あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第七話

「ふむふむ、そういうとても面白い……ではなく、大変なことがあった訳ですなぁ」

「ああ。で、どー思うよ、沙織?」

「ハッハッハ! そうりゃぁもう全面的に京介氏が悪いでござる。どれくらい悪いかと言うと、皆にジャンピング土下座しなければいけないくらいの失態ですぞ?」

「ま……マジかよ?」

 

 現在俺は、沙織と連れ立って秋葉原まで来ている最中だ。

 何故かと言えば――実は俺の部屋にあるパソコンは沙織から貰ったものなんだが、そいつをチューンアップする為の部品を買いに来たという訳だ。

 よく分からんのだが、内部の部品を色々取り替えることでPC性能を上げることが出来るらしい。

 俺としては現状で全く不満などないんだが、沙織には色々と世話になってるし、こいつ自身の買い物に付き合うくらいの気持ちで付いてき。

 パソコンの知識は皆無なんでその方面での手助けは出来ねえが、そんな俺でも荷物持ちくらいは可能だ。

 

「拙者としては今京介氏から聞いた話しから判断するしかないのですが、率直にそう思った次第で」

「けどよ、桐乃が怒ったのは遊びに混ぜて欲しかったのと、黒猫が俺に取られたみたいで腹が立っただけだろ? あやせも――ああ、あやせってのは桐乃の友達な――桐乃が俺に食って掛かって構ってくれないから、その怒りを俺にぶつけただけだろうし……」

「ほうほう。――それで?」

「黒猫には悪いことしたけどよ、俺としては場を収めようと努力したんだ。俺に非はないとは言わねーけどさ、全面的に俺が悪いってのは納得いかねえぞ」

 

 そう吼える俺の言葉を受けた沙織は、口元をωふうにして笑うと

 

【挿絵表示】

 

「ンッフッフ。そういうところは実に京介氏らしいですなぁ。鈍感というか……優しすぎるというか」

「え?」

「黒猫氏に悪い事をした。それと同じくらい他の人に対して申し訳ない気持ちがあるのでしょう? きっと黒猫氏の訪問は突然決まったもので、きりりん氏に伝える時間は無かった。その所為で怒ったきりりん氏の余波を受けた友人の心配までなさって。京介氏は皆に楽しんで欲しかっただけなのに、と」

「……ちげーよ。特に桐乃に対しては怒りの感情が大部分を占めてるね。あいつさえ突撃して来なけりゃあそこまで大騒ぎにならなかったんだ」

 

 そうだ。全ての元凶は桐乃の野郎だ。

 あやせにはあらぬ誤解をされるし、加奈子のヤツにはケーキせびられるしよぉ……って、いかんいかん。思い出していたら段々と腹が立ってきやがった。

 さすがに俺がムスっとしてたら同行してる沙織に悪い。

 そう思って隣を見てみたら、沙織が眩しいくらいの笑顔を浮かべていて。

 

「……なんだよ、その意味ありげな笑みは?」

「いやいや、出来れば拙者も“混ぜて”欲しかったなぁっと思っただけですよ。聞いているだけでも本当に楽しそうで――羨ましい」

「冗談はやめてくれ。あれ以上俺の部屋が異界化したらもう手に負えねえよ」

 

 あそこに沙織まで加わったら、肉体よりも先に精神が朽ちるね。

 ストレスで間違いなく胃にマッハで穴が開く。俺はまだそんな理由で入院したくねぇぞ。

 

 そんなこんなで俺達は並んで秋葉原を散策しているわけだが、形だけを見るとカップルで行動していることになる。となると“デート”なんて単語が頭の中に浮かんだりするが、沙織はいつものオタクファッションに身を包んでいるので、そんな色っぽい雰囲気は微塵も感じられない。

 主な目的はPCパーツの買い出しだし、専門的知識が皆無な俺は沙織にくっ付いて行くしかないしな。

 

「どーする沙織? そろそろ昼時だし飯でも食ってから回るか?」

「そーですなぁ。買い物は体力勝負なところもありますし、腹ごしらえをするのも悪くはありません……っと、京介氏? 聞いておられますかな?」

「……っ!?」 

 

 話しを振っておいて失礼だとは思う。けど沙織にゃ悪いが、途中からまったく相手の言葉が耳に入っていなかった。

 何故なら、秋葉原には絶対いてはいけない人物を目にしてしまったからだ。

 

「……あれは、お、親父……か!?」

「え? 京介氏のお父上ですか?」

 

 グレーのスーツに身を包んだ恰幅の良い体格。一見して分かる近寄りがたい極道ヅラ。そらもう一般人ならまず避けて通るだろう怖い雰囲気が全身から滲み出てしまっている。

 刑事という職業柄、普段は困ることはないんだろうが……。

 通りを隔てて向こう側なので距離はあった。けど絶対見間違いなんかじゃなく、アレは俺の親父だと断言できる。

 一昔前の頑固親父を想像して、更に10倍怖くしたような人物を思い浮かべてもらえば分かりやすいだろうか。

 ちなみに怒った親父が相手だと、桐乃ですら一言も言い返せず借りてきた猫のように大人しくなっちまう。まあそんだけ俺達にとっては怖ぇ親父なんだよ。

 

「京介氏、そのお父上は何処におられるのです?」

「ほら、あそこの通りで突っ立てるヤクザっぽいのがいるだろ? あれが親父だ」

 

 沙織に指差して親父の存在を教えてやる。

 場違いに目立っているので、この説明でも一発で分かるだろう。

 

「はて? 何をしているのでござろう? 何やら探し物をしているような雰囲気ですが……」

「親父は刑事だからな。捜査で来たのかもしれんが――動きが微妙に怪しいな」

 

 親父と秋葉原なんてまったく接点がねえ。

 パソコンとか機械にゃそれほど詳しくないし、勿論アニメオタクでもなければゲーマーでもない。親父が求めるものがここにあろうはずがないんだが……。

 無論、俺もそれほど秋葉原には詳しくないから“何か”あるのかもしれねーが、親父の子供である高坂京介としては、もう違和感バリバリである。

 と、そこまで考えて一つ思い当たる事項があった。

 秋葉原との関連性ではなく、いるはずがないという方向性で。

 

「……あれ? そういや親父今日は非番じゃなかったっけ? 仕事休みじゃねーか」

「ほっほう。それは何やら事件の香りがしますな!」

 

 キラーンと目を輝かせる沙織。

 まったくもって、ひとごとである。

 

「あ! 京介氏! お父上が行動を起こしましたぞ!」

 

 沙織の言葉通り親父が動いた。といっても通りかかった女の子に声を掛けただけだが。

 

 ――もしや、ナンパしやがったか!? 

 

 と思った諸君は甘い。

 親父はお袋一筋なので、俺の親父が浮気などしようはずがない。

 

「……あー、予想通り逃げられたな」

「強面ですからなぁ京介氏のお父上は。この分だとお声も相当怖いのでは?」

「ああ。猫なで声の親父とか全く想像できねえよ」

 

 その後何人かに声をかけていたが、全員に体よく断られ逃げられた模様。

 

「京介氏。一つ提案なのですが、此処は思いきってもう少し近づいてみませんか? じっとしていても埒が開きません」

「……そうだな。この際仕方ねえか。けど出来たら顔を合わせたくないんで“コッソリ”と行こう」

「了解でござる」

 

 親父に気付かれないように大回りで近づいていく。親父も親父で何やら切羽詰まっているらしく、あまり周りを見る余裕がないようだった。

 結果的に、親父の少し後方のポジションを取る事が出来たのだが……

 

『あぁ、君。すまないが、この付近にメイド喫茶という場所が――』

 

 ぐはぁああああああああああっっ!!

 

 耳に飛び込んできた予想外の言葉に、俺は思わず近くの路地裏に逃げ込んじまった。

 だってさ、親父の口から“メイド喫茶”なんて言葉が出ると思わねーもんよ。取り乱して見つかるのがオチだ。けど何とか身を隠しはしたが、この先どうするべきなのか頭が混乱しちまって何も考え付かない。

 マジで心臓がバクバク言ってるぜ。

 ええいっ、落ち着け、京介。

 アレはきっと何かの聞き間違いだ。そうだ。俺の親父が往来でメイド喫茶なんて言葉を発するはずがないじゃないか。

 胸に手を当てて、大きく深呼吸。

 すー、はー。ふう、何とか落ち着いた。

 そうこうしていたら、ひょっこりと沙織が路地裏に顔を出してきた。

 

「ここにおられたのですか京介氏。少し探しましたぞ」

「あ……ああ、悪ぃ。ちょっと冷静でいられない事態が起こってな……」

 

 説明する俺を手で制して、沙織が皆まで言うなと大きく頷いている。

 

「どうやら親父殿はメイド喫茶の場所を探しておられるようです」

「……マジか、それ?」 

 

 残念ながら俺の聞き間違いじゃ無かったようだ。

 つーか、何やってんだよ、親父……。 

 

「間違いないでしょう。先程通行人に話しかけているのを聞きましたから。――京介氏、お父上がメイド喫茶を探される心当たりなどござらんか?」

「そう言われてもな……親父とメイド喫茶なんて秋葉原以上に接点がねーよ」

「ならばお父上個人ではなく、他の可能性を考慮してみては如何でしょう? 例えば誰かの為に行動しているとか考えられませんか?」

「――ふむ」

 

 言われて考える。

 親父がメイド喫茶を探すなんてことはありえるはずがない。ないが……現実として起こっているのだから、これを無視する訳にはいかないだろう。

 なら、考えられる理由はたった一つ――――桐乃だ。

 以前親父は頼んでいないのにサブカルチャー関連について調べていたことがあった。

 そのおかげで助かったことがあるのは事実だが、あれも要は全部桐乃の為だったはずだ。

 「何も知らないくせに適当なことを言ってんじゃねえ!」そう言った俺の言葉を受け止めて、桐乃の趣味を認めていないなりにも、理解しようと努めてくれたのだ。

 もしかして今回もそうなのかもしれない。

 その考えを沙織に披露したら

 

「良いお父上ではござらんか。きっとお父上なりに娘の趣味を理解しようとしてくれているのでござるよ。見ると聞くでは大違い。自ら体験して初めて分かるものもある。大人な考えだと拙者は思いますが」

「……まあな。親父にはそういうところがあるけどさ。でもあの親父がメイド喫茶ねぇ……」

「心配なのでござるか、京介氏? いや、気になるといった方がよろしいか。ならばこうしましょう」

 

 沙織の考えはこうだ。

 ――自分がそれとなくメイド喫茶の場所を親父に教えるので、先に入って様子を伺おうというもの。

 教えるメイド喫茶の場所は、いつも俺達が利用しているあそこだ。

 

「周りは閑静な住宅街ですし、あの場所ならばお父上も気兼ねなく入って頂けるかと。如何ですか、京介氏?」

「けどいいのかよ沙織? 買い物とか何か用事があったんじゃねーの? 俺は別にいいんだけどよ……」

「放っておいて無くなる訳ではござらんし、買い物などまた今度でよろしいではありませんか。それよりも京介氏はお父上が気になるのでしょう?」

 

 結局俺は、沙織の言葉に甘えてこいつの案を採用することした。

 

 

 

 カフェ『プリティガーデン』は白を基調としたログハウス風の外観をしている。

 落ち着いた町並みにもよく合っていて、一見しただけではここがメイド喫茶だとは誰も思わないだろう。

 俺と沙織は先に店内に入っていて、後から訪れるであろう親父を待っていた。

 ちなみに店内の様相は木目調の普通の喫茶店である。ややアンティークがかった調度品が置いてあったりと趣味も良い。これで店員さんが普通なら近所でも評判の喫茶店になっていたことだろう。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様っ!」

 

 ドアベルの“からら~ん”という音に合わせて扉が開いた。

 その先にいたのは正しく俺の親父、高坂大介で――――って、いきなりドアを閉めやがった!?

 バタンッ! と閉じる扉の前でメイドさんが立ち尽くしている。 

 ……分かるぜ、分かるぜ親父。その気持ちはよぉ。

 いきなりフリルの付いたエプロン姿のメイドさんが笑顔で迎えにきたら、脳が状況理解を放棄するよな。見なかった事にしたいよな。

 けどうちの親父は一度決めたことは貫き通す昔気質の男だ。

 果たして数分後、再び運命の扉が開く。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様っ!」

 

 まるで動じず、再度駆け寄って行くメイドさん。“てってって”という擬音が付くような可愛らしい駆け方だった。

 対する親父の形相は……完全に引きつっている。きょどっていると言ってもいいくらいだ。

 まさしく場違い。

 しかしメイドさんは接客のプロ。そんな思いはおくびにも出さずにこやかに話しかけていく。

 

「お一人様ですか、ご主人様? お煙草はお喫みになりますか?」

 

 メイドさんに案内されて親父が連行されていく様はまるでドナドナ。

 あんな哀愁漂う親父の背中は初めて見たよ……。

 

「こちらの席へどうぞっ」 

 

 促され席に付く親父。

 幸いにも親父の席は、俺達からは良く見えるが、あちらからは観葉植物が邪魔になって見えにくいという、行動を観察するには絶好の場所となっていた。

 こればっかりは運にも左右されるから……正直ラッキーだったぜ。

 俺は日頃の自分の行いに感謝しつつ、親父の観察を続けた。

 

「こちらがメニューになります。ご主人様はここは初めてですよね? 呼び方のオーダーはありますか?」

 

 来たな、ここでの最初の難関。呼び方のオーダーがっ!

 この店ではメイドさんに何と呼ばれたいかをリクエストできるのだ。

 例えば定番である『ご主人様』から『旦那様』『~ちゃん』『~くん』などその種類は様々だ。

 俺はこの最初のイベントで失敗し、あろうことか『おにいちゃん!』と呼ばれることになったのだが、当時接客してくれたメイドさんの陰謀のような気がしないでもない。

 つーか、親父を接客してるメイド……あの時のメイドに似てるな。

 

「……呼び方? 選べるのか?」

「はい! お好きな呼び方をリクエストしてくださいねっ」

 

 お? 親父の奴どうやら呼び方をリクエストするみたいだ。

 どうせ「何でも構わん」とつっけんどんに応対するもんだと思ってたんだが――意外だな。

 郷に入れば郷に従えってことか。

 だが次の親父の台詞は、長年親子をやってきた俺でさえ我が耳を疑うものだった。

 

「では……ぱ、パパと呼んでもらおうか」

 

『ぶっはあああああぁぁぁぁ――――っっっ!!!』

 

 ぱ……パパだと!?

 馬鹿な。あの厳格な親父がパパなどと……ありえん。これはギャグなのか? それとも夢なのか? 

 あまりに予想外な出来事に、思わずジュースを吹き出しちまったじゃねえかあああああっっっ!!

 

「……きたないですなぁ、京介氏。ほれ、これで口元を拭いてくだされ」

「ゲホ……ケホ……ッ。あ、ああ。すまん沙織。驚きすぎて……呼吸が止まっちまったよ……」

 

 借りたハンカチで口元を拭う。

 その時、ハンカチから良い香りが漂ってきた。

 こいつも、女の子なんだな。 

 

「洗って返すよ」 

「いえいえ、お気になさらず。それより男性はみな子供と申しますが、お父上も童心を忘れておらぬようで」

「童心でメイドさんに“パパ”なんて呼ばせねーよ……!」

 

 もしかして親父の奴、桐乃にパパって呼ばれたいのか?

 あいつ、いつもは“お父さん”って呼んでるからなぁ。

 

「じゃあパパ! ご注文は決まったかなぁ?」

 

 急に砕けた口調になったメイドさんに対して、親父がメニューに載ってる品の説明を求めていた。

 まあ『らぶらぶオムライス』だの『メイドさんの手作りカレー』だの食い物の想像は付くが『スピリット・オブ・サイヤン』とか『超神水』とかは飲み物は普通分かんねーわな。

 結局親父は『スピリット・オブ・サイヤン』と『このサンドイッチはパパの為に作ったんじゃないからねっ!』という品を注文していた。

 まあぶっちゃけ普通の野菜ジュースとサンドイッチである。

 その後、普通に食事を堪能した親父は、やや顔を赤らめながら店を後にして行った。

 

 

 

「おや? 秋葉原に戻るようですな、お父上」

 

 やや中心地を外れているプリティガーデンから来た道を戻っていく親父。

 てっきり駅にでも向かうもんだと思ってたんだが、付近に車でも停めてるのかもしれない。

 仕方ないので俺も沙織と一緒に尾行を続けていく。

 親父は普段訪れないオタク街が珍しいのか、キョロキョロと辺りを見回しては立ち止まっているので、バレないように後を付けるのは苦労した。

 もし慣れない場所で気が散っていなかったら、すぐに見つかっていたことだろう。

 それから幾許か歩き、親父がメイド喫茶の次に選んだ店は――人が大勢行き交う本屋だった。

 

「……き、京介氏。ここは……その、ちょっとまずいのではござらんか? お父上はそういった方面の知識はあまりないのですよね?」

「ああ。確かにここは注意しないとマズイな。展開によっては桐乃への風当たりが強く――最悪だと、また騒動になりかねん」

 

 何をこんなに危惧してるかって?

 それはこの店がヤバイ店だからだ。

 何も知らない一般人がうっかり足を踏み入れると、心に傷を負うことすらある。

 

「……けど、止めるわけにもいかねーしよ……上に行かねーように祈るしかねえか」

 

 親父が入った店は一見すれば普通の本屋に見える。だがそれは一種の擬態、カモフラージュなのだ。

 本屋の看板を掲げているが、扱っている商品は多岐に渡り、漫画や小説だけじゃなく、ゲームやDVD、はてはフィギアなんかも売っていたりする。

 だから賑やかな一階部分は総合アミューズメント施設に見えなくもない。

 しかし、真に恐ろしいのは二階から上。

 いわゆるアダルトコーナー、R-18の品々がひしめいているフロアだ。

 エロゲーはもちろん、同人誌や同人ゲームなどのエロいブツが来訪者を待ち受けている。こんな場所に親父が入ろうもんなら…………うああああああ、か、考えただけでも恐ろしい。

 

「き、京介氏っ!」

 

 切羽詰った沙織の声に振り向けば――げげえっ、親父の奴、階段に向かってるじゃねーか!!

 

「どど、どうしよう沙織っ!?」

「どうしようと言われても、拙者には……どうにも……」

「――くそっ!?」

 

 一歩、一歩と、確実に階段へ近づいている親父。

 阻むものなど何もなく道は広がっている。いっそ何か事件でも起こんねーかなあ。

 つーか、そっちへ行くんじゃねえ! 

 行くんじゃねえっ! 階段を上るんじゃねえええええええええええええ!! 

 果たして、必死の祈り(呪い?)が通じたのか、親父は階段には上らずに近くにあったゲームコーナで足を止めた。

 そして陳列されているゲームを一枚手に取る。

 

「……あ? 何を手に取ったんだ?」

 

 一頻り眺めたあと、親父は手に取ったゲームを棚に戻し、今度は出口へと向かって行った。

 結局親父は、一階フロアをぐるりと眺めただけで店を後にする。

 どうやら、何となく中に入ってみただけのようだった。 

 安堵した俺は親父の後を追おうと歩き出し……その途中で何となく気になったので、親父が手に取ったであろうゲームに視線を落として見た。

 

「な――ッ!?」

 

 そしてタイトルに絶句する。

 

「……“パパと恋しよっ! 娘めいかぁEX”だとッ!? バカなぁああっ!?」

 

 驚愕のあまり手が震えているのが自分でも分かった。

 俺は慌ててゲームを手に取りパッケージの裏を見る。そこには以前桐乃にやらされたゲーム「妹と恋しよっ!」と同じ会社の名前が刻印されていた。

 つーことは、これ元はエロゲーか?

 あまりの出来事に呆然と佇む俺。しかし、目の前に広がっている光景から脳内が別の可能性を導き出した。

 ここは所謂今週発売した新作ソフトを陳列しているコーナーである。

 パパと恋しよっ! の隣にはドラクエ無双やらモンスターハンターやらetcが並んでいた。きっと親父はこっちの健全なソフトを手にとっていたに違いない。

 遠目だから俺が見間違えたのだ。

 精神の安定を図る為だろうが何だろうが、もう……そういうことにしといてくれ。

 

 

 

「どうやら、お父上の秋葉原探索は終了したようでござるな。家へ戻るおつもりのようです」

 

 沙織の言葉通り、親父は近くにあった駐車場へと入っていく。

 どうやらここで俺達二人の刑事の真似事もお開きのようだ。

 

「……ふう。ありがとな沙織。色々つまんねーことに付き合わせちまってよ」

「いやいや。つまらないなどと言わないでくだされ。拙者も十分に楽しめました。それに――京介氏と二人きりでの散策。まるでデートしているみたいで心躍りましたぞ?」

「なに言ってやがる。デートならもうちっとましな格好して来いってんだ」

「おやぁ? 拙者のこの格好はお気に召さないと?」

 

 にやりと笑って沙織がシャツの両肩を摘んで見せる。

 

「そうは言ってねーよ。けどな、もしデートするんならそれらしい格好があるだろうってこった。例えば清楚なお嬢様みたいな格好とかよ」

 

 どうにも俺の周りには俺をからかって遊ぼうとする奴が多すぎる。

 沙織のやつがデートだと言ってからかってきやがったので、俺もやりかえしてやった。

 なのに沙織は

 

「わかりましたわ。京介さんが望むのなら――もし“本番”がやってくるのなら、その時にバッチリお見せ致しましょう」

 

 なんて深窓の令嬢みたいに、優雅な仕草で笑い掛けてきやがったのだ。

 そのあまりにも自然な動作に、俺は思わず沙織の“演技”に突っ込みを入れるのを忘れてしまった。

 

 

 

「……たっだいまー」

 

 玄関の靴を見て親父が帰ってきているのを確認した。

 取りあえず今日の出来事は秘密にしておこう。そう思ったものの、やはり親父とは顔が合わせずらい。

 恐る恐る様子を伺いつつリビングを覗いてみたら……桐乃がソファに腰掛けながら、何やら電話している光景が目に飛び込んできた。

 どうやら辺りに親父の姿は無いようだ。

 安心した俺は、リビングへ入りそのままキッチンへ直行。それから冷蔵庫へと手を伸ばす。

 慣れないことしたせいか喉がカラカラだったのだ。

 中からペットボトルの麦茶を取り出しコップへと注いでいく。それを一気飲みしながら、横目で桐乃を様子を眺めてみた。

 

「……なあ桐乃」

「なに?」

 

 俺が茶を飲み終わった頃合で、桐乃も電話を切ったので声をかけてみる。

 すると案の定、めっちゃ不機嫌な返事が返ってきた。

 

「あたし忙しいんだけどぉ、話しがあんなら早くしてよね」

 

 スマホをスリープモードに戻しつつ、テーブルに置いてあったジュースに手を伸ばす桐乃。

 その妹に向かって俺はある提案をしてみることにした。

 なんつーか、道すがら色々と考えていたのだ。

 

「あのさぁ、桐乃。おまえ親父のこと“パパ”って呼んでみる気ねーか?」

「ぶっはあああああぁぁぁぁ――――っっっ!!!」

 

 一秒の間すら置かず、盛大にジュースを吹き散らかしてくれる桐乃。

 ジュースが気管に入ったのか、ケホケホと盛大に咽返っている。

 いや……気持ちはすげえよく分かるから、怒りゃしねーけどよ。

 

「な……なに言い出してンのアンタ? 外で頭でも打ってきたワケ?」

「いや、そう呼んだら親父が喜ぶんじゃねーかなって、ちょっと思っただけだ」

「はぁ!? ンなことあるわけないじゃん。うちのお父さんが……パパって、今さら、あたしも恥ずかしいし……」

 

 桐乃はそっぽを向きながら、ゴニョゴニョと語尾を濁らせている。

 まあ最初から期待してなかったし、断られたら諦めようと思っていた話である。

 この話題はこれで終わりにしよう。

 そう思った俺は桐乃が吹き散らかしたジュースを吹き取ってから、そそくさと部屋へと戻って行った。

 

 その後は夕食を食べ、家族団らんへ。

 風呂上りに見た親父がやけに上機嫌だったのは、今日の酒が美味かったからだろうか。

 赤ら顔をニコニコと、やたら嬉しそうに歪めていやがったよ。

 

 

 


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