異常者が集うこの学園で、普通であることは異常なのか 作:のろし
七月二十五日、1998年にはWindows98が発売され、味の素の特許取得日でもあるのだが、そんなことはどうでもいい。この日は生徒会臨時選挙の庶務戦である。つまるところ我が生徒会唯一の『普通』、人吉君が庶務の座をかけて新生徒会のメンバーと戦うことになるのだが、残念ながらその日は用事があるため、最初から参加する事が出来なかった。つまり、なにが言いたいのかといえば。
「…いや、ポールを伝ってハブが上ってくる可能性くらい考えておけよ、長者原融通選管」
当然無かったことにされた。
ハブ。単にハブといった場合は日本に於いてホンハブの事を示し、その体格の大きさと攻撃性の高さから日本で最も危険な毒蛇として知られている。毒の性質は出血毒であり、元々はハブの体内で生成されている消化酵素なので、患部は激しくはれ上がり、激痛を伴う。消化酵素というだけあって、腫れと激痛の理由はタンパク質の分解が原因で、過去は咬まれたら助からないといわれていた。現在は血清技術も進歩しており、致死率は1%を切るほどに低いのだが、元々の毒の性質上、重大な後遺症が残る可能性はある。長者原選管がトカゲ目といっているが詳しく言えば有鱗目で、ヘビ亜目に属し、クサリヘビ科マムシ亜科となる。選管である以上、血清の類はちゃんと持っているだろうが、それにしてもなんということをしているのか。
「ハブは全世界的にも個体数が減少していて、このような乱獲はあまり褒められたことではないのだが?」
「ええ、当然ながらこの庶務戦が終了いたしましたら、迅速に生息地へと返す所存でございます」
「そもそもなんでわざわざ南西諸島まで行ったのか……まあ確かに、ハブはイメージとして恐ろしいものではあるけれど、それならまだマムシの方が毒性は強いぞ?」
「……」
無視は酷いんじゃないのか?
「…で、この選挙のルールについてはもう聞いたから良いとして、この量に咬まれるといくら頑丈な奴らでも死んでしまうわけだが。その辺はどうだ?」
「当然ながらそうなった場合、我々が全力を挙げて治療にあたります」
「危険性はないとでも?」
「ないとは言いません」
「そうか、正直な人間は非常に好感が持てる。要らぬことを聞いて申し訳なかった」
そんな説明を受けている間に、どうやら人吉君は禊を追い詰めているらしい。…ん?禊?
「なあ、禊は生徒会長役じゃなかったのか~?」
「『ちょ!』『今そんなこと聞くかな!?』『僕どう考えても今劣勢でしょ!?』」
「ああ、すまない。まさか『見てない』人吉君にそこまでみっともなく末代まで恥をさらすような負け方をしているとは思わなくてな。てっきり別の人かと」
「『ひどっ!!』」
いや、なんだかんだでコイツはストーリー上のボス的な扱いだと思っていたわけなのだが。だからこういう負け方をしているとちょっと違和感があるというか。まあその辺も『過負荷』だからと片付ければいいのか、それとも全く別の『企み』でもあるのか。
「…で、息をひそめたところでどこにいるかなんて丸分かりだぜ、球磨川先輩。降参するなら今の内だ!」
「『うん』『そうだね』『参った、僕の負けだよ』『強くなったね、善吉ちゃん』」
企みの方らしい。
「『君たちの為に心ならずも悪役を演じてきたけれど』『これならもう真実を隠す必要もないね』『教えてあげよう』『僕がこの箱庭学園に来なければならなかった理由を!』」
どう考えても高校くらいは出ておかなければ就職に差し支えがあるからだろう。今や高校までは義務教育みたいなものだからな。
「来なければ…ならなかった理由!?」
「バカ者!善吉、球磨川は良い台詞を言ってからが本番だろうが!!」
その言葉を副会長様が紡いだと同時に、人吉君へ三つの螺子が突き刺さる。ああ、今の問いかけのときに思いっきり目を見開いていたけれど、大丈夫なのか?
「どう思いますか、名瀬先輩」
「どうもこうもいきなりすぎるだろうがよ、ちょっとは説明しやがれってんだ規則子ちゃん」
「地の文参照」
「なるほど」
分かってくれるあたり大概な人である。が、私へ説明をするわけではなく、人吉君へ助言をしているあたり、私は嫌われてるのか?かわいい女の子から嫌われるのはあまり精神的に宜しくないのだが。あ、助言むなしくやられた。…目が見えない?『
「……めだかちゃん!楽しい高校生活だったなぁ!」
なんか思い出語りはじめてるし。
「色々あったけど、今となってはいい思い出だぜ」
「……何を言っておるのだ、善吉。やめろ…そんな今わの際みたいなこと、言うなぁ!!」
「好きだぜ、めだかちゃん」
その言葉と同時に、人吉君は禊を再度圧倒した。しかも、震脚、の派生形だろう。フェンスを揺らし、一気に下まで落ちた。おい、まてやこら。
「………何やってるんだ、人吉君。無理心中を図るとか、もう君、バカだろう」
「なんだと!?四方寄、貴様、もう一度言ってみろ!」
「バカだと言ったんだ。ハブの出血毒は効きが遅いとはいえ、あれだけ大量に咬まれれば十分に死に至る。たとえ敵対勢力とはいえ、生徒会メンバーとしてやってはならんことをやるとは…まったくもって愚かしい」
「貴様!!」
「勘違いするなよ、黒神副会長。既に決着はついていたのだ。どんな理由があれ、相手を害して良いことにはならん。生徒会のメンバーであるならば、尚更だ」
思いっきり私を殴る副会長様。うん、痛い。だがやめない。
「私を殴るだけの余裕があるのなら、少しは頭を働かせろ。今我々がやるべきことはなんだ?あの二人をなんとしても死なせないことだろう?」
「――――ッ!!!」
「まあ、恐らく禊は簡単に生き返るだろうが、それが助けなくて良い理由になんぞならん。生徒会として、会長として、私はアイツらを助ける。『それが仕事だ』」
「―――お前は、仕事以外の事に興味はないのか!」
「興味がないんじゃない、仕事は仕事だ。その割りきりが出来ないなら、こんな馬鹿げた世の中で生きていけないからな。公私を分けろ。何でもかんでも自分と関連付けて考えるから、バカを見る」
そう言って、梯子を持ってきている選管をしり目に、私は穴へ落ちた。当然ながら私へ向かってハブたちが襲いかかってくるが、一言でカタをつける。
「『動くな』」
その瞬間、全てのハブは金縛りにあったかのように動かなくなる。都城王土、大した能力を持っているものだと思う。これは制圧という一点に於いてずば抜けているな。私は体中を咬まれている二人を担ぎ、穴の上へと戻った。
「…なんだ?まるで私を化物か何かのように。ゴキブリ先輩の能力くらい、副会長様でも使えるだろう?」
「いや…それよりなんでハブがぎっしり詰まった穴の中に入れるんだよ。そっちに驚いてんだ」
「仕事だからな。生徒の安全確保は。長者原選管。早く血清を打て。このままでは体組織の分解が進んでしまう」
「は、はい!」
正直、咬まれた場所が多すぎて助かるかどうかは五分五分だ。私には処置できないので、血清を持っている選管に任せる。だが……。
「これは………無理だな」
「何を言っている!四方寄、いくらなんでも言っていいことと悪いことの区別くらい……!!!」
「仕方ないだろう、曲がりなりにも治療学を齧った人間だ。治療の効果があるかどうかは分かる。トリアージなら間違いなく黒のタグをつけられるよ、二人とも」
「―――ッ!!!!」
だから私を殴るなというのに。ただ、客観的にみた事実を伝えただけだというのに。
「ダメだ!心臓が………」
「…ちょっとすまないね。血清は?」
「あ…う、打っています!」
「ハブの毒は確かに強いが効くのは遅い…恐らくは外傷性ショックが原因の心停止だろう。呼吸停止からはまだ一分と経っていないし、直に処置すれば大丈夫だ」
「球磨川様も心臓が……!」
「おいおい、オンパレードだな。私の体は一つしかないんだぜ?禊は完全に手遅れだ。『大嘘憑き』がどんなスキルかは知らないが、これをどうにかできるんだったら医学に見識のある人間は総じて頭を狂わせるだろう」
「『へえ』『じゃあ、君の頭も狂うのかな?』『四方寄ちゃん』」
マジで頭が狂いそうだ。そこまで『規則』を無視するのかよ。まったくもって気持ち悪いな、お前。
「…とりあえずは蘇生したようで、おめでとう。若干頭は狂いかけてるが、禊が無事で何よりだ」
「『…これで普通に接してくれるとか』『君は絶対『
「まあ、そうかもしれんな。だが、今は人吉君だ。…お、心臓は大丈夫だな。呼吸は…」
「…がはっ!」
「今戻ったな。人吉君、一寸ごめんよ」
「…え?…あ、え、海路口…?まぶし…」
「…禊の『大嘘憑き』っていうのは一回死んだら解けるのか?」
「『―――っ!』『そうか、
いきなり怖い顔をするなよ、素早さが下がるじゃないか。
「『なるほどね……』『…お帰り、善吉ちゃん』『どうだった?』『久し振りにあった彼女は』」
「彼女?なんのこと―――ぎゃあああああ!!??」
「善吉、善吉、ぜんきちィ!!!」
一応怪我人を思いっきりハグとか、もう頭おかしいだろ、副会長様。
「…あー、怪我人を怪我させるな、副会長様。禊が言いたい事はあるのに言える雰囲気じゃないな、どうしようみたいな顔でこっちを見てるだろうが」
「『僕の普段の表情変化を見分けるとか』『どういう認識能力してるんだよ、四方寄ちゃんは』」
「で、何か言いたい事でもあるんだろう?正直会長なのに脇役感たっぷりな私が聞いてやる」
そういうと、禊は仕方ないなあ、といわんばかりの表情で話し始めた。人吉君に対して庶務戦勝利おめでとうだとか、敗者として讃えるだとか。
「『でさ、やっぱりルールのある戦いじゃあ
つまり何が言いたいのかというと、と禊は一言おいてから、私にとっても到底許容できないことを言い放った。
「『だから彼らには、棄権してもらうことにしたよ』『ホント、おもしろいよね、君たちって』『自分たちが強くなるために鍛えているところを見逃してもらえるなんて思ってる』」
「………」
「『修行かあ。良いよね、週刊少年誌みたいで』『でも現実じゃ』『トレーニング中の事故とかもあり得るから僕は心配だよ』」
残念ながら世界はそんなに甘くないからね、と禊はおどけて言う。
「…まさかとは思うが、お前、規則に書かれていないからと…」
「『あれ、怒っちゃうの?』『四方寄ちゃんなら許してくれると思ったんだけどなぁ』『だって』『弱い人間が策を弄すのは常識だろう?』」
「……なるほどな、私なら怒れないと踏んだか」
「『君の人となりは結構分かりやすくてさ』『だからこうやって君からも何も言えない状況にしたんだけれど』」
それはそれは、随分と用意周到なことである。だが、私が『規則しか見ていない』と思ったら大間違いだ。
「空洞にいさんも恐らくはやられているだろうな。誠に残念なことだ、まさか我が生徒会のメンバーがそんな窮地に立たされているとは思わなかった。それはそれは仕方がない。代理を立てることもままならん以上、副会長戦以外は…放棄する他ないな」
「な!何言ってやがる、海路口!」
「そうだぞ、四方寄!こんな奴らに日之影前会長が負けるわけが――――!」
「だから、今から私は選挙管理委員会委員長に提示してくるよ。『同一人物の重複出馬を認めるように』ってね」
「『!?』『一体どういうことかな!?』」
「なに、元々この選挙、本人が出られない場合は代理を立てることが可能だ。謂わば応援演説の代わりだな。だが、惜しむらくは私に人望などなく、代理をやってくれる人間なんか居やしない」
だから、と焦燥感にかられた表情をしている禊に言い放った。
「黒神前会長以上のワンマンだ。これから、副会長戦以外は私が出る。必要以上に被害を出したくもないし、本来『生徒会の仕事』である以上、外部の代理なんて立てたくないからな」
「『―――そんな横紙破り』『許可されるわけないだろう!?』」
「残念ながら、あてはある。委員長とは中学からの知り合いでね。昔の恩もあって私のお願いは最大限聞いてくれる約束なんだ」
「『そんな!?』」
「私を見くびるなよ、球磨川禊。生まれながらにしてマイナスなお前らも、全てに於いて平等な『
そう言って、私は選挙管理委員会の委員長、大刀洗斬子に会いに行くべく、踵を返したのだった。…あ、
「『あ』」
「「「あ」」」
踵を返した先って蛇穴だったな。最後の最後でしまらないなあ、私。
「………えー?いくらヨモギちゃんのお願いでも聞けないよー」
「そんなことを言うと、キルちゃんが中学二年のときに図書室で――――」
「わわわわわ!わかった、分かったから!許可しますからその話は外に出さないで!!」
「当然じゃないか。私のかわいいキルちゃんの失敗談は私だけのものなのだからね。で、お願いできるかな?」
「うー…ヨモギちゃん嫌い~」
「私は大好き―――いや、愛してるぜ☆キルちゃん」