あたしの兄貴がこんなにモテるわけがない   作:powder snow

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第八話

『────キモ! 馴れ馴れしくすんなっ。喋んな、むかつく、バカじゃん!?』

『ぼ……僕にどうしろっていうの……?』

『死ねばいいと思うよ? ケド……今日はみやびがいないんだし、仕方ないからアンタで我慢してあげる。――感謝しなさいよねっ!』

 

 画面に大写しされた“りんこ”というキャラクターに、思いっきり罵倒される“京介”。

 このゲームではお馴染みのシーンであるとはいえ、実際にプレイしている俺からすればムカつくことこの上ない。本当、この“りんこ”ってキャラは兄のことを何だと思ってるんだ?

 ユーザー舐めてんじゃねぇの?

 

「……ふう。ちょっと休憩すっか」

 

 小さく溜息を吐いてからマウスを操作して、画面上でゲームデータをセーブする。

 それから大きく腕を伸ばして、うーんっと思い切り伸びをした。

 

 今俺は自分の部屋でエロゲーをプレイしている最中である。

 タイトルは『妹×妹~しすこんラブすとーりぃ~猛将伝』略してしすしす猛将伝だ。

 ゲーム内容はテキストを読み進めつつ選択肢を選んでいき、ストーリーを分岐させていくという至って普通のアドベンチャーゲームなのだが、目指すものは実妹の攻略というある意味とってもイカれたゲームなのである。

 猛将伝の名が示す通り以前出たゲームの続編で、あるエンディングの後日談を描いた一種のファンディスクのようなものだが、新ヒロインが追加されていたりとユーザーに配慮した作りになっていた。

 ちなみに元となった“しすしす”は桐乃の中で殿堂入り神ゲーと化しており、世間でも屈指の泣きゲーという高評価を得ている作品なのだが、俺はどうにもヒロインの一人であるこの“りんこ”が好きになれず、数あるエロゲーの中の一つといった認識しか抱けていなかった。

 

「でもなぁ、やらねぇと桐乃がうるせえし……」

 

 チラリと壁越しに妹の部屋を見やる。

 最近は顔を合わせる度に進捗状況を聞いてくのがうっとおしくて堪らない。あいつからしたら同じゲームをプレイした者の感想を訊きたいんだろうが、俺の感想なんてあてになんのかねー?

 実際に妹のいる兄としちゃあ客観的な意見なんて出せるわけねーし、色眼鏡でものを見てる自信もある。

 けどまあ、俺も黒髪ロングのキャラは好きだし“みやび”の方なら攻略してやらんでもない。

 そういう理由でこんな時間(学校が終わって夕食までのひととき)にエロゲーをやってるという訳だ。

 空いた時間にちょくちょく進めとかねーと、何時終われるか分からないしな。

 

「仕方ねえ。もうちっとだけ進めとくか」

 

 そう思って再びマウスに手を伸ばしかけた時、ドンドンという遠慮のないノックの音がドアから響いてきた。

 

「ねぇ、いるんでしょ? ちょっち話しがあるんだけどォ」

「うわぁッ!?」

 

 ノックしたのは形式ばかりと、俺が返事を返すよりも先に桐乃が扉を開いて押し入って来る。

 どうしてエロゲーをやってるのに鍵をかけなかったかって?

 ――フッ。

 残念なことに俺の部屋には鍵が設置されていないのだ。もちろん桐乃の部屋には鍵はかかる。この差は我が家のヒエラルキーの結果ともいえるだろう。

 

「い、いきなり入ってくんなっつってんだろーが!」 

 

 一応忠告するが、馬の耳に念仏。

 遠慮なしに踏み入ってきた桐乃は、俺がエロゲーをプレイしてるらしいと推察すると“にまあ”っと口端を持ち上げ、腹が立つくらいの極上スマイルを浮かべやがった。

 

【挿絵表示】

 

「なにあんた? 学校から帰って即行エロゲーやってんの? 超ヒマじゃん!」

「うっせえ! お前がやれやれ言うからだろーが。別に好きでやってんじゃねーよ」

「そんなこと言って、ホントは先の展開が気になって仕方ないんでしょー?」

 

 にひひと笑いながら桐乃がデスクへとにじり寄って来る。

 俺は慌てて背中でディスプレイを隠そうとするが、桐乃は素早く横から画面に大写しされている“りんこ”の姿を盗み見たようだ。

 それから何を得心したのか、まるで自らの舎弟が忠実に命令遂行出来たのを褒めてやるように、腕組みかましてうんうんと頷きやがった。

 ……念の為に言っとくが、俺が兄でこいつが妹ですよ?

 

「一応は言われた通りにやってるようだケド、え~と、りんこりんが出ててこの台詞ってことは…………はぁ? まだぜんぜん序盤じゃん!? ねえこれってどういうこと? それとも二週目か三週目でもやってんの?」

 

 あろうことか、我が妹はゲームキャラの台詞だけで進行状況を推察しやがった。

 これだから極めし者は困る。

 しかも完全に正解を言い当てているので惚けても無駄なのだ。

 仕方なく俺は事実だけを簡潔に述べることにした。 

 

「……まだ一周もしてねえよ」

「ハァ!? あんたそれマジで言ってんの? あたしが貸してからどれくらい経ってると思ってるワケ?」

「まだそんなに日にち経ってねーだろーが」

「三日もあれば普通コンプ出来るっしょ? あんたにはそれ以上の猶予期間をあげてんだからさァ、もっと真剣にやってくんないと困るわけよ」 

「何でお前が困るんだよ! つーかさ、俺にどーしろっての?」

「――死ねばいいと思うよ?」

 

 この妹――うぜええええええっっっ!!

 ゲームやってないくらいでここまで言うか?

  

「てかさァ、あんたストーリーとか気にならないワケ? しすしすだよ? あの神ゲーの続編だよ? ファンなら垂涎ものっしょ!?」

「だから俺はシスコンじゃねえの! 妹攻略するゲームなんかに興味ねえんだよ!」 

「なにその言い種? めっちゃうっざい! あたしはあんたがやりたいだろうからって即行クリアしたってのに、あんたがクリアしないと感想訊けないじゃん?」 

「別にやらねーとは言ってねえだろうが。そのうちクリアすっからさ、もう少し待ってくれ」

「もう少しっていつ? 明日?」 

  

 あのなぁ桐乃。何でもお前を基準にして語るんじゃない。

 確かにお前はモデルやったり、陸上やったりと色々なことをこなしながらでも、エロゲを早期コンプするぐらい時間の使い方がうまい奴だ。けどな、お前に出来るからって俺に出来るとは限らないんだぜ? 

 第一俺は“しすしす”のファンじゃねえし、人にはそれぞれペースってものがあってだなぁ…………と、そこまで考えて、こいつはこんな不毛な言い争いをする為に来たのだろうかという疑問が頭の中に浮かんできた。

 

「……話題を換えよう、桐乃。でさ、おまえ何しに来たの? わざわざここまでエロゲーの進捗状況を確認しにきたんじゃねえんだろ?」

「そ、そうだった……。あんたのムカツク顔みてたら、つい」

 

 ついで喧嘩売ってんじゃねーよっ!

 これだから現実の妹はよぉ!

 

「ん。――これ見て」

 

 そう言いながら、桐乃が一枚の紙を突き出してきた。

 見るからにぺらっぺらで随分とみすぼらしい印象を受ける。

 

「あぁ? なんだこれ。ええっと、縁日――祭りのお知らせ? 日にちは……今日じゃねーか」

「そ。近所の神社でやるんだって。まだ季節はずれだし規模も小さいけど屋台とか出るらしーよ。実はあたしも今日知ったんだけどねえ」

 

 にひひと笑いながら桐乃がチラシの中に書いてある開催場所を指し示す。

 そこに書いてある名前を見て、知っている場所だと思った。

 確かにここからだと歩いていける距離にある。しかし、こんなものをわざわざ俺に見せてどうしようってんだ?

 一瞬小遣いでもせびる魂胆かとも思ったが、俺よりこいつのが金持ち(悲しいことにな)だし、そういう訳でもねえんだろう。

 

「もしかしてあやせ達と出掛けるのか? それとも黒猫と行くのか? どっちでもいいけどあんま遅くなんじゃねーぞ。親父に怒鳴られるからな」

「…………ち、ちがッ……!?」

 

 遅くなるぶん親父に取り成して欲しいのかと思ったが、桐乃の表情を見るにそうでもないらしい。

 おかしいな。祭りに行きたいわけじゃねえのか?

 

「どうした桐乃? いきなり黙ってよ?」

「……あ、あたし今日知ったっつったじゃん。あやせ達も忙しいんだから、そんな急に都合付くわけないし……」

「へえ、そうなのか。そりゃ大変だな」

「大変だなって……それだけ?」 

「それだけって、他に何か言いようあるか? 俺には“関係ない”話しなんだしさぁ」 

「…………か、関係なッッッッ!!」 

 

 桐乃が誰と遊ぼうと――女友達と遊んで来ようと俺には関係ない。

 第一、口出ししようもんなら逆に蹴られるだろ?

  

「も、もういいっ! あんたなんか……アンタなんか――――じゃえっ!!」

「痛ってーな、何しやがる!?」 

 

 いきなり激昂した桐乃が俺のふくらはぎを蹴り上げやがった。

 それが痛いのなんのって……つーか、何で口出ししてないのに俺が蹴られんの?

  

「……おまえさあ、いきなりなにキレてんの? 俺が何かしたか?」 

「もういいっつったでしょっ!」 

 

 俺の問い掛けなんぞなんのその。桐乃は完全無視を決め込むや、持っていたチラシを俺に投げつけてから部屋を出て行きやがった。

 ――バタンッ! 

 と盛大な音を立てて閉まるドアから、桐乃の怒り具合が伝わってくる。

 今のやり取りの何処に桐乃の怒りポイントがあって、あいつをああまで刺激したのか俺にはさっぱり分からない。ゲームを進めてなかったことが腹立たしかったのかとも思ったが、そういう流れでも無かったよなあ。

 そう。この時の俺は妹の真意にまったく気付けていなかったのだ。

 何故かって? 

 だってさ、俺のことを嫌いなはずの桐乃があんなことを頼みに来るなんて、まったく想定していなかったからだよ。

 

 

 

「お袋~。今日の飯なに?」

 

 階段を下りてそのままリビングへ。

 時刻は現在午後7時前で、もう少ししたら待望の夕食タイムである。

 お袋はちょうど台所に立って最後の調理を済ませたところだったようで、手を洗いながらも俺の方へと振り返ってくれた。

 

「あれ、京介? 今日は夕飯いらないんじゃなかったの?」

「は? なんで?」

「だって桐乃があんたと一緒に縁日に行って屋台を冷やかすからいらないって……違うの?」

「なん……だと?」 

 

 桐乃が俺と一緒に縁日に行く? 

 まったくもって初耳な事柄に、頭の中がハテナマークでいっぱいになった。

 もちろん、俺は桐乃とそんな約束を交わした覚えはない。

 ないが――そこでふとポケットに入っていた雑な感触に気付く。取り出してみれば、それは先ほど桐乃が持ってきた縁日のチラシだった。

 激昂した桐乃が投げつけていったものを、思わず拾ってポケットに捻じ込んじまったらしい。

 改めて手に取りチラシを眺めて見る。

 それほど大きな催し物ではないのだろう。実にチープな作りで書いてある。添えられてあるイラストも小学生が書いたような稚拙なものだった。

 けど、見ているとなんとも言えない懐かしさにも似た感覚が湧き上がってくる。疲れるまではしゃぎ回っていたあの頃の感覚や情緒が、素っ気無いチラシに中に溢れているような気さえした。

 

「縁日……か」

 

 そういえば、昔は桐乃を連れてよく遊びに行ったもんだ。

 正確には俺と幼馴染の麻奈美の後ろに桐乃がくっ付いて来てたんだが、あの頃はまだあいつにも可愛げがあったように思う。

 そういや、いつの頃からか俺達の間に桐乃が存在することは無くなっていた。そうなる原因があったようにも思うが、今はちょっと思い出せない。

 とにかく小さい頃からにぎやかなことが好きな奴だったよ。足が遅くてどんくさいわりに、ちょこまかと背中を追いかけてきてさ。

 

「……ん? 待てよ」

 

 セピア色の光景の中に感じる矛盾。

 今考えたことに何か引っかかりを感じたのだ。

 足が遅くて、転んでばっかりで、俺の背中を追いかけていた。

 スポーツ万能で、全国有数の陸上競技者で、留学までしたスゲー妹。

 

 同じ――高坂桐乃のはずだ。

 

 あいつ……昔は足が遅かったんだっけか?

 確かそんなような事を言っていた記憶がある。

 あれはアメリカに行く直前に、あいつの部屋で一緒にエロゲーをプレイしてて、それから――

 

「京介」

 

 だが、再び思考を巡らせる前にお袋が声をかけてきた。

 おかげで、一度広がりかけた考えが霧散する。

 

「簡単なものだったらすぐに作るけど、どうする? 桐乃のぶんも作ったほうがいいのかしら?」

 

 夕飯……屋台。お祭り――か。 

 

「……あー、やっぱいいわ。悪ぃお袋。ちょっと桐乃と出掛けてくる」

「はいはい。あんまり遅くならないのよぉ~。お父さんが心配するからね」

「了解」

 

 片手を上げてお袋に了承の意思を示し、そのままリビングを後にした。

 

 

 

 そして桐乃の部屋の前で立ち尽くす。

 先程のアレはあいつなりのアピールだったんだろう。曰く――自分を縁日に連れていけと。

 きっと急なことで友達との予定があわなくて、でも祭りには行きたくて、仕方なしに身近にいる俺に声をかけたのだ。

 一人で祭りに行っても空しいだけだし、気持ちは分かる。

 けどよ桐乃。それなら最初から素直にそう言えってんだ。

 俺のことを嫌いなはずの桐乃が態々俺の部屋まで来て“一緒にお祭りに行こう”なんて言いだすとは、まったくもってこれっぽちも想定してなかった。

 だから先程はそこまで考えが及ばなかったのである。

 もし「どうしても縁日に行きたいの。一人じゃ心細いから一緒に行って」なんて言やあ、俺だって鬼じゃない。

 あいつの為に骨くらい折ってやるさ。

 

「……ったくよぉ。素直じゃねえ妹を持つと苦労するぜ」

 

 格好としてこっちから折れることになるが、気付かなかった俺にも非はあるだろう。

 それに俺もまんざら祭りに興味がないわけじゃねえし、特に屋台関連の魅力は心に響くもんがある。

 何よりもう夕飯の当てがねえんだ。縁日に行って何か腹に入れねーと“しまり”が悪い。

 俺は意を決して妹の部屋の扉をノックしようと右手を上げて――そこでふとゆる~い幼馴染の顔が浮かんできた。

 麻奈実だったら、今からでも予定が空いてるかもしれない。

 さっき思い出した光景のせいかもしれないが、三人で縁日を回るのも悪くねえ、なんて考えちまった。

 りんご飴をちろちろと食べていく麻奈実を想像したら、なんとも言えず心が和んだ。

 

「……そうだな。試しに電話してみっか」

 

 持ってきていた携帯を取り出し、アドレスから麻奈実の番号を呼び出す。

 なんならロックの奴を加えてもいい。同じ騒ぐなら人数が多い方が楽しいだろう。

 そう思っていざボタンを押そうとした矢先、以前桐乃と交わしたやりとりが脳裏に浮かんできた。

 

『――桐乃。やっぱおまえ、麻奈実のことが嫌いなの?』

『………………別にィ………………』

 

 含みがあるのが丸分かりの態度。

 なんでか分からないが、桐乃は麻奈実を苦手にしている節があるのだ。 

 

「んー、ちょうど麻奈実ん家も夕飯を食べる頃合か。まあ、無理に誘うことはねーわな」

 

 そう結論付けると、俺は携帯をパタンと閉じポケットに仕舞い込んだ。それから意を決して、目の前にある扉をコンコンと控えめにノックする。

 それから暫し、何故か中からの応答は無かった。 

 

「桐乃ぉ~! いるんだろ? チョット開けてくれ。話しがある」

 

 ノックでは埒が開かないと、無反応な扉めがめて大きめの声で呼びかけてみる。室内にいるのは間違いないんだから聞こえていないわけがない。

 果たして、一分ほど後に扉が開いた。

 いつもは俺の額を撃ち抜かんばかりの勢いで扉をオープンする桐乃だが、今回は割りと普通に開けてきた。ので、防御態勢を取り構えていた俺は、桐乃の行動に些か拍子抜けしてしまう。

 

「……なに? なんか用があんの?」

 

 目元を手の甲でゴシゴシと擦る桐乃。

 ん? もしかして寝てたのか?

 

「あ、いや。その……さ」

「……?」 

 

 やべえ。桐乃を縁日に誘おうと決意したものの、肝心の第一声を考えていなかった。  

 さっき関係ないと大見得切った手前、改めて誘うっつうのは妙に気恥ずかしいもんがある。

 

「……なんで黙ってんの? もしかしておちょくりに来たワケ?」

 

 ほら。桐乃も俺の怪しげな行動に不信を抱きはじめたじゃねーか。

 どうする? 何気ない感じで遠まわしに言ってみるか。

 ……いや、駄目だ。

 こいつも“俺と同じ”なら気付きゃしねーだろう。それに時間も押している。あまり悠長に構えてはいられない。

 仕方ない。ここはやはり男らしく――真正面からっ!

 

「――ぐッ!」

 

 奥歯を噛み締め、腹の底に気合を入れる。

 俺は半ばやけくそになりながら、ポケットから例のチラシを取り出すや桐乃の眼前に突きつけてやった。

 

「き、桐乃! 縁日に行こーぜッ!」

「……………………はぁ!?」

 

 丸っきり状況が理解出来ないと、桐乃の目が点になりアホ面をさらけ出した。

 

「さっきのチラシ見てたら無性に屋台の焼きそばとか食いたくなっちまってさぁ! フランクフルトとかお好み焼きとか、ああいうところで食うと妙にうまいだろ? それに金魚掬いつーの? そういうのもあるんだろうし……だから」

「もしかしてアンタ、あたしと一緒に出掛けたいって言ってんの? その……お祭りにさ」

 

 馬鹿なのこいつ? って感じで眉根を寄せる桐乃。

 こいつからしたら今さらだわなぁ。けど、ここは兄として引くわけにはいかない。

 

「おうよ! 男一人で屋台冷やかすとか寂しいじゃねーか。お前でも……いないよりゃマシだ」

「なに、その言い方? それが人にものを頼む態度なワケ?」

「そう言うなよ、桐乃。――な? ここは俺を助けると思ってよ?」

「………………」  

 

 一旦言葉を切って、腕組みしながら何やら考え込む桐乃。

 それから一分くらい経った頃合だろうか。桐乃は腕組みを解き、地面を指し示しながらこう言い放った。

 

「――土下座」

「……は?」

「土下座して詫びるってんなら、許してあげる」

 

 ……。

 …………。

 すまん。あまりのことに一瞬言葉を失っちまった。

 

「あの……桐乃さん? 土下座って、今ここでっすか?」

「あたりまえじゃん。あたしにィ~、一緒にィ~、お祭りに行って欲しいんでしょォ~? それくらい出来るよねェ~?」 

 

 ――――うぜええええええええええええええええええええッッッ!!! 

 

 けらけらと目の前で笑う妹がうざくて堪らない。

 何で俺はこんなことまでされてこいつの為に縁日に行こうとしてんだ?

 一瞬で怒りがmaxになった俺は、ふざけんなと怒鳴り返してやった。

 

「あのなぁ、桐乃! どうして俺が土下座までしなくちゃなんねーんだよ? 一緒に縁日に行こうって言っただけじゃねえか!」

「ハァ? 悪いけど、あたしにはそう言う権利があんのっ。そういう返答するってことはさ、あんた申し訳ないって気持ちが足んないんじゃないの?」 

「何で俺がお前に対して申し訳ないって思わなきゃなんねーの? お前こそこうして誘いに来た俺に対する感謝の気持ちがないんじゃねえの? “有難う。一緒に行きますわ、お兄様”くらい言えやっ!」

「うわ、キッモ! あんた現実に“お兄様”なんて言う妹がいると思ってるワケ? ばかじゃん?」

「例えだよ、例え! それくらい素直になれって意味だよ! だいたい俺シスコンじゃねーし」

「黒いのに“兄さん”とか呼ばせてたじゃん? アレはなんなわけ?」

「ば――あれは黒猫が勝手に呼んでただけだ。そんな昔のこと蒸しかえしてんじゃねーよ!」

「どうだか~? 実は今でもコッソリ呼ばせてんじゃないの? 本当キモい! マジキモい!」

 

 そんなやり取りが十分くらい続いただろうか。

 お互いこれが何も生み出さない不毛な行為だと気付いたので、取り合えず今は祭りという重要案件について話すことで一致した。

 

「……分かった。あんたがそんなにあたしと一緒に行きたいって言うなら行ってあげる。感謝しなさいよねっ!」

「へいへい。もうそれでいいよ」 

 

 ここで口答えしたらまた不毛な口喧嘩の始まりだ。

 俺はぐっと堪えて、桐乃の言う通りに頭を垂れてやった。

 それを見た桐乃は満足したのか、そりゃあもう嬉しそうに相好を崩して、室内にあるクローゼットを振り返った。

 

「じゃあさ、あんた先に下で待っててよ。実は浴衣を“用意”しておいたんだよねェ~」

 

 つーか、めっちゃ疲れた。縁日に誘うだけの簡単な案件のはずなのに……本当に疲れきっちまったぜ。

 けど、楽しそうにクローゼットへ向かう桐乃を見ていたら、ちょっとだけだがあいつを誘って良かったと思った。

 偶には兄妹で祭りもいいかもしれない。

 そう感じるくらいには。

 

   

 

 

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