異常者が集うこの学園で、普通であることは異常なのか 作:のろし
腐敗。俗に腐るともいうが、有機物が腐敗細菌や酵素などの微生物によって分解されることである。中でも人間にとって都合のよいものは発酵という別称があり、特に区別される。また、人間や団体が堕落している様の比喩表現として用いられることもあり、我らが人間社会の中で広く流通している言葉の一つといえるだろう。最近では男性同士の性的交渉や愛情表現を主な内容とした漫画やアニメ、小説などを好む女性の事を腐女子と言ったりもするが、それだけなじみ深い言葉であるという裏付けにもなると思う。とは言う物の、蔑称として使われることの多い言葉ではあるため、使用する場面を間違えると大事になってしまったりもするわけであるが。
職員室及び理事長室に届けを出し、晴れて第九十九代生徒会の発足となったわけであるが、職員室からは不評であった。一体何があってあんなに完璧な生徒会長を解任したのか、まさか生徒会を私物化するつもりなのかなど、なんとも誇大妄想甚だしい苦言を頂いたが、私だってなりたくてなっているわけではない。生徒会選挙を早めることが出来るんであれば一刻も早くそうするし、むしろ個人的にはさっさと元会長様を返り咲かせたいところではあるのだが、そうもいかないのだから仕方がない。酷いものではそもそも日之影空洞とは誰か、と問いかけてくるのだから、正直コイツら教師を辞めてしまえばいいと思ったのは内緒である。むしろ理事長の方がさっさと承認してくれたため作業的には楽であった。
生徒会室(臨時)に戻ったところ、瞳先生がいた。やたら久し振りに見たから思わず懐かしくなると同時に、名字が人吉だったことに今更気付く。目を白黒させている人吉君を見るに、どうやら彼の母親であるらしい。
「お久しぶりです、瞳先生。まさか善吉君の御母堂だとは思いませんで。今まで御挨拶にも伺えず申し訳ありません」
「あ、モギちゃん?久しぶりねぇ。あたしこそこの学園に通ってるなんて全然知らなくて。知ってたら入学祝の一つでも贈ってたんだけど」
知り合いなのかよ!と叫ぶ人吉君は置いておくとして、一体なぜここにいるのかの説明と、先ほどまで理事長室で雑談に興じていた相手である禊の在り方についての説明を受けた。言われてみればあの学ランは水槽学園のそれであった。国内有数の名門進学校であるため、禊も頭がいいのだろうかと考える。ところで。
「元会長様は一体何があってちゃんとした制服になってるんだ?」
「これだけ説明聞いて疑問持つのはそこなのかよ!?」
いや、だって今までまともな制服を着てなかったんだぞ?それは疑問に思うポイントで間違ってないじゃないか。
「そりゃあね、年頃の女の子があんなに露出の多い格好しちゃダメでしょ。あたしがしっかり直してあげたわよ」
「なるほど、先生がやったなら別に変でもありませんね。で、禊はそんなに危険人物なのか?話した感じおかしな話し方ではあったが、そんなに危険という感じはしなかったぞ?」
その言葉を出したとたん、全員の目が一斉に此方へ向く。一体なんだってんだ。
「四方寄、まさか貴様、球磨川と話したのか?」
「海路口、おま、神経はまともなのかよ!?」
「海路口さん、変だ変だとは思っていたが、そこまでとは思わなかったぞ!!?」
「海路口、あたしはどんなことがあっても味方だからね!!」
「モギちゃん、悪いことは言わないからああいうのはあたしに任せておきなさい!!!」
………。なに、この過保護。男子の罵倒はとりあえずシメても良いっていう合図か?お望み通りに絞め殺してやろうかなどと思いつつ、私は更に続ける。
「まあ、先ほど理事長室で転入云々の話をしていたから、あいつもこの学園の生徒になるんだろう。だったら私は生徒会則第一条第一項に基づいて害を為すことは出来ん。それに、既に友誼を結んでいるのでな、今更瞳先生に任せるわけにもいきません。あと、そこの男子二人はあとで私自ら絞め殺してやるから覚悟しとけ!」
更に大声で非難された。流石に人望のない臨時会長である。私すげぇ。
「なんにせよ、禊が実際にここの生徒に実害をもたらすと判断すれば、それは窘めねばなるまい。それが『規則』だ」
私はその一言を以って、この会話を終了する事を告げた。『生徒会長としてしなければならない使命に基づいて行動する』、これが第九十九代生徒会執行部の基本理念だからな。
翌日の事である。我が一年一組に転入生がやってきた。人吉瞳四十二歳、人吉善吉の母親である。ていうか、瞳先生である。
「……人吉君、心中お察しするよ」
「…サンキュー、海路口」
その日の午後。ゴキブリ王先輩によって負傷した古賀先輩のお見舞いに行くとかで副会長様率いる三名が、母親から逃げるということで人吉君が、それぞれ生徒会室から離れているのである。人望がないのは理解していたが、そこまで別行動が出来るのは元会長様が副会長様として君臨しているからだろうか?書類仕事もそこまで多くはないために、私は校内の清掃チェックに勤しむことにした(驚くべきことにこれも生徒会の業務内容なのだ)。校内は既に見て回り、中庭をはじめとした校舎外を見回っていたのだが………。
「いきなり特別教室棟が半壊した。業者を呼ぶ必要性ありと理事会及び職員室へ通達するように書類作成の事」
とりあえず考えついたことを忘れないようにボイスレコーダーにメモしておき、内部の状況把握にかかる。大体の状況が解ったため、書類製作にかかろうと生徒会室へと足を向けたら、女の子が歩いてきた。校舎がどんどん黒ずんでいるのだが、一体何をしているんだ?
「そこのセーラー服を着た女生徒。校内での落書きは校則違反なのでな、どういう手を使っているのかは知らんが、即刻やめてもらえないだろうか?」
「……あぁ、ごめんなさい。直にやめますねぇ?」
「分かってくれたならそれで構わない。どうやら怪我をしているらしいし、手当をするから此方へ来い」
「はぁい☆」
「……あぁあぁ、せいぜいが打撲ですんでいるようだが、女の子があまり無茶をしてはならん。それに、その両手の切り傷、明らかに鋭利な刃物を誤用した結果だな。それも見てやるから、手を出せ」
「……はい♪」
そう言って出してきた彼女の両手の治療に当たる。まったくかわいい女の子がこうやって傷つくなど、断固あってはならんというのに。包帯を使うほどでもないな。消毒だけですました方かいいだろう。…ん?何やらずっとこっちを見ているが、どうしたというのか?
「…なんで貴女は腐らないの?私が触ったらなんでも腐敗してしまうのに……」
「質問の意図が解らんな。なんでも腐らせるなんて、そんなこと人間には『不可能』に決まっているだろう?そもそも腐敗というのは有機物を微生物が分解する行為だ。人間であるお前に出来ることではない。過去に黴菌だの腐るだのといじめられでもしたのか?だとしたらそいつらは後悔しているだろうな。こんなに可愛い女の子をいじめるなんて、人生の九十八%を損しているぞ?」
「………貴女、変わってるって言われない?」
「最近はしょっちゅうだ。まったくもって遺憾なのだがな」
「………フフフ、貴女、私と友達になってくれる?」
「まあ、一度会ったら友達とどこぞの教育番組で過去マスコットキャラクターコーナーの主題歌でも言っていたしな、私は一向に構わんし、こんなに可愛い女子と仲良くなれるなんてむしろご褒美だ。さて、友誼を結ぶ最初の一歩は握手であろう?手を出すと良い」
「…私の名前は江迎怒江、一年マイナス十三組に編入してきたの。よろしくね?」
「一年マイナス十三組?新設されたんだろうか、知らん名前だな。私は海路口四方寄。この学園の臨時生徒会長だ」
「『あれ?』『また四方寄ちゃん』『僕らと友達になったの?』『ホントに変な子だね☆』」
どこから現れたのか的確な説明を求めるぞ、禊。せっかくかわいい女子と友誼を結んでいるんだからちょっと待ってて欲しいのだが。
「『そんなツレないこと言わないでよ』『僕と四方寄ちゃんの仲じゃないか』」
「すまんな、出会って数日の男子と、初日の女子なら、私は後者を優先するのでな。あとでエロ本を買いに付き合ってやるから、ちょっと待ってろ」
「って、球磨川さん、すみません、新教室の取得に失敗したことを報告もせずにこんなところで……」
「『いーんだよ』『そんなことはどうでも』」
『失敗は誰にでもある』とか、『素晴しい
「『四方寄ちゃんもありがとね』『怒江ちゃんの怪我を治してくれて』『っていうか、彼女に触れるとか君』『最早『異常』とか『過負荷』とか関係なく『超越』してるんじゃないの?』」
「…なるほど、彼女はそのまま『全てを腐らせる』能力の持ち主だったか。庭いじりに便利そうな能力だな。良いお嫁さんになるだろう。許さないが」
「そんな…人吉君のお嫁さんだなんて……」
アイツばかりが何故モテる。
「…ああ、すまん。この校舎の改修の申請をするため、生徒会室に戻らねばならん。今日の放課後にでもまた会おう。で、禊は本当にエロ本を買いにつれていく気なのか?」
「『まさか』『もう買っちゃったからさ』『放課後に喫茶店にでも行こうよ』『そこで買った奴見せてあげる』『四方寄ちゃんに似てる子がいてさ』『どれくらい似てるか見てもらいたいんだ』」
「そうか、案外私かもしれんぞ?だとしたら私は秘密を知ったお前に何をされるのかな?」
「『…ホント』『君ってサイコーだぜ!』」
「二人ともエッチなこと言わないでください!」
ごめんごめんと謝って、私は生徒会室へと戻った。
「うん?なんでも腐らせる少女が旧校舎を占拠しようと乗り込んできた?」
「そうなんだよ、四方寄ちゃん。状況から見るに球磨川君率いるマイナス十三組が集まりだしたみたいなんだけれど、これでも動かないつもりかい?」
と真黒さんが直談判にきた。とは言われてもなぁ……。なお、今日は日之影先輩は来ていない。なんでも用事があるらしいのだが……。
「新教室の選定権は我々にはないですからね。理事会の決定に基づいて動くほかないでしょう。幸い私も先ほど知り合いましたし、禊と怒江にはしっかりと言っておきますよ」
「……そんな悠長なことは言ってられない!彼らをほっておいたら、一体どうなることか……!!」
「真黒さん、この際ですからはっきり言っておきましょう。私はたとえどんな生徒であれ、差別はしません。前科があるからといって最初から疑ってかかることはしてはならないでしょう?守られてこそいませんが、裁判に於いても『原則無罪』は基本理念ですよ?国が守らないからって私達が守らない理由にはなりません!」
「…後悔しても知らないよ?」
「ですから動かないとは言っていません。ちゃんと理事会と本人たちには通達と注意をするといっているでしょう?何が不満なんですか」
そういうと真黒さんは、「…そうだね、失礼するよ」と言って生徒会室をあとにした。副会長様をはじめとして生徒会のメンバー(喜界島さん除く)からはバッシングを食らうが、『規則』を犯していない生徒を罰することなど出来るわけがないだろう。まあ、少し問題を起こしている以上叱責は必要かもしれないけれども。
「私は確かに禊の過去を知らないが、もし知っていたとしても、それが生徒会の私用につなげる事はない。貴方達はアイツの事を敵と認識しているかもしれないが、だからといって生徒会が私情で動く理由にはならないことをはっきりと理解するべきだ」
「だけどよ!!」
「反論は受け付けんぞ。たとえ貴方達に正当性があったとしても、だ」
「真黒さんの言葉通りだ!後悔しないためには先手を取る必要も……」
「だから叱責はすると言っているだろう?繰り返すが、貴方達が言っているのはただの私情による拙速な行動だ。生徒会メンバーであるという自覚を持って欲しい」
これ以上は無駄だと悟ったのか、全員が口を噤む。喜界島さんがおろおろしているが、会長職の地位を確固たるものにする必要がある以上、引くことは出来ない。
「今日は書類仕事もないし、投書もない。業務は特にないから、帰って構わないぞ」
その言葉を皮切りに、全員が帰っていく。最後まで残ったのは当然ながら私だ。
「…人望がないのは理解している。それに、みんな会長様が会長をするのが良いと思っているのも理解しているんだよ」
僅かに残っていた書類の処理を終えた頃、禊が怒江を連れてやってきた。
「『やあ』『もうみんな帰っちゃったのかい?』『随分と人望のない会長様だね☆』」
「理解しているよ。どうやらお前が過去に起こしたことで警戒しているらしい。怒江、どうやら旧校舎の占拠をしようとしたらしいが、新教室は理事会の決定を待って欲しい。勝手な行動をするようであれば、口頭での叱責ではすまされなくなってしまうからな。今後はしないように頼むぞ。禊も、そんな指示を出すな」
二人は面食らったような顔をしている。だから、私の常識的な行動はそんなに驚かれるようなものなのかと。
「『とはいえさあ』『理事長からなんの指示もなかったんだもん』『僕達は明日からどこに登校すればいいのさ』」
「…まあ、確かにそれはそうだな。良し、すまんが今日は喫茶店に付き合えそうにない。というか、お前たちも来てくれ。理事長に直談判する」
『「………ゑ?」』
「新クラスへの転校生については学園側の方針ですから特に何か言おうとは思いませんが、教室も決めないままに生徒だけ調達する事は凡そ教育者としてあり得ません。彼らはなんの指示も受けていないと言っていますが、まさか本当に教室を決めていないわけでもないでしょう?」
「……ほっほっほ。確かにこれは失態でしたな。とはいえ、急に新クラスの開設を決めてしまった為、直に専用の教室を作ることもできません。申し訳ないのですが…」
そう言ってのらりくらりとかわそうとする理事長だが、あくまでも生徒の学校生活に関する要件である以上、絶対に引かないのは当然である。
「いま現在使われていない教室が、少なくとも三クラスあります。これから編入してくる生徒の数が何人になるのかはわかりませんが、まずこの三クラスは使えると思いますが、いかがですか?」
「……そうですね。今後の編入予定については、理事会のマル秘事項なのでお伝えは出来ませんが……。即刻編入してくる生徒は限られていますので、そのクラスの中から一クラスを使用する事にしましょう。球磨川君も江迎さんも、この件については御迷惑をおかけしました」
「『…いえ』『別に良いですよ』」
「私の方こそ、勝手な真似をして申し訳ありませんでした」
驚くほどにあっさりと許可を出してきたな。一体何が裏にあるのか気にはなるけれど、まずは彼らにちゃんとした教室が与えられたことに安堵する事にしよう。
「ありがとうございます。では、失礼致しました」
「失礼しました」
「『しつれいしました』」
「いえいえ、此方こそ」
「………まさか彼女がここまで『過負荷』に肩入れするとは思えませんでしたが…いや、『規則』に忠実な彼女だからこそなのかもしれませんねぇ」
…日之影先輩が彼らの情報をもとに、『英雄』を執行して、彼らに私達への付け入る隙を与えてしまうまで、そんなに時間はかからなかったわけだけれども。