友情と恋情の境界   作:インコマン

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 金髪の少年が黒い毛玉と戦っていた。少年は防戦一方だった。黒い毛玉の攻撃をバリアで弾き、なんとか退けることができたものの、そこで力尽き倒れ伏した。

 七五三六は目を開いた。相変わらずぼろい天井が広がっていた。今ではこのぼろい天井に愛着を持っている。

 

「やっと来たな」

 

 七五三六はあくびをしながら、起き上がり登校の支度をした。

 金髪の少年と黒い毛玉の夢。それは高町なのはを主人公とする物語が始まる合図。この物語に少年Aとしてでも関わりたいがために、七五三六は1年かけて準備した。

 

「さてどうなることやら。頼むぞなのは、俺を守ってくれ」

 

 小学生の女の子に守ってもらおうとする精神年齢大人の男。仕方がないだろう、彼女の方が強いのだから。そう言い訳をしてわくわくしながら家を出た。

 登校時間ぎりぎりに教室に入ると、いつものごとく少女たちが声をかけてくる。まずはアリサ。

 

「相変わらず遅いのよ。もっとはやく来なさい。私が電話で起こしてあげましょうか」

「はは、それはありがたい。電源切って待ってるぜ。普通はぎりぎりまで家にいるものだろう? みんなが早すぎるんだ」

 

 次にすずか。

 

「今日は何時に起きたの?」

「聞いて驚け、今日は早いぜ? いつもより2時間早く起きた。褒めていいぞ?」

 

 最後になのは。

 

「早く起きたなら早く来ればいいのに」

「はぁ……なのは、きみは何もわかっちゃあいない。早く起きたらその分、時間までごろごろできるだろ。明日からなのはもこの素晴らしさを味わうといい」

 

 七五三六は弁当しか入れてこなかった鞄を片付け席に着いた。教科書は机に入れっぱなしなのだ。

 よくもまあここまで仲良くなれたものだ、と1年前を振り返りながら、3人の友達の話を聞きながら時間まで過ごした。

 退屈な授業は、あちこちに思考を飛ばし、睡魔に身を委ね、担任に指名され、聞いてませんでしたと乗り切る。ノートはとらず、教科書に適当に書き込む。ノート回収時に痛い目をみるが、面倒だから仕方がない。それに自分の精神年齢より下の担任に怒られると、先生がんばってるなとか、教職は大変だなとか、そういえば教育学部の人って普通に大学生活を謳歌してるのが大半でそんな人たちがこうやって教師になってるんだよなとか、子供のころ偉いと思ってた先生もただの普通の人なんだよな、と考えてしまうため全然怒られている気がしない。

 こんな態度ではあるが教科書は全て目を通してあるし、テストも問題ない。掃除もさぼらないし、係りもしっかりこなす。

 こんな授業態度をとっても全く将来に影響がないのは小学生のうちだけなのだからと、ある意味思い切り楽しんでいるだけなのだ。

 放課後、なのはたちは塾に行くため校門で別れた。

 なのはたちについていけば、夢で見た少年と出会うことができるのだが、わざわざついていくほど重要なことでもないだろう。

 

《助けて》

 

 帰ってくるや部屋の畳に寝転がっていた七五三六は跳び起きた。

 

「……びびった。こんな風に聞こえるのか。そろそろなのはが彼を拾うな」

 

 懐中時計を手に取ると再び寝転がり、意味もなく蓋を開いたり閉じたり、バリアジャケットに着替えたりした。

 気づくと部屋の中は真っ暗だった。

 七五三六は慌てて立ち上がると明かりをつけて時間を確認した。

 

「やべえ寝ちまった! もう終わってるとかないよな? 大丈夫だ、うん、多分大丈夫」

 

 安心のため息をつくと冷蔵庫を開け、いかにも一人暮らしらしい腹を満たすためだけの夕飯を作った。誰かに食べさせるわけでもないため、味付けはテキトウだ。たまにゲロまずの料理になることもあるが気にせず食べる。

 食べて皿も洗い終わると、後は少年の助けを待つだけだった。

 七五三六は、狭いけれども居心地良い部屋をうろうろ歩き、立ち止まってはその辺にあるものを手に取り、手の中で転がしてから元に戻すということを繰り返していた。

 頭の中でこれからの流れを何度も確認していた。

 

「ああ! 駄目だ、緊張してきた! 落ち着けよ自分。これじゃあ情けないだろう?」

 

 携帯電話が震えた。確認するとなのはからだった。

 

『今日、しめろくくんと別れた後フェレット拾っちゃった』

 

 七五三六は座り込むと、なのはとのメールに集中することにした。

 なのはが拾ったフェレット。それは金髪の少年が変身している姿だ。今日はそのフェレットを動物病院に預けてきたらしいが、なのはは両親の許可をもらい、明日から預かることにしたようだ。

 

『今度見に行くぜ』

 

 送信すると同時に、少年の声が頭の中に響いた。

 

「ふう、ついに来たか。ああ、緊張する。まじでやばいぞこれ。心臓破裂しそうだ。洒落になんねえ」

 

 七五三六は震える身体を気合いで動かし、バリアジャケットに着替えると懐中時計を握りしめて家から出た。

 

「大丈夫だ。俺は大人だぞ? なのはが立ち向かうのに俺が逃げるわけにはいかないだろう?」

 

 何度も深呼吸しながら動物病院前の通りに辿り着いた。

 すると動物病院の敷地内から建物が崩れる音がした。それから間もなくフェレットを抱えるなのはが飛び出してきて、七五三六とは反対の方向へ走っていった。それから、その後を追うように黒い毛玉が出ていった。

 

「おいおい想像以上にでかいな土転びかよ……」

 

 七五三六やなのはの1.5倍はある。

 七五三六はなのはの後を追って走った。

 角を曲がるとすぐに毛玉が見えた。電線を巻き込んで突進したせいか動きを止めていた。しかし今にも動き出しそうだ。

 その奥には電柱の陰に隠れて座り込んでいるなのはが見えた。

 

「まじかよ嘘だろ」

 

 七五三六は反射的に走り出し変身すると、動き出した毛玉の脇を走り抜け、丸見えのなのはを抱えて全力でその場から逃げた。その直後すぐ後ろで毛玉が電柱を巻き込んで地面を抉った。

 七五三六は一気に汗が吹き出るのを感じた。

 

「え、あの、あなたは」

「早く! 早くデバイスを起動してくれ!」

 

 それはもはや懇願だった。背後からの身を震わす破壊音に、七五三六は今にも口から心臓が飛び出しそうだった。これほどまでに生きることに全身全霊を懸けたのは初めてだった。

 

「魔導師の方ですか?」

「そんなことはどうでもいい早く!」

 

 フェレットの言葉に答えている余裕なんてなかった。ただただ、後ろからの破壊音を聞きながら、電灯で照らされた暗い道を掛けた。

 なのはがフェレットの後に続いて起動パスワードを唱えようとした時、七五三六は視界の上方に毛玉が映り込んだのを感じ、反射的に足を止めた。すると2歩ほど先に毛玉が落下した。

 七五三六は急いでなのはを下ろすと、ステッキを構築しシールドを張った。

 

「離れて起動しろ! くそっ、なんでこうなった!」

 

 なのはたちが後ろに退くのを確認する間もなくシールドに衝撃が走った。しかしシールドは突破され、毛玉とぶつかった七五三六は地面をごろごろ転がった。

 

「おおぉぉお!」

 

 これまで感じたことのない内蔵の鈍痛に呻いた。シールドとバリアジャケットで減衰された上での痛みだった。

 うずくまりのたうち回っていたいのを我慢しながら、すぐに立ち上がった。

 

《良い一撃だ》

 

 野太いおっさんの声が七五三六の頭に響いたがそれどころではなかった。きっと今の一撃で頭がおかしくなったのかもしれない。そう頭の隅で考えながら、もう一度シールドを張り直しステッキを前に構えた。

 

《次は負けん》

 

 また聞こえた。やはり頭がおかしくなったんだ。そう確信した。

 再び毛玉が突進してきてシールドと衝突。やはりシールドは突破された。しかし七五三六は地面を2メートル程滑走するだけに止まった。いくらステッキで防御していたとはいえ、明らかに威力は減衰していた。

 

《駄目か。やりおるな。楽しくなってきたぞ》

「なんなんだ……」

 

 衝撃で痺れた腕に力を入れ、ステッキを持ち直した。目と鼻の先に毛玉がおり、距離をとる時間はない。すぐさまシールドを張った。

 

《これならどうだ?》

 

 毛玉とシールドが衝突、突破されることなく防ぎきった。

 

《ふはは、ぬるいな!》

「あのっ! 攻撃するみたいなので離れてくださーい!」

 

 後ろからなのはの声が聞こえる。七五三六は硬直する毛玉から目を離さず、脇に寄ってシールドを張った。

 

《次は一体どんな一撃がくるのだ?》

「少し静かにしてもらえませんかね……」

 

 七五三六は幻聴に向かって呟いた。

 なのはが放った数本の桜色の帯が、毛玉をキツく縛り上げた。

 

「ジュエルシード封印!」

 

 毛玉が光を放ったかと思うと、ぱっと弾けて消えた。その後には青い宝石が転がっていた。

 なのはは杖で宝石を回収すると七五三六に振り向いた。

 七五三六はシールドを解いた。

 

《なんだ、つまらん》

 

 七五三六の眉間に少し皺が寄った。

 

「あの、助けてくれてありがとうございます!」

「ああ……気にしなくていいよ。怪我はないか?」

「はい大丈夫です!」

「そうか、それなら良かったよ。とりあえず……場所移そうか」

 

 七五三六の視線を追って周りの惨状を見たなのは苦笑いを浮かべて頷いた。

 

「おじさんは怪我ありませんか? さっきすごい勢いで転がっていましたよね」

「ああ大したことない。心配してくれてありがとう」

 

 実際泣きたいくらい痛かったし、今現在も痛みを感じていたが、見栄をはった。

 

「あなたは魔導師なのでしょうか」

「動物が喋るなんてな。俺はその魔導師とかいうものじゃないよ。ただの普通の人だ。デバイスはもともと家にあったものでな、説明書を読んで使ってみたんだ。」

 

 七五三六は本来子供の状態でいう予定だった設定を少し変更しながら話した。

 

「もしよろしければ力を貸してはもらえないでしょうか。危険なことに巻き込んでしまうことになりますが……今この街でジュエルシードを封印できるのは僕と彼女と……あなたの3人だけなのです。このまま放っておくと途轍もない被害をもたらしてしまいます。ですからどうか協力してくださりませんか?」

 

 

 家に帰り、部屋の明かりをつけると部屋の真ん中で立ちすくんだ。

 

「にゃああああ! 何やってんだよ俺! なんで助けてもらうはずが助けてるんだよぉ! この日のために一年間がんばったのにぃ!」

 

 七五三六は崩れ落ちるように膝をついてから床をごろごろ転がって呻いた。それから無言になって、空っぽの頭でぼうっと天井を見上げるのだった。


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