異常者が集うこの学園で、普通であることは異常なのか 作:のろし
さて、生徒会室の内装について説明しておこうと思う。職員用の会議室として使われても
問題ない程度の広さを誇る割に、置かれている机は生徒会長用の他、庶務、書記、会計、
副会長用のたった五脚。傍から見れば無駄な空間に思える可能性は否めないが、この学園の
規模を考えると、これでもギリギリの大きさであることは間違いない。なにしろ一日に届く
学園側からの資料、書類は数千枚を優に超え、部活動や学外活動を含む生徒からの
意見陳述・要望書を含めれば、やがて一万に届くほど大量の書類が運ばれてくる。その書類を
全て生徒会で処理するわけではなく、一番最初にやるのは『選別』、その書類がどこへ行けば
迅速に対応、処理されるかを確認し、各所へ再配分するのだ。主に再配分されるのは部活動の
要望書や学園運営に関わる書類である。本当ならばもっと再配分される書類が出るのだが、
そこは現生徒会長である黒神めだかの優秀さ…いや、異常性も手伝い、生徒会で処理される
ことが多い。
なぜこんな説明をしているのかといえば、私が生徒会の手伝いになった為である。前回の
コイントスの結果なのだが、
出たのだ。つまりどういうことかというと…。
『………私は表と宣言し、貴様は裏と宣言したな?』
『間違いなくそういったね。まあ、今となってはそんな確認は意味を為さないわけだけれども』
『この結果は全く想像していなかったぞ。やはり貴様は面白い!』
コインが見せたのは、裏でも表でもなく、
結果、とは言っているが、その表情に驚きはない。彼女はまるでこの結果を知っていた
かのようにふるまった。所謂引き分け、仕切り直しはしない、という双方の結論により、両者の
希望は半分ずつかなえられることになった。
つまるところ、私は生徒会に所属しないものの、手伝いとして週に数日生徒会室に赴き、
執行部の仕事を行うという、傍から見ればとても歪な関係を築くことに相成ったわけである。
「そして、今日が初めて生徒会室に入る日だと、そういうわけなのだが」
「うむ、今日からよろしく頼むぞ、海路口同級生」
「その呼び方はやめてくれと言っているだろう。というか生徒会に所属しているわけでもない
のに、なんだって生徒会執行部の制服を支給されるんだ?」
「外部からは貴様も立派に生徒会執行部の一員として見られるのでな、そこはけじめを
きっちりとつけなければならん。まあ、貴様には白よりも黒が似合うしかまわんだろう?」
「…そうやって外堀を埋めるつもりだったのか?」
「いや、私もこのことは予想外だった。何せ先生方から貴様の制服について苦言を呈されたのだ。
さしもの私も驚いたぞ」
「そうか、貴女の本意でないのであれば、特に文句も言うことはないな。まあ、他の執行部
役員が揃うまでの代理として頑張らせてもらおう…ところで」
「うん?」
「そこで鏡を見て微妙な表情を醸し出している人吉君に対して、貴方は何か思うところは
ないのかな?」
私は非常にうざったく見えるのだが、というと、人吉君は更に顔を歪めつつ、黒が似合わ
ねえんだよ、と言ってきた。そんなこともないとは思うのだが、と私が返答をしようとした
ところ、先に会長様がとんでもない提案をした。曰く、『見てくれが気になるのであれば
内側にジャージでも着ろ』と。そんなアホの様な提案、誰が乗るのだ…と思っていたら、
唯々諾々と従う人吉君。そしてデビルかっけぇ、と叫ぶ人吉君。…私の中で、人吉君は
ファッションセンス皆無だと認定された瞬間である。
「目安箱に早速投書があった。明日から目安箱の管理は善吉、貴様の仕事だ。本生徒会の
最優先事項なのだから、決して手を抜くでないぞ?…ふむ、どうやら今回は、ちゃんと
記名が為されているようだな」
さて、本来の業務には目もくれずに、会長様は早速投書主を呼び出し、事情を聴いている。
投書主は陸上部の短距離専門、二年九組の有明先輩だった。大凡の事情はこうだ。
―――日ごろの練習の成果から、二年生では珍しく今度の大会の代表に選出された彼女。しかし、
ほぼすべての部活動において伝統校である我が箱庭学園は、レギュラー争いも伝統的に激しく、
選出された途端の無視など当たり前、いわば通過儀礼のような物であるらしい。だが、それに
しても今回は酷いものだった。三日前、陸上部の更衣室で着替えをしようと有明先輩が
ロッカーを開けると、ズタズタに切り裂かれたスパイクと怪文書があったというのだ。
このような状況で練習などできないし、周囲の部活動生が信じられず、不安で夜も眠れない、
前回の剣道場の一件を聞き、藁にも縋る想いで生徒会に相談してきたのだとか。
「…なるほど、事情は分かった。安心しろ有明二年生、眠れぬ夜は今夜で終わりだ。
…この黒神めだかが、今日中に犯人を突き止めてやる!!」
この生徒会長、どうやら大言壮語という四字熟語を知らないらしい。流石に全校生徒から
絞り込む必要はないとはいえ、それでも陸上部の女子は結構な数である。その中から犯人を
突き止めるのは中々に苦労するはずだし、今日中にこの事件を終わらせるなど常人には
不可能だ…。と思ったところで、ああ、この人は常人ではなかったな、と思いなおす。
そんな会話を聞きつつ、私は放置された書類の再配分作業に精を出していた。…と、この
書類は職員室へ差し戻しだな。これは直接顧問の先生行き…。
「陸上部の部員が多い?その程度で音を上げるなど、生徒会庶務として情けないとはおもわん
のか?海路口同級生、貴様はどう思う?」
私に振らないでほしいと思う。
「…という冗談は置いておいたとして、会長様のように人並み外れた能力を持っていない私
からしてみれば、今日中というのは難しいと思うな。まあ、少しなら絞り込みもできるが」
「なに?海路口、たったこれだけで推理が出来るっていうのかよ?」
「人吉君、むしろこれだけあればある程度の絞り込みはできるんだよ。まあ、流石に一日で
どうにかできるものではないけれど…」
「聞かせてもらおうか、海路口同級生。貴様の推理でどの程度絞り込める?」
「だからその呼び方はやめてくれと…まず最初に、同じ陸上部の人間であるのは間違いない。
この時点で全校生徒から陸上部の生徒に絞り込めるというのは、人吉君も言っていたね」
「当然だろ。なんの関係もない人間がやるにしちゃあ、手が込んでる」
「更に女子であることは分かる。競技は男女別だから、男子がこんなことをすることはない。
相手が違うからね」
「おう、そこまでは俺も分かってるぜ?」
「更に短距離走選手、特に有明先輩が選ばれた競技の選手である可能性は高い。そこで恐らくは
かなり絞り込めるはずだ。女子で陸上部所属、短距離が専門で有明先輩と同じ競技を得意と
する生徒なら、そこまで多くもない。更に、たとえ同じ陸上部であったとしても一年生は
対象にならないね。これは入部してからまだまだ日が浅く、部活の雰囲気に慣れていない
ことに加え、先輩が代表入りすることに不満を覚える下級生がいる可能性は低いから。
なので、犯人は二年生以上、特に三年生の可能性は高いといったところかな?」
「中々の推理だな。更に細くして、『陸上歴はそれなりに長く』、『左利き』で『有明二年生と
同種のスパイクを愛用』、『文車新聞の購読者』で、恐らくは『23地区に住んでいる』
誰か、だ」
陸上歴が長いというのはなんとなく理解できるが、残りは一体どうして分かるのかが
分からない。というか、その推理力は気持ち悪いと称されても仕方ないとおもう。
「い…、いやいや、めだかちゃん。なんでそこまで推理できるんだよ?」
「まず、このスパイクは鋏で切り裂かれている。靴を鋏で切るというのは中々に重労働なのだが、
的確に縫い目に沿って切られている。運動に使われる靴は縫い目から傷むことが多いのだが、
それを理解できるのはそれを熟知できるほど長い期間競技に触れていないと分からん。それに、
メーカーによって縫い目や縫製も違うからな。同種のスパイクというのはそこが理由だ。
利き手は切り口を見ればすぐに分かる」
「…新聞云々ってのは?大方その切り抜きから推理したんだろうけど、こんなパーツだけで
なにが解るっていうんだ?」
「時間をかければ私達でも分かることだよ、人吉君」
「なんだって?海路口は推測が出来るっていうのかよ?」
「時間と人を使えば、だけどね。新聞は裏面にも文字が書かれている。切り抜きの裏面に書いて
ある文字を、実際の新聞と照合すれば、どこの新聞で何版なのかは分かるだろうね。ただ、
それをするには膨大な人員と、多大な時間が必要だ。それをするくらいなら、私は一人ひとり
を調べ上げる事に時間を使うよ」
「版というのはな、新聞は刷られた時間によって文面が違うことがあるのだ。記事の差し替え
という奴だな。この文面は14版、配られているブロックは23地区のみ。更に言うなら
ここ一週間ほどの記事がランダムに使用されている。定期購読をしていなければ、このような
ことはできん」
うん、人吉君。君のその表情が意味するところは非常によくわかる。分かるから、ぜひとも
その表情はやめてほしい。気持ち悪くて仕方がない。
「私は怒っているぞ、善吉!目安箱への投書に基づき、生徒会を執行する!!」
行ってらっしゃい。私はこの書類の整理で忙しいから。あと、振動だけで紅茶を再沸騰させる
とか、貴女もう人間じゃないだろう?
「さあ、行くぞ善吉、海路口同級生!」
「…私はここの書類整理が仕事だからね。二人で行ってきてくれ」
「そうはいくか。目安箱からの問題解決は本生徒会の最優先事項!貴様も一緒に来るのだ!」
会長様はそう言って私の襟首を掴み、そのまま走り出した。首、首が締まる!そもそも新聞
購読云々など、どうやって調べるというのか。私は色々と不安を感じつつ、意識を留める事に
集中した。
「陸上部所属、三年九組の諫早先輩。有明先輩と同じ短距離専門のアスリートで、利き腕は左。
同じスパイク履いているのはみてのとーり♪」
「ふうん、この人以外に同じ条件の人はいなかったの?」
「二人いたけどね。家が23地区で文車新聞を購読しているのは彼女だけだったんだ」
やはり直に捜査できるものではないということが判明し、一旦は地道な事情聴取をしようか、
という話しになりかけたのだが、偶々通りかかった不知火さんが情報を提供してくれた。正直
出来過ぎな気はするものの、直に案件が終われば私も仕事を再開できるため文句は言わない。
「…いつも思うんだが不知火、お前、一体どうやってそんな情報調べてるんだ?」
「あひゃひゃ、人吉が正義側の人間で居たいならそれは聞かない方がいいね♪因みにあの
諫早先輩、有明先輩が代表入りしたためレギュラー落ちしてます♪」
その言葉に、人吉君はどうやら彼女が犯人であると確信したらしい。まあ、確かに状況証拠
から彼女であることは間違いないように思えるが、それでもお前が有明先輩のスパイクを
切り裂いたんだろう、と問い詰めるにはいささか無理があるかもしれないな。
「しかしな善吉よ、殆どという言葉の意味は絶対ではないのだ。状況証拠だけで悪人と
決めつけるのはよくないな」
悪人と決めつける云々は置いておいて、確かに絶対というわけではない。だが、可能性が
高いということは否めないのだから、どうにかして物的証拠がとれればいいのだが。
「警察でもねーのに、物的証拠なんか集めようがねえだろ。上から目線性善説も良いけどさ、
俺ら警察じゃないんだから、んなこと言ったらこれ以上どうしようもねえぞ?まさか本人に
聞くわけにもいかねえし…」
「人吉君、それを言った時点で君の負けだ。会長様は既に諫早先輩の後ろに立っている」
…鬼ごっこが始まったようだ。どうやら会長様の意識はあちらへ向かっているようだし、
生徒会室で書類の選別をしていても問題ないだろう。会長様に気付かれる前に帰るが吉だな。
…どうせだからこの際言っておくか。
「人吉君、制服の下にジャージって、正直カッコいいとは思えないよ」
「今言うことか!?不知火も笑い転げてんじゃねえよ!」
ことの顛末。やはり諫早先輩が犯人であったらしいが、会長様は本人のやってない発言を
信じたらしく、犯人不明のまま案件は終了。しかし、諫早先輩はどうやら会長様の『信じる』
発言ならびに自身の頑張りを褒められたことにより、それ以降嫌がらせをすることはなく、
新しいスパイクを自費で購入して匿名ながら謝罪したということらしい。なお、その際になにを
トチ狂ったのかスニーカーを盗んでしまい、またも相談が人吉君に寄せられたらしいのだが、
どちらにしろ謝ってくれて、しかもスパイクまで弁償してくれたということもあり不安は取り
除かれたらしい。こうして目安箱に入れられた二つ目の(生徒会にとっては三つ目の)案件は
無事達成という結果に終わった。
「ぬぅ、今度はスニーカーを盗むとは…そしてこの挑発的なメッセージ、益々以て許し難い…!」
まあ、犯人不明(会長様にとって)である以上、まだ事件が続いていると考えるのも
分からなくは…うん、分からない。人吉君には悪いのだが、やはり疑うことを知らないのでは
ないか?会長様がことの真相に気付くまで、それなりの時間を要したとだけ言っておこう。
今日も生徒会室には大量の書類が来ており、それの再配分と整理に追われている。私の性格
としてあげられる欠点があるのだが、それは『手を抜けない』ことだ。例えば料理。汁物を作る
際に簡易出汁を使うことができず、結果その料理に合う出汁をその場で毎回作ることになる。
例えば知識。一回少しでも手を出した分野は自分が納得できるレベルまで極めてしまわなければ
気が済まない。そして、それはどうやら生徒会の手伝いにも適用されるようだった。
「ぬ?今日も来ているのか。約束した日数以上来られると、此方としても申し訳ないと思って
しまうのだが」
「此方としても決められた日数以上来るつもりはなかったのだが。まさかここまで仕事量がある
とは思わなくてね、自分の性格を恨んでいるところだよ」
結果、全ての部活が終わるまで再配分をして、その後自身の部活動、終了後に帰宅という、
周囲から少し休めと言われるようなハードワークに勤しむ私の姿がよく見られるようになった
という、それだけのはなし。