異常者が集うこの学園で、普通であることは異常なのか 作:のろし
空想上の生き物というのは、中々に興味深いものである。殆どは実在する生物(場合により非生物を含む)を神格化、魔性化した存在であり、その様相は多岐にわたる。龍などはその最たるものだろう。何せ空想上の生物の中では恐らく一番多い。中国の龍だけでも百種以上、日本でも数十種はいるわけで、西洋龍を含めれば千種近く、或いはそれ以上に居るかもしれない。また、神話に置いて神獣、魔獣、魔物、悪魔などとして出てくるものも多く、人がどれほどまでに想像力豊かであるか、また、責任転嫁が得意であったかがよく分かるというものだ。人智の及ばない自然現象や、当時の人間にとっては奇跡としか言えないような現象など、そういったものに名前を与え、畏敬の念を覚えたり、或いは人心掌握に使ったりするためにも必要だったのだろう。そんな空想上の生き物の中でも、やはり有名どころはいる。先ほどあげた龍種の中でも、例えば八岐大蛇などは日本神話に置いて最も有名な龍種であるし、西洋であればジークフリードのドラゴンなどは個体名こそないものの有名である。
さて、そんな有名どころの中でも、最も身近な生物をベースにした存在がいる。ギリシャ神話に於いて冥界の門番を務めており、母には多くの怪物を生み出したエキドナ、父にはゼウスと争い、一時は勝利に限りなく近づいたと言われるテュポーンを持つ三つ首の犬、ケルベロスである。兄弟にも多くの有名どころがいるこの魔犬、現代では攻略不可能と言ってもいいほどに強力なセキュリティの名前にもなっているのだが、それはそもそもこの魔犬の従事した職務に通じる。冥界に入ろうとする生者を尽く跳ね除け、冥界から逃亡しようとする死者を引き裂き食らうという荒技で、その生涯に於いて出し抜かれたことが殆どないと言われるほどに職務に忠実だったという伝承があるほどに、犬の特性をよく反映した存在である。そんなケルベロスの弱点と言えば、甘いものと音楽だろうか。過去にはオルフェウスの竪琴により冥界への侵入を許してしまったり、甘いお菓子(睡眠薬入りの酒とも言われる)を食べている間に侵入されたりという失態もある。まあ、基本的には素晴らしい門番だが、たまには失敗する方が可愛げがあるという物だ。つまり、なにが言いたいかというと。
「……与次郎を気絶させた理由を教えてくれ」
「敢えて言うならあのモードに付き合える余裕はなかった。更に言えば面倒臭かった。可愛い女の子ならすべて許されると思ったら大間違いだと思う」
「お前の基準が中々分からねえよ………」
時計塔の最上階は十三階である。どれだけ十三という数字にこだわるのか、と思わなくもないが、それよりもむしろ内部の迷宮具合が気になる。一体何を考えてこんな設計にしたのか。おかげで確かにオリエンテーション、というかレクリエーションにはもってこいの条件ではあるのだが、そこまで頻度が高いわけでもないからやはり無駄な気がする。なんだ、無駄遣いをしたがるのは最早学園の校風なのか?
「……どう思う、人吉君」
「いや、いきなり言われても分からねえよ!」
「ああ、人吉君は地の文が解らない人なんだったな。すまない、高望みをしすぎた」
「よく分からねえけど罵倒された!?」
ああ、因みに与次郎さんはおんぶ状態である。成長を始めたばかりの肢体というのは中々に役得であるが、残念ながらそれを楽しんでいるのは私ではない。誠に遺憾だが、私の体調を気にした人吉君が「俺が背負うから」と言ってきたのだ。何このイケメン、惚れない。
「で、だ。恐らくはこの扉の先に先行組がいると思われるわけだが。先程喜界島さんの大声も聞こえてきたしな」
「本格的に戦闘勝負なのかもしれねえな。オリエンテーションだから奇襲はあんまりねえとは思うけどよ、念のため俺が先にいくぜ?」
「…まあ、構わないんじゃないか?………きっと美化委員だとは思うんだが」
「何か言ったか?」
「いや、なにも」
そうか、と言って扉を開けた人吉君。扉の向こうは普段展望室として一般開放されており、結構広い空間があるのだが、私が最初に見た光景は唖然とする先行組。次に目に入ったのは悔しそうに涙を流す禊、そして最後にジャック・オー・ランタンの現世での入れモノである、パンプキンヘッドを被った、通称『魔女』こと廻栖野うずめ先輩が立っていた。状況から察するにまた負けたようである。
「……どうやら若干遅れたとはいえ間に合ったようだな。人吉君、あまり警戒する必要はなさそうだぞ?」
「…え?あ、え……?」
いまいち理解していない様子だが、まあ良いだろう。先行組は既に関門の課題に参加していると思われるため、課題の内容について説明を求めてみる。
「で、見たところ地面に銃器を一斉射した痕跡に、喜界島さんが出した咆哮と、戦闘的な内容かと思えば、出ているのは廻栖野先輩。戦闘向きな人でもないし一体どういう課題なんだ?」
「あ……ああ、実はね」
つまりこういうことらしい。カメレオンのように自由に体色を変化できるため透明な(つまるところ存在しない)ケルベロスを召喚した(という設定)から倒せ(論破しろ)。
「…では禊はその勝負に負けて泣いた、と」
「『………』『普通に傷つくから…』『四方寄ちゃん、慰めてぇ~』」
「あーはいはい、残念だったねぇ?」
「『愛が!』『愛が感じられない!』」
「お前が感知できないほどに溢れ出ているんだろう」
…しかしなぁ、残念ながら今回与次郎さんは力を貸せないんだよな。絶賛気絶中であるわけだし。
「で、このルートを通らなければ屋上にいけない以上、私達はこの関門をなんとしても突破しなければならない、と」
「だが、非常に難しくてね。与次郎さんを頼りにしていたんだけれど………一体何をしたんだい?」
「いやぁ…あのキャラに付き合うのが面倒くさくて、ちょっと首に手刀を………」
「手刀って、きみねぇ………」
いや、時間も差し迫っていたからな。一緒に進もうという提案から数分にわたって一般人に手を借りるわけにはいかないとか、貴方達の事はこのワンダーツギハが守るから、とか、ダイヤン…、ああ普通の人には見えないけど、私の相棒にも普通の人に此方の事情を話すのは止められてるの…とか、………いかん、思いだしたらまた不覚にもイライラが………。
「時間があれば心を広くして付き合うことも考えたんだが、先行組に追いつくことを考えると、タイムロスはしたくなかったのでな。迅速に合流する事を考えて、ちょっと眠ってもらってる。屋上に出るころには目を覚ますとは思うんだが………」
「起きるまで待ってくれるほどやさしい関門じゃねえよな?」
「むしろ今すぐにでも襲いかかってくる(設定)可能性もあるな」
「しかし、正直対抗策はあるんだが………それをやりきることが俺には出来ないから」
「まあ、その対抗策をやりきれるのは与次郎さんくらいしかいないだろうな」
相手の個人的な空想………つまり、相手が勝手に設定を作れる状況に対抗するには、それすらものみこんでしまえるほどの妄想力が必要になる。ごっこ遊びに於いて一番重要な要素だろうな。だが年齢が上がるにつれ、そんなことを大真面目にやれる人間は少なくなってくる。そこがこの関門の難しいところだろう。羞恥心が邪魔をして、相手の土俵に乗ることが出来ず、自分の相撲が取れなくなる。低レベルだがよく考えられた関門だな。
「………なあ、海路口さんは何か考えつかないか?」
「さて、いきなり言われても………そうだな、ちょっとやってみるとしよう」
私はそういって、一歩前に進み出た。
「さて、では私が相手になろう。廻栖野先輩」
「態々名乗り出てくれてありがとうございま~す。おかげで貴女に狙いをつけることが出来ました。私はケルちゃんに貴女を三方向から食らいつくせ、と指示を出しちゃいましょうか~」
「いや、それはおかしいだろう。ケルベロスという存在はかわるがわる三つの首が眠るという。同時に二方向からしか噛みつけないのだから、そんな命令を聞くことはできないな」
「………いやいや~。この子は特別なケルベロスだから、眠らないし甘いものにも興味はないんですよ~」
「あり得ないな。ケルベロスはギリシャ神話に於いてテュポーンとエキドナの間に生まれた存在で、たった一体しかいない。種族名ではなく個体名だ。だからそんなケルベロスは存在しない」
「………いえいえ、この子は私が実際のケルベロスを見て創り上げた魔獣なので~、弱点なんかはもう完全に克服しちゃってま~す」
「それは素晴らしいものだな。だが、カメレオンのように変色して透明になれるケルベロスを、貴女は一体どうやって見ることが出来たんだ?」
「元々のケルベロスは透明になることはできませんでしたから~?このケルちゃんは私のように特別な目を持っていない限り見ることはできませ~ん」
「じゃあ、貴女の目線で見ることが出来れば良いんだな?」
「………え?」
「私は人吉君を手伝いとして呼ぶよ。彼の『欲視力』は他人の視界を覗けるんだ。つまり貴女の視線も覗けるんだ。さて、人吉君、出番だぞ?」
「…おう、仕方ねえから手伝ってやるよ!」
「え、え?」
「さてさて………、一つ気になることがあるんだが。人吉君、君が見ている彼女の視界に、ケルベロスのケルちゃんは映っているか?」
「………いや?さっきから見えている視界には俺と海路口、それに他のメンバーしか映ってねえぜ?」
「それはおかしいな。彼女にはケルちゃんが見えると彼女自身が言っていたんだぞ?だというのに彼女の視線を覗いた人吉君には見えない。彼女の視線であるにも関わらず、だ。つまり……ケルベロスのケルちゃんなんか本当はいないんだろう?そうですね、廻栖野先輩?」
「え、あ、はい………あ!」
「さて、これで終わりだな。人吉君がこの能力を持っている以上、此方の敗北はあり得ないんだよ」
「………流石のお手並みだね。まさか倒すのではなくいないことを証明して見せるなんて………まあ、人吉クンもたまには役に立つようじゃないか」
「人吉君がいなかったら無理だったろうな。よっぽどのバカが起きない限りは不可能だったよ」
「……俺がいなかったら居なかったでなんかの方法を思いついてたんだろ?」
「いや、正直与次郎さんに任せるしかなかった。私のような戦法で行くと、どうしても圧倒的に不利だからな。だから、人吉君がいてくれて本当によかったよ」
「………カッ!」
「『流石だね四方寄ちゃん!』『僕を使ってくれなかったのは残念だけど』『僕の無念を晴らしてくれて本当にうれしいよ!』」
「そんなにおだてても何も出ないぞ?……で、これで全員が関門突破ということで良いんだな?廻栖野先輩」
「………!」コクコクコクコク
「そうか。なら、そのカボチャの仮面を外してくれ。普通に可愛い女の子がその恰好はあまりいいもんじゃない」
「………貴女、私のこと可愛いと思うの?」
「私はそう思うが。そういう男性が現れる可能性は高いと思うぞ?顔は端正だし、可愛い女の子が自分の為に普段と違う格好をしてくれることにときめく男子も多いはずだ」
「あ………」
「とりあえずは全員通過だな。与次郎さんが起きるまで…人吉君、おんぶを頼む」
「あいよ!」
「…では、最終関門、全員クリアーだな」
そういって、我々は最後の扉を開け、屋上に続く梯子がある廊下へ足を踏み出した。
廊下を渡る最中、私は他のメンバーとコースの確認をしていた。どうやら私が通ったコースはほぼ禊と同じコースであったらしく、禊は『運命!?』といって騒ぎ一瞬にして財部さんと人吉君に鎮圧されていた。赤先輩を愛妾にしたところを話すと、全員が呆然と口を開け、疑問と聞きたくないという感情に裏打ちされた表情を浮かべている。
「…で、まさか十人全員通過なわけだが」
「この事態は考えていなかったね…。まあ、個人的にはもう誰が勝とうが良い気がするんだけれどね」
「そうだな。だから禊、変な気を起こさずついてきた方が無難だぞ?」
「『ヒドっ!』『まるで僕がここから裏切るみたいに!』」
「やるつもりだったろう?」
「『まあね』」
うん、これで上に何がいてもいきなり禊が倒されるなんてことはないだろう。誰が一番最初に屋上へ行くのかを議論しながら、私達は廊下を渡っていった。
「ところでだな」
「ん?」
「私の副賞をまだ考えていないんだが、どうしよう」
「おまッ!まだ考えて無かったのかよ!良いから早く考えとけよ?」
「あと、会長様がいる可能性がある。出来る限り固まっていくぞ?先に男子、あとから女子だ」
「「「「「「「「はい(おう)!」」」」」」」」
「『えー』『僕はむしろ最後を………』」
「じゃあ私が先頭を行くから後ろに禊が来い」
「『四方寄△!』」