異常者が集うこの学園で、普通であることは異常なのか 作:のろし
黒神めだかという人間は、非常に危うさを孕んでいる。敵対者すら愛する、天敵すら愛する。これは本当に立派なことであると同時に、自らの危機管理を投げだしてすらいることに他ならない。疑心を学習せねば、いつかそれが命取りになる。本来ならそれも生徒会をやっていく中で補完され、完成されていくものだったのだろうが、ここで一つ、『異物』が混じり込んだ。海路口四方寄、ほかならぬ私である。私という存在は彼女にとって恐らく異様なものに映るのだろう。例えばその在り様。他者を自発的に助けるわけでもなく、かといって薄情というほどでもない。女子が好きであるということは間違いないが、禊と仲が良い辺り同性愛者であるともいえない。何より、仕事と仕事以外をわけるその厳格性。清濁併せ呑み、なんでも一人で背負う彼女には、私の在り様は理解できないのかもしれない。そもそも、彼女の性質こそが、私と相性が悪いのだろう。全てを理解しようと観察してしまう彼女にとって、その時その時でまったく違う面を出す私、その在り様はまるで、個がないモノとすら思われているのではないだろうか。そして、私がひょんなことから生徒会長の座を奪い、同時に彼女の危うさを危惧するが故に、公平性を高めた結果、成長の場を潰してしまった可能性もある。今更だと思うかもしれないが、私が敢えて見易い敵となることで、彼女の成長をなんとか促進できはしないか考えた。その結果がこのリコールである。
…別に生徒会長職がめんどくさくなったわけじゃないぞ?
さて、八月二十二日、会長戦当日である。私の体調、というか怪我の具合であるが、腹部の傷は未だ癒えず、歩行すらままならないということで、車椅子での参戦である。事前にあれだけの暴言を吐いただけ有って、生徒会のメンバーは一切来ていない。名瀬先輩と瞳先生が付き添いとしているだけで、長者原選管は怪訝な顔をしている。
「………日陰の身としてあるまじき出しゃばった行為ではありますが、他の生徒会の方はいらっしゃらないのでしょうか?」
「残念ながら人望は一切ないのでね。来て欲しいとも思っていないし、不必要だろう?」
「…まあ、宜しいでしょう。では、生徒会長戦でございます!代表者は生徒会側、海路口四方寄様。新生徒会側、不知火半袖様です!では、不知火様。札を御引きください」
そう言われ、不知火さんが選んだカードは…『人』だった。その裏には何も書かれておらず、長者原選管曰くジョーカーカードであるらしい。此方…つまりは生徒会側の代表者が自由に試合形式を決め、それに沿って戦うのだとか。コイツ、分かっててやったな?ニヤニヤしてやがる。
「…ルールを自由に決めろ、ねぇ…」
暫し考え、私は全員にそのルールを伝える。
「まず最初に、これは私と不知火さんの戦いにはしない。同じ陣営だとはいえ、普通科から其方へ移った彼女とはそこまで打ち解けてもいないだろうし、何より禊がリーダーなら、不知火さんが勝ったところで納得しないだろう?なら、この場に居る新生徒会側全員と戦おうじゃないか。これはルールというよりも前提条件だな。試合形式は………そうだな、私に参ったを言わせれば其方の勝ちだ。時間は今日一日。但し、私の体がこんな状況だから絶対に暴力は無し。逆に、私が一度も参ったを言わないか、そっちが全員ギブアップと言えば私の勝ちだ。生徒会の解職請求を取り下げてもらおう」
「お待ちください!既に他の代表者の方々とは決着がついております、此処でそのような横紙破りは………!」
「横紙破りでも何でもないぞ?不知火さんはカードを選び、そのカードは此方が『自由に』ルールを決めるというものだった。もしもこれを横紙破りだというのなら、それは選挙管理委員会の説明不足と規則設定の曖昧さが原因だ。むしろ不備は其方にあるし、今更そんなことを言う方がおかしいだろうが」
「…さっすが~。海路口は分かってるね♪」
「『……』『ねえ、四方寄ちゃん、質問しても良いかな?』」
「なんだ?禊。また括弧つけてしまったのか?素の口調の方がカッコよかったのに」
「『…じゃあ』これでどうだい?でね、質問なんだけど。なんで解職請求の取り下げしか請求してないの?」
おかしなことを聞く奴である。当然だろうに。
「なんでも何も、解職請求の取り下げさえ終われば、この件は終了だ。それとも、ここから出て行けとでも言うと思ったか?バカだな。私にそんな権限はないし、何より友人を追い出すわけがないだろう。まあ、蝶ヶ崎君はまだそこまで仲好くないけれど」
「「「「「………」」」」」
「というわけで、開始するのはこれから二十分後。劇的な展開も盛り上がるような戦闘描写もなく、この生徒会選挙を終わらせようか」
「…致し方ありません。ルールは此方も理解いたしました。では、生徒会選挙会長戦、これより二十分後、…午前十時をもって始めさせていただきます!」
長者原選管の言葉を聞き、私は一旦生徒会室へと向かう。私の生徒会長としての最後の仕事だ、別に始まりのときくらいはそこに居ても構わんだろう?
午前十時。長者原選管が開始時刻と定めた時間にして、私が生徒会長としての最後の業務を始める時間。その時間を数十秒過ぎて、まずは怒江が入ってきた。
「なんだ、一人一人で来るのか?一気に対応できずに参ったという可能性も在るだろうに」
「…私達の事を普通の人間として受け止めてくれた四方寄さんに、そんな手はとりたくないって球磨川さんが言うんです。括弧つけずに、真剣な顔で。私も飛沫さんも、同じ思いです。だから…私との勝負、受けてください」
「…構わんよ。さあ、一体どんな手を使ってくる?」
「私との勝負は…チェスです。待ったは三回、制限時間は特に設けません」
そう言って、彼女はチェス盤を取り出してきた。そうだな、そういうゲームで決めるのも良いだろう。私は瞳先生に駒を代理で動かしてもらいながら、ゲームを始めることにした。
「…見たところ、チェス自体は本当に素人だな。私もそこまで造詣が深いわけではないが、これが主目的ではあるまい?」
「…私ね、『過負荷』のオン・オフがつけられるようになったんです。この間の会計戦で」
「それはよかったじゃないか。自分を自在に操れる、それは人間にとって非常に喜ばしいことだ」
「直接的には球磨川さんの『大嘘憑き』のおかげですけど…人吉くんと四方寄さんがちゃんと私を見てくれたから…こうやっていま、四方寄さんとチェスが出来るんだと思います」
「礼なら禊と人吉君に言いなさい。私は常に可愛い女の子の味方だ。そうするのは当然なんだから」
「なら、感謝するのも当然ですよね?ありがとうございます」
「…その言葉、受けよう。改めて、私は貴女の友人で在れてよかったと思うよ。怒江、貴女はもう、不幸ではないだろう?」
「…はい!」
「私が会長であろうが無かろうが、私は貴女と友人になれたと思っている。こうやってチェスをしながら、甘味の話やファッション、好きな人の話が出来ると思うよ………さて、最早動かせる駒は限られている。そろそろ決着をつけにきた方が良いのではないか?」
「…じゃあ、これで」
「ふむ、此処だな」
「…此方へナイトを」
「ここにクイーンをおこう」
「……ビショップを此方へ……」
「ここにルークを置いて、チェックメイトだ」
「………ギブアップです。私の負けですね。ものすごく清々しい気分です。ちゃんと勝負をして、負けるって」
「良いんじゃないのか?今度はみそ汁の味で勝負しよう。私の自家製味噌で作るみそ汁は上手いぞ?怒江のみそ汁は……ああ、人吉君が予約済みか」
「もうっ……!人吉君の次に…飲ませてあげるね?」
「楽しみだ。待っているぞ」
怒江はぺこりと頭を下げ、此処に居る三人に別れを告げ帰っていった。瞳先生に感謝の意を伝え、次の相手が来るのを待つ。
「……ところでよオ、お前のその体、一体何で出来てるんだ?」
名瀬先輩が妙なことを聞いてきた。なんだ、実はサイボーグですとでも言えばいいのだろうか?私はあまり冗談が得意ではないんだけれど。
「一般的な人間と同じですよ。まあ、若干の炭素含有量に差はあるかもしれませんが」
そういうと、彼女は一層訝しげな表情で、私を更に問いただしてくる。
「…じゃあ、なんでおまえ、あれだけの傷で今ぴんぴんしてんだよ?失血の状況と内臓圧迫による挫傷、骨折多数に大幅な火傷………ぶっちゃけ今でも意識が戻ってるかどうか分からねえよ。近くに俺らもいなかったからさ、マジでこれは手遅れかと思ったね。なんせ自分で手当てしてても失血がどうしようもなく多かった。正直、改造するしかねえとまで思った。だってのに、お前はなんとか持ちこたえるし、車椅子とはいえ思考もはっきりしている」
「……まあ、育ってきた環境上、耐久力に自信はありますよ。それだけです」
私の言葉に有無を言わせぬ空気を察したのか、彼女はそこで詮索を打ち切ってくれた。
「…じゃあ、もうきかねえよ」
そうしてほしい。過去なんてものを一々思い返すなんて、今この状況でするものじゃないだろうから。
次に来たのは、志布志さんだった。少し表情が硬いが、一体どうしたのだろう。
「…正直さ、あたしは頭を使ったりするのは苦手なんだよ。それこそアンタが禁止した暴力的な勝負の方が解りやすいんだけど……アンタにそんなことしたくなくってさ」
何この可愛い生物。
「…別に勝負なんかするつもりはないよ。たださ…アンタはあたしと、ずっと友達でいてくれるかい?あたしがまた生徒会のメンバーを襲撃したみたいなことがあっても」
「何故そんなことを聞く?」
「心配なんだよ。何せはじめて出来た、『
「そうか…。私には未来の事など分からん。私がもしも心変わりをしたり、誰かから洗脳を受けたりして、貴女と友人関係を続けないという選択肢をとることは、可能性として在るだろう。それを私は否定できないし、安易に大丈夫だなどともいえん」
若干表情を曇らせる志布志さん。人の話は最後まで聞こうか。
「…私はそんな無責任なことを言いたいとは思わない。だから、はっきりと約束しよう。私は約束を絶対に守る人間だ。私がもし貴女を見限るようなことがあれば…その時は、貴女の手で私を殺してほしい」
「!!?」
「私は死という物を未だ恐怖の対象として考えている。恐らくは死ぬまでそうだろう。そんな死を怖がっている私だからこそ、この約束は強い意味を持つ。死にたくないと思っているからこそ、この約束を私は破れない。貴女はそんな束縛をどう思う?」
「………サイッコー♡良いよ。あたしの負けだ。参りました」
そういうと彼女はとても良い笑顔で私を抱きしめ、帰っていった。何この役得。後ろに居る二人からジト目で睨まれているけれど、あちらからやってきたことだと言い訳しておこう。
次の挑戦者を待つ間、今度は瞳先生が聞いてきた。
「モギちゃん、善吉くんが署名を集めてきたら、本当に辞めるつもりなの?」
「…まあ、正直なところ聞いてこられるだろうなとは思いましたよ。勿論ですよ。先生も分かっているんでしょう?私よりも彼女の方が、現時点でこの学園の生徒会長に
「…確かに、この学園の生徒会長として、実務能力はモギちゃんの方が高いのは間違いないわ。夏休みの間見ていただけでも、選挙以外に通常業務、目安箱への投書の解決、全部しっかりとやっていたわ。めだかちゃんは正直、そこまでやれるとは思えない」
「そうですね。私が臨時で役員をやっていたころから、そういった印象は受けていました。ただ、それは生徒会発足からの期間が短かったからともいえる。私も発足当時から関わっていますし、客観的にどういう場面でどういう能力が問われるか、それを見る時間は十分にありました。それこそ副会長様が目安箱に投書された問題解決に動いている間も、書類整理をしていたわけですからね。生徒会に必要な能力を覚えるだけの期間は充分に、それこそ副会長様よりも在った。ですが、それが備わった会長様と、私とでは圧倒的に違う物がある」
「……それは、人望かしら?」
非常に惜しいのだが、ちょっと違うな。もっと根本的な物である。
「そうですね。ですが、もう一歩前の段階ですよ。彼女が人望を集める理由、カリスマ性とでも言えばいいんでしょうか?私にはそんなもの在りません。少なくとも、多数に支持される考えの持ち主でないことは間違いない」
「…それで?」
「結局のところ、時間がたてばたつほど、彼女は『完成』されていく筈だった。それを、局所的に見てしまった私が邪魔してしまったんですよ」
「…どういう意味かしら?」
「フラスコ計画のとき、私は彼女を生徒会長にしたまま刃向かうべきだった。過去の事を思い返すのは好きではないが、アレは失敗だと思っています。そのせいで、彼女が本来遂げるはずだった成長を邪魔してしまった」
「……めだかちゃんを成長させたいのは分かったわ。でも、今の時点では彼女を生徒会長にするのは得策とは言えないんじゃないの?」
「逆なんですよ。今が限界ぎりぎりなんです………ああ、次の挑戦者が来ました。これは終わった後話しましょう」
そう言って私は話を一旦打ち切り、次の挑戦者……蝶ヶ崎蛾々丸君を迎え入れた。