あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない 作:powder snow
★☆★ 酩酊レベル MAX ★☆★
「――お兄さんはぁ、ど・ん・か・ん! すぎるんですうぅっ! そうは思いませんかぁ黒猫さん~?」
「そうね。それについては全面的に同意するわ、あやせさん。もう先輩の朴念仁レベルはカンストしてしまっているんじゃないかって密かに疑ってるくらいだもの」
「あはは、珍しく意見が合いましたねぇ。さあさ、もっと飲んでください!」
「ありがとう。こちらもお返しするわ」
ってな感じで互いのグラスに液体を注ぎ合うあやせと黒猫。もうね、二人ともさっきからかっぱかっぱとグラスを空けまくり、浴びるように飲み続けている。
いくら水だからってちょっと飲みすぎじゃね?
つーか朴念仁レベルってなんだよ?
「それにしても美味しいですねぇこれ。すぅーと喉の奥へ滑り落ちる感じが最高です。なんだか身体も火照ってきて……良い気持ち」
ふうと息を吐きながら、あやせが襟から人差し指を差し込みつつ、開いた胸元に向かって手扇でぱたぱたと風を送っている。
ちょうど位置関係が隣同士なんで、そこが良く見えるのだが……。
「……ちょっとお兄さん、どこ見てるんですか?」
「べ、別に。どこも見てねえよ」
「嘘つき。視線の行き先くらいわかりますよ」
「いや……それは……」
「ふふ。本当にバカでスケベでド変態なんですから……。でもときどき妙に優しかったりするんですよねぇ」
とろんとした半眼になりながら、あやせが少し俺にしなだれかかってきた。
肩に感じる重さとあやせの体温。
本来ならすぐさま蹴りが飛んできそうなシチュエーション(あやせの方からもたれかかってきたとしてもだ)だが、酔っ払っている効果なのか、特にそこから攻撃される様子はない。
「察しが悪くてどんかんで……。でも頑張ってる背中を見てたら……わたし……」
瞳を潤ませたあやせが、至近距離で目を合わせてきた。
身長差があるのであやせが下から覗き込む格好になったのだが、その純粋なヤバ可愛い破壊力に心臓が自然と高鳴ってくる。
「……お兄さん」
桜色に染まった頬や艶やかに動く唇が色っぽい。そんなあやせへ自然と俺の視線が固定されていく。
その時、右手の甲にふんわりとした感触が覆いかぶさってきた。
慌てて目線を落として見れば、あやせの手が覆いかぶさっていて――
繊細で綺麗な指先。
その指がゆっくりと動き出し、俺の手の甲を舞台に見立てて優雅なダンスを踊りだした。
「あやせ……? 一体、なに、を……」
「お兄さんはどうしてそんなに優しいんですか? どうしてわたしに優しくしてくれるんですか? どうして――誰にでも優しくするんですか……?」
女を感じさせるような艶のある声が、耳から直接脳内に入り込み精神をかき乱す。
さっき高鳴った鼓動はさらに加速度を増していき、それに合わせ頬が急激に紅潮していくのが分かった。
「答えてください、お兄さん。返答次第では……わたし……」
「っ……」
手の甲で遊んでいた指先がすっと離れていった。それを名残惜しいと思う間もなく、今度は手首の方へと移動していき、そのままぎゅっと握り込んできた。
子供をあやすような優しい握り方に若干戸惑う。そんな俺の仕草を楽しむようにあやせが笑って、そのまま握りこんだ俺の手をゆっくりと自身の方へと引き寄せていく。
添えられたのは、彼女の胸元。
ゴクリと生唾を飲み込んでしまったのは、極度に緊張している所為だろう。
衣服越しにあやせの体温が感じられて、その暖かさが縄となり俺の身体を縛っている。
正直、あやせの行動が、意図が読めない。
「お兄さん……」
俺の名を呼び、俺の腕を抱えたままあやせは――
「優柔不断なお兄さんなんて――――噛んじゃいますからぁっ!」
「痛ってぇえええええっっっ!!!」
脈絡もなく、いきなり俺の腕に噛み付いてきやがったのだ。
「な、何しやがる、あや――――やめて! マジ痛いってっ!」
「ほふぃしゃんがひへなひんれすよ。ほかのほんなのこひデレデレひてー」
「なに言ってるか分かんねーよ! 噛み付くか喋るかのどっちかにしてくれっ!」
「……がぶ、がぶ」
「俺が悪かったッ! 頼むから噛むのを止めて!」
ありていに言ってめちゃ痛い。つーかマジ痛い。てか、これ腕に歯型残っちゃうんじゃねーの?
とりあえずこの究極あやせホールドから脱出しないことには命に関わる。そう直感した俺は、黒猫に助けを求めるべく彼女を振り仰いだんだが――
「ずるいわ、あやせさん! 私も先輩に噛み付きたい!」
「は?」
「覚悟なさい先輩! 私はすっぽんのように一度噛みついたら離れないわよ!」
「お前までアホなこと言ってんじゃ……って、いてえええええええええっっ!!」
どこにそんな瞬発力を宿していたのか。
神速の動きで俺の左腕を取った黒猫は、先程のあやせよろしく、まるでリンゴにかぶり付くように歯を立ててきやがった。
「しぇんぱいがかいひんするまれ、ひゃなさないからー」
「お、お前もかよぉぉ!」
え? ナンなのこの状況!?
何で俺があやせと黒猫に噛み付かれなきゃならんの!?
全くもって理解不能だわ!!
「あははは。もう~両手に花状態ねぇ京介くん。羨ましいわぁ。隅に置けないわぁ、こンの色男!」
「そこ! 唯一の大人! 笑ってないで助けてくださいよ!」
俺の不幸がこの人にとっての幸福なのか。
美咲さんはお腹を抱えながらバンバンとテーブルを叩いている。目に涙を浮かべてまで爆笑する様は、とても大会社の偉い人には見えない。
つーかアンタ一応は保護者代わりだろうが!
本当、洒落なんねえなこの姉ちゃんわ!
「……ぐ。こうなったら……加奈子! 助けてくれ加奈子~!」
美咲さんじゃ駄目だ。そう理解した俺は対面にいる加奈子に助けを求めた。
こいつはこの中じゃ比較的“しらふ”に近い。きっと俺を助けてくれるはずだ。
そう思ったのも束の間
「京介~。そこのから揚げ食べないなら加奈子が貰っちゃうよん」
「何でこの状況で平常運転なんだよ! これ! これが見えてねえのか!?」
「んあ? 塩でもふりかけりゃ離れんじゃね?」
「塩ってナメクジかよ!?」
こいつも駄目だああああ!
クソ! これであと残っているのは御鏡だけじゃねーか。そう思って視線を移してみれば、御鏡が座っていたところが空席になっているではないか。
この修羅場にあいつ何処に行きやがった?
そう思った瞬間
「京介く~~ん!!」
「ぐえっ!?」
突然背後からチョークスリーパをかけられたのだ。
その見事な技の冴えに危うく意識を持っていかれそうになったが、必死の思いで繋ぎ止め慌てて振り返る。
「御鏡、お前いきなり……って、何で半べそかいてんだよ!? 顔面ぐしょぐしょじゃねーか」
「……京介くん。僕たち友達だよね? ね? 仲良くしてくれるんだよね?」
「ハァ!?」
「あのね、Fateは文学、CLANNADは人生、しすしすは真実の愛なんだよ(キリッ)」
「キリッじゃねーよ!! てか一切話に脈絡がねえ! お前まで酔ってんのか!?」
「僕はね京介くん。きっといつか二次元の壁を越えてみせるよ。だから見てて」
「見ててじゃねえ! あと女の子ならいざ知らず男に抱きつかれて喜ぶ趣味はねーんだよ! さっさと離れやがれ!」
身体を揺すってへばりつく御鏡を振り落とそうとする。だが意外なところ(具体的に言うと俺の左腕にへばりついている黒猫)から安堵の溜息が零れてきた。
「……良かった。先輩、ホモじゃなかったのね」
「あ、当たり前だろうがっ! その風評の元は瀬菜なのか!? 言っとくが俺は女の子が好きなんだよっ! 断じてホモじゃねえ!」
「……えっと、そういうの、ノンケって言うんですよね、お兄さん?」
「そうだけど、何処でそういう知識仕入れてくんのおまえは!?」
「ノンケ。ノンケねぇ。それは嬉しいのだけど、さっきのその言い草では、やっぱり先輩は女の子はら誰でも良いの――」
「ちっがーう!!!」
「まあ! 女の子なら誰でもなんて……お兄さん、不潔です。……がぶ、がぶ」
「ああ、もう! 三人ともいい加減離れてくれー!!」
結局三人が酔い潰れて動けなくなるまで、俺が解放されることは無かった。
この飲み会で得た教訓は――酔っ払いに常識は通用しない。
ただ、それだけだった。
南無……。
★☆★ 酩酊レベル ??? ★☆★
盛大に酔いつぶれてしまったあやせと黒猫を部屋まで送り届けた後、俺は酔い覚ましにと別荘の外へと出掛けていた。
この季節でも夜になると幾分涼しくなるのか、それともここの気候のせいなのか。
頬を撫でていく夜風が火照った身体に実に心地よい。
「ん~!」
ぐっと腕を伸ばし全身の緊張を解いていく。
その時、自然と上がった視線が夜空に輝く満点の星空を捉えた。視界いっぱいに広がる星の海原は、都会にいる時には決して見えなかった代物だ。
深く呼吸すれば草木の生の匂いが感じられる。耳を澄ませば虫達の奏でるコーラスも聴こえてくる。格好付けるわけじゃねえけど、ここには普段目にしない確かな自然があるのだ。
些細な変化なのかもしれない。けれど自分でも驚くくらい感動してしまっている事実に気付いて、思わず苦笑してしまった。
あいつがここに居たら何て言い出すんだろう、なんて思っちまったからだ。
ったく、全く柄じゃねえ。
「うへー。さすがに飲みすぎかなー。ちょっとフラフラする」
なんて声音に振り返ってみれば、加奈子がゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見えた。そしてそのまま俺の隣まで進んでくる。
他の面子――御鏡の奴は何だかんだで酔い潰れやがったし、美咲さんは居残って(俺達を気遣ってくれたのかもしれん)自ら宴の後片付けを買って出てくれた。
あやせと黒猫は絶賛同じベッドでお休み中(目が覚めた時の反応がちょっと楽しみ)のはずだし、期せずして加奈子と二人きりになっちまったわけだ。
といっても、相手が女の子だからって緊張するような間柄でもない。
こいつのマネージャーに扮している時は散々一緒にいたのだ。
「京介ー、こんな時間にドコ行くんだよ? なんか用事でもあんの?」
「特にねえけど。ちょい酔い覚ましに散歩でもしよーかなって」
「ふうん。散歩ねえ。ま、いいけどよ。あんま遠くまで行って帰れなくなってもしんねーよ?」
「……お前、俺のことバカだと思ってるだろ?」
「そんなんじゃねーけど、京介ってどんくさそうじゃん? いかにも道に迷いそうだなーって」
「ほっとけ。つーかバ加奈子に言われるとは世も末だぜ」
「だ、誰がバカな子だこらぁ~! こう見えて最近は色々ちゃんとやってんだかんな!」
「ちゃんとって?」
「……う。ベンキョーとかいろいろだヨ」
ばつが悪そうにちょいと唇を尖らせる加奈子。しかしこいつバ加奈子とバカな子をかけたのに気付いてやがらねーな?
つーか、こいつが勉強とか似合わないにも程がある。
「あ、その目は信じてねえな」
一丁前に憤慨したというポーズを取ってこちらを威嚇してくる加奈子。……だが、こいつがやっても全く迫力がないので、お子様が駄々を捏ねている風にしか見えない。
「なんかさー、あやせ経由で知り合ったおばさん――あたしは師匠って呼んでんだけど――が色々と教えてくれんだよねー」
「おばさん?」
「うん。眼鏡かけた昔ながらの優しそうなおばさん。なんか合う度にお菓子とかくれるし」
「おまえ、それ餌付けされてるだけなんじゃ……?」
「にひひ。そこはやっぱ加奈子が可愛いからじゃね?」
「すんなり受け入れてんなよ。で、なんで師匠?」
「ベンキョーとかみてくれてんの。あと最近は料理も教わってんだぜ? 師匠、料理が超上手でさー」
加奈子はまるで自分のことのように、その師匠なる人物を誇っていた。
どうやら相当気にいってるらしい。
こいつの面倒を好んで見たがるなんて、また物好きな人物がいたもんだ。けどあやせの紹介ってことは変な人じゃなさそうだし、俺が心配することもないだろう。
「だから今度京介にもご馳走してやんよ。未来のスーパーアイドル加奈子様の手料理だべ? 感謝しろヨ?」
「そりゃ光栄なことで」
手料理、ね。
ちょい前にも似たような話を聞いた気もするが……兎にも角にも、こいつなりに頑張ってんだな。
見た目や言動がちょい遊んでる風だから誤解されやすい面もあるが、根っこの部分じゃすごい真摯な奴なんだよな加奈子の奴。
なんのかんの言いながらブリジットちゃんの面倒みてやったり、桐乃とも仲良くやってるし。
そんなやり取りの後、少し会話が途切れてしまい、二人で歩くだけの時間が続いた。
隣を行く加奈子のツインテールが、視界の端でひょこひょこと揺れている。
それを目印にして歩幅を合わせて歩いた。
どれくらいそうしていたのか。道なりに進んでいた俺達の目の前に開かれた空間が現れる。
木々を壁代わりに配置したような円形の空間だ。花壇やベンチの類が設置されているところをみると小さな公園、みんなの憩いの場ってところか。
そのまま園内の中央まで進み、ベンチに腰掛けようかと思案する。
軽い散歩のつもりだったので、あまり時間を潰さずこのまま帰るべきか迷ったのだ。
一応加奈子の意見も聞いてみようか。そう思って振り返ったタイミングで、加奈子の方から俺に声をかけてきた。
「なあ京介。オマエんトコってさー、親と仲いーの?」
「何だよ突然?」
「んー。実はさ、あたし家出中なんだよね。親とスゲー仲悪くってさ」
「は……?」
いきなりの爆弾発言に言葉が詰まる。
家出って……加奈子の奴、桐乃と同い年だぞ。
「あ、別に放浪してるとかそんなんじゃねーから。姉貴が社会人で一人暮らしててさ、ソコで世話んなってんの」
「それマジで言ってんのか?」
「うん。色々あって気付いたら飛び出してたんだ。ほらぁ、あたしってこんなじゃん? やっぱ親から見てもはみ出してるように見えるらしくってさー」
「それで喧嘩の末に家出したって?」
「まあね。あんま親同士も仲良くなくってさぁ、家にいてもムカつくことばっかだったし、ま、遅かれ早かれ……ってやつ?」
「決定事項かよ。俺としちゃ家出ってこと自体肯定したくねーんだけどな……」
親子喧嘩、口論の末に飛び出したってところか。
我の強いこいつのことだ。一度行動した手前引くに引けなくなったってとこだろうが――何となく啖呵を切る加奈子の姿が容易に想像出来ちまうのが悲しいところだ。
まあ、加奈子には加奈子の言い分があるように、両親には両親の言い分があったんだと思う。
お世辞にも加奈子は“真面目な女の子”にゃ見えねえし、実際タバコを吸ってた時期もある。親の立場からすれば色々言いたくもなるだろう。
けどそれらを全部含めて来栖加奈子なわけで、いきなり頭ごなしに全否定されたら反発もしたくなる。実際問題として第三者である俺が口を挟める事柄じゃないんだが……もし加奈子に相談されたなら力になってやろうとは思う。
ただこういう家庭内の事情っつうのは難しい。
複雑な内情が絡んでたりする場合、正論が正解に直結しない場合があるからだ。
「……大丈夫なのかよ。その、色々とさ」
「うまくやってんよ。けど正直言うと姉貴がいなかったらヤバかったと思う。逃げ込める場所があったってのもそうだけど、あたしが転がり込んだ時も説教とか一切しねーし、それどころか生活費とか全部面倒みてくれんの」
「へえ。姉ちゃんとは仲良いんだな」
「おう。話も合うし面白いし、姉妹ってよりダチに近い感じかなぁ」
「そっか。それだけ大事に思われてんだろ。良い姉ちゃんじゃねーか」
「あったりめーじゃん! なんつってもあたしの姉貴だかんな! けどさぁ結構いい加減つーか、抜けてるとこがあるっつうか、基本アホなんだよねー」
ふむ。コイツにアホ呼ばわりされるとは、一体どんな姉ちゃんなんだろう。
聞いた感じだと家出した妹の面倒をみれるくらいちゃんとした社会人らしいけど……ちょとだけ加奈子の姉ちゃんってのに興味が出てきたぞ。
「社会人ってことは働いてるんだよな。なにやってる人なの?」
「漫画家。詳しくは知んねーけど、なんか書いてた漫画がアニメにもなったみてーだし。結構売れてんじゃね?」
「そりゃ……すげえじゃねーか!」
「にひひ。アレでも一応自慢の姉貴だし。顔もあたしに似てっから結構かわいいよ?」
いや、生まれた順番からいって似てるのはお前の方だろ。
「けどさっきも言ったけど基本アホっぽいんだよねー。家事とかも面倒くさがってあんまやんねーし。ソコんトコはあたしが世話してやんねーと大変なんだよね」
「ははは……。お前も色々と苦労してんだな」
「苦労とかそんなんじゃねえけど。たださ、最近思うんだよね。姉貴の面倒みたり、師匠に色々教わってるとさ、親とうまくいかなかった原因とかあたしにもあったんだろうなって」
かなりヘビーな話をしているわりに加奈子の表情があっけらかんとしているので、重苦しい雰囲気にならずにすんでいる。
それについてはちょっと助かったってのが本音だ。
生まれた時からずっと家族揃って暮らしてる俺には“実感”ってものがまるで沸いてこないからだ。想像くらいは出来る。けど言葉を尽くしてもありきたりの感想しか口を付かないに違いない。
そんなものを加奈子が求めてるとも思えないし、俺もそういうことを軽々しく口にはしたくない。
だから俺は、最初に加奈子に質問されたことに率直に答えることで応えようと思った。
「そうだな。親とは別に仲悪くはねーと思う。そりゃ時々口論もするし、結構意見とか食いちがったりするけど、夕食とか家族揃って食べるのが当たり前だし、気に掛けてもらってるのは感じてる」
桐乃の件で親父に殴られたり、お袋にぞんざいに扱われたりもするが、そこにはきちんとした愛情が下敷きになってるのは理解してるつもりだ。
妹ばっかり優遇されてるとか、妹ばっかり溺愛されてるとか、妹ばっかり信用されてるとか色々不満もあるけどよ、やっぱそこは兄貴だからな。
仕方ないって部分もあるさ。
「そっか。京介んトコって四人家族だっけ?」
「ああ。親父とお袋と俺と…………」
言いかけてハっと気付く。
そうだ。加奈子には俺と桐乃が兄妹だってことを話していないんだったと。
あやせの件とかマネージャになった経緯とかの説明はしたが、桐乃のことに突っ込まれるとやっかいなことになる(妹は友達にオタ趣味を知られたくない)かもしれないと、説明を省いていたのだ。
この旅行中は黒猫が俺の妹ってことになってんだが……。
少し悩み、結局俺は加奈子には真実を話すことにした。
「すまん加奈子。一つお前に聞いてもらいたい話があるんだ」
「――え? なんだよ、突然……?」
「大事な話なんだ。聞いてくれるか?」
「……え、あ、うん。別にいいけどさぁ、大事な話ってここで?」
驚いたという風に目を丸くした加奈子が少し身を強張らせている。さっと目線を逸らしたりと落ち着きがなくなっているのは、悪い話だと思ったからだろうか。
けどここまで言っておいて臆してはいられない。
俺は意を決すると。まずは俺の本当の名前は高坂京介であり、加奈子の友達である高坂桐乃が実の妹なんだと説明する。
「ハ、ハァァ!? 桐乃の兄貴ィッ~!?」
流石に驚いたのか、素っ頓狂な声を上げながら加奈子が半歩後ずさる。だがすぐに複雑そうな表情を浮かべるや、ぐいっと俺に詰め寄ってきた。
「大事な話ってソレかよ~!?」
「……ああ。黙ってて悪かったよ」
「べ、別に怒ってねーけどよ。ふーん。そういう話か。やっぱねぇ。京介にしてはおかしいと思ってたんだ。あたしを人気のないところまで連れてきて大事な話とか……驚いてソンした」
「おまえが勝手についてきたんだろ?」
「うっせ」
「それに損ってなんだよ? てか、おかしいって思ってたって……気付いてたのか?」
「ん?」
あれ? 何でここで疑問系が返ってくるんだ?
こいつ桐乃のことについて気付いてたんじゃねーのか?
暫し考え込み、加奈子がぽんと拍手を打つ。
「……あ、そっちね。だってあの黒猫って奴あきらかに京介の妹じゃねーし。なんかあるなーとは思ってた。でもさー、なんで教えてくんなかったわけ?」
「……桐乃のことに突っ込まれたくなかったんだよ」
「それってもしかして桐乃がオタだってこと?」
「な!? し、知ってたのか!?」
今度は俺が驚かされた。
桐乃は自分がオタだってことを“表”では秘密にしているはずなのだ。
オタクを誇ってないってことじゃなく、オタクに対しての世間の風当たりが強いことを認識してるから、変な軋轢を生まない為に自衛してるわけだ。
あいつが自分からそれをバラす訳ねーし、一体いつバレたんだ?
去年の夏コミの時、あやせにオタバレした時の悶着(思いだすのも恐ろしい)が脳裏をよぎり、冷や汗をかく。
「うーん。知ってたつうか桐乃の奴ちょくちょく加奈子のライブに来てるじゃん? あれだけ目だってりゃ嫌でも気付くっつうの」
「ライブ?」
「メルルのイベント」
「……ははは。そういうこと、か」
渇いた笑いが零れていく。
加奈子はアニメ“星くずうぃっち☆メルル”の主人公にソックリなのだ。外見だけじゃなく声まで。もう画面から飛び出してきたんじゃないかってほどそっくりで――桐乃はそのメルルの大ファンである。
で、加奈子の出るイベントには基本オタクと子供しか集まらない。
その中ではっちゃけまくってたら――そりゃバレるわな。
「そのこと桐乃は知ってんの?」
「知らないんじゃね? 言ってないし。けど加奈子のライブが見たいなら一声かけてくれりゃ良い席用意してやったのになー」
「おまえ桐乃がオタだって知っても何とも思わねーの?」
「マジキメエって思うよ?」
このガキ即答しやがった。
「でもだからなにって感じだけど。それよか桐乃をからかうネタが出来て超楽しいかも」
桐乃を弄り倒す案でも考えてんのか、意地の悪そうな顔を浮かべながら加奈子がほくそ笑んでいる。だが軽蔑したり距離を置こうって表情には見えない。
いつかの誰かさんとは大違いである。
「じゃあ友達止めようとか……思ったり……」
「はぁ? なんでそんくれーのことで友達止めなきゃなんねーの? バカじゃん?」
それはあやせ様はバカだということでしょうか。
「桐乃がオタとかイメージ全然ちげーけど、京介の妹なんだったら納得かなぁ」
「そこ逆だからね!? 俺をこっちの道に引きずり込んだの妹の方だから!」
今でこそそれなりに“こっちの道”に詳しくなった俺だが、あの人生相談がなかったら“こっちの世界”とは縁も縁もなく過ごしていたに違いない。
黒猫や沙織と知り合うことも無かったろうし、あやせや加奈子と仲良くなることも無かっただろう。
そう考えれば、あいつにもちっとは感謝してやらんでもないという気持ちにもなってくる。
平凡とは程遠い日々。
今まで見た事も無かった世界。
傍から見ればちょっと変わった世界だけど、そこは思いのほか居心地が良くて――本当、平穏な毎日を願っていた俺が悪くないなんて思う日が来るなんて想像もしていなかったぜ。
「とりあえずは納得した。でさ京介。もう一つだけ聞きたいことがあるんだけどぉ」
「ん?」
「聞いてもいい? 出来ればちょっち真剣に答えて欲しいんだケド」
「何だよ改まって」
先程までの雰囲気は何処へやら。いつになく真面目な表情を浮かべた加奈子が俺を見上げている。
今度はこいつが大事な話があるってことか?
もしかしたら家出の件の続きかもしれない。そう思った俺は加奈子と向き合う形で姿勢を正した。
気持ちの整理を付けているのか、加奈子は口元をもごもごと動かしながら発する言葉を選んでいる風だ。だが意を決したとばかりにぎゅっと目を瞑ってから
「京介ってさ、今決まった彼女とかいねーよな?」
「……何だよ。聞きたいことってそれか?」
「いいから答えて」
「ああ。いねーよ。つーか彼女とかいたことがない」
「ふうん。そう、なんだ」
自分から話題を振っといて興味なさげな返事をする加奈子。
一体どういう了見だ、こいつは?
桐乃のことを黙っていた仕返しに俺をからかおうって魂胆なのか?
そう思って加奈子を見ていたら、こいつは地面に落ちていた小石を蹴り上げながら
「――じゃあさ、好きな女の子とかいないの?」
と、静かな声音で問うてきた。