あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第三十八話

 

「師匠ー。あたし思うんだけどぉ、あやせって京介に気があるんじゃないんすかね」

「ふぇ!?」

 

 田村家の居間にて遅めの昼食を取ろうとしていた麻奈実と加奈子。その冒頭でいきなり加奈子が爆弾発言をかましてくれた。

 そのあまりにも想定外な内容に、さすがの麻奈実も絶句する。

 

「えっと、加奈子ちゃん。気があるって――」

「いやだなぁ師匠。好きってことっすよー。あやせが京介LOVEなんじゃないかってこと」

 

 大きめのちゃぶ台を挟んで対面同士に座っている二人。

 各自の前にはどんぶりとお椀――加奈子が作った親子丼と味噌汁が置かれていた。

 黄金色に輝く親子丼はとても美味しそうで、漂う香りだけでも非常に食欲をそそる一品となっている。とはいっても料理自体には麻奈実の手伝いが入っていたので、実質二人の合作的意味合いの強いものになっていた。

 

「……また、いきなりだね」

「そっすか? これくらい普通じゃね?」

「普通なのかなぁ? わたしなんか“じぇねれーしょんぎゃっぷ”っていうのを感じちゃうくらい驚いたんだけど」

「なに言ってんスか師匠。あたしとそんな年変わんねえじゃん」

 

 草を生やすという言葉があるが、それが当て嵌まるくらい加奈子は可笑しそうに笑い声を上げている。けれど相手を馬鹿にしたような嫌味が込められていないので、受け取り手である麻奈実にも怒りの感情が沸いてこなかった。

 元より、滅多な事で麻奈実は怒ったりなどしないのだが。

 

「でも加奈子ちゃん。わたしのことおばさん臭いってよく言ってたよね?」

「そりゃ見た目はマジでおばさんっぽかったし。会った当初は師匠のこともっと年上の人かと思ってたんすから」

「……それは、さすがにちょっと傷ついたかも」

「あ、でも最近は随分とマシになったんじゃねって思ってんすヨ。師匠ー、イメチェンとかしました?」

「うーん、いめちぇんというか、ちょっとあやせちゃんにお洒落のお手伝いなんかして貰ったりしてて。ほら、やっぱりわたし一人だと煮詰まっちゃうから」

「へー。師匠も色々とやってんすね」

 

 小さな身体に似合わない勢いで親子丼をかっ込む加奈子。自作ながら味には十分満足したようで、目が輝いていた。

 こういうところはまだ子供なのになぁ、なんて場違いな感想を麻奈実が抱くのも無理からぬ光景である。

 

「で、そのあやせなんすけど、ぜってー京介のこと好きだと思うんス」

「んー、そう思うってことは、それに至る経緯があったってことだよね? なにかあったの加奈子ちゃん?」

「なにかつーか、こないだあやせ達と旅行に行ったんすけど、そこで感じたっつうか、改めて思ったっていうか、まあ直感的にビビビっときたんすよっ!」

「旅行に行ったの? あやせちゃんと?」

「うすっ。他にも何人か一緒にいたんすけど――」

 

 美咲さんが京介、あやせ、黒猫、加奈子、御鏡を自身の別荘へ招待した時のことを、加奈子が麻奈実へ掻い摘んで話した。

 

「へえ、そんなことがあったんだ」

「あとそこで会った野良猫とかいう電波入った女も京介LOVEっすね。つーか、あいつ結構モテんだなぁ」

「それ野良猫じゃなくて、黒猫さんのことだと思う……」

 

 付けあわせに出しておいたお漬物をポリポリと口にしながら、麻奈実がなんともいえない微妙な表情を形作っている。

 あやせと黒猫が京介に対し好感を抱いていることは麻奈実も察していた。

 ゆるい口調とおっとりした性格から鈍く思われがちだが、頭の回転は速いほうだし察しも悪くない。よく言えば目端が利くし、悪く言えばめざといのだ。

 言葉を口にする時もよく吟味してから舌に乗せるので、人によっては腹黒いと揶揄する人もいるだろう。思ったことをすぐ口にする加奈子とはある意味正反対に位置しているともいえる。

 

「でも最近になってからだよ、きょうちゃんの周りに女の子が集まってきたのって。……あ、別に今までモテてなかったって意味で言ったんじゃないからね、一応」

「分かってますよー。まあ実際京介ってぱっと見ただけじゃ冴えない野郎だなって感想しか出てこねー奴だし。好みの差もあるとは思うけど、深くつきあってみて初めて魅力が分かる、みたいな?」

「ふふ、よく分かってるじゃない、加奈子ちゃん」

 

 相手の立場になって物事を考えられ、その上で自身の損得を抜きにして行動できる京介。

 今時では珍しいタイプ――直情的で、ひたむきで。時には勢いあまって暴走してしまうこともあるし、場合によってはそれをウザイと感じる人もいるだろう。

 けれど少なくとも麻奈実はそんな彼に好感を抱いていた。

  

「じゃあねぇ、この際だから聞いちゃうけど、加奈子ちゃんはどう思ってるのかな?」

「へ?」

「きょうちゃんのこと。気にはなってるんでしょう?」

「あー、それはー」

 

 加奈子にしては珍しく、問われた事に対して口篭る姿勢を見せた。とはいっても、誤魔化そうとか、悩んでいるとか、そういう感じではなく、どう言葉にすればいいのか分からないといった様子だ。

 単純に好き、嫌いとは答えられるが、それを麻奈実が求めているとは思えなかったから。

 結局加奈子は、暫し考えた後に、どうせうまく言葉には出来ないのだから、現状の気持ちをそのまま伝えてしまおうと開き直ることにした。

 

「京介ってさー、初対面ではほとんど印象にも残らない感じで、ぶっちゃけ一度きりの出会いならすぐ記憶から抹消してた程度の存在だったんすよ」

「本当にぶっちゃけたね……」

「にひひ。でもあいつ加奈子のマネージャしてて、そんで何回か顔合わせてるうちに馬が合うなぁって感じてて」

「ふむ、ふむ」

「結局加奈子にセクハラしたとかでマネージャーは首にはなったんすけど、その後付いたマネージャーがめっちゃ杓子定規な奴でェ、京介の良さを再認識したっつか、やっぱ気になるって気付いて」

「……えっと、きょうちゃんがセクハラ?」

「あ、興味あります、師匠?」

「あるけど、今は先を続けて」

 

 話の腰を折るといけないと思ったのか、麻奈実は取りあえず加奈子の爆弾発言をスルーすることにした。

 まあ実際はあやせが捏造した(当初加奈子はマネージャーが高坂京介だと気付いていなかった為に仕方なく)事件なので、彼の名誉の為に事実無根であると訂正しておく。

  

「恋心っての? そういうのじゃなくてダチの延長みたいに考えてたんだけど、なんか違うなって感覚もあって。んでこないだの旅行の時に京介に“好きな女の子いないの”って聞いたんすよ」

「また、思い切ったことをしたんだね」

「回りくどいのって柄じゃないっていうか、面倒臭くて」

「その質問にきょうちゃんは答えてくれた?」

「即答はしなかったなぁ。あいつ最初考え込んでて、それ見て“期待”しちゃってる自分と“怖い”って思ってる気持ちに自分で驚いたっていうか――」

「なるほど。そこできょうちゃんのことが好きかもって気付いたんだ?」

「えへへ、まあそうっすね」

 

 好きという言葉に対して、臆面もなく肯定できる強さを加奈子に垣間見る麻奈実。

 こういう精神の強さは、京介の周りにいる女の子の中では加奈子が一番だろうと素直に感心した。

 

「でも実際きょうちゃんと加奈子ちゃんって仲良いよね。こないだの料理対決の時に見ててそう思ったもん」

「でしょでしょ! 加奈子と京介ってぇ相性抜群だと思うんスよ! 一緒にいるとマジ楽しいし」

 

 にへらと笑って語る加奈子の姿からは、本当に京介と一緒にいるのが好きなんだという姿勢が伝わってくる。相性が良いと言った本人の言葉も間違いではないだろう。

 どちらかと言えば不良っぽい加奈子だが、年を経れば丸くなっていくだろうし、本人もそれを意識し始めている。その辺りも含めて京介とはうまく噛みあうのではないかと麻奈実は思っていた。

 

「で、そういう師匠はどうなんすか?」

「え?」

「またまた。京介のことっすヨ。最近師匠がイメチェンしてるのもその為なんじゃねーの?」

 

 加奈子に対して質問した時から、こう返ってくるだろうことは予想出来た。だから“うまく惚ける”ことも麻奈実には可能だったろう。

 フェアじゃないという見方も出来るが、情報の開示に関しては自身の操る手管の一環とも言える。

 なにせ相手は“恋敵”なのだ。

 しかし麻奈実は現在の状況をそのまま報告することにした。だって彼女の目的は、加奈子に競り勝つことではないから。

 

「それなんだけどね。実は明日、きょうちゃんと会う約束してるんだ」

「へ? 明日?」

「うん。一昨日、桐乃ちゃんや黒猫さん、そしてきょうちゃんと海浜公園に行ったのね、その帰り際に“大切な話があるから、二人きりで会ってください”ってお願いしたの」

「おおっー! ってことは京介を落としに行く覚悟を決めたんすね! 師匠、かっけえっす!」

 

 何故かハイテンションになる加奈子の様子を困った感じで見つめる麻奈実。

 なにかしらの反応を返されるとは思っていたが、こういう方向性は想定していなかったのだ。

 

「えと、加奈子ちゃん的にはいいのかな? ……その、わたしが、きょうちゃんに……」

「コクっても良いかってこと? 別に師匠がしたいならすればいいじゃんって感じだけど」

「本当に?」

「嘘吐いても仕方ねーべ。例え師匠が京介に告白しても、あたしのすることは変わんねーわけだし」

「っ!?」

 

 加奈子の台詞を受けて、改めて強い女の子だなと麻奈実は思った。

 精神的にタフだというのか、自身がするべきことをきっちりと自覚していて、尚且つ他人の影響を受け難いというべきか。

 要約すると、明日の結果がどうなろうと、自分も京介にアタックすると加奈子は宣言したのだ。

  

「あやせはダチだけど遠慮するつもりなんかないし、それに関しては師匠も同じっす。まあ、だからって他人の邪魔するとかはなんかちがくね? って思ってるんで」

「……そういうところ加奈子ちゃんらしいね」

「えへへぇ。明日の結果がどうなろうと、あたしは正面から行くだけっすヨ!」 

 

 決めるのは京介だべ、と胸を張る加奈子。

 だがちょっとした疑問が残るとばかりに、麻奈実に質問を続ける。

 

「でもなんでそう思ったんすか? どっちかっていえば師匠って受身ってか、見守るってタイプだったじゃないっすか」

「それはねぇ。桐乃ちゃんや黒猫さんと話して刺激を受けたっていうのもあるけど、一番はやっぱり後悔したくないからかな」

「ふーん。誰かに取られるよりも前に動こうって感じ?」

「…………タイミングの問題もあるよ。わたしたち受験生だしね」

 

 麻奈実としては、恋愛も大切だけれど、受験というイベントも決して疎かに出来ない物事だと認識していた。

 自分が動くことで生じる負荷の影響でダメージを受ける人物も出てくるだろう。そうなったとしても、今ならばまだ色々と修正する時間的余裕があるのではないか。

 そんな打算的な部分を抱いてしまう自分という人間に対し、麻奈実は苦笑を浮かべずにはいられなかった。

 

「うへぇ。それはあんまし考えたくねーなぁ」

「駄目だよ、加奈子ちゃん。あやせちゃんと一緒の学校に行きたいんだよね?」

「……それなりにはしてるっすよ、ベンキョウ。でも良いトコだし受かるかなー」

「じゃあこの後一緒に勉強しようか、加奈子ちゃん。こう見えても勉強教えるのには結構自信あるんだからっ」

「教えるの上手っすもんね師匠……って、今からってマジっすか?」 

「まじだよ。ううん、この後だけじゃなくって“これから”も、かな」

「……いいんすか。これからもなんて言っちゃって」

「どうして? 駄目な理由なんて何処にもないじゃない」 

 

 麻奈実の返しに加奈子が驚く。

 自分の勉強があるだろうとか、時間的な問題じゃなく、麻奈実の器の大きさに感心したのだ。 

 

「ねえ加奈子ちゃん」

 

 ゆっくりと瞳を閉じて、そっと胸元に右手を添える麻奈実。

 もし京介が自分を選んでくれたら、それが一番良い。どう繕ったって麻奈実だって女の子なのだ。そういう想いは消せはしない。

 けれど彼が加奈子を選んだとしても、麻奈実は笑顔で迎えることが出来る。

 だってそれが、彼女の真実の願いだから。

 

「これから泣いたり、怒ったり、傷ついたりする娘が出てくるかもしれない……ううん。きっと出てくるよね」

「師匠?」

 

 迷ってるというのなら背中を押そう。助けが欲しいなら手を差し伸べよう。

 彼のことが好きだからこそ“後悔”したくないと、強く、麻奈実は思う。

 

「それでも、最後にはみんなで笑ってられたら――それってとてもいいと思わない?」

 

 菩薩のように、朗らかな微笑みを浮かべながら、麻奈実が加奈子にそう言った。

 

 ★☆★☆★☆

 

「さて、もうひと頑張りすっか!」

 

 リビングに響く独り言。

 俺はポットへと手を伸ばし、用意していたカップへとお湯を注いだ。途端コーヒー独特の香りがふわっと辺りに漂い出してくる。後はそこにミルクと砂糖を加えればインスタントコーヒーの完成だ。

 ブラックも飲めねえわけじゃねえが、まろやかな味にしたほうが落ち着くのだ。

 俺はそれを持ったまま自室に戻ろうと歩き出す。

 その途中でソファに座って晩酌をしている親父と目が合った。ほんのり顔が赤くなっているが、親父は極道面なんで可愛さなんて微塵も感じられない。

 それに特に話す事柄もないので、俺はそのままリビングを後にする――というタイミングで背中から親父に声を掛けられた。

 

「どうした京介。これから勉強か?」

「ああ。夏休みだからって遊んでばかりもいられねえしな」

「ほう、それは良い心がけだ。学生は勉強が本分。夏だからとあまり浮かれて羽目を外すなよ」

「分かってるよ。卒業するまで親父に迷惑かけねーって」

 

 俺の台詞をどう受け取ったのか、親父はニヒルな笑みを浮かべると、目線でもう行っていいという風に合図してきた。

 言われなくても親父と長話するつもりはない。ということで、今度こそリビングを後にする。

 廊下に出てすぐの階段を昇り、最上段まで到達する。

 向かって右側が俺の部屋で、左側が桐乃の部屋だ。

 その桐乃は、メシが終わってからずっと部屋に引きこもったままだ。どうせこの夏新作のエロゲーでもやってんだろうが、いつものように騒がしくないのは有難い。

 キャーキャー黄色い声で騒がれると、勉強に集中出来ねえからな。

 そう思った矢先、部屋の中からメールが着信する音が聞こえてきた。

 慌てて扉を開いて中に入り、携帯を取ってメール内容を確認する。

 

 ――From 田村麻奈実

 

「ん? 麻奈実か」

 

 内容は明日の予定の確認だった。

 一昨日、海浜公園に行った時に、麻奈実から話したいことがあるから時間が欲しいと打診されたのだ。無論断る理由もないので受けた訳だが、律儀に時間を確認してくるあたり麻奈実らしいっつうか、心配性だよな相変わらず。

 俺は即答で『午後一時にいつもの公園だろ? 忘れてねーよ』と短文で折り返した。

 麻奈実の話したいことってのが気になったが、たぶん学校が休みになった煽りで下校時に行っていた勉強会が出来なくなったから、その辺のことを確認したいんだろうと当たりをつける。

 尚更勉強をサボる訳にはいかなくなったなと、持ってきたコーヒーに口をつけたタイミングで再びメールの着信音が鳴った。

 

「あれ?」

 

 たぶん麻奈実が書き忘れたことでも送って来たんだろう。そう思っていたので意外な発信者の名前に少し驚く。

 

『――明日、お暇ですか? とても大切な話があるので、宜しければお時間頂きたいんですけど、都合どうでしょう?』

 

 タイトルは――お兄さんへ。

 そして発信者名は、新垣あやせだった。

 

   




第一話から第十話まで挿絵を投稿致しました。
よろしければ御覧になってください。


【挿絵表示】


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