねぇぇッ!」

 

 そいつは大○隊長だから許されるんだよ!

 つーか、こいつってゲームとかやる奴なのか? 

 そういう風には見えねえが……。

 

「あはは。本当に落ち着いてよ。ごめん。謝る。今までのは僕なりの冗談だからさ」

「……へ? 冗談?」

「うん。基本的に僕は“二次元の女の子”にしか興味ないからね」

 

 やんわりと俺の手を押し返しながら御鏡が苦笑する。

 ――って、今コイツとんでもない爆弾発言しなかったか?

 

「……二次元って、あの二次元か? アニメとかゲームとかの」

「そう。その二次元」 

「ってことは、お前ってオタなの?」 

「そうだよ。けど僕ってオタク関係の友達が一人もいなくて。それで兄さんに相談したら――男同士が心底仲良くなるにはまずエロい話題から入るべき――ってアドバイスを貰ったんだ」

「馬鹿野郎っ! そうするにしても段階っつうもんがあるだろうが!」

「僕もそう思ったんだけどね、兄さんの強い押しがあったから」 

「……お前の兄貴ってある意味変態だな!」

「いやあ、それほどでもあるかなぁ」

 

 なんて言いながら、御鏡はあははと朗らかな笑みを浮かべている。

 別に俺は一言も褒めてねーけどな!

 

「ん? ちょっと待て御鏡」

 

 そこまで会話して一つの違和感を感じるに至った。

 何でこいつ俺がそういう方面に詳しいって知ってんだ?

 御鏡と俺は今日が初対面である。

 事前に美咲さんから俺が来ることを聞いていたとしても、詳しい趣味なんか分かるわけがない。だがこいつは事前に兄貴からアドバイスを貰っていたと言う。

 昼からこっち一緒に過ごしていたとはいえ、そこまで突っ込んだ話をした覚えもない。

 その辺りを御鏡に問い質したら、こいつは少し早まったかなという苦い表情を浮かべた。

 

「隠しててもしょうがないから正直に言うけど、京介くんのこと、個人的に少しだけ調べたんだ」

「……は? 調べたって、何で!?」

「新垣さんの彼氏さんってのがどんな人物なのか気になっちゃってね。――美咲さんからちょっとした事情は聞いていたんだけど詳しくは分からないし……って、調べたって言っても別に興信所とか使った訳じゃないよ。ちょっと知人に聞いた程度だから安心して」

 

 むう。安心しろって言われてもまだ話自体がよく飲み込めん。

 誰かに俺のことを聞いて、それで俺がオタ関係に詳しいって知ったってことか? 

 

「本名は高坂京介くん、だよね?」

 

 突然俺の本名を告げられ、一瞬心臓が跳ねた。

 こいつの前では赤城京介としか名乗っていないのに。 

 

「なん……で、それ……」

「京介くんてさ、桐乃さんのお兄さんなんでしょう?」

「…………ぁ」

 

 思考が追いつかず沈黙してしまう。

 

「この業界広いようで狭い部分も多いから。桐乃さんとは美咲さんの紹介で知り合って――年齢が近いのもあって少し仲良くなりました」

「…………」

 

 今度の沈黙は“どう答えれば良いか”咄嗟に考え付かなかったから押し黙った。

 更に御鏡は続ける。 

 

「色々話すうちにお互い兄さんがいるのが判明して、それでちょっとずつ“兄”について話していって、それで僕の中で美咲さんが言っていた赤城京介くんと桐乃さんのお兄さんの京介くんとがイコールで結ばれたわけです」

「……じゃあ桐乃は知ってんのか? その、今回の事とか美咲さんの事とか」

「京介くんが美咲さんや新垣さんと関わってるってことは話してないよ。純粋に兄について話してただけだしね。勿論美咲さんにも“高坂京介”くんのことは言ってない。だけど――」

 

 少し声を潜め脱衣所辺りに視線をやる御鏡。

 それに釣られて目線を向けたが、特に誰の姿も見えなかった。

 

「美咲さんは気付いてるんじゃないかなぁ? 伊達にあの若さでエタナーの取締役やってる訳じゃないからね。凄い人なんだよ」

「じゃあ色々知ってて俺達をここに呼んだってことか? もしかしてあやせのスカウトの件、諦めてねえとか?」

「どうだろ? でもそれはないと思うよ。今回の旅行はプライベートなものだし。京介くんや黒猫さんのことを気に入ってるのも本当だと思う」

「じゃあなんで?」

「たぶん、気付かない振りしてる方が色々と面白くて楽しいからじゃない?」 

「…………あの姉ちゃんっ」 

 

 御鏡の答えを聞いてある意味納得する。

 色んな意味で油断のならない姉ちゃんだと思っていたが、確信犯だったってことか。しかも知らないフリをしているなら、こっちから突っ込むのはやぶ蛇になりかねないので突っ込み難い。

 正に掌で弄ばれるお猿さんの境地。

 そしてその思いは、別荘に戻ってからすぐに現実のものとなって俺に襲いかかってくるのだった。

 

 

 

「じゃあそろそろ飲み会を始めましょうか、京介くん!」

「…………えっと…………下へ降りて来るなり何を言い出してんスか?」

 

 リビングでくつろいでいたら、突然現れた美咲さんがとんでもない事を言い出した。

 俺達はホテルで温泉を堪能した後、美咲さんオススメのレストランで夕食をご馳走になってから(超豪華ディナーは本当だった)別荘まで戻って来ていた。

 美味い飯を食って満腹になり、心爽やかな気分で雑談に興じていた皆の視線が美咲さんに集中する。

 ちなみにこの場には俺を含め、あやせ、黒猫、加奈子、御鏡と全員が勢ぞろいしていた。

 

「なにってお昼から色々遊び倒して、その疲れを温泉で癒して、お腹いっぱいご飯も食べた。あとやることと言ったら飲みながらの雑談くらいじゃない?」

「それマジで言ってんスかね?」

「勿論。外に出れば輝くばかりの満天の星空が迎え、自然が奏でるオーケストラが耳に心地良い。流石に外で飲もうとは言わないけれど、こういう日はグラスを交わして親睦を深めるのがスマートな大人の夜の過ごし方なのよ」

「……言いたいことは分かりますけど、まったく理解出来ない提案ですよね?」

 

 ぐるりと周囲を見渡すまでもなく、ここに居る人物は美咲さんを除けば全員未成年だ。

 お酒は二十歳になってから。最早常識である。

 なのに美咲さんは、不敵な笑みを浮かべながらすらっと伸びた人差し指を軽く振ってみせる。

 

「チッチッチ。文句を言う前にこれを見ることね、京介くん!」 

 

 そう宣言した美咲さんは、リビング中央にあるテーブルに、これ見よがしにデンッと瓶状の物体を置いたのだ。

 その瓶の中には透明な液体が並々と詰まっていて……って、これもろ一升瓶じゃねえかああああっっ!

 

「み、みみ、美咲さん……!?」 

「そんな顔しないの。これ、お酒じゃないから」

「馬鹿な!? どっからどう見ても日本酒――」

「ふふん。銘水川神水。正真正銘ノンアルコールのただの“水”よ。けれどこの水はちょっと特殊な品で――なんとアルコールを摂取せずとも場の雰囲気だけで酔えるのよ!」

「場酔い……だと!?」

「その通り。ちょっと場の雰囲気に酔い易くなるだけで至って健全な飲み物なの。念のため繰り返すけれど、至って健全な飲み物なのよ!」

 

 大事な事なので二回言いました的に語句を繰り返す美咲さん。

 一升瓶を誇る姿が何処か寒々しい。

 

「まあ物は試しよね。ちょっとだけ飲んでみなさいな。一口飲めば私の言っていることが本当だって分かるから」

 

 全員をテーブルに集め、それぞれの前にグラスを差し出し、並々と川神水を注いでいく美咲さん。

 見た目は完全に無色透明な液体であり、外からは水か酒かの判断は付かない。けれどお酒独特のあの匂いは漂ってこなかった。

 俺は恐る恐るグラスに手を伸ばすと、まず舐めるように舌だけでチロっと味わってみる。

 …………うん。マジでこれただの水だわ。

 念の為もう一口含んでみても感想は変わらない。黒猫やあやせも俺と同様の感想を抱いたようだ。

 

「……本当に普通のお水みたいですね。というより喉越しが良くって美味しいくらいです」

「ただの水なのに場の雰囲気で酔えるなんて、何らかの魔力でも込められているというの? けれどあやせさんの言う確かに美味しいわ」

「ま、あたしは酒でも構わねーけどな!」

 

 加奈子なんてくいーと一気にグラスを空けつつ、きゃははと楽しそうに笑っている。

 つーか加奈子の奴ちょい前までタバコとか吸ってやがったし(あやせに“ごめんなさい。私はとても反省しています。二度とタバコは吸いません”と約束させられた)酒とか飲み慣れてんじゃなかろうか。

 今は真面目にアイドルやってるみたいだし、禁酒? してるのかもしんねえけど。

 というか飲んでたらあやせ様に粛清され山に埋めらてる可能性のが高いか。

 

「知る人ぞ知る銘水よ。口当たりが良いから女の子でもとても飲み易いの。じゃあ誤解も解けたところで乾杯といきましょうか!」

 

 こうしてアルコールを介さない酒盛り? が幕を開けたのだった。

 

 ★☆★ 酩酊レベル 1 (あくまで場酔いです) ★☆★ 

 

「乾杯っ~!」 

 

 空中でグラス同士がぶつかり合う甲高い音が響く。

 学生でも打ち上げをやったりするので、こういう作法は心得ているのだ。その後は各々グラスを手元に戻し、まず一杯目を飲み終えた。

 そのタイミングを見計らっていたように、美咲さんがすっくと席を立つ。

 

「さて、私はキッチンに行って簡単な料理を用意してくるわね。箸休めも無しに飲み続けるのは辛いでしょ?」

 

 さすがは元人気モデル。ちょっとした動作の全てが絵になっている。

 今も立ち上がりざまに片目を瞑りながら、俺達に愛嬌を振り巻いていた。それを見ていた御鏡は、何か思いだしたように目を見張ると、彼女の後に続くように席を立つ。

 

「じゃあ僕も少し席を外します。……ああ、自室に行ってくるだけですから、皆さんは気にせず続けていてください」

 

 結局美咲さんはそのままキッチンへ。御鏡はすぐに戻ってきますと階段を登って上の階へ消えて行った。上には御鏡に宛がわれた部屋があるので、何かを取り行ったのかもしれない。

 だがここで考えていても答えは出ないので、奴の言う通り気にせず、この間を利用して現在の立ち位置なんかを説明しておくことにしよう。

 参加人数は全員で六名。

 三人づつ横並びにテーブルに付いている形になり、俺の両隣には黒猫とあやせが。対面には加奈子と御鏡、そして美咲さんが席を取っていた。

 今は御鏡と美咲さんが席を空けているので、対面には加奈子が一人で座っていることになる。

 

「なあなあ京介ぇ~。よっく見てみ? 加奈子のグラス空になってんゾ」

 

 その加奈子が自分の前にあるグラスに目をくれながら何やら要求し始めた。

 でも意味が分からないので率直に応えることにする。 

 

「おう。空になってんな」

「オウ! じゃねえよ。それくらい言わなくても分かンだろ~? オラさっさと加奈子のグラスに酒注げヨ」

「アホ。これは酒じゃねえ。ただの水だ。それに自分の手が届くじゃねーか」

「え~。こういう時は誰かが気を回して注ぐもんじゃねーの? その態度、元マネージャーとしてありえなくね?」

「おまえいつまで俺をこき使う気だよ……。確かにマネージャーとして色々やってやったけど、あれはだな――――っち。まあいいや」

 

 ったく。しょうがねえ奴だな。

 面倒くさくなった俺は、溜息を吐きながらも一升瓶に手に伸ばすと、対面から差し出されていたグラス中に液体を満たしていく。

 それを見た加奈子はにひひと笑いながら、快活な態度で礼の言葉を述べる。

 

「さんきゅ、京介!」 

「あんまガブ飲みすんなよ? また腹ぷよぷよになんぞ」

「うっせ。今の加奈子のスタイル見たらテメー気絶すっかんな。覚悟しとけヨ? お?」

「何の覚悟だよ。つーかお子様体型なんかに興味ねえっつうの」

 

 俺の好みとしてはやっぱ女の子は出るとこ出てねーと。

 そう思ってあやせを見てみれば、何故か目が合ってしまった。

  

「べ、別に俺はなんもやましい事なんか考えてねえからなっ!」

「……わたしなにも言ってませんけど?」

「ぐッ!?」

 

 しまった! 

 追求されてもいないのに自ら語り出してしまうという墓穴を掘ってしまう。 

 

「もしかして、なにかやらしいことを考えていたんですか、お兄さん?」

「か、考えて……ません」

「本当ですか?」

 

 半眼で睨まれるも、無言で押し通す。

 まさかあなたの胸を見てました、なんて口が裂けても言えるわけがねえ。

   

「……まあいいですけど。お兄さんって基本的に加奈子に甘いですよね?」

「え?」

「甘いですっ。甘やかしてます」 

「そうかぁ?」

「色々文句は言いますけど、結局は加奈子のお願いを率先して聞いてるイメージがあるんですよ」

「そんなことねえだろ。俺コイツに対して気を使ったりしてねえし」

 

 なんつーか、感覚的には男友達みてーなもんだ。

 そういう意味じゃあやせや黒猫とは全然違った接し方をしてるとも言える。安心できる幼馴染、麻奈実なんかとも違う存在だ。

 じゃあ俺にとっての加奈子は何なんだという疑問が頭をもたげてきた。

 

「お兄さん。念の為確認しておきますけど、ロリコンじゃあないんですよね?」

「ちげーって! まあ状況に流され易いってのは否定できねえからよ、そう見えるのかもしんねえけど……」

 

 一応言っとくが、状況に流され易いってのはロリコンって意味じゃなく、お願いを聞くってイメージな!

  

「先輩は優しいから。優しすぎるから。それが時に甘く見えるのかもしれないわね」

「……うーん。単に優柔不断なだけかもしれませんよ黒猫さん。お兄さん、エッチですし」

 

 優柔不断とそれは関連性ゼロだろ!

 ……ゼロだよな?

 

「エッチなのは否定しないわ。けれど“大嫌いなはずの妹”の願いを、全身全霊を使って叶えてげるような豪気さも持ち合わせている。我武者羅に走り回る姿とか、文句を言いながらでも奔走して問題を解決してくれたりね」

「それは、確かに」 

「眩しいわよね、実際。そんなところに私は――」

 

 ハッとして、陶酔するように呟いていた言葉を慌てて飲み込む黒猫。

 それから彼女は、無理やり途中で止めた口上の変わりに、手にしていたグラスの中身を一気に呷った。

 コクコクと可愛らしく喉が鳴る。

 そして中身を全て飲み干した黒猫は、少し顔を紅くしながら空になったグラスを俺の前に差し出してきた。

 

「――私にも注いで頂戴、先輩」

 

 何を言いあぐねたのか追求したい気持ちもあったが、加奈子に注いでやって黒猫に注がない訳にもいかない。

 俺は苦笑しながら瓶に手を伸ばすと――ってな場面で、あやせからもグラスがにゅっと差し出されてきた。

 

「お兄さん。私にもお願いします」

「……へいへい」

 

 左右から同時に突き出される空のグラス。

 俺は半ば諦めの境地で、それこそ長年勤めた執事の如く彼女達のグラスに中身を継ぎ足していった。

 これで俺の飲み会での立ち位置が決定されてしまった気がするが、まあ深くは考えまい。

 どうせ“慣れて”いるんだ。

 そうこうしている内に、美咲さんと御鏡が戻ってくる。

 宴はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

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