あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第三十九話

「それじゃあ行きましょうか。案内するんでわたしに着いてきてください」

「案内て、これから何処かに行くのか?」

「はい。駅を隔てて向こう側なのでちょっと距離があるんですけど」

「距離って……あの辺になんかあったっけ? 俺に話があるんだよな、あやせ?」

「はい。ですから誰にも邪魔されない場所に――わたしの家に来てもらおうと思って」

「なん……だと!?」 

 

 ――お兄さん、大切なお話があるんです。

 いつもとはちょっと違うフレーズで呼び出された俺は、あやせとの密会場所として定例となっている公園に来ていた。

 時刻は朝の九時を迎えたあたり。

 夏休みとはいえ、大通りから離れた場所にある公園にはあまり人の姿は見られない。

 慣れたシチュエーションではあるが、俺はあやせが人生相談――もとい、厄介な“お願いごと”でも吹っかけてくるのかと身構えていたのに、挨拶もそこそこに冒頭の台詞である。

 戸惑うなという方が無理な話だ。

 

「――そうだ。お兄さん、朝食はもう済ませました? なんだったら軽いものでも食べていきます?」

「いや、メシは食ってきたんだ。体力つけといた方がいいと思ってよ」

「そうなんですか。ちょっと残念です。駅近くに新しく出来たカフェがとても良い感じなんですよ」

 

 くるりとターンする要領で、少し前を行くあやせが俺を振り仰いできた。ひらりと翻るスカート。まるで俺に笑いかけるような朗らかな表情が眩しく映る。

 こうして歩きながらでも感じる所作、佇まいというのか、あやせの纏っている雰囲気がいつもと違ってふんわりしている気がするのは俺の勘違いなのだろうか。

 普段のトゲトゲしさが鳴りを潜めていて、歓迎ムード全開っつうか、可憐な動作にドキっとしたりして。

 ありていに言っちまうと可愛いのである。

 

「どうしたんですか、お兄さん? わたしの顔になにかついてます?」

「いや……」

 

 じっと見つめていたことを不審に思ったのか、あやせがちょこんと小首を傾げている。

 さすがモデルというべきか。その仕草たるや、思わず抱きしめてしまいたくなるほど愛嬌たっぷりで、俺を誘ってんじゃねーかって勘違いした程である。

 だがそう思うのと同時に――いや、それ以上に、俺の心の中であやせへの不信感が膨らんでいった。

 ――曰く、この女なにか企んでんじゃねーの?

 ってな具合だ。

 例えば普段のあやせなら、朝食の質問のくだりの時に俺が答えた“体力~”の部分に噛み付いてきてもおかしくない。

 

『体力をつけるだなんて……またいやらしいことを考えてるんじゃないですか!? この変態っ!』

 

 そんな罵倒と共に廻し蹴りが飛んできても不思議じゃねーし、仮に肉体言語に打って出られなくても、言葉攻めを喰らうのは確実だろう。

 なのに笑顔で迎えられるなんて、逆に気味が悪いってもんだ。

 

「……」 

 

 だってよ、俺はあやせに『近親相姦上等の変態鬼畜兄』だと認識されているはずなのだ。

 桐乃の為、あやせの為にあの時は他の選択肢が思い浮かばなかったんだが、結果としてあやせに嫌われ続ける原因になってしまった。

 事件以降あやせに“お願い”されることもあったりしたが、どれもこれも桐乃の為にという事情が絡んでいたし、その桐乃の一番身近にいる(相談できる?)のが偶々俺だったってことなんだろう。

 嫌いな俺を頼ってでも桐乃の役に立ちたいなんて、どんだけあいつのことが好きなんだっつうのな。

 黒猫に対してやたらライバル心むき出しなのも、桐乃を巡ってのことだろうし。

 まあ、この一年で少しづつあやせとの距離が縮まってきたのも事実だが、その“壁”がある限り、俺はあやせにとって“桐乃の兄貴”以上のポジションを出ることはないに違いない。

 

「あ、そっちの道を左に折れてください」

 

 いつの間にか隣に並んでいたあやせが、丁字路で左方向を指差す。

 公言通り自分ん家まで案内してくれてるんだろうが、前述の通りの関係である俺に愛想を振りまいてまでするお願いの内容を思うと、背筋が凍りついてくる。

 

『――お兄さん。加奈子と二人でイエティを探してきてください。桐乃が見たがってるんで発見するまで戻ってきたら駄目ですからね?』

 

 くらい平気で言いそうだしよ。

 つーかイエティ捜索とか絶対無理だし。

 それとも全く別の狙いがあるのか?

 桐乃に近づいたら“ぶち殺しますから”と宣言されている身からすると、些細な変化でも見逃すと命に関わってくる。

 例えばこういう可能性はないだろうか。

 俺を家に呼ぶ→不信感を持たれないように愛想を振りまく→密室に誘い込むことに成功→亡きものにする?

 ……。

 …………。

 ………………やべえ。この女ならマジでやりかねん。

 

「お兄さん。そんなにキョロキョロして何か探してるんですか?」

 

 というか本当に俺を家まで案内してんのか?

 例えば人気の無い場所まで誘いこんだ上で、後腐れなくサクっとやろうとしてるとか……。

 そう考えてみると、なんか駅から離れだんだんと寂れた区画へ進んでる気がするし。

 

「本当にどうしちゃったんです? 言い難いんですけど、いつにも増して挙動が不審ですよ?」

「いやな、お前が俺のことを後腐れなく○そうとしてるんじゃないかって……」

「………………………………………………は?」

 

 言っている意味が分からない。というか、言葉の内容が全く理解できないとばかりにあやせの目が点になる。

 すげえ。

 人間って本当に予測不能の事態に陥ると動きの一切が停止するのな。

 

「…………あの、お兄さん? 今の台詞うまく聞き取れなかったので、もう一度同じ内容を発言していただけますか?」

「だからよ、この機会を利用してお前が俺のことを○そうとしてるんじゃ――」

「――そ、そんなわけないじゃないですかっ!? 馬鹿ですかっ!? 死ぬんですか? わたしがお兄さんを○すだなんて……浮気でもしない限りありえませんっ!」 

 

 瞬時にゼロ距離まで接近するや、下方から伸び上がるような姿勢で詰め寄ってくるあやせ。

 その迫力はまるで阿修羅、仁王様、激おこである。

 

「わ、悪かった! 謝るからそんな大声出さないでくれ……!」 

 

 急ぎ両手を合わせ、即座に平謝りの体勢を築く。

 目と鼻の先――かなりの密着状態で喚かれてるわけで、正直言えば耳を塞ぎたかったのだが、こういう場合はそうも言っていられない。

 可愛い女の子から責められて喜ぶような性癖はねえし、傍から見れば痴話喧嘩を披露しているような光景だが、あやせを相手にそんなことを言ったら大惨事確定だ。

 

「だいたいお兄さんはわたしに対して必要以上に怯え過ぎてる気がします! わたしが何をしたって言うんですか!? 原因があるなら言ってください」

「い、言えって……もしかして自覚ねえの?」

 

 今度は俺の目が点になる。

 

「殴られたり、蹴られたり、鳩尾に肘鉄食らったりしたよ俺!?」

「酷い言いがかりですっ。あれは……その、わたし的には軽く撫でただけで……それに、原因は全部お兄さんのセクハラにあるんじゃないですか!」

「いやいや、普通は撫でただけで人は吹っ飛ばねえって!」

 

 いつぞやなんか、きりもみ回転状態でぶっ飛んだんだぞ。

 確かにお茶目なセクハラ発言はあったかもしんねーけどよ、あれは自己防衛の範疇超えすぎだろ。

 

「この際だから言わせてもらうが、その件に関しては断固抗議させてもらうぞっ。意義ありってやつだ」

「却下しますっ。審議もしませんからっ」

「ひでえ横暴だ! せめて検討くらいしても罰は当たら――あれ?」

 

 台詞の途中で押し黙る。

 なにも特別なことがあった訳じゃない。

 視界の隅っこあたり――向かい合ったあやせの肩先の向こう側に、見覚えのある人影が現れたのだ。

 丁度路地から姿を現して、俺達を見つけたような仕草。そして目と目が合った、そう思ったの矢先、そいつは再び路地の奥へと姿を消していく。

 

「……? どうしたんですかお兄さんっ。急に押し黙っちゃって?」

 

 俺と向き合っていたあやせには見えなかったのだろう。

 けれど俺の目線と態度から察したのか、ゆっくりと背後へと振り返り

 

「……別に何もありませんけど。もしかして事故でも目撃しました?」

「そういうんじゃなくて、そこの路地から知人が顔を出したんだよ」

「お知りあいの方ですか?」

「知り合いっつうか、まあ友達だな。沙織・バジーナつって桐乃や黒猫と一緒によく遊ぶ仲間だ」

「仲間……ですか」 

 

 例のお嬢様スタイルではなく、バジーナスタイルだったので見間違った可能性もあるが、あれだけの高身長を誇る女の子があんまりいないのも事実だ。

 いつもなら京介氏~と声を掛けてきても良さそうなのに。

 

「挨拶くらいしとくか。悪い、あやせ。ちょっとだけ待っててく――」

 

 まだ遠くへは行っていないだろう。そう思い駆け出そうとした矢先、強引に右腕をグイっと力強く引っ張られた。

 その行為により危うくバランスを崩してこけかける。

 

「……っと、何だよ急に。危ねえじゃねえか」 

「お兄さん。嘘吐きは泥棒の始まりですよ」

 

 ぎゅっと両手で俺の手首を握り込み、離しませんよとの意思を示すあやせ。

 

「今日は――“午前中は”わたしに付き合ってくれるって約束だったじゃないですか」

「そりゃそうだけどよ……ちょっと挨拶するだけだって」

「駄目です。認めません。さあ、お兄さん。そこの角を曲がればすぐにわたしの家ですから!」

「ちょっ!?」

 

 握りこんでいた手を離す変わりとでもいうように、あやせが強引に腕を組んできた。

 チェーンのように絡まる腕と腕。二の腕を通して伝わってくる柔らかな感触が、これが幻ではないと俺に認識させてくれる。

 突然の珍事に思考が沸騰し、セクハラ野郎呼ばわりされた挙句吹っ飛ばされるとか、余計なことを考える余裕すらなくて――そんな俺の反応を楽しむように、あやせが今日一番の笑顔で微笑んだ。

 

「――あ」 

 

 眩しいまでの微笑みを受けて、鼓動は一気に爆速へと加速する。

 

「さあ急ぎましょう、お兄さん。時間は有限なんですからね!」 

 

 戸惑う俺を半ば引っ張るようにして、あやせが歩みを進めて行く。

 勿論、目的地は彼女の家だ。

 

 

 ――と、そんな訳で俺は今新垣邸へと招かれていた。

 流石に沙織のような豪邸とまではいかないが、新垣邸は新築と見紛うばかりの綺麗な一戸建てで、手入れの行き届いた庭を見るだけで家人の品の良さが窺えてしまう。

 もし一人で訪問してきたのなら、インターホンを押すのすら躊躇してしまいそうな荘厳さがそこにはあった。

 

「……お邪魔します」

 

 玄関を越え、中へと誘われ、震える声で挨拶するも返答はない。

 誰もいないのだろうか。そんな憶測とともに視線を彷徨わすが、見覚えの無いひんやりとした空間は静まり返っていて、ここが他人の家なんだと再認識させてくれるばかりだ。

 そんな俺を気遣ってか、あやせは“こっちですよ”と俺を階段へと誘ってくれる。

 まずあやせが階段を上って――先を行く彼女の後ろ姿に視線が釘付けになってしまった。

 階段を一段上る度にスカートが翻るのだ。

 チラチラと覗く太股の白さに目が吸い寄せられてしまい、それにあわせて先程腕を組んだ時の柔らかな感触が脳裏に蘇ってきた。

 ――トン。トン、トン。

 先を行くあやせの小さな足音がやけに耳につく。

 ……俺だって男だ。こんな状況で意識するなと言う方が無理な話なのだ。

 だからこそ俺は、見たいという欲求を無理やり押さえ込み、目線を横方向へと切る事で意識を逸らすことにした。

 そこにある壁を凝視しながら精神の均衡を保つ。

 我ながらチキンな反応だと思うが、なんか卑怯な感じがしたんだよ。

 

「どうぞ。ここがわたしの部屋……です。あまり片付いてませんが、気にしないでください」

 

 階段を上りきり一つ目にあった扉の奥があやせの部屋だった。

 家の間取り的には俺の部屋と同じということになるが――片付いてないなんてとんでもないレベルで整理整頓されていて、比べるのが恥ずかしいくらいである。

 

「お邪魔……します」

 

 足を踏み入れた瞬間、シャボンのような心地よい匂いに包みこまれた。

 桐乃の部屋とも違った女の子らしい部屋の香り。

 壁際にはベッドが置かれていて、その近くには勉強机があるシンプルな間取りである。

 なんか学生らしいつうか、あやせらしい几帳面さが滲み出ている室内は、どちらかというと淡い寒色を基調としたカラーリングで纏められていた。

 そんな中にも幾つかカラフルなぬいぐるみが置かれているあたり、あやせも年頃の女の子なんだなって、変な感想を抱いてしまう。

 

「へえ。めっちゃ綺麗に片付いてんじゃん。想像通りっつうか、本棚に漫画とかもねえしよ。けどこれだと寝る前とかに退屈じゃね?」

「え? どうして寝る前に退屈するんです?」

 

 質問の意図が分からないとばかりにあやせがきょとんとしている。

 やっぱしつけとか厳しそうだから夜更かしとかしねえのかもな。

 

「でもコイツはちゃんと置いてあるじゃねーか。どうだ、ちっとはレベルあがったか?」

 

 そう言って俺は机の上に置かれてあった携帯ゲーム機を手に取った。

 俺とあやせと黒猫の三人でモンハンをプレイした、あのゲーム機である。

 

「そうですね。おかげ様で桐乃に驚かれるくらいには上達しましたよ。“あやせ、いつの間にモンハンをこんなに極めて……!?”って目を白黒させてましたもん」

「そっか。良かったじゃねえか」

 

 桐乃と一緒にゲームをしたい。

 その念願が叶って訳だ。

 

「そういう意味ではお兄さんと……黒猫さんに感謝してない訳でもないです」

「また微妙な言い回しだな。けど桐乃の奴もあやせと遊べて喜んでると思うぜ」

「ふふ。桐乃、本当にゲームが大好きなんですね。色々興奮してて“今度すっごい面白いゲーム貸したげるから!”“マジおすすめだから!”って薦められちゃいました」

「……ハハ。その場面がありありと想像出来ちまうのが悲しいところだぜ」

 

 あやせとゲームをしながらにやける妹の姿が瞼の裏に浮かんでくるが――頼むぞ桐乃。

 頼むからあやせをドン引きさせるような“ブツ”を渡すんじゃねーぞ。

 折角こっち方面への理解を得てきてんだ。またぞろ変な物渡してあやせを怒らせちまったら今までの苦労が水泡に帰しちまう。

 

「心配しなくても大丈夫ですよ、お兄さん。まだちょっと付いていけないところもありますけど、昔みたいに即座に怒って否定したりしませんから」

 

 俺の表情から考えを読み取ったのか、あやせが先回りしてフォローしてくれる。

 コミケの帰り道で桐乃の趣味がバレて即刻絶交なんて荒業かました頃からすると、あやせも随分と丸くなったもんだ。……いや、こっちの世界に触れて、理解をし、視野が広がったってことなんだろうか。

 考えようによっちゃあの事件がなければ今の俺とあやせの関係も無かった訳だし、複雑っちゃ複雑な心境なんだけどよ。

 

「そこにあるクッション使っちゃってください。――あ、なにか飲み物持ってこなきゃ。お兄さん、烏龍茶でいいですか?」

「ああ、構わねえよ。サンキュな」

「はい。チョット待っててください……と、わたしが居ない間にここで変なことしちゃ駄目ですからね? クローゼット漁ったりしちゃ駄目ですからね?」

「クローゼットって、俺がんなことする訳ねーだろうが!」

 

 ったく、酷え侮辱を受けた気分だぜ。

 俺をどういうレベルの変態だと思ってんだ。ちょっと眼鏡を掛けた娘が好きなだけの至って平凡な高校生なのに。

 

「え、エッチな本を大量に所持してたり……えっちなゲームをプレイしてるって……お姉さんから聞いてますしっ」

「はぁ!? なんで麻奈実の奴そんなこと知ってんのっ!?」

「事実ですよね?」

「…………はい、事実です」 

 

 素直に頭を垂れる。

 エロいブツの所持なんて健全な男子高校生としちゃ当然のことなんだが、胸を張って女の子に対して威張るようなことでもねえ。

 でも何で麻奈実の奴そんなこと知ってんだ……って、そういや以前桐乃の罠に嵌って色々暴露されたことを思い出す。

 けどなんでもかんでもあやせに話すのやめろよな。

 俺にも信用ってもんがあるんだ。

 …………あるよな?

 

 ってな感じであやせがドリンク&お菓子を持参してから雑談タイムが始まった。

 昨日こんなことがあった。今度始まる映画が面白そう。勉強はちゃんとやってますか。他愛も無い話題が大半で、相談されてるというより、友人とくっちゃべってるって感覚。

 そうこうしてる間に大分と“緊張”も解れてきた。

 だってそうだろ?

 女の子の部屋に招かれるなんてイベントに緊張するなって方が無理な話だ。

 桐乃の部屋に入るのとは訳が違う。あいつは妹だし、沙織の家に招かれた時も豪邸具合にドギマギしたものの、どっちかっていうとオタ色が強烈だった分、男友達の家に行ったような感覚が強かった。

 麻奈実の家とは付き合いが長いし、もう親戚ん家みたいな感じになっちまってる。

 しかもここは、あの新垣あやせの部屋だ。

 容姿だけなら俺の好みド真ん中ドストライク。トゲトゲしさが鳴りを潜めれば、可憐で可愛い世間で人気の読者モデルに変身である。

 そんなあやせが笑顔を浮かべながら対面に座しているなんて、自然と気分が高揚してくるし、まるで恋人同士みたいだなんて妄想も頭を過ぎるってもんだ。

 

「お兄さん――」 

 

 二人を隔てる“壁”一枚。

 それがなかったら日常的にこんな風に話したりできるのかもしれない。

 

「……あ」

 

 ふとお菓子を取ろうと伸ばした指があやせの指に触れた。お互いハっとして視線を上げる。すると至近距離にあやせの顔があった。

 目線が間近で交差する。

 同時に手を伸ばし前屈みの姿勢になっていたから、額を突きあわせたような格好になっていた。

 ちょっとしたアクシデント。ただそれだけのことなのに、それを切欠にして会話が途切れてしまう。

 

「わ、悪い」

「いえ、別に……」

 

 腕を戻しつつお互いが身体を離す。弾む会話が楽しくて知らず距離が近づいていたようだ。

 チラ見して確認すると、あやせは少し視線を外して唇を結んでいた。

 何処となく顔が紅いのは気まずいからかもしれない。またぞろ鉄拳制裁、殺人ハイキックが飛んでくる、なんてことはないだろうが、押し黙ったままってのもしまりが悪いだろう。

 そう思った俺は当初の目的を口にすることで状況の打開を図ることにした。

 あやせは俺に何か“話”があったはずなのだ。

 

「そういやあやせ、何か俺に話したいことがあったんだよな?」

「……え? は、はい」 

「また面倒なこでも起こったのか? けど今まで付きあってきたんだ。相談事があるなら乗るぜ」

「……」 

 

 この俺の問いに対して返ってきた答えは、全く想定していなかった類の話だった。

 




第十一話から十五話に挿絵を投稿致しました。
よろしければ御覧ください。

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