あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第四話

「あれ、閉まってるぞ」

 

 いつもなら自動で開くはずの扉が開かない。

 

 ――おかしいな。

 

 そう思った俺は、透明な扉越しに中を覗き込んでみる。

 普段なら蛍光灯で明るく照らされた室内の光が、玄関口まで零れてきているののに、今日は何故か薄暗い空間が見えるだけだ。

 まだ閉館時間前のはずなんだが……。

 

「あ、見てきょうちゃん。えっとね~、空調設備の工事がありますので、本日は午後三時を持ちまして閉館いたします。だって~」 

 

 ゆる~い感じで語りかけてきたのは、俺の幼馴染である田村麻奈実だ。

 ショートボブと眼鏡がトレードマークの女の子。だけどそれ以外特筆するべきところもなく、天然ぽい性格を除けば、何処にでもいそうな普通の女子高校生である。

 その麻奈実が自動ドアの脇に張ってあった紙を見つけ、残念そうにまなじりを下げた。

 

「これじゃぁ今日の勉強会、出来そうにないねぇ」 

 

 そうなのだ。

 こう見えて俺も受験生なので、放課後なんかに麻奈実と一緒に勉強会を開いたりする。

 別に妹とエロゲー買いに行ったり、黒猫や沙織とアキバで遊んだり、あやせたんと乳繰り合ってばかりじゃないんだ。

 そこんとこ大事なんで勘違いしないように。

 今日も麻奈実に勉強を見てもらおう――じゃない、一緒に勉強しようと図書館までやって来たってのに、タイミングが悪いぜ。

 

「さて、どーすっかなー」

 

 図書館での勉強会なんて俺達の間では既に恒例行事なのだが、臨時工事で早仕舞いしてるとは想定外だ。夏が近いこの時期だと、さすがに外でやる気にはならねーし。

 ここは静かな空間&冷暖房完備という実に素晴らしい環境を備えてんだが……どっか他にいいとこねーかな。

 そんなことを考えていたら、クイクイっと袖が引っ張られてることに気付いた。

 

「なんだ、麻奈実?」

「えっとねー、よかったら、家に……来る?」

 

 少しはにかんだように相貌を崩しながら、麻奈実が俺に代替案を提出してくれた。

  

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 そんなこんなで、俺達は連れ立って麻奈実の家に向かうことになった。

 ちなみに麻奈実の家は“田村屋”という和菓子屋さんを営んでいて、俺も小さい頃からよくお呼ばれしている。だから女の子の家に向かうからって変な緊張もしなければ、遠慮も発生しない。

 麻奈実の家族とも顔馴染みだしな。

 

「ただいま~」

 

 店は営業中なので、二人して勝手口から回り込んで家の中に入った。

 ちなみに店内で飲食することもできるので、よく買い物帰りの主婦さんなんかが、連れ立って井戸端会議に花を咲かせていたりもする。

 客層はお年寄りから若い女の子まで。本当、幅広い層に親しまれているのだ。

 

「お邪魔します」 

 

 後は勝手知ったる他人の我が家。

 俺は挨拶もそこそに靴を脱ぐと、板張りの廊下を麻奈実と並んでお茶の間まで歩いて行った。

 

「じゃあ、わたしお茶淹れてくるね~。きょうちゃんは座ってまっててー」

「あいよ」

 

 今時珍しい障子を開いてから、俺はカバンを部屋の隅に壁掛けにする。それを認めてから麻奈実が部屋を出て行った。

 すると、ちょうど入れ替わるようなタイミングでロックの奴が部屋に入って来た。

 

「お! あんちゃん、来てたのか!」

「ようロック! 相変わらず元気そうだな、このハゲは」

「元気も元気、超元気よ! 人生における新しい目標もできたしな!」

「目標? そうか。お前、定着したニックネームの変更諦めてなかったんだな」

「違う、違うって。俺さ高校入ったらバイトして、金溜めて、ギター買うんだぜ! えっへっへ。それまでは琵琶法師で我慢してやらあ!」

 

 そう言って、べべんっと何処から取り出したのか古風な三味線を弾いてみせるロック。

 って、こいつまた腕をあげやがったな。

 この威勢の良い小坊主は麻奈実の弟であり、俺にとっても……まあ弟みたいなもんだ。

 ちなみに俺が呼んでいるロックという名はこいつの本名じゃない。いわゆる魂に刻まれたソウルネームである。

 

「ふふ。相変わらず仲良いねぇ~」

 

 そうこうしている内に麻奈実がお盆を抱えて戻ってきた。

 廊下を通して俺達のやり取りが聞こえてたのか、クスクスと面白そうに笑っている。

 

「はい、どうぞ、きょうちゃん」

「サンキュー」

 

 麻奈実が俺の前にお茶を置いてから、すっと隣に腰を下ろした――と思いきや、ぽんっと拍手を打つと、再び立ち上がってしまう。

 

「どうした、麻奈実?」

「どうせならお茶菓子もあったほうが良いよね~。あのね、昨日作った新作があるんだ」

 

 再びパタパタと足音を鳴らしながら部屋を出て行く幼馴染。

 性格に似合わず忙しい奴である。

 すると突然、麻奈実が出て行ったのを見計らうようなタイミングで、テーブルの下から怨嗟のような低い声が響いてきやがった。

 

「――もう、素直にうちの婿になっちゃいなよ、きょうちゃん~」

「のわっああああっっ――!!?」

 

 テーブルの下から不気味に顔だけ突き出しているのは……なんと、麻奈実ん家の爺ちゃんだった。

 想定外な登場の仕方に、何処かの怨霊が化けて出たのかと思ったぜ。

 

「ど、どこから顔出してんの!?」

「ふっふっふ。きょうちゃんが来るのが分かったんでな。ここに隠れて驚かそうとしたんじゃ。どうじゃ? 驚いたじゃろ?」

「……心臓が止まるかと思ったッスよ」

「うっし! 爺の勝ちぃ! まあちょっとした年寄りのお茶目じゃな。――テヘッ」

 

 テヘッの部分で舌を突き出す爺ちゃん。

 かわいこぶりやがってこのジジイ…………殴りてええええええええええええええっっっ!!!  

 

「なにがお茶目ですか。それとお爺さん、きょうちゃんは高坂家の長男ですからねえ。どうせなら麻奈実に嫁に行ってもらいましょう。ほっほっほ」

 

 と、朗らかに響く優しい笑い声。

 俺が握った拳を解くべく、軽く瞑想しようとしていたら、麻奈実と一緒になって婆ちゃんまでもが茶の間に現れてしまった。

 

「何を言うとるんじゃ? 麻奈実の婿にといつも言う取るのはおまえさんの方じゃないか?」

「あたしは“どちら”でも構わないんですよ。きょうちゃんさえ良かったらねえ」

「まあなあ。もう家族同然みたいなもんじゃし、確かにどっちでも一緒かのう」

 

 フフフと顔を突き合わせて笑いあう爺ちゃんと婆ちゃん。

 ったくよぉ。

 この人たちは隙あらば俺と麻奈実をくっつけよーとしやがる。家に行く度に揶揄されるから耐性が出来つつあったんだが、最近は来る回数も減ってたのも手伝って……なんつーか、ちょっとばかり照れちまう。

 それは麻奈実も同じだったのか、部屋の隅からカバンを拾って俺に手渡すと

 

「もう~! こ、ここだと落ち着いて勉強出来そうにないから……私の部屋行こっ! きょうちゃんは先に行っててぇ」

 

 そう言いながら、俺の背中に手を添えて、ずいずいと部屋の外まで押し出して行く麻奈実。

 先にってことは、たぶんお茶菓子なんかを持って後から来るつもりなんだろう。そう思った俺は、麻奈実の言いつけ通り先に部屋まで行っておくことにした。

 

 

 

 コチコチコチと時計の奏でる音だけが室内に響いている。

 時折問題に関して質問したりするが、基本的に勉強中はあまり喋らない。俺も麻奈実もこういう時間を苦痛に感じない性質なんで、穏やかに時間だけが過ぎていく。

 勉強を始めて二時間くらい経った頃だろうか。麻奈実がペンをテーブルに置いて、腕を上にぐーと伸びをし出した。

 

「きょうちゃん。ちょっと休憩しようか」

「お、いいね。ちょうど疲れてきてたとこだよ」

 

 気心の知れた幼馴染同士。言葉は短くても意図しているところは伝わるってもんだ。

 その後麻奈実にお茶を淹れなおしてもらってから、二人して一口啜り、ほうっと息を吐いた。

 

「……はぁ~。こうしていると何だかほっとするねぇ~」

「相変わらず婆ちゃんみたいな奴だな。お茶飲んでほっと一息ってか?」

「違うよ~。きょうちゃんと一緒にいるとほっとするって言ったんだよぉ~」

 

 軽くほっぺを膨らましながら、ぽこぽこと叩いてくる麻奈実。

 これはこいつなりの怒りのポーズだが、どこぞの妹と違ってまったく痛くない。 

 

「まあ俺もおまえと居るとほっとはするな。なんつーか、こう田舎に帰って来たみたいな」

「えー、それって喜ぶべきなのかなぁ……どうなんだろ?」

「なんで? 同じ意味じゃん」

「男の子と女の子だと、ちょっと意味合いが違ってくるの!」

「そういうもんかね」

 

 他愛の無いお喋りが続く。

 麻奈実との間に流れる時間はいつもこんな感じだ。特別なイベントも起きなければ、怒鳴ったり喧嘩したり、ましてや本気で殴り合ったりすることなんてありえない。

 ただそこにいるだけで安心できる存在。いつも傍にいるのが当たり前のような。

 そんな関係がずっと昔から続いているんだ。

 

 ――けど、いつまで続くんだろう?

 

 ふと、そんなことを思った。

 考えることに意味はないと思いながら、思い描く。

 いつまで続けていられるんだろう。

 俺も麻奈実もいつまで“ここ”にいられるんだろうと。

 きっとこの場で幾ら考えても“答え”は出ないんだろーな。

 俺は今の関係に満足してるし、麻奈実もたぶんそうだと思う。出来ればずっと続けていきたい。そう思うくらいに居心地が良いのだ。

 そんな取り留めもないことを考えていたら、麻奈実がぽつりとこんな言葉を口にした。

 

「ねえ、きょうちゃん。一緒の大学に行けるといいねぇ」

「――そうだな。一緒の大学に行きたいもんだ」

 

 その為にも今は勉強しないと。

 俺は新たに気合を入れなおし、その証とばかりに軽くガッツポーズを取ってみる。

 

「うっし! じゃあ再開すっか!」

 

 それから勉強を続けるべくペンを手に取り、ノートに目を落とす。

 当然麻奈実もそうするだろうと思ったが、こいつはペンを取らずに逆に立ち上がってしまった。

 

「どうした?」

「ねえ、きょうちゃん。今日、晩ご飯食べていくよね?」

「え? もうそんな時間か?」

「うん。わたし色々と支度があるし……お婆ちゃんを手伝わないと」

「そっかー」

 

 チラっと時計を見てみたら既に夕方の6時を過ぎていた。

 高坂家では午後7時に食卓に付いていないと、問答無用で夕飯を抜かれてしまう鬼の仕来たりがある。事前に連絡入れてりゃ別なんだが……さて、どうすっかなー。

 今から帰れば余裕で時間には間に合う。間に合うが……正直、お袋の作る料理より麻奈実の作る飯の方がウマイんだよねー。

 もうちょっと勉強を続けたい気持ちもあるし、今日はこのまま田村家でご馳走になろうか。

 そんなことを悩んでいたら、戸口に立ったまま麻奈実が喋りかけてきた。ちなみにこっちに背中を向けていたので、あいつの表情が見えない。

 

「それとも……いつかみたいに……と、泊まっていく?」

「なっ!?」

「わたしは、良いよ」 

 

 俺と麻奈実は幼馴染だけあってよくお互いの家を行き来していた。

 お泊り会つーの? そういう行事も日常茶飯事だったのだ。けれど勿論それも子供の頃の話である。

 お互い大きくなってからはそういう出来事も無く、去年数年ぶりに俺が一泊したのが記憶に新しいくらいで……って、そういやあの時、何故だか桐乃が激怒しやがってよ。帰ってから宥めるのが大変だったぜ。

 別に何処で飯を食おうと俺の勝手だし、殊更気にする必要はねーんだが……。

 

「…………わりぃ麻奈実。ちょっち電話するわ」

 

 一言断ってから携帯を取り出して、相手を呼び出し――コールする。

 プルルルルル……ガチャ。

 何とワンコールで出やがった。

 

『なに?』

 

 この不機嫌な声は妹の桐乃である。

 って、あれ? 

 おかしいぞ。晩ご飯はいらないよって家に電話しようとしたはずなのに――なんで桐乃にかけてんだ?

 

『なに黙ってんの? イヤがらせ?』

「い、いや。違う。ちょっと連絡があったんだ」

 

 まあ、間違えちまったもんはしょうがねえ。桐乃からお袋に伝えてもらうってのもアリだろう。

 だけど何を察したのか、桐乃の方から詰問が飛んできた。

 

『ねえ、あんた。今ドコにいんの?』

「は?」 

『何・処・に・い・ん・の!?』 

「……麻奈実ん家だよ。それで今から――」

『はあ!? 地味子ンとこって……ちょ、マジ!? なんでそんなトコにいるワケ?』

 

 俺の言葉を遮るようにして桐乃が叫ぶ。

 その一方的な物言いに、つい俺もカチンときちまった。

 

『二人で何してんの? セツメイ』

「勉強してただけだっつーの! っていうか麻奈実をそう呼ぶなっつーたろーが!」

『……チッ! あんたはそうやってすぐあの女の味方してさぁ。めっちゃウザいんですけどォ』

「味方とかそんなんじゃねーよ。お前こそいきなり何怒ってんだ? 訳わかんねーよ」

『ど、どうせあんた“また”その女のトコに泊めてもらう気でしょ? マジ ウザイ!』 

「またって何だよ? つーかさ、俺が誰の家に泊まろうがお前には関係ない話だろーが。違うか?」 

『うっさい! 黙れ! しゃべんな! ムカツク!』

 

 なんなんだコイツ?

 てか、何でオレ桐乃と喧嘩になってんだ?

 

『……何で黙ってんの? 無視する気?』

 

 お、お前が黙れつーたんだろーが!!

 マジ頭にくるぜ、このアマはよぉ……!

 俺はギリっと音がするぐらい歯を食い縛り、携帯を強く握り締めてから……

 

「………………今から帰るから。俺の分の夕飯も用意しててくれってお袋に伝えてくれ」

『はあ? そんなことで電話してきたのあんた? ばかじゃん?』

「時間的に家からかかってくるかもって思ったんだよ。……じゃあな。用件はそれだけだ」

『……本当にそれだけ?』 

「そーだよ。文句あっか?」 

『――フン! べーっだ!』

 

 プチ。通話終了だ。

 しかし桐乃の奴、あれだけ怒ってたくせに最後だけ妙に声音が落ち着いてたな。言葉だけを見るとそーでもねーけど。

 

「……つーわけだ麻奈実。悪いけど帰るわ」

 

 携帯をポケットに直しながら麻奈実を振り仰ぐ。

 すると、こっちに向き直っていた麻奈実はふにゃっと相好を崩し

 

「うん。それなら仕方ないね。きょうちゃん。また今度食べにきてね~」

 

 菩薩のような笑顔で頷いてくれたのだった。

 

 

 

「……ただいまぁ」

 

 披露困憊した身体を引きずって、玄関からリビングへと直接顔を出す。

 すると、お袋が一番に俺を迎えてくれた。

 

「あら? 京介? あんた田村さん家でご飯食べて来るんじゃなかったの?」

「――へ?」

「桐乃がそう言ってたんだけど……だからあんたの分ないわよ?」

 

 そう言うお袋がテーブルに用意していたのは――――なん……だとッ!? 

 馬鹿な!? 高級感のある漆塗りの桶が三つ。

 ありゃ回らない寿司屋の特上握りセットじゃねえかあああああああああっっっ!!

 

「今日ねぇ夕飯作る時間がなくってさぁ……だから浮いたあんたの分を上乗せして特上にしちゃった。てへっ!」

 

 てへっじゃねええええええ!!

 桐乃の野郎……どういうつもりだ。俺は確かに夕飯を食うって言ったのに!

 

 結局俺の夕飯はカップめんに化けることになる。

 隣で美味そうに寿司を頬張る桐乃が悪魔に見えた瞬間だった。

 つーか、俺が何か悪いことしましたか、神様?

 ……ああ。こんなことになるなら麻奈実ん家で夕飯ご馳走になってりゃ良かったぜ。

 そう思って血の涙を流しても全て後の祭りであった。

 

 ――くそ、腹、減ったなぁ……。

 

 

 


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