あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない 作:powder snow
「どうかしら。シナリオとか評判の悪かった箇所を改善したから、多少遊びやすくなっていると思うのだけれど」
「……んー、そうだなー」
カチカチっとマウスをクリックして、モニターに表示されているテキストを読み進めていく。
今俺がプレイしているのは『強欲の迷宮』というパソコンで遊ぶタイプのゲームだ。ジャンルで言えばRPG要素を加えたノベルゲームになるんだが、なんと製作者の一人はここにおわす黒猫である。
「正直に言っていいか?」
「ええ。構わないわ」
「――何処が変わったのか、サッパリ分からん」
「……でしょうね」
残念そうというより、最初から期待してなかったわといった感じで溜息を吐く黒猫。
ちなみにこのゲーム。『かおすくりえいと』というゲームコンテストで堂々“ベスト・オブ・クソゲー”という認定を頂き、更には某巨大掲示板にアンチスレまで立ったといういわくつきのゲームなのだ。
「……気ぃ悪くしたか?」
「別に。手を入れたといっても大幅に変更したわけじゃなし、最初からあなたには期待してないわ」
ほらな。
そう言いながら黒猫は、ベッドにうつ伏せになったまま、目の前にあるノートパソコンに指を伸ばしていった。
説明が遅れたが、ここは俺の部屋である。
以前学校の部活で作ったゲームに改良を加えたというので、黒猫と一緒にプレイする為に学校から直接俺の部屋に寄ったという訳だ。
なので、お互い制服姿のままゲームをプレイしている。
といっても俺は机の前に陣取りデスクトップで遊んでいるし、黒猫は定位置(俺のベッド)で寝転び、こっちのプレイに追従する形でテキストを眺めているだけだ。なので、一緒に遊んでいるという感じがまったくしない。
こんなんで楽しいのかねー。
俺は楽しいというより、ぶっちゃけると少しばかり緊張していた。
だってさ、黒猫と部屋の中で二人きりなんだぜ?
おかげでゲームをしながらでも、大部分の意識はベッドの方向を向いている始末だ。
「……やはり、もっとどぎついバッドエンドを増やしたほうが良いのかしら」
その黒猫だが、ベッドにうつ伏せになったまま胸の下に俺のマクラを敷いて、頭の先にノーパソを配置するという格好でくつろいでいやがる。
足をぷらぷらさせて、鼻歌まで歌いそうな雰囲気に見えた。
繰り返すが、ここは俺の部屋だ。
家の中にお袋がいるとはいえ、部屋の中で二人っきりっだっつーに……えらいリラックスしてやがるな、こいつは。
学校からの帰り道はお互い意識してたのかあんまり会話が弾まなかったのに、室内に入った途端……というより、俺のベッドに横になった途端、雰囲気が変わったのだ。
まったく、女の子というのはよく分からん。
「けどさぁ、おまえってまだこのゲームに手を入れてたんだな。やっぱ愛着があんのか?」
「ないと言ったら嘘になるわね。初めて“共同”で作ったゲームなのだし……。それにこの前、あの子と話して『強欲の迷宮』の改善案を出し合ったのよ。世間ではクソゲー認定されてしまったけれど、改善点があるのなら少しでも良いものにしたい。そう思ったの」
「そっか。色々考えてんだな」
「まあ、あの子としてはさっさと黒歴史にしてしまって、新しいゲームを作りたいのでしょうけど、もう少しだけ付き合ってもらうわ」
フフっと楽しそうに笑う黒猫。
一緒にゲーム作りが出来る友達が出来て嬉しいんだろうな。
ちなみに黒猫の言うあの子とは、ゲームのもう一人の製作者である赤城瀬菜のことだ。
赤城瀬菜――黒猫のクラスメイトで俺の後輩。んでもって同じ部活の仲間でもある。
眼鏡を掛けた委員長タイプの娘を想像してもらえば分かりやすいが、特性を一言で言ってしまうならば超の付く変態だ。
当初は黒猫との折り合いが悪く、事ある毎にぶつかり合っていたのだが、今では良い友達になっているようで一安心である。
その瀬菜の兄貴に赤城浩平という奴がいるが、俺と違って重度のシスコン野郎なので、あろうことか実の妹を溺愛していた。
――『瀬菜ちゃん可愛いねー! 瀬菜ちゃんはいい子だねー!』ってなもんだ。
俺にとっちゃぁ気心の知れた悪友だが、そこだけは本当理解できないね。
「ねえ、先輩。ちょっとこのシーンを見てほしいのだけれど」
寝転んだままの姿勢で首だけ傾け、自分の隣をぽんぽんと叩く黒猫。
そのジェスチャーの意味するところは――もしかして隣に寝転べってことっスか、黒猫さん。
実はこうして俺の部屋で黒猫とゲームをするのは初めてじゃない。というか、強欲の迷宮の製作には俺も携わっていた(大したことはしてないが)ので、並んでプレイしたこと事態はあるのだが……。
「……どうしたの? こうしてプレイするのは初めてではないでしょう?」
「いや……そう言われてもな」
想像していただきたい。
ここは俺の部屋で、俺のベッドに横になってる年頃の女の子が隣に寝そべれという。
それが意味するところは、黒猫と並んで――顔を付き合わせてゲームをするということだ。
正直言って照れるし、なんつーか、恥ずかしいなんてもんじゃねえ。
それに“以前”とは決定的に違うことが一つだけあった。
「あら、柄にもなく照れているのかしら先輩? それとも“兄さん”と呼ばないと一緒に遊んではくれないの?」
「ちょっ、おま――ッ!?」
「ねえ、兄さん。私と一緒にゲームをやりましょう?」
いつかそう呼んでいた時のように“兄さん”と呼ぶ黒猫。その声はしっとりとしていて、妖艶な響きを持っていた。
寝そべったままの姿勢でしなを作り、流し目を寄越し、濡れた舌で唇を舐める。蠱惑的な色を滲ませながら微笑む黒猫は――年下の女の子とは思えないほど色っぽかった。
そんな黒猫の仕草が俺の視線を釘付けにし、心臓を鷲づかみにして離さない。手には変な汗が滲んでくるし、どうにも落ち着かない気分になってくる。
けどな、一連の行動を見て確信したことが一つだけある。
それはコイツはこうやって俺をからかって、あたふたする反応を見て楽しんでやがるんだろうということ。黒猫なりの冗談、遊びなんだろうけど……本当、時と場所を選べってんだ!
俺が“勘違い”したらどうする気だよ。
しかし、からかわれてるんだと分かったらちょっとだけ心が落ち着いた。気持ちにも幾分余裕が出てくる。
俺は椅子から立ち上がり、少しの距離を歩いてから、そっとベッドの脇に腰を下ろした。
「……これでいいのか?」
「…………」
返事はなし。
黒猫はディスプレイに視線を戻していてこっちを見ていなかった。仕方ないので、俺も身体を伸ばしディスプレイの前まで顔を突き出すことにする。
そうすることで、俺と黒猫の顔が至近距離で並ぶ事になった。
「――あ」
そこで初めて気付く。
黒猫は耳まで真っ赤にしながら、唇をきゅっと強く結んでいた。
「黒……猫?」
俺の声に応え、彼女が振り向く。
紅潮した頬。そうして、俺と黒猫の視線があった。
いつもの紅い瞳ではなく、彼女が本来持っている漆黒の瞳。その目を見た瞬間、以前黒猫が俺にかけた“呪い”のことがフラッシュバックする。
頬に触れた柔らかい感触。
あのとき感じた熱いものが再び胸の内に蘇り、俺の心を占拠していって――
「えっと……」
「……先輩。あ、あの女は……いつ頃戻って来るのかしら?」
「あ、あの女? 桐乃のことか? 確か仕事のうち合わせがあるから遅くなるかもって言ってたけど……」
「そ、そう……。遅くなるの……」
心なしか、黒猫の瞳がうるんで見える。
――や、やべえぇぇ。
思考が一直線になってやがる。どうにも視界いっぱいに広がる黒猫のことしか認識できてない。
落ち着け! 落ち着けよ、俺!
黒猫は……こいつは学校での後輩で、桐乃の友達で、俺の……俺の……なんだ?
脳裏にこれまでの情景が浮かんでは消え、また浮かんでは消えていく。何か喋るべきなのは分かるんだが、言葉がうまく口を吐かない。
「あ、えと、く、黒猫……?」
「……な、なにかしら?」
「その、さ。このまえの……ことなんだけど――」
そこまで口にした時、まるでそれ以上語らせないとばかりに、玄関から黄色い声が響いてきた。
『ただいまー。外、ちょー暑かったよねぇ。部屋に行ったらすぐ冷房入れるから』
「き、桐乃っ!?」
玄関から聞こえてくる妹の声を聞いて、反射的にガバっと身を起こしちまった。
黒猫も相当驚いたようで、目をぱちくりさせ、俺の枕を抱えたまま跳ね起きている。
『お邪魔しまぁ~す。ねえ、桐乃。お母様に挨拶した方がいい?』
どうやら桐乃の奴が帰って来たらしい。しかも誰か友達を連れて帰ってきたみたいで、かすかな話し声が聞こえてくる。
その声に耳を澄ませば、どうにも聞き覚えがあることに気付いた。
「……マジかよ」
脳内モンタージュに成功した俺が導き出した答えは――新垣あやせ。
考えられる上での最悪のパターンだった。
『……桐乃?』
『あぁ、ごめん、ごめん。挨拶はいいや。それより早く部屋いこっ』
続いてトントントンという軽い足音が聞こえてくる。
桐乃達が二階を目指して歩き出したのだ。
――つーか、これやばくね?
恐らく桐乃と一緒にいるのはあやせだ。
この俺があやせたんの声を聞き間違える確率は、ヤムチャがスーパーサイヤ人に変身し、フリーザをノーダメージで倒す確率よりも低いので間違いない。
客観的に考えれば、俺は俺の友達と部屋で遊んでるだけであり、そして桐乃も自分の友達を家に連れてきただけで、そこに何の問題も発生しない。
特にやましいことはしてないし問題ないはずなんだが……何故だろう、猛烈に嫌な予感がしやがる。
「……どうやらあの女が帰って来たようね。けれど、もう一つ出現したこの邪悪な気配は……なに?」
可哀想に。黒猫も怯えている。
「たぶん、俺の知ってる奴なんだけど――って、あああぁっっッ!?」
そこで俺は現在展開されている事態の更なる問題点を発見しちまった。
そういや黒猫とあやせってお互い面識あったっけ?
……いや、無かったような気がする。
つーかこれは直感だが、黒猫とあやせは顔を会わせない方が良いような気がした。
何故かと問われると困るんだが、二人の相性はあまり良くない――いいや、ここは敢えてはっきり言おう。
たぶん二人の相性は最悪だ。会えばきっと喧嘩になる。
「どうしたの、先輩?」
「……悪い、黒猫。少し静かにしててくれ」
だから俺は人差し指を口元に当てて、黒猫に静かにして欲しいという意思表示を示した。俺の態度を少し訝しんだものの、黒猫は言われた通りに口を閉じてくれる。
腕の中にある枕をぎゅっと抱きしめながら。
続けて響く複数の足音。
その足音は階段を上りきり、俺の部屋の扉の前へ至り――結局は何事も無く通り過ぎ、桐乃の部屋の中へと収まってくれた。
「……ふう。行ってくれたか」
安堵の溜息を吐いたのも束の間、すぐに桐乃の部屋からドアの開く音が届いた。
続いて
「じゃあ、あたし飲み物取ってくるから、チョット待ってて!」
という桐乃の声が響く。
たぶん人数分のジュースかなんかをキッチンまで取りに行く気なのだろう。幸い黒猫の存在は気付かれていないはずだし、俺達は再び息を殺して気配を断った。
妹をやり過ごした後に頃合を見て、状況の脱出を図ればオッケーだろう。
多少の音は響くだろうが、なーに外に出るだけだ。
何も問題はない。
室内からの返事を待ってから桐乃が行動を開始する。
先程の言葉通りまず部屋を出て、廊下を歩いて行き、階段へと差し掛かったと思った瞬間――――あろうことか、バタンッ! という大音量を立てながら俺の部屋の扉が……開いちまった!!
「げえっ! 桐乃ッッ!?」
思わず出た叫び声。
「あ、ああ、あんた……アンタねぇ……ソコで……なにやってんのっ!!」
怒声を浴びせながら戸口で仁王立つ我が妹。
その姿が、俺には伝説にある大魔神に見えた。